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日記
(2019年8月)
2019/8/27 (Tue.)

千葉ポートタワーと千葉港(千葉県千葉市上空)

ゴルフ場に醜く侵された千葉県の大地(千葉県上空)

松葉杖 晴れ@串間市    

入院前日。足が折れたまま、普通に仕事。
朝から福島港へ。ついに風車資材搬入船は出航していった。
さて、昨日から松葉杖の生活をしているのだが、松葉杖を突いていると、人々の親切が明確に見えるようになる。人は、負傷者に優しいのだ。
すでに松葉杖がツラくなっている。甘く見ていたが、2本の腕で全体重を支えるというのは、なかなかの重労働なのである。わきの下には神経が集まっているため、松葉杖で歩行する際には、わきの下で体重を支えるのではなく、松葉杖の真ん中あたりを掴む腕の力で体重を支える。健康な右足と2本の杖で三角形を作って進んでいく。

体重が重い人には松葉杖は辛いだろう。もし「松葉杖マラソン」という種目があるとすれば、体重が重い人の優勝は厳しい。体重が軽くて腕力のある人が有利だ。

松葉杖の人にはみんな親切になるが、当人のツラさは体験してみないと分からない。まず階段なんて松葉杖でクリアするのはとても難しい。自動ドアでない店の扉を開けるのも大変だ。自動ドアというのはバリアフリーの設備であることを、足が不自由になって初めて知る。

このような不自由な状態を体験することで、身体に障がいを持つ人の辛さが初めて分かる。

以前も紹介したと思うが、青年海外協力隊の派遣前訓練中に、視覚障がい者の日常を体験するため、目隠しをして介添え者付きで訓練所内を歩き廻ったことがある。当たり前だが、目が見えない人がいかに大変な生活をしているかは、普通に目が見える人には分からない。たった10分ほど階段や曲がり角などのある館内を歩き回るだけで、いかに大変だったか。視覚がない状態でこの世界を生きていくのがどれだけ困難なことか。

他者の痛みが分かる人は、自らが痛みを経験している人である。いや、今回の怪我を正当化しているわけではないが、不幸や痛みを多く経験すれば、人間優しくなれるのだ。そして何事にも寛容になろう。
辛いことを体験しないまま終える人生は幸福に見えるが、人間としての幅が狭いままで終わることになる。それは、ある意味不幸である。
人間たるもの、人生に一度は骨折して、その不自由さを経験すべきである。早ければ早いほど良い。

明日はいよいよ入院。
2019/8/26 (Mon.)

串間市へのふるさと納税を奨励するポスター。
串間市長自らが出演

串間駅のポスター。岬馬の文字。
日南線は一日に7〜8本

夕景(宮崎県串間市)

骨折 晴れ@串間市    

朝8時前に病院に着き、受付し、整形外科受診。まずレントゲンを撮り、待合室で待つ。
当たり前のことだが、待合室にはお父さん、お母さんのお年寄りがほとんど。この街の若者は高校を卒業したら街を出ていくことが多いらしく、若者が少ないせいもあろう。

整形外科の私の担当医は若い女医さんで、診断は、「第2、第3、第4、第5中足骨骨折」。
簡単に言えば、足の甲、一番幅広い当たりの骨(足の甲の真ん中〜指側にある骨)が、5本中4本も折れていた。つまり、手で言えば親指以外の人差し指、中指、薬指、小指の根元くらいの骨がいずれも折れていることになる。
足甲のレントゲン写真を見たことのある人ならお分かりだと思うが、足の骨というのは手の指と同様、各指で割と細長い骨がいくつかつながって出来ている。きっと、猿の頃は4本足で、足でも木の枝などを掴むことが必要だったため、手の指と同様に足指が長かったと思うのだが、ヒトは2足歩行を始めたため、足の指が退化して、足で歩くのに都合のいいように、足の甲、足裏が発達して平たくなって地面をより高面積でつかめるようになり、指は短くなったのではないか。骨だけは猿の面影を残しているのだ。

それにしても痛いはずだ。骨が4本もポッキリと折れているとは。昨日、この左足裏から着地したのだ。そこがことごとく折れようとは、よほどの衝撃がかかったのであろう。

ここまでひどい骨折は、50年の人生で初めて。今まで骨折を2回(病院に行かずに後で判明したもの含まず)、脱臼を1回したことがあるが、もう遠い昔のことだ。

医師曰く、すぐ入院、手術が必要だという。
手術をしなくても長く時間をかければ骨はくっつくということだが、治癒までに長くかかるし、そのままにすると折れた骨がどんどんずれてしまうリスクがあるという。そうなってしまうと、手術しようにも大変だという。
要するにいま手術するのが速やかでリスクの少ない治癒のためにはベターだというのだ。

私には判断材料はないし、なにしろこのままでは仕事で現場に出られないため、一刻も早く治さねばならない。
よって入院して手術することを同意。
水曜日は大きな手術があるとのことで、手術は3日後、29日木曜に受けることになった。その前日、明後日28日水曜日に入院し、手術に備える。
とりあえず折れた足のまま、「シーネ」というあてがい枠(添え木のようなもの)を私の足に合わせて作ってもらう。ふくらはぎから足にかけてL字状のこのシーネをあてがい、その上から包帯でぐるぐる巻きにして足が動かないように固定する。昔ながらの石膏で固めるギブスにするか、シーネにするかと聞かれ、効果は同じだというので、簡易的なシーネにすることにした。
松葉杖を病院から借りる。これからしばらくは人生初の松葉杖生活だ。

手術準備のため、この日は胸部X線、心電図、採尿、採血をする。

病院後、港に船の様子を見に行く。関係者が私の松葉杖姿を見て驚く。シーネで患部が動かないように固定しているし、痛み止めが効いているのか、ほとんど痛みは感じない。
出社すると、関連会社のエンジニアが二人来ていた。メキシコ人で、久々にスペイン語を話すが、全然出てこない。リスニング力は割と残るが、スピーキング力は話していないとすぐに衰える。

夕方再び港に行く。作業は開始され、ようやく荷役が終了した。
2019/8/25 (Sun.)

串間から鹿屋へ向かう

志布志の台湾食堂。定食に普通サイズのラーメンがつくという
恐るべきボリューム

問題の堤防。この写真を撮った直後、悲劇が待っていた

ハタの子供。どこまで大きくなるか

転落 雨後曇り時々晴れ@串間市    

朝、昨日に引き続き、福島港に風車搬入船の様子を見に行く。まだ波は高いようだ。荷役は中断中。
そのあと、鹿屋(かのや)のキャスティングに行く。串間から鹿屋への道、山にはガスがかかり、今にも降り出しそうな雲行き。案の定、しばらくして大雨に見舞われる。思えば、この志布志〜鹿屋辺りでは、通るたびに雨が降っている。
全体像は把握しきれていないが、キャスティングがあるあたり、鹿屋は相当に大きな街のようである。串間からは車でおよそ1時間。
キャスティングに着いたころには空は晴れ上がった。やっぱり志布志の辺りは局所多雨地域なのだ。
こないだ折れた磯竿を修理に出す。お盆休みで溜まっていた修理品が多いとのことで、修理は最長で1か月ほどかかるとのこと。
最近友人の裕助が房総で「荒食いブラウン」という練り餌を使ったらアイゴがたくさん釣れたとのことで、南九州でも荒食いブラウンを試すために購入する。

ここのところネットがつなげてないので、ネットカフェに偵察に行くが、料金が高すぎてやめる。ネットなどなくても生きていける。
その後、志布志の台湾レストランで昼食。やはりどこに行っても台湾レストランはセットメニューが豊富で、しかも超ド級のボリュームだ。980円(税抜)で、普通サイズラーメン付きの定食が食べられる。館山(千葉県)の台湾料理屋と同じ。志布志は串間から車で20分ほどなので、若いころだったら通いそうな店だ。

腹が一杯になり、串間に戻る。
午後1時半、再び福島港に船の様子を見に行く。
午後3時過ぎ、今日は荷役作業はなさそうなので釣りを始める。まずは船が接岸している岸壁でミャク釣り。5.3mの磯竿は修理中なので3mの磯竿。全くアタリなし。
前回までよく釣っていた水道側の岸壁もアタリがないので、ルアーを投げようと福島川河口の公園前へ。まずオキアミでミャク釣り。生命反応全くなし。
浅くて茶色く濁り、魚の気配なく、ルアーを投げるのを諦める。
ここで先日出会った「かにさん」がいつも夜釣りでヒラスズキを釣っているという、先の曲がった長い堤防に行くことにする。午後4時前。

ここで大事件が発生する。
途中堤防がいったん途切れており、2mの高さを海面レベルまで降りなければならないことに愕然とする。堤防の側面には、1mくらいの高さで幅40cmほどの足場があり、まずここに降りてから下に降りようとした。両手に荷物を持って。
ところが。その側面の足場に降りようとしたところが、思ったよりもその位置が低く、少し飛び降りる形となり、足場上でバランスを崩し、間髪入れずに一番下まで転落した。
落ちたはずみに手に持っていたクーラーボックスが海の中に落ちてしまったが、なんとか手を伸ばして回収。

足で着地したのだが、完全に体のバランスが崩れており、正直どのような体勢で落ちたのか分からない。とにかく全く身体を制御できない状態で落ち、頭とか上半身から落ちなかったのは良かったのだが、着地後、左足の足裏が火が出るように痛い。親指側から小指側まで、横断的に痛みがある。
靴をよく見ると、左足甲の内側の布に一部穴が開いている。一体どうやって穴が開いたのだろうか?どうやって落ちたのか、見当もつかない。

痛みと動揺とでパニック状態だったが、痛みが引くのを待ちながら数分してようやく落ち着いてくる。しかし痛みが激しい。少し左足をつけて歩いて見る。痛い。マズい。これは骨までいっているかもしれない。
10分くらい経っても痛みは収まらず、あまりにも激しいので、ここから先、釣りをするのは即時断念。

思えば、2年くらい前だったか、山歩きしているときに同じように2mくらいのところから右上半身から下の河原に転落したことがあるが、その時の痛みとは比べ物にならないほど酷い。
ちなみに、その時もやはり数か月間痛みが続いたが、落ちて数分後には痛みが引いたし、我慢できない痛みではなかった。

これはただ事ではないので家に帰ることにする。
だが、家に帰るには、この2mの堤防を再び登らねばならない。
痛む左足を上げ、なんとか1段目の足場に登る。さらに1m上の上段には上がらず、この側面足場を歩いて戻る。
なんとか車のところにたどり着き、痛む左足でサイドブレーキを解除して家に帰る。

家に帰っても痛みは全く引かない。ここに至り、今回ばかりは尋常な怪我ではないことを悟る。
即、病院に向かうことにする。
新しく越してきた街なので病院も分からないが、グーグル検索で近くの総合病院へ。
日曜の夕方、急患しか受け付けていないのだが、当直の先生は泌尿器科の先生だそうで、とりあえず診察してもらったが、
「明日月曜日の朝、整形外科の外来に来てください」
と言われ、湿布と痛み止めだけもらった。
この夜、足はパンパンに腫れ上がり、痛みも激しかったが、連日の疲れからか、すぐ眠りに落ちた。
2019/8/24 (Sat.)

30mの柱松に対し、人々が松明を投げ上げる

出店が出ている

さつまいもコロッケバーガー。レタスがデカい

都井(とい)の火祭り 曇り時々晴れ@串間市    

朝、仕事で福島港に接岸中の船の様子を見に行く。
夕方5:30〜6:30まで、福島港のいつもの岸壁でミャク釣り。全くアタリなし。場所を変えてもダメ。エサ取りすらいない。
一体どうしたというのだ?

結局何も釣れず。坊主はいつでも悔しい。

さて、夜になり、スーパーで見たポスターのことを思い出した。
昨日、今日と2日間、都井岬で火祭りという祭りが行われている。行ってみようと思い立ち、車を走らせる。
串間市街から都井岬までは20kmほどで、車で40分くらいか。山の中に突入し、真っ暗なクネクネ道を上がっていく。岬に近づくが全く車っ気がない。本当にこんなところで祭りをやっているのだろうか?

都井岬のビジターセンター脇の芝生広場が祭り会場で、そこに着くと途中の山の中の無人ぶりとは打って変わって、灯りが煌々とし、人がたくさん集まっていた。
会場に一番近い駐車場は満車で、少し離れた臨時駐車場に停める。
もう午後8時。祭りはすでに最後のクライマックス、「柱松」に入っていた。

「柱松」というのは、高さ30mの柱の上に大蛇の口に見立てた藁を結わえ、地上で独特の歌を歌いながら松明を持った人々が、松明を投げ上げ、この藁に命中すると花火のような火花が上がって藁が燃え盛る。これは、人々を苦しめた大蛇を、衛徳坊というお坊さんが火攻めで退治したという伝説を再現しているという。

ステージから司会の女性が歌う歌が奇妙だ。
「そーれ! とんとことんで衛徳坊〜」(と聞こえる)

人々は柱の周りをこの歌に合わせて歩き回りながら、次々に松明を30m上に向かって投げ上げる。時々藁に到達しそうな惜しい松明があると、人々から歓声が上がる。
「おーーーー! 惜しい!!」

柱松と花火 動画

奇妙な節回しの歌と、漆黒の空に流れる松明の光跡が妙に刷り込まれる印象深い祭りである。
そうして命中しないまま30分が経過。
始まって35分後、ついに誰かの投げた松明が藁に命中し、藁から花火のような火が上がり、大歓声に包まれる。
程なく柱は倒され、倒された柱が地面に着く瞬間に、突然、夜空に花火が炸裂する。
その時の驚きと鮮やかな感覚は、忘れがたい。憎い演出だ。

そしてしばらく花火が上がり続け、人々は歓声を上げる。
花火が終了するとこの祭りが終わる。

その後ステージでは、松明を命中させた人が表彰される。賞品ももらえるようだ。

祭りが終わり、人々は車で帰途に就く。
広場の横にはテントの出店群が出ている。腹が減っていたので何か食べたかったが、店はどんどん閉まっていき、ビールやソフトドリンクの店しか開いていない。
辛うじて、車を店にしている「サツマイモ専門店」がまだ開いていたので、ここの名物と思われる「さつまいもコロッケバーガー」を食す。
ちょっと甘いが、この甘さと中濃ソースは合っている。レタスが巨大なのもいい。
さつまいもといえば隣県鹿児島、元薩摩藩の特産だが、鹿児島にほど近いここ串間でもさつまいもは名物なのだ。

「火祭り」というから、「裸の男たちが火の粉降り注ぐ中を駆け巡る」的なスリル満点の危険な祭りかと思っていたが、その想像は完璧に覆され、しかしほのぼのとした、なかなか趣のある祭りだった。
2019/8/22 (Thu.)

日向灘に面した宮崎〜日向間の真っ直ぐな海岸線

串間駅ホームの観光案内。
「都井岬の野生馬」というのが観光の目玉のようだ

インターネットのない生活 晴れ@串間市    

宮崎に越してきてから、インターネットがない。以前契約していたWiMAXは、6月末に2年の契約満期となったため、解約した。
ネットがない生活が割とツラいことに気づいて愕然とする。

ここ6年半くらいはテレビは見ていない。テレビなどなくても一向に構わないのだが、ネットがないと辛いのだ。インターネット全盛の情報社会に私も毒されている。
ニュース、天気、潮汐情報、調べたい情報の検索、ユーチューブ動画を見るのが私の主要なネット活動だが、ニュースなどのテキスト情報なら、社用のスマホで見れるのだが(本当は私用禁止だけど)、動画となると容量が大きいので、さすがに会社のスマホでは見れない。いや、見ているとすぐに容量制限に引っかかり、極端に接続速度が遅くなる。

アパートはいま暫定の住処なので、固定インターネットを引くのは得策ではない。そうするとやはりモバイルWiFiか。そうなるとまたワイマックス?
いずれにせよ、ネット環境をそろそろ整えねばならない。

ところで、当たり前の話だが、ユーチューブのいいところは、自分の好きな分野の動画を検索して見れることである。テレビというのはテレビ局が彼らの志向で制作した番組を放送しているので、見る側の趣向に合わなければ見る意味はなく、つまりは制作側→視聴者への一方的な放送なのだが、ユーチューブは逆に、視聴者→制作側という受け手が能動的に選ぶメディアである。
また、著作権をどうクリアしているのか知らないが、時々映画やドラマなどがアップされていることがある。私はユーチューブで大河ドラマを何作か完視聴した。
これもいい。
もはやユーチューブはテレビやレンタルビデオ屋の替りとなるメディアなのだ。

私がホームページや動画制作を始めた20年くらい前には考えられなかったことだが、いまや誰でも動画を編集して発信できる時代になった。
ケータイの進化といい、デジタル技術、通信技術の革新は目を見張るばかりである。
「戦争を知る世代」じゃないけれど、そういう意味では、1980年代にティーンエージャーとして青春時代を過ごした我々は、「ケータイがない世界」や「カセットテープやレコードしかない世界」から来たアナログ人間として、その変遷を感慨とともに振り返る権利を持っており、そういう発信もまた一興だろう。

さて、串間に来て1か月近くなるが、真夏の南九州、さすがに暑いが、東京と比べてどうか?というと、そんなに大きく変わる気はしない。東京はヒートアイランドなので格別に暑いのだ。
それと、串間では雨が多い。台風が接近しやすい土地柄というのもあるだろうが、それだけでなく、東南アジアのスコール的に強い雨が短い間ザーッと降ることも多い。
2019/8/18 (Sun.)

風車資材運搬船が接岸中の福島港岸壁。釣り人多い

背中がえぐれてしまっているキビレ

シマアジ17cm。小さいが引きは強い

キビレを3枚におろして塩焼でいただく

福島港釣り 晴れ@串間市    

朝6時に起きてまたまた福島港へ。ここ9日間で4回目の釣り。
今日はいつもの岸壁ではなく、風車資材運搬船が接岸している岸壁で釣る。ここにはいつも休日に多くの釣り人が並んでいるが、この日も入る隙間がないほどびっしりと並んでいた。
仕方ないので大分陸側の空いているところに入る。船が接岸しているところは「7.5m岸壁」といって水深が深く、そこから陸側の岸壁は「5.5m岸壁」でやや水深は浅い。5.5m岸壁部分で竿を出す。7時半ごろ。

Bでウキ釣り。コマセはアミエビ+チヌテン。アタリなく、エサ取りもない。タナ変えてもダメ。
この港はヘチ際にキビレがいるはずなので、ミャク釣りに切り替える。するとミャク釣りは裏切らない。バンバン釣れるが小物ばかり。
ヒゲのあるオジサンみたいな魚、ベラ、ネンブツダイ系、エソ系とひっきりなしに釣れる。
そんな中、少し引きの強い魚がかかる。上げてみるとタカノハダイだった。23cm。
タカノハダイを釣り上げたら、横で釣っていた家族連れから拍手をされた。子供が喜んでいる。

その後もハタの幼魚みたいな魚、ネンブツダイ、ベラがどんどん釣れる。
隣の子供と父親が私のところに来て聞いてきた。
「エサは何を使ってますか?」
「オキアミですよ」
「えっ、じゃあ同じだ。こっちは全然釣れないんです」
「私はオモリつけてヘチ際のミャク釣りです」

午後1時前。タカノハダイ以外は小物ばかりなので場所を変えることにする。
前回まで釣っていた岸壁に近い、さらに港の内港側でヘチ釣り。
しばらくするとシロギスが釣れた。シロギスもいるんや。
近くで釣っていたおばちゃんが声をかけてくる。
「なに?アジかい?」
「いえ、キスですよ」
「あぁ、ホントや。釣れるんやなぁ」
どうもおばちゃんの釣果はさっぱりのようだ。

ただそれ以降は釣れないので、前回まで釣っていた釣り場で竿を出す。
ウキ釣りに戻す。するとメッキが釣れる。

その後、ウキがじわじわと沈んだ後、少しスピードを上げて沈んでいく。合わせるとキビレだった。20cm。
その後、立て続けに2匹、キビレが釣れる。21cm、18cm。
3匹目は背びれの後部がえぐれてなくなっていて、何か魚食魚に食われたのか、それとも奇形なのかは分からないが痛々しい形だった。

キビレのアタリは面白い。前述した通りで、一気にウキを消し込むようなアタリではなく、始めじわじわとウキが沈み始め、あるところで少しスピードが上がって沈む。
3匹ともほぼハリを飲み込まれてしまっていたので、後段でようやくエサを口の中に入れて走り始めているのだと思われる。前段で合わせても多分ハリ掛かりはしない。
3匹のうち1匹はハリを相当奥まで飲み込まれてしまったのでハリが取れず、持ち帰って食べることにした。
その後、ネンブツダイとシマアジ(小)が釣れる。シマアジは17cmだったが、引きが強いので大物かと思い思わず玉網を手にしてしまったほどだ。
16:10納竿。

今日は小物が多かったがたくさん釣れたのでいい1日だった。ネンブツダイ系9、ベラ3、キビレ3、オジサン1、エソ1、ハタ系1、タカノハダイ1、シロギス1、メッキ1、シマアジ1の計22匹。
南九州の堤防は魚影が濃いと言えよう。

しかし痛恨の出来事が一つ。ミャク釣りの3m磯竿とウキ釣りの5.3mの磯竿の2本を使っていたのだが、あるとき地面に置いていた5.3mの竿を踏んづけてしまい、折れてしまった。しばらくはポッキリいってなかったので使い続けていたのだが、最後のシマアジを釣り上げる際にポキリと折れてしまった。
修理に出さねばならない。

夕食はキビレ。3枚におろして塩焼。淡泊だがなかなかイケる。
2019/8/17 (Sat.)

踏切脇の社(串間市)

驚くべき光景 晴れ@串間市    

今日は仕事。いつも釣りで行きつけの福島港で、風車資材運搬船の接岸に立ち合う。

巨大な1万2000トンの船が接岸するのを岸壁で見ていたのだが、岸壁に平行となった船が少しづつ接岸する際、船と岸壁間の幅数メートルの海に、無数の銀色の魚がバシャバシャと水面を跳ね始めたのである!

何かとみれば、太刀魚だった。太刀魚は初めて見たが、船に押されてきたとでもいうのか、船の舷側と岸壁の間に押し込まれたように大量に集まった太刀魚が狂ったように水面で暴れている。

恐るべき光景。

この港では太刀魚も釣れそうだ。
2019/8/13 (Tue.)

台風接近

台風接近 晴れ後風雨@串間市    

台風が接近しているため、今日は午後4時半で仕事は終わり。明日も休み。
夕方、風雨が強くなり始めているが、釣りにはまだ問題ないとみて福島港へ。
さすがに港は風が強く、ウキ釣りではなくヘチ際のミャク釣り。
17:30〜18:10の40分間釣ったが途中から風雨強くなり、結局小さなネンブツダイ系の魚が1匹釣れたのみ。

外海が5mの高波でも、福島港の内港は全く波はない。沖にあるテトラ帯が波を防いでくれている。
2019/8/12 (Mon.)

通勤路。のどか

帰省の人々 晴れ@串間市    

今日は山の日の振り替え休日。昼間から人が多い。夕方、行きつけのスーパーに行くと、駐車場は車で一杯になっている。街を走る車も、普段は交通の少ないメイン道路の交通量が一気に増えている。お盆でみんな帰省しているのだろう。お盆の時期にこれほど人口を急増するということは、やはりもともとは割と大きな街なのに違いない。
この串間市も過疎の波に飲み込まれていると聞く。

夜になり、スーパーの駐車場が満車だった理由が分かった。
午後8時、近くの福島港から花火が上がり始めたからだ。花火を見に行く人たちが、スーパーの駐車場に車を停めていたわけである。
夏祭りと帰省の人々。
2019/8/11 (Sun.)

ヒイラギ。初めて釣った。

キビレ27cm。ウキ釣りがダメでヘチ際ミャク釣り

南九州のホームセンター、ニシムタ

2日連続の釣り 晴れ@串間市    

朝6:40に起きて福島港の昨日と同じところで釣り。福島港は今住んでいるアパートから車で5分。なんという恵まれた釣り環境だろうか。
7:40ごろ実釣開始。ウキはB、コマセは昨日買ったアミエビとパン粉。
すぐ横に福島側の河口があり、汽水域なのでウキの浮力が小さく、いつものオモリでもウキは沈み気味となる。
ウキ釣りはあまりアタリがない。エサ取りもあまりいない。時々ウキがじわじわと沈むのだが、合わせてもハリ掛かりしない。小さなヒイラギが1枚釣れたのみ。これも初めて釣った。

しばらくするとウキが時々斜めに暴力的に入るようになるが、これまたなかなかハリ掛かりしない。6回くらいアタリがあってハリに掛かったのは1回のみ。
手のひらのキビレだった。15〜20cmくらい。それにしても恐るべき勢いでウキが沈んだが、それほど大物ではなかった。キビレは初めて釣った。
クロダイにそっくりだが、尻びれ、腹ビレ、尾びれの一部が黄色く、身体にはクロダイのような明瞭な縞模様はない。
クロダイとかキビレは汽水域を好むので、ここには多いらしい。特にキビレは、千葉では釣ったことないが、地元の人の話では川の割と上流の方まで上がっているよ、と聞いたことがある。

この後エサ取りが一瞬激しくなり、エサが瞬殺されるようになる、。ウキは全く動かない。
風が強く釣れないので、一旦岸壁の角に移動する。さっきまで何人か釣り人が入っては釣れないで去っていったが、いまは誰もいないので、試しに釣ってみる。
しかし、風が強いわ潮も速いわでウキがどんどん流されてしまい、すぐに元の場所に戻る。

撒き餌がなくなり、昨日の釣具店で追加のパン粉まで買ってきて粘るが、ウキ釣りは全然釣れない。
午後1時近く。撒き餌もなくなり、腹も減ったのでそろそろ上がるかと思い、ウキ釣りを諦めてヘチ際のミャク釣りをしてみる。
そしたら、いきなり割と大きな魚がかかる。なんだ?と思ってリールを巻くと、クロダイ。よし!重かったがなんとか引き抜く。
釣り上げてよく見ると、クロダイではなくキビレだった。27cmでそれほど大きくはないが、なかなかの引きだった。
その後ミャク釣りを続けると、フグ2匹、ゴンズイ1匹。

午後1時40分、納竿。この港にはクロダイ系の魚影は濃そうだ。千葉では港でも磯でもクロダイを釣ったことはないので、新鮮な驚きがある。

帰り道、ジョイフルで昼食。串間は行政区分的には市だが、とても小さな街で、ファミレスはこのジョイフルしかない。チキンの鉄板焼きみたいなのを頼んだが、付け合わせ含めてメニュー写真を全然違ってしょぼい。詐欺め。

夜、ニシムタという串間随一のショッピングセンターに行く。ここは2階建てで、1階がスーパーとちょっとした雑貨、小さな服屋、食堂などがあり、2階には家電、家具、文房具などが売っている。そして2階には、釣り具売り場がある。このような小さなショッピングセンターでは普通はあり得ない。しかも、釣り具売り場は割と広く、さすがに生エサは売っていないが、冷凍エサや配合エサの品揃えが豊富。そして、明らかに千葉よりも安い。これはいい。ハリ、ウキ、竿などもそこそこあるし、ハリなんかも安い。素晴らしい、ニシムタ。
0号のウキを購入。次回からはさらに軽い仕掛けに挑戦だ。

後で分かったのだが、ニシムタはホームセンターのチェーンで、鹿児島市に本社があり、鹿児島、宮崎、熊本の南九州に展開している。

<追伸>
昨日出会った「かにさん」がからメールがあり、昨日の夜釣りは3時間で3匹のヒラスズキを釣り上げたそう。1匹は70cmオーバー。写真付きだったが、すごい。
本当に堤防からの泳がせ釣りで70オーバーが釣れるとは。しかも、エサを釣るのに苦労して、ネンブツダイが3匹しか釣れなかったそうだが、それですべてヒラスズキを釣ったわけなので、たいしたもんだ。
2019/8/10 (Sat.)

福島港(宮崎県串間市)の岸壁

メッキ。初めて釣った

宮崎での初釣り    

仕事の後、夕方5時過ぎから近くの福島港で釣り。宮崎に来てから初の釣り。
釣具店をナビで探してみると港の近くに小さな店があったので、そこで刺し餌のオキアミと撒き餌用のアミエビにパン粉を買う。こちらではパン粉を撒き餌に使っているらしい。安いのがいい。

港は広く、堤防や岸壁が多い。どこがいいかよく分からないので、とりあえず車を横付けできる場所で竿を出す。
アミエビは解凍が間に合わないので、パン粉に水を混ぜて撒き餌とする。
水深は5m以上あるようなので、5Bのウキで深タナでクロダイ狙い。

1時間くらいで小物が2匹のみ。いずれも初めて釣った魚。1匹はメッキ。ギンガメアジとかロウニンアジの幼魚のことをメッキと呼んでいる。アジ系の平たい魚。
もう1匹はこの場では名前が分からなかったが、後で調べたらコトヒキというイサキ系の魚だった。

犬の散歩をさせているおじさんが声をかけて来た。
「ずいぶん遠くから来たんだなぁ」
私の千葉ナンバーの車を見て言っているのだ。
「かにさん」というこの小柄なおじさんは70歳を超えているが元気そうで、色々と話をしてきた。魚釣りの仲間でも探しているのか、釣りの話をずいぶんした。彼は、以前は関東に住んでおり、利根川とか東京湾でシーバス釣りをやっていたこと、奥さんの実家であるこちらに引っ越し、福島港では台風が来る前の荒れ日に堤防の先から泳がせ釣りでヒラスズキを狙っていることなどを落ち着いた口調で淡々と話した。
ヒラスズキは、海が荒れると大隅半島の方からベイトフィッシュを追って入ってくるそうで、70cm以上の大型が釣れるとのこと。証拠写真として彼のケータイに入っている写真をいろいろ見せてもらった。
「今度釣り教えてあげるよ」とのことだったので、一応電話番号を交換する。
かにさんと話していたらもう19時。辺りは暗い。少しだけ釣ってもう浮きが見えなくなったので納竿。

実は今台風が近づいていて、波は荒くて目の前にある沖テトラ帯は波をかぶって白くしぶきが上がっている。
かにさんは今晩夜釣りをするそう。ヒラスズキを釣るのは必ず夜釣りだそうで、台風が来てしまうと堤防でも危ないので、必ず台風が来る前を狙っていくのだという。かにさんも昔は磯に出ていたそうだが、さすがに70歳を超えると磯は厳しいとのことで、私も今後のことを身につまされた。確かに、歳を取って体が動かなくなってくると磯は危ない。
今晩の夜釣りに誘われたが、今日は止めておく、と断る。
明日は早く起きてここで再度釣りしたい。
2019/8/5 (Mon.) 〜 8/6 (Tue.)

東京アクアラインの洋上部。前方は海ほたる

関門トンネル入口。大渋滞

宮崎へ戻る    

1週間の東京出張を終え、今日と明日で宮崎に戻る。なぜ2日もかかるかというと、車で行こうとしているからである。
道のりは1450kmほど。この土日でN−VANに生活用品を満載した。引っ越しとまではいかないが、食器類、料理器具、服、靴、コタツ、じゅうたん、布団、ギター2本、など、N−VANに詰めるだけの荷物を積み込む。

8月5日(月)の9時頃に出発。さすがに1450kmなので、基本高速が通っているところはすべて高速で行く。
まず館山道に乗り南下、アクアラインを渡る。天気がいいので木更津〜海ほたるまでの洋上区間はえらく気持ちがいい。
東名に乗り、新東名に入って名古屋、さらに先に進む。時折渋滞がある。時期が悪い。お盆の民族大移動週の1週前ではあるが、夏休みなので高速道路上に車は多い。
1日フルに走っても全然九州は遠い。大阪を過ぎ、山陽道で神戸を過ぎたあたりでもう午後8時。サービスエリアでネットをつないでビジネスホテルを予約することにする。荷物満載なので車中泊はできない。結局倉敷のビジネスホテルで1泊する。
ホテルに着いたのは午後10時前。
結局今日は12時間くらいは走ったが、走行距離は750km程度にとどまった。渋滞が多く、思うように進めなかったのが大きい。
まだ全行程の半分くらいしか来ていない。明日何としてでもたどり着かねばならない。

翌8月6日火曜日。
バイキングの朝食。品数が多く、なかなかよろしい。
朝8時半、出発。残り700kmくらいを今日中に走破せねばならない。

山陽道を順調に進んでいたのだが、なんと強風のために下関〜小倉間が通行止めというではないか。ガーン。台風が近づいているのだ。台風に向かって走る悲しさよ。
一度高速道を降りる。この区間が通行止めとなると、最悪なことに、九州を目指すドライバーはすべて関門トンネルをくぐることになる。当然の大渋滞。車がたった1本のトンネルに向かって集結し、車列は全く動かなくなる。

関門トンネルに入ったのは午後2時過ぎ。トンネルの中は、下関に向かう対向車線は大渋滞しているが、九州向きの私の車線は辛うじて流れている。
九州に上陸。北九州市の門司の辺りは、前回の日本1周旅行で通ったので見覚えがある。
博多の都市高速に乗ってしばらく走った後で、九州自動車道。宮崎に行くには九州の東海岸を降りていくのが最短なのだが、東側の高速道路は宮崎までしか通っておらず、その下の串間まで行くには、九州自動車道を九州の西側を下っていくが速いようで、鳥栖・久留米あたりまで内陸に入ってから南下し、熊本を経由し都城まで走る。都城で高速を降り、そのあとは山の中のワインディングロードの県道。
串間に着いたのは午後9時頃。なんとかたどり着いた。

やっぱり千葉から車は遠い。金を気にしないなら、大阪〜志布志のフェリーに乗った方が断然いい。
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