HOME > THE WORLD > Latinoamerica > Ecuador > Diario > Diario2004 > 041031
エクアドル日記(2004年10月)
10月31日(日) 晴れ
闘牛
各ラウンドの始まりと終わりで演奏する楽隊
観客席の上の方に陣取っている
闘牛士たちの入場行進
カポーテによる演技
ピカドールの槍突き
銛を持って牛に対峙する闘牛士⇔攻撃
マタドールのムレタの演技
(既に何本もの銛が牛の背中に刺さっている)
ラバに引かれて退場する死んだ牛
11月3日の「クエンカ独立記念日」に向け、クエンカではお祭り騒ぎが始まっている。エクアドル各都市に設立記念日や独立記念日があるが、全国的に祝日となるのは、グアヤキルとクエンカの独立記念日だけである。また、11月2日も「死者の日」で祝日であり、飛び石となる11月1日の月曜も国の規定で休みになるため(日本で言えば5月4日のようなもの)、昨日の土曜から11月3日まで何と5連休である。俺がここに来てから、2週間の夏休みを除けば初の5連休。エクアドル版ゴールデンウィークとでも言おうか。
クエンカ郊外にある闘牛場に、闘牛を見に行った。この5連休中、クエンカでは連日大々的なフェスティバルが開催される。民芸品即売会、コンサート、市民参加型イベント、各種展示イベント等々が繰り広げられる。そして、クエンカ週間と言うべきこのクエンカでのフェスティバルの一つの目玉が闘牛である。
ご承知の通り、スペインが発祥の闘牛は、かつてスペインが植民地にした中南米各国にも一つの文化として伝来した。エクアドルでは常催の闘牛があるのか知らないが、このようなフェスタの時は一つの目玉イベントとして闘牛が行われるようである。私が見に行ったこの日は、主役のマタドール(正闘牛士)は、本場スペインやメキシコから招き、エクアドル人のマタドールも出場した。
闘牛はルールがある「競技」である。牛対人間の真剣勝負である。
大きな流れを説明しておこう。基本的に闘牛の進行は、大きく3つのラウンドに分けられる。始めが槍で突くピカドールのラウンド、そして銛によるバンデリレロのラウンド、最後がマタドールが牛を刺殺するラウンドである(ピカドールは馬に騎乗して槍を突き、バンデリレロは銛で突く闘牛士のこと)。
まずイキのいい雄牛が、砂を敷き詰めた円形の闘牛場にゲートから勢いよく飛び出してくる。黒々と光る体躯に立派な角。始めのラウンドでは、まずこの元気一杯の牛を正闘牛士(マタドール)と複数の助手的副闘牛士たち(ペオン)がカポーテと呼ばれる赤やピンクのケープ状の布であしらう(カポーテの場)。布に向かって突っ込んでくる牛を、「パセ」という基本技で通り過ぎさせる。ここで観客はパセのたびに「オーレ!」と歓声を上げる。ひとしきりのカポーテの演技が終わると、馬に騎乗したピカドールが登場する(槍の場)。彼らは片手に長槍、片手に馬の手綱を持って、馬を巧みに操りながら、興奮して馬に突進してくる牛の背中に槍を突き立てる。馬は身体の回りに防具をつけてはいるが、もしピカドールがしくじって牛の突進を止められないと、馬が牛の角で痛めつけられてしまう、というわけである。次のラウンドがバンデリレロによる銛の攻撃だ(銛の場)。バンデリレロは、布を持たずに両手に銛を持って牛に対峙する。牛が突進してくるところをタイミングを図って右や左に飛んで交わしながら、突っ込んできた牛の背中に手の銛を突き立てる。これは技術と精神力が一体になった技と見受けられる。恐怖心を克服しない限り、角を下げて人間を突き殺そうと猛突進してくる牛と対面するなんてなかなか出来ない。そして、飛びのくタイミングと牛の背中上の正確な位置への攻撃。
こうして槍と銛で血を流しながら弱った牛を最終ラウンドで正闘牛士が、赤いムレタと呼ばれる布で右に左にあしらいながら、最後に剣で刺し殺すのである(ムレタの場、殺しの場)。上手くいくと、剣で刺された断末魔の牛は、狂牛病にかかった牛のようにバランスを取れずにヨロヨロと足をふらつかせながら回転し、ついに砂地のリングにどうっと倒れこむ。
死んだ牛を数頭のラバたちが綱で引いて、砂地に死体牛の轍を作りながらリングの外へ運んでいく。きっとすぐに解体して、みんなで焼肉でもして食べるんだろう。
とまぁ以上が闘牛の一般的な流れである。
闘牛のルールというのは日本の大相撲のように昔からほとんど変わっていないようで、20世紀前半に執筆されたヘミングエウェイの短編『挫けぬ男(The Undefeated)』には、闘牛の一連の流れとともに、何度も牛に突かれて病院送りになりながらも闘牛士が辞められない落ち目闘牛士の姿が描かれている。ヘミングウェイ以外に闘牛を扱った小説を私は読んだことがないが、この短編を読めば闘牛の様式が分かるので、みなさんが闘牛を見に行く際は一読されることをお勧めする。
私が行った闘牛では、昼12時の開始から、マタドールを筆頭とする闘牛士のチームが次々と出てきて、以上の闘殺牛劇を繰り広げた。私は午後3時ごろ会場を後にしたが、計5頭の牛が血祭りに上げられるのを見た。カポーテであしらわれて走らされるだけ走らされ、その後槍で突かれ、銛で刺され、そして最後は剣で止めを刺される牛達。ある牛は、マタドールの剣の一撃が見事に急所(首の後ろの背中)に入ったのだろう、剣を刺された後に大量の血を数回にわたって口から吐き、そして足がヨロヨロとふらついて右往左往した挙句に地面に崩れ落ちて動かなくなった。大部分の観客は、これを見て大歓声を上げている。
「甘い感傷論」と笑われそうだが、このシーンを計5回見て、つまり5頭の牛が人間に痛めつけられながら嬲り殺されるのを見て、決していい気持ちはしなかった。確かに人間は弱いものを殺し、食糧にして生きている。が目の前で殺傷劇を見るのは、正直楽しくはなかった。落合がホームランを打った時のような、ケビン・ガーネットが豪快ダンクを決める時のような、ブラッド・ジョンソンが50ヤードのタッチダウンパスを通した時のような、また中国雑技団やポール・マッカートニーのライブを見た時のような、爽快感もないし驚愕もない、興奮もなければ美しさを感じることもなかった。これを一つのエンターテイメントとして見るのは難しい。これには、きっと伝統と歴史に育まれた、何か高尚な、深遠な意味性があるに違いない。スペイン人の闘牛ファンにとってはこれはもう文化の一部であり、ここにスペイン人としてのよりどころの何かを持っているのかもしれない。大相撲の諸作法の動作が、日本古来の伝統的な何かを表しているように。実際、例えば牛に止めを刺す瞬間を「真理の時」と呼ぶそうである。この闘牛という競技の中に、彼らは何か普遍的な世界を見出しているのだろうか。確かに、一歩間違えば何百キロもある牛に突かれて病院送りなんてこともあるだろうから、牛と人間の命を懸けた真剣勝負、ということは言えるだろう。その命懸けの果てに初めて見えてくるものがある、というのか。
それとも、戦争ばかりやって人間同士が殺し合っていた、人間がより本能的・野蛮動物に近かった中世以前の所産で、ただ昔の人間の残酷性に対する無感・鈍感の反映というだけなのだろうか。
または、単純にこれを闘牛士たちの技術とパフォーマンスを競う「スポーツ」または「ショウ」と割り切っているのだろうか。
今朝家を出てくる時に、うちのお手伝いさんの女性が言った言葉の意味がようやく分かった。
「あたしは闘牛は好きじゃない。」
確かに、好きじゃない人もたくさんいるだろうな、という気がした。
午後3時に闘牛場を後にしてテルミナルへ。そしてバスでロハに向かった。
5時間かかってバスはロハのテルミナルに到着。
>次の日の日記へ
HOME > THE WORLD > Latinoamerica > Ecuador > Diario > Diario2004 > 041031