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エクアドル日記(2004年7月)
7月28日(水) 
 

およそ4週間に渡った俺のラジオの講義も、ついに今日が最終日。今日は最終筆記テスト。テスト後、この講義に関するアンケートを生徒達に書いてもらって、めでたく終了。

夜8時半頃には終わり、その後30代の生徒2人と3人で飲みに行った。始めは、「先生、飲みに行こう。」って言うからどっかのバーにでも行くのかと思ったら、途中普通の店でシュミール(エクアドルの酒、サトウキビの蒸留酒=ラム酒)とつまみのサルチパパ(フライドポテト+ソーセージ)を買って、道端に止めた車の中で飲むことになった。車と言っても、生徒の一人が持ってる車は、左写真のようなワゴン。毎朝小学校の生徒達を送り迎えする、いわゆるスクールバスの小型版だ。これで金を稼いでる人は結構いて、奴も朝は子供達を送る仕事をしている。クエンカでは、この黄色の「ESCOLAR(「学校の」「小学生」の意)」と書かれたワゴンがよく街中を走ってる。

さて、車の向かい合わせの後部座席に3人座って、シュミールのコーラ割り(ラム酒のコーラ割りなので、実質的にはキューバ・リブレと同じ。日本ではキューバ・リバーと呼ばれる)を3人して飲みながら、酒宴が始まった。
「日本語で『乾杯』は何て言うんだ?」
って聞くから、
「”カンパイ”だ。」
って言うと、それからはスペイン語の「Salud!」ではなく、「カンパーイ」という声が響き渡る。
そして、話は多岐に及んだね〜。宗教の話から政治の話から女の話から経済の話から文化の話からスポーツの話まで。酔いが回るにつれ3人ともどんどん饒舌になっていった。

2000年のエクアドルの通貨変更(スクレ→USドルへ)により、物価は急騰したけれども、生活は様々な面で良くなった、と2人は言った。今までは、車とか家とか高いものでも現金をそろえないと変えなかったものが、ドル化以降はいわゆる「クレジット」が出来るようになり、いろいろな物が買えるようになった、とか。

そして奴らは、日本語で自分の名前とか「あいうえお」とかを書いてくれって言い始める。エクアドル来てからよくこれは言われるんだよね。で彼らの名前を彼らのノートにカタカナで書いてやり、さらに日本語には「ひらがな」と「カタカナ」と「漢字」があり、日本語はそれらを組み合わせて使う、と例文を示しながら説明すると、特に漢字の部分で奴らは驚嘆の声を上げた。俺が漢字をスラスラとすごい勢いで書いていくと、彼らの目は俺の手に釘付け。そして書かれた字を見て、自分でも真似して書いてみる。26のアルファベットといくつかのスペイン語特有文字、合わせて30前後しかないスペイン語の文字に慣れた彼ら2人にとっては、俺の「漢字は何万種類もある」との説明にさらにビックリ。

奴らは、1人が33歳、もう1人が31歳。2人とも独身。エクアドルでは初婚年齢は若く、男で平均24歳くらい、女で22歳くらいと聞いていたので、
「お前らどうして結婚しないんだ?」
と自分のことを棚にあげて聞いてみた(笑)。すると2人とも、
「もうすぐするよ!」
との答え。まぁ、30過ぎの独身がエクアドルにいても別に不思議じゃない。

日本人とエクアドル人の30代独身3人で、道端に車を止めて飲む。不思議な組み合わせだが、楽しい夜が更けていった。

明日から俺は朝シフト。「明日は朝5時半に起きなきゃならん!」って何回も言ってンのに、2人は、
「まぁまぁ、いいじゃない、3人で3本(シュミールを)空けなきゃ。」
っていつまでも飲んでる。で結局12時半まで飲んで解散となった。当然運転手の奴は酒酔い運転。ここはエクアドル。


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