猛暑のお盆休み −バンド合宿&ひとりキャンプ−
2007/8/10 (Fri.)〜8/18 (Sat.)

東部湯の丸サービスエリア(長野県内・上信越道) |

富山市内の路面電車 |
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南砺市福光 |
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日本三大仏の一つ、高岡大仏 |

瑞龍寺 |

瑞龍時のなで仏。みんなになでられてはげている |
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高台の神社から見る田園風景(兵庫県養父市) |

今回一番異様な生き物。クモの仲間か |

現れたノコギリクワガタ |

山の中のキャンプサイト |

夜の鳥取の巨大カエル |

テントの横を流れる川 |

ある日の夕食。小浜名物、鯖缶 |
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永平寺(福井県永平寺町) |

東尋坊(福井県坂井市) |
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毎週金曜日僕は福島は郡山に出張することが多く、8月10日金曜日もそうだった。出張が終わり新幹線で東京に戻り、そのまま実家の千葉へ向かう。実家近くの月5000円の砂利駐車場に僕は愛車を置いていて、ここから車でお盆休み9日間の疾風怒濤旅を敢行する。まず明日、明後日の土日は富山・高岡でわがバンドレベルダウン5のバンド合宿、その後はどっかの山奥へこもって一人キャンプを強行する。
今週1週間、東京はとにかく連日暑かった。35℃の連発だ。8月上旬といえば1年で一番暑い時期。熱帯夜のジットリ感の中、千葉から車に乗って自宅の大田区へ。実は昨日バッテリーが弱っていたので入れ替えたのだけれど、イエローハットのメカニックのおっちゃんにこんなことを言われた。
「エアコンとかライトとかラジオつけた状態だと、ちょっと電圧低いですね。バッテリーは新品だから、発電機系が弱っているのかもしれない。」
「そんなバカな・・・。ダイナモは1年くらい前に換えたばかりですよ。」
僕は絶句した。以前、夜の九十九里浜にドライブした際、発電機の異常でバッテリーが充電されなくなったおかげでバッテリーが死に、車が道の真ん中で突然停止したことがあり、その後ダイナモ他発電機系を一新したのだ。釈然としないままも、電気を大量につけていたら再びエンジンが停止して電気系が死んでそれっきりエンジンがかからなくなることも考えられるということである。そんなわけで、暑くてもエアコンはガンガンにつけられない、というとてつもなく残酷な足かせを嵌められることとなった。
もう午後11時。自宅近くのサイゼリヤでハンバーグ定食サラダスープセットライス大盛りを食った後、ギターとキャンプ用品を車に積み込み、日付は変わって8月11日土曜日の午前1:30頃、東京都大田区から富山へ向けて出発した。なぜ翌朝に出発せずにそのまま夜中に出たのか。ただでさえ金曜の夜は疲れが蓄積しているのに、夜通しで運転しようとするのはなぜか。それは言わずもがな、お盆恒例地獄の大渋滞を回避するためである。この時間に出れば、明日の朝から始まる帰省ラッシュに巻き込まれずに済むと思ったのだ。ところが、これは全くの見込み違いだった。
関越練馬インターまでの真夜中の環八が、事故渋滞なのか帰省渋滞なのか分からなかったがとにかく全く動かなかった。ただでさえ金曜の夜中、一番疲れている時間帯、渋滞の中でエアコンもつけず窓を開けて熱帯夜の暑気にじっと耐える。イライラ、ダラダラ。最悪。
大田区から2時間近くかかってようやっと練馬インターから関越道に這い上がる。関越は順調。今までの遅れを取り戻すべく炎の走りで飛ばしに飛ばす。藤岡インターから上信越道に乗り、軽井沢の先、上田の手前の東部湯の丸サービスエリアにたどり着いたのがAM5時。もう外は明るい。ここで仮眠。しかし、すぐに日が昇り、気温がぐんぐんと上昇して、眠るどころではなくなる。エアコンをつけっぱなしにして寝るわけにはいかないので、エンジンを切って窓を全開にして、サービスエリアの駐車場のはずれの方で眠ろうとするが、暑いし、さらに悪いことには朝になると近くに観光バスが入れ代わり立ち代わりトイレ休憩のため到着し、これからのバケーションに目を輝かせた、もしくは朝早くに起きてバスの中で寝ていたためか、目をショボショボさせている眠そうな人々が、ゾロゾロとバスから降りてきて、車の中で窓全開にして寝ている僕をある人は興味ありげな目で、またある人は蔑んだような冷めた目で見つめていく。僕は気が散って眠るどころではないわけだ。車の中で、汗だくで寝る僕を見て、彼らは一体何を思ったろう。
それにしてもパーキングエリアで仮眠というのは、夏は辛すぎる。人情としてはエンジンを切るので、車内は灼熱地獄と化す。汗だくで眠れやしない。さらに悪いことには、パーキングエリアの駐車場には、日陰などないのだ!
10時40分、もう暑くて眠れずに、再出発。高速道路は、山腹を縫う。信州は、山の国である。山々の緑と空の青が織り成すすがすがしい天気の中、順調に走る。長野を過ぎ、途中から1車線となり、信州中野IC辺りで渋滞が始まる。14kmもの長い渋滞だ。だが他の道も分からないため、そのまま渋滞に突っ込んだ。長時間のノロノロ運転、ホトホト疲れ果てる。トンネルを抜けると、不思議と渋滞が解消した。別に2車線に増えたわけでもない。いつもながら渋滞の不思議を考えさせられる。
富山ICを降りたのは、午後3時半。富山市内は、路面電車の走る、割と落ち着いたたたずまいだ。土曜日の人通りは、多くない。
今日は5時から富山のスタジオで練習だ。楽器屋の奥の狭いスタジオで、合宿初日の練習。
その後、高岡に住む協力隊時代の友人、ムロさんの家へ。今日から2日間、彼の好意で、バンドメンバー3人が彼の家に泊らせてもらうことにしているのだ。
翌8月12日日曜日。レベルダウン5は、南砺市福光という町の、公民館のような場所、福光会館の音楽室を借りて、5時間の練習。音楽室にはちょっとしたステージ上にマイクやドラムセット、アンプが置いてあり、、その前には観客が座れるようなスペース。ミニライブが出来る場所だ。他の音楽室には、高校生のブラバン部が夏休みの練習にやってきました的な光景があり、また休憩室の畳の上には、毎日来ているのか、何人かの老人が、横になって寝ていた。地元民、特に年配の人々の憩いの場になっているようだ。
練習後、飲み屋へ。ドラムスのけんじは、用があるからと富山空港から飛行機で東京へ帰った。
その夜、ムロさん、ベースの江藤と近くの飲み屋で飲み、そしてムロさんの友達と合流して雀荘でマージャン。ムロさんは小学校の先生として、同僚達との方向性の相違を抱えつつ、日々悪戦苦闘しているそうだ。
翌8月13日月曜日。朝、ムロさんの両親に、宿泊、食事のお礼を述べ、ムロさんと江藤と別れた。僕は一人でまず高岡観光。高岡の路面電車の新型車両は、真っ赤なカラーリングで、キトを走るエコビアにどことなく似ている。瑞龍寺は、降り注ぐ蝉時雨が辺りの空間を埋め尽くしている。晴れ上がった真夏の空に、緑の芝がくっきりと反射する。芝生上に落ちた本堂や山門の影が、真っ黒にコントラストを描く。日本の夏。
そして、いよいよ一人キャンプを敢行すべく、午後4時半、高岡を離れ、金沢方面へと向かった。福井へ入る。あっという間に夜中になる。小浜辺りで宿を探したが、ホテルは満室。やむなく日本海沿いの国道27号を西へ西へと走り、京都府舞鶴市に入る。この後関西地方で何度か見ることとなる、チェーンのハンバーグファミレスでビビンバを食ったのが夜11時。ウェイトレスや周りの客全員が関西弁(京都弁?)を話しているのがとても新鮮に感じる。日本にもいろんな言葉がある。
そのレストラン横にあるビジネスホテルはこれまた満室。しばらく走って国道沿いにある『つかさ』というビジネスホテルに空室があり、今晩の宿とすることに決めた。1泊5000円。着いたのは夜12時。
8月14日火曜日。午後10時チェックアウト。今日は夜になる前にキャンプ地を見つけて落ち着かねばならない。
国道175号は、ゆったりとした流れを湛える由良川沿いを走る。のどかな田園と緑の山並みを、真夏の空の青さと雲の白さが一層引き立てている。これが美しい日本の夏の風情。
福知山市を経由し、国道9号に乗り兵庫県へ入る。朝来市和田山のスーパー「トヨダ」でキャンプ食料の買出し。今回のキャンプでは、僕は飯ごうでご飯、やかんでお湯を作る。おかずは、基本缶詰。それとムロさんのお母さんからいただいたイカがある。これは飯ごうのふたで焼いて食べるとしよう。
食糧を買い、近くのガソリンスタンドが安かったのでガソリンを入れる。セルフでハイオクがリッター146円。これでも他の店より大分安い。特に、京都はベラボーにガソリンが高かった。兵庫に入ってやや価格が下がった。
コンビニでスポーツ紙を買う。阪神一色。すごいことになっている。さすが関西。詳しくはコチラで。
※ガソリン料金比較(ハイオク1リッター)
富山:148円〜156円
(富山−高岡間では148円が最安)
石川・福井:151円〜155円
京都:156円〜161円(バカ高)
兵庫:146円が最安。京都から兵庫で一気に安くなる感じ。
朝来市から養父市へ。日本の田舎の風景が続く。暑いが、広々とした川や山や田んぼを見ていると、都会のコンクリートの中のいやらしい汗をかくような暑さは感じられない。
鳥取県に入り、国道から県道、さらには鳥取県の兵庫県の県境の林道(林道といっても舗装された細い道)に分け入る。午後4時過ぎ、そこでいいキャンプサイトを見つけた。林道は、ほとんど交通がない。最寄の集落からも遠く離れた山の中である。人っ子一人いない。当然民家など全く近くにない。林道を山奥深く行ったところに小さい橋が架かっていて、その下を澄んだ渓流が流れる。そしてその横の林に、テントを一張りやっと出来るようなスペースがある。ここにテントを建てることに決めた。下は平らではなくゴツゴツの岩があるが、角度に注意すればなんとか寝れそうだ。車を少し行ったところに停め、キャンプ用品を持って川岸に下りる。早速まずはテント設営。そして食事の準備。蚊取り線香をガンガンに炊き、お出かけカトリス(携帯型蚊取り機)を首から提げる。
炊事は基本的に固形燃料なので、薪を探してきて火を起こすことはないけれど、キャンプ風情を味わうために、毎日小さな焚き火を焚くことにした。燃えそうな小さな木の枝は近くにいくらでもある。
初日の夕飯は、焼きイカ、ご飯、味噌汁、トマト、コーヒー、ウーロン茶。食べ終わったのはあたりが真っ暗となった夜8時半。
人工的な明かりが全くない山の中。満天の星空。東京の寝苦しい熱帯夜はどこにもない。昼間は東京並みに気温が上がったが、夜は一気に気温が下がり、過ごしやすくなる。これが地球の本来の機能なのだ。コンクリートで固められた街には、熱がこもったまま動かない。
夜は乾電池式の電気ランタンをつける。すると来るわ来るわ、無数の虫達が集まってくる。羽アリが多い羽虫系、燐粉いっぱいの大小さまざまな蛾系、ゾウムシ、クワガタ、カナブン、カミキリ、コガネムシ等の甲虫系、ハエ系、ハサミムシの飛ぶ奴、カマドウマ・コオロギ・キリギリス系、もうそりゃ数え切れない虫達。これはそれだけこの山の中に豊かな生態系が育まれているかの証明でもある。
テントに入る。夜中、寝袋の中で、ヒャンヒャンという断続的な動物の鳴き声を聞く。野犬の警戒音か。そして、鳥のような、鋭い声がする。何かやばい動物がいないかと若干不安となる。夜中、物音がした気がして何度か目が覚めた。夜明けごろも、4時、5時、6時と1時間に一度ペースで目が覚める。いきなりの山奥での野営で、やはり無防備になれないという自己防衛本能が働いているのだろうか。
夜明け頃に目が覚めるたび、天幕上部の網目から、朝空と高い木々の梢を眺める。川音が、常に鼓膜を震わせている。
8月15日水曜日。朝のうち曇り。一雨来そうな空だ。よく眠れなかったので、昼前にようやく起き出す。曇りだが気温は上昇していく。
すぐ横を流れる川で顔を洗う。澄んだ冷水がこの上なく気持ちいい。前夜のご飯の残りでお茶漬け、牛大和煮缶詰、マンゴープリン、コーヒー、ウーロン茶の朝食。
日中はずっと読書して過ごす。井伏鱒二の『黒い雨』。
川にオレンジジュースと麦茶のペットボトルを冷やす。天然冷蔵庫。水場がすぐ近くにあることは、キャンプの一つの要件だ。
森の中は、日差しがあると都心と同じように暑くなるが、通り過ぎる風は爽やかだ。ひとたび日が陰ると、一気に涼しくなる。森の中ではこのギャップがいい。
今日は終戦記念日。62年前の今日、大東亜戦争における日本の敗戦が決定した。それから62年後、僕は鳥取と兵庫の県境の山の中に一人でいる。身を潜める敗残兵のごとく。
そうこうするうちにあっという間に日が沈む。夕食は、イカチャーハン、味噌汁、焼き鳥の缶詰、マンゴープリン、みかんの缶詰、ウーロン茶。
今夜も星空。昼間は雲が多かったが、夜はライトを消すと文字通り真っ暗となり、夜空の明かりのみとなる。漆黒の杉の梢が夜空に三角形のシルエットを作っている。そのバックには砂粒を散りばめたような星空。頭につけたヘッドライトを頼りに、道へ出て歯を磨く。ヘッドライトはキャンプの必需品だ。夜、これさえあれば両手を使ってどんな作業でもできるし、読書も出来るのだ。懐中電灯では片手が塞がれてしまうため、こうはいかない。
寝袋に入る前、酒が飲みたくなったので、ずっと前から車にシンルーチュウの250ml缶を積んであるのを思い出し、引っ張り出してきて飲んだ。夜11時。
今日もランタンの光の周りでは、虫達の狂宴が展開している。ハサミムシの飛ぶ奴が多い。それから細い8本足と豆粒のような本体を持つ虫。足が8本なのでクモ類かと思うのだが、これは異様な生き物だ。こいつがたくさんいる。その動きが何といっても気味悪い。8本足の関節を伸び縮みさせ、豆粒のような本体を一定の周期で上下させる。何のために上下するのかは、分からない。そして8本の足をふわふわと動かして歩くのだが、これが結構速い。
家に帰ったら、昆虫図鑑を買おう。
8月16日木曜日。AM9:45に起きる。朝方4:30頃明け始めた頃一度目が覚めたが、昨日よりはぐっすり眠れた。
朝食は10:30。コーヒー、ロールケーキ。
昨日は定例お通じを催さなかったが、今日は山道を川沿いに少し上がっていって(この先には木材の切り出し場があるらしい)、今キャンプ初の野グソを敢行した。硬くてしっかり。すぐにハエが集まってきて、僕の糞にたかる。
今日は午前中から真夏の日差しがギラギラと照りつける。しかし山の中、森の中なので、風は気持ちいい。時々雲が陽光をさえぎる。
今日も大して何もせずに、ぼーっとして過ごす。読書をして、雲の多い晴れた空を見上げ、タバコを吸って、川の流れをぼんやりと見つめる。毎日コンクリートジャングルで朝から晩まで仕事に明け暮れる毎日から対極にある場所と過ごし方。山の中で、川のせせらぎと高い梢を風が通り抜ける音を聞きながら、土の上で植物の匂いをかぐ。何もしなくていい。ただこの中にいればいい、という気になってくる。
午後2時半。昼食。小浜名物・鯖の缶詰、ご飯(うまく炊けた)、味噌汁、りんご。我ながら美味かった。食後、川に足だけ入る。渓流で川幅はせいぜい2、3メートル、深さは深いところでも30cmほど。ひゃっこい。冷たすぎ。渓流の清冽な冷水。
蜂の襲撃。山の中で蛇と蜂は要注意だ。というかビビる。スズメバチとか熊蜂とかの巨大蜂は、その体の黄色と黒の縞々の警告色がもう人をビビらすのに十分だ。
以前、私が中学生の頃、ボーイスカウトのキャンプで、野外活動からテントに帰ってみると、蛇がテントの中でとぐろを巻いていたことがあったが、これにもビビった。
午後4:30〜6:00頃まで昼寝。昼過ぎからは雲が張り出してきて、涼しくなる。涼しいのでよく眠れた。起きると起きぬけのコーヒーを沸かし、食事の準備。
夕食。8時半。ご飯、さんまの蒲焼缶詰、味噌汁。
夜中、歯を磨きながら林道に上がろうとしてビックリ、林道に上がる斜面に、巨大なウシガエルがいた。体長は20cm、幅10cmの堂々たる大カエル。夜行性なのか、飯を食うために動き始めたところだろうか。
今夜は空がやや曇っているために星が少ない。
昨晩もそうだったが、夜は涼しい。初日の夜はやや暑く、寝袋のチャックを閉めないでOKだったが、昨晩は寒いくらい。寝袋をピタッと閉めてちょうどよい。特に夜明け前の4時〜5時頃が寒い。気温は15℃くらいだったろうか(温度計を持ってくるんだった)。
今晩も結構寒い。夕方から日差しがなくなり気温急降下。外は半そででちょっと肌寒いくらい。
明るさ的には朝の4時半と夜7時が同じくらいの暗さ。おそらく日の出はAM5時頃、日の入りはPM6時半頃か。一日中外にいると、こんなことを考える。
キャンプの風景(写真)
キャンプの風景(映像)
8月17日金曜日。AM8時起床。朝食はパンケーキ、オレンジジュースにコーヒー。
今日はテントをたたんで再び北陸に戻り、福井県内の名所を観光することにしている。結局キャンプ生活3日間(3泊4日)では、大自然に抱かれながら、ほとんど何もしないでボーっとして過ごした、と言えよう。
徹営作業。テントのペグが1本、草むらのどこかに紛失してしまったが、見つからないので諦める。10:30頃車にキャンプ荷物を積み終え、キャンプサイトに何もゴミが落ちていないことを確認し、発つ鳥跡を濁さずに出発。ただし、野グソはやむなし。
近くの吉川(鳥取県八頭郡若桜町)という集落を経由して、岩屋堂公民館というところで、コンセントがあったので、ちょっと拝借してデジカメのバッテリーを充電する。公民館には誰もおらず、こんなコソ泥みたいなことはしたくなかったが、周辺に対して公共のスピーカーから放送が出来る設備があり、それが部外者の場合1回300円だったので、僕は電気を使わせてもらう代わりに500円玉をそこに投入した。というか細かいのがなく、両替できそうな店もその辺りには全く見当たらなかったからだけれど。もちろん無断でコンセント使うのは気が引けたけどね。
ところが、この公民館に併設されている公衆便所に入ったら、この便所がきれいだったのみならず、洗面台の下にコンセントがあるではないか。「このコンセントは、公衆便所にあるのだから、『公共コンセント』だろうか」などとしょーもないことを考えつつ、こっちなら小便するついでにコンセント使わしてもろうてやっぱりタダでよかったんとちゃうやろか、と下らないことを延々と考えた。
岩に穴を掘ってその中に木造のお堂を建設したという、「岩窟寺院」が、重要文化財の岩屋堂である。チケット売り場はなく、無料でただ見物するのだ。この前の道路は一応バスが走っているのだが、一日に8本程度しかバスはない。岩屋堂の周りにはきれいな清流をはさんで、畑と民家が並んでいる。これも典型的な日本の原風景のように僕には感じられる。
その後一路福井へ。
兵庫では、買出しをしたスーパー「トヨダ」の前を再び通り過ぎる。和田山の辺りはかなりの都会だ。コンビニがあるのに少しほっとするのは、僕が完全に都会人間に堕落してしまった証明か。たった4日間ほど文明社会から離絶した場所にいただけなのに。都会的なものが何もない生活が、1ヶ月とか1年とか続いたら僕はどう思うのだろうか。やはり一度でいいからしばらくアフリカで生活してみたい。
それにしても夏の車旅は厳しい。エアコンが効かないと。
今回、車の中では、ラジオは昼間は高校野球、夜はプロ野球中継を聞いていたのだが、トンネル手前で2アウトフルベース2ストライク3ボールだととても困る。一番大事で肝心な場面が聞けないのである。
福井近くでは、なぜか広島カープ応援のラジオ番組をやっていた。広島放送局制作であろうか。北陸は、近畿や中国地方も近いので、巨人ファンや阪神ファンに混じって広島ファンが結構いるのだろうか。そういえば、スポニチ(スポーツ新聞)を兵庫と富山で買ったのだが、いずれも阪神の存在感の大きさに驚いた。ここいらのスポニチは、阪神が勝とうが負けようが、1面は阪神なのである!東京のスポニチとはバックアップの姿勢が違う。東京のスポニチは、巨人が勝った時だけ1面は巨人で、負ければ他の話題を持ってくる。ここに、巨人を応援する姿勢の軟弱性が明らかだ。もちろん売り上げ第一だから、東京では巨人が1面では売れないのだろう。一方、近畿では阪神が負けても1面阪神で売れるのである。気合の入り方、「阪神愛」が中途半端ではないわけである。
北陸も阪神の勢力が強い。巨人の影が薄い。紙面には、2,3面にも巨人が出てこない。兵庫では、巨人よりもオリックスの記事の方がでかい。阪神の次はオリックスなのである。これは痛快だ。巨人がこれほどまでにないがしろにされている所に、僕も住みたい。
福井では、朝鮮語放送が多い。おそらく、朝鮮半島に近い土地柄のためだろう。日本海を渡って密入国した北朝鮮の工作員は、ここ福井県でも暗躍したのだろうか。
トンネルでは、上っているのか下っているのか分からなくなる。ユニバーサルスタジオ。
午後9時過ぎ、福井駅前に到着。一番安そうなビジネスホテル、福井プラザホテルに泊ることに決める。
珍しく和室。たった4日ぶりではあるが、久々のふとん。地面が柔らかなのも久しぶり。テレビも久しぶり。風呂も4日ぶり。
疲れた身体を横にすると、すぐに眠りに落ちた。
8月18日土曜日。7時過ぎ、ロールパンにコーヒーの無料朝食を食べる。二度寝して、9時半まで起き上がれず。
10時チェックアウト、しばらく福井駅近くを歩く。この街にも路面電車がある。北陸の町は、路面電車が走っていることが多い。
そして車に乗って、永平寺へ。曹洞宗総本山。寺の周りは一大お土産商店街となっていて、レストランや土産物屋がずらりと並ぶ。それらの店の観光客呼び込み合戦は、夏の海水浴場の海の家と見間違うようだ。
巨大な寺は、僧侶の修行システムが確立されている一方で、完全に観光地化されていて、訪れる観光客は、始めに永平寺の歴史や成り立ち等の説明を受けたあと、順路に沿って効率的に広大な敷地内に存在する様々な建物を見学できるようになっている。
永平寺写真集
その後、自然の驚異・東尋坊へ向かう。富山や石川もそうだったが、ここ福井でも国道沿いに広がるのは、豊かな田園風景。日本のライスベルトとでも呼びたいほど広大な田んぼが広がっている。
午後3時、東尋坊に到着。ここは波が長い歳月をかけて削った奇岩状断崖が、日本海沿いにずっと続いている。切り立った高い崖のため、自殺を犯す人が多い場所としても有名だ。僕は、料金が1100円もすることに内心怒り心頭ながらも、海上から断崖を見る遊覧船に乗った後、あまりに暑いので東尋坊の崖の上の喫茶店に入って涼む。今日も35℃近くあるだろう。
東尋坊の風景(映像)
夕方、東尋坊を後にして東京への帰路につく。石川県加賀ICから北陸道に乗り、感じよく飛ばしている3台がいたので、それらと編隊を組んで120kmくらいのペースで気分よく走る。行きと同じ、上信越道⇒関越道で、練馬インターまでの509kmをノンストップ4時間35分で走破。平均時速113km。それにしても高速料金が10400円もしたのには閉口した。
5時間近く高速を休みなく走ったため、練馬インター近くのコンビニで休憩。
帰りの環八は、お盆休み終了前日の土曜日ではあったが、幸いなことにそれほど混んではいなかった。
(おわり) |