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バートとW
2003年3月

セサミストリートのバートを見ると、必ず俺が思い出す男がいる。会社の元同僚、Wである。両者が似ているからだ。

バート⇔W

バートとWのどこが似ているかといえば、その全体的な雰囲気である。顔の輪郭は申し分ない。Wの頭の薄さをデフォルメするとバートのチョビ髪になるわけだし、Wのボーっとした風貌をデフォルメするとバートのようなのっぺりとした円筒状の長顔になるわけである。いかにも冴えない三枚目の匂いが強烈、というところも共通点である。お茶目な立振る舞いも、似てないといえなくはない。外見もさることながら、直感的に両者から感じるもの、発散されているものがバートとWで同じ、ということになる。

しかし、いつ見ても完璧なまでに異なっている箇所がある。目である。
バートの目はこれ以上ない澄み切った、何の翳りもなく何も考えているように見えない、いわば魚の目である。澄み切った目を大きく瞠ったままで微動だにしない。そこからは、何の感情も読み取れない。
これに対し、Wの目は人間の目である。どことなく濁った瞳に、隠しようのない哀愁と疲労と怠惰と朦朧を湛えているのである。そこには、輝きがない。煌きもない。閃きもない。それでも、時々はその目に喜怒哀楽といった感情が浮かび上がる。以前はもっと頻繁に何かを語っていた目である。歳を取って結婚もして落ち着きが出てきたのか、最近この目は大きな変化をしなくなった。
だがいずれにせよ、あまりにも現代の人間らしい目なのである。


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