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日記
(2024年12月)
2024/12/28 (Sat.) 〜 12/31 (Tue.)

有楽町駅前。大東京 (東京都千代田区)

東京のイルミネーション (東京都千代田区)

年末の青空 (千葉県千葉市)

ツルウメモドキの実 (千葉県千葉市)

全焼したOの自宅 (千葉県千葉市)

焼けてしまった本 (千葉県千葉市)

アクアライン走行中、冬の夕日が沈む (千葉県木更津市)

クアラインからオレンジ色の富士山が見える

千葉へ帰省   

12月28日土曜日。
宮崎空港発14:35の飛行機で羽田に飛ぶはずが、30分遅れ。
羽田着も30分遅れて、16:20ごろ。

モノレールで浜松町へ、京浜東北線で有楽町に着いたのは、17:20ごろ。
今晩は、一緒にバンドをやっていた、ケンジと石坂と忘年会をする予定になっている。
線路下の「とりいちず」に着いたのが17:30。今日の会は17時スタートだったので、ケンジと石坂はすでに始めていた。

ケンジと会うのは久しぶりだ。
以前、奴とは、「レベルダウン5」というバンドをやっていた。2009年に吉田の転勤で活動休止状態となっている。一応まだ解散はしていないが、ケンジに会うのも10年以上ぶりじゃないか。

石坂は中学時代の友人なので、毎年年末に一度は会っている。

久々なので、いろいろな話で盛り上がる。ケンジはついに会社を辞め、いま埼玉に住んでいるようだ。
私も今の会社を1年後くらいには辞めようと思っているので、そしたらまたレベルダウン5活動再開か、などと盛り上がる。

ケンジからは、兵庫県知事再選の件につき、いろいろ講釈を垂れられる。どうも私は、奴に言わせると、「情弱」(情報弱者)だそうだ。
まあ興味ないけど、確かに、兵庫県の齋藤知事がなぜ再選されたのか、私は彼を人間のクズのように思っていたので、それがよく分からなかった。
しかし、ケンジって、こんな政治について詳しい人間だったか?
奴の頭の中は、空想、妄想が大部分を占めていると思っていたが、きっと無職になって毎日暇なのに違いない。

それにしても、この「とりいちず」という店は、飲み放題食べ放題で3500円だという。
さすがに東京は違う。「食べ放題」って、肉のハナマサとかバイキング店とかではあるが、居酒屋ではまずない。

2次会は、銀座の街をさまよう。スナックなどは見当たらない。姉キャバなるものがあったが、私の主張により、カラオケに行くことにする。
もちろん、『世界の終わり』を絶叫する。
ケンジからは、「ミッシェルガンエレファント知らなかったの?それ、30年無駄にしてるよ」とダメ出しをされる。反論できない。
初めは1時間で入ったが、延長して2時間たっぷり歌いまくる。
この3人は3者3様でよい。ケンジのガンズアンドローゼスやデビッド・ボウイ、石坂のシングライクトーキングや爆風スランプ。
まあ、私は音楽の好みはケンジに近いとは思うが、石坂はなにしろフュージョン上がりなので、ロックドラマーという感じは薄い。
いやあ、楽しかった。

千葉駅に着いたのが23:45。今日は平日なので深夜バスがあると思ったが、なんと深夜バスは廃止されていた。
最終バスは23:10。とっくの昔に終わっている。
愕然とし、タクシーに乗り込む。トホホ。
実家まで3900円もかかった。



12月29日日曜日。晴れ。
墓参り。
13:20に家を出て、歩いて墓地のある平和公園へ向かう。
30分歩いて着き、まずは私の家の墓へ行く。花を買うべきか、墓の花の様子を見てから決めようと思って買っていなかったのだが、花が枯れていたので一旦木村石材店へ戻り、花を二つ買う。
一つは我が家、もう一つは友人B家の墓に供える。Bに最近墓参りしたかを聞こうと思って電話したのだが、出なかったので、じゃあ花を買うしかあるまい、と買ったわけである。

我が家の墓を30分かけてきれいにし、花と線香を供え、お参りする。
次いでB家の墓も同じようにきれいにし、花を供える。B家の墓の花も枯れていたので、よかった。
昨年末も書いたが、Bの父(故人)は、私のボーイスカウト時代の団長であり、Bの妻(故人)は、友人だったので、こうして墓参りをしている。墓地が私の家の墓と同じだということが大きいのだが。

16:20ごろ、家に帰りつく。
夕飯は、父母、弟と4人でうなぎ。久々の家族そろっての食事。
うなぎ、美味い。大隅産だそう。私の家の近くじゃないか。



12月30日月曜日。晴れ。
11:25,バスに乗って千葉駅に向かう。
千葉駅周辺の銀行で、通帳記入。三井住友銀行では、キャッシュカードが欠けてしまったので再発行してもらう。1100円もかかったが仕方ない。

ビックカメラで双眼鏡を見る。高い。
14時、千葉駅西口で、友人のI、Oと合流。今晩は、中学時代の友人たちと恒例の忘年会。
そのまえに、家が全焼したOと1年ぶりの再会。
Oが車で迎えに来てくれた。
もう車が運転できるほどだから、ほぼ平常に戻っている。

Oの実家に3人で向かう。
全焼した家が、青空の下に死骸というべきものをさらしている。
この家は、我々が中学生のころから慣れ親しんだ家で、何度もお邪魔したことがある。
Oの亡くなった母親の笑顔がよみがえる。
その家が、変わり果てた姿となっている。我々の心も痛い。

火事の原因は、隣家のコンセントのトラッキングだそうだ。自分の過失じゃないのに自分の財産が失われるという辛さ。
しかし、トラッキングは隣家の人たちの過失なのかも分からない。
火事に気づいたOが、「火事だ!火事だ!」と叫んだことで、隣家の人たちも避難ができたらしい。
隣家も全焼。こうなると誰もが辛い。
Oは、現場検証をした警察官から、「隣の家を訴えますか?」と聞かれたそうである。

焼け跡をよく見ると、たくさんの本が焼けている。Oが一番心を痛めているのは、もちろん、両親の位牌などがなくなってしまったこともあるが、彼の何100冊の本たちがすべて焼けてしまったことである。
Oは読書家であり、中には絶版で二度と手に入らないであろう本も結構あったようだ。

昔、本の散らかったOの部屋へ遊びに行ったとき、足の踏み場がなく、たまたま彼の本を踏んづけてしまったのだが、Oは、「痛い」と腕を押さえた。
つまり、「本は自分の分身だから、踏むな」と言いたいのである。
それくらい、Oは本を大切にしていた。

確かに、私も自分事として考えてみた場合、自分がコツコツ集めた本や、過去に撮りためた旅やイベントでのビデオ、ハードディスクの中に格納してある、下手したら数10万枚に及ぶ写真が燃えてなくなってしまったら、相当な絶望感、究極の落胆を感じるだろう。
過去の写真やビデオは、決して再生成不可能だ。

何度も言うようで恐縮だが、私は、「断捨離」をする人間を狂っていると思っている。自分で購入したり、集めた物を軽々に捨てるとは、だったら初めから買わなければいいのである。
このような輩が、どれだけ地球環境を汚染しているか、本当に腹が立つ。

その後、いまOが千葉市から提供されている、桜木町にある市営住宅へ3人で行く。
暖房器具がないので寒い。暖房器具はないが、部屋にはすでにモノが散乱していた。
すでにOは、安いウィンドウズのノートパソコンと、20万円もする組立パソコンを購入していた。
彼は、読書家であり、またゲーマーなのだ。ゲーミングPCを自分で組み立ててゲームをやっているのだ。
PCも燃えてしまったため、新しいのを新調したとのことで、早速ゲームをやっていた。
ま、日常に戻るためにはハードが必要で、それは「生きる」ことであるから、ゲーミングPCといえども外野がとやかく言える立場ではない。
これで心の平穏が取り戻せるなら、必要なものに間違いない。

17時までOの部屋で時間を潰し、18時に別の友人Kのマンションに到着。
ここ数年の忘年会は、ここのパーティールームというところが会場となっている。

まず近くのスーパーせんどうで食料と酒、飲み物を買い出し。
19時から宴会開始。
最終的に、参加者は10人。今年も盛り上がる。
なんといってもホットな悲劇、Oの火事の話がどうしても出がちになる。まあ、Oはもう前を向いているので、触れるのがはばかられるような悲劇的な段階からは抜け出している。
23:30ごろ、私はOとYとOの車で帰る。



12月31日火曜日。
今日は宮崎に帰る。
昼頃にやっと起き、年越しそばを食べたら腹一杯になりすぎてまた眠る。
15:20、弟の車で送ってもらって、町はずれにある羽田空港行きのリムジンバス乗り場まで行く。

リムジンバスに乗り、羽田に着いたのが16:20。
大晦日の羽田は大混雑。

19:05発の宮崎行きは、これまた20分遅れる。
最近は飛行機がよく遅れる。
宮崎空港着21:20。やっぱり20分遅れ。

腹が減ったので、夕飯に空港から15分ほどのところにあるステーキガストに行ったが、大晦日の22時過ぎ、ステーキガストは閉まっていた。
ファミレスって、夜10時に閉まるもんだっけ?きっと大晦日の特別閉店なのだろう。

仕方なく、すぐ近くの吉野家で夕食。2024年最後の飯。
串間帰着は23:30。年越し直前。

2024/12/25 (Wed.)

5月の終わり、セスジスズメ(多分)が地面に降りている。
死んでる? (宮崎県串間市)

久しぶりのカワセミ   晴れ@串間市

昼休み、善田川の結構上流の方の橋の上で、青い鳥が橋の下をくぐって上流の方に飛んでいくのを見た。
カワセミだ。

カワセミは久しぶりに見た。しかも、飛翔する姿を上から。
全く鳴かずに、飛んで行った。

2024/12/21 (Sat.) 〜 12/22 (Sun.)

志布志の島津楽器にある練習スタジオ (鹿児島県志布志市)

飛行機から見下ろす宮崎の街 (宮崎県宮崎市)

いかにも横浜、というこじゃれた一角 (神奈川県横浜市)

横浜のこじゃれた寿司屋でブルジョアな食事。
デカいアナゴ寿司。アナゴの長さくらいのシャリが欲しい
(神奈川県横浜市)

『世界の終わり』 ミッシェルガンエレファント   

12月21日土曜日。
今回の横浜出張で、ミッシェルガンエレファントの『世界の終わり』という曲を、同僚のTさんがカラオケで歌っていた。
その後、原曲を聴いてみると、恐ろしくいい曲だ。

串間に帰ってから、ユーチューブで繰り返し聴いているが、一向に飽きる気配はない。
いや、神曲ではないかと思えてくる。
シンプルかつ印象的なイントロ、メロディーは覚えやすいが歌謡曲ぽくはなく、疾走するロックサウンドに乗りまくっている。

私は、「ミッシェルガンエレファント」というバンド名は聞いたことがあったが、その曲は全く知らなかった。
この『世界の終わり』は、ミッシェルガンエレファントのデビュー曲らしいが、1996年の曲だという。全然知らなかった。
ということは、いまから28年前の曲じゃないか。
1996年の私は何をやっていたのか?
就職3年目だ。
まあいい。

とりあえず日南のゲオに行き、ミッシェルガンエレファントのアルバムを6枚と、そのほかのアーティストのアルバムを4枚、計10枚借りる。
家に戻ると、エレキギターで世界の終わりを弾きまくった。最近私はアコギしか弾いてなく、エレキギターは1弦が切れたまま放置していたのだが、慌てて全弦を張り替える。
気持ちいい。なんて曲だ。

今の時代便利なことに、ユーチューブを見れば、「『世界の終わり』の弾き方」とか言って、いろんな人が弾き方動画を出している。これらを見れば、弾き方はすぐにわかる。
それほど有名な曲だということでもある。

よく調べてみると、このバンドのヴォーカルのチバユウスケ氏、ギターのアベフトシ氏、いずれもすでに亡くなっているというではないか!
なんてことだ。このバンドの活動期間も知らず、中心メンバーの死もいままで知らずにいたのか。

アベ氏のマシンガンカッティング。カッコよすぎる。
明らかに、「速く弾けるのが正義」みたいな普通の速弾きロックギタリストとは一線を画している。



翌12月22日日曜日。
前から入ろうと思っていた志布志の島津楽器のスタジオに行き、ついに個人練習。15時〜17時の2時間。
スタジオは一部屋しかなく、しかもめちゃめちゃ狭い。奥に長い部屋で、一応一番奥にドラムセットがあり、手前の壁際に何台かのアンプが並べて置いてある。
反対側にはキーボードもあり、入口近くにPAがある。
ここ、4人のバンド練習とか入れるのだろうか?

ギターをマーシャルのアンプにつなぎ、マイクを立てて一人で『世界の終わり』を弾きながら歌いまくる。気持ちいい。

本当に久しぶりにエレキギターを、デカいアンプを通して弾いた。
ただ、私のテレキャスターは、シールド差込口の接触が悪くなっていて、酷いノイズがする。これは修理に出さなくてはならない。

この週末は、『世界の終わり』一色だった。

2024/12/20 (Fri.)

横浜みなとみらいの帆船日本丸 (神奈川県横浜市)

久々の横浜中華街 (神奈川県横浜市)

横浜ベイから昇る朝日 (神奈川県横浜市)

横浜の風景 (神奈川県横浜市)

友人Oの家が全焼   

12月16日(月)〜12月20日(金)まで、横浜出張。
中華街に行ったりして、久々の横浜を満喫していたところ、12月18日(水)の夜、衝撃の事件が起こった。
千葉市内にある、中学時代の友人Oの自宅(実家)が、全焼したというのだ。

翌19日、Oの近所に住む、共通の友人Iから「大変だ!Oの家が全焼した。Oはパニック」とのメールが入っていたが、私はずっと研修中だったので、19日はメールを見る暇なく、終日研修、さらに懇親会、初の麻雀大会、と20日の午前2時まで活動していた。

ホテルの部屋に戻ると、Oから留守番電話が7件くらい入っていた。
受話器の向こうで、Oは、「ウォー、ウォー」とまるでゾンビのような咆哮というか、言葉にならない叫び声を上げ続けていた。
そして、私の名前を呼び続けていた。
「どうして電話に出ないんだよー」
「もうダメだー」
「終わりだー」

出張中なので、私の個人持ちのガラケーは、ホテルの部屋に置いたままになっていた。よって研修中も外出中も全く見ていない。
私は、Oの声を聴いて、とんでもないことが起こったのだと改めて実感した。

麻雀が終わり、ホテルに戻ったのは午前2時半。
さすがにこの時間では折り返すわけにはいかない。また、絶望の谷底にいるOにどんな声をかければいいのか、分からない。

翌朝に電話をかけることにして、その晩は眠りにつく。

12月20日金曜日。
今日は九州に戻らねばならない。
朝7時、Oから電話がかかってきた。
やっとつながったと、Oが言う。
その後は、絶望の淵に沈んだOの、様々な言葉を聞いた。
まだかなり動揺が残っているようで、泣いた後のように、言葉は震えていて、滑らかではない。

家が火に包まれていく恐怖、死が頭をよぎった瞬間、すべてが全焼してしまった後の絶望。
火の回りが早く、かろうじて持ち出せたのは帽子と、携帯と財布の入ったカバンだけだったとのこと。もしもたもたしていたら間違いなく死んでいた、と。
私は聴くしかなかった。

だが、Oが、家が火に包まれていくなかで、「死にたくなかったから逃げた」という言葉を聞いて、私は少し安心した。
死にたくなくて逃げたのだから、生への執着はあるのだ。形あるものはすべて失ってしまったかもしれないが、銀行に預金はあるだろうし、本当にすべてを失ってしまったわけではない。
だとすれば、命さえあれば、なんとかなる。

「Oが死ななくてよかったよ」と私は声をかけた。
「そうかな?なにもなくなっちゃったよ。死んだほうが良かったかも」とO。
「俺たちが支援するから」

15分くらい話しただろうか。
電話のはじめではまだかなり動揺している雰囲気があったが、最後の方は少し落ち着いたようだった。
家が全焼してから丸一日経っているので、まだ絶望は深いと言えど、これから時が少しづつ心を癒してくれることを期待するしかない。

<後日談>
二日後の12月22日夜、再びOから電話があった。
声はだいぶ落ち着いて、前向きになれつつあるようだ。火災保険も下りるとのこと。
火事のさなかから、Oの近くにいる中学時代の他の友人たちが、いろいろな物資的・金銭的・精神的支援をしている。
やはり、こんなときに頼りになるのは友達と火災保険だ。

2024/12/15 (Sun.)

色づいたモミジ (宮崎県串間市)

樹上を飛び交うメジロ (宮崎県日南市)

チョウゲンボウ。目に光が入ってない (宮崎県日南市)

鳥の観察   晴れ@串間市

今年一番の寒気が来ている。
昨日の土曜日は、部屋の温度が、13.3℃まで下がった。というのも、朝寝室の窓を開けた状態でずっと忘れて過ごしていたからだ。どうも寒いなと思ったら、窓が開いていた。

さて、今日日曜日。
朝、ジョウビタキのメスが、私のアパートのベランダのすぐ外の柵の上に止まった。私からわずか1mくらいの距離。
北から渡って来たばかりのジョウビタキだろうか。

13:30ごろ、日南方面へ車で出発。
黒潮清掃センターに不燃物を持って行ったが、残念ながら今日は閉まっていた。いつも開館日を忘れるのだ。開いているのは、第2、第4日曜日。
今日はどうやら第3日曜日らしい。

天気がいいので、酒谷方面に車を走らせ、川沿いで時々車を停め、生き物を探して、辺りを散策する。
ヒッ、ヒッという鳴き声が聞こえる。またまたジョウビタキのメス。
近くにいたのだが私が気づくよりも先に私に気づいて、少し遠くの杭まで飛んで行ってしまい、写真は小さくしか撮れなかった。

そして、細い坂道を上がる途中で、樹上からトゥルトゥルと賑やかな声がしている。
メジロの群れが、樹上の枝間を飛び交っている。すぐに飛び立ってしまうので、写真は難しい。

そこで飽くことなく30分〜40分くらい粘るが、いい写真は撮れず。
というか、群れがずっと樹上と近くの樹々のあたりを行ったり来たりしていたので、去るに去れなかったという事情である。
普通は、エナガなんかの群れは、普通、にぎやかに騒ぎながら、どんどん次の樹から次の樹へと移動していくものなのだ。

その後、日南方面の広々とした枯田・枯畑の里山で、チョウゲンボウが電柱の上にいるのを撮れた。
何度か別の電柱でもチョウゲンボウを見かけたのだが、同じ個体か別の個体化は分からず。

鯛取公園へ行くも、山に囲まれた公園なので、16時過ぎにはもう陽が山の端に隠れてしまって暗くなる。

串間に戻る。

今日は久しぶりにランニングした。
17時くらいから、福島港の方まで走り、戻ってくる。走行時間は14分ちょっと。

夜、室温は15℃台。部屋に初の暖房を入れる。

2024/12/8 (Sun.)

日暮れに山頂にある笠祇神社に到着。
夕景の志布志湾が美しい (宮崎県串間市)

山頂にある笠祇神社の拝殿 (宮崎県串間市)

笠祇(かさぎ)神社へ   晴れ@串間市

圧倒的運動不足。
今日日曜もダラダラしていたが、午後遅く家を車で出発し、あてもなく笠祇方面へ。
以前登り切らなかった山頂にある笠祇神社に行くことにする。

下の鳥居から始まる林道を登り始めたのが16:30。
頂上の神社まで2kmくらいあるので、結構かかる。
ずっと登り。生き物はほとんど見えない。もう夕暮れ。

山頂の笠祇神社に着いたのは、17:30ごろ。1時間かかった。

上の鳥居からの眺めは最高。志布志湾がよく見える。
夕焼の西空が美しく焼けている。

写真を撮っていると急速に暗くなり、あっという間に真っ暗になってしまった。
赤い鳥居から真っ暗の階段を降り、森の中に入ると、社殿があった。ライトなしで階段を降りたら、足を滑らせて転んだ。
ザックからヘッドライトを取り出し、頭につけて慎重に降りる。
真っ暗の森林の中で、参拝。

下山開始。
下の鳥居まで戻ったのは18;30。
2時間の活動だったが、山登りに近い運動量で良かった。

2024/12/7 (Sat.)

タテハモドキの秋型は、オスもメスも、翅の裏が枯葉模様になる。
夏型は、表だけでなく翅の裏も派手な眼紋があるのとは対照的だ。
秋は、もう異性をひきつける必要がないからだろうか?
いや眼紋は対天敵用か?
(宮崎県串間市)

『チ。』、『ダンダダン』、ヘルマン・ヘッセ   晴れ@串間市

今週、アニメ『チ。』と、『ダンダダン』をアベマで最新話まで見終わった。
どちらも結構面白い。

が、今放映中のアニメでは、断然『MFゴースト』が一番熱い。

今週、ヘルマン・ヘッセの『シッダールタ』と『荒野のおおかみ』を読了した。
どちらも、すさまじい小説だ。

どちらも、思索する人を主人公にし、前者では、聖職者と俗人の生き方が並列され、「悟りとはなにか」を考えさせられる。
そして、後者では「知性とは何か」、社会と自分との折り合いをどこにつけるか、を考えさせられる。

ヘッセの小説といえば、ずっと昔、『車輪の下』しか読んだことがなかった。
今回、ロバート・ハリス氏の『エグザイルス』を読んで、彼が若い頃に読んで影響を受けた小説として、『荒野のおおかみ』が紹介されたので読んでみたのだが、恐るべき小説だった。

2024/12/1 (Sun.)

ハクセキレイが畑に降りて歩き回り、エサを探している
(宮崎県串間市)

夕暮れの積雲。夕暮れの低い雲は、光との兼ね合いで
いろいろな表情を見せる (宮崎県串間市)

串間風力発電所 (宮崎県串間市)

7月、シラヒゲハエトリ(多分) (宮崎県串間市)

ヒバリは視認できず、ラジオDJの英語主義   晴れ@串間市

11時ごろ起きて洗濯。15時半ごろ家を車で出る。
串間市郊外、ヒバリの声がしている畑に再び赴く。
ヒバリの声は依然としてしている。ディスプレイフライト中は、遠すぎて双眼鏡で見てもヒバリかどうかは分からない。

一度上空から地上の畑に降りた鳥を双眼鏡で見たが、ヒバリかどうか分からなかった。

この畑には、圧倒的にハクセキレイが多い。彼らはこの時期、枯田や畑や道に降りて、トコトコトコと歩いている。
このページで何度か書いているが、彼らは、他の一般の鳥に比べると、人間に対する警戒心が薄い。
一羽キセキレイもいる。キセキレイは、ハクセキレイと比べると、畑とか田んぼにもいるが、より川沿いにいる方が多いと感じる。

遠くに歩いている、別の茶色っぽい鳥もいる。
双眼鏡で見たところではビンズイっぽいが、どうか。
家で撮った写真を見たが、どうもビンズイっぽい。



さて、最近FMで『レコレール』という番組を聞いていて、妙に腹に落ちた出来事があった。

番組パーソナリティは、バイリンガルの英語、日本語ペラペラの女性なのだが、ゲストで出演していたザ・ピロウズの山中氏が、この女性がピロウズの、英語の題名の楽曲を紹介する際、あまりにもネイティブ発音で紹介したので、このような苦言を呈したのだ。(一字一句こうではなかったが、こういう趣旨のことを言った)

「ねぇ、〇×(女性パーソナリティの名前)、それじゃあ、リスナーに伝わらないよ」

つまり、あまりに発音が良すぎて、英語を聞き取る能力のあまりない一般の人々に、曲名がきちんと伝わらないのではないか?という指摘である。

私は、これを聞いて、すごく腑に落ちた。
今まではあまり考えていなかったのだが、私も実は疑問に思っていたことがある。
「なぜ、ラジオDJは、英語を使いたがるのだろうか?しかも、ネイティブ風英語での曲紹介や決め台詞がのさばるのだろうか?」
という問題である。

私が思うに、アメリカのDJたちへの憧れが根底にあるのではないかと思う。
私は、中学のころから、FENとかアメリカントップ40とか、アメリカのラジオを聴いてきたが、きっとラジオDJとかパーソナリティになる人も、そういう英語でのカッコいい曲紹介や決めセリフなどを聴いて育ってきたのだろう。

しかし、そういう薄っぺらな、「リスナーにカッコよく聞かせたい、カッコいいと思ってもらいたい」というスケベ根性が、何の役に立つのか?
そもそも、ラジオというものは、人に何かを伝えることが目的ではないのか、
それこそ、曲を流すのも、聴取者側としては、いい曲だったらその曲名とアーティスト名が知りたいわけである。そんなときに、やたらとネイティブ発音で曲名とアーティスト名を言われても、「???」ということになる。
アメリカ人じゃあるまいし、普通の日本人は、英語がそんなに得意じゃないのである。

やたらと英語を誇示するラジオDJの人たちには、上記を問いたい。
「あなたは、なんかいつも英語でカッコつけてますけど、曲名やアーティスト名を、リスナーさんたちに覚えてもらうことを第一に考えていますか?」と。

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