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日記(2002年8月)
2002/8/26(Mon.)
人の優しさに触れる
スタジオで練習を終えた僕は、ギターを担いで、一人でとぼとぼと自由が丘駅へ向かって歩いていた。午後8時だが、多くの人々が駅前を行き交っている。
券売機で切符を買い、自動改札を抜けようとした僕の目に、大井町行きの電車がホームに滑り込んでくるのが見えた。電車までは30mくらい。走れば間に合う。
僕は改札を抜け、人でごった返す駅構内を走り出した。電車は停止し、扉が開き始めた。出発ベルを聞きながら、開いたドアから電車に飛び込んだ。「セーフ!」
そして、まだ開いているドアのほうをくるりと振り返った。
そのとたん、思いがけない声が僕に投げかけられた。声の主は、若い女の子。20歳くらいだろうか。彼女は、僕の目の前で、開いた扉の外のホームに立ち、電車の中の僕に、必死な顔で切符を差し出した。
「これ、忘れ物です!」
僕は一瞬何のことか状況がつかめなかったが、とにかく彼女に礼を言って切符を受け取った。
僕が彼女から切符を受け取った次の瞬間、電車の扉が閉まった。電車の中からホームを見ると、彼女は、早足でホームを反対方向へ去っていく。
電車が動き始める。彼女の小さくなる後姿を目で追いながら、頭が回転を始める。切符、落としたのか?冷静に考えろ・・・。
そうか!
僕は自動改札で切符を入れた後、取らないままホームに入ってきた電車に気を取られて走り出したんだ!多分彼女は、僕の後ろから自動改札を通って、僕が切符を取らないで行ったものだから、わざわざ僕の切符を取って、僕を追いかけて走ってきてくれたんだ!
そうまでして切符を届けてくれた彼女。そして、受け取ったとたん、二人の間の扉が閉まった。すぐ彼女はきびすを返して去っていったので、彼女の顔を見たのはほんの一瞬だった。
このドラマのように劇的な情景。
それよりも、人の純粋な優しさは、何事にも換えがたく、素晴らしい。2002/8/12(Mon.)
520人が亡くなった日航ジャンボ機墜落事故から17年
17年前の8月12日。あの日のことは忘れもしない。
僕達は、夏休みの強烈な日差しの下、千葉県東側、太平洋に面した九十九里海岸通りを、銚子に向かって自転車で北上していた。友達5人で千葉県1周自転車野宿旅行に出てから、確か3日目だったと思う。
日が傾いた頃我々は、千葉県北東端に位置する銚子市内に入り、その日に野宿する小学校の校庭に落ち着き、荷を解いた。
誰かが、携帯ラジオを何気なくつけた。そして、みんなの顔が一変した。
ラジオでは、「ジャンボ機が墜落した」ことをアナウンサーが引きつった声で伝えていた。
夜になって僕等が寝袋に入った後も、ラジオはジャンボ機墜落事故の刻々と変化する状況を、繰り返し繰り返し、一晩中伝えていた。
あの真夏の暑さ、銚子の小学校の校庭、5台の自転車、ラジオが告げる大惨事・・・。
僕らは忘れようにも忘れられない記憶を、心に刻み付けた。
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