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日記
(2025年7月)
2025/7/30 (Wed.) 〜 8/2 (Sat.)

津波注意報発令のため、国道九四フェリーが動いていないため、
急遽佐賀関の田中運動公園で車中泊する (大分県大分市)

佐賀関の港近くの狭い路地。やっぱり静まり返っている
(大分県大分市)

佐賀関には渋い商店街がある (大分県大分市)

ついに津波注意報が解除され、国道九四フェリーが運行開始する。
三崎港到着前、佐田岬の風車群。とてつもなく天気がいい。暑い
(愛媛県伊方町)

隈研吾氏の建築による、梼原町の町役場 (高知県梼原町)

梼原町の町役場内部。広々とした吹き抜けに、茶屋を模した
家状の建築がある (高知県梼原町)

梼原町の「維新の門」には、梼原出身の幕末の脱藩志士の銅像
がある。坂本龍馬の銅像もあり、彼もここ梼原を経由して脱藩
していった (高知県梼原町)

梼原町中心部のメイン通りには、この辺りの伝統芸能である
津野山神楽の登場人物たちの像が点在している
(高知県梼原町)

梼原町中心部のメイン通り。電柱がない (高知県梼原町)

 ゆるり梼原。これも隈研吾氏の建築 (高知県梼原町)

梼原町の「雲の上の図書館」内部。隈研吾氏の建築。
上からつり下がっている木材の造形美がすさまじい
(高知県梼原町)

日本の原風景のような、梼原町越知面の風景 (高知県梼原町)

梼原町越知面の風景 (高知県梼原町)

梼原町越知面地区のマンホールには、カワセミが描かれている
(高知県梼原町)

隈研吾氏が梼原町に木造建築を建てるきっかけとなった、
梼原町の古い木造建築・ゆすはら座。彼はこの木造建築を見て
いたく感動し、木造建築を見直すきっかけになったのだという
(高知県梼原町)

道の駅ゆすはらに隣接した「雲の上のギャラリー」。これも
隈研吾氏の建築。合わせて、「隈研吾ミュージアム」もある
(高知県梼原町)

復元された掛橋和泉邸。掛橋和泉は、梼原町から脱藩する志士
たちの支援をしていた (高知県梼原町)

高知県の山あいの町、梼原町 (高知県梼原町)

道の駅・佐田岬半島ミュージアムの食堂「風車」のちりめん丼。
卵とタレと混ぜると美味い。タレの味が絶妙。ちりめんは
このあたりの特産らしい (愛媛県伊方町)

じゃこ天も愛媛のソウルフード (愛媛県伊方町)

三度目の移住先検討旅行 ついに移住先決定?  

7月30日水曜日。今日も酷暑。
仕事を17時で切り上げ、これからまたまた四国へ渡る。
退職に伴い、9月末くらいには串間からどこかに移転するため、それまでに移住先を決めねばならない。
今回も佐賀関から佐田岬に渡る予定。
ところが。

今朝発生した、カムチャツカ半島近辺を震源とする大地震の影響で、北海道〜沖縄に渡る広範な沿岸地域に、津波警報と津波注意報が出ている。
これはもしやと思い、国道九四フェリーのホームページを見たら、「欠航中」となっているではないか。
あわてて国道九四フェリーに電話する。曰く、「いま佐賀関にも三崎にも津波注意報が出ているので、運行を見合わせている」との由。
この注意報が解除されない限り、運行再開しない、ということだ。
ガーン!!!

しかしこれから夜に注意報が解除されることを期待して、予定通り佐賀関に向かう。
18時前に出発。途中眠くなったので、川南サービスエリアで休憩。いつものようにマドレーヌを買って糖分を補給しようと思ったが、19時で売店は閉まってしまっていた。
仕方ないので、小便だけして再び走り始める。

津久見インターを降りたのが21時ごろ。車を停めて国道九四フェリーのホームページを見ると、今日30日は、最終便まで全便運休と変わっていた。まだ津波注意報が解除されないのだ。
ガーン!!
今日は四国に渡れないこと確定だ。
これから関門海峡まで行ってしまなみ海道、今治経由で四国に行ったら、宇和島までいったい何時間かかるか分からない。

今日は佐賀関近くで車中泊をすることにする。明日どのタイミングで解除されて四国に渡れるのか、渡れないのか、不安は尽きない。
臼杵のすき家で夕食。高くてすき家には行かないと宣言したばかりだが、さすがにこの時間の地方都市では、ジョイフルくらいしか他に選択肢がない。
24時間営業のマックスバリュで明日の朝食を買う。臼杵に24時間営業スーパーがあるとは驚きだ。きなこもち、コーヒー、お茶、ヨーグルト。持ってきたクーラーボックスに入れる。

佐賀関で公園を探し、田中運動公園というところに向かう。
途中、道を下ると、港だった。住居が港の周りに密集している。街灯の灯りだけだが、家々は密集し、港の道に車がずらりと並んで駐車している。
思えば私は、佐賀関の街にはフェリーターミナル以外に来たことがない。地図を見てみると、佐賀関は岬状であり、その岬が一部くびれているところに街があるらしい。フェリーターミナルはくびれの先、北側にある。

港町は静まり返っている。よく考えてみると、ここ一体、海端はすべて津波注意報が出ているので、一部の人は高台に避難所に避難しているのかもしれないが、おそらく、今朝の大地震以来だいぶ時間が経っているので、これは私の推測だが、多くの人はすぐに避難できるような態勢で自宅待機しているのではないかと思われる。
それにしてもこれだけ家が密集している割には、とても静かだ。静まり返っている。津波の前は静かになるという話を聞いた気がするが、津波注意報が出ている港町を車で走行している私も私だと思う。

港に一旦降りて静まり返った港町をしばらく走った後、細い道を今度は上がっていく。23:15ごろに田中運動公園に到着。夜なので全体像はつかめないが、グランドや公園があるようだ。誰もいない駐車場に車を停める。トイレもあるので、車中泊するに適切だ。海端ではなく、少し高台なので、ここなら津波が来ても多分大丈夫だろう。

明日、朝一から運行再開するとなると、第一便は7:00AM発なので、それに間に合うようにフェリーターミナルに行くことにする。ここからフェリーターミナルまでは車で5分くらいなので、6時に目覚ましをセットする。

23:30ごろ眠りにつくが、いつものように眠れない。ただ今日は日中仕事で炎天下に結構いたので、汗みどろで割と疲れていて、ほどなく眠りに落ちた。



7月31日木曜日。
朝6時に起き、大便し顔を洗って、朝食を食べずに6:20、フェリーターミナルへ向け出発。
朝の佐賀関の街は、やっぱり静まり返っている。

しかし、ネットを見ると、大分・愛媛の津波注意報は解除されておらず、望みは薄い。
6:30にはフェリーターミナルに着き、係の人に聞くと、「欠航中である」とのこと。やはり注意報が解除されないと話にならない。

レーンに車を並べて待つことにする。待っている人はそれほど多くない。
ここでもちとコーヒー、ヨーグルトの朝食。今日も天気がいい。朝はまだ暑さはない。
一度涼しいターミナルの中に入り、会社のスマホをいじっていろいろネット上の情報を得る。いくつかある長椅子はすでにひとに占拠されていて、みんな思い思いにフェリーが運行を開始するのを待っている。

眠くなったので、車に戻り、助手席側のスライドドアを開けたまま、横になって眠る。このときほどN-VANのなかで眠れたことは滅多にない。心地よい風がドアから入ってきて、助手席側には日が当たらないので、極上の心地よさ。ぐっすりと眠れた。途中、横のレーンに車が停まったが、まったく気にせずに眠り続けた。

11時ごろ、まだ気持ちよく寝ているところへ、アナウンスがある。
「これから運行を再開します」
とのこと。

よっしゃあああああああ、きたあああああ!!!

10:45ごろ、ついに大分と愛媛の津波注意報が解除されたのだ。11時過ぎ、往復切符を買う。
テレビ局だろうか、割と大きいカメラと取材者が来ている。

フェリーは12時発。腹が減ったので、11:20、ターミナル2階のレストランで、急いでとり天定食を食べる。乗船は11:40なのでギリギリだったが、11:35には食べ終わった。美味かった。

11:40から車の乗船開始。12時出航。乗客は結構多い。さすがに昨日朝から丸一日以上運休していたのである。
船の中でも、ずっと椅子席に座って眠る。

13:10三崎着。
梼原町の町役場に直行する。既報通り、先回6月末の移住先検討旅行の際、宿毛の矢野不動産で梼原町のことを知った。そのあと梼原町のホームページを見ると、確かに、移住者支援住宅が充実しているようだ。考えていた場所とはちと違うが、いい物件があれば見ようと、今週梼原町のホームページの問い合わせから、移住支援住宅の内見ができないかをメールしたのだ。
返事は来なかったが、とりあえず町役場に行ってみようと、今回は宇和島にも寄らず、梼原に直行したのだ。
三崎からは、車で2時間ほど。それほど遠くなはい。ずっと東に走って、内陸に行く。

町役場には15:30到着。移住関連の部署に行くと、Oさんという女性が対応してくれ、実は私が出したメールに返信をし、さらに電話までしてくれたとのこと。
しかし今日はOさんの都合が悪く、10分くらい話した後、また明日役場に集合して、いま内見できる住宅2軒を紹介します、とのこと。ありがたい。来たかいがあった。

さて、そういうわけで今日は梼原に泊まることにする。通ったことはあるかもしれないが、観光するのは始めての街だ。
役場の駐車場に車を停めたまま、16時ごろから梼原の街を歩き始める。
梼原町は、弓なりに沿った高知県が、四国山地で角のように愛媛県に突き出している部分にある街である。面積はそれほど狭くはないが、人口は少なく、3000人ちょっとである。

面白い街だ。短いメイン通りが中心部で、電信柱が一本もない。「雲の上の街」と自称しているらしい。冬は雪が積もるとOさんが言っていた。

維新の門というモニュメントでは、この街を経由して脱藩した坂本龍馬と、この街から脱藩したたくさんの若い志士たちを紹介している。立派な像があり、説明看板がある。

隈研吾(くまけんご)氏の建築物が異彩を放っている。梼原の木材を使った木造建築で、木の外観がとても新鮮な建物だ。「雲の上のマルシェ」というホテル・土産屋や、「ゆるり梼原」という福祉施設、「雲の上の図書館」という図書館などが、梼原というちいさな街に衝撃のアクセントを与えている。

図書館に入ってみる。私は図書館大好き人間なので、いい図書館、つまり読みたい本がたくさん書架にある図書館は、ワクワクする。
梼原の図書館は、内部も芸術的すぎて、なんか気分が上がってしまって、なかなか図書館の落ち着きが感じられないが、そのうち慣れるのだろう。
本を一通り見て回る。今後本を探索するのが楽しみだ。

梼原町のパンフレットに出ている花の宿という民宿が近くにあったので、空室を聞くと、満室だった。
岡スエ旅館に電話したら、素泊まり5000円でOKとのこと。少し高い気がしたが、まあ今日の今日なので仕方あるまい。予約をする。

近くのTopTimeというカラオケ店的な食堂で夕食。18時。
梼原はキジ肉が有名らしいので、キジ丼を頼む。そしたら、ほとんどキジ肉が入ってない丼が出てきた。1cm x 1cmくらいの肉が4切れほど入っていただろうか。
これで1200円だという。しまった、大失敗。しかも、ライブハウスじゃないのに、1ドリンクを必ず注文しなければならないということで、リンゴジュース350円も合わせると、計1550円。ぼったくりにもほどがある。この店にも二度と来ることはないだろう。

岡スエ旅館は、梼原中心部から北に行った越知面という場所にあり、旅館には見えず、小さな商店で、2階部分を宿泊部屋として使っているという施設だった。
主人の岡末さん(?)といろいろ話す。私が梼原に移住を考えていること、生き物を観察するのが趣味だと話す。この主人も鳥とか魚とかに造詣があり、この辺りにはアカショウビンが多く来ること、いまも朝早くから鳴いている、と教えてくれる。釣りも好きらしく、渓流のフライフィッシングの案内もしているそうである。高知名物のアカメも、川の河口でフライで釣ったことがある、とのこと。
梼原については、「物価が高い」と言っていた。確かに、街唯一のスーパーが中心部に1軒だけあるのだが、今日そこで値段を調べたら、野菜も肉も刺身もかなりの高額だった。まあ、ここに住むとしたら、近くの宇和島とか大洲に買い物に行くしかないのかなと思う。

岡スエの主人が面白いことを言っていた。
「高知県民は、安くてダメなものは買わない。愛媛県民は、四国一収入が多く、金を持っているが、粗雑な品を買う」とのこと。
高知県民は物の価値が分かるが、愛媛県民はそうでない、と言っているようだったが、本当だろうか。

2階の和室は、エアコンなし、扇風機だけ。
シャワーーを浴び、やることもないので、21:40ごろには眠る。
網戸でそれほど暑くはない。しかし眠れない。昨晩は車中泊だったが、今日の午前中はフェリー待ちの時にあまりに寝すぎたか。



8月1日金曜日。
6時には起きられず、7時に起きる。
大便、洗顔。朝食は買ってあったおはぎとコーヒー。
7:30〜8:20ごろ、近くを歩いて散策する。今日も天気がいい。
すぐ前を梼原川が流れていて、トンボやカエルがいる。田んぼにはあまり生き物は見えない。
アカショウビンの声もしない。
だが、川に田に民家が点在する、日本の原風景のような風景だ。

9時前に梼原町役場に行き、Oさんともう一人、移住担当の男性の方と、2軒の移住者支援住宅を周る。彼らの軽自動車に私が車でついていく、という2台タンデムで行く。

まずは、竹の薮という集落で、以前集会場として使われていた、割と広い物件。12畳が2部屋もある。役場のある梼原町中心部からは、車で10分ほど。
ここで分かったことは、梼原町の移住者支援受託は、もともとは空き家だった家々なのだが、いま30軒くらいあって、開いているのは今日見る2軒だけだという。
なぜそんなに入居率が高いのか。その理由の一つは、町の予算で、水回りが完全リフォームされていることが大きいだろう。トイレ、風呂、洗面所は、今どきの住宅と同じ設備で、全く古くないのだ。
もう一つの理由は、家賃の安さだ。基本、全物件家賃は月額25000円である。それに管理費が数千円必要な場合もあるが、基本3万円以下で、水回り設備が完全リフォームされた戸建て住宅に住めるわけである。これは宇和島とかいままで巡ってきた市町村にはまったくない条件である。
梼原が移住者に人気なのが分かる。

さて、この元集会場の物件はとてもいい。風呂は広いし、トイレも暖房便座、ウォシュレット付き。部屋も私の希望に合致している。12畳という広い畳の部屋が二つもある。
十分見たあと、2軒目に移動。こちらは、中心部からはかなり遠い中平という集落にある。川沿いの結構な狭い道を延々と行かねばならない。離合はところどころ広い場所があるので大丈夫そうだが、集落に行くまでの細道が長い。
中心部からは20分くらいだろうか。開けたところに10数軒ほどの民家があるうちの一つだった。
こちらも場所はいい。だが、間取りがやや狭い。2DKはさっきの集会場と同じだが、部屋が8畳と6畳くらいしかない。

2軒を十分見たあと、一度役場に戻る。今後の話をOさんとする。
申請や契約の話までする。私の中では、この時点で、梼原の物件が素晴らしく、宇和島の物件との二択で決めることになるだろうと思っていた。
宇和島の物件は、明日内見できる段取りをつけてある。

先回見た、なかなか良さげだった宿毛の物件は、その後愛南に住む元同僚のYさんから連絡があり、どうも以前、あの家の近くに土砂崩れがあったらしく、いま誰も人が住んでいないのは、そのようなことが影響しているのではないか?とのことだった。実際は胴かは分からないが、そのようは情報がある以上、あえてあそこに住むという蛮勇は必要ない。

11:30、Oさんとの話し合いが終わり、住むことに決めたら近日中に連絡します、と約束し、別れる。
雲の上の温泉という道の駅があり、そこの食堂で食べることにしたが、カレーしかなく、失敗したと後悔した。エビフライカレーサラダ、ホットコーヒー付きで1150円。
アイスコーヒーは別料金だという。この暑さではアイスを飲みたいが、仕方ない。トホホ。

その後、梼原の北にある、愛媛県久万高原町でも話を聞こうと思って町役場まで車を飛ばす。そんなに遠くないと思っていたが遠かった。1時間かかる。
移住担当の若い女性が対応してくれたが、めぼしい空き家物件はないとのこと。
久万高原町で不動産屋も探す。グーグルでは出てきたが、実際に行ってみるとなかったので諦めて宇和島に移動。

久万高原町から1時間30分かかって、宇和島の遠山不動産へ。
いままで担当してくれた女性は不在だったが、別の女性が、津島の物件に案内してくれた。いままで住んでいた人が退去されたので、今日は外からだけでなく、内見ができる。
とてもいい。間取りがいい。どうするか。これは考えどころだ。この宇和島の平屋の賃料は6.5万円。なので梼原の2倍以上である。場所は、梼原は山奥で、海からは離れるが、環境はとてもいい。生き物を探索するのには最適な場所に見える。

宇和島の物件は田舎ではあるが、それでも宇和島という街自体がデカいので、ど田舎感はない。どちらを取るのか。
間取りがちょうどいいのは宇和島。梼原は、元集会場の方が広くていいので、元集会場が第一候補だが、宇和島との一騎打ちとなる。
いやあ、もうこの二択で決めるしかなかろう。

17:30、市内に戻る。じゃらんから宇和島ターミナルホテルを予約する。18時過ぎにチェックイン。
18:45にホテルを出て、いつもの食堂ASAHIへ。まぐろカツ定食1000円。今日はご飯普通盛りのままだったが、それでも腹一杯。
スーパーFujiに寄って、明日の朝食を買う。大福、お茶、野菜ジュース。
20時にホテルに戻り、21:35就寝。しかし、冷房の風が直接当たって寝にくい。
温度を上げてもダメなので、冷房を切ると今度は暑い。調整が難しい。



8月2日土曜日。
朝6時起床。大便し、洗顔。
6:45チェックアウト。今日も晴れ。暑くなりそうだ。
今日はもう一度梼原に行って、外から2軒の物件を眺め、昨日は把握できなかった周辺の環境を見たいと思う。そして午後に串間に戻る予定。

宇和島から梼原までは50分くらいで到着。
竹の薮という集落にある、元集会場の周りを歩き回る。ここは12畳の畳の部屋が2部屋ある。畳に事務机やベッドが置けるかを考えるが、まあマット的なものを敷けば問題なかろう。い草の香りで集中力も出るだろうし。
ここには、家の脇に水路があって、これが下の川に流れ込む間に、田にも引き込まれている。
この水路に、なんと魚がいた。なんという自然か。

ここから町役場に行ってみる。梼原の中心部との時間を図りたかったのだ。車で約10分。
さらに、中平の物件にも行ってみる。こちらは開けていて環境はいいのだが、いかんせん家が狭い。私が条件としている、「1部屋は10畳以上あること」に合致しないのだ。
さて、元集会場にするか、宇和島の平屋にするか。あとは帰っ熟考し、決めるだけだ。

8:40ごろ、三崎港へ出発。
八幡浜でガソリンを入れ、道の駅・佐田岬半島ミュージアムの食堂「風車」で昼食。というかまだ10:30で昼食には全然早いが、今日は朝早かったので、腹が減った。
10:30でもうすでに営業しているというのも好感が持てるではないか。

伊方名物のちりめん丼、じゃこ天付き1200円を頼む。
これが美味かった。ちりめん丼にかけるタレがいい味で良し。ちりめん自体はそれほど新鮮な感じはしなかったが、卵とちりめん、つけダレが絶妙の味の融合を果たしており、美味かった。

11時過ぎに三崎港フェリーターミナル着。かなり車が並んでいたが、11:30の便にギリギリ乗れた。
私の後ろ2台で満車打ち止めとなり、それ以降は乗れず。つまりあと3台遅かったら、1時間後の12:30にしか乗れなかったことになる。良し。ツイてる。これも日頃の行いだろう。
国道九四フェリーは、今まで乗った中で一番乗客が多かった気がする。夏休みということもあり、家族連れが多い。

10分遅れの11:40出航し、到着も10分遅れの12:50。

臼杵インターから高速に乗る。
川南でマドレーヌ糖分休憩。
16:45に串間の行きつけの床屋に到着。
そう、今日はなぜこんな早い時間に串間に戻ってきたかというと、床屋に行きたかったからである。
私の行きつけの床屋さんは日曜日は休みなので、今日土曜日に来たかったのだ。
予約が入っていて、18:20ごろ来るように言われる。いや、この店予約なんてできないはずだけどな。まあ仕方ない。
一旦家に帰って、荷物を家に運び込む。

18時過ぎ、再度床屋へ。これが串間での最後の床屋だろう。
その旨、つまり9月末には私は串間を離れることをマスターに言おうとしたら、すでに知っていた。
お客さんの所長さんもここの床屋で髪を切っているそうで、その人から私の退職のことを聞いたのだという。
マスターには、「おそらく高知に引っ越すことになると思います」と言っておいた。
実はこの時点で、もう梼原しかないだろうと思っていたのだ。

夕食はジョイフル。
ジョイフルもどんどん高くなっている。いつものペッパーハンバーグにサラダとスープとご飯のセットで、1250円もした。恐るべき値上げ幅。給料はそれに見合うだけ上がっているだろうか?否。上がってないだろう。
こんなに物価が上がっているのに、政府が何をしないのも、本当に頭にくる。

ジョイフルには、若者たちが多い。8月に入り、いまは夏休みで、地元に戻ってきたり、夫婦で子供を連れて串間に里帰りしているようだ。
おじいおばあが、孫たちとジョイフルで食事をしている。いい風景じゃないか。昔の良き血のつながりを感じられる光景だ。

おじいおばあたちが、近所の若者たちに声をかけたりもしている。「おい、○○さんとこの××君じゃないか?」とか、そしたら高校生くらいの若者が恥ずかしげに答えている。

夜、アベマで『タコピーの原罪』最終第6話まで見終わった。衝撃的な内容が最後まで続いたが、意外な形でのハッピーエンドとなった。ただのバカではなかった。
あの絶望的な状態から、よくあの最後にもって行ったな、という感じ。

『Dr. Stone』、『ダンダダン』、『サカモトデイズ』の最新話を見る。

移住先をどこにするか、もう心は決まった。

2025/7/27 (Sun.)

津波避難場所になっている正国寺。海抜11メートル
(宮崎県串間市)

家のすぐ近くなのに、通ったことのない通りがある
(宮崎県串間市)

家の近くに、見知らぬ旅館があった。営業しているかは
分からない (宮崎県串間市)

家の周りを散策   雨のちくもり時々晴れ@串間市

7月の終わり、串間の田では、いくつか稲刈りの済んだ田が出てきている。これからもう一度稲を植えて、二期作というやつではないだろうか。

土日は暑くて何事にもやる気が起きなく、ダラダラ過ごす。
『ケータイのドレイ』の制作もあまり進んでいない。あと2週間くらい、8月15日を最終日として私は会社に出社しなくなる予定で、それまでにこれを同僚に公開せねばならないのでうかうかしていられない。

昨日の土曜はずっと雨。
今日日曜もすっきりしない天気。
昼前に起き、しばらくして洗濯。しかし、干そうとしたとたんに大雨が降り始める。最近はこんなんばっか。
仕方なく室内に干す。しかし、またしばらくして雨が上がり晴れてきたので、外に干しなおす。

18時過ぎ、さすがに土日全く動いていないし、ここのところあまり運動ができていない。韓国岳に登りたいのだが、最近新燃岳が噴火したため、ちょっと行きにくい。

歩いて買い物に出かける。
まず、ダイソーで食器洗い用のスポンジを買う。こればっかりは代替品が見つからないので、プラスティックだが買わざるを得ない。
その後歩いてニシムタまで行く。
裏通りを歩いていると、家のすぐ近くなのに、いままで通ったことのない道が出てくる。基本的に車社会なので、歩いて家の周りをくまなく歩くことがなかった。図書館方面はよく散策したが、国道448号の北側はなかなか歩くことがなかった。
6年も住んでいたのに、灯台もと暗し。

正国寺という、津波来襲時に避難場所になっている寺にも初めて行った。
路地裏に、「こんなところに旅館があるのか?」という旅館まであった。営業しているのかは分からない。

19時過ぎにニシムタに着き、うなぎ弁当とトロ弁当を半額で買う。
歩いて家に帰る。家に着いたのは19:30。
今日はたっぷり1時間は歩いた。

2025/7/21 (Mon.)

 宮崎県串間市

ついに備蓄米をゲット   晴れ、酷暑@串間市

海の日で休み。3連休の最終日。
昨日は終日『ケータイのドレイ』を制作していたのだが、音楽だけじゃなく、ミュージックビデオもつけようと思い、いろいろ構想を練り始めた。

11:40ごろ起き、13時ごろ家を出る。
最近、串間のマルチョンラーメンが復活したようなので、チャーハンを食べに行ってみる。
出てきたチャーハンを二度見してしまった。「これ、半チャーハンじゃないですか?」と店員さんに言いそうになる。量が少なすぎる。
これでチャーハン?あり得ない。これで600円取るのか?呆然とする。

食べてみると美味しくない。脂っぽいし具も少ないし、味が濃い。
これが600円とは信じられない。味はどうあれ、とにかく量が半チャーハンにしか見えない。

もう絶対にこの店には来ないことを誓って、会計をして店を出る。

赤池渓谷に行く。途中、いろいろな素材のスチル、動画を撮影する。
『ケータイのドレイ』は、主人公は女性想定なので、普通であれば、事務所かなんかで女性をモデルにして、歌詞に沿った実写MVを制作するのが普通の考え方だが、そんな場所もつてもないし脚本を創っている暇もない。

よって、とりあえず電脳社会に毒されたケータイのドレイと対比させるため、無垢の自然の映像をつなげることにする。
川の水流や雲、樹木の葉などを撮影していく。

今日も暑い。湿度が高いので不快極まりない。

串間市内に戻り、ニシムタで鶏もも肉を買おうと思ったら売り切れていた。
コスモスに行くと、なんと、備蓄米がカートに山積みにされて売っていた。私のほかにお客さんはいるが、誰も群がっていない。なぜだ?私は辺りを何度も見回して、すかさず備蓄米5kg一袋をかごに入れる。
私は備蓄米というものは売り出した瞬間に売り切れるものと思っていたが、コスモスでは、おそらく入荷日を事前告知していないので、突然店頭に並んで、人々は気づかないままにいるのだと推察した。

とにかく、思わぬ形で念願の備蓄米をゲットできた。5kgで1980円。素晴らしい。

昨晩の参議院選挙の開票速報では、自民党が惨敗したとのこと。まあ当然か。
しかし、石破首相は続投の意向だという。このひと、頭がおかしいのだろうか?
衆議院選挙で負けて、参議院選挙でも負けて、国民が「もうたくさんだ、辞めろ」と選挙結果をもって突きつけているのに、なぜ続投するのか、理解不能。
あくまでも自民党の敗北は、裏金議員のせいだとでも言いたいのだろうか?そんなわけなかろうに。
石破政権が、物価高で苦しむ国民のために一向に何もしないからに決まっているだろう。
こんなに愚かな首相を初めて見た。

2025/7/19 (Sat.)

夏、串間 (宮崎県串間市)

夏、串間 (宮崎県串間市)

ヘッドホン配送、『タコピーの原罪』   晴れ、暑い@串間市

7月16日にネット注文した、オーディオテクニカのヘッドホンが届いた。サウンドハウスという店でMOTUのオーディオインターフェイスを買ったのだが、その時にポイントが3900円分くらいついたので、それが付与されるタイミングで購入。
ヘッドホンというのもピンからキリまであるようだが、7700円のエントリーモデルを購入。両耳密閉タイプ。
何万円もする高いものを買っても仕方ない。普段音楽を聴くために使うことは全く考えておらず、ただGarageBandのモニタ用に使うだけなのだ。

12:30ごろ家を出て、久々に洋食屋のグリルキャストルで昼食。分かってはいたが、定食類はすべて1250円以上だったので手が出ず。
カツカレーミニサラダ付き950円を頼んだが、量が少なく残念。

串間市役所へ行き、参議院選挙の期日前投票。明日の投票日に明確な予定があるわけではないが、今日は暇なので先に投票しようと思い立った。
選挙区の候補者は、自民、立憲、参政、NHKしかおらず、消去法で参政党の候補に投票。比例は日本保守党の北村晴男氏一択。

家に帰ってダラダラしてたら眠くなり寝てしまう。
夜、『Dr. Stone』第4期が始まっていたのでアベマ無料で見る。また、『ダンダダン』第2期も始まっていたので見る。こちらはあまり面白くはない。
そして、『タコピーの原罪』というアニメが気になって見始めたのだが、1話途中で、いじめの話かと見るのがつらくなって見るのをやめかけた。だが、惰性で見ていたら、とてつもない急展開を遂げたのでそのまま4話まで見てしまった。
深い。考えさせられる。

子供、大人の醜さをこれでもかと眼前に突きつけられる。大人に翻弄され、苦悩して潰されていく子供たちの姿がリアルだ。
それにしても、見続けるのが辛いアニメだ。

2025/7/13 (Sun.)

串間の稲はもう収穫目前か (宮崎県串間市)

司馬さんのメッセージ   くもり時々雨@串間市

13:30ごろに志布志へ。台湾料理屋金都でランチ。
志布志図書館へ行き、本を返却。
司馬遼太郎さんが小学生向けに書いた唯一の文章、『二十一世紀の君たちへ』と『こうあんのたいまつ』を読んだ。

前者は、「人間というのは、自然の中のちっぽけな存在であるという認識を大切にしてください」という明確なメッセージが込められていて、とても心に残った。
「自然を支配できると考えるのは、人間のおごりであるから、そのようなおごりをすぐに捨てよ」という司馬さんのメッセージだ。

私の司馬さんに対するイメージは、歴史・文化人類学者であるが、当然、人間の文化や風俗や歴史を考える場合、「自然との関わり」が絶対に避けられない課題である。人間が、自然というものをどう捉えてきたのか。それが宗教につながり、自身の発展や破滅にもつながる。
自然というものは、人間の英知をもってしても、計り知れない、というのが私の持論だ。


2025/7/11 (Fri.)

アオモンイトトンボのメス(多分)。よく見ると、何かを捕食している。
クモか、ヨコバイみたいな虫か。トンボは肉食動物である
(宮崎県串間市)

すでに引退してしまったが、豊ノ島関は宿毛市出身。
宿毛市役所にふるさと納税PRで登場していた
(高知県宿毛市)

送別会   晴れ、酷暑@串間市

7月に入ってから異常酷暑が1週間くらい続いたが、そのあとは急に不順な天気となり、ここ数日は、すさまじい豪雨が短時間降り、一旦上がってしばらくすると再び豪雨、的なこれまた異常な天気が続いている。

今日の夜は、お客さんの所長さんと、私が8月に退職するため、お客さんが送別会を開いてくれた。
最近できた「食欲解禁」というとんかつ屋で1次会。低温調理のとんかつを売りにしている店で、さんざん飲んだ後、最後にとんかつが出てきて、まったく食べられなかった。

2次会は、お客さん御用達のスナック。既報通り、我々は「マドンナ」という、先月閉店してしまった店を行きつけにしていたが、お客さんは、また別のスナックがを根城としていた。お客さんとはほとんど飲みにいかないため、そのあたりの事情は知らない。

結構みんなカラオケ好きらしく、お客さんの責任者Aさんが、『ズンドコ音頭』(多分)というネタのような歌を歌っていたのが印象的だった。

なかなか楽しかった。
この人たちとも付き合いは古く、一番古いAさんとは、私が串間に来て以来だから、もう6年の付き合いになる。

2025/7/7 (Mon.)

「清見タンゴール」というみかん(多分)のストレートジュース。
愛媛や高知にはいろいろな柑橘のストレートジュースがあるが、
抜群においしい

狂暑   晴れ、酷暑@串間市

ここ1週間くらい、ずっと30〜35℃という狂暑となっている。7月上旬で、真夏(8月)よりも気温の高い日が続出。いままでの気候を考えると、まったく異常気象としか言いようがないが、これがもう標準か。

夜、『ケータイのドレイ』のギターを録音するが、音がイマイチカッコよくない。オーディオインターフェイスにエレキギター直で入れて弾いているのだが、エフェクターをかませた方がいいのかもしれない。だが、GarageBand側にいろいろエフェクトがあるので、こちらでディストーション(歪み)とかをかけた方が簡便だ。エフェクトを探してみよう。

ヘッドホンは、オーディオインターフェイスを購入したサウンドハウスでもうすぐポイントが付与されるので、それを待って買う予定。セコイが、この放漫散財で金を使い過ぎたので、少しでも節約せねばなるまい。
ソニーのヘッドホンはもう使用不能状態なので、イヤホンでフィードバックを聞いているが、音が悪くて話にならない。

2025/7/5 (Sat.) 〜 7/6 (Sun.)

田んぼの中でオタマジャクシを捕食するハイイロゲンゴロウ
さすがに肉食動物だ (宮崎県串間市)

キクヅキコモリグモがアメンボのように田んぼの上に浮かんでいる。
よく見ると、腹の裏側に卵のう(卵の入った袋)をくっつけている
(宮崎県串間市)

GarageBandで作曲中 (宮崎県串間市)

『ケータイのドレイ』制作開始   

7月5日土曜日。
終日、Mac Studioをいじり倒す。
まずは手始めに、GarageBandという、無償でインストールされている作曲ソフトを使って、以前私が作曲した『ケータイのドレイ』という曲を半打込みで制作してみることにする。

「半打込み」の意味は、とりあえずドラム、ベース、キーボードは打込で、ギターとヴォーカルを自分で演奏して入れる、という方針のことである。
ゆくゆくはドラム以外は自分で演奏したものを入れたいが、演奏力の問題もあるので、都度考えていくことになろう。

まずはドラムトラックを打ち込む。そしてベーストラックを打ち込む。
GarageBandの使い方が分からないので、ユーチューブ上にあふれているチュートリアルの動画を見まくり、基本的な操作、それに覚えておいたら効率的なコマンドなどを並行して覚えていく。

私は、以前、楽曲制作機器ということでいえば、ヤマハのMTR(マルチトラックレコーダー)を使っていたことがあったが、これがなんと記録メディアがMDという珍しい機種で、MDの衰退が早く、あっという間に使わなくなってしまった。いまでも持っているが、きっと売れないだろうなぁ。

というか、MTRを買ったはいいが、そもそも、打込音楽に対してあまり興味がなかったということもある。音楽を制作するなら、バンドでスタジオ録音、というのが手っ取り早く、しかも楽器生音の臨場感が得られるので、ロック音楽が好きな私は、打込ではなくライブ録音、という頭が常にある。

いまはバンドメンバーも遠いし、バンド活動をしていないので、一人で制作するしかない。
時間を忘れて、夜中まで打込む。

7月6日日曜日。
今日も『ケータイのドレイ』制作を続ける。
ただ、いくつか購入必要なものが出てきたので、今日は都城に買い物に出ることにする。今日も晴れて異常な暑さ。
一応初めに串間のヤマダデンキにも寄ってみる。
13:30、都城のゴーゴーカレー到着、昼食。朝食を食べずに腹を減らしてきた。いつものようにロコモコカレー大、キャベツをお替りして腹がふくれる。

都城のヤマダデンキで、USBハブ(USB C−USB Aが4ポート)と、ワイヤレスUSB-Cマウスを購入。

都路図書館にも寄る。
串間に戻り、コスモスとニシムタで買い物。

夜は、Final Cut Proという購入した動画編集ソフトも使い始める。こちらでユーチューブ用の生き物動画を制作。
このソフトも使うのは初めてなので(今までは、ウィンドウズマシンでアドビのプレミアとか、プリインストールされているコレルの編集ソフトを使っていた)、ユーチューブのチュートリアル動画を見まくる。

音楽制作するのに、ヘッドホンも買わねばならない。私がいま持っている耳を覆うタイプのヘッドホンといえば、多分20年位前に買ったソニーのヘッドホンで、もう配線も外れかかり、耳当ても変質してボロボロになってしまって、ほぼ使用不可状態だ。

2025/7/4 (Fri.)

田んぼの稲に止まって交尾するアオモンイトトンボ(多分)。
同定は難しい。下のメスの胴が結構太い (宮崎県串間市)

Mac Studio配送   晴れ、酷暑@串間市

待ちに待ったMacのデスクトップ型パソコン、Mac Studioが配送された。
夜中にセットアップを始める。ASUSの27インチモニタを接続。
友人Yからもらったキーボードがなかなか認識されない。いろいろやった結果、USBのケーブルがC−Cではつながらず、C−Aのケーブルを使うとようやく認識されるようになった。

昨日は、ネットで買ったMOTUのオーディオインターフェイスがすでに到着していたので、これも接続する。
念のために説明すると、オーディオインターフェイスとは、PC上で作曲する際に、マイクやギターを接続して、その音をPCのアプリケーションで録音できるようにする機器である。
つまり、PCと楽器やマイクをつなぐことのできる機器、とういことだ。

夜中遅くまでセットアップ。
ようやく形になった。

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