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日記
(2013年4月)
2013/4/1(Mon.)
郡山を後にし、千葉へ

郡山市内から雪山を望む

郡山のビジネスホテルで目が覚める。まだ熱っぽく、頭は重い。だが昨晩よりは回復している。
9時に電話が鳴る。車配送業者から、今日10時〜10時半の間に車を引き取りに来る、とのこと。ホテルをチェックアウトし、昨日まで住んでいたマンションへ向かう。天気がいい。今日から僕は無職だ。いつもならもう出勤している時間だが、今週から僕は会社の束縛からはずれた人間となる。
マンションには業者の人がすでに来ていた。簡単な手続きを済ませ、彼は僕の車を運転して去っていった。
これで引越しは完了だ。あとは千葉の実家へ向かうだけだ。4年近く住んだマンションの前で一人ポツンと残される。みんな新年度の初日を一生懸命仕事している時間だ。
郡山の見慣れた町の風景。ヨークタウン、紳士服の青木、ツルハドラッグ。天気がよく、遠くに雪山が見通せる。3年10ヶ月の郡山生活が終わった。
千葉の実家へ向かう。
2013/4/2(Tue.)〜
無職日記

4月2日火曜日。

さとざくら

千葉都市モノレールと桜 (千葉県千葉市)

4月6日、福島競馬

馬はどこだ?

中学時代の友人との飲み会。ジョナサンにて(爆笑)

夜中の千葉都市モノレール。新型車両。(中⇔外)

千葉市立郷土博物館(千葉県千葉市)

相馬野馬追の図。千葉氏の祖先は平氏で、野馬追はもともと平将門が軍事教練と
して始めたと言われる。その後千葉氏は源平合戦で功を上げ、相馬に土地を拝領
し、野馬追の伝統が相馬に伝わった、とのことだ。
意外な千葉と福島の関係。

東京競馬場芝コース。このとてつもない幅員。

雨の東京競馬場

千葉都市モノレール。右奥に見える建物が千葉市役所。

大井町名物、スタミナカレー

大井競馬場

辞めた会社のメンバーとの飲み会。新馬場の鴨料理店にて。

栄福寺

いよいよ今日から本格的な無職生活が始まる。千葉の実家で目が覚める。目覚ましはかけなかった。朝好きなだけ寝ていられる。いいのか本当にこれで。
今日はまず試しに役所へ行ってみることにする。車が納車されるのは4日なので、今は足がない。歩いてバスターミナルへ。途中、公園に桜が咲いていた。会社の同僚から餞別にもらったカメラをかばんから取り出す。どうやらこのカメラは、「ミラーレス一眼」と呼ばれるカメラのようである。通常の一眼レフカメラは、本体にミラーを内蔵しているが、ミラーレス一眼にはミラーがないので、軽量・コンパクトになるということらしい。
このカメラのCCDが捉える記念すべき一発目の被写体として、桜を選ぶ。大きなレンズのカメラを持つのは生まれて初めてなので、撮り方がよく分からない。
駐車場の契約をしに街の小さな不動産屋へ。4日から月5000円の駐車場を契約。そして区役所の小さな分室に赴き、健康保険と年金の手続きをしたいのだけれどどこの区役所で出来るかを尋ねる。手持ち無沙汰気味の分室のおじさんは、懇切丁寧に色々教えてくれた。
千葉市中央区役所にバスで向かう。国民年金と健康保険の手続きをしたい、というとここの係員もまた丁寧に説明してくれた。3月に会社を辞めた人が多く、4月のこの時期は年金や健康保険の窓口がとても混むらしいが、今日はなぜかそれほど多くない、とのこと。
手続きの仕方を教わって今日は引き取る。
無職だろうと年金や健康保険で相当な金が飛んでいくことを知り、愕然とする。(さらには住民税も)
今まで給料天引きだったため、これらの金の負担を全く感じずに生きてきてしまった。この歳になって社会の仕組みを知らないなんて。
社会の一員として生きていくためにはお金が必要なのだ。

4月3日水曜日。
辞めた会社に、所得の源泉徴収票の発行申請書を郵送で送付。

4月4日木曜日。
午前10時過ぎ、車が届いた。これでようやく動き回れる。
また、トランクルームの鍵も届く。自分の膨大な引越し荷物は実家には入りきらないため、トランクルームを借りたのだ。明日は荷物をトランクルームに突っ込む。

4月5日金曜日。
午前10時半頃引越し会社から電話があり、11時から11時半にトランクルームに到着できそう、とのこと。
4トントラックに積まれた僕の物品は、手際よく4畳のトランクルームに積まれていく。何とかすべてを収めることが出来た。もっとも、かなり高くまで積み上げて結構ギリギリだった。奥に突っ込んだダンボールを取り出すのは相当大変だ。
家に持ち帰る一部の荷物を車に積み込み、12時過ぎには引っ越し会社の二人に礼を言って別れる。
この後僕は、明日の福島競馬に向け、車で出発する。
夜福島に到着し、ネットで予約しておいたリッチホテル福島にチェックイン。駅前で1泊4200円なら悪くない。福島には2泊する予定。

4月6日土曜日。
待ちに待った春の福島競馬開幕である。本来なら地元開催として郡山から駆けつけるところであったが、何しろ数ヶ月前までは全く予期すらしなかった退職を僕は既にしていたので、千葉から遠路はるばる車を飛ばしたわけである。
今週末は嵐のような爆弾低気圧が日本を縦断するとのことだったが、東北地方では今日土曜日はまだ平穏な天気のようだ。福島駅からバスに乗って福島競馬場へ。
朝から曇りではあるが、暑くもなく寒くもない、風も全くないという競馬観戦日和である。
今日は元会社の同僚達も一緒にやることになっていたのだが、昼になっても誰からも電話が来ない。絶好の競馬日和だというのにどうしちゃったのだろうか。今週末は大荒れの天気だという天気予報で、みんな来るのをやめてしまったのだろうか。
結局一人で12レースまでやるが、敗退。最終レースくらいに風が強まってきた。
金を失った絶望感の中、帰りはホテルまで歩いて帰ることにする。爆弾低気圧が接近しているのか、風がかなり強くなってきている。雨が今にも降り出しそうだ。
30分かけてホテルにたどり着く。本来ならこれから仲間と祝勝会(!)の予定で、そのために今日もう1泊することにしていたのだが、誰も来なかったので一人寂しくホテルの部屋でコンビニ弁当を食べる。何しろ、フロントにこの辺りに食堂がないかと聞いたら、「ありません。せいぜい駅前にあるなか卯くらいですかね。居酒屋なら何軒かありますよ」という福島の現状を象徴するような答えが返ってきた。だが、フロントのこのおじさん、ホテルのフロントマンにあるまじきやたらとぶっきらぼうな口調だったので怪訝に思っていたら、どうも新人のようである。歳は50歳くらいに見えるが、このホテルでは新任なのだろう。妙に愛想のいい年下の先輩社員に、いろいろホテルのルールを教わっていた。きっと福島のこともよく知らないのだろう。居酒屋で一人寂しく酒を飲むというのは僕はやったことがないので、もちろんしない。部屋で弁当を食べながら、明日の競馬検討をする。
この分だと明日は雨らしいが、こうなったら明日も競馬をするしかあるまい。このままでは引き下がれない。今日飲んで明日朝にホテルをチェックアウトして千葉に意気揚々と帰る予定だったが、急遽予定変更だ。

4月7日日曜日。
予定を変更して今日も福島競馬。このままでは終われない。朝8時前に起き、8時40分にチェックアウトし、車で競馬場へ。雨は激しくなったり弱くなったりを繰り返している。
健闘むなしく、この日は昨日以上の惨敗。昨日もそうだったが、今日は雨も絡んで、この週末はとにかく荒れた。穴馬券の僕にとっては波乱上等なのだが、全くかみ合わず。相馬眼と馬券術のなさを嫌と言うほど痛感させられる。
わざわざ千葉から福島まで遠征し、仲間とも会えず、競馬ではボロ負け。どん底まで意気消沈して帰路につく。無収入の身なのに、さらに減らさなくていい金を減らした。これぞダメ人間。

4月8日月曜日。
朝9時過ぎに目が覚める。
車で20分ほどのところにあるトランクルームへ。服や洗面用品等、日常的に必要な荷物を何点か取り出す。
その後本屋で『137億年の物語』を購入。
午後は3時間パックでネットカフェにこもり、情報収集。

4月9日火曜日。
朝9時に目が覚める。
退職したらやろうと思っていたことが、毎朝のランニング。だがここまで全く走っていない。今日も9時ごろに目が覚めたが、ランニングする気にはならない(笑)。とりあえず今日は、墓参りに歩いていくことにする。公園兼墓地まで、歩いて30分。途中、カメラをぶら下げて、気の向くままに撮影しながら散策する。

今日までまだ源泉徴収票が届かないので、会社に電話して確かめると、担当者は「昨日届いたので明日発送する」という。僕は先週の水曜日に千葉を出たのに、なぜ東京に届いたのが昨日なのか、思いっきり釈然としなかったので、刺々しい口調でこう言った。
「今週中に健康保険をどうするか決めなければならない。もっと早く処理して発送してくれ。速達で送ってくれ」
女性の担当者は電話の向こうでうろたえ、上司に相談した後でこう言った。
「速達での対応は出来かねます。明日午前中に発送するようにしますので、それでお願いしたいのですが・・・」
僕はこれ以上言っても仕方ないのでそれでよろしくお願いしますと言って電話を切った。

鎌取にある三井住友銀行のATMで、生命保険、傷害保険関係の保険料を振り込む。前の会社の保険を継続することにしたのだ。


4月10日水曜日。
朝9時過ぎに目が覚める。
トランクルームで年金手帳を探すが見つからない。
先々週まで、仕事中、気が遠くなるほど複雑な事象を毎日考えていたが、4月に入ってから、ロクに脳味噌を使っていない。この状態が続くと、使わない脳に電流が流れないために劣化し、老化が早まるのだろうか。仕事を辞めて脳が退化。いや、ボーっとする時間が増えるのも、いいことなのかもしれない。何かをひらめく可能性が高くなる、ということだ(笑)。

4月11日木曜日。
朝9時過ぎに目が覚める。毎晩午前1時〜2時の間に寝ているせいか、今週、決まって目が覚めるのは9時過ぎだ。規則的な生活と言うのか、堕落した生活と言うのか。
高校時代に行っていた格安の大衆食堂に久しぶりに行ってみたが、跡形もなくなっていた。寂しい。
今日ようやく源泉徴収票と離職票が届く。区役所に行って国民健康保険の保険料を聞いてみると、僕の去年の所得が高かったせいか(笑)、保険料がバカ高だった。よって会社の健康保険を継続することにした。最大2年間継続できる、いわゆる「任継」というやつだ。
加えて国民年金の手続きもする。

4月12日金曜日。
朝、郵便局にて会社宛てに申請書を2通郵送する。その後、生まれて初めてのハローワーク(職業安定所)へ。「ハローワークちば」は、千葉市中央区、海(東京湾)に程近い千葉港地区にある。千葉市役所からも近い。
受付で求職シートに記入し、会社から発行された離職票と一緒に提出する。建物内には、暗さを顔にまとった老若男女がうじゃうじゃしている。数ある端末で仕事を探している人たち、そしていい仕事はないか、相談員と面談をする人たち。みんな心なしかどことなく元気がないように感じる。失業者なのだから当然といえば当然か。いや、今時では働いている人のほうが疲れ切った表情をしているのかもしれない。初めてのハローワーク、好奇心に目が爛々としているのは僕だけだと感じる。それとも単なる僕の思い込みか。目と心にフィルターがかかってしまっているのか。僕も毎週ここに通ううちに、死んだ魚の表情になっていくのだろうか。
しばらく待って、ハローワークの相談員と、求職内容についての面談。ここまではスムーズだった。続いて2階へ上がり、失業手当給付の申請登録と説明を受ける。これには1時間くらい待たされた。対応する職員が少ないのだ。全く、ここの担当係に今職を探している人を採用しろってんだ。ようやく僕の順番になって、失業手当について一通り説明を受ける。僕は自己都合退職なので、給付制限というのがあり、3ヶ月間は失業手当は支給されない。4月25日に説明会に来てください、と言われ終了。

昼飯は千葉銀座付近にある韓国食堂オムニキッチン。先月末、大阪に出張の際に行った、肥後橋の韓国料理屋でのプルコギの味と、キムチ・惣菜食べ放題、ご飯お代わり自由、という夢のようなサービスが忘れられず、韓国料理屋に入ってみたのだ。ここでもご飯はお代わり自由だったし、プルコギの味は悪くなかったものの、プルコギやキムチの量が少なく、肥後橋の店のサービス、コストパフォーマンスとは比べ物にならない。定食のスープが味噌汁だったのも、違和感を覚えた。日本人の口に合うようにという思いからであろうことは想像できるが、ここは韓国食堂なのだから、胸を張って韓国料理で勝負してほしい、というのが僕個人的な思いである。
プルコギ後、東スポを携えて行きつけのネットカフェへ。もろもろの調べごとと、明日の競馬の検討。

4月13日土曜日。
朝から中山競馬場へ。本格的なダメ人間に突入しつつある。しかし、先週の福島での負けを取り戻さねばならない(笑)。
結果は若干のプラス。福島の借りを返すまではいかなかったものの、まずは良かった。
夜は中学時代の友人と飲み会。退職報告会的な集まりだったが、集まった6人中、僕含めて2人が無職、1人が不安定な自営業。3人が独身。いい年こいて情けない。あ、俺か。
いつものように居酒屋で語るか、と思っていたところ、一番セコイ石坂という男が、ジョナサンでの1次会を主張。そう、ファミレスのジョナサンである。いつもはそれほど強引ではない石坂だが、この日だけは様子が違っていて、皆を強引にジョナサンに連れ込んだ。奴の言い分はこうだ。
「絶対に居酒屋に行くより安上がりで済む。焼酎とドリンクバーを頼めば、延々とサワーやウーロン割が飲める!」
我々はずっとブツブツ言っていたが、結局奴に押し込まれた。飲まない岡本は、普通の飯を頼んでいる。僕らはビールに焼酎を、フライドポテトやサラダ、ピザにスパゲッティといった料理を合わせて飲む。案の定料理のバラエティに乏しい。洋食系しかないのだ。
そんなこんなで結局2時間はジョナサンで粘る。時間で追い出されずにいつまでも居れるところがファミレスのメリット。だが、酒を飲んで酔っ払っている客は僕ら以外に皆無だ。客のほとんどが女子のグループで、カップルが数組。オヤジ6人組、酔っ払った僕らは何と場違いなことか。やはり我々みたいなオヤジの生息場所は、居酒屋こそふさわしい。
その後、小泉のマンションへモノレールに乗っていく。千葉都市モノレールの新型車両はなかなか心地いい。小泉氏の奥さんと娘さんが迎えてくれる。11時過ぎまで飲み、その後解散。僕と伊藤はさらに行きつけのバーへ行き二人で飲む。午前2時。土曜深夜、千葉もまだまだ賑わいは消えていない。一時、千葉駅から徒歩10分圏内のビルが相次いで取り壊しとなったりしてこの街は大丈夫かと憂えたものだが、その後も寂れてしまうことなく保っている。現状維持か。

4月15日月曜日。
トランクルームで必要なものを探し出す。4畳の中に物がうずたかく積まれており、奥に入れたものを探すには、手前にあるものをすべて一度出していかないといけない。大変な作業だ。
その後千葉城(正式名称は千葉市郷土博物館)の周りを散策。僕の母校の高校に足を伸ばす。下校時間で、僕の後輩達が冴えない顔をして校門からどんどん坂を下りてくる。僕も彼らと同じく冴えない顔をした高校生だったのだろうか。だが、今下校しているのは帰宅部の連中だ。やはり帰宅部には、部活をやっていない者のオーラというか、雰囲気が漂っている。いや、別にこれは帰宅部の人たちに対する偏見じゃないですよ、彼らは彼らで、独特で特殊な嗜好を持っていることが多いので、そういう嗜好性が知らず知らずのうちに外ににじみ出てきている、という意味のことを言いたいだけです。もちろん、部活やってる人間だって特殊な嗜好を持っている人間もいますが。
校門から高校の敷地に入る。「関係者以外立ち入り・通り抜け禁止」という看板があるが、僕は関係者だ、何しろこの高校の卒業生だぜ、と思い聞かせながら、放課後の後輩達の間を歩いていく。
その後いつものネットカフェへ。いつもの通り3時間1000円。これもバカにならない。ネットを家で繋げるようにしなければ。

4月17日水曜日。
朝、スピード写真で写真を撮り、昨日書いておいた履歴書、職務経歴書などを封筒に入れ、郵便局から2ヶ所へ郵送する。せめて書類選考くらいは通ってほしいものだが。
その後千葉市の施設、ハーモニープラザというところで、無料でネットをする。ネットカフェに行かずとも、ここならタダでネットが出来ることを昨日発見したのだ。だが、公共の施設なので、アクセス出来るサイトに制限があり、アダルトサイトはもとより、ギャンブルや妙なサイトは全く見れない。JRAのページが見れないのは痛いが、別にこれでタダなら全く問題はない。1回2時間までできるし、利用者が少なければ延長も出来る。十分だ。無収入の身、ネットカフェで1000円も払うのは馬鹿げている。
その後図書館へ。始め、昔よく勉強しに来ていた千葉県立中央図書館。だがここの蔵書は専門書や古書が主なので、楽しくない。続いて千葉市中央図書館へ。ここもよく通っていた。広々とした空間に、小説から実用書、趣味の本までありとあらゆるジャンルの本が揃っている、まさに知の殿堂。しかも読書や自習スペースもたくさんある。さらには夜9時までやっている。昔よくここで本を読んだものだと懐かしく思い返しながら本棚の間を歩く。
明日はここに隣接された「生涯学習センター」で『ラストサムライ』の無料上映会があるそうだ。来てみるか。暇になってこうして街の施設を巡ると、様々なイベントが同時発生的に開催されていることに気づく。無料で時間をつぶせるイベントは、今の僕にとってありがたい。

4月18日木曜日。
千葉市中央図書館に併設されている生涯学習センターにて、『ラストサムライ』の無料上映会。以前斜め見したことがあったが、いや、確かエクアドルでスペイン語で見たことがあったが、正式に見るのは初めて。血しぶきとともに人が死ぬ戦闘シーンには閉口したが、映画の質としては悪くはなかった。戦の場面を多用するのも、結局、武士道を表現するには、「死」の表現を避けては通れないからだろう。それにしても外国映画でよくここまで日本の侍精神をスクリーン上で表現できたものだと感心する。演出的には、やたらと小雪の思わせぶりのアップ映像が長いところはいただけませんでしたね。彼女の演技は良かったと思いますが。もっと短く出来る映画でしょう。2時間20分は長すぎる。

4月19日金曜日。
朝から千葉駅周辺に出かけ、銀行で住民税の払い込み。住民税は6月から翌年5月までが支払いの単位となっており、会社を辞めてそれまでの給与天引きが出来なくなった僕は、4月分と5月分を別で振り込まねばならないのだ。
その後トランクルームに行って辞書、着替え等必要なものを取り出す。
家で昼飯を食った後、千葉城へ出かけた。正式名称千葉市立郷土博物館。かつて平安時代から千葉氏の根拠地として栄えた亥鼻の丘の上には、亥鼻城があったが、それを背景として建てられたのだろう。もちろん、亥鼻城はこのような江戸時代風の山城ではなかったはずだが。
入場料は驚異の60円で、館内では千葉の歴史に関する展示がある。平日の館内に人がまばらに入っている。思ったより人は多い。
1階が旧石器時代からの千葉の歴史、2階がこの地を支配した千葉氏の興亡に関する展示、3階が明治、大正、昭和(戦前・戦後)に渡る千葉の変遷についての展示。特に2階の千葉氏の歴史展示は、源平の時代から江戸時代まで順を追って詳細に説明されていて、この土地出身の僕には興味深い。「千葉氏に関する質問に答えよう!」というわら半紙があったので、展示を見ながらすべて答えてみた。受付で採点してもらう。15問くらいあって、1,2問怪しかったが、結果は全問正解、100点満点!よく出来ました賞として、千葉城の絵葉書をもらった。

中の展示は大分変わってしまったとは思うが、実を言うとここには子供の頃さんざん遊びに来ていた。というのも、当時は館内にプラネタリウムがあったからだ。聞けば、プラネタリウムは平成19年4月に終了してしまったそうである。しかし、新たに中央3丁目にある「きぼーる」という建物に移ったそうだ。ここには千葉市科学館も併設されており、ちと入場料は高いが(プラネタリウムとあわせて800円)、今度行ってみることにしよう。
昔の千葉城の入場料は50円だったと記憶しているが、いまでも60円とは安い。安すぎる。毎日多くの客が入っているはずもなく、館内の維持とか、展示の更新とかに金がかかるだろうに、よくやっているものだ。子供の頃は千葉市の歴史や千葉氏の展示など見ても頭に入ってこなかっただろうが、今は歳を取って色んな知識を蓄えたので、博物館の展示を見るのが楽しい。このような文化施設は、つぶれないで存続してほしいものだ。

4月20日土曜日。
朝から東京競馬場へ出かける。先週で地元中山開催は終了したため、今週からは東京だ。毎週競馬場に行く気はないのだが、暇なのでどうしても足が向いてしまう。ダメ人間まっしぐら。
府中は久しぶりに来たが、やはり大きくて爽快感がある。馬場も広いが、施設も広い。スタンドは巨大で、そこらじゅうに券売機がある。いまや日本競馬の殿堂とでもいうべき本格的な巨大競馬場だ。広いコースと長い直線で、馬の本当の実力が反映されるコース。
だが今日は死ぬほど寒く、競馬観戦にはいささか不向きだ。しかも2時くらいからは雨が降り出し、一層寒さが募る。2月の気温だという。真冬に逆戻り。それでも懐が暖かくなればよかったのだが、この日も大きく負け。またまた無収入の上競馬でスるという、本格的な人間失格。
府中から絶望感とともに電車で千葉に帰る。以前から聞いてはいたが、何と横須賀線に武蔵小杉駅が新設され(西大井と新川崎の間)、南武線に直接乗り換えられるようになったので、千葉から府中本町へは乗り換え一度で行ける。もちろん、東京乗換え中央線でも乗り換え1回なのだが、東京では地下4階から地上まで上がらなくてはならないため、面倒なのだ。
(※新川崎駅から、南武線の鹿島田駅まで歩いていくという手もある。ただし、歩いて5分以上かかる)
僕は大学生の頃、川崎市内、南武線武蔵新城駅から歩いて40分くらいのところに住んでいた。武蔵溝ノ口に友人が住んでいて、さらに武蔵小杉からディズニーランドに通っていたので、南武線や東急田園都市線沿線は庭のようにしていた。溝の口も新城も小杉も大分変わった。以前このページでも書いたが、一番変わったのは溝の口で、違う街に来たかのような錯覚だった。
しかし町がどんどん変貌すると言うことは、まだまだ活性だということだ。川崎も衰えていない。

4月21日日曜日。
今日は昨日からの雨が降り続く。そして依然として真冬並みの気温。最高気温が12℃。一日中家で競馬を見、聞きながら過ごす。携帯から馬券を買う。今日は若干のプラス収支で終わる。良かった良かった。
夜、初めて少し走った。いくらでも運動出来る時間を得たというのに、運動する気にならない。本当にダメ人間だ。

4月22日月曜日。
会社を辞めて3週間。あっという間に過ぎた。毎日自堕落な生活をしている。せめて規則正しい生活をしようとは思うが、そんなことを考えることこそが、人間が小さいことを証明していると言わねばならないだろう(笑)。
毎週月曜日は、千葉市の公的施設、つまり図書館や男女共同参画センター、博物館等はすべて休みなので、今日はすることがない。昼過ぎに車で平和公園に行き、閉園の5時まで車の中で本を読んで過ごした。これは、2005年12月に協力隊から帰ってきて、そのあと会社の社内で働き場所を見つけるまで、半年間続けた生活である。毎日本を読むのは、何もすることがない身にとっては、有効な時間の過ごし方である。何といっても金が減らない。だが体重が増えるので一長一短である。協力隊帰国時は、毎日本を読むことと飯を食うこと以外何もしなかったおかげで、体重が10kgも増え、人生最大体重を記録した。
カロリーを消費するため、今晩も走る。二日連続。

4月23日火曜日。
昼過ぎ、鎌取の三井住友銀行のATMに行き、健康保険を1年分前納する。さらに、千葉銀行へ行き、国民年金1年分を前納。いや別に1年間無職を続けようってつもりで前納したわけじゃありません。一括前納払いの方が料金が割安になるからです(笑)。
無職になって学んだことは、無職でも金がかかる、ということだ。健康保険、年金、税金だけで月10万円は軽く消えていく。無職だというのに。社会の一員でいるためには金がかかるということだ。
その後、ハーモニープラザに行き、3時間ほど無料でネットサーフィン。
夜、3日目のランニング。継続は力なり。

4月24日水曜日。
今日は一日家で過ごした。とりあえず昨日の健康保険、国民年金の払い込みにより、義務の手続きに関しては一通り完了した。あとは仕事を探すだけか(笑)。
僕の部屋には今テレビもネットもないので(正確に言うとテレビはあるけれども、アンテナにつながっていないのでテレビ番組は見れない)、テレビというものを今月に入って全く見ていないけれど、最近になって家のテレビで『あまちゃん』を見だした。前作『純と愛』は、そのコンセプトに関わらず、とても見れたものではないひどい作品だったが、あまちゃんで、「これぞ朝の連ドラ」というノリが戻ってきた感あり。笑いのツボを心得ている脚本、演出、配役だ。
夜、走ろうと思って外に出たら、大雨が降り出しているではないか。今日は昼間雨が降っていたが、夕方には上がって、これから天気は回復するものだとばかり思っていただけにショックだ。走るのを断念。明日の朝走るか。

4月25日木曜日。
銀行へ行った後、二度目のハローワークへ。今日は失業保険に関する説明会だ。これに出席しないと、失業手当ての給付を受けられない。
ハローワークの会議室にはパイプいすが並べられ、失業者であふれかえる。2時間の説明会。
僕は自己都合退職なので、3ヶ月間は給付制限というやつで失業手当はもらえない。つまりこれから3ヶ月間就職が決まらなければ、この3ヶ月間は丸々無収入となるわけだ。生きていくって大変だ。

4月26日金曜日。
昼から大井競馬場へ出かける。まずは大井町名物の牛友カレーで腹ごしらえ。ここは知る人ぞ知るB級グルメのカレー・牛丼店で、カレーと牛肉がご飯の上に半々に盛られた「スタミナカレー」なる一品が絶品だ。とんねるずやお笑い芸人、ギャル曽根などの芸能人がこの店に訪れたときの写真が壁じゅうに貼ってある。僕がこの店を知ってからもうかれこれ25年になる。店主は多分何度か代わって、味もこの25年で微妙に変わったが、それでも美味い。いやつまりB級の美味さ(笑)。いつもの通り、スタミナカレー・中・辛口・野菜セットを頼む。腹ごしらえ完了。
大井町から臨海線、天王洲アイルで乗り換え、モノレールで大井競馬場へ。
久々の大井。20年ぶりくらいか。前に来たときのことをもうほとんど覚えていない。建物は立派でこぎれい。コースも広い。地方競馬では最大のトラックを誇る。地方競馬の雄、大井競馬。JRAの競馬場に劣らない施設とサービスじゃないか。
1レースから6レースまでやって、午後6時。結果は負け(いつものことですが)。大井と言えばトゥインクルレースというナイター競馬。本来ならこれから夜のとばりが落ち、きらびやかに輝くイルミネーションを楽しみたいのだが、今晩は前の会社の面々と飲み会のため、6時ごろに競馬場を後にする。大森海岸駅までバスに乗る。このバス、無料なのだが、それを知らなかったので金を払いそうになってしまった。金を失った馬券師たちには身にしみるサービスだ。後で知ったのだが、大井競馬場からは、大井町、大森、品川方面に無料バスが出ているとのこと。知ってれば大井町から無料バスに乗ったのに、と悔やむ。
新馬場の鴨料理店。僕が世話になった人が異動するというので、壮行会が開かれた。僕は辞めて1ヶ月、ほとんど廃人のように暮らしているけれど、彼らは変わりなく仕事をしている。

4月29日月曜日。
夕方から日暮れにかけて、カメラを持って2時間ほど散歩する。途中暗くなって畑に迷い込んでしまい、大勢の犬に吠えかけられる。
夜の鉄塔、夜の寺。

会社を辞めて1ヶ月経った。まだ就職先は決まりそうにない。かといって腹を決めて放浪の旅にも出ず。日本国民として生きていくための手続きをこの1ヶ月間はしたのだが、以下分かったこと(今さら分かるな!)。
1.たとえ収入がなくとも、税金や年金、健康保険料などで、多額の支払いをしなければならない。生きていくって辛い。
2.暇を持て余しているが、何をするにも金がかかる。本を読むのが一番安上がりで時間をつぶせる方法か。

無職日記はつまらなかったので(笑)、来月からは普通に書きます。何もしてないのに毎日日記を書くのは辛い。

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