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エクアドル日記(2005年1月)
1月22日(土) 晴れ(パウテ)
パウテにてラ・ぼんちの最終合宿、1泊2日。いよいよライブは来週金曜日、目前である。
いつものカバーニャ(コテージのような宿泊施設)では、怪しい宗教団体の集会がこの土日で行われるとのことで、あいにく練習が出来なくなった。困った俺たちは、土佐男・大将のホームステイ先の家族に「練習させてくれないか」とお願いすると、家族は二つ返事でOKしてくれた。本当に大丈夫かな?と疑心暗鬼ながら、大将の部屋で練習を始め、時間とともに自然と大音量に。ロックとはそういうものだ。だが、家人はみな善人を絵に描いたようにいい人ばかりであった。お父さん、お母さんとも、客観的に見てとてつもない騒音を家の中で発生している俺たちに、笑顔、笑顔でこう言ってくる。
「いくらでもやりなさい。いつでも来ていいのよ。」
これには俺たちも恐縮するばかり。いや、ホントにうるさいのよ。
だが一つの救いは、俺たちの演奏は日に日に向上している、ということだ。ある程度「音楽」として耳に響くようになってきたので、ただの単なる「騒音」からは脱しているのだ。音楽に聞こえればこっちのものだ。「ロック」とはこういうものだ、とエクアドル人にはなじみの薄いことを利用して轟音を叩きつける。うれしいことに、家族のほとんど、特に若い息子は俺たちの「ロック」に大いなる理解を示してくれた。これぞ、普段はチャラチャラした、核となるビートが存在しない軽い音楽しか聴いていないエクアドル人に対する、「ロックの技術移転」。
途中からは、部屋から玄関すぐ外に移動し、野外に向かって初期衝動を発散。その大音響は、パウテを囲んですぐ横にそびえる山々にこだまし、街中では100m四方には間違いなく、否応なく聞こえていた。家の前を通りかかる人々は、「一体何が始まったんだ?」と演奏する俺たちを代わる代わる覗き込んでくる。ある子供は俺たちを見て見ぬフリをしてやり過ごし、またある大人は俺たちのロックに合わせて身体を揺すり始める。ある人は演奏する俺たちに笑顔を投げかけ、ある人は驚いた表情で呆然とする。
こうして、午後4時頃から午後7時までたっぷりと、俺たちはパウテの小さな街に爆音を轟かせ続けた。
特筆すべきは、この外での練習で、我々に「ロックの恍惚」が初めて降り始めてきた事である。つまり、演奏中に、ビートを媒介にして演奏者3人に一体感というものが感じられ始めてきたのだ。これこそ、ロックを演る人間にとっての一つの目標点というか、この、ビートと体と気持ちがシンクロした一体感による恍惚・快感を味わうために俺はロックを演っている、といっても過言ではないのだ。
「ヨッシャー!これならイケルで!!」
大いなる満足感に酔いながら、この日の練習を終えた。
夜は例のカバーニャで飲みながら、ロックの神様の降臨について話し合う(笑)。近くの中庭では、例の怪しい宗教団体が、オジさんオバサン団員全員で焚き火を囲みながら彼らの”神”の降臨を待つかのように車座になって、雨乞いか何かの祈りを捧げ、聖歌を歌っている。
夜も更けて眠りにつく。思えば、このカバーニャでまともに寝たのは初めて。いつも朝まで麻雀だからね。つまり、パウテで麻雀をやらなかったのも初めて、というわけだ。
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