2017/4/1 (Sat.)
帰任および無職記念飲み会 雨@千葉

天丼 |

世界的にも珍しい地層、チバニアン(千葉県市原市) |
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森ラジオ(月崎駅脇) |

月崎駅 |

菜の花対桜(月崎駅) |
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菜の花対桜(千葉県茂原市) |
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茂原公園 |

茂原公園の亀 |

掩体壕(千葉県茂原市) |

掩体壕の上から見た田園風景(千葉県茂原市) |

廃屋となったレンタサイクル・休憩所(千葉県香取市 香取神宮内) |

佐原(千葉県香取市) |

東京競馬場(東京都府中市) |
塾講師時代の同僚と教え子(神奈川県川崎市) |
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大多喜城(千葉県夷隅郡大多喜町) |
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大多喜駅 |

夕食 |
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大多喜城をバックにサッカーする少年たち(大多喜小学校) |

大多喜の通学路を見守る謎の黄門様 |
今日から晴れて(?)無職。無職再び。
日中、中学時代の友人たちとアウトドア企画のはずだったが、雨のため中止。
駐車場の更新手続きをしに街の不動産屋へ。その後、買い物に出かける。
楽器屋でアコギの弦、本屋で『ミャンマー指差し会話帳』を購入。ミャンマー指差し会話帳は、パアンのスタッフ宿泊所の警備員、ウチングウェにあげてきた。私にはもう必要ないかとも思うが、ミャンマー語を忘れないためにも購入。
本屋で『地球の歩き方 ミャンマー編』の最新版(2017−2018年版)を立ち読みして愕然とする。我らがパアンが載っているのだ。私が持っている2008−2009年版にはパアンのパの字も載っていない。
感慨深い。ここに来てパアンもミャンマーの観光地の一つとして認知されてきているのだ。ミャンマーも外国人がいろんなところに行けるようになった、ということだろう。
夜、私の実家の近くの食堂で友人たちと飲む。計6人。以前ここは割と美味しい中華料理屋だったのだが、店が変わって、天ぷら食堂になっていた。中華を食べたかったのだけれど、この店が変わったのに気付いたのは店に入ってしばらくしてからで、出るに出られずにそのままここでやることにした。ビールを頼み、いくつかの料理。私は腹が減っていたので、天丼を注文。
その後、千葉駅近くに移動して、行きつけのバー、ペニーレインで飲む。ボトルを入れる。昨年8月以来なのでそんなに久しぶりではない。ペニーレインに来るのは通常1年ぶりとか5年ぶりとかが多いので、最近は割と頻繁に行っていると言えよう。
その後ベボと岡が帰り、残り4人でボーリング。12時、深夜のボーリング場には我々以外に2組の客。一組は8人くらいの若者の団体、もう一組は男女二人組。おじさんと若い女性。不倫かアフターか親子か。
このボーリング場は週末は2時までやってる。
久しぶりのボーリング。前回いつどこでやったかはっきりと覚えてないが、多分10年ぶりくらいか。
ちなみに、ミャンマーではボーリング場を見たことはないが、あるのかしら?
競馬場は昔あったらしい。イギリスの元植民地だけはある。
午前1時過ぎに2ゲーム終了。散々なスコアだったが楽しめた。酔っ払って足元がしっかりしていたとは言い難いが、酔っ払っているからこそボーリングは面白い、という面は否めない。
このボーリング場にはさらにビリヤードと卓球場があり、卓球をやろうかとも思ったが、小林が帰らなければならないというのでお開き。
私と裕助が小林の車に乗って帰る。
夜企画だけだったが楽しかった。
今日から再び無職生活が始まる。
2017/4/3 (Mon.)
無職手続き 晴れ@千葉
今日は住民票を復活させる手続きを区役所で行った。年度初めなのでいろんな手続きをしに無数の人々が押しかけていて、住所異動届の手続きおよび住民票を一通取るのに、待たされに待たされ、3時間以上かかった。
役所という場所は、日本が一番得意な分野、「効率」というものをまるで考えていないかのようである。役所に行くといつも待たされる。
2017/4/4 (Tue.)
価格非表示 晴れ@千葉
今日は銀行に行って退職金の手続きをした。年度初めでここもやはり人が多かったが、ほとんど待たされることなく、手続きできた。
役所と民間の違い。民間企業は競合相手がいる。ぼやぼやしていると競合相手にやられてしまう。売り上げが上がらなければ職員は雇用できない。売り上げ・利益を上げるための不断の努力が必要である。
役所は競争相手がいない。国民の税金で、安穏としていられる。
いつも思うのだが、役所はもっと民間企業の効率性を見習った方がいい。
その後、靴を買おうといくつかの靴屋を周ったが、欲しいような靴は全く見当たらない。
諦めてヨドバシカメラに行き、モバイルWiFiサービスの概要を詳しい店員に聞いてみた。PCをインターネットにつなぐためのサービスを探している。
ロイヤルホームセンターというホームセンターに行く。ここで愕然とし憤慨したのは、ここの商品には、税抜きの価格表示しかなく、8%の消費税込みでいくらになるのか、全く分からないのである。
私のように8%の暗算がすぐにできる人ばかりではあるまい。税抜きの価格などは消費者にとってあまり意味はなく、結局いくらになるのか?という最終価格こそが最も知りたい情報であるはずなのに、この店にはその表示がないのである。
税抜き7480円の商品の税込み価格なんて、いくら数学の天才の私でも分からんよ(怒)!
これって、できるだけ安い税抜きの価格だけを見せるという醜悪な店の意図が見え隠れしているというよりは、「詐欺」に近いんじゃないか?税抜き価格の横に「+税」と書いてある文字の小さいこと!!
まったく日本というのは、オレオレ詐欺といい森友問題といい、詐欺や詐欺まがいの輩が多い。これはミャンマーではあまり感じなかったことである。
ま、あの国は、軍政時代はその政治自体が詐欺のようなものだったので、国民があこぎな行為を知らないことはあるまいが。
2017/4/5 (Wed.)
無料でネットがつなげる場所 晴れ後曇り@千葉
4年前に無職になった時にも書いたが、インターネットにつなげる場所を探すのが一苦労。
千葉市立図書館には以前、無料のインターネット端末があったが、これは廃止されてしまった。だがその代わりに、無料でWiFIにつなぐことにできる無料WiFiスポットができていた。つまり、自分のPCを持っていけば無料でネットにつなげるわけだ。これは良い。
2017/4/6 (Thu.)
靴の購入 曇り後晴れ@千葉
革靴を購入しようとしているが、ロクな靴がない。
なぜ靴を買うのかといえば、ミャンマーでは靴が大いにダメになったからである。革靴が2足、壊れてしまった。もちろんこれらは新品で持って行ったのではなく、すでに相当くたびれた状態だったのだが、それにしてもミャンマーでは物の劣化が早いと感じる。
この2足は、ミャンマーで廃棄してきた。
さらにもう1足の革靴を持っていき、これはまだ履けるので日本に持って帰って来たのだが、しばらく歩いていると、ソールのかかと部分がはがれてしまった。買ってからそんなに経ってないし、そんなに履いていない。ミャンマーではこの靴を毎日履いていたわけではないが、置いておくだけで高温と埃と湿度で劣化してしまうのだろう。
もっとも、ミャンマーで革靴を履こうという方が間違っている。ミャンマーでは、サンダルが公式靴である。というか、国民靴である。というか、普段着でもあり、正装でもある。
乾季の暑さと雨季の水。いずれに対応するにも、サンダルが最適なのである。
ただし、以前「ミャンマー日記」にも書いたと思うが、乾季と雨季では履くサンダルが違う。まぁ簡単にいえば、雨季には水の中を歩けるよう、ビーチサンダル的な素材の、水に濡れてもいいサンダルを履く人が多い、ということである。
2017/4/8 (Sat.)
中山競馬場 雨時々曇り@千葉
帰国してから3度目の週末。ようやく中山競馬場に足を運んだ。
しかし朝からあいにくの雨。
1Rからじっくりと予想する。昨日の午後は4時間くらいは予想に費やしたので、7Rくらいまでは予習済み。
しかし荒れない。12Rまでやってやはり負け。
帰り、ららぽーと東京ベイに寄る。南船橋駅に「徒歩5分」の看板が出ているが5分以上歩く。5分じゃ着かないって。
ららぽーとの好日山荘で、ファイントラックの沢登りギアを見る。ズボンを試着するもあまりに高く、購入せず。
2017/4/9 (Sun.)
小湊鉄道 街興し 雨時々曇り@千葉
今日はコンスケと裕助と一緒に、房総方面へ出かけた。あいにくの雨。週末は2週連続で雨。
ちはら台を通って千葉市から市原市に入るあたり、見事な桜並木が続いている。満開まではあと一息というところ。それにしても車を運転しながら桜を鑑賞できるというのはよろしいことである。わき見運転には気を付けねばならぬが。
市原ではいま、「市原アートミックス2017」というイベントをやっている。様々なアート、劇や美術系、そういうものを一帯で展開するというものである。よくある、アートを村興しの手段とする取組であろう。
小湊鉄道の里見駅では、電車の到着に合わせてか、もうすぐ劇団がきてパフォーマンスをするという。大型バスもやって来た。雨の中、運営側の人々が店を出したり、何かの準備をしている。野外舞踏集団の「トンデ空静」と和楽器集団「切腹ピストルズ」のパフォーマンスだという。
面白そうだったが、我々はまぁ、見ることもなかろうと、何かが始まる前にその場を離れる。
いかなるものでも、町興しイベントには何か楽しげな香りがする。
田渕(たぶせ)地区の「チバニアン」に行く。これは考古学的に大変貴重な地層のことである。地球の磁場が逆転していたころの地層が、地上で見られる、世界的にも珍しい場所なのである。雨の養老川の岸に、むき出しの地層があり、そこにいくつかの表示や説明がなされている。
ただ見ただけではよく分からない。要するにチバニアンの逆転地層と、その上下の地層では、磁気の帯び方が逆になっている、ということなのであるが、見ただけではそれは分からない。
地層の脇を流れる養老川は、雨で増水しているようである。房総の川は、山中では水量が少ないことが多いが、ここの養老川はかなりの流れとなっている。
小湊鉄道養老渓谷駅。1日1往復のSLがちょうど到着した。
小湊鉄道月崎駅。ここにも「アートミックス」の一環展示がある。「森ラジオ」というアート家である。平屋の一軒家には緑の草がびっしりと覆い、廃屋のようだが、ラジオ局だという。これがアートらしい。実際にはこの森ラジオは、このアートイベントのためにできたものではないらしいが。
桜と菜の花が同時に咲いている。千葉県らしい風景だ。
2017/4/10 (Mon.)
個人練習 晴れ@千葉
今日はスタジオで個人練習。久しぶりにデカいアンプでエレキギターを弾く。
2017/4/12 (Wed.)
ハローワーク、外国人労働者 晴れ@千葉
今日は退職後初めてハローワークに行った。前職場から離職票がまだ届いていないのだが、離職票がなくても、失業保険の手続きは退職後12日目からできるとのことで、手続きをしに行ったのである。
相変わらずこの組織は手続きに時間がかかる。
その後、図書館にネットをつなぎに行く。
途中、外国人の自転車軍団に遭遇した。20代の若者と見受けられる7、8人。みんな同じような顔をしている。
しかし、海外旅行経験豊富な私が見ても、彼らの国籍は一目見て判別できない。東南アジア系ではない。割と黒いが、インドやネパール、バングラデシュのような濃さまではいかない。割と面長ではあるが、ヨーロッパではない。中央アジアだろうか。それともブラジルか。分からん。
しかしそれにしても千葉市に住んでいるとみられるこのような外国人を大量に見るのはいままでになかったことである。留学生だろうか。
こぎれいなシャツとジーンズなどに身を包み、服装的には日本にいても違和感がない。まぁ、日本まで来られる人々であるので、決して貧しくはないだろう。
彼らを目撃した直後、ファミリーマートに入る。ここでまた驚く。レジの店員は、さっき見た若者たちと同じ人種と思われる外国人であった。まだ新人らしく、同僚にいろいろ教えてもらっているところであった。応対の感じでは、日本語ペラペラではなかったが、なんとかコンビニ店員の職務を遂行できる程度の日本語力である。
さらに驚くことに、彼に仕事を教えていた女性同僚というのが、中国人であった。ファミマのバイトは、外国人がどんどん登用される状況なのである。これもCSR(企業の社会的責任)の一環なのだろうか。それとも、日本人の若者がコンビニバイトをしなくなっているのか、それとも人手不足か。
ここ数年で、千葉市に多くの外国人が来ていることを認識した一日であった。
2017/4/13 (Thu.)
桜と菜の花の競演 晴れ@千葉
今日は茂原に桜を見に行った。先週の低温と不順な天候で桜の開花が遅れていたが、今週ついに首都圏の桜は満開を迎えた。
桜並木 (動画)
茂原街道から国道128号線に乗る。茂原に着き、水路のような豊田川の両岸を見て圧倒される。一面の菜の花と桜が川岸両側に咲き乱れている。
川沿いに車を停め、この桜と菜の花の競演を撮りまくる。
その後、茂原公園へ。ここも桜の名所として地元の人たちが多く押し寄せている。
池面、赤い橋と桜のコントラストがいい。
池に棲む亀が、池の中の立木に上がって、何匹も日向ぼっこ(?)している。奇妙な風景だ。
公園の奥には茂原市立美術館・郷土資料館があり、無料だったので見学する。
茂原の歴史。茂原周辺には、明治・大正の頃、人力のトロッコ列車、「人車」が走っており、その展示がある。
公園を辞して周辺の掩体壕を2つ周る。掩体壕とは、太平洋戦争当時、飛行機などを敵の空襲から守るためのコンクリートの屋根状構造物である。茂原にはいくつかの掩体壕が残り、戦争の記憶として保存されている。
コンクリートの上には草が生え、流れた時を物語る。
掩体壕の上に登り、街や田んぼを見下ろす。現代の住宅街や田園の中に、戦争時の遺構が取り残されている。人々はこれを見て何か考えるのだろうか?
最後は、茂原にあった飛行場の痕跡を探す。掩体壕があることからわかる通り、茂原には、日中戦争が泥沼化し、大東亜戦争が開戦した昭和16年に、海軍飛行場の建設が決定した。建設により茂原の住民は強制的に立ち退きを余儀なくされた。
飛行場には、長さ1200m、幅80mの滑走路と誘導路、約20基の掩体壕、航空隊本部や兵舎などがあったという。
確かに真っ直ぐな道路がある。これが滑走路跡を利用して造られた道路である。
近くを流れる阿久川には、居住区と飛行場区を結ぶ橋がかけられており、その橋脚の一部が残っているという。
県立茂原農業高校の門の近くでこの橋脚を探すがない。広い敷地を持つ高校である。それもそのはず、農業高校だけあって、農場や畜舎などがあるのだ。
部活帰りか、高校生たちが自転車で通りかかる。高校から先生らしい男性が出てきたので、橋脚がどこにあるか知っているか尋ねる。彼は知らないという。
こんな近くにいても、興味がなければ全く気付かない。そんなものである。
結局、草に埋もれた橋脚は見つからなかった。
戦争により街の風景が変わり、終戦により再び戦争の遺構が失われていく。
戦後飛行場跡地に造られた道路や建物は、そのような「過去」の跡に建てられたことを想像してみるのはつまらないことではない。
阿久川沿いの遊歩道を変質者のように行ったり来たり歩いていると、日が暮れた。
ガスタンク、菜の花、池、夕日に染まる木々、高校生たち。
いま日本人は、完全なる平和ボケに陥り、平和を当然のこととして享受している。
平和は当然ではないことを、今一度思い返さないといけない。
「戦争反対、戦争反対」って叫ぶだけでなく、「誰がどうやって日本人の命を守るのか?」をそろそろ真剣に考えなければならない。
茂原 写真集
2017/4/14 (Fri.)
健康診断の結果 晴れ
ミャンマーから帰国直後に受けた健康診断の結果が届いた。結果は芳しくない。
生まれて初めて「高尿酸血症」と診断された。尿酸値が高いのである。痛風などになる病気である。
いまのところ痛風的な痛みなどを感じたことはない。
高尿酸血症の原因は、よく「ビールなどに含まれるプリン体が悪い」といわれるが、実際には「食べ過ぎ・飲み過ぎ」だそうで、揚げ物等油の多い食事、摂取エネルギー過多の食事が良くないらしい。
いままでこの尿酸値異常には全くの無縁だった。これまで一度も引っかかったことはない。
ミャンマーの油の多い食事のせいだろうか?
また、胃にも胃炎傾向が見られるとのこと、こちらは経過観察。
尿酸値については再検診だそうで、5月上旬に再度病院に行かねばならないことになった。ガーン。
2017/4/21 (Fri.)
香取神宮と小江戸・佐原 晴れ
今日は香取神宮と佐原に出かける。
桜はもう散ってしまった。先週満開を迎えたが、その後の雨風であっという間に散ってしまった。
まさに桜は、諸行無常の象徴。
千葉から香取市まで高速で1時間程度。早い。
香取市は千葉県北西部に位置する。
香取神宮は全国にある香取神社の総社。祭神は経津主神。
無料駐車場に車は多くない。
お土産屋や食堂・喫茶が並ぶ参道は小規模で、閉まっている店もあり閑散としている。とても伊勢神宮などの神社とは比べようもない。
だが境内は広く、木々の道を歩いた先に本殿がある。
こういう広い神社に来ると、とても静かなのがいい。
観光客はチラホラ来ている。
本殿の奥の方に、「寒香亭」というお土産屋兼お食事処がある。
店の軒先を見ると、昔懐かしい昭和のおもちゃが売っている。竹トンボ、ベーゴマ、万華鏡など。おもしろい。
そして建物の脇に階段があって、登れるようになっている。店の名前の上に、「見晴らしの良い休憩所」というキャッチコピーが書いてあるので、きっとそこから見晴らしの良い景色が見れるのだろうと思って登ってみる。
なにも見えない。ただの雑木林を見るだけである。どこか「見晴らしの良い」なのだろう?
さらに奥には、鹿のいる檻があった。どうやら、「香取鹿愛護会」という団体が、鹿の保護をしているようである。
柵の中の鹿たちはみんな足を折って伏せている。私が近づくと、じっとこっちを見る。微動だにせず見つめる。これが山の中の野生の鹿だったらすぐに逃げるところだが、彼らは檻の中に入っていて逃げることはできない。よって、ずっと私を見つめるのみである。何か変な動きをしないか、一時も目が離せない、といった具合に。
鹿舎には人は誰もいないようだ。「鹿に餌をやらないで下さい」という説明看板がある。
鹿舎の脇には、なんか知らないが、「レンタサイクル 休憩所」と書かれた東屋のような小屋がある。
中を見てみると、ガラクタ倉庫のようになっており、まったく稼働していない。自転車があった痕跡はない。
それにしても、以前ここでレンタサイクルの営業をしていたのだろうか?何のためにこんな神社の奥まったところに?
レンタサイクルなんてものは、駅前とか繁華街にあるのが普通だろうに。
世の中には謎が多い。
その後、佐原の街に移動し、歩く。小江戸佐原といわれ、古い町並みが残っている(もしくは整備されている)。
小野川という小さな川の両側に、昔風情の町並みが並んでいる。
町並みから、佐原は映画のロケ地としても有名で、数々の映画・ドラマ・TV番組のロケ地となっている。
あるお土産屋では、様々な映像作品のロケの写真が飾られていた。
日本全国を測量した伊能忠敬が住んでいた町としても知られている。街には、伊能忠敬旧家と、伊能忠敬記念館がある。
ちなみに、昔はこの佐原は佐原市だったが、いつの間にか香取市の一部となってしまった。
佐原を後にし、利根川へ。夕暮れの利根川では釣りをしている人が数人。
対岸は茨城県。
日が暮れたので千葉に戻ることにする。
香取神宮・佐原・利根川 写真集
2017/4/23 (Sun.)
東京競馬場 晴れ@東京
今日は東京競馬場で勝負する。
学生時代川崎市内の塾で講師をしていたのだが、その頃の同僚と教え子家族とで競馬に行くことにしたのだ。
私が教えていた当時高校生と中学生だった女子が、いまや結婚してそれぞれ1女の母親なのである。時は流れる。私だけが取り残されている(爆笑)。
昼頃、府中本町駅で待ち合わせ。教え子二人とそれぞれの旦那さんと、娘。当時塾で講師をしていたGは今日も仕事があるとかで、競馬はキャンセル。
教え子二人の娘はいずれもまだ3歳くらいなので、ベビーカー同伴である。
「2家族と私」という到底奇妙な7人グループである。私の浮き具合は半端でない。
まぁ、競馬が始まってしまえば、私は彼らを構うこともない。
私はメインの1レースしか買わなかったが、やっぱり撃沈(悲)。
競馬をやった二人の旦那と教え子の一人は、いずれもスったそうで、まぁ妥当な結果か。
本当は勝った金で祝勝会をパーッとやる予定だったのだけれども。(コレいつも言ってる)
だが久しぶりの東京競馬場は、気持ちよかった。
芝生の緑と爽やかな陽光。暑いくらいであったが。
競馬後は塾のある武蔵新城で飲み会。競馬に来れなかったGが合流。
教え子の女子二人と計4人で飲む。塾で講師と生徒という関係だった頃からもう20年以上が過ぎている。
私以外の3人は、もう立派に家庭を持って子供もでき、幸せな暮らしをしている。いやもちろん、細かく見れば、夫が失職しただの、娘が保育園に入れるか心配だの、悩みはあるようであるが、まぁそんなものは生きていれば普通の話だ。
私だけが一人で寂しく生きている(笑)。ちょっと考えなあかんな。
2017/4/24 (Mon.)
日本の天気は変わりやすい 晴れ後大雨後晴れ@千葉
一つ気づいたことがある。日本の天気は、とても大幅に変わる、ということだ。
ミャンマーでは、大陸性の気候なのか、大きな季節の変化はあるものの(雨季⇔乾季)、1日の間に大きく天気が変わるということはあまりない。乾季や雨季に入ってしまえば、毎日の天気は安定して晴れか雨である。雨季では、四六時中雨が降っているわけではないが、どんよりと曇って雨が断続的に降る、というのが毎日続く。前日と今日、そして明日を比べてみると、毎日似たような天気が雨季の間続くことになる。
日本は違う。特にこの時期そうなのかもしれないが、前日から気温が5℃以上上がったり下がったりするのは当たり前だし、朝ピーカンに晴れていても、午後にわかに掻き曇り、大雨が降ってくる。しかもとてつもない大雨だったりする。「通り雨」とか「にわか雨」と言ってしまえばそれまでなのだが、それにしても天気の変わり方が激しい。
それを言い当てる天気予報の精度も高い。時々、天気予報が大きく外れて、「天気予報は全く当てにならない」と感じることもあるが、朝雲一つないく晴れているのに「夕方雨の恐れ」なんて言われて訝しんでいるところへその通りに大雨が降る。
海に囲まれているので、雲の水分とか流れが変わりやすいのだろうか。とにかく寒気が上空に入り込むと、いわゆる「大気の状態が不安定」という常套句によって表現されるように、激しい雷雨になる。暖かい地表付近の空気が、上空の寒気によって上昇気流となって積乱雲が発生する、というのが急激な雷雨のメカニズムらしい。
いずれにしても、昔よりも苛烈な天気になることが多い。特に雨。ゲリラ豪雨ってやつである。温暖化もそうだが、このような気候の変化を見ると、地球は生きているということであろう。環境は、時とともに変わっていく。
2017/4/26 (Wed.)
新橋飲み会 晴れ後大雨後晴れ@千葉
友人2名と新橋で飲み会。新橋名物「やきとん まこちゃん」というサラリーマン店。
奴らとは『レベルダウン5』というバンドを一緒にやってたのだが、私が2009年に郡山転勤のために活動停止状態になっている。
私の日本復帰を機に、バンド復活について話し合った。
2017/4/28 (Fri.)〜4/29 (Sat.)
プレキャンプ 大多喜から南房総へ 晴れ@千葉
私は、5月連休明けくらいに、日本全国を周る旅に出る予定である。車にテントを積み、基本野営をしながら旅するつもりである。
その前に、千葉県内でプレキャンプを敢行した。
1泊2日のつもりで出かける。どこか野営できる公園を見つけてキャンプする予定。
まずは大多喜へ。友人からもらったSIMの入っていないスマホをナビ代わりにする。ネットには友人から借りたワイマックスでつなぐ。
まずは大多喜城に向かう。ナビの言うままに車を運転すると、大多喜城近くでいきなり細い道に入って、大多喜城が見えるところに来たが、駐車場の気配は全くない。ナビの欠点が早くも明らかになる。「大多喜城」と設定しても、大多喜城の駐車場には行けないのである。
駐車場を探すうち、大多喜高校の敷地に入り込んでしまい、不審そうに私の車を見つめていた教諭と思しき男性に聞いてみる。
「大多喜城の駐車場にはどう行けばいいでしょうか?」
「ああ、この山の裏側です。」
大多喜高校からも大多喜城の天守閣が、すぐそこの小高い山の上に見えている。というか、高校に隣接しているのだ。この山を回り込むように反対側にしばらく走ると、大多喜城の駐車場があった。そこにはお土産屋と食堂も併設されている。
大多喜城は徳川四天王の一人、本多忠勝が居城とした城である。今の天守閣は復元されたもので、内部は千葉県立博物館の分館として、大多喜城や上総の歴史、甲冑や武具、生活用品等、本多家の遺物などが展示されている。
再び大多喜高校に行って大多喜城の写真を数枚撮る。高校生たちは、次々と私に挨拶してくる。
「こんにちわー」
「こんにちわ」
校舎の周りをランニングしている女子高生(何部かは分からない)、グラウンドで練習しているサッカー部員などが、平日の高校に入り込んで写真を撮る怪しい人間である私に続々と挨拶する。
素晴らしい。これは大多喜高校の高校生の礼儀正しさと人懐っこさというほかに、防犯対策の一つでもあるのだろうか。さすがに挨拶をされた悪人は、悪さできずに退散せざるを得ない気がする。私は悪人でないのでその気持ちはわかりませんが。
柔道部だろうか、道着を着た部員たちもグラウンドで練習している。その練習が独特。5mくらいはあろうかという長い竹の太い竿を持って、それを垂直に天を指して持ちながら、走るのである。
大多喜を離れる頃には日が傾いていた。これから野営地を決めねばならない。
事前調査で、野営地として想定している場所があった。
大日山のふもと、林道畑塩井戸線を上がっていったところに、トイレのある野営に好適な場所があると、『ちば滝めぐり』という本に書いてあったのである。
南房総市なので大分南にある。鴨川経由で南下し、ようやくその林道入口にたどり着いたのが夜8時前。
辺りはもう完全に夜となっていた。
ところが、着いてみると、その林道は通行止めとなっているではないか!「路面洗掘のため通行止め」という表示がある。
ガーン!!
行けない、ということである。ここに至り、全く途方に暮れてしまった。どこに泊まる?
鴨川、勝浦と北上し、港辺りでどこかテントを張れる緑地、しかもトイレがある場所がないかをいろいろ探すが、そんな都合のいい場所はどこにもない。
再び大多喜付近に戻ってくる。とにかく腹が減ったので、野営地決めの前に飯を作ることにする。だがこれまた自炊する場所が見つからない。もう午後10時近い。
仕方がないので、山の国道のちょっと道幅が広がっている駐車帯に車を停めて飯を作ることにした。
ご飯を炊くのは到底面倒となり、お湯だけ沸かしてカップ焼きそばを食べる。トホホ。
カップ焼きそば、野菜サラダ、鶏の缶詰、みそ汁。暗い国道で自炊。
暗がりの中、ランプを付けて自炊したわけだが、道を通る車やバイクの人々にとっては、割とぞっとする光景であろう。暗がりの道の上でなんか人影とライトが蠢いている。幽霊か何かと誤解されたかもしれない(笑)。
飯後、結局テントでの野営を諦め、道の駅の駐車場で車中泊することにする。道の駅「たけゆらの里 大多喜」。何台か車が停まっている。車中泊だろうか。
翌朝早く、騒がしくなってきて目が覚める。どうやらこの道の駅では農家の方々の農作物直売があり、農作物を搬入している人々のようである。年配のおじちゃん、おばちゃんが多い。
全然寝足りないが仕方がないので起きる。菓子パンと缶コーヒーの朝食。
今日は結局再び大多喜に行き、大多喜の街を歩いてみることにする。
今日はゴールデンウィーク初日ということで、人々は観光客を迎えるための準備をしていた。簡易テントを建ててそこでおばちゃんたちが食べ物を売る準備をしている。
大多喜というのは観光地なのか。確かに、ところどころに昔風情の家並みがある。それから大多喜城。
街には、小さな無数の鯉のぼりが水路上にはためいている。
入場無料の郷土資料館があったので入る。昔風の家屋の内部を使って、大多喜の歴史や文化、伝統工芸品などを展示している。
その後歩き回ると、とても個性的なかたちをした大多喜町立大多喜小学校が目に留まる。
校舎が独特な形をしている。そして、とんがり帽子のバンガローのような建物がいくつも建っている。ありゃ教室だろうか?
校庭では少年たちがサッカーをしている。大人の指導者がいて練習しているようだ。そのうち、試合となった。
校舎の向こうの山の上には、大多喜城の天守閣が突き出ている。
その後、夷隅川沿いを歩く。本多忠勝ゆかりの良玄寺、大円寺などがある。
夷隅川にかかる立派な橋の欄干には、本多忠勝の座像と立像が設置されている。大多喜駅にもあるが、本多忠勝像というのは、その独特の兜が特徴である。
トナカイの角のような幾重にも枝分かれした角を持つ兜である。
彼は、生涯数々の戦において、かすり傷一つ追わなかったという、勇将中の勇将である。その戦闘能力だけでなく、関ケ原の戦いでは、諸侯を東軍につけるための政治工作も行い、政治能力も優れていたという。
そういえば、街にはのぼりがいたるところに立っていて、いま大多喜町民は、「本多忠勝の大河ドラマ」を作ってもらうおうと署名運動を展開している。
本多忠勝ほどの知名度であれば、確かに大河ドラマの主役になってもおかしくない。大河ドラマや朝の連ドラの舞台となることは、町興しには非常に有効である。
そういえば、以前九州旅行した時、軍師官兵衛ゆかりの中津では、大変盛り上がっていたっけ。
夷隅川では釣りができるようで、「夷隅川フィッシングパーク」という釣り施設があるが、建物は閉まっていて、人気はない。
その先の川沿いの遊歩道まで車で入れたのでそこまで行って自炊に入る。自炊といってもカップラーメン(寂)。
その後、ここで大多喜の歌を即興で作り、ギターで弾き語る姿を自撮りする。5月から始める全国行脚では、このようにギターで土地土地の歌を歌いながら歩を進めるつもりである。
さて、天気がいい。そろそろ帰ることにする。車中泊は疲れる。
テントも張れず、自炊でも米すら炊かずで、ダメダメプレキャンプだったが、日本には簡単にキャンプ出来そうな場所はあまりないということを思い知った1泊2日であった。
(動画) 大多喜ダメダメプレキャンプ
大多喜 写真集
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