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エクアドル日記(2004年12月)
12月17日(金)
テレビの授業最終日

テスト直前の休憩時間、復習に余念のないガキども |
ついに今日で俺のテレビの授業も終了する。今日は前半に少し実習をやって、後半は筆記最終テスト。
テスト時間がアップし、解答用紙とこの授業に対するアンケートを回収する。
そして、最後に、俺が技術を学ぶ上での重要ポイント(俺の技術に対するポリシーも含む)と感謝の意を生徒達に述べると、生徒の一人、セニョール・マカスが生徒を代表して俺に感謝の意のお返しをしてくれた。
「エクアドル人の講師とは全く違う授業内容はとても新鮮で、自分達のように理論の裏付けが乏しい技術者にとってはとても素晴らしい授業でした。」と。嬉しかったね。授業内容、テキスト、実習機材を一人で一生懸命準備した甲斐があった、ってもんだ。
すべてが終わり、教室で全員で記念撮影。大団円にて解散。たった3週間の授業だったが、本当に長い3週間だった。

その後、やはり来ました、大人の生徒達は俺にこう言ってきたのである。
「先生、これから飲みに行きましょうよ。授業の打ち上げだ!」
軍人上官のポンコツ車で大人5人で向かった先は、日本式に言うなら「串焼き屋」だ。こちらではよく道端や歩道で各種肉、芋やたまねぎやピーマンを串に刺して焼いて売っている屋台があるが、ここはそれの店版だ。というか表向きは屋台なんだけど、屋内に20席ほどの座れる「店内」があるのだ。
ビールが運ばれてきて、例によって例のごとくここから始まる。
「インヘニエロ(注)、日本語で『乾杯』は何て言うんだ?」
「『カンパイ』だよ。」
「そうか、それじゃカンパイ!」
「カンパイ!!」
程なくして串焼きがやって来た。デカくて分厚い肉、ソーセージ、芋、タマネギ、ピーマンが刺さっている。そしてトウモロコシの焼いたのが付く。豪快に串に刺して火であぶっているイメージから、肉は硬いのかな〜という先入観があったが、食べてみてびっくり。柔らかくてジューシー、味付けも抜群なのである。物の本質はその見かけによらないとはまさにこのことである。
ビールの本数が順調に増え、空腹が満たされるにつれ、話が加速していく。電気電子技術のこと、各自のプライベートなこと、エクアドルの政治経済のこと、日本のこと、女のこと、話題は様々に及ぶ。俺以外の4人のメンバーは、2人が軍人、一人は電気修理屋を営んでいる技術者、もう一人はインドゥラマというエクアドル唯一と言ってもいいマトモな電気メーカに勤めている技術者である(ちなみにインドゥラマの主力商品は冷蔵庫とガスレンジである)。このインドゥラマの彼は近々テレビやパソコンを扱う電気修理屋を開業しようと目論んでいるらしく、その下準備として俺の授業を受けに来た、と言う。
彼らの年齢は見たところ30代中盤から40代中盤くらいまでだが、エクアドル人は結婚が早いので、全員が全員結婚していて子供も大抵が持っているようだ。こちらでは、30になって結婚してないのは珍しい。
11時過ぎまで飲んで食って騒いで議論して爆笑して時は流れる。帰りも軍人上官がみんなを送ってくれることになった。彼も結構飲んでたし、俺の家はここから歩いて10分かからないこともあり、「俺は歩いて帰るよ」と言ったが残り4人は頑として許さなかった。
「絶対に送っていきますからね、インヘニエロ!」
まぁ、酒酔い運転なんてのはここでは日常茶飯事。一度なんか明らかに酒に酔ってるかヤクでラリってるかと思われる運ちゃんのタクシーに乗り合わせてしまったこともある。
車を路駐してある場所まで歩く間、酔って火照った身体に夜風が心地よく通り過ぎる。再び5人で車に乗り込む。家の前まで送ってもらって、4人全員と握手して別れる。車が行ってしまうのを見送ると、安堵と達成感が波のように身体全体に湧き上がってきた。
長かった1ヶ月がようやく終わった・・・・。
思えば11月22日月曜日から今日12月17日金曜日まで26日間、1日たりとも休まず、ずっと連続で働いた。つまりすべての土日返上で、毎日10時間平均で実に1ヶ月近く働き通しだったのである。こんなことは日本でも経験していないことだ。それも今日でようやく終わり。
(注)「インヘニエロ(ingeniero)」とは、スペイン語で「技師、エンジニア」の意。俺は授業では生徒達からそう呼ばれている。
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