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エクアドル日記(2005年11月)
11月25日(金)
ガロさん一家と
最後の教室。イバンと一緒に生徒に語りかける。
酔っ払い軍団
実質クエンカ最終日
明日からガラパゴスへ旅行に出るので、クエンカは今日が実質最終日となる。2年間の滞在を感傷を持って振り返ることも許さぬほど目まぐるしく動いた1日となった。
まず朝10:30ごろにタクシーで段ボール6箱を積んで郵便局へ。日本へ送り返す荷物である。合計重量何と110kg!郵便局から日本まで送るとすると1700ドルもかかる。それは不可能だ。よってキトの事務所へまず送り、そこからパンアトランティック(Panatlantic)という輸送会社を使って日本に送ることにする。カトリーナさんに輸送費用を調べてもらうことにした。10kg以上だとEMSから送ることになるそうで、EMSの事務所は実はグラン・コロンビア、郵便局の裏にあった。
11:45まで様々な手続きに要し、その後、モロちゃんと一緒に、タクシーでガロさんが働くコレヒオ(高校)へ挨拶に行く。ガロさんとは、以前SECAPのバール(学食兼売店)の主人をやっていた人で、今は別のコレヒオの学食で働いている。コレヒオはMuseo de Artes de Fuego(火美術館)の横にある。SECAPで生徒たちや僕ら教員含めて、みんな彼の世話になったものである。生徒にとっては、寮の寮監さんとは言わないが、休憩時間にバールで飯を食いながら、色々世話を焼いてくれる強面のおやっさん、といったところであったろう。僕らにとっても、彼は陽気でいつも僕らのことを気にかけて声をかけてくれる、頼りになる存在だった。
ガロさん、奥さん、息子と他におばさん二人、SECAPの頃と変わらぬメンバーで、忙しそうに働いていた。ガロさんが出してくれた昼飯を食べながら、モロちゃんとともにガロさんと思い出話をする。何でも、SECAPに戻る話があるそうである。先日、ルーチョ(自動車整備科先生)とセニョール・チョフェールが来て、「今のSECAPのバールはサービスが良くない」とこぼしていったそうである。僕らも、ガロさんの頃の方が飯も良かった、と同調した。
ガロさん一家と記念撮影をしてコレヒオを辞す。タクシーでSECAPへ。最終報告書を提出。各職員に別れの挨拶をする。
ついに2年弱は働いたこのSECAPともお別れだ。思えば色々なことがあった。大統領失脚時のおばさん校長に対する職員のクーデターは、面白すぎて(いや、本人たちはいたって真面目なのだが)、一生忘れられるものではなかろう。
授業の準備で連日夜遅くまで残業したこと、オレンジ色の灯火ににじむ路面。生徒たちとのサッカー。
生徒管理における葛藤。コミュニケーション法。いやぁ、ここでの2年で少しは何かを学べただろうか。イエス。
果たしてここに今後戻ってくることがあるのだろうか?と思いつつ、最後に、警備員のニーちゃんと握手をして門を出る。一つの物語の完結。
12番のバスに乗って警察へ。先日盗まれたビデオカメラのポリスレポートを出してもらうためだ。その目的はもちろん、保険金請求用である。ポリスレポートがあれば、携行品保険が適用され、保険金が下りる、というわけである。
警察の1階受付で30分以上待たされる。その間、係員から「Seguro(保険)ね」と言われたので、警察にとっては窃盗による保険金請求手続き対応は、日常茶飯事なのだと感じられた。盗難は日常ですか。お国が知れる。
ようやく自分の番となり、係官はパソコンに向かった形で俺に色々聞いてきた。名前、パスポートナンバー、住所、電話番号。盗難日時。そして盗難された物品。しかし、肝心の「どうやって盗まれたか」は聞いてこなかった。保険会社としてはこの点が重要ポイントであるはずなのに、だ。
それについて尋ねてみると、
「あぁ、それは事件の調査をするときには聞くけど、保険請求レポートの作成には必要ないよ」
と係官は事もなげに言い放つ。何といい加減な。これならあとは、保険金申請書に自分で記入するときに、いかようにでも事件を脚色して書き、保険が下りるようにできるではないか。
(いい加減なもんだ)
と思いながらも、
(これで保険金ゲットだな)
と内心ホッともしていた。何せ今回の盗難状況を正直に書けば、金が下りるかどうか、実際にはよく分からない。ちなみに、今回の盗難状況とは、日記にも書いたが、1週間前の11月18日、教え子の生徒たち(出張授業をしていたFebres Cordero)と最終授業後にセントロで酒を飲んでいたら、いつの間にかカバンにしまっていたビデオカメラがなくなっていた、ということである。まぁ、油断はあったにせよ、不可避の盗難と言えば言えなくもないので、大丈夫な気もするのだが。
こうして警察を後にし、保険金が下りる確証を得、僕はセントロに戻り、再びビデオカメラを買うことにする。明日からのガラパゴス旅行に、ビデオカメラは必携なのだ。
盗まれたビデオカメラはこないだ買ったばっかりなのだが、前回と同じ店、Creditos Economicosで、前回と同じモデルを、前回よりも少し安い値段で買った。
その後、セントロでラルバイとドクターに別れの挨拶をした。ラルバイはビッグハグをくれた(笑)。気のいいおっさんだ。
「またいつか会おう」
その後出張授業をしていたFebres Corderoで、イバンとレクトーラに挨拶。俺の授業の写真を納めたCDを渡す。その後、5年生のクラスで、質問形式で生徒と最後の問答。
6年生が8時頃からコートでサッカーをしていたので、一緒にプレーする。10時頃、サッカー終了。生徒たちとカジェ飲み(道端飲み)に出る。
Vamos a Switch!
最終的には10人くらい集まり、11時頃まで飲んだ。
アディオス、クエンカ。
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