2013/12/31 (Tue.)

スタート |
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今年最後の競馬
朝自習室でホームページを更新した後、大井競馬場へ向かう。文字通り今年最後の競馬。錦糸町駅からはとバスの無料シャトルバスが出ている。なぜはとバスなのか分からない。立派な観光バスに乗って30分。高速まで使うのに無料とは寛大だ。大変よろしい。
午後2時過ぎに競馬場に着いた。大晦日の競馬場に人が多い。家族連れ、カップル、賭博師のおじさん、若者の男二人組や三人組や四人組。パドックも、建物の中も、食堂も、多くの人でごった返している。平日の競馬場の光景ではない。今日は平日だが、大晦日。つまり多くの人が休みなのだ。大晦日に競馬。そんな大晦日の過ごし方を共有する人がこんなに多いとは驚きだ。競馬人気もまだまだ捨てたもんじゃない。
冬の短い日がもう傾きかかっている。まずは大井名物という「かき揚カレー丼」と食す。なかなかよろしい。
風が強く、パドックで寒さに震え上がる。
今日はお金がないので、小額の勝負に終始する。初めの8レースだけ勝って、その後9、10、11レースで3連敗。数百円のマイナス。もう日はとっぷりと暮れ、寒さも刻々と身にしみてくる。いつになく弱気になり、まぁ金もないので、最終12レースをやらずして帰途につくことにした。結局今年最後の勝負も勝てなかったか・・・。そろそろ身の振り方を考える必要があるかもしれない(泣)。
帰りもまた錦糸町駅に向かう無料はとバスに乗る。バス乗り場は長蛇の列。数百人は並んでいる。だがバスの方も何と11台も連なって乗客をどんどん飲み込んでいく。1台50人乗れるので、11台で550人も収容できる。こんなにはとバスが並んでいるのを今までに見たことがない。太っ腹だ、東京シティ競馬。これをファンサービスと呼ばずして何を呼ぶか?
錦糸町駅午後6時過ぎ。千葉駅に戻り、車に乗って帰る。ラジオをつけると、NHKで紅白が始まっている。まだ7時半だが、紅白ってこんなに早く始まるのね、と始めて知ったような気になる。
大晦日の夜。普通に飯を食べ、風呂に入る。
日が変わり、ラジオが明けましておめでとうを告げる。それを聞いて布団に入る。窓の外で除夜の鐘が鳴っている。しかも2つの別の場所の鐘が聞こえる。鐘が違うので音程が違う。
振り返れば年越しを日本で過ごすのは何年ぶりだろうか。2005年以来、8年ぶりだ。2005年は、年末押し迫った12月下旬に協力隊から帰国した。さらに遡ってみれば、アメリカに留学した1997年以降、日本で年を越すのは、数回しかないと思う。ここ16年間、ほとんどの年を海外で過ごしている。旅行記などで書いているが、海外の年越しは、日本より静かなところもあれば、大騒ぎするところもある。だが僕は喧騒があっても海外では別に年越しの瞬間を味わおうとかいう想いはさらさらなく、喧騒の蚊帳の外で、普通の晩と同じく、年越しの瞬間は眠りについていることが多い。海外を一人旅していると、たいてい夜は早く、朝が早い。元日を迎える夜も、その他平凡な夜も、特段違った思いはない。地球の自転は、1月1日を迎えるのでも、その他の注目されることない日を迎えるのでも、何ら変わりはしないのさ(笑)。
人間は、とかく特別化をしたがる。特別なことを設けて、楽しんだり、祈ったり、悲しんだりする。普通の動物とは違う。 |
2013/12/28 (Sat.)
忘年会
中学時代の友達と忘年会。コンスケのマンションには「シアタールーム」なる部屋があり、1時間わずか300円でカラオケ、映画が楽しめる。ここを午後6時から4時間借り切って、酒を飲み歌を歌う。
午後10時にお開き。コンスケの部屋に上がって、昔僕が撮りためた映像を見る。バンドや旅行の映像。何十年も前の光景がテレビ画面に蘇る。
過去を振り返ることは、年寄りの特権だ。若者には振り返る過去もないし、そもそも若者というものは過去を振り返ろうとはしない。たいてい、自分が死ぬことなど夢にも思わずに、前だけしか見ていない。
歳を取ると、過去を振り返るようになる。それは残り少なくなった人生を懐かしむためではない。未来へのエネルギー源として振り返るのである。僕の場合。
「昔の俺はこうだったぜ、そんで今の俺はどうだ?」
昔の自分の姿を見ることは、未来へのモチベーションとして効果的である。
歳を取るとどうしてもエネルギーが不足しがちになる。燃料を燃やし続けるために。 |
2013/12/18 (Wed.)〜12/24 (Tue.)
ミャンマー出張
18日から24日まで1週間、ヤンゴンへ出張。成田から全日空の直行便。
12月のヤンゴンは暑さから解放されていた。僕が始めてヤンゴンに行った2009年の5月は、40℃の酷暑で、脳味噌が溶けそうなほど暑かったが、12月は過ごしやすい。日中は30℃近くまでありそうだが、朝晩はとても涼しい。トレーナーを着てちょうど良い。
僕がヤンゴンにいた1週間、ミャンマーは「第27回 Sea Games」で大いに盛り上がっていた。Sea
Gamesとは、東南アジア諸国のスポーツ大会で、つまり東南アジアのオリンピックである。2年に一度開催されるようだ。今回はミャンマーが開催国である。
僕が着いた18日の夜には、女子サッカーの準決勝、タイ−ミャンマー戦が行われており、僕が一人で入ったミャンマー料理のレストランでは、店内のテレビを見ながら、店員も客も盛り上がっていた。この試合、ミャンマー代表は、PK戦の末、惜しくもタイに敗れた。街中から大きな歓声と落胆の声が聞こえてくる。この試合を見て思ったのは、東南アジアの女子サッカーのレベルは結構高い、ということだ。なでしことやったらどうなるか、興味深い。アジア大会って最近あったような気がするが、東南アジアのチームと対戦しただろうか?
テレビでは毎晩、その日の試合結果が放送される。見ているとあらゆるスポーツが行われているかのようだ。球技、格闘技が多い。格闘技は柔道やボクシング、テコンドー、ムエタイ(キックボクシング)、空手などの他、少林寺拳法のような中国雑技団を思わせるパフォーマンスもあった。
ミャンマーのメダル数は、3位。1位がタイ、2位はベトナムだ。開催国として健闘してる方だろう。
ご存知の通り、ミャンマーは軍人が政権の中枢を握ったままではあるが、ここ数年、民主化へ大きく舵を切っている。今までは民主化運動の象徴、アウンサンスーチー氏を自宅に閉じ込めて活動させないようにしていたが、今では彼女はまるでミャンマーの全権大使として地球上で存在感を増している。政府は、彼女の活動を容認し、民主化と経済発展に向け、鎖国状態を終わらせ、いま海外の投資を積極的に受け入れている。そのため、ハイエナのような海外諸国は、「最後のフロンティア」と言われるミャンマーの開発利権と豊富な天然資源を求め、今殺到しているのだ。他の開発途上国のように、ミャンマーも他国に食い物にされてしまうのだろうか。
そんなわけで、ヤンゴンの街はいま開発ラッシュ。物価は上がり、地方からの人口流入も増えている。
走る車も大分様変わりした。2009年に来た時はかなりボロい車が走っていたが、今はピカピカの車が多い。ほとんどが日本車。中古でも数年落ちの新しい車しか輸入できなくなったと聞く。だが渋滞がひどいのは相変わらずだ。
ヤンゴン中心部はバイクの乗り入れが禁止されているらしく、東南アジア的な風景であるバイクの大群は全く見られない。
ミャンマーではまだ民族衣装であるロンジーを着ている人が多い。だがそれでも数年前に比べれば、洋装がかなり増えたという。日本人が着物という伝統を捨てて万人が洋服を着るようになってしまった歴史を、ミャンマーも辿るのだろうか。自分達の文化を捨てて、西洋風に染まることがグローバリゼーションか?そんなもの、クソ喰らえ。
ミャンマーのテレビを見ていると、エロ描写に対する規制が過剰だ。テレビでは普通にハリウッド映画をやっているが、ベッドシーンはおろか、キスシーンまで完全カット。さらに驚いたことには、女性のビキニ水着の場面があったのだが、何と胸から下にすべてモザイクがかかっているのである。水着にですよ?いや、だけどこのかたくななまでの「エロ=有害なもの」という考え方は、捨てる必要はないと思う。それがこの国の文化なのだ。仏教からくるのか、それとも道徳の問題か、子供の教育の問題か。いずれにせよ、西洋風のあけすけ主義(表現の自由?)から一線を画すこの対応は、自分の主義を持っていることの現れだ。
ところで、今回の出張で、僕のミャンマー赴任のためのビザは、遅くとも2月中には取れそうだということが判明した。朗報だ。
行きは成田からヤンゴンまで8時間かかった飛行機は、帰りはわずか5時間半で到着。偏西風に乗るのだろうか。帰りは夜行便だったのだが、夕食を食べたり、渡辺謙の『許されざるもの』を見ていたら、ほとんど眠れなかった。(ちなみに行きに見たのは三谷幸喜監督の『ステキな金縛り』)
成田着朝6時過ぎ。早すぎる。しかも成田の気温は1.3℃。寒すぎる。寒さに震えて電車に乗って千葉に帰る。
今月からミャンマー人留学生にミャンマー語を習っているが、赴任時期が見えてきたとあっては、学習ペースを上げねばなるまい。
PS
今年は有馬記念週の競馬は出張に重なったため、完全パス。帰ってきてみて、オルフェーヴルが有馬のラストランを8馬身ぶっちぎって優勝したことを聞き、見れなかったことが残念。オルフェーヴルは僕が特段好きな馬ではなかったが、今までで一番世界一に近づいた馬であったことは異論がないだろう。2年連続で凱旋門賞2着。逸走したり惨敗したり、とにかく破天荒な馬だったので、GT5勝という記録だけでなく、記憶に残る馬だった。馬に個性があるから、競馬は面白い。 |
2013/12/2 (Sun.)
バス、電車
バスと電車で往復4時間もかけて東京へ通勤する毎日。もういいかげん嫌になってくる。
というわけで僕は1日の結構な時間をバスと電車の中で過ごしている。
ある晩バスに乗っていると、僕の横に座っていた女子高生が停車ボタンを押した。ワンマンバスなので、ボタンで降りることを運転手に伝えるのだ。だが、何とバスは次のバス停で止まらないで、通り過ぎてしまった。女子高生は運転席の横の降り口に歩いていくが、バスが止まる気配はない。かわいそうに、、女子高生は運転手に文句も言えずに困惑したままじっとしている。でバスは次の停留所でようやく止まった。女子高生がバスを降りる。運転手から何ら謝罪の言葉もなし。
これって、どうなっているんでしょうか?
乗客が降りるべきバス停で止まらないバスは初めてだ。
僕だったら通り過ぎた瞬間に文句を言うだろう。
「止まってくれ!」と。
女子高生はかわいそうだ。きっと気のいい、優しい娘なのに違いない。他の乗客が乗っているので、運転手に文句を言うのが恥ずかしいのかもしれない。
彼女は、せっかくバスに乗ったのに、降りるべきバス停で降りられず、寒い夜道を歩いて戻らなくてはならない。全くあり得ない。
最近のバスは、運ちゃんがマイクでよくアナウンスを入れる。昔では考えられなかったことだ。昔はワンマンバスでは運転手の存在はほとんど乗客に気づかれなかったと言ってよい。彼は何もしゃべらず、ただバスを転がし、停留所になるとドアを開け、乗客を乗降させる。乗客は彼の人格をほとんど感じることがなかった。まるで機械が運転している乗り物に乗っているといっても違和感はなかった。それほど運転手の存在は隠れていた。
それが今はどうだ?運転手はヘッドセットを着け、車内で色んなことをしゃべりまくる。
「ご乗車ありがとうございます。次は亀井町、亀井町」
「次止まります」
「亀井町です、ありがとうございました。」
これが「顧客サービスの向上」なのだろうか。逆に昔はなぜ運転手はこれをやっていなかったのだろう?
12月は電車に飛び込む人が多くなる時期だという。その場に居合わせたことはないが、その状況を処理する駅員も因果な商売だ。
最近ではホームに柵ができて、線路に飛び込めないようになっている駅も多くなってきているが、まだごく一部だ。
色んな人間が、色んな想いを持って駅にやって来る。電車に揺られる人々。狭い車内、押し合い圧し合いして。これが人生の一部。
最近ではほとんどの人間が電車の中でスマホを見ている。
世界はスマホの中にあり、か。 |