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日記
(2011年4月)
2011/4/24 (Sun.)
福島差別世界

福島県では、今や天気予報のように、環境放射線量がメディアで一日に何度も流れる。「午後4時の各地の放射線量です」とか言って、福島県内各地(原発20km圏内除く)の環境放射線量が伝えられる。3月11日を境に世界は全く変わってしまった。まさか今日の放射線量が放送される世の中になろうとは。まるで核戦争後の世界だ。だが、別に放射線というのは珍しいものではなく普段からある。今は3月11日以前と比べて値がやや高いだけだ。僕が住む郡山市の放射線量は、人体に影響のあるレベルではない。

塔のへつり名物、マムシ焼(福島県下郷町)

だが、残念なことに、郡山に住んでいた人も、他県に避難した人が結構いると言う。幼い子供がいれば確かに心情は理解できる。が、大の大人が避難してしまうことに釈然としないものを感じる。
僕は福島県民だからそう思うのかもしれない。立場が変わればどうだろうか。

一方、福島から避難した人、福島県民、福島県産品に対する風評被害が深刻だ。福島から避難した子供が放射能と言っていじめられたり、他県の避難所でスクリーニングの証明書がなければ入所できないと言われたり(つくば市)、福島ナンバーの車は「出てけ」と言われたり。放射線量が基準値を超えた野菜が出荷停止になるのは仕方ないとしても、基準に満たない野菜でも、福島県産であれば売れない。僕が勤める会社では、製品を海外にも出荷しているが、海外の一部顧客から、製品の放射線検査を求められている。
全く人間ってのはいつまで経っても学習しないものだ。いつまで経っても差別はなくならない。子供は残酷かつ無知だから子供のいじめは仕方ないが、大人も無知で思考が硬直し、想像力が欠如している。無知な大人が子供を諭せるわけがない。これを助長しているのが、原発問題における政府とか東電とか原子力安全保安院のメチャクチャな対応であり、それを伝えるメディアのどうしようもない無知である。事実と真実(科学的に立証されていること)を伝えろ!
今の政府と東京電力というのは、無能人間の集まりだと本気で思える。ちゃんとできる人がもう少しいそうなものだが。

芸能人とか有名人は、宮城に行って炊き出しをする。それはそれでいいことだ。だが、福島には近づこうとしない。いわきに来た杉良太郎くらいしか聞かない。(彼は、原発に行って作業員を激励したかったそうだが、立ち入り禁止なので無理だったという)
そんなに放射能が怖いかい?

とにかく僕はスーパーで熊本産とか福岡産とか千葉産とかいかにも「安全です」って顔をした野菜ではなく、今や安く売らざるを得ない福島県産の野菜ばかりを買う。もはや日本の他県に住んでいる人間は助けてくれないのだ。「福島県はかわいそう。応援します」と口では言っても、彼らは福島県に近づこうとしない。観光に来ないし、野菜も食べない。僕らは福島県民として福島を守らなければならない。このままでは福島は崩壊する。原発20km圏内はゴーストタウンと化し、今後も戻るのは難しいだろう。沖縄の基地問題で、他県の人間が見て見ぬフリをして沖縄に負担を押し付けてきたこと、基地負担をどこの地方自治体もしようとしないこと、「自分がよければいい」「自分が安全ならいい」という人間のエゴによって重荷を一身に背負わされている人々の気持ちが、いま何となく分かる。もちろん僕は、直接風評被害で苦しんでいるわけではない。せっかく絞った牛乳を断腸の思いですべて廃棄しなければならない酪農家でもないし、丹精こめて作った野菜が全く売れない農家でもないが、福島県民として出来ることをしなければならない。
とりあえず、今度あぶくま洞に行こう(笑)。
2011/4/17 (Sun.)
液晶テレビ購入

昨日の土曜日、僕は生まれて初めて液晶テレビを購入した。今まで僕は、テレビというと14インチのブラウン管テレビしか持っていなかった。1991年製のシャープだ。これを2年前まで、およそ18年間見続けた。最晩年には、テレビをつけても輝線が横一線となってしまうことが多く、その場合は、天面を手で叩くことによって画面を復活させて、騙し騙し見ていたが、ついに復帰しなくなった。いわゆる垂直発振回路系の故障だ。シャープに修理依頼をした。垂直偏向コイルがイカれていることが分かったが、型式が古くて、部品がなくて直せない、という。僕はメーカーの自分勝手な方針に憤ったが、仕方なくそのまま放置した。大量生産・大量消費の悪しき習慣の際たる例である。全くエコ社会に反するやり方だ。修理すればもっといつまででも使えるものを、部品がないの一言で、この資源を無駄にさせ、新しいテレビに買い換えさせようというのだ。
その後僕は、この2年ほど、パソコンでテレビを見ていた。起動に5分くらいかかるのが難点だが、別にそれで事足りていた。新しいテレビを買う気などサラサラなかった。
そんな僕がなぜ液晶テレビを買おうと思ったのか?地デジが始まるから?答えはノーだ。地デジ移行の7月まで、テレビなどという不要なものを買う気はなかった。(※大震災の影響で、東北では7月以降も最大1年間延長してアナログ放送が見られる)
僕が液晶テレビを買ったのは、BS11という無料のBS放送が見たいからだ。なぜ見たいのか?毎週末、東西各場のJRA競馬中継があるからである(笑)。今年の1月から、BS11で、競馬中継が始まったのだ。パドック、返し馬、レースの中継はもちろん、オッズ、馬体重や配当情報も同時に見られるという、競馬ファンにとっては夢のような番組だ。僕がこれを知ったのが、4月11日だった。会社の競馬好きの同僚が教えてくれたのだ。なぜもっと早く教えてくれなかったのか。

部屋の真ん中に床置きした32インチの液晶テレビ

僕はすぐにどのテレビを買うか、調査を始め、5日後の4月16日の土曜日の午前中、ヨドバシカメラで購入した。すぐに家に持ち帰り、速攻でセットアップして、12時からの競馬中継を晴れて視聴することが出来た。
これで僕の競馬ライフが一層充実するというものだ。いや、競馬ライフではなく、競馬の成績が上がるように。

それにしても32インチというのは巨大だ。何しろ今までが14インチだったから、画面の大きさは4倍以上だろう。正直、22インチか26インチでいいと思っていたのだが、どういうわけか、32インチテレビの方が安いのである。売れ筋だから数が出ているために安いのだろうか。機能を端折っているのかもしれない。一番安いテレビを探したら、32インチとなったわけである。
だが、映像は精細だ。今までブラウン管の14インチを見てきた身にとっては、別次元の明るさと画質だ。ここまで赤裸々に表現されてしまうと、テレビに出るほうも大変だ。それにしても、こんなにでかくて絵がきれいなテレビが3万円台で買えるとは、電機メーカーで働く僕にとっては、その価格破壊ぶりは嘆かわしい。

今の悩みは、地震である。テレビ台などというしゃれたものは持っていないので、テレビを部屋の真ん中に床置きにしている。これだけでかいと場所を取ってしまって、部屋がとたんに狭くなる。床に置いても、震度6の地震が来たら倒れてしまうに違いない。僕の会社の同僚は、台の上においてあるブラウン管テレビを、必ず床に下ろしてから外出するそうである。
液晶テレビの最大の欠点は、安定感に欠けることだ。台座も地震のことなどまるで考慮していないかのように小さい。こっちは毎日毎日地震があるので、転倒対策が不可欠だ。保証の効かない地震でこのテレビを壊すわけにはいかない。だが、じゅうたんの床に直置きなので、転倒防止のネジ打ちも、シールも無理だ。
とりあえずここ郡山では地震の揺れは東西なので、僕は夜眠るときと外出するときは、液晶画面の方向を東西に合わせることにしている。さらに万が一画面が倒れてもダメージを受けないように、画面の前に寝袋を置く。
思うに、転倒する可能性のある家電製品というのは、そもそもデザイン欠陥なのではないかと思えてくる。他に転倒しそうな家電といえば、冷蔵庫と洗濯機があるが(実際、僕の洗濯機は、今回の地震で転倒した)、液晶テレビほど不安定感、危うさを見る人に与えるものはない。

あと心配なのは、僕の住む場所が計画避難地域に指定され、家財道具すべてを見捨てて避難しなければならなくなったときかな。ま、津波で家を流されてしまった人のことを考えれば、テレビを捨てるくらいなんてことはないが。命あってのものだねだ。

追記
翌週の4月20日、僕はブルーレイディスクレコーダーを購入した。これでパドック映像を大量に録画し、競馬研究、相馬眼鍛錬も大きく進もうというものだ。
2011/4/14 (Thu.)

大内宿(福島県下郷町)

只見線の風景

震災テレビ

今週は、郡山でも震度5、6クラスの余震が何度かあり、何だか嫌な感じだ。いよいよ日本沈没の日も近いか。

だが、ロックンロールは死んでない。

いま、福島では、「猪苗代湖ズ」という福島出身ミュージシャンが作ったバンドの曲、『I love you & I need you ふくしま』がテレビで流れ続けている。いつもは狂気じみているサンボマスターのヴォーカル(会津若松出身)のあの声が、割と耳障りのいい、いわゆる応援ソングだ。応援ソングは口ずさめないといけない、というツボを得た作曲だろう。プロだからな、奴ら。
ユーチューブのビデオは、単純な映像だが、単純ゆえに僕は結構好きだね。このページではこんなことはあんまりしないけど、ひょっとして福島県民しかこの曲を知らないかもしれないから、紹介しましょう。ビデオの最後に、今生存している中ではおそらく一番有名な福島県人が登場します。もっとも、この人が福島県出身だと知っている人は少ないでしょうがね。ご視聴あれ。こちら

毎日テレビでかかっていると言えば、公共広告機構の「あいさつすると友だちふえるね」。震災直後、公共広告機構のCM群のあの異常な放映頻度は、「もういいかげんにしてくれ」と思ったものだ。いまはかなり普通のCMも増えてきたが、まだまだ。少し気を許すと、すぐ「こんにちは こんにちワン!」と始まるから気が抜けない。
このフルバージョンもユーチューブで見た。楽しい仲間として、「いってきまスカンク」と「ただいマンボウ」があまりにも意外だった。確かにスで始まる動物はあまり思いつかない。一番ポピュラーなのはスズメだろうか。スッポンとかスルメでは友達にはなれないか。マがつく動物は、マントヒヒだろう。
仙台で被災した僕の会社の先輩、伊藤氏のブログでは、「気が狂うCM」として紹介されている。このブログは、彼の性質上、若干理屈っぽいところはあるが、批判精神に満ちた痛快な文章で、被災地の様子もよく分かるので、お勧めだ。こちら

しかしこのCM、あまりにかかるので、色々な細部まで目につく。特に、人間の子供たちの口の中が真っ白であることと、みんなでスキップする場面、「たのしい」の「い」、「なかまが」の「が」のところ、つまり3拍目で若干みんなが高く飛び上がるところが気になって仕方がない。
だが、時が経ってこのCMが流れなくなったら、きっと寂しく思うんだろう。また見たいと思ったりして。「ぽぽぽぽーん!」
結構、ロックかも。
2011/4/3 (Sun.)
郡山生活状況

郡山には、かなり物が戻ってきた。
まずガソリン。先週既報通り、郡山に石油列車が到達して以降、ガソリンスタンドは平常営業に近くなった。行列もなくなった。しかし、レギュラーがリッター155円というのは勘弁してほしい。
次に食料。コンビニにはまだまだ弁当やパンが少ないが、徐々に増えてきている。スーパーは、営業時間は短いものの、品揃えはほぼ平常近くに戻ったと言える。
雑誌も徐々に増えてきているが、他の救援物資の輸送を優先しているそうで、週刊誌や月刊誌は東北に届いていないものも多い。僕が唯一毎月定期的に買っている月刊のテレビガイドも、4月号はこちらでは買えない。もう買えないのだろうか。
避難所暮らしの人々には、確かにまずは燃料と食料だろうが、そろそろ娯楽も必要で、雑誌でも回してあげればいいと思うのだが、どうなのだろうか。
昨日と今日、カインズホームとニトリに行った。カインズは震災のダメージを受けてしばらく営業停止していたが、先週復活した。カインズもニトリも、見たことないほどの大勢の客でごった返していた。みんな、震災で失ったものや、更なる備えを購入しているようである。割れてしまった食器、日用品、また懐中電灯や電池やガスコンロ。
食器コーナーは、いずれも豊富な品揃えという感じではない。ところどころ品切れも見える。きっと、郡山を襲った震度6弱の地震で、棚からほとんど落ちて、多くの割れ物が出たと思われる。
電気量販店は、駅前のヨドバシカメラ以外は営業停止が続いている。僕の家の近くのヤマダ電機は、ガラス張りの巨大な建物だが、そのガラスがかなり割れ落ちたようである。駅の南の方にあるコジマ電気も、建物がかなりのダメージを受けて、修復中である。店内がどうなったかも、想像に難くない。テレビやパソコンや、陳列してある何もかもが落下して、かなりの被害が出たろう。
面白いのは、郡山では太平洋から揺れが伝播してきた感じで、基本東西方向に揺れたようで、液晶テレビの画面が東西方向となるように置かれていた場合は被害は少なく、南北方向となっていた場合は倒れてダメージを受けることが多かったようである。
ちなみに僕は液晶テレビを持っていないが、パソコンの液晶モニタは、画面が南北方向で置かれていたので、机の上でばったりと倒れていた。

僕がこの地震で失ったのは、皿数枚、コップ数個、茶碗1個。それと、洗濯機が倒れたおかげで、洗濯機と蛇口を結ぶ給水ホースのプラスティック部分が壊れた。幸いにもパソコンやオーディオ機器やギターは、崩れたり倒れたりしていたがダメージを受けておらず、助かった。地震でコードが引っ張られ、電源プラグが曲がってしまったものは多かったけれど。友人の中にはピアノが真っ二つに割れた人や、皿がほとんどすべて割れてしまった人もいるし、さらには家に亀裂が入った人、マンションが崩れかけた人もいるので、僕はラッキーな方だ。もちろん、家財道具家ごと津波に流された人とは比べようもない。

まだ余震は活発だ。毎日、5回〜15回くらい、身体に感じる地震がある。うち少なくとも1回は震度3以上の大きさだ(と感じる)。3月11日直後は、大きな余震が一日に何度もあったが、今でもまだまだ収まっていない。恐ろしい。ここまで大地が揺れるのは、もちろん僕の生きている間では初めてのことだ。もう3週間以上揺れ続けている。一体どうしたことか。地球に悪意はないだろうが、あの揺れ方は何か人間の恐怖心をあおるような、何というか、醜悪な意図を持っているかのようである。赤子がおもちゃを弄ぶような無遠慮さと言うか、ぞんざいさで地上すべてのものを揺り動かしている。もちろん、これは今いじめられている人間である僕の、主観的な擬人法なのだけれども。巨大な建築物をいとも軽々と遊動させる恐るべきパワー。ここまで地震が毎日続くと、このまま再びさらなる大地震が襲い、一気に日本が崩壊してしまうのではないかという暗未来を、本気で想像させる。
ちなみに、西日本は、ちっとも揺れていないのだろうか。東日本は、いま、もう別世界です。

そして残るは、原発問題だ。福島第一原発から郡山市までおよそ50km。原発から20km圏内に住んでいた人々は、津波で家を失うのと似たような痛みを味わっている。財産は無事なのかもしれないが、今後もう二度とそこには住めない可能性がある。また20km〜30kmで屋内退避している人々は、今はどうか分からないが、当初は支援物資を運ぶトラックがみんなビビッて入らなかったため、物資がまるで届かず、見捨てられたような状態だったという。「屋内退避せよ」という指示のために、人々は兵糧攻めを受けたのである。何という馬鹿げた話か。国が責任を持って物資を届けろ!
また、風や地形の影響で、放射線が流れやすいのか、飯館村は、連日全国ニュースで高い放射線が観測された、と汚染地域のレッテルを貼られてしまった。
原発近辺のみならず、福島県全体を汚染地域かのごとくにみなす人々や世間の風潮は、原発問題が解決されるまではなくならないだろう。健康被害の可能性のある放射線レベルと、今それぞれの土地にあるレベルを、正確に伝える必要がある。
原発近辺から来た人は放射線検査を受けさせられるとか、日本から海外に運ぶ荷物がすべて放射線検査を義務づけられるとか、本当に腹の底から憤ることばかりだが、仕方ない。
郡山でも50kmとはいえ、今でも2〜3マイクロシーベルト/毎時の環境放射線が観測されるわけで、これは平常値(0.04〜0.06マイクロシーベルト/毎時)のおよそ50倍である。郡山から東京や関西に避難した人も結構いるようだ。早く何とかして欲しい。米国が米国人に対して「80km圏内は避難」とか、その他外国の処置はあまりにも過剰で、まぁ、外国で起こっていることだから、それくらい慎重になってもいいと思うが、日本人、この場所に生活を持っている人は、おいそれと避難はできない。とにかく、一日も早い原発問題の解決を望む。あんな危険な場所で活動することに制限があることはよく分かる。命がけの作業であることはよく分かる。だが、こうなった以上は、誰かがやらなくちゃならない。政府、東電、原子炉製造メーカー、少しずつでもいいから、状況を改善してくれ。このままでは、もう二度と再生できない死の大地と海がどんどん広がってしまう。
ま、僕は普通に洗濯物を外に干していますけれど。今度僕と会う人は、ガイガーカウンター必要かもね。
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