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日記(2002年6月)
2002/6/27(Thu.)
梅雨
東京は、梅雨らしい梅雨です。毎日のように雨が降っています。仙台に住んでいた頃は、こんなに露骨な梅雨はあまりなかったと記憶しています。梅雨は北に行くほど派手ではなくなるのでしょうか(北海道は梅雨がありません)。梅雨前線は、基本的に東西に伸びるので、東京から西はモロに前線が停滞するからなのでしょうか。ただ、沖縄には梅雨はありますよね?梅雨の度合いと地域の関係を、誰か教えてください。
2002/6/20(Thu.)
日本女性総ベッカムファン化状態
電車に乗ると、おばさんから若いOLまで、女性の話題はすべて「ベッカム」。しかし、彼が来日するまでは、ほとんどの人が彼のことを知らなかったはずである。連日マスコミが煽った効果も大きいが、正真正銘のスーパースターであり、さらにあのマスクである、日本女性がすべて急に「にわかベッカムファン」になるのも無理はない。日本でイングランドのサポーターが多い、というが、それは正確に言えば、「ベッカムのファンが多い」のである。ベッカムを見たいがためにイングランドを応援している人が多い、と私は思っている。(余談だが、今「ベッカム特番」を放送すれば、高視聴率間違いなしであろう)
また、最近よく聞かれるのが、「何でこんなに盛り上がるのか」とか「大会前はまさかこんなに盛り上がるとは思わなかった」という声である。全く興味がなく、この大騒ぎを不思議に思っている人も多いだろうが、今や日本全体が「にわかサッカー評論家」状態である。日本代表が活躍したことが盛り上がりの原動力になったわけだが、ワールドカップ後、人々が同じようにJリーグや世界のサッカーを続けて見ることになって初めて、日本にもサッカー文化が少しずつ定着し始めた、と言えるだろう。別に一過性のお祭りで終わってもいいんだけど、「にわかファン」が今後もファンであり続ければ、4年後も期待できる。何しろ4年後は、アジア予選から戦わねばならず、韓国、中国、サウジと力が拮抗している状況下で、予選敗退の可能性もあるのである。
今回の日本代表の結果を見れば分かるように、サポーターの少ないスタジアムで試合を行っても、選手は決して成長しない。Jリーグも、サポーターが多いほど選手も気合が入るし、手が抜けないのである。ひいてはそれが日本サッカーを成長させることにつながる。(以上、「にわかサッカー解説者」でした。)2002/6/19(Wed.)
スタジアム
日本は残念ながらベスト8ならず。一方韓国は堂々のベスト8進出。日本と韓国の試合を見ていて痛感したのは、スタジアムの違いだ。日本では、国立競技場を始め、陸上トラックのあるスタジアムが多い。つまりサッカー専用競技場ではないのだ。これに対し、韓国がベスト8に進出した試合会場は、サッカー専用競技場であった。何が違うかと言うと、観客席とグラウンドとの距離である。国立競技場や宮城スタジアムは、トラックがあるため観客席とグラウンドとが離れている。私は国立競技場にJリーグの試合を2度見に行ったことがあるが、ゴールの後ろのサポーター席の高いところにいると、反対側のゴール前は遠すぎてほとんど見えず、点が入ったことすら分からない状態である。これに対し、サッカー専用競技場(サッカー文化が生活に根付いているヨーロッパではほとんどがこのスタイルである)では、グラウンドと観客席とが近く(タッチラインから観客席最前列までは、数mしかない)、観客は間近に選手達のプレーを見れるし、声援も選手によく届く。
この違いが、サポーターの声援の届き方の違いになって現れた、と私は思っている。韓国ではスタジアムが一体化し、例えは悪いが、「イタリアチームを、数万人の韓国人が集団リンチしているような状態」であった。対して日本のスタジアムでは、観客の声援はなかなか届きにくい。いかにスタジアムが一体になれるか。ホームでの「サポーターの力」はもう実証済みである。この「サポーターの力」をより有効に発揮させるのがスタジアムの形態なのである。
なぜ日本ではサッカー競技場にトラックがあるのか。これは、日本にサッカー文化が定着していないことを表している。つまり、サッカー専用にしたら、採算が取れないのであろう。陸上とか他の競技ができたほうが、スタジアムの利用価値も拡大するわけだ。今後、サッカーが日本で定着し、ヨーロッパのようにサッカー専用競技場が増えればいいのだが。
2002/6/18(Tue.)
仙台、涙雨・・・
私の第二の故郷・仙台で決勝トーナメント1回戦、対トルコ。仕事中、職場こぞってレストランでTV観戦。歓声と悲鳴とため息の90分間をもって、日本代表のワールドカップは終わった。夜、会社からの帰り道。日本代表のユニホーム姿が目につく。2週間前、初戦前の人々の浮き足立った様子とは対照的に、心なしか街を歩く人々の顔は暗く、足取りは重いように見える。
この半月間、楽しさ、うれしさ、悲しさ、悔しさ、いろいろな感情を絶え間なく与えてくれた日本代表に感謝。異様な「熱狂列島」を演出したのは、まぎれもなく日本代表の快進撃である。
次のワールドカップは、4年後、ドイツ。しかも次回はアジア予選で、またハラハラドキドキさせられるかもしれない。それまで待ちましょう。必ずその時はやってくるのだから。2002/6/14(Fri.)
歴史が刻まれた
グループリーグ最終戦、対チュニジア。キックオフは午後3時半。会社の食堂が臨時の観戦所になる。みんな「休憩扱い」でTVの前に陣取る。点数が入ったときは、全員が跳び上がって大歓声。H組1位通過の快挙。試合終了後、興奮冷めやらぬまま仕事に戻らなければならなかったのが辛かった。
夜はせめて祝杯をあげたいところだったが、仕事があり、そうもいかず。夜中12時前、会社帰りに寂しく入った松屋で、どこからともなく若者グループの叫び声が聞こえてくる。「ニッポン!(チャチャチャ)、ニッポン!(チャチャチャ)、ニッポン!(チャチャチャ)!」
今晩は、日本全国で朝までお祭り騒ぎが街を包むんだろう。騒げない自分が取り残されている・・・。2002/6/7(Fri.)
アルゼンチン-イングランド
今大会屈指の好カードは、6/7午後8時半キックオフ。友人と8時半に新橋で待ち合わせ、近くのスポーツバーへ行ったが、巨大なスクリーンを配した広い店内は、当然のごとく満席。日本戦以外では、さすが注目度ナンバーワンのゲームだ。TVのある飲み屋を探して近くを歩き回り、しばらくして穴場を見つけた。15人ほどで満員となるその狭いスタンディングバーでは、TVに映し出される一つ一つのプレーに歓声があがり、熱気にあふれていた。イングランドのユニフォームを着た女性グループ、外国人を連れてきた日本人サラリーマン。アルゼンチンファンもイングランドファンも入り乱れて声援を送っていた。酒を飲みながらみんなでスポーツに一喜一憂する。
いわゆる「スポーツバー」はアメリカでは一般的だ。店内の各所に置かれたTVモニターには、NBA(バスケットボール)やNFL(アメリカンフットボール)のゲームが延々と流れている。それを見ながら酒を飲み、友達と会話をして楽しい時を過ごす。(余談だが、今頃アメリカでは、ワールドカップなど全く話題にも上っていないに違いない。NBAファイナルの話題で持ちきりだろう。ちなみに、私もNBA大好き人間である。)
このような「スポーツが見れる飲み屋」は、日本ではそれほどポピュラーではない。まぁ、日本で飲み屋がこんなにスポーツで盛り上がるのは、ワールドカップくらいなものだと思うが。あとは阪神が優勝したときの大阪か。
試合は1-0でイングランドの勝ち。試合後、途中で入ってきた外人の年配の夫婦に声をかけた。その二人は、アイルランドから来て、前日6/6に行われたドイツ−アイルランドの試合をスタジアムで見たそうだ。その試合は、0-1で負けていたアイルランドがロスタイムに劇的な同点ゴールを決め、引き分けたゲーム。
「日本はどうですか?」とその二人に聞くと、「Lovely!」という答えが返ってきた。人がみんな親切だ、とも言っていた。外国人に、日本が好印象を持たれるのは、やはり日本人としてうれしいことだ。何しろ、外国人には、現在でさえ日本は「サムライと芸者の国」というステレオタイプのイメージしかないのである。日本人が世界の国々のことを知らないのと同じように、外国人も日本を全く知らない。
彼らはイングランドが勝っても、別にうれしくない、と言っていた。「アイルランドはアイルランド、イングランドはイングランドだ、関係ない」と言わんばかりに。彼らは次の日には日本を離れてアイルランドに戻ると言う。彼らの写真を撮ってあげ、また我々とおじさんが一緒に写真に収まった後、彼らは笑顔で店を出て行った。2002/6/4(Tue.)
ワールドカップ日本初戦ドキュメント
日本の初戦。フランスで、ジャマイカに負けて3連敗が決まった瞬間から始まった4年が過ぎ、ついにこの日を迎えることとなった。やっぱり時間は流れるものだなぁ、ということを実感させられる。「まだまだ先」と思っていたことが、あれよあれよとやって来た。
午後5時過ぎ、会社を早々に切り上げ、まだ明るい中家路につく。品川駅への道すがら、多くの人々が浮き足立って早歩きしている。歩く人々の会話は、すべて「サッカー」。こんな状況に遭遇することは、将来きっとないだろう。4年後のドイツワールドカップでも、こんなことにはならない。今日は、日本で行われるワールドカップにおける、日本代表チームの初戦なのだ。午後6時試合開始はちょっと早いので、仕事から抜けられず、録画したビデオで仕事後に見る人も多いだろうし、全く興味のない人も少なからずいるだろう。だが、日本のこの異様な雰囲気、人々の非日常的な様子を、私はライブで感じたかった。
家へ向かう間、私は久々に胸が締め付けられるようなドキドキ感と、言いようのない高揚感をかみしめていた。それはちょうど、好きな女の子との初デートの待ち合わせ場所に向かうときの気持ちに似ていた。「うれしくてたまらない緊張感」とでも言おうか。
空は、晴れ間の中にも黒い雲が広がり、今にも夕立が来そうだ。湿気の多い重い空気が、べったりと肌に絡みついてくる。この日本特有の不快感が、ベルギーの選手たちを苦しめるはずだ、と半ば希望的観測を思い巡らせながら、家に着いた。
きっと今日は、スタジアムではもちろん、日本中の家で、テレビのある飲み屋で、街頭テレビで、人々の歓声と、雄叫びと、ため息が充満するんだろう。2002/6/2(Sun.)
Yahoo BB開通
仙台ではSo-net経由AccaのADSLに加入しており、引越し後も継続しようと考えていたのだが、So-netに問い合わせてみるとNTT局内工事に時間がかかるので、今だと開通まで何と3ヶ月くらいかかるとのこと。それを聞いて速攻でSo-netを退会し、「開通まで10日以内」と謳っているYahoo BBに加入することにした。実際、開通まで9日しかかからず、NTTまで近いこともあり、速度も快適。サービス開始の頃は、開通までおそろしく時間がかかっていたというYahoo BBだが、今ではかなり顧客満足度が高くなってきたようだ。ソフトバンクの孫氏は、NTTを向こうにまわし、ブロードバンド普及に一役買ってると思うので、私個人的にはがんばってほしいと思っている。当然のことながら、BBフォン(格安のインターネット電話)にも加入した。2002/6/1(Sat.)
アズーリ in 仙台
イタリア代表チームがキャンプを張る仙台。彼らは、通称「アズーリ(イタリア語で「青」の意)」と呼ばれています。
sakuraさんが、一番町でアズーリ軍団と偶然遭遇した際に撮影された、イタリア代表の写真をご提供いただきました。
これはネスタです。
sakuraさん、ありがとうございます。
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