2021/1/31 (Sun.)

野焼き。道路まで炎が上がってくる(宮崎県日南市) |

大量の煙が立ち上る |
 |
野焼き 晴れ@日南市
漫画『東京喰種』、借りていた10冊を返し、最後の10冊を借りに、日南のゲオに出かける。
途中、日南市の里山の田園から煙が上がっていた。何かと思って車を停めて野を眺めると、田んぼか畑かを人々が焼いていた。
60代、70代に見えるお父さん、お母さんたちが、畔や斜面に火をつけている。
近くに少し若めの二人の男性がいる。30代くらいに見える。
彼らは、道路から、田に降りて火をつけている農家の方たちと大声でやり取りしている。
「こんにちは」
「こんにちは」
「これ田んぼですか?」
「そうです」
「焼畑みたいなもんですかね?」
「そう、こちらでは野焼きといいます」
「野焼き・・」
「こっちの人じゃないですか?」
「ええ、私千葉出身です」
「千葉では野焼きしないですか?」
「あまり見たことないですね」
彼らは消防団の人たちで、農家の方々が火をつけたり消火したりするのを指導や手伝いをしているらしい。例年ならこの辺りの3地区合同でやるそうだが、今年はコロナ禍で各地区別々でやっているのだという。
毎年この時期にやる恒例行事なのだそうだ。
初めて見る者にとっては、辺りが煙で立ち込めるので、一体何事かとやや驚くが、この辺りの人々にとっては、新・農作業シーズンに向けた大事な行字であろうことは想像できる。
焼畑と同じ原理だとすれば、草を焼くことで田をならし、さらに肥料となる栄養分を作り出す、ということだと理解しているが、そのような先人の知恵を脈々と受け継いでいる伝統行事なのだろう。
道路のすぐ横の斜面の草も焼いているので、炎が勢いよく道路にまで上がってくる。誰も注意してくれないが、道路から火の近くで写真を撮っていたら、結構な勢いで炎が迫って来る。
私が夢中で写真を撮りまくっていると、おじさんが声をかけてくる。
「写真の題は、『コロナに負けるな!』だな、ハハハ」
野焼きの田んぼのすぐ近く、田を見下ろすちょっとした平地に、大きなヤギが一頭飼われている。彼(彼女)は、何を考えているのだろうか、行ったり来たり歩き廻っている。
車に乗り再びゲオに向かうと、田んぼに通りかかる度にやっぱりどこでも野焼きをやっている。日南中が煙に立ち込められている感じ。微風、薄曇りの青空に、至るところから煙が上がる。その光景は、私を不思議と穏やかな気持ちにさせる。土地の人が守り続けてきたものの一端に触れた喜びが、そう感じさせるのだろう。 |
2021/1/30 (Sat.)

岩の急斜面を降りながら朝日を眺める(鹿児島県肝付町内之浦の地磯) |

海がいつになくやけに澄んでいる |

釣り始めて1時間後、ヘダイ40cm。ここまでは良かったが・・。 |

バラ引きでヘダイのウロコを取り、腹を裂くと、真子が出て来た |

文明の利器ことバラ引き |
内之浦 磯釣り 曇り晴れ@肝付町
朝4:30起床、内之浦6:45着、いつもの磯に降りて8時から釣り始める。朝日が昇った直後。
17時まで丸々一日釣って、ヘダイ、ベラ、スズメダイのたった3匹しか釣れなかった。
釣り始めて1時間ほどで強い引き。磯際に突っ込む。メジナかサンノジかと思ったが、銀色の魚体。タイ系の魚だ。サンノジやアイゴは死力を尽くして戦うが、この魚はしばらくのやり取りの後は、浮いてきて、割と諦めが早い。
タモ入れして上げると、ヘダイだった。今まで釣ったヘダイの中では一番デカい。40cm。持ち帰ることにする。
ここまでは良かったのだが、その後どのタナでもアタらなくなる。なんかいつになく澄み潮だ。
小型のウミガメが泳いでいる。こいつのせいで魚が逃げてしまったのだろうか。
11時まで全く釣れない。すると、いきなり後ろから声がして、おじさんが釣りにやって来た。
彼といろいろ話す。このおじさんはいつもフカセ釣りでこのポイントに入るそうだが、このポイントで誰かが釣っているのを見るのは初めてだという。あの、私はいつもここで釣っているのだけれど。
このおじさんはいつもだいたいこのくらいの時間に来るそうだ。私の車が1台停まっていたが、きっと沖向きのポイントに入っているだろうと思って降りて来たのだそうだ。
彼はここで釣りたそうだったので、私はこの釣場で初めて別のポイントで釣ってみることにする。何しろ今日はヘダイ以降2時間全く何も釣れない。なんか魚っ気がないのだ。
そうなるとポイントを変えても同じ気がするが、他のポイントを試すのも悪くない。何しろ今まで私はこのポイントのみでしか釣ったことがないのだ。なぜかと言えば、正面向きのポイントは、磯が低く、波が荒れているときにはまず釣り座が波をかぶっており、初めから入る気になれなかったのである。
おじさんは、「そうかい、ありがとう」と言って私の釣り座で支度を始めた。
私は2回に分けて荷物を運び、正面向きのポイントに移る。
なかなか良さそうだ。雰囲気は悪くない。サラシもいい具合に出ている。今までいたポイントよりは少し深そうだ。
しかし。
結局このポイントで午後5時まで釣って、ベラとスズメダイしか釣れなかった。今日はこの磯場どこでも釣れないのだ。
おじさんは途中で私の方を見に来たが、彼も小さなアイゴが釣れただけだという。「小さいアイゴ」というのは私の経験上あまりいない気がするが、おじさんもややお手上げ状態に見える。
日暮れ前の5時、納竿。
一番下の釣り座から、急斜面の岩場を登っていく。大分上ったところで、はるか左下にいるおじさんが視界に入る。彼はまだ粘っている。左利きのようで、左でコマセを撒いている。
私は急斜面を登る足を止め、岩の上で海に向かっている彼に大声で挨拶をする。
「帰ります!お疲れさまでした!」
始め彼は気づかなかったが、2度目の呼びかけで気づいて、こちらを振り返って「ああ、お疲れさま!」と声を張り上げる。
「気をつけて!」
5時半。日の入りまでそんなに時間はない。おじさんはライト持ってきてるのだろうか。この先の森は陽が暮れたら真っ暗で、あの急斜面はライトなしで登れるはずがない。まあ、ベテランそうだし、ここには何度も来ているみたいだから大丈夫でしょう。
少し心配しながら、私は森の中に消えていく。
串間に帰り着いた後、ヘダイの鱗をうまく取るために、バラ引き(ウロコ取り)を買いに出かける。
近くの100均におもちゃのようなものがあったが、さすがにやめておく。これからずっと使えるものを買いたい。
ニシムタに行き、調理器具売り場で500円ちょっとのバラ引きを見つける。ステンレス製でしっかりしており、なかなか良さげだ。
これを購入。
家に帰って早速ヘダイをさばく。40cmあるのでさばきがいがある。
買ったバラ引きは、素晴らしかった。これを文明の利器と言わずして何を言おう。
「ウロコ取りなんて必要ない」という向きもあろう。確かに、サバやシロギスみたいに鱗が包丁で簡単に取れる魚ならば問題ない。だが、30cm以上のメジナやヘダイをさばいたことがある人なら、その大きくて深い鱗を剥ぐのに苦労したはずだ。苦労というか、いくら時間をかけてもなかなかはがせなかったに違いない。いや、私はそうだった。包丁では歯が立たないのである。
このような魚にバラ引きは必須である。これがあれば、あっというまにすべての鱗がさっぱり取れる。
しかも、包丁で強引にウロコを外す際にはウロコが1mくらい飛び散り、台所中がウロコだらけになるのだが、バラ引きでは飛び散らないところも抜群だ。
圧倒的じゃないか(、わが軍は)。
まったく先人の知恵というものは計り知れない。わずか500円ちょっとの調理器具が、魚料理人の神器のように思えてくる。こんな素晴らしいモノがこんな値段で買えるなんて、まだまだ世の中捨てたもんじゃない。
世の中には、確かにあれば便利かもしれないが別になくても困らないものであふれかえっている。生活必需品が一通り発明されたあとは、人間はいかに生活を楽に、簡単にするかに執着し、色々な技術を編み出し、様々な「要らないもの」を開発してきた。いや、開発者たちを否定するつもりは全くない。
だが、それらのうち、ほとんどが「まあなくてもいいかな」というモノである。
バラ引きも、大きな深い鱗を持つ魚をさばくことのない人にとっては無用の長物だ。が私には必需品である。
歳を取る度に人生の「必需品」というものに出会うことはどんどんなくなる。もう持っている、というよりも、むしろほとんどの品が「必要ない」と思うようになる。こう考えるのは私だけかもしれないが。
50過ぎてこのような「必需品」に出会えるのは望外の喜びである。まだまだ人生には未知のものがあるのだ。50年かけて得た知識や経験などごくちっぽけなものだ。
ウロコを素早く取り、腹を裂くと、真子が出て来た。始め気づかず、包丁を入れてしまったので、傷ついて形が崩れてしまったが、せっかくだから食べることにする。より分けて皿に取る。
そして、内臓を取り、頭を落とす。血合いをよく洗って、水気を拭きとる。頭もあら汁のために取っておく。
|
2021/1/23 (Sat.) 〜 1/24 (Sun.)
アニメと漫画の週末 晴れ@串間市
釣りに行く元気がなく、週末は朝から晩までアニメと漫画で過ごした。
友人のYお薦めのサッカー漫画『Days』をユーチューブで24話まで一気見。一気見したということは、なかなか良かったということで間違いない。
アベマ無料で『キングダム』第2シリーズ。
日曜日にはゲオに行って『東京喰種』次の10冊を借りて読みまくる。面白すぎる。謎が徐々に明らかにされる。そして物語は新たな展開へ。 |
2021/1/17 (Sun.)
ゲオで漫画借りる 晴れ@串間市
日南のゲオで、漫画『東京喰種』10冊を借りる。
先週書いた通り、アニメを全話見たのだが、露ほども釈然としなかったので、原作を読むしかあるまいと考えたのだ。
10冊借りると割引となり、7泊8日で770円。1冊77円だからそれほど安い気はしないが、高くもないので良しとしよう。
『東京喰種』が14巻、第2部の位置づけの『東京喰種:re』16巻、合計30巻。10冊ずつ3回借りればちょうど完読だ。キリがいい。
ところで、今日初めて日南市立図書館に行ってみたのだが、市外の人は利用禁止となっていた。入口に氏名住所を書く紙があり、要するにコロナ対策であろう。
念のため係の人に聞いて、市外の者は利用禁止の旨を確認し、そのまま回れ右して図書館を出た。
家に帰った後、早速『東京喰種』1巻から読みまくる。面白い。やっぱり話が全然アニメと違う。
|
2021/1/16 (Sat.)

夜明けの磯にすでに釣り人が一人 |

サンノジ41cm(鹿児島県肝付町内之浦の地磯) |
内之浦久々の磯釣り 曇り晴れ@肝付町
昨年11月1日以来の内之浦。いつもの磯に7時前に到着し、8時頃から釣り始める。フカセ釣り。
寒グレシーズン真っ只中だから、目指すは40cmオーバーのメジナ。
いまは1年の中でも日の出が一番遅い時期であり、釣り開始時間は冬は遅くなる。この地磯に降りるには森の中の急斜面を降りていかねばならず、日の出前の暗いうちにライトで降りるというのはなかなかに危ない。
今日の日のでは7時過ぎなので、7時頃に磯に到着するように家を出る。
磯に降りると、正面にすでに一人の釣り人が釣りを始めている。少し前に海に向かって左手から陽が昇ったようで、水平線上がオレンジに色づいている。朝は雲が垂れ込め、太陽は見えない。が。
0号ウキでスタート、水潮なのか沈みが速過ぎるのでG2に変えてG5のガン玉を一つ打つ。その後G5をもう一つ追加。
波がやや高い。この時期、大体ウキはスパッと沈まない。エサ取りでも大物でも、ウキを一気に消し込むような活性はない。
エサ取りでも大物でも、このところのアタリは、ウキは始めじわじわと沈んで、エサ取りの場合はそのうち付け餌を食べ尽くすと、ハリから離れるので、ウキは再び浮いてくる。エサ取りの場合、じわじわ沈んで、その間どのタイミングで合わせてもほとんどハリ掛かりしない。ウキを沈めるので付け餌をくわえているか、外からついばんだ状態で引っ張っているはずなのだが、まずハリ掛かりしない。
一方、大きな魚だと、始めウキをじわじわ沈めるのは同じだが、そのうちさらに深みに引き込む。そこが合わせるタイミング。
今日はまずまずの釣果。
8時頃〜15:30まで釣って、メジナ7(最大30cmが2枚)、サンノジ41m、アイゴ32cm、イスズミ、ベラ2。
サンノジ41cmは最大記録タイだったし、メジナ、アイゴも引き味を楽しめた。
今日も2度ハリスがスパッと切られた。しかも2投連続。ハリスは2号。
ここでは毎回毎回2回くらいハリスを切られる。まだその正体を掴みきれていない。
房総からこちらに来て感じるのは、フグが少ないということ。
ここ内之浦でもフグはほとんど釣ったことがない。よってハリスを切るのはフグではない。大型イスズミか尾長メジナかと推測していたが、これだけ切られてしまうとすると、イシダイかもしれない。この内之浦の磯一帯は、イシダイ釣りでも有名である。
大型のイシダイならば、ハリスを5号くらいに上げた程度では歯が立たないことになる。
なんとかこの謎の糸切魚の正体を見たい。 |
2021/1/11 (Mon.)
連休最終日 晴れ@串間市

奥は右から上甑島−中島−中甑島。それぞれを結ぶ橋がよく見える
(鹿児島県薩摩川内市) |
3連休もあっという間に終わった。
連休は、アベマでアニメを見ていた。『ワンパンマン』第2期、『東京喰種(トーキョーグール)』、『キングダム』。
『東京喰種』は、面白いのだがなんかストーリーが釈然としなかった。それに、謎が謎のまま、全く解き明かされることのないまま、終わってしまった。
一体誰がこんな中途半端なアニメを作ったのだろう?
これは原作漫画を読むしかあるまい。
このアニメで唯一にして最大の傑作は、第1期のオープニング曲。「凛として時雨」というバンドのボーカル兼ギターの人のソロ曲なのだが、『東京喰種』の主人公の心の叫びをそのまま歌っているような歌詞と、激しいロックサウンドに巧みにピアノとヴァイオリンを融合させた、オリジナリティあふれる楽曲。
アニメや原作漫画を全く知らない人にとっては、ささやくようなヴォーカルで、ちょっと痛い曲のように感じられるかもしれない(尾崎豊に通ずる痛さだ)が、知っている人にとっては、凄まじく感情移入できる曲で、とにかく素晴らしい。
才能というのは、輝かしいものである。 |
2021/1/8 (Fri.)

上甑島 里の港(鹿児島県薩摩川内市) |

甑島の警戒猫 |

上甑島、遠目木山山頂から見た海 |

孤高の犬の像。甑山犬 |
宮崎県に緊急事態宣言 晴れ@串間市
コロナ禍が始まってもうすぐ1年。ここにきて全国の新型コロナウィルス感染者が指数関数的に急増している。第3波というやつだ。
6日には全国で初の新規感染者6千人越え。7日には初の7千人越え。第3波は巨大な波だ。
そして、今日から東京、神奈川、千葉、埼玉の4都県に緊急事態宣言が再発令された。
一方、宮崎県でも感染者が急拡大している。
昨日7日は、1日の新規感染者数が初めて100人を超えた。10万人当たりの感染者数は、全国3位まで跳ね上がったという。
明日9日から、県独自の緊急事態が発令される。
これじゃあ、首都圏だろうが宮崎だろうが、どこにいても危ないじゃないか。
1年前にこの騒動が始まった頃には、まさかここまで長引くとは思っていなかった。まったく高をくくっていたといってよかろう。それがこの有様である。
宮崎県の南端にあっては、この1年間でほとんど生活上の不自由を感じることもなかったし、仕事にもほとんど影響はなく、普通に出勤し、帰宅してきた。
ここにきてようやく実感がわいてきつつある。
この1年間で、何度か私の住む街の人々のマスク着用率を報告してきたが、もう最近はほぼ100%である。信じられない状況だ。
もはやマスクは服と同じなのだ。マスクをしないで外を歩いていたら、服を着ないで外を歩いている人のように奇異の目で見られる。
しかし、忘れてはならないのは、マスクを着用できない体質や病気の人もいる、ということだ。服を着てないのに正当な理由はない気がするが、マスクをしない場合、正当な理由があることがある。いや、服を着てないことに対しては「お金がないから」という正当な理由が存在するだろう。
ただ、正当な理由があろうと、外で全裸でいると法律に抵触する恐れがあるので、注意した方がいい。
以前書いたと思うが、最近、いや、ここ10年くらいで、やたらとマスクをする人が増えた。私が子供の頃、今から40年くらい前には、街でマスクをしている人なんて、ほとんどいなかった。それが最近は春先は花粉症、冬はインフルエンザでたくさんの人がマスクをしている。。私は正直、「そんなに心配が必要かね?」と常々マスクをする人に対して、やや懐疑的な見方をしていた。
だがこのコロナ禍は、マスクの有効性を世界的に認知させたと言ってよかろう。
世界が変わったしまったのを感じたのは、東日本大震災以来だ。あの時は、ガイガーカウンターがスーパーのレジで売られ始め、核戦争後の世界のようなSF的な世界になってしまったと感じたものである。
このように世界が変わったのは、マスクが服と同等的立場になったことだけではない。
マスクを外に出ている人全員がしていることによって、人間の個性が埋没してしまったことだ。顔の半分以上を隠して人々がみんな匿名になってしまった。
顔を隠すと、人間というものはこれほどまでに各人を特定できなくなってしまうものか。人間というものは、もちろん体型や言動などによって他者を認知しているのだが、何と言っても一番注意を向ける場所は、他人の顔である。なぜなら、顔というものは、口によって発話することはもちろん、様々な表情による表現によって、他者とのコミュニケーションを取るからである。他者に対して表情によって自分の気持ちを表明し、他者の表情からその人の気持ちを察知する。他者とのコミュニケーションの上で、顔ほど重要な部位はあるまい。
いまは、みんなが顔を隠しているので、気持ちが読み取れない。社会が無表情となり、店や職場、あらゆるところ、人同士が交流する場に置いて、コミュニケーションが難しくなっているのではあるまいか。
保育園の幼児が、マスクをしている保育士とのコミュニケーションがとり辛くなっていることにより、教育にも影響が出ている。
ところで、以前も言ったが、マスクマジックというもので、スキー場の女性がみんなかわいく見えるのと同じで、マスクをすると女性がみんなきれいに見える。
これは不思議だ。容姿の印象における目の果たす重要性は明らかだと思うのだが(つまり、目は美醜判定における重要な要素)、目だけ見えたらみんなかわいく見えるってどういうことだ?結局、人間は、美醜というものを、顔全体のパーツ、輪郭、バランスから判断している、ってことだろう。
都会の若者たちなどは、女性がみんな顔を隠してしまったことによって、街でかわいい女性を探す楽しみがなくなってがっかりしている人もいるだろう。私が例えばいま大学生で都会に住んでいたら、きっとそう思うはずだ。
中東に旅した時に、女性が民族衣装で顔どころか体のラインまで隠しているときにもそう感じたものである。いや、その、いやらしい下心というわけではなくて(いや、実際はそうなのだが)、やっぱりそれまでの人生で、人間は普通に顔や体をさらけ出している社会に生きて来たから、人の容姿は他者から見えるものだと刷り込まれているのだ。
ワクチン接種を皆が受ければ、世界はマスク社会から開放されるのだろうか。
きっと、日本ではいままでも相当数の人がマスクをしていたので、ワクチンができても、マスク着用率は高いまま推移する気がする。
|
2021/1/4 (Mon.)
甑大橋(鹿児島県薩摩川内市) |
連休最終日 晴れ@串間市
7日間に渡る年末年始休み最終日。
朝からアベマで『東京喰種』を見る。
昼過ぎ、風車が3機も止まっていたため、サイトに出かけてトラブル対応。
夕方からアベマで『キングダム』。
こうして7日間の休みはあっという間に過ぎ去った。
|
2021/1/1 (Fri.)〜1/3 (Sun.)

甑島地図。鹿児島県いちき串木野市の串木野港からフェリーに乗る |

断崖の甑大明神 |

味のある顔嵌め看板 |
 |

キリスト教徒殉教碑から見た下甑島の海岸線 |

釣掛崎灯台が点灯開始 |

手打麓武家屋敷通り |

ホテルの朝食バイキング。飢えた体にこの上ない栄養補給 |

遠目木山山頂から見た里のトンボロ地形(上甑島) |

遠目木山山頂にある、里小学校卒業生の登頂記念碑 |

甑島きっての景勝、長目の浜 |

なまこ池 |

平良地区の路地 |

平良小学校にある子供の像。右のボタンを押すと、平良小、平良中の
校歌が割と大音量で流れる |

昨年できたばかりの甑大橋 |

鳥の巣山展望所から見下ろす甑大橋 |

ナポレオン岩 |

鹿児島の旅は、桜島とともにある |
甑島(こしきじま)へ
元旦。朝10時後に起き、意を決してこしきフェリーに電話してフェリーを予約する。今日は波が収まった。7日間の休みのうち、あっという間に3日が過ぎ去ってしまった。行動せねば。
正月気分は全くない。普通の1日が始まる。
車に釣り道具と宿泊用品を積み込み、12:30出発。志布志の台湾料理屋で昼食。相変わらず凄まじいボリュームだが、何とか平らげる。よほど腹ペコの時しかここには来れない。
西に向かって走る。15:30頃、フェリーの出る串木野港到着。港直前にあったセルフのガソリンスタンドでガソリンを入れる。今日は元日である。去年の元日に、愛媛西部佐田岬周辺のガソリンスタンドが軒並み閉まっていて、燃料切れ寸前までいき、保険を使ってガソリン10リッター(無料)を入れてもらった悪夢がよみがえる。
ましてや島である。主要3島で人口7000人くらいの大きな島とはいえ、この3日間、ガソリンスタンドのみならず、すべての店が閉まっているなんてことも想定せねばならない。しかしそうしたらサバイバルだな。自分で魚釣って飢えを凌ぐしかない。
出航前、島に渡って食料がなかったら困ると思って、スーパーで弁当でも買おうかと思ったが近くにスーパーがなく、時間もあまりなかったので結局買えずじまい。
車中泊もありだが、泊まるところの辺りはつけておこうと思って、ネットで調べたいくつかの民宿に電話する。すると、このコロナ禍の折、いずれも休業中だった。今の時期民宿営業は厳しい。旅先では、ホテルよりも民宿の方がいい。宿のおかみさんや主人との距離が近いので、彼らから土地のことをいろいろ知ることができるし、穴場の観光地なんかも教えてもらえる。残念だが今回は民宿は断念せざるを得ない。
そうこうしているうちに16:40フェリー出航。上甑島の里港に17:55着。
甑島は、薩摩半島の西側30kmのところに位置する島で、北から、上甑島、中甑島、下甑島の主要3島から成る。下甑島が一番大きい。
つい最近、中甑島と下甑島を結ぶ甑大橋が開通するまでは、下甑島は上、中甑と陸路ではつながっておらず、船で渡るしかなかったが、いまはすべてが橋でつながっているので車で移動可能。
まず食料の買い出しをしようとスーパーを検索して行ってみるが、小さなスーパーはどこも閉まっている。どうやら、夜遅くまで営業している大きなスーパーはないようだ。元日だからかもしれない。ある人の話によると、正月3が日は店はほぼ閉まっている、とのことだったが、そうなると恐ろしい展開となる。
数年に一度の寒波が来たばかりだったが、それほど寒くはなかったので一瞬車中泊も考えたが、あろうことか食べ物を積んでこなかったので、なんとか宿で何かを食べないといけない。
港に車を停め、じゃらんで宿を調べる。ネットがつながらなかったらさらに苦境に陥るところだったが、ネットはつながった。
甑島で出て来たホテルは1軒。しかもフェリーを降りた里港のすぐ横に建っている。
もうすぐ午後7時。島に上陸してから1時間近く経っている。背に腹は代えられないので、このホテルを予約する。とりあえず素泊まりで2泊。2泊で8700円だからそれほど高くはない。
すぐにチェックイン。しかし残念ながら、ホテルのレストランは今日は休業とのこと、元日だから仕方ないか。
結局何も食べるものがない。買えない。昼に台湾料理をたらふく食っておいてよかった。
最悪夕飯抜きか?と思っていると、ホテルには売店があり、お土産の他、カップラーメンやレトルトかゆなどを売っていたので、今日の夕食は、カップ焼きそば(UFO)200円にする。年明け初日、元旦からモチもおせちも食わずにカップ焼きそばとは、今年もいい年になりそうだ。
それに、本土で買っておいた菓子パン1個。持ってきたミカン。
部屋で食べたあと、しばらくネットで東京喰種(グール)を見て、その後大浴場へ。大浴場があるホテルは最高だ。
風呂後、11時には眠る。
正月気分は全くない。ホテルのロビーではさすがに雅楽が流れているが、部屋にいると正月を感じさせるものは何もない。外の景色も然り。
1月2日土曜日。
朝7時に起きるつもりが、一旦起きて朝飯の菓子パンの残りを食べた後、8:30頃までダラダラと布団から出られない。
9時頃宿を出て、里地区を歩いて散策する。曇り空。
武家屋敷通り、亀城跡を見る。亀城は、鎌倉時代に建てられたという。城の遺構は残っていないが、一画に戦没者慰霊碑があり、戊辰戦争から、十年の役(おそらく、明治10年の西南戦争のことだと思われる)、日清、日露、支那事変、大東亜戦争に至るまでの、この地出身の戦没者の名が刻まれている。
日本最強の武士と言われた薩摩士族は、西南戦争で実質滅びたのであり、ここ甑島からも薩軍として多くが出兵し戦死したようであり、刻まれた名前も多い。
亀城跡には展望台があり、そこから里の街を見下ろせる。
里小学校前で掲示板を何気なく見てみる。修学旅行に行った生徒たちの作文が載っている。
その中で、「船が出るかどうかが心配でした」というくだりがあった。離島の人々がいかに船に頼っているのかが推察される。
私は瀬戸内の大崎上島(広島県)に3か月ほど住んでいたが、瀬戸内は湖のような内海なので、庶民の足であるフェリーが欠航になることはほとんどない。
しかし、外海となれば話は全く変わってくる。時化が来れば、船は欠航し、島民は孤立する。誰も出られないし、誰も入れない。
修学旅行は、出発日に船が欠航になったら、延期ではなくそのまま中止になってしまうのかは分からないが、その切実な思いが伝わってくる。
穏やかな海を願う島の人々の心は、内陸に住んでいる人には決して分からない心持である。
すると、おじさんに声をかけられる。
「観光かい?」
宮崎から来たことを告げると、彼はボンビーガールの話を始めた。私は初めの会社を辞めた2013年以降、8年近くテレビを見ていないので、テレビ番組のことなど皆目わからない。
このおじさんによれば、「ボンビーガールのかおりが始めた宿がこの先にある」とのこと。私は彼が何を言っているのかさっぱり分からないかったので、「知りません」と言いながら適当に相槌を打つしかなかった。どうやら、テレビで話題になった場所が近くにあるらしい。
「どう、この島は?」
「来たばかりでよく分かりませんが、のんびりしたところですね」
その後、車に乗って島を巡る。上甑島と中島を結ぶ甑大明神橋からは、切り立った断崖に一つの鮮やかな朱鳥居が建っているのが見える。甑大明神。しかし、この鳥居には行くことができない。恐るべきところに建っている。
中島と中甑島を結ぶ鹿の子大橋。めがね橋のような形状の橋が海にかかっている。
ラジオでは箱根駅伝往路の中継をやっている。ここ鹿児島の離島でも箱根駅伝は人気なのだろうか。箱根駅伝というのは、関東の大学しか出場しないのだが、そもそも鹿児島というのは駅伝が盛んな土地らしい。よく地方自治体の駅伝大会の案内を耳にする。
腹が減ったので中甑島の平良漁港周辺で店を探すが、全くない。ガイドマップに乗っている店は軒並み閉まっている。1月2日、どの店も営業していない。
令和2年8月に竣工した甑大橋を渡ってさらに南下する。この橋のおかげで上、中、下甑島がすべて陸路でつながった。いい橋だ。中甑から渡ると、しばらくすると左カーブがあり、その後ずっと直線となる。
鹿島港、長浜港に行ってみるが、開いている店は一軒もない。
交番があったので、今日開いている食堂を聞いてみようと思ったが、誰もいない。「御用の方はインターホンでお話しください。交番につながります」と書いてあるが、さすがに「今日開いている食堂ありますか?」とわざわざ正月の警官に聞くのも気が引けたのでやめておいた。
さらに南下し、下甑島の最南端に近い手打港まで行くがやはり何もない。
何ということだろうか。日本という豊かな国にあって、飢えの危機に直面するとは。ってまぁ別に二日も三日も食ってないわけじゃないから大げさなんだけど。一食抜いただけで大騒ぎするような軟弱になってしまったことにも愕然とする。
最南端まで来て、もうこれはホテルに帰るしかないと決断する。ホテルのレストランは、昼間だけ営業していることを確認している。午後2時まで。
時刻はもうすでに午後1時。あと1時間しかない。里港のある上甑島まで、また一気に戻る。
甑島は山がちな島だ。クネクネの山間道が続く。それを炎の走りで駆け抜ける。幸い、正月の島には渋滞はない。
下甑→中甑→上甑に入り、ホテルに着いたのは午後1時45分。レストラン閉店の15分前。ラストオーダーが30分前だったら、もう立ち直れないほど折れるだろうな。
ドキドキしながらホテル2階のレストランへ行く。まだやっていた。
よっしゃああああああ!!!!!!
1月2日の昼時、客は誰もいない。広々したレストランに、ウェーターのおじさんが一人。
メニューを見て、とにかく腹に溜まるもの、腹持ちがいいものを探す。ハンバーグ定食ご飯大盛りにする。夕食もおそらくホテルの売店で売っているカップラーメンだろうから、定食にラーメンでも頼んで食いだめしてやろうかとも思ったが、さすがに食い切れないのでやめておく。
しばらくして、レストランの雰囲気に似た、こじゃれた定食が出て来た。なかなかよろしい。軽く平らげる。
ウェーターの人と話をする、彼曰く、「この島では、1月1日と2日は、ほぼすべての店が休み。そういう習慣」なのだそうである。そして、「1月3日には、Aコープ(スーパー)が開くのでないか」とも言っていた。
よく考えてみれば、田舎であれば当然のことだ。私はテレビを見ないし、モチもおせちも食べる気ないので、どうも正月という、人々にとってはビッグイベントを軽視しがちである。コロナ禍の折、正月に大々的に初詣や初日の出に行くという人々の活動が全く見られないことも正月気分にならない要因かもしれない。
しかしそれにしてもこの事態は予想できたのである。というか予想していたのだ。それでいて米もふりかけも缶詰もコーヒーも何も持ってこなかったとは、何たる手落ちか。コンロまで積むのを忘れてしまった。これじゃあよく考えてみたら車中泊なんてできないじゃないか。
ダラダラ生活で、準備までダラケてしまった感がある。
ともあれ、何とか昼食は量を食えた。ご飯大盛りでも値段は変わらず1000円。良心的。
フロントに行って、明日の朝食を頼む。1階には朝食用のカフェがあり、ここで朝食を摂れるのだ。今朝は1000円と高かったからやめておいたのだが、さすがにここまで食えない現実が迫ってくると、食べれるところで食べておかないと取り返しのつかないことになる。
とはいえ、明日は午後2:35のフェリーで帰るので、夜には本土でいくらでも開いてる店が見つかると思うのだが、今晩もカップラーメンだろうから、朝食くらいはたらふく食べたい。明日の昼も食えるか分からないのだ。
1000円と思っていたが、800円だった。ラッキー。
昼食後、気を取り直して再び下甑島南端、手打へ。余裕で1時間かかる。
こちらにも武家屋敷通り。武家屋敷的な家はないのだが、狭い通りと生け垣の雰囲気がいい。
森進一『おふくろさん』歌碑。なぜ『おふくろさん』の歌碑があるかというと、森進一さんの母がここ下甑手打の出身という縁のためだという。
番所跡。
そして再び車に乗り、 釣掛崎断崖にある、キリスト教徒殉教の地。ここでも江戸時代にキリシタンが弾圧に遭い、1638年にこの釣掛の地で処刑されたという。
細い林道を入ってきた断崖の上に慰霊碑は建っている。はるか下に海。そして船首系の岬が幾重も海に突き出している。大隅半島で見たような海岸線だ。
釣掛埼灯台。夕暮れの灯台は、私が着いて、しばらく周りを散策していたら点灯した。巨大なレンズが回り、両側の光が360°回転しながら、船乗りたちに陸地の場所を知らせる。
陽が暮れる。
孤高の犬の像に着いた頃にはあたりはすっかり暗くなっていた。西郷隆盛の愛犬、ツンは薩摩犬だが、その先祖は甑山犬と言われる、甑島原産の犬だという。この甑山犬は、戦時中に絶滅したと言われる。
話しはそれるが、上野にあるツンを連れた西郷隆盛像は、彼が西南戦争で戦死後、21年後の1898年(明治31年)に除幕された。東京に銅像が建つというのは、いかに西郷隆盛という人物を当時の人々が敬愛していたかということになろう。そして120年以上経ったいまもそのまま親しまれているということの驚異。
西郷どんは伝説になったのである。
大久保利通、木戸孝允、伊藤博文といった維新後東京で活躍した人々の、上野の西郷さんのように親しまれている銅像があるか?否。
(伊藤博文もの銅像は、国会議事堂にあるが、一般人の目には触れない)
大久保利通は、明治日本におけるその功績は計り知れないものの、西郷隆盛を死に追いやった張本人として、地元の鹿児島でも不人気だ。ご承知の通り、西郷が西南戦争で戦死した翌年、薩摩士族とつながりのあった石川県の元士族により彼は志半ばで暗殺される。
暮れ行く空に鼻先を突き上げる甑山犬の像を撮った後、再び手打地区へ。
陽が暮れた武家屋敷通りはすっかり様相が変わっている。暖かい色の街灯が並び、誰もいない通りをしっとりと照らし出している。
ランニングの人が近づいてきて走り去っていく。
武家屋敷通りを歩き行き、歩き戻る。
風情に十分に満足したので、ホテルに戻ることにする。
再び車で1時間の道のり。
19:30にホテルに着き、昨日と同様、売店でカップラーメンを購入する。今日はカップヌードルのシーフード。二日連続で夕食がカップラーメンなんて、果たして人生にこんなことがあっただろうか?
何しろ店が開いてないのだから、パンも弁当も野菜も肉も何も買えない。買えるのは自販機のジュースくらいか。
空いている店がなければ何も食べることができない、ということを思い知らされる。
無気力のまま来たので、魚を釣って野草を摘み、サバイバルするという気概が全くなかった。技術的には可能だっただけに、情けない。野草はまだしも、島である。魚ならベラでもカサゴでも何でも釣れそうじゃないか。
だが、せっかく来たのだから観光をしたかった。
1月3日日曜日。
今日は14:35長浜港発のフェリーで九州本土に戻る。それまでは観光し倒す。釣りをする時間があればしたいが、あるかどうか。
朝6:20起床、7時前にチェックアウト。フロント目の前にあるレストランで朝食。バイキング。
パン中心だったが、そのパンが焼き立てで美味いし、おかゆもあって、おかずも結構あり、素晴らしい。カップラーメンを夕食としている身としては、栄養を摂れるこの上ない朝食だ。これで800円なら大満足。
8時前から近くの遠目木山(とおめきやま)に登る。30分強で山頂に到達。標高423m。
天気がいいこともあり、眺望がすばらしい。眼下すぐに、里の街が広がっている。里のトンボロ地形が手に取るようにわかる。
トンボロとは、沿岸流と波の作用で海底の砂礫が水面上に現れた細長い地形のことで、日本語では陸繋砂州という。
左右を海に挟まれた、土地が浸食されたように見える細長い砂州の部分に、びっしりと家が建ち、里地区を形成している。変わった地形である。
南北に1500m、最大幅1000m。
海が左右からせり出してきて、土地が細長いくびれ状になっている場所と言えば、函館と男鹿半島の付け根を思い出すが、ここは砂州だそうである。くびれ部分がびっしりと街になっている点では、函館はここに似ている。
左には長目の浜。
山頂には、里小学校の卒業生たちが、先生と一緒に毎年登頂しているらしく、各学年の石で造られた銘板的な記念碑が地面に埋め込まれている。生徒たちの名前と先生の名前。この山に登ることは里小学校の卒業時の恒例行事なのだろう。各年大体5名〜多くても10名くらいなので、この街の子供の数が知れる。
30分ほど展望を堪能したあと、来た道を降りる。峰の山まで縦走するという手もあったのだが、フェリーの時間まであまりないので、やめておく。
下りは20分ほど。
その後、甑島きっての景勝、長目の浜を展望台から眺め、中甑島の平良港周辺の狭い路地をそぞろ歩き、平良小学校では校歌が自動で流れるボタンがあったのでそれを押し、大音響で流れる校歌に驚く。
帽子山展望台に上り、平良の街と港を上から眺めた後、さらに南下して、甑大橋を渡り下甑島に入る。甑大橋のすぐ上にある鳥の巣山展望所から、甑大橋を見下ろす。
素晴らしい光景。晴れているが、風が強く、、海面は白く波立っている。その荒れ海の上に真っ直ぐと伸びる橋は、人間の強固な意志を反映してるかのように浮かび上がっている。
鳥の巣山灯台から下に下がっていく道があり、橋の近くまで行ける。吹きっさらしで風が非常に強い。
もう12時半。フェリーの時間まであと2時間しかない。
鹿島地区にある甑ミュージアム恐竜化石等準備室に行ってみるが、さすがに1月3日なので閉館している。
一気に南下し、最後の訪問地、ナポレオン岩へ。時間がない。山道の細いクネクネ道を通って島の東海岸から西海岸へ。この島も山がちで、陸は大抵断崖になって海に落ち込んでいる。ほとんと地磯というものがなさそうであり、釣りのメッカでもあるのだが、釣師は渡船に乗るようだ。
炎の走りでようやくナポレオン岩が見える前の平展望所にたどり着く。ナポレオンの横顔に似た巨大な岩礁が海に浮かんでいる。
これで甑島の観光は終了。
再び炎の走りで長浜港へ戻る。
ギリギリセーフ。
結局昼飯を食うヒマもなく、14:35のフェリーに乗りこむ。というか、昼飯を食う場所もなかったけれど。
16:15串木野新港到着。串間に向かって走り始める。
道中、昼食抜きで腹が減っていたので、いい感じの食堂があったら入ろうと思っていたのだが、なかなかいいところがないまま、時は過ぎる。
右手に桜島が見える。まさに鹿児島人にとっての富士山だ。近くに来れば、どこからでもその雄姿が目に入ってくる。
結局、食堂に入る機会を逸し、志布志まで戻って来て、2日前の昼食を食べた、例の超大盛り台湾食堂に再び入る。ここまで空腹なら、ここが最もよかろう。
19時過ぎている。これは確実に夕食だ。回鍋肉定食。定食にフルサイズのラーメンがつく。台湾ラーメンを選ぶ。
串間帰着は20時過ぎ。
またまたアベマのアニメ『東京喰種』を午前2時頃まで見てしまった。
明日4日で休みも終わり。
今回の甑島は、2泊3日で正味2日弱、観光し倒した。釣りもせずに、上甑から下甑まで、縦横無尽に駆け巡った旅だった。
。
正月の甑島は、動いていなかった。小売り系の店はすべて休業していた。しかし特に死んだ街のようには感じなかった。何でだろうか。
もともと、島では人通りも多くないし、正月でも平時でも、特に賑やかになることもなく、ひっそりのんびりとしているからだろう。
釣りの観点からも、島の暮らしにはあこがれるが、物価が高そうなことは厄介だ。もっとも、以前住んだ大崎上島では、、特に物価が高い感じはなかった。
|