2006/1/26(Thu.) 晴れ
この、殺伐とした世界の中心で、何かを、答える
夜、「やよい軒」というご飯お代わり自由の小ぎれいな食堂で、チゲ鍋定食とミニ唐揚げ。カウンターで食べていると、ウェイトレスの女の子が、僕の目の前にあるソース、醤油やドレッシング等の容器類を、満タンのものと交換しに来た。
「前を失礼します。」
こういう状況のとき、僕の立場にいる人は何と返事すればいいだろう?「ありがとう」とか「どうも」か。いや、店の備品を定期的に替える仕事だから、別に”今そこに座っている客のために”というわけじゃない。強いて言えば、「どうぞ」か。僕は、こう言った。
「は〜い。」
おそらく大多数の日本人は、この場面で何も言わないに違いない(「食事中だから」というのは別にして)。「だってさ、客がどうしても何か言うべきという場面ではないんじゃないの?」という向きが大部分だろう。だけど、彼女は明らかに僕に向って話しかけているのだ。(彼女自身も返答を期待していないだろうけれど)無言で返すというのは、公共の場における社会性を備えた人間としてはどうも失礼ではないですか?と僕なんかは思うわけで。
以前にも書いたけれど、日本社会ではこういうサービスの場面において、サービスする側とサービスされる側との間の言葉のキャッチボールが他国に比べて極端に少ない。アメリカだったらこのシチュエーションでは客は「Go
ahead. (どうぞ)」とか返すだろう。日本人でも年配の人なら何か言う確率は高いだろうが、若者世代は総体的にモノを言わない。公共の場での他人とのコミュニケーションが苦手なのか(その極端な例が”ひきこもり”)、それともそういう場面では何も言う必要がないと経験的に認識しているのか。もっとも、こういう場面で「無口」だってのは若者世代だけじゃなくて、40代くらいまで総じて似たようなものだと思うけどね。となると日本特有の文化的な現象だろう。(欧米人が日本の街に来てまず例外なく驚くことといえば、こんなにたくさん人が歩いているのに、日本人は全くの無表情で、すれ違う人と目を合わせず、無言であること。また電車などで全く会話がないこと、である。)
でもさ、こういう場面では何か言った方がいいと思うよ、だってさ、考えてもみなさいよ、ちっぽけな言葉のキャッチボールがきっかけで、このウェイトレスの女の子と仲良くなっちゃう可能性だってゼロじゃないでしょ(笑)。「客とウェートレスとしての食堂での会話がきっかけで僕達結婚しました。」
金属同士が直に擦れあってキーキーいう神経逆撫での不協和音を発してるようなこの殺伐とした昨今の世の中に、ほんの少しの潤滑剤を。 |
2006/1/21(Sat.) 朝から晩まで雪
”ダイエットは、新興宗教だ!!”
こないだ岡本太郎の特番を見たのだけれど、大衆に迎合せず、自分の芸術を貫くその姿勢は、まさに真の芸術家。ロック。
さて、今日の午後、ダイエット商品大氾濫の現在、ダイエット効果のない商品が街に出回っている現状を取材した報道番組をやっていた。
ダイエット。俺とは全くコンタクトのないこの単語。今の今まで長い人生の中で、「ダイエットしよう」と考えたことなど一度たりともない。幸運なことに俺は太らない体質なのだ。そして、ボクサーでも柔道家でもない。

今日は、首都圏5年ぶりの本格的積雪(千葉市内) |
世の中の人々、特に女性のダイエット妄執には恐るべきものがある。もし俺が太りやすい体質だったらどう考えるのだろう?
以前インターネット上でモノを売る仕事をしていた時、様々なオンラインショップと知り合う機会があった。そのなかで、健康食品や化粧品を主力商品としている小さな会社と一緒に仕事をしたことがある。その会社のウェブ販売担当者の話で非常に興味深かった話がある。
「うちの売り上げの一つの柱がダイエット系の健康食品ですね。世の女性のダイエットに対する執着心は留まるところを知らない。そこにつぎ込まれる金も相当なものです。痩せられるのならいくらかかろうが意に介さない。テレビや雑誌などで新しいダイエット食品・商品が紹介されると、それがあっという間にブームになるってことが最近多い。うちの扱ってる商品でも以前流行った『カスピ海ヨーグルト』なんかは、ブームになった時はもう次から次へと注文が入って在庫がすぐなくなり、商品供給が間に合わないほどの状態でしたよ。メディアの力も大きいですね。消費者はすぐに飛びつく。」(例えば『あるある大辞典』で納豆の効用が放映されると、納豆の売れ行きが急激に伸びるそうである)
痩せたい願望所有者にとっては、それだけ切実な問題なのだろう。
ダイエット効果を大々的に謳い、実は効果がない詐欺まがいのダイエット商品は過去から現在今々まで枚挙に暇がないようである。というか本当にダイエット効果のある商品が一体どれくらいあるのか疑わしいくらいである。”普通に食べて痩せられる”とか”1ヶ月で10キロ”とかいかにもインチキ臭い言葉を並べた宣伝文句が、あらゆるメディアで幅をきかしている。”脂肪を燃やす”と謳っていながら科学的分析により実際にはその効果がゼロに等しいと発覚したダイエット商品が、消費者のクレームにより回収となったりしている。医薬品系の商品は、少量で平気で5000円以上する高価なものである。これらを購入して効果がないと分かった消費者の落胆と憤りは想像に難くない。
こういった状況を考えると、ダイエット商品は新興宗教みたいなもんに思える。つまり、ほとんどインチキ。というか金儲けのための一手段。「窮地を脱したい」とか「痩せたい」という弱みを持った人々の切実な願いに言葉巧みにつけ込んだ悪徳商法の構図、という意味で、ダイエット商品販売と新興宗教は似ている。育毛剤も似てる。中国から輸入されてた魔法のような育毛クリームは今どうなっているんだろう。
また、女性のダイエット欲は、男性の性欲と通ずるところがある。ことダイエットのこととなると、ごく普通の客観的判断力が発揮できなくなってしまい、多分ダメだろうなと分かっていながら、「ひょっとしたら痩せられるかも」という一縷の望みをかけて高価な商品を購入してしまうのである。これは、我々男がピンサロの前を通りかかった時ポン引きのオッチャンに「お客さん、かわいい子、若い子いるよ。」と声をかけられ、「きっととんでもないブスとかオバサンが出てくるんだろうな」と内心理性では結末が予想できながらも、「だけど、ひょっとしたら・・・」というアホな妄想により鋼鉄の懐疑心の鎧がいとも簡単にはがされてしまい、フラフラと店に足を踏み入れてしまう様子に酷似している。そして、店を出る時は、「またやっちゃったよ・・・。トホホ」状態でがっくりと肩を落としているのである。ダイエット欲と性欲、これらを理性でコントロールするための強靭な精神力を持たねば、何度でも同じ失敗を繰り返すことになる。

首都圏では、積雪10センチで大騒ぎです(千葉市内) |
さて、アメリカでもエクアドルでも、テレビの怪しい通販番組でのダイエット食品やダイエット器具の宣伝は盛んだ。「実際に何ヶ月で何キロ痩せた!」人の体験談で商品の有効性を強調しつつ、大抵はプレゼンテーターがキレイなネェーチャンで、彼女のようになれるかのように編集された映像による商品宣伝を何度も何度も繰り返し流している。これは日本のテレビショッピングと同じだ。ところ変わっても地球上の女性の痩身願望は常に存在する。
なぜ、それほどまでして痩せなくちゃならないのか。美しくなりたい。単なる個人的願望なのか。もちろんそれもあるだろう。しかし日本人の場合、同じくらい大きな理由として、”衆人監視感が人々にもたらすプレッシャー”がある。都会の人間は常に「人に見られている」という衆人監視感を背負って生きている。それは意識的にも無意識的にもそうである。これだけ人間が密集した都会では、その人口に比例してこの衆人監視感も増大し、結果プレッシャーは相当なものとなり、”他人の目を気にして”人は少しでも良く見られたいと考える。これを都会のストレスと呼ばずに何と呼ぼう。つまり人々のダイエット症候群は、都会生活の弊害として顕在化しているように僕には感じられる。
さらに、日本人の女の子の場合もうすでに痩せているのに、さらにダイエットで痩せようとする娘が多い。僕から見ると「何でもっと痩せなアカンの?充分痩せとるやん!」と思うような。過度に痩せたい、針金のような手足にあこがれる女の子が多いのである。
エクアドル人の場合は事情が違う。彼女らは本当に、掛け値なしに太っているのだ。オバちゃんたちはかなりの確率で太っている。さらにその太り方は半端じゃない。誇張なしに相撲取り級の胴回りがその辺をドシドシと歩き回っているのだ。エクアドルの女の子は、20歳まではみんなスラっとしている。がしかし、何たることかその年代を過ぎると、ブロイラーの豚のように腰から下に加速度的に肉が付着していく。これは、アメリカの白人女性にも多かれ少なかれ当てはまる現象である。
オバちゃん、君らは痩せたほーがいいわ。
|
2006/1/12(Thu.)
白夜行
昨年暮れの日本帰国直後、本屋で文庫本コーナーをうろうろしていると、東野圭吾の小説「白夜行」ドラマ化の宣伝を大々的にやっていた。
「1月から連続ドラマとして放映決定!」
白夜行文庫本のカバーは、このドラマに主演する山田孝之と綾瀬はるかの写真に取って替わられている。それと同時に東野圭吾の作品群が一緒に便乗キャンペーンで横積みで売られていた。
私は以前友人の勧めで東野圭吾は「白夜行」と「秘密」(広末涼子主演で映画化済)を読んだ。読後、彼のストーリー構築の鮮やかさ・巧みさ・緻密さと発想の斬新さに驚かされたものである。今年、6度目の直木賞候補にもあがっている人気作家である。

積層した灰色の雲と電線が低く抑圧する空(千葉市内) |
さて、今日からいよいよその白夜行ドラマ版がスタート、初回は2時間スペシャル。コロンボ的展開で、始めの第1話ですべての発端となる事件の真相が明かされてしまい、小説を読んでいない人にとっては私達が小説を読み進みながら味わった”推理謎解き感”を味わうことができなくて気の毒な気もしたが、だが映像化には映像化のやり方があり、2人が主人公であるとこれだけ大々的に宣伝している以上事件の真相をいつまでも隠すわけにもいかないやろうと感じた。むしろ、これからドラマとして何を軸にどう展開させていくのかに興味がある。小説が小説なので仕方ないが、それにしても暗いトーンのドラマである。視聴者がこのドラマ中に笑う場面はほとんどないような気がする。小説では最初の事件は73年に起こるが、その異常性と昨今の世の中を考えると、今起こってもまったく不思議ではない。
主演の2人は、私がエクアドルにいる間に大ヒットしたという「世界の中心で、愛をさけぶ」というドラマでも主演したそうである。昨年暮れ日本に帰ったばかりの頃、誰かに「『セカチュー』がヒットしたんだよ。」と言われて私は「ポケモンさすがだな。エクアドルで放送されてるくらいだからな。」と思ったものである。セカチューのことを「ポケモンの新バージョンまたは新キャラクター」と本気で想像していたのだが違った。
小説を読んだ人にとっては、笹垣刑事役の武田鉄也のキャスティングにオヤッ?と違和感を持った人が多いのではなかろうか。小説中ではガタイがいい初老の、落ち着いて冷徹ではあるがいかにも堅物頑固オヤジ的イメージだったからだ。がこれもまた小説を読んでない人にとってはハマリ役と思える絶妙のキャスティングなのかもしれない。何はともあれ、映像作品として、小説を読んだことのない人が「いいドラマやった」と思うようなドラマになっていればひとまずは映像化成功なんや。小説を読んだ人にも「良かった」と思わせることができれば最高だ。そもそもこの小説の各エピソードを忠実に映像化するのは大変だろうな〜と思うよ。どう映像化されているのか、これから大いに楽しみや。
「俺の人生は白夜の中をずっと歩いているようなもんだからな。」
いつかは見てみたい、白夜。『オーロラもいいけど、白夜もね』。
スンマセン、ややマニアックな話題で。 |
2006/1/3 (Tue.)
JR千葉駅に隣接するこじゃれたショッピングモール。明るい照明の中、服、雑貨、本、アクセサリー等の店が並ぶ。本屋に入ろうとすると、ブルーハーツの曲が聞えてきた。向かいの若者向け服屋から流れてきている。驚いたのは、次の曲もまたその次の曲もブルーハーツだったことだ。つまりブルーハーツだけがかかる服屋である。ビートルズだけがかかる服屋はあるけれど、ブルーハーツは初めてだ。
オチなし。 |
2006/1/2 (Mon.)
恩師との再会
|