2018/2/28 (Wed.)

笠石 |

展望所からの風景 |

寂光山山頂への岩 |

寂光山山頂。祠あり |
奥米浅間山 山頂 |

「青事協の森」。植樹されている |

眼下に沢を見下ろす。道がなくなっているように見えたが、
沢を渡ればまた道が出てきた |
寂光不動(じゃっこうふどう)・寂光山〜奥米浅間山(おくごめあさまやま) 山行 曇りのち晴れ@君津市
今日は、君津市の清和県民の森の東側に位置する寂光不動に参拝し、寂光山に登る。
朝8時過ぎに千葉市を出発。国道410号を南下し、旅名観光農園フルーツ村の入口を少しはいったところに駐車スペースがあるのでここに車を停める。パンを食べて一服。
10時半に歩き始める。空には雲が多いが晴れている。
フルーツ村を通り抜けると、しばらく果樹園の敷地と思われる整地された丘陵の間に道が付けられていて、これを登る。急登してしばらくすると笠石方面への登山道となり、扉が設けられている。表示によれば、電気柵があるのでここに扉を設置しているが、自由に出入りしていい、とのこと。「清和県民の森 管理事務所」とあるので、この道は清和県民の森が管理しているらしい。
この扉の立てつけが悪くて開けるのに苦労するが、なんとか開けて登山道に入る。
登山道は、大部分は尾根道である。痩せ尾根や岩尾根などが出てきて、飽きる道ではない。
くしゃみが止まらない。今日は気温も高いようで、花粉がたくさん飛んでいるようである。私はいつから花粉症になってしまったのだろうか。くしゃみをするたびに先日痛めた右脇の下の肋骨が痛む。怪我してから2週間以上経っているが、特定の動作をするとまだ痛い。
笠石と呼ばれる平べったい石が、岩の上に鎮座している。いびつな楕円形をしていて、長径は1mくらいあるので相当に重そうだ。それが岩の上にバランスを保って乗っかっている。確かに笠をかぶった人のような趣である。誰がここにこの石を持ってきて乗せたのかは知らない。
尾根道を歩く。この道にはおかしな形の露岩がたくさんある。岩々しい尾根である。
岩の上に上がる道があり、柵を設置した展望所となっている。展望が良い。
さらに進むと、分岐となり、寂光不動へは鋭角に東に折れる道を進む。
道は北に向きを変え、ほどなく旅名林道の終点に降りる道とさらに北に進む山道とに分かれる。

岩壁を削って設置された寂光不動 |
まずは擬木の階段を降りて林道に出る。ここを少し下ったところに寂光不動の登り口がある。
急な階段を上がると、岩壁を削って木造の堂をその半トンネルのような空間にしつらえている。寂光不動である。
房総では、高宕山の尾根道にある高宕観音に似ている。
堂自体は木造の骨組みに屋根がついただけの簡素なもので、内部正面に本尊の不動尊の石座像が祀られている。
本尊太刀の奉納が
寂光不動に参拝後、この寂光不動の背景となっている岩山に登る。この山が寂光山である。
寂光不動の階段上部から分かれて進む踏み跡があり、尾根を回り込むと、岩尾根の正面に出る。ここから岩登りとなる。斜度はなかなかだ。岩を登り切ると寂光山の山頂で、石祠が2つある。山頂の標識はない。標高は246m。
午後0時45分。山頂は狭いながらも平地となっているので、ここで昼飯にする。ファミリーマートで買ったいつものそぼろ3色弁当298円を開く。
この山頂からの眺望は今一つ。岩場を慎重に降りる。再び林道終点から山道に入り、分岐を北に進む。目指すは奥米浅間山(おくごめあさまやま)。
道中では、主に北西方向に延びる枝尾根が頻発する。道が分かれてどちらに行くべきか迷う時は、今日はまだ日も高く時間もあるので、わざと違うであろう方の尾根に入ってみる。
でしばらく歩いて方角が違うことを確認してから戻る。奥米浅間山に到達するまでの道中、これを3回ほどやってみる。
間違った尾根に入り込んでしまっても、尾根道の場合、わりと踏まれた感じがある。だから迷うわけである。房総の山々では、このような枝尾根が次々に出てくるので、いつのまにか間違った道にはまり込んでいることも多い。
以前にも書いたが、国土地理院の2万5千分の1の地図は、細かい精度が足りないので、大きな尾根は見れるが、細かな地形を読み取るのが難しい。なにより、ずっと地図を凝視しながら山を歩くということをしたくない。よって次々に現れる細かい地形は覚えてられないし、山道というのは、水平距離にしてどのくらい歩いたかを認識するのは難しい。道に上下があるので、感覚的に、地図上の水平距離とは違ってくることが多い。これは経験から補うしかないだろうか。距離計なんてあるのか知らないが、そんなものを持つのは面倒だ。
よって枝尾根が入り組んでいる場所では簡単に自分の位置を見失うことになる。
そんな迷いやすい山域を歩いていると、先達が登山道につけてくれた目印テープや看板は、大変ありがたい。
房総の山域には私有地が多いらしく、誰かが登山者のために善意で設置した登山道の看板が、土地所有者にとっては迷惑になってることがあると聞く。そういう場合は、設置された後に所有者が除去するということが繰り返されているそうである。何という不毛。
この私有地問題はなかなか深い問題だが、登山する人がいるのならそれを地権者に理解してもらうような活動をすればいいと思う。頭の悪い地権者なら仕方ないが、何の道しるべがなくても、山に登る人は絶えないだろう。「そこに山があるから、人は山に登る」のである。
分岐から1時間ほど歩くと、唐突に左の斜面に急な階段が出てくる。ここを上がると、奥米浅間山の山頂である。石の祠が2つある。展望はない。標高は不明。
浅間山といえば長野県と群馬県の県境にある同名山がもっとも有名であろう。「あさま山荘事件」の浅間山である。
一方浅間山は千葉県にもたくさんある。この奥米浅間山もその一つである。
浅間(せんげん)神社は富士山を信仰する神社で、千葉県では千葉市稲毛にあるのが有名だが、浅間山が千葉県にたくさんあるというのも、富士信仰に関わるものだろうか。
この山頂からすぐのところに、林道が現れる。清和県民の森の「青事協の森」という看板がある。広々と整地された草地に、植樹された木が間隔を置いて生えている。木のベンチにテーブル、そしてバーベキュー用の石組のコンロが連なっているが、打ち捨てられている。水道があるが水は出ない。シンクには枯葉が溜まっている。昔はキャンプ場だったのかもしれない。いまとなっては廃墟感が漂う。
福島県三春町から寄贈された「三春の滝桜」が植えられているが、まったく育っていない。本当にまだ生きているのかどうかさえ分からないくらいの、高さ50cmほどの細枝である。
飯田市から寄贈されたミツバツツジも、育っているようには見えない。枯れ木のようである。
ここの樹木は誰から世話をしているのだろうか?

三島大橋の親柱に立つ獅子舞の像 |
この「青事協の森」から再び山道を行くと、山神社がある。本殿の脇に崩れた石の階段があり、それを登るとやっぱり石の祠が森の中に鎮座している。
山神社から少し歩くと林道に飛び出す。これを少し上がると再び山に入る脇道が上がっていて、これを進む。
しばらく歩くと、右の斜面下に巨大な湖が見えてくる。三島湖である。赤い橋が架かっているのが見える。
この辺りで左に垂直に折れる道がある。湖を見下ろしながら行っても良かったのだが、地図上では方的にそうではなさそうだったので、左に折れる道に入る。すると道は三島湖に注ぎ込む沢に突き当たる。沢を見たところ道が途切れている。沢を渡るような道がないのだ。これは間違いかと思って一旦戻って三島湖を見下ろす位置で地図を凝視する。橋や道の位置関係を地図に照らし合わせ、おおよその現在位置を推定する。結論は、あの沢を渡ればおそらくすぐに三島湖沿いの舗装道路に出られる、ということである。
今一度沢に戻り、よく観察する。水量がごく少ないので河原に降りれば対岸には簡単に渡れる。よく見ると対岸に階段のような段があり、道らしきものが続いていたので、ここを行くことを決意する。沢を渡り、斜面を上がるとすぐに林道の終点らしき場所に出た。トイレの便器を中心にした廃棄物が積み重なっている。
この林道を少し行くと国道410号線に飛び出す。午後4時40分。
車が猛スピードで行き交っている。ちょうど三島大橋のたもとに出た。獅子をかぶって太鼓を叩く人の像が橋の親柱上に設置されている。獅子舞のような伝統だろう。いつも車から眺めるものだ。
あとはこの国道を車を置いたフルーツ村入口まで戻るだけである。
最近の山行では最後に舗装道路歩きが定番になってきたが、今日は思ったよりもすぐに着いた。小糸川にかかる大きな橋を渡るともうフルーツ村の入り口。
午後5時22分到着。
今日の活動時間は約7時間、総歩行距離は13kmくらいか。デジカメのGPS精度が低く、全然違う点を観測してしまったりして、行動軌跡が実際の距離よりも長くなってしまうため、正確な移動距離が分からないでいる。
今回の山行地図は、こちらで。
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2018/2/23 (Fri.)

愛宕神社 |

房州アルプスの小ピークから見下ろす山々 |

標高268mの無実山(みなしさん)山頂 |

輝くマテバシイ林 |
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左側の道が本流に見えるが、八丁山には右の細い尾根に上がっていく |

ピンクのテープが出てきてホッとするのもつかの間、
すぐに道が不明瞭になってよく分からなくなる |

ここは右の細い岩尾根を上がる。左は切通になっていてどう考えても
そっちに行くようにしか見えない |

なんとか到達した八丁山山頂。三角点あり。 |
房州アルプス〜八丁山(はっちょうやま) 山行 曇りのち晴れ@君津市
今日は君津市の「房州アルプス」と呼ばれる山道を歩く。
朝8時過ぎに千葉市を出発。あまり天気は良くない。どんよりと曇っている。
君津市に入り県道182号線を南下し、志駒不動様の霊水を通り過ぎ、林道鹿原線の入口に着く。ちょうど道脇にちょっとしたスペースがあったので車を駐車する。
パンを食べ、一服したあと、歩き始める。10時50分。
林道鹿原線を歩く。きちんとした舗装道路で、時折見晴らしのいい場所があり、房総丘陵を見下ろせる。すでにわりと標高は高いようだ。
今日もラジオを聴きながら歩く。NHK AMラジオの『すっぴん』が国会中継のために休止なので、やむなくニッポン放送を聞く。別に政治に興味がないわけではないが、山を歩きながら国会中継を聞く気にはなれない。
『ラジオ人生相談』のコーナーがあり、40代の男性が離婚危機を回避したいと相談したところ、回答者の年配の女性が、剣呑な物腰で「あんた、そりゃあんたが悪いよ、そんなの、離婚しかないだろ!」とほとんど助言というよりも相談者の愚かさを糾弾するような内容であった。こんな人生相談の回答もあるのね。こういうコーナーって、相談者に同情して、なんとか有効なアドバイスをひねり出そうとする場合が多いと思うのだが、この場合は完全に相談者にダメ出しし、相談どころではなかった。
さて、そんなラジオを聴いて呆然としながら、この曲がりくねった林道を35分ほど歩き、林道の終点に着く。ここから左に山に入る道があり、房州アルプスのコース入口となっている。
標高300m程度の山しかない房総で、「房州アルプス」という名がどういう意図からつけられたのかは知らないが、日本アルプス並みに眺望がいいということらしい。だが今日は曇りであまり展望はきかない。
しばらく行くと鉄骨の足場のような廃棄物が現れ、そこに左の分岐道が分かれる。私はここを見落とし、そのまま真っ直ぐ行ってしまったのだが、ここが愛宕神社の分岐道であった。
15分歩いて地獄のぞきに出るまで気づかず、地獄のぞきで愛宕神社に行き損ねたことを悟って戻る。分岐から愛宕神社に登って参拝する。風化した狛犬は、造形が崩れている。
それにしても最近愛宕神社にばかり行っている。
気を取り直してコースに戻って歩き始める。地獄のぞきは、尾根道の東側が切り立った岩崖になっていて、眺望がいい。もっとも、「地獄のぞき」というほどの崖でもない。千葉県人としては、「地獄のぞき」といえば、どうしても鋸山の崖の上部に突き出たバンジージャンプの飛び降り台的な地獄のぞきが基準になる。
コースにアップダウンはあまりない。
しばらく進むと、脇にピークがあったので登ってみる。狭いピーク上には山名の標識や三角点はないが、周りに高い木がないのでピークがむき出しになっており、ここからはほぼ360°のパノラマが満喫できる。山が見渡す限り広がっている。まぁ、険しい山々を体験している人なら「こんなのは丘陵だ」と言うのかもしれないが、私に言わせればこれは「山」の風景である。
いや本当に、この景色を見れば、「千葉に山がない」なんて口が裂けても言えない。いや、むしろここには山しかないのではないかと思えるほどの山景である。
曇っていた空もどんどん晴れ上がり、日差しがむき出しのピークにさんさんと落ちる。
あまりにも気持ちいいので、ここで昼飯にする。弁当を開いて食べる。午後1時。
ラジオでは、ピョンチャンオリンピックの女子フィギュアスケートの中継をやっている。日本選手はいい演技をしたようだ。
日の照る尾根道や森の中を進み、やがて268mのピークが現れる。ここにはこのコースで初めての看板がある。「無実山」と書かれている。読み方がよく分からないが、他の人の参考記録によれば、「みなしさん」だそうである。漢文みたいな読み方だけど。山頂からの展望はない。
このピークが、房州アルプスコースの最高標高地点である。
この山頂を降りると、尾根道沿いにマテバシイが一杯に生えている。木漏れ日を浴びながら白い幹が輝く。素晴らしい林である。
この林を抜けると、ジグザグの下りとなる。「七曲り」と呼ばれている。岩々が山面にむき出しになっている。このコースは割と露岩が目立つ山である。
道は内台地区のミカン・スイセン畑に突っ込む。スイセンはもう終わりだが、刈り取られたスイセン畑の先の道端には、まだ咲いている花の列がある。
ミカンはちょっと大きめの黄色をしている。はっさくでもポンカンでもなさそうだし、何だろうか。
ミカン農家の脇を過ぎると舗装道路に出る。林道保田見(ぼてみ)線。
ここから東に降りる。内台観音堂を過ぎ、道は県道182号に合流。15:14。
さて日没まで2時間ちょっと。やや今日の運動量に不足を感じた私は、ここからさらに南東にある八丁山に登ることを決意する。
182号を南下し、山中区公民館を過ぎる。この県道182号は、「志駒もみじロード」と別称されており、紅葉シーズンは見栄えがいいのだろう。
左には志駒川が道に沿って流れる。
田島橋で志駒川を渡って田島集落に入り、この奥にある山域に進入する。民家を過ぎると道は舗装道路だが結構な斜度で登る。
舗装道路が未舗装となり、途中、木材を切り出して重機で軽トラに積み込もうとしている二人のおじさんがいる。さらに進むと道は山の中に入る。
本道を行っているとやがて下りとなり、沢地形に降りてしまう。これは間違いと気づいて引き返す。尾根に上がる脇道を探すと、細い尾根道の上がり口に目印のテープがくくりつけられている。ここだろう。
それにしても細い尾根である。普通はこっちに上がるなんてことは考えない。
この尾根を上がったのはいいものの、この先もどちらが道なのか?という状況に再三出くわす。明確な道とおぼしきルートを行くと、いつのまにか道がなくなっていて、再び戻ると、さらに細い尾根に上がるところの木の根にピンクのテープが巻かれていたりする。左は岩を削った切り通しになっていて、どう見てもこの切り通しを行けばいいはずであるがそうではないのだ。この切り通しを進むとすぐに道が細くなり、目を凝らしても斜面にしか見えないようになり進めなくなる。
こんな細い尾根がコースだとはまず考えつかない。
このコースにはほとんどテープがないのだが、絶対に間違えるだろうという場所には辛うじて誰かがテープを置いていってくれている。このテープがなければ、八丁山にたどり着くのは難しい。
そうこうして迷いに迷いながら方角を間違えないように進むと、やがて割とはっきりした尾根になり、いくつものピークを越える。アップダウンが激しくなる。痩せ尾根が現れ、ピークが現れる。
いくつかのピークを越えると、一番高いピークが目の前に現れる。その頂上が八丁山であった。
いや、標識などないので100%の確信はないのだが、三角点があるところからしてまず間違いないだろう。標高は308.5m。
もう午後4時40分である。日没まで1時間ない。
しばらく到達した感慨にふける。よく着けたものだ。不明瞭な、しかも劇細の尾根を上がったりして、不安感は半端なかった。
ここからは東に降りると南北に走る登山道に出れるはずなのだが、どうもそういう明確な道が見当たらない。ピンチ。
それらしい道を北に向かうが、道は時々大きく蛇行したりして、このまま別の方角に行きはしないだろうか?という不安が何度もよぎる。とにかくいまは、方角と道の明瞭さをよりどころにしながら進むしかない。
途中で道はミカン畑に入り込む。ミカン畑があるということは人が住む場所もそれほど遠くはないと思われるが、このミカン畑からの道もはっきりしない。
やっとテープを見つけてそれらしい道をできるだけ北に向かう。斜面に切られた道はえらく細くなったりして、時折不明瞭になり、刻一刻と暗くなる状況に否が応にも焦り始める。
今日はやや暖かいとはいえ、夜は気温が下がるだろう。そんな山の中で野宿はしたくない。野営の準備はしてないし。食料もコンロも寝袋もない。
時間との戦いに、焦りが募る。このまま山から抜けられなかったらマズい。
すると道はかなり明瞭な別の道に突き当たった。これは名のあるハイキング道だろうと少しホッとする。方角的に北方面の左に進む。
しばらく行くと道は林道に飛び出した。やったぁぁぁぁ。ここはどのあたりかよく分からないが、とにかく林道に出た。安堵する。17:18。もう辺りは暗くなりかけている。日没約10分前。
地図を見る。周りの状況を見渡すと、二つの林道が合流している地点である。起点となっているのが「林道豊岡線」となっているが、地図上には林道名の表記はない。
地図を凝視し、林道が合流している地点を見つけ、自分のおおよその位置にあたりをつける。
ここから林道を北に向かう。が始め北に向かっていた林道は、どんどん西寄りに向きを変える。途中からはずっと真西に進んでいる。もう仕方ない。より北方面で県道182に戻りたいのだが、こう暗くなっては、まずは県道に早く戻ることが先決だろうと思い直し、そのままこの林道を西に進む。
日は完全に沈み、あたりは暗くなる。この林道が延々と続いている。基本下りなので疲れる道ではない。
途中、道路脇が陥没してガードレールが崩れ落ちている場所や、右の斜面から土砂崩れして道を塞いでいる場所が出てくる。この道、通行止めっぽい。少なくとも車での進入はできないようになっているだろう。被災道路のようである。
この林道を30分ほど歩く。
ようやく林道終点にたどり着く、案の定、「通行止め」として入れないようになっている。17:50。
そしてついに、道は県道182号に出た。分岐点に観光案内看板が立っている。さっき八丁山に登る前、この182号を南に歩いている間に見たものだ。私が歩いてきた林道は、山中線だった。通行不能箇所が×印で表記されている。あの土砂崩れと道路陥没では当然だろう。
あとは182号を北に歩き、車を駐車した場所に向かう。ここも割と長く疲れた。
本来なら、林道山中線を歩くつもりはなく、山を北に上がって、もっと北側の奥原地区あたりから182号に出たかったのだが、時間切れから、より安全な道を選ぶことを余儀なくされたのである。
車にたどり着いたのが18:47。県道も1時間くらい歩いたことになる。
今日の活動時間は約8時間、総歩行距離は約25km。
八丁山は非常に手強かった。最近はあまり人が入らない山域なのだろう。
房総の山では冬でも獣の気配は濃い。清澄山系では鹿が多い。鳴き声もよく聞こえる。あとは姿はほとんど見ないが、イノシシ。房総半島にはそこらじゅうにイノシシの檻が設置されている。
しかしこの時期、昆虫、虫、小動物はすっかり姿を消している。だが今日は時々クモや小さな羽虫を見かけた。彼らにとって春は近いのかもしれない。
今回の山行地図はこちらで。
(初めの部分、林道鹿原線を歩いたログが全く取れていません) |
2018/2/17 (Sat.)

高滝湖観光企業組合の事務所 |
桟橋に設置されたビニールハウス的なドーム |

ワカサギ釣りの餌、紅サシ |

高滝湖のワカサギ釣り |

SUPに乗って釣りをする裕助 |
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高滝湖でワカサギ釣り 晴れ@市原市
今日は趣向を変えて、友人二人とワカサギを釣りに行くことにした。場所は千葉県内のメッカ、高滝湖。
朝8時過ぎに千葉市を出発。途中のヤックスでワカサギ釣りの仕掛けと餌の紅サシ、それにワカサギがバンバン釣れた時のために天ぷら用の天ぷら粉、油、米などを購入。コンロやフライパン、飯盒なども積み込み済みである。
紅サシというのはいわゆるウジ虫だが、一袋160円で小袋に入って売っている。スーパーでよくある、賞味期限近いパンなどに貼られている「半額」のシールが貼ってある袋があり、見てみると確かにウジ虫たちの動きが鈍くなっている。活きが落ちてきているのだろう。死期が近いのかと思いきや、この半額の袋をよく見ると何匹かハエに羽化していて、ハエの状態で袋の中を蠢いている。なんという生命力。
10時に市原市の高滝湖に到着。天気がいい。
まずは高滝湖畔にある高滝湖観光企業組合の事務所に行き、情報収集。ここは貸しボートや日釣料を管理・徴収している場所で、つまりワカサギ釣り全般を運営しているところである。
10時にノコノコ行った我々だが、思ったより人が少ない。
この組合建物には、今シーズンの毎日の釣果を釣り人が記入したノートがあり、それを見ると、最近は確かに釣れる数が少なくなっている。
組合のあばさんやおじさんに色々話を聞いたところを要約すると以下である。
・今日は全く釣れていない。先月末の大雪以降、パタッと釣れなくなった。
・ワカサギ釣りのハイシーズンは11月、12月、1月。例年10月第2週オープンし、3月まで。今シーズンはいままでずっと例年に比べてバカ釣れしてきた。しかし大雪以降全く釣れなくなった
・最近では、1日で1000匹釣る名人でも、100匹くらいしか釣れない。初心者では釣れない。
「今日もおそらく無理だろう。それでもいいのならどうぞ」
と言われる。「きっと釣れない」とはっきり言ってくれるのは良心的と言えよう。釣りから戻って来た人たちも、全く釣れていない。10時過ぎにノコノコ来る人はあまりいないのだろう。釣りの時間は朝まづめと夕まづめと決まっている。だが、朝から釣っていた人もお手上げといった具合である。
どうしようかと一瞬躊躇するが、まあせっかくここまで来たのだから釣りをしてみることにする。一匹くらいは釣れるかもしれない。
我々はボート釣りを選択。日釣料が1日640円、ボート代が2人乗りで2700円。一人当たり約2000円。たくさん釣れたら昼飯代が浮くのでいいが、ワカサギ釣りは割と金がかかる。
裕助はSUP(スタンドアップパドル)を浮かべて釣りたいとのことで、日釣料と「安全管理費」という金を払う。ボートやカヌーなどを自分で持ち込む場合は、この安全管理費を支払わねばならない。
私とコンスケが2人乗りボートに乗り、裕助がSUPという編成とする。
ちなみに千葉県市原市のこの高滝湖は、ダム湖であり、ワカサギ釣りのメッカであるが、ワカサギ釣りと聞いたときに想像する「厚く氷の張った湖に穴を開けて釣る」という風情ではなく、普通の湖釣りである。その代わりと言っていいのか、ここには「ドーム釣り」というのがある。これは、桟橋釣りなのだが、各桟橋をビニールハウスで覆って暖房設備を設置したもので、ハイシーズンの厳冬期でもこの「ドーム」の中で快適にワカサギ釣りが楽しめる。今日は全く釣れていないらしいが、ドームの中で釣っている人も結構いる。
ライフジャケットとオールを借りてボートに乗り、沖に漕ぎ出す。10時50分。ドームの桟橋を3つくらい横目に見ながらだだっ広い湖中央に進む。逆風が強くなってきてボートを漕ぐのが大変である。沖に倒木が湖面に出ているのを見つけ、とりあえずそこにボートをくくりつけ、流されないようにしてルアー釣りの竿に仕掛けを接続し、餌の紅サシをつけて釣り糸を垂らす。
割と浅そうで、水深は3mくらいか。全くアタリはない。
準備に時間がかかっていた裕助がSUPで近づいてくる。機動力は高い。我々のボートよりもかなり早く進める。だが風には流されやすいようだ。それと、やはり沈する危険は常にある。バランスを崩せばすぐに水中に落下である。
釣れないので、おばさんが言っていたポイントに移動する。湖にかかる巨大な橋をくぐろうとすると、管理事務所の方から我々に向けてアナウンスが飛んでくる。
「風が強いので橋から先に行かないでください。帰れなくなりますよ」
よく見ると橋の向こうには先刻までは数艘のボートが浮かんでいたが、いまでは誰もいない。
我々は橋脚あたりで一時ウロウロしていたが、やがて風も弱まったので橋をくぐってポイントに到達する。管理事務所からの警告はない。ちょうど昼時だったから、監視員が昼飯を食っているのかもしれない。
ポイントにはブイが一列に浮いている係留ポイントがあり、そこにボートをくくりつけて釣り始める。先の場所よりは深く、5mくらいはありそうだが、全然釣れない。
ワカサギは主に湖の底近くにいて、湖を回遊しているそうだが、全くアタリもないので、この下には魚は全然いないのだろう。魚群探知機が欲しい。
大雪以降ワカサギはどこかに隠れてしまったのだろうか。確かにあの大雪は湖の生き物に与えた影響も大きかったろう。冷水がどんどん空から入ってくるのである。湖水温が激変したとしても不思議ではない。いや、湖水温なのか、それとも湖面上にどんどん何かが落ちてくるのを察知し、ワカサギが天変地異だと思ってびっくりしてパニックになってしまったのだろうか。いやワカサギは通常寒いところに住んでいるのだから、湖面に落ちる雪などDNA的には驚くに値しないと思うのだが、あまり雪の降らない房総に住むワカサギは生態が違うのだろうか。いずれにしても、彼らはどこに行ってしまったのだろう?
事務所のおばさんは、川の方に行ってしまったのかもしれない、と言っていたが、ここを管理する人たちにも、ワカサギの生態はあまりよく分かっていないらしい。
風が強くなってくる。
全然釣れないのでコンスケはボートに寝転がって昼寝を始める。彼は飽きっぽいのだ。釣りには向かない性質である。
ボートの下が釣れないので、ちょっと投げてボートから離れたところから引っ張ってみるが、魚がいる気配はない。
出艇から2時間半。釣れる気配がカケラもないので湖から上がることにする。初心者の私たちに釣れるような甘い状況ではなかった。
これでせっかく買ったワカサギ天丼用の天ぷら粉や油、米も無駄になった。ワカサギ釣りってバンバン入れ食いのようなイメージがあり、高滝湖観光企業組合のホームページを見ても、みんな何百匹も釣っている様子だったので、初心者の我々でも10匹くらいは釣れるだろうと思っていたが大甘だった。
帰り道、パァになったワカサギ丼の代わりに、ラーメン屋「ロッキー石橋」でラーメン。国道297号沿いにあるのだが、周りは草地であり、ポツンと建っている。
店長が一人で切り盛りしている。すでに午後3時前で昼飯どきはとっくに過ぎていたが、我々の他に客が2組いる。店長は、客から注文を聞き、ラーメンを作り、それを運ぶ、ということを一人で全部やっている。店員募集中のようである。
ここの黒辛ラーメンが美味かった。ワカサギが釣れなかった失意をわずかながら癒してくれた。
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2018/2/15 (Thu.)

郡界尾根の高宕山と三郡山の分岐地点 ⇔ 三郡山への案内板 |
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陽がさんさんと当たる岩の尾根道 |
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房総の尾根歩きで頻出する地形。小ピークとその脇の巻き道 |

三郡山山頂。標高337m |

愛宕神社鳥居前から見た長狭平野 |

長狭平野を見下ろす請雨山にある愛宕神社 |

請雨山にある愛宕神社 |
三郡山(みこおりやま)と請雨山(しょううさん)・愛宕神社 山行 晴れ@君津市
今日は、気温も上がるというので、君津市と富津市の市境の郡界尾根を南に歩き、三郡山を目指す。
4日前の山で河原に転落した際の打撲は、まだ右脇の下と右手が痛むが、だいぶ治まってはきた。山歩きには支障はない。
朝また始動が遅くなり、8時半ごろに千葉市を出発。
国道410号を南下し、君津市奥畑地区に着いたのが10時半。ちょうど国道沿いに砂利の駐車スペースがあり、ここに車を停める。1台車が停まっていて、車に「君津市シルバーセンター」とかなんとかの文字が見える。この車の周りには4人の壮年のおじさんたちがいて、ハイカーの格好をしている。私と同じで、これから山歩きらしい。ただ、行先はおそらく高宕山だろう。ここから高宕山は近い。
私は、これから高宕山とは反対の尾根を延々と三郡山まで歩くことにしている。
パンを食べ、一服したあと、歩きだす。10時40分。
国道から西に入る道があり、ここには「関東ふれあいの道」の案内板が立っている。高宕山という表示だ。
今日はラジオを聴きながら歩くことにする。長時間一人で歩くというのは、時折退屈なことがある。ラジオで脳味噌も働かせながら歩いてみる。いや、聞き流すだけで多分ほとんど働いてないだろうけど。
聞くのはNHKラジオのAMである。平日の午前中は『すっぴん』という番組をやっていて、毎日日替わりで5人のパーソナリティが喋るのだが、それぞれ個性があってなかなか面白い。
この番組を知ったのは5年前、高宕川に野営沢登りに行った際、2日目の朝、大雨でテントから出れずに雨が止むのを待ちながら初めて聴いた。その頃私は午前中のラジオと言えばFM NACK5の『モナカ』を聞いていたのだが、山奥でFMが入らず、AMをチューニングしていたらNHKのすっぴんが聞こえてきた、というわけである。ミャンマーにいた3年間は当然聞いていないが、こうして無職となり、毎日聞くようになった。
ラジオをつけてリュックの一番上に入れる。背中越しによく聞こえる。いいあんばいだ、
田園を少し歩くと登山口となる。しばらく登ると、さっきのおじさんたちが早くも休憩していた。
挨拶をして追い抜く。
八郎塚の分岐を経て、高宕山に至る尾根に出たのが11:16。出発から約35分。
ここを北に向かうと高宕山、南に向かうとお茶立て場、笹郷山をへて三郡山である。三郡山までの方が圧倒的に遠い。3時間くらいかかるか。

お茶立て場の木にくくりつけられたやかん |
南に進路を取る。快適な尾根道である。それほど上下はない。
やがてお茶立て場の上に出る。11:47。右(西)に道が分かれていて、宇藤木方面だという案内板が立っている。さらに「小倉」という案内板と「関豊」という案内板。下に行くといろいろな場所に出れるらしい。
これを少し下がったところにお茶立て場という、その昔源頼朝がお茶をたてて休憩したという場所がある。植林帯の中に岩があり、近くの木にやかんが2つくくりつけられている。やかんには「お茶立場」の文字。演出だ。
この岩に頼朝たちが座って休憩したのだろうか。
再び尾根に戻って南下を続ける。少し行くと再び分岐で、左(東)に降りる道があり、「ロマンの森」という表示。
三郡山方面は正面の尾根を登る。尾根道をひたすら歩く。痩せ尾根や岩が露出した岩尾根などを通る。岩尾根からは景色がいい。天気もいい。
時折見慣れないオレンジ色の案内板が立っている。「三郡山 高宕山」という標識だ。
割と急な下りが出てきて、ロープが設置されている。
境界見出し標がいたるところに立っている。小さなピークが繰り返し現れるが、ピーク上には必ずこの見出し標が立っている。
ピークに登り、降り、時には巻く。これを繰り返す。長い。延々と歩く。
木漏れ日が尾根の樹々の間から落ちてくる。気温も昨日までよりは大分高いので、気持ちいい。最高の尾根歩き日だ。
尾根に比較的大きな岩が出てくる。わりと岩が目立つ尾根である。
笹郷山の山頂に着いたのが午後1時5分前。歩き始めてから2時間15分。
ここで昼飯にする。弁当を開いて食べる。
標高は307.7m。展望は木に塞がれている。
弁当を食べ終え、再び南に向かって歩き始める。尾根上に露岩が出てきて、ここからの展望が素晴らしい。岩のすぐ下は垂直に切り立った崖である。
この尾根には木々が生えていないので、日がさんさんと当たる。暖かい。
錆びついて穴の開いたマックスコーヒーの空き缶が転がっている。相当年季が入っている。10年以上は経っていそうだ。
やがて尾崎に降りる分岐が左(東)に現れる。さらに真っ直ぐ行く。
コースにはいたるところにピンクのテープが付けられ、また迷いそうな尾根には入らないようにロープが張られていたりして、迷いようがない重配慮がなされている。
ついに三郡山の山頂に立ったのは、午後3時過ぎ。出発からすでに4時間半近く経っている。
三郡山というのは、天羽、君津、安房3郡(現在の富津、君津、鴨川の3市)の境であるということに由来する。3つの郡の境だということである。
三郡山は、房総半島の背骨となっている、鋸山から清澄山系まで東西に至る郡界尾根に位置し、すぐ東にある安房高山とともに、南に平坦な長狭平野を挟んで、その南の嶺岡山系の山々と対峙している。
頂上は木々に囲まれているため、展望はない。
ここから安房高山方面、つまり東に降りる。林の中の急斜面に踏み跡があり、しばらく下ると林道横尾線に飛び出す。
この林道を東に向かう。先月行った安房高山の南側登山口がある林道である。
前から軽トラに乗ったおじさん2人組が低速で近づいてくる。私は一応会釈をして通りすがろうとしたが、軽トラは止まって、運転席のおじさんが私に話しかけてきた。
「ハイキングかい?」
「そうです」
「向こうでなにか動物を見かけなかったか>」
「いえ。鹿の鳴き声は何度も聞きましたけど、見てはないですね」
「そうか。この先、土砂崩れで通行止めになっているところがあるから、気を付けな」
「そうですか・・・。」
助手席のもう一人が口を挟む。
「大丈夫かい?迷ったりしないかな」
「大丈夫です」
もう割と日暮れが近いから、こんな人気のない林道を一人で歩いている私を訝しんだのか、それとも善意からの忠告か。
「林道は歩かないで、山道を行った方がいいかもしれない」
そんな会話をして別れた。彼らが何かを探していたのか、何をしようとしていたのかはよく分からなかった。猟師だろうか?怪しい感じではなかったが。
安房高山の登山口の手前に、請雨山(しょううさん)の登山口があり、ここを登る。ピンクのテープが巻かれた木に半分壊れた案内板が取り付けられている。もう4時10分前である。日没まではあと1時間10分ほど。急がねばなるまい。
しばらく森の中を歩くと、斜面をコンクリートで補強してある巨大な壁が南に面していて、そこの脇に階段がついている。ここを登ると、愛宕神社の真っ赤な鳥居が突然現れる。
愛宕神社は千葉県のいたるところにある。千葉県最高峰の愛宕山の山頂にもある。
調べてみたら、全国に愛宕神社は約900社あり、その総本社は京都府京都市にあるそうである。そもそもは愛宕権現を祭神に祀った神社とのこと。
ここは展望所のように南側が一望でき、眼下に長狭平野が良く見える。その先には嶺岡山系の山々。安房高山山頂の展望所から見るのと似たような風景だが、君鴨トンネルを出てきた国道410号線のくね曲がったカーブがうねっていて、車が飛ばしているのが見える。その手前、真下には林道が2本分かれて走っている。
鳥居をくぐって階段を上がると、広々とした平地に、ポツンと2つの石の祠がたたずんでいる。ここが愛宕神社だろう。さらにもう少し山道を上がると、別の祠が2つ、森の中にある。これが請雨山の山頂だと推察される。
もう4時を過ぎている。地形図では、ここから先、北には尾根が延びているが、尾根から国道410号に降りられるか、定かでない。結構な斜度なので、人工の法面が30mくらいの高さでそびえているかもしれない。そんなところは降りられない。
請雨山の山頂から少し尾根を進んで偵察してみるが、目印らしいものもないので、ここは自重して、林道に降りて林道を帰ることにする。
安房高山の登山口を通り過ぎる。ここはこないだ警官に質問されたところだ。あの不明となっていた人は見つかったのだろうか。
林道高山線を進み、ほどなく林道渕ヶ沢奥米線に合流し、これを西に向かう。渕ヶ沢隧道をくぐり、安房高山へ上がる細道を横目に見ながらそのまま林道を進む。林道が土砂崩れで不通になっている箇所はない。さっきのおじさんは、どこのことを言ったのか、分からずじまい。
何度も蛇行している林道を歩き、旧国道410号の入口に着く。ここは通行止めとなってゲートで封鎖されている。
すぐにいまの新国道410号に出る。ここからはこれを北上して車の駐車地点に戻るだけである。午後5時20分。
日は沈んだ。国道には歩道があり、轢かれずに済みそうだ。尾崎の直売所を過ぎ、ロマンの森共和国を過ぎると、トンネルが二つある、始めのトンネルには歩道がなく、急いで通り抜ける。
先日の経塚山と御殿山の山行では、国道歩きと最後の県道歩きがえらく辛かったが、今日はずっと一貫して緩やかな下りなので、スイスイと歩ける。なにより、前回は総計30kmくらい歩いたので、最後はもう疲労困憊だったのだが、今日は割と脚を余しているので、問題ない。
車に戻ったのは午後6時5分。
今日の活動時間はおよそ7時間20分、総歩行距離は20kmくらいだろう。
三郡山までの郡界尾根歩きは、それほど激しいアップダウンはなかったが、とにかく長かった。だがいい運動になった。
今日の山行コース地図はこちらで。 |
2018/2/11 (Sun.)

金山ダムにかかる船代橋(千葉県鴨川市) |

4つ目の隧道 |

沢を登る。水は冷たい |

沢から上がり、枝尾根の突端にある平地で山靴に履き替える |

郡界尾根、鍋石(なべし)ルートという尾根に出る |

谷に落ち込む斜面を下るも、間違いだと気づいて引き返す |

白壁の急斜面に切られた細い道。ロープあり |

黒塚番所跡で休憩。鍋石方面へは通行止めとなっている |

市原市月崎地区の永昌寺トンネル。五角形。 |
斧落隧道群と鍋石ルート 山行 晴れ@鴨川市
今日は鴨川市の金山ダムを発着とし、斧落(おのおとし)隧道群をくぐり、その後沢を遡って尾根に上がり、鍋石(なべし)ルートという鴨川と君津の境の郡界尾根を歩く予定である。
いつもの3人で千葉市を出発したのが9時過ぎ。予定は7時半だったが、車を出すコンスケが寝坊したのだ。
高速を降りると一般道が渋滞している。この道が渋滞するなど見たことがない。どうやらこの先にイチゴ園があり、イチゴ狩りの観光客の列のようである。アクアラインができてから東京人や神奈川人は千葉県に来やすくなったので、東京湾を渡って来た車も多いだろう。今日は3連休の2日目。観光客が多いはずだ。
金山ダムに着いたのは11時過ぎ。
ダムの西側には金山城址があり、鎌倉時代に土地の豪族・東條氏が築いた城だという。
金山ダムにかかる赤い船代橋の脇の東屋前に車を何台か駐車できるスペースがある。ここに車を停める。
先客が一組いて、東屋を占拠して食事の準備をしていた。鍋を作るらしい。
向こうも3人組で、会話を交わす。彼らは金山ダムでバス釣りのようだ。もう釣りを終えてこれから飯を作るところだった。
我々はこれから山行出発である。3人組の1人が我々の山行計画を尋ねてくる。彼は君津の人で、元清澄への道(関東ふれあいの道)は知っていたが、我々がこれから進もうとしているコース(=隧道群+沢沿いを尾根に突き上げる)は知らなかった。まぁ、途中からは道ではなくなるので、知らないのも当然だろう。
11時半、歩き始める。船代橋を渡る。3人で渡っていると、橋板がきしみ、揺れる。車が通れる橋なのだが、わりと簡素な構造のようである。
橋を渡って左の道を取り、ダムの東側の道を北上する。屋根が逆V字型をした奇妙なトイレが打ち捨てられている。さらに、「玉滝大僧正顕徳碑」という立派な石碑が立っている。ネットで調べてみると、この僧は、金山ダム建設に尽力した人だという。ってことは最近の人だな。
しばらく歩くと早速斧落(おのおとし)隧道が現れる。割と大きな隧道で、それほど変哲はない。車が通れるくらいの大きな隧道である。くぐってみると、入口はコンクリートで固めた近代のトンネルで、中間部のトンネル面は、昔ながらの素掘り的凸凹の岩面が剥き出ている。荒々しいというか、精密な加工はしていない。
その斧落隧道を皮きりに、さらに3つの隧道が現れる。見たところはそれほど特殊な隧道ではないように見える。房総でよく見る素掘りのトンネル。
唯一特筆すべきは、坑の形である。2つ目は将棋の駒型の五角形で、3つめは四角形。
この五角形は観音掘りというらしく、房総の素掘りのトンネルでもあまり見ない形態である。
4つ目の隧道も四角形である。入口近くには大きな落石が落ちている。トンネルも若干崩れていて四角形の感じはしないが、くぐりぬける間にこのトンネルが四角形であることが分かる。
出口側(北側)を倒木と落石が塞ぎかけていて、木の間をすり抜けてトンネルからくぐり出る。
トンネルを出ると道は沢に沿うようになるが、それに伴って道がなくなる。どうやら沢に降りた方が楽そうだったので沢に降りる。2つの沢の合流点に着き、そこから本流にさらに進もうとするも、川の周りには道がない。
そこで事件は起こった。
私が再び河原に降りようとして、沢の土手に生えていたわりと太い枯れ木に右手で体重をかけたところ、その木が根元から折れ、そのまま私は2m下の河原に転落したのである。全く身体の制御ができず、河原の石に右半身から落ちる。右手の小指側、右脇の下、右足外側をしたたかに石に打ちつける。受け身を取る暇もない。手は小指の付け根から出血し、右脇の下は肉がないので、肋骨を強打し、しばらく息がしづらくなる。すぐに立ち上がるも、気が動転して目が見えないことに気づく。
「眼鏡がない。眼鏡はどこだ?」
痛みを我慢しながら、浮浪者のように河原を見つめてふらつく。
眼鏡は落としたのではなく、頭の上にずり上がっていただけだった。
あまりの痛みに肋骨が折れたかと思ったが、しばらくすると痛みは和らいでくる。動けないような痛みではないので、骨は大丈夫そうな気がする。
とにかくここでいったん休憩。歩き始めてまだ1時間しか経っていない。12時半。
河原でタバコを吸い、なんとか一息つく。山行は始まったばかり。ここで撤退するわけにはいかない。
沢では何度か石から落ちたり滑って転んですりむいたりしたことはあるが、ここまで危ない転落をしたのは初めてである。全くうかつだった。斜面を上がるときや下るときに、木や草やロープに全体重をかけてはいけないのだ。太い木だったので、まさか枯れ木で根元から折れるとは予想もしていなかった。甘い。
がなんとか大丈夫そうだ。
気も静まったところで、3人してここからどう進むかを議論する。川沿いには道がなさそうであり、沢を登っていくことに決する。
沢靴に履き替え、出発。沢を遡る。川の水深はせいぜい足首くらいだが、水がえらく冷たい。今冬は例年に比べ気温がずっと低いので、房総と言えど水が冷え切っている。
房総の沢らしく、水量は少ないが、時々ナメ滝と壺が出てくる。壺は1mくらいの深さもあり、足首だけでも水が冷たいのに腰まで入るわけにはいかない。おとなしく巻く。
しばらく登ると、沢が二俣に分かれる。右俣は3mくらいの斜滝となっている。
ここで地形図を確認。二つの沢と沢の間は、どうやら尾根の突端となっていて、ここの尾根がそれほど苦労せずに上がれそうだったのでこの尾根を伝って主稜である鍋石(なべし)ルートに突き上げることにする。
右俣の滝を上がると、左の岩が階段状になって枝尾根の突端に簡単に上がれるようになっている。人工的な階段かもしれない。
尾根の突端部はちょっとした平地となっており、ここで山靴に履き替える。今日の沢歩きは35分程度。
すでに午後1時半なのでここでプチ昼飯。私は弁当を食べる。
20分ほど休憩後、尾根を登り始める。始めに急登した後はしばらく痩せ尾根を行く。しばらくして再び登りとなる。登りに登りを重ね、斜面上に空が見えてくる。そろそろ最高地点で、一番高い尾根である郡界尾根であろうと推測する。登り切った後そのピークを降りると果たして、鍋石ルートと思われる主稜に出た。14:13。尾根を登り始めてから25分。
鍋石というのは、ここから西、鴨川有料道路付近の地名らしく、そこと元清澄山方面を結ぶ道が鍋石ルートである。ここから東は郡界尾根に重なっており、君津市と鴨川市の市境である。東に行くと元清澄山に突き上げたのち、さらに東に向かう。
我々は、この主稜を東に向かう。しかしすぐに迷ってしまった。「郡界尾根」というだけあり、尾根上を行くのが正解だと思い、尾根にこだわって歩いていくと、急激な下りとなってしまう。半信半疑ながら、途中まで急斜面を降りる。どうやら前方も左手も谷らしく、ここまま進めば急激に下って谷に降りてしまうことになる。房総の山にはコース上の木に赤やピンクや黄の案内テープが巻かれていたりくくりつけられたりしていることが多いのだが、ここまでは木に白いペンキで印が塗られていたので、なにか違う予感はしていたのだが、道を間違えたことに気づく。下り斜面には道らしき踏み跡も見えず、ただの林の斜面に見えるが、木に塗られた白い印は下に向かって続いている。だがこりゃダメだ。
後でGPSを見返すと、進行向かって左の枝尾根に入り込んでしまっていた。だが、どう見てもそちらが主尾根であるように見える尾根である。
我々は一旦戻る。すぐに沢から上がってきた地点に戻る。まだほとんど進んでいない時点で道を間違えている。
実は誤った枝尾根に入る地点に、右に斜面を降りる明確な道があり、そこをコンスケが事前偵察したのだが、どうも尾根を回り込んで下り加減だったので、こちらではなかろうと判断したのである。だがこの道が正解だった。改めてそちらを行く。道は下りながら谷の源流部を横切るのだが、ここで我々は決定的な案内看板を見つけた。源流部を横切る手前に、「元清澄 鍋石」という白い板に黒字で書かれた看板である。これがなかったら再びさっきの間違った谷の方向に進むところだったが、この案内板のおかげで道がはっきりした。
なかなか手強い道である。
ここを過ぎるとあとは明確な道で、時折案内板も出てきて、迷うことはなかった。途中、「白壁」という白い岩壁がむき出しになっている急斜面を横切る。急斜面にごく細く道が切られていて、転落防止のためのロープが張られている。
いつものように痩せ尾根を渡り、小ピークを回り込みながら、南東に進む。
元清澄山への分岐となる「黒塚番所跡」に到達したのが午後4時過ぎ。迷ったために時間がかかってしまった。
この黒塚番所跡にはいくつもの道が合流している。郡界尾根は北に向きを変えて元清澄山方向へ、南へは今日の戻り地点である金山ダム、西にはいま歩いてきた鍋石ルート、さらに北西側に田代川に降りる踏み跡もある。ちなみに、金山ダムから元清澄山方面への道は、「関東ふれあいの道」であり、整備された道である。
交通の集まる地点だけに、「番所」という通行管理所があったのだろうか?朽ちかけた案内杭が立っている。
そして、元清澄と金山の分岐地点には、「みついし」の文字が見える石碑がある。三石山は山頂に江戸時代初期1611年創建とされる三石山観音寺があり、古くからいわば信仰地であり、元清澄山から北に進んだところにある。この道は鴨川地方から三石山に参拝するための信仰の道でもあったのだろう。
実は鍋石への道は、ここでロープが張られていて、「ここから鍋石方面へは行けません」と通行止めとなっている。我々はこの道に沢から上がって歩いてきたのだが、特に通行に支障のある場所はなかった。ネットなどの山行記録を見ていると、通行禁止の理由は、コース上に私有地があるためということらしい。
ここで休憩。コンロを出してお湯を沸かしてコーヒーを飲む。
日暮れは近い。予定ではここから田代川源流部に降りて、隧道を見たあとにさらに源流を遡って再び郡界尾根に上がり、元清澄山に登頂することにしていたのだが、時間がないのでここからおとなしく金山ダムに戻ることにする。今日はなんだかんだでいろいろあった。寝坊、転落、道迷い。
ここからは関東ふれあいの道なので、関東ふれあいの道名物の、焦げ茶色をした擬木の手すりや階段が出てくる。激しいアップダウンはなく、基本森の中の緩やかな下りである。
大分下ったところで東側の展望が一瞬開け、眼下に鴨川カントリークラブの色枯れたコースが見下ろせる。
金山ダムが近づいたところで階段の上り下りが出てくる。関東ふれあいの道は、この階段の上り下りが侮れない。「ふれあいの道」という優しげな名前だが、時に壮絶に長くて急な上り下りが出てくる。
案内板の下に吸い殻入れが設置されている。喫煙者にはうれしい配慮である。
どんどん日が暮れる。5時半過ぎ、金山ダムはもう近いが、森の中で暗くて見えなくなり、ヘッドランプを装着。
車駐車地の金山ダム船代橋に到着したのが午後6時。辺りはもう暗くなった。
今日の活動時間は約6時間半、総移動距離は12kmくらい。
本日の山行のコース地図はこちらで。
橋横の船石隧道の内部の明かりが鈍く光っている。この辺りの隧道には心霊現象事例があるらしく、以前稲川淳二氏が紹介したこともあったようである。
帰り道、市原市の月崎・飯給地区にある隧道群を訪れる。小湊鉄道の月崎駅と飯給駅の間、車1台が通れる狭い隧道が3つある。県道172号から細い道があり、すぐにぽっかりと隧道が口を開けている。手掘りで、永昌寺トンネルというらしい。ここから北にこの細い道を行くと、さらに二つのトンネルが現れる(柿木台第二トンネル、柿木台第一トンネル)。これら3つはいずれも将棋の駒型の五角形をしている。なかなか由緒のあるトンネルなのかもしれない。
夜、わきの下の打撲が痛んで寝返りを打つのが苦痛となる。だが、疲れのために眠りに落ちるのに時間はかからなかった。
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2018/2/9 (Fri.)

ミャンマーの食事。白飯にさまざまな付け合わせとカレー、スープ |

大日山からの夕焼け(千葉県南房総市) |
散髪と飲み会 晴れ@東京
今日は3か月ぶりの床屋で髪を切る。西小山の行きつけの床屋。
店長のシマダさんはいろいろなことを知っているが、アニメにも割と詳しい。彼には以前、『鷹の爪団』を教えてもらったのだが、改めてお薦めのアニメを聞くと、『ベルセルク』だという。今度見てみよう。
東京に出ることも滅多にないので、床屋のあと、中学時代の友人の石坂と新橋で飲む。酒を飲むのは12月29日の忘年会以来だから、1か月以上ぶり。
石坂とは6時待ち合わせで、少し早く着いたので、近くの喫茶店で本を読みながらコーヒーをすする。
それにしても新橋というのは、飯を食ったり酒を飲んだりするのにまず困ることはない街である。無数の食堂と居酒屋がある。旅人として来たら、いい街だろう。いろんな選択肢があるし、夜中でも店を探して彷徨うということはない。人が多過ぎるところが痛いが。結局は需要と供給のバランスというわけだ。
6時前、SLの前で石坂と合流し、焼き鳥センターという鶏肉飲み屋。金曜の夜だけあって混雑している。
IQOS(アイコス)という電子タバコのキャンペーンガールが店内を周っていたので、呼んでみる。
アイコスを試させてもらう。1万円くらいする太いボールペンを短くしたような機材にタバコを突っ込んで、電気的に加熱して吸うものだということを初めて知ったが、吸ってみると通常のタバコとは味が違う。普通のタバコに慣れた私としては、「美味い」というものではない。が副流煙が出ないので、周辺の人には優しいタバコと言えるのだろう。
またこんなこと言うと炎上するかもしれないが、最近よく言われる「副流煙により年間○×人が死亡している」というデータって、ありゃインチキでしょう。そんなことが特定できるわけがない。
アンチタバコキャンペーンもどんどん度が過ぎて常軌を逸した状態になってきている。
街角でひっそりとタバコを吸っていると、変人から文句を言われるような世の中になってしまった。
さて、飲み会の方は9時半前にお開き。本当はレベルダウン5のもう一人のメンバー、けんじとも合流して、バンドの今後について議論したかったのだが、かなわず。
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2018/2/5 (Mon.)

マテバシイ林 |
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経塚山山頂の標識。誰かが「低名山」の「低」を黒く塗りつぶしている |

経塚山山頂から少し降りたところにあるあんご岩。別名蛙岩 |

国道410号、御殿山ハイキングコースの入り口 |

林道の奥にある日本家屋の食事処 |

御殿山と大日山を結ぶ尾根道に出る |

御殿山山頂。石祠あり |

御殿山山頂からの展望。中央の双峰は富山 |

宝篋印塔山山頂。印塔あり |

夕日が沈む。大日山山頂にて |
経塚山、御殿山〜大日山縦走 登山 晴れ@南房総市
今日は南房総市の経塚山と御殿山に登る。御殿山からは南に尾根縦走をして大日山まで歩くロングコースを予定している。
結果として、経塚山からの下山道を間違えて大きく外れた道を歩いたため前半でとてつもなく時間がかかり、全計画完遂に死ぬほど疲れることになる。だが執念で全行程を歩き抜いた。
おそらく30kmくらい歩いただろう。
朝8時過ぎに千葉市を出発、国道410号を南下して、南房総市の川谷地区に着く。国道沿いにちょうど良い空き地を見つけ、ここに車を駐車する。
パンを食べて一服したあと、歩き始める。10時50分。
天気はいい。
まずは国道の東側にある経塚山(きょうつかさん)に登る。畑とビニールハウスと低い山々の風景の中を歩く。お父さんお母さんらが畑仕事をしている。
石堂原地区を東に向かうと、鎮守の森の中、階段を上ったところに石堂原八幡神社がある。ここをお参りしてさらに東に進み、ため池の堰を渡ると経塚山の石堂原側登山口となる。
登り始める。登山道は森の中を通っている。激しい急登はあまりない。
時々尾根分岐のような場所が出てくるが、木の幹に赤い矢印が描かれていて迷う心配は少ない。
マテバシイの森を抜け、房総名物痩せ尾根を渡り、柔らかな木漏れ陽の森を歩く。気持ちいい。
再びマテバシイの森を抜けると植林帯となり、ほどなく経塚山山頂に到達。12時20分。登山口からは約1時間。
標高は310.7m。南と北の展望が開けていて、南には鴨川の街と太平洋、北には嶺岡山系の峰々が見える。
房総の山の山頂には、行政が設置したのだろう、「房州低名山」という標識が建っているのだが、ここ経塚山の標識は「低名山」の「低」の字が黒く塗りつぶされている。房州人の意地だろう。他県の人間に「千葉県には山がない」と言われることに対する反発だ。気骨のある人間もいるものだ。「低名山」というネーミングは悪くないが、なにかしら自分を卑下している卑屈さが感じられるので、堂々と「名山」と名乗ればいいではないか、という気持ちだろう。私は同感だ。標高の高い山ばかりが名山ではない。
しばらく休憩の後、下山路は北に取る。だがこれが間違いだった。私は最短コースで山を下りて410号線に出るために、犬切集落に降りる予定であった。そのためには、山頂から西側に降り、北西方向へ延びる尾根道を行くはずが、「北に向かえばいい」というアバウトな先入観があり、北に延びる道に入ってしまった。
山頂から少し降りたところに、「あんご岩(別名:蛙岩)」という奇妙な形の岩がある。岩の真ん中に丸くえぐれたくぼみがある。これを他の人の山行記録で見ていたので、この道が正しいものと信じて疑わなかった。
しかし、結果として、ここから長い長い違う尾根道を行くことになる。道は北東へ北東へと延びている。ロクに地図も見なかったので、方向がずれていることに気づかなかった。
ひたすら尾根道を歩く。ピンクの案内テープが巻き付けられた木が次々に現れるので、問題ないと思い込んでいた。
さらに悪いことに、「犬切分岐」という分岐が現れる。ここで私は犬切に向かっていることを確信したのだが、後でGPSを見直すと、ここから犬切に行く尾根道に私は入っていない。今までの道をそのまま行けば犬切だと勘違いしていた。おそらくここから別の尾根に進む道が犬切方面だったと思われる。
ちなみに、房総の尾根道というものは、次から次へと別の枝尾根が出てくるので、どちらが主稜か分からなくなることがよくある。この枝尾根に入り込んでコースを失うということがしばしばある。
もっとも、主稜に見える尾根が正解でないケースもあり、たとえば先月に行った嵯峨山から郡界尾根の縦走などは、見た目としてはどう見ても主尾根にしか見えない立派な尾根をそのまま真っ直ぐ行ったら間違っていた、ということもある。この辺りは地図読みの技術となってくるのだが、私個人としては、常に地図を見ながらのおっかなびっくりの山行は望むところではないので、迷っても仕方なしの姿勢である。まぁこれは、山から人里が割と近い、迷っても危険度の低い房総の山ならでは通用するヌルい姿勢なのかもしれない。
もっと言えば、私が準備している国土地理院の2万5千分の1地形図では、そもそもその正確性と精密性からして、房総の細かい尾根状況を把握するのは不可能だと考えている。1万分の1くらいのもっと精密な地図を持ち歩かなければ、逐一現場で地形を確認していくというのは難しいだろう。
ようやく人工的に切り開いた丘陵状の農地のような場所に出る。すると山道は一部舗装された林道のような竹林の道に合流し、民家と車が見えてきた。午後1時半。この道には下側から「立入禁止」の看板とロープが張ってあり、通行禁止の道であったが、私は山から下りてきたらこの道に出てしまった、という体である。この道のコンクリートは一部はがれ、両脇の竹林から竹が道に倒れて散乱している。立入禁止のため、廃道感が出てきているのだ。
山頂から1時間もかかっている。距離から考えて犬切に降りるのは30分程度なはずだからおかしい。ここは犬切地区ではないという不安を感じるもよく分からない。民家の間の舗装道路を降りると、スズキの自動車整備工場がある。きっと個人経営でスズキと提携しているのだろう。こんな田舎に、という場所である。
ついに国道410号に行きあたる。ここから再び延々と国道を南に歩く羽目になった。
ずっと歩いていて、しかも地名の標識が出てくるたびに間違ってしまったという疑念は増幅する。
途中道路工事をしていて、こんなところに歩行者なんて普通いないから、工事中の悪路を歩かされる。工事現場の人たちも驚いたように私を見ている。
歩いても歩いても御殿山登山道入り口には着かない。右手にようやく安房中央ダムが見えてきて、ここに至りやっと私は現在位置を確定できた。経塚山の下山において、予定ルートよりも大きく北側に出てしまい、410号を延々と南下する羽目に陥ったことを悟る。
ダム建設で立ち退かされたのだろうか、民家の表札のある門のブロックが一部だけ残され、家屋が跡形もなくなって竹藪となっているシュールな光景に出くわす。
トンネルをくぐる。このトンネルには歩道がなく、トンネル自体が幅狭なので、車が通るたびに恐ろしい。できるだけトンネル端を歩く、途中で足をひねってしまう。大声を上げる。だが捻挫まではいかなかったようだ。痛みで足を引きずるも、しばらくすると痛みは引き普通に歩けるようになる。
トンネルを出ると左側にダムだろうかの工事現場が眼下に広がる。
そろそろ御殿山ハイキングコースの入口があるはずだが、一度ここだと思った入った細道が間違っていて、さらに時間をロス。
御殿山ハイキングコース入口にたどり着いたのは、午後2時半。すでに歩き始めてから4時間近く経っている。
ここには御子神バス停があり、廃バス待合所があったのでそこで昼飯。腹ペコだ。飯を食いながら考える。普通ならばここで今日の山行は終了だ。ここから御殿山に登って大日山まで尾根縦走したら、下山までに3時間くらいはかかるだろう。いまは日没は午後5時過ぎである。日が暮れてしまう。舗装道路に出てしまえば夜でも問題ないが、山の中で暗くなることは避けたい。
だが私は初志貫徹を決意する。突っ込むのみである。大日山には一度坊滝側から登ったことがあり、あの辺りの道はきちんと整備されていることを知っている。日没後もライトがあれば下れそうだと判断した。
午後2時42分、昼飯休憩を終え、御殿山に向けて御子神集落の道を西に歩き始める。集落の奥から林道神子線に入り、塩井戸川に並行する道を歩く。
20分ほど歩き、林道の終点、もう山の中と言ってもいい場所に、忽然と1軒の料亭が現れる。いや、忽然とではなく、林道にずっと案内板が設置されているのだが、その料亭がある場所というのは、とても人が気軽に来る場所ではなく、人里から離れている。だが店構えは純日本家屋風で、立派な門があり、庭には水車もある。向かいには駐車場も完備。ここにはどれだけの客が来ているのだろうか。見当もつかない。
道路に面して神社の手水のような水場があり、「房総名物 暗闇の水」という案内表示がある。暗闇の水?
その料亭の脇から道は御殿山登山道となる。人がいないと思ってナレーション入りで動画を撮影していたら、料亭脇に置いてある車の裏から突然男性が現れ、声をかけて来た。
「ハイキングですか?」
「はい。」
「大した山じゃないですけど」
「いえいえ」
私は恥ずかしさを抑えながら登山道へ歩き出す。「大した山じゃない」などとこの人も自分の地元を卑下するようなことをいう。そりゃ標高は低いかもしらんが、立派な山でしょう。
「御殿山」という名前は、その昔日本武尊の東国遠征で、彼がこの山を拠点としたことに由来するという。立派な山じゃないか。
房総には謙虚な人間が多いのだろうか。いや、謙虚と卑屈は違う。
登山道に入ってもしばらくはガードレールがところどころに設置された林道風情の道である。右には塩井戸川がつかず離れず流れている。少し行くと「塩の井戸」という看板がある。沢にあるのだろうと思って沢に降りるが、それらしい井戸の跡などは見当たらない。
時間もないので先を急ぐ。すると今度は「塩井戸 大滝」という看板がある。沢はもうだいぶ下の低いところを流れているが、木々の間に滝が落ちているのが見える。
午後3時20分。登山口から20分ほどで、林道風情は終わり、道は山の中に突入して本格的な登山となる。塩井戸川を渡って山に入る。沢筋を登る。もう日が傾いているので、谷は暗い。
途中から木階段の急登となる。尾根に上がると陽が射してくる。ホッとする。まだまだ高いところに登れば明るい。
急登はさらに続き、ヘロヘロになった頃に尾根縦走路に飛び出す。ここから左に行くと大日山への尾根、右に少し上がったところが御殿山山頂である。さらに富山方面に降りる道もある。
御殿山山頂に登る。午後4時5分前。標高363.9m。
山頂には東屋があり、マテバシイとスダジイの巨木が立っている。その脇に石の祠が2つ。
ここの標識も、「千葉低名山」の「低」の字が黒く塗りつぶされている。
東屋からの展望は素晴らしい。東方面は太平洋、西には富山や伊予が岳など嶺岡山系の山々が一望できる。その先に東京湾。残念ながら富士山は見えない。
山頂なので風が吹き付ける。寒い。しばらく山頂に滞在し、大日山へ向かって縦走を始める。もう午後4時を過ぎている。
この尾根は大日山に向かって南北に走っている。地図を見た限りでは標高300〜310mくらいの尾根で、ほとんどアップダウンがないように見えたが大間違い。小ピークが次々と現れ、巻き道もそれほどなく、ピークを急登し、急降する。それが何度か出てくる。今日はもう5時間以上歩いていて、ここに来ての激しいアップダウンは足に来る。
途中、鷹取山のピーク(364.5m)と宝塔印塔山のピーク(337m)を経て、海軍航空機墜落事故の慰霊碑に祈る。
どんどん日が暮れている。疲れは頂点に近いが、緩やかで平坦な下りでは走る。夕暮れの尾根をトレックラン。尾根なので木々の間から沈まんとする日の光が漏れてくる。
そして午後5時10分。ついに大日山山頂に到達。日没10分前くらいである。標高333.3m。ちょうど東京タワーくらいの高さである。
大日山山頂からはちょうど西の展望が開けており、今まさに地平線上の雲に夕日が隠れようとしている。
大日如来に参拝する。大日山山頂にはその名の通り、大日如来が祀られている。真言密教である。
山頂にはスイセンがまだ咲いている。気温に関係するのだろう。
4年前に登頂した時にここには登山者ノートがあったが、いまでもあった。が、タッパーの中に収納されたノートは水浸しで、無残な姿となっていた。「2017」とあるから、昨年登山した人が気ままにこのノートに思いを書き綴っていったのだろうが、ページとページが濡れてくっついてしまっている。私は記入を断念する。また、4年前のノートに何を書いたか振り返ってみたかったが、4年前のノートはなさそうだったのでそれも断念。
山頂から見る夕日があまりにもきれいなので見とれて写真を撮る。南西の方角には海が見える。東京湾だろう。そうこうしているうちに、日は没し、あたりが暗くなってくる。下山せねば。
午後5時30分、下山開始。擬木の階段を西に向かって降りる。降りると山影に入るので一気に暗くなる。山頂は明るいのだ。
頭にヘッドランプを付け、県道に向かって登山道を下る。緩やかな下りなので走りたくなって走るが、足元が見えないので危ない。
午後6時前に県道に出る。あとは舗装道路を歩いていくだけだ。しかしここからもまた長かった。
県道と言えどもところどころ街灯がなく真っ暗となる。しばらくすると畑集落に入り、民家が連続するようになり明るくなる。
延々と歩き、歩くのが嫌になってくるが、弱音を吐いても仕方ない。ようやく410号に出、車を置いた場所に戻ったのは午後6時50分。県道に出てからも1時間かかった。
今日の総活動時間は8時間、総行程距離は後からGPSで見るとおよそ30km。
疲れ果てたが、やり切った。
今回の山行の地図はこちらで。
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