2021/3/29 (Mon.)

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そびえるズウェガビン山(ミャンマーカレン州パアン市) |

ミャンマーによくある感じの大衆食堂・飲み屋(ヤンゴン) |

トカゲ(ミャンマーカレン州パアン市) |

暑すぎて日陰で眠る野良犬たち(カレン州パアンの職業訓練校にて) |

私が勤めていた職業訓練校の溶接科の訓練の様子 |
ミャンマー情勢悪化の一途 晴れ@串間市
昨日の日曜日は映画『シン・ゴジラ』を鑑賞した。ゴジラが現代の東京に上陸する姿がリアルでなかな楽しめた。
日本政府の非常時対応が細かく描かれていたが、やはりグズグズだった。『空母いぶき』よりはマシな気がしたが。
さて、ミャンマーである。
民衆のデモを武力で鎮圧する国軍という、最悪の状況が進行している。さらには、いままでのミャンマー政府の努力が水泡と帰す事態まで進行している。
それは、ミャンマーに数多く居住する多くの少数民族の武装組織との間で、軍との衝突が起き始めていることである。少数民族武装組織は、避難するミャンマー人を保護し、そのなかで国軍との衝突が起きている。
私が3年間住んでいたカレン州で、カレン族の武装組織への国軍の空爆が報道された。
なんということだろうか。
ミャンマーでは歴史上ずっと、多数派であるビルマ族と多くの少数民族との間で、武力紛争が続いてきた。しかし、それもここ10数年で政府と各少数民族との停戦や和解が進んできたのである。
それが無になるような、まさに最悪の状況である。
一体全体、国軍は何をしようとしているのだろうか・
自分たちの保身、利権の確保のために、6000万以上のミャンマー国民の意志を無視して、武器の力で統治しようとするなんて、そんなこと不可能なことぐらい、サルでも分かる道理である。

パアン市郊外にそびえる携帯基地局(多分) |
フェイスブックでミャンマーの元同僚たちに状況を聞いてみたが、反応がない。彼の地の国軍によるネット規制がどうなっているのかは分からない。
本クーデターが勃発した直後に元同僚にチャットで聞いたら、「いまミャンマーではテロリストたちが跋扈している」と国軍の行動を非難していたが、状況は確実に悪化している。
私がミャンマーで出会った他NGOの日本人らは、何とかミャンマーの人々を支援しようとして行動しているようである。
EUやアメリカは、ミャンマーに対する制裁を発動している。が、軍は「いままで散々制裁を受けて来たから屁でもない」的な態度のようである。
どのような経済制裁をするかにもよるが、それが結局ミャンマー国民を苦しめるような制裁ではあまりに苦しい。
国の富を独占する軍人たちに効かないようでは制裁の意味はない。
私の記憶が正しければ、ミャンマーの軍事政権時代、世界的な旅行ガイドブックである「ロンリープラネット」は、ミャンマーガイドブックを発刊していなかった。
ロンリープラネットはオーストラリアの会社だったはずだが、その理由は、「ミャンマーが軍事政権であるから、それを利するためにミャンマーへの旅行を奨励するようなガイドブックは発行できない」というかなり政治的な理由であったと思う。
確かに一理ある気はするが、ほとんどのミャンマー国民は、政権がどうであれ、懸命にその日を生きている。ひどい政権でも、それを自分たちで選択することができない国民に罪はないのだ。そのような無実の国民を苦しめるような態度を他国は取るべきでない。ミャンマーに旅行に行けば、各地で旅行者は金を落とす。それがミャンマー国民に少しでも足しになるのであれば、政権がどうであれ、旅行することは悪ではない。
確かに、理不尽な金を政府の役人が旅行者からふんだくるかもしれないが、肝心なのは、旅行者がミャンマーの現実を目で見て世界に広めることではないか。
繰り返すが、選挙で政治家を選べないミャンマー国民に罪はない。
いま、普段はおとなしいミャンマー人たちが、さすがにこれだけは許せないと、武力に対して立ち上がっている。
欧米はおろか、日本政府の働きかけにも国軍は耳を貸す気配はないようである。
厳しい。
思い出話。
私は、南米エクアドル、そしてミャンマーと、血税を使った事業において仕事をしてきた。エクアドルでは外務省の事業である青年海外協力隊の隊員として職業訓練校で活動し、ミャンマーではODA(政府開発援助)を資金源とする職業訓練校の事業を運営した。
すなわち、いずれも日本国民の税金による活動である。
エクアドルにいる頃は、「税金を使っているからには、日本の国益にならねばならぬ」と結構肩に力が入っていたように思う。どうしても「日本の国益にならねば意味がない」ということを考えていた。
しかし、ミャンマーに行ってからは、もちろん日本の国益も考えるのだが、それ以上に大切なのは、ミャンマーの人たちのことであるということに気づいた。ミャンマーの人たちが望んでいることを無視して、日本の国益を優先するのは本末転倒である。
よって、日本の税金を使っているからと言っても、やはりミャンマーの人々のためになる支援が第一なのだと思うようになった。
たとえば、私が運営していた職業訓練校には自動車整備科があったが、在ミャンマー日本大使や日本財団の代表(ミャンマー国担当日本政府特使)などは、日本の国益に固執するあまり、「この学校の優秀な卒業生を、トヨタなどミャンマーに進出している日本企業に就職させよう」と、なかば日本企業のための技術者育成学校のようにしようとしたが、私はそれは間違っている、と言っていた。
この学校は、ミャンマーの若者に技術を身につけてもらって自分のため、社会のために働いてもらうことが第一義である。よって、彼らの希望するところに就職させてあげるべきである。
というのは、日本企業に勤めて高給をもらって、最新技術も身につけたいという若者ももちろんいるし、自分の村には技術者が全くいないため、車も電気も直せないから、自分が技術を身につけて村の役に立ちたい、という若者もいる。給料は低いかもしれないが、自分の村のために働きたい。たいしたものじゃないか。
それぞれ、立派な動機を持っているのだから、日本企業のための技術訓練校などというのは日本の国益しか考えない狭小な考え方でしかない。
誰のための事業か?を考えれば、たとえその金を出しているのが日本だとしても、ミャンマーの将来の成長に資するものでなければ意味はない。
もっとも、本校からは数多くの卒業生が日本企業に就職した。それはもちろん喜ばしいことである。
私はエクアドルでも多くの若者たちと触れ合ったが、ミャンマーでは比べ物にならない数と関わった。何しろ、職業訓練校に入学しようと応募してきた人たちとは、基本全員と面接をしたからである(多くの応募者が集中した場合を除く)。
数百人に及ぶ彼らとの話の中で、家庭環境や経済的な状況なども垣間見えることが多く、彼らを通じてミャンマー社会の現状を理解してきたと言ってもいい。
技術を学びたいと応募してくる連中は、(たまにとんでもない不良もいるが)、基本真面目で学ぼうという意識が強い人が多い。
こんな若者たちの将来がいま暗澹たるものになろうとしているのは、悲しいし、強い憤りを感じる。
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2021/3/27 (Sat.)

ツワブキの葉。こちらの人は、この茎を漬物かなにかにして食べる |

今回も1匹目が良型のヘダイ、39cm |

ギンユゴイ。美味そうな魚ではある。 |

鳥の能力というものは、人間には計り知れない |
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船間漁港。この北東側に磯場があるのだが、なかなか海まで出るのが
難しい |
内之浦の地磯 釣り 晴れ@肝付町
久しぶりの内之浦磯釣り。
朝4時に起きて5時前に出、6時過ぎに内之浦磯上の道路に車を停め、森の中の急斜面を降りる。
磯場に着くころ朝日は水平線の上に顔を出している。今日は天気がいい。
7時10分〜14:30まで釣ったが、釣果イマイチ。
釣り始めてしばらく何も釣れないが、40分ほど経った頃大きなアタリ。引きが強い。
ヘダイだった。39cm。このところここでは朝一に大きなヘダイが釣れる。ヘダイが産卵のために居着いているのだろうか。他の魚が釣れない。
その後、アメウオのような魚が釣れる。25cm。こいつらは群れでいるようで、付け餌がやたらと取られるし、ウキも沈み込まないまでもよく動く。がなかなかハリ掛かりはしない。青物系に見えるので、もっと一心不乱にエサをくわえて走るかと思うとそうではない。
後で調べたら、この魚は、「ギンユゴイ」という魚だった。鯉ではないが、確かに淡水魚に似ている気はする。尾びれの派手な白黒模様が特徴だ。
この魚が2匹連続で釣れ、その後また黒ずんだぬし系のオヤビッチャが釣れる。20cm近い。ギンユゴイとかオヤビッチャがエサ取りの主役だろう。
さらにベラ、ギンユゴイがもう1匹。ギンユゴイはハリを飲み込んでしまって、ハリがやっと取れた時にはかなり出血してしまった。持って帰ろうか迷ったが、海に返すことにする。
やっぱり海面に浮いて泳ぎ出さない。
すると、どこからともなくトンビが現れ、プカプカと海面を漂うギンユゴイに狙いを定める。何度か降下してこの魚を手でつかもうとしたが失敗し、4度目くらいでやっと魚を掴んで飛び去っていった。
トンビがこうやって死にかけた魚をさらっていくのは今までに何度も見ているが、いつも鳥の能力には自然の驚異として感嘆せざるを得ない。
まずどうやって気づくのか。本当に鳥の目の良さには呆れる。数10mの上空からでも、下の海面がよく見えるのだ。どういう視力をしているのだろうか。 他の生物は、人間には計り知れない能力を持っている。
その後、またまた大物にハリスを切られることが2度続く。この釣場では、毎回何者かにハリスが切られる。ヒットした直後の手応えからして、大物であることには間違いない。いままで、オナガとかイスズミと思っていたが、ここまで続くとどうやらそんな生易しいものではない気がしてきた。
ずばり、イシダイではなかろうか。イシダイがオキアミを食べるのかという疑問が残るが、今回もハリのかなり上でハリスをスパッと切られているので、相当切れ味鋭い歯の持ち主である。あまりにも続きすぎだ。イスズミあたりだったら、何度かハリ掛かりに持ち込めてもいい。
この仮説を証明するためには、こいつを釣り上げるしかない。そうとなれば、ついに磯の王者・イシダイを狙う仕掛けを研究して準備するしかあるまい。
その後、小型のイスズミが釣れた後は、しばらく釣れない。
昼を過ぎ、ニシキベラの後コッパメジナが2匹釣れた。ここのところここで全然メジナの顔を見ていなかった。久々だけにうれしい気もするが、同時にもう寒グレの時期が終わってしまったのかと寂しい。
ギンユゴイがもう1匹釣れ、どんどん波が高くなって来て岩に打ちつけるようになってきたので、14:30納竿。
釣果はヘダイ1、ギンユゴイ3、ベラ2、コッパメジナ2、オヤビッチャ1、イスズミ1。
小物が多かったが、初めに釣れたヘダイ39cmを持ち帰る。
今日は少し早く上がって、近くの磯場を探索したかった。
船間方面に南下する。今日は割と暑かったので、磯場で飲み物が尽きてしまった後急な山道を上がって、のどがカラカラ。自販機があったのでそこで車を停めて飲み物を買う。そこは一軒の木造家屋の前で、車で作業をしていたおじさんが私に声をかけてきた。
「釣れたかい?」
「ヘダイが1匹で、あとは小物でした」
彼はなぜか私が釣りをしてきたことを知っていた。
「この車いつも停まってるな」
「そうですか」
話をしていくと、このおじさんは、この辺りの釣り場を知り尽くしているどころか、道路から磯まで降りる道を作ったりロープを張ったりして、釣り場を開拓してきた人だということが分かり、驚く。この辺りの釣り場の主みたいな人じゃないか。
彼は私がいつも車を停めている釣り場も、そこからずっと点在する釣り場も、すべてを知っていた。私の釣り場の名前も教えてくれた(がすぐ忘れてしまった)。
彼もN−VANを所有しているらしく、私のN−VANがよく停まっているので気に留めてくれていたようだ。
さらに、この木造家屋は、船の上に建てていて、釣り人たちの憩いの場になっているらしい。
鹿児島で言うところの「だれやめ」(飲み会のこと)をこの建物でやっているとのこと。最近はコロナなのでやってないらしいが、中には冷蔵庫に酒が完備されていると教えてくれた。
建物の海側にはテーブルと椅子があり、外でも飲めるようになっている。
「ここはテレビで紹介されたりもしたんだよ」
なんと、有名な建物と有名なおじさんだったのだ。
だからこの辺りで誰がどこで釣りしてるか、きっと常連の釣り人たちの知り合いなんだろう。
「ここから南の釣り場はどうですか?船間とか」
「いいけど、やっぱり降りるのがきついよ。このあたりの釣り場の方が船間より釣れると思うよ」
そんな釣り場情報をいくつか聞き、「今度また寄らせてください」といってこのおじさんと別れる。
釣りは情報だ。こういう情報を持っている地元の人と知り合いになるのは大切だ。
船間方面の釣り場は、まずどこから降りるのか分からないし、また船間港の北東側に広がる磯は、岩が大きくてしかも海まで距離があり、厳しそうだった。
再び黒崎方面に戻る。さっきのおじさんから、いつも多くの車が停まっているところが釣り場だと教えてもらったので、そこに行ってみる。ちょうど釣り人が磯から上がってきていて、降りる場所が分かる。そこから磯へ降りる。
それほど急でもなく、途中でまた上がってきた別のおじさんと話をする。
「どうでしたか?」
「小さいのばっかりだよ。エサ取りが多い」
「そうですか。私もあっちの釣り場で今日釣りましたけど小物が多かったですね。寒グレはもう終わりですか」
「そうだな、水温がもう高いみたいだな」
「ここ、いい釣り場ですかね?」
「景色はいいぞ」
おじさんと別れ、磯に降りる。私がいつも釣っている場所に比べれば、磯に降りる道は全然険しくない。楽勝だ。これならいい。
磯場は、右から左に大きく広がっている。左側のポイントらしき場所に行ってみる。なかなか良さげだ。水深もありそうだ。
しかし、磯が高い。玉網が届くか分からない。今満潮に向かっている時間で、ド干潮でもない割に海面まで遠い。これはネックだ。
磯を歩き廻り、いくつかのポイントを見て回る。磯は高いが、一度今度釣ってみるか。
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2021/3/20 (Sat.) 〜3/21 (Sun.)

雨の日南。いつもの田園里山(宮崎県日南市) |

営業しているのかよく分からない家具店。店内の電気は点いている。
(鹿児島県志布志市) |
またまたダラダラの週末
3月20日土曜日、朝から雨で、昼前から大雨となる。
この雨ならダラダラも仕方ない。
午後、日南のゲオへ向かうも、何と愚かしいことに、返すべきDVD(東京喰種)を持って行くのを忘れてしまった。日南に着くころに気づくという大失態。
仕方ないので返却なしで、映画『イエスタディ』を借りて串間に戻る。
夜、『イエスタディ』を鑑賞する。楽しい映画だった。
ビートルズファンならずとも楽しめよう。いわゆるパラレルワールドもの。この世界には、少しずつ何かが変わった無数の平行世界が存在するのだ。村上春樹の小説『1Q84』を思い出した。
一番素晴らしかったのは、主演女優の凄まじいまでの演技力。この女優さんの圧倒的演技によって、観客の大多数はこの人に感情移入して映画に浸かったのではないだろうか。主人公の男性は、かなりの優柔不断というか、流れのままに乗ってしまうという、なかなか観客が入り込むことは難しかったが、女性の方に感情移入できたから楽しめたのだ。
そしてハッピーエンドはやっぱり落ち着く。
3月21日日曜日。
『イエスタディ』のいい場面とか少しわかりにくかった場面を、もう一度見返す。2度見れる映画はなかなかない。
特典映像として入っていた、いわゆるボツ映像もかなり楽しめた。私は、話をよく分からせるためにこれらの映像を入れても良かったのではと思ったが、多分映画の尺の問題だろう。映画の長さは上映回数に関わるので、興行収入に直結する話で、ハリウッドではシビアに決められると聞いたことがある。ま、この映画はイギリス映画でハリウッドではないが。
そして、「もう一つのエンディング」という特典映像もあり、採用されなかったエンディングも収録されている。こちらのエンディングの方が私にはしっくり来た。こっちにすればよかったのに。
今日も日南ゲオへ行く。『東京喰種』、『イエスタディ』を返却し、新たに2枚借りる。2週間で1本110円なら借りようという気になる。
日南から帰った後、午後5時半ごろから福島港の船着き岸壁でに行ってキビナゴのブッコミ釣り。しかし恐ろしい暴風が正面から吹いており、竿を支えることもままならない。この風のためだろう、誰も釣り人はいない。
30分くらいで断念、何も釣れず。
夜はおでんを作る。おでんとは、具を買ってきてただ煮るだけの料理ではなく、時間をかけて煮、味を染み込ませる料理だと知る。 |
2021/3/19 (Fri.)

福島港の夕日(宮崎県串間市) |

ぶり大根。砂糖不使用 |

甑島みやげのアオサラーメン |

甑島みやげののり佃煮ちりめん入り |

三厩漁港のイカ釣り漁船(青森県東津軽郡外ヶ浜町) |
中国の暴走 晴れ@串間市
このページで政治的信条を披瀝するのは適切ではないと思いしてこなかったが、さすがにもう年寄りでもあり、現在の状況が緊迫し、どんどん憂慮すべき方向に行っているので、少し述べることにする。
要は中国が暴走している件である。
ウィグルを圧殺し、南シナ海を勝手に我が物とし、さらに香港の民主も潰した。彼らが常日頃言ってきた「核心的利益を守る」ということで残っているのは、台湾と尖閣である。つまり、習近平は、国際社会の声、国連の採決を無視して暴走を続け、もうすぐ、尖閣を取りにやって来る、ということである。
来年の北京五輪は成功させたいから(いますでに中国の上記の常軌を逸した行動に対し、ボイコット論も出てきている)、尖閣・台湾侵攻は五輪後であるとの見方が強い。
去る2月1日には改正された海警法が施行された。警察であるはずの海警が、中国の言う管轄水域においては、武器の使用ができる、という国際法に反する滅茶苦茶な法律である。
海警はすでに警察ではなく、軍の配下の組織である。軍が攻めてくるのだ。
もはや、完全に平時は終わった。
いまや毎日毎日海警の船が接続水域に入り、日本の領海に入ることもしばしば。海上保安庁の巡視船や日本の漁船を差し置いて、魚釣島に一番近い場所で停泊しているという。
こんな状態を放置して、いったい日本政府は何をやっているのだ?
こんなに圧迫されているのに、「中国を刺激しないように」とまったく有効的な手段を繰り出す気配がない。
すぐに、尖閣諸島への何らかの措置をすべきである。政府職員や自衛隊の常駐がよろしい。
本当にあきれ返ることだが、今は例えば、尖閣諸島が所属する石垣市が、標柱を立てようとしても島への上陸が政府により許可されない。環境調査もできない。自分の国の領土なのに、である。
政府の人間、外務省の人間たちは、頭がおかしいのだろうか?
もう以前とは完全に状況が変わっているのだ。
よく言われるのは、政府中枢の人間が、「親中派」「媚中派」である、ということである。
いままで、日本の経済界はさんざん中国ビジネスで利益を上げてきた。安い人件費の中国で生産した商品を、全世界で売る。もう何10年も前から、日本の店に並んでいるあらゆる商品の大多数が、メイドインチャイナじゃないか。これは100均だけの話ではないのだ。
そして政治家は中国と話しをつけ、便宜を図ることで日本企業が中国での活動をしやすくし、そして経団連などから金を受け取る。
要するに金のためにみんな中国依存となってしまったのだ。
もし「親中派」なのであれば、得意の中国パイプを駆使して、習近平に「尖閣での不埒な活動を止めろ」と言ってほしいものである。全然言えないじゃないか。何が親中派だ。ただの言いなりだ。
昨年11月、中国の外相が、東京で「日本の漁船は中国の領土である尖閣での活動を止めろ」的な発言をした際、日本の外務大臣は、ただへらへらと笑って何ひとつ反論しなかった。一体何でこのような人物が日本政府の中枢にいるのだ?
北京での発言ならまだしも、日本の首都でなぜこんな侮辱的な発言をされるのだ?
いままではさんざん中国で金を稼いで良かったろう。だが、それはもう過ぎたこと。これからは話が違う。
習近平は、明らかに世界の覇権を握ろうと、国際的な約束やルールを無視して暴走を始めている。その姿を、ナチスに重ねる見方もある。
中国に進出している日本企業は、もう中国から撤退すべきである。これから日中が紛争状態に入れば、中国にある日本企業や日本人駐在員が、資産差し押さえや不当な拘束をされることは目に見えている。彼らは話して分かるような国ではない。そもそも民主主義と自由という、普遍的な価値観を共有できない国なのだ。そのような中国リスクを今すぐに排除せねばならない。
そして、海上保安庁能力増強が急務であるが、さらに急務なのは憲法9条の改正だ。
軍隊が軍隊として機能する、普通の国にならないと、このような狂気の隣人に蹂躙されるだけである。中国政府はおそらく、日本人よりも日本国憲法を詳細に知っている。何ができて何ができないか。それを見極めて攻めてくる。アメリカが日米安保を適用できない、すなわちアメリカが出てこれないような形はどういう形か。その戦略を練りに練っている。
隣人が武器を準備し、せっせと刀を研いでいるというのに、日本は何をしているのか?
憲法9条の改正こそが、戦争を抑止する力となるのである。戦争を起こすために改正するのではない。こういう単純な理屈が人々にはなぜわからないのか。
護憲派のお花畑の人々は、今の現状をどう思っているのか。
以前、東京都知事選に立候補した元ニュースキャスターが、「中国が攻めてくる?そんなことあり得ないですよ」とテレビで言っていたが、まさか今でもそう言うのだろうか?ウィグル、南シナ海、香港でコトを終えた中国が、「まだ台湾も尖閣も獲ることは考えられない」なんてこの人たち、まさか言わないだろう。
そうしたら、憲法改正をどうするか。それでも憲法を改正しないというのなら、どうやって中国の侵略から日本を守るのか、明確な提案をして欲しい。
中国に尖閣くらいくれてやれ、たかだか小さな無人島じゃないか、とでもいうのだろうか?
もし尖閣と台湾を取られたとして、そこに中国が軍事基地を作ったら、もう日本はおしまいじゃないか。沖縄のすぐ鼻の先まで中国が刃先を向けることになり、東シナ海の航行だって自由にできなくなる。
平和が重要、人を傷つけるなんてもってのほかだ、そんなの誰でも分かっている。
問題は、どうやって日本の領土を守るかという話である。
自民党の重鎮議員でも、共産党のようなことを言っている人がいるというのは、本当に嘆かわしい。
とにかく、一刻も早く憲法9条を改正して、この狂った中国に対応できる体制を整えねばならない。
心ある国会議員に期待している。そして、国民の多くが同じ思いを共有することを望む。
このページで自分以外の何かの宣伝なんかはしたくないし、ましてや政治信条に関することならなおさらなのだが、もはや日本の将来を考えればそんなことも言ってられない気がするので、まずはとっかかりとして、もしよかったらであるが、自民党青山繁晴議員のユーチューブチャンネルを見てほしい。
「青山繁晴チャンネル ぼくらの国会」https://www.youtube.com/channel/UCueFlCvu9XJI3EbK5s5ocWA
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2021/3/17 (Wed.)

たれを洗い流してから蒸し焼きにした鰻。イケる。 |
鰻の蒲焼 晴れ@串間市
2月の終わりに千葉に帰省した際、久々に鰻の蒲焼を食べたのだが、やっぱり美味い。
串間の行きつけのスーパーで、たまたま鰻の蒲焼がセールで安く売っていたので、買ってしまった。
一尾580円。中国産だが、今どきならかなり安い。だいたい、780円以上はし、普通は1000円くらいする。(日本産なら1800円とか2100円だ)
尖閣の話があるので、最近はメイドインチャイナとか中国産のものは極力買わないようにしているのだが、仕方ないときもある。
普通ならレンジでチンするだけだが、今回はネットで調べた「スーパーの蒲焼を美味しく食べる方法」で調理してみた。
以下の方法だ。
@蒲焼についているたれをお湯ですっかり洗い流す
A鰻に料理酒をかけ、フライパンで蒸し焼きにする
スーパーの鰻によくあるゴムのような食感ではなく、身はほろほろと柔らかくなり、なかなか良かった。そもそも、スーパーの鰻はたれが濃すぎると思っているので、たれを始めに洗い流すというのはいい。
ま、さすがに鰻屋で食べる鰻とまではいかなかったが。 |
2021/3/14 (Sun.)

おばさんたちがライトを照らしてシラスウナギを獲っている |
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宮崎名物、辛麺のチャルメラ版インスタントラーメン |

宮崎辛麺。辛くてクセになる味。カップ焼きそばのあの濃厚ソース
的で、身体に良さそうな感じはしない。 |
シラスウナギ漁 晴れ@串間市
この土日はまたまたダラダラ生活。平日の仕事が激務でもないのに、週末何事にもやる気が起きない。
昨日の土曜日まで波が高かったのだが、今日は波が収まり、しかも朝まづめが満潮という絶好の釣り日だったのだが、朝起きれず。金曜の晩、昨晩ともネットサーフィンしつつどうも夜更かしをしてしまった。天気もいいのに日中ダラダラ過ごす。
18時、ようやく釣りに出かける。始め、福島港に行ってみるが、誰もいないので、19:34の志布志満潮に合わせ、菱田川河口でルアーを投げることにする。ちょうど日の入りの時間帯。
だが、数か月前と同様、私が釣り場に着いた際にはすでに1台の軽トラが止まっており、私の直後にさらに2台の軽トラがやって来た。
一体ここに何があるというのか。
一人のおじさんが声をかけてくる。
「シーバスですか?」
「はい」
彼らが何をしようとしているのかは聞かなかったが、竿は持っていない。
私は彼らがいいポイント向きを陣取ってしまったので、釈然としないながらも、より上流のポイントに向かってルアーを投げ始める。アタリはない。
日がすっかり暮れる。彼らは、まず大きなライトを川岸に据え付ける。そしてそのそばに座り、網を持ってずっと水面を見つめている。
何かを獲っているのには間違いないが、一人のおばさんに聞いてみる。
「何を獲っているんですか?」
「シラスウナギだよ」
私も、おばさんが目を凝らしている、ライトで照らされた水面を見つめる。なんか回虫みたいなものが何匹かくねくねと水面付近を泳いでいる。
「あれですか?」
「いや、これはゴカイだよ」
さらによく見ると、もっと細くて小さい、長さ数センチの糸ミミズのようなものが何匹か泳いでいる。彼らが獲っているのはこれらしい。
「これ獲ってどうするんですか?」
「売るんだよ」
ここ数年来、シラスウナギの漁獲量が激減しており、そのためにウナギの値段は高騰している。ウナギというのは、シラスウナギを獲ってそれを養殖するのだ。
菱田川では看板が立っていて、シラスウナギ漁はある時期だけ解禁になるようだ。この辺りの川の河口では、シラスウナギがよく獲れるらしい。釣りガイド本には、「夏はウナギ釣りで賑わう」と書いてあり、シラスウナギ漁は冬〜春がシーズンなのだと思われる。
確かに、この菱田川のある大崎町は、ウナギの生産地として全国に(多分)名が知れている。シラスウナギ漁はいまが最盛期なのだろう。近年の不漁から、きっと高く売れるのだろうから、これほど血眼になっているわけだ、多分。このシラスウナギ漁は女性の仕事のようで、初めに話をしたおじさんの奥さんだろうか?が別の場所で同じように水面に目を凝らしている。
私は、この2組の間でルアーを投げ始めたが、アタリはない。
しばらくして奥さんの方から、依頼をされる。
「すみません、上流側で投げてもらえませんか?」
「はい」
私は全く釈然としなかったが、もめ事も嫌なので、その要望に従った。私の方が彼女よりも早く来ていたのである。後から来て一番真ん中の場所を勝手に取ったのはそっちじゃないか。
ただ、アタリが全くないので、しばらくして納竿。18:50〜19:50まで釣って、坊主。シラスウナギ漁が禁漁になるまでここでは釣りはしづらい。強力なライトで川岸近くを照らしているので、シーバスも警戒してこの辺りに近づかないのかもしれない。
帰り道、志布志駅の近くの居酒屋に立ち寄る。今週木曜、東京からお偉方が5人くらい串間に出張してくるので、懇親会の場所を予約せねばならない。
居酒屋に入ると、酔客たちの嬌声が充満している。個室になっていてよく分からないが、ほぼ満席で、かなりの人数が宴会を楽しんでいる。
日曜の夜、みんな飲んでるのか。これだけ客が多いということは、きっと人気店なのに違いない。どうやらこの辺りに多い、鶏をメインに提供する店のようだ。
鹿児島県も決してコロナが安心できる場所ではない。鹿児島市内の「何とか男爵」というキャバクラで発生したクラスターは、その店名も相まって、全国的に悪名を博したではないか。こんなに密集して大丈夫なのだろうか?
メニューを確認し、個室が取れるということで、私はこの店の予約を取る。我々も9人の飲み会になるので、この時期そんな大人数でやっていいのかという疑問はあるが、今回は我々の組織のトップに近い人の初の串間訪問であり、彼が「現場メンバーと懇親会をしたい」という要望なので、まぁ良かろう。飲み会にはストレス発散の効果はあるはずだ。
会社の飲み会としては、昨年の12月に串間メンバー5人でやって以来、3か月ぶりとなる。
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2021/3/9 (Tue.)

国道九四フェリー |
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丸美屋麻婆豆腐の素辛口を使った、ニラネギたっぷり麻婆豆腐
砂糖含む |

最近よく作るガリポンチキン。味ポンにニンニクを加えた味付け
味ポンにも砂糖が含まれる |
砂糖不摂取生活は可能か?(1) 晴れ@串間市
先日借りてきた『東京喰種』実写版を鑑賞。あのカグネの描写はいくらCGでも実写では厳しいだろうなと思っていたが、まぁ、なかなか健闘している方だと思った。
主人公の演技はすごく良かったし、大泉洋は意外な配役で、まずまず見れた。
実写版まで作られるということは、原作漫画がいかに人気があったかということの裏返しである。こうなると、返す返すもアニメ版の駄作ぶりが残念でならない。『鬼滅の刃』の大ヒットを見ても、あのような単純な話ではないので比較は出来ないが、せめて原作に忠実にアニメ化してくれれば、相当な名作になったはずなのだが。
さて、今日の本題は東京喰種ではない。
先月、友人Oから聞いた砂糖不摂取生活。
砂糖というよりも、果糖が身体に悪いとのことなのだが、まあ砂糖の取り過ぎはそれほど身体に良い感じはしない。
脳のエネルギー源となるのはブドウ糖(グルコース)である。ブドウ糖は、砂糖や炭水化物(米や小麦粉)を摂取後、これらを体内で分解して得られる。
脳は1日の全消費エネルギーのの25%も使うと言われている。よって、ブドウ糖は身体に必須である。
私がエクアドルで働いていたころ、電気科の同僚講師シルビアは、よくキャンディや甘いものを食べていた。
彼女曰く、「これを食べると頭が働くのよ」と言っていた。私はそれほど実感したことはないが、甘いものを摂って脳を活性化させるというのは理論的には正しいわけである。
ブドウ糖は食後4時間ほどですべて吸収されるとのことで、午後3時くらいに甘いものを摂るのは脳を働かせるためにちょうど良いタイミングなのである。
身体に悪いのは果糖(フルクトース)だと言われる。
ネットを見ると、脂肪肝や糖尿病等、様々な疾患のリスクを高めるらしい。
まあ、何物も摂り過ぎは良くない。過ぎたるは及ばざるがごとしである。
果たして砂糖不摂取生活は可能だろうか?
私は菓子パンに目がないので(ケーキなど高いものは食べないものの)、砂糖を全く摂らないことは不可能だと思っているが、とりあえず砂糖を含む食品を調査してみた。
冷蔵庫や手元にある食品の原材料を片っ端から調べ、スーパーに行けば、様々な食品の原材料欄をチェックする。
すると、ほとんどの食品加工品には砂糖、もしくはブドウ糖果糖液糖、果糖ブドウ糖液糖が入っていることを知り呆然とする。
ドレッシング、納豆のたれ、黒酢もずく、味ポン、めんつゆ、ブルーベリージャム、海苔佃煮、食パン、ブルーベリーヨーグルト、ふりかけ、ウィンナー、中濃ソース、カレールー、レトルトカレー、インスタントみそ汁、麻婆豆腐の素、カップ麺、各種缶詰、各種清涼飲料水。
基礎調味料はどうか。醤油にも砂糖が入っているものがある。南九州の醤油は甘い。砂糖が入っている。もちろん、砂糖が入っていない醤油も売っているが、スーパーの品揃えの様子を見ると、おそらく砂糖入りの醤油が主流である。
みりん風調味料にや料理酒には、「水あめ」なるものが入っていることがある。少しお高い純米料理酒には入っていない。
水あめとは、デンプンから人工的に作られる甘味料だそうだが、これには果糖が含まれていないので、とりあえずここでは無視する。
さらに、スーパーに売っている惣菜、きんぴら、ほうれん草のおひたし、ふきのとうの煮もの、ポテトサラダ、何にでも砂糖が入っている。
以前も書いたが、醤油含め、南九州では甘い味付けが多い。
関東の人間がこちらに来て食堂に入ってみてまず感じるのは、味噌汁が甘いということと、醤油が甘いということである。これらの身近な食べ物が甘いことにまず違和感を感じる。
そしてスーパーで惣菜を買ってみると、これまた甘い。スーパーによって甘さの強弱はあるが、全体的に甘い。
南九州の人は、何にでも味付けに砂糖を入れる傾向があると感じる。
以前も書いたが、旧薩摩藩では、奄美や琉球といったサトウキビ生産地を支配していたので、砂糖の摂取が、文化となっているのではないかと推測している。江戸時代中期までは、砂糖は輸入に頼っていたので、相当な高価品で、庶民には高根の花だったはずであるが、南九州ではより親しみがあったのかもしれない。
こう見ていくと、江戸時代の砂糖貴重品時代とは打って変わって、現代日本においては砂糖を口にしないことは非常に困難である。
砂糖や果糖を避けようとすれば、加工食品の多くは買えない。惣菜も買えない。よって、自炊しかない。
野菜や肉、魚などの素材を買ってきて、砂糖の入っていない調味料で調理する。これはまぁ、それほど大きな問題ではない。可能だろう。
日本の国民食、カレーをどう作るか。カレールーが使えないのは痛い。すると、クミンとかターメリックを使って、ルーから作らねばなるまい。
味ポンなんかは、醤油と酢を混ぜて、すこし柑橘果汁を混ぜればできるから、自作は可能である。
砂糖不摂取生活をしている友人Oに聞くと、彼は食パンもドレッシングも自分で作るそうである。カレーは食べないそうだ。それは私には耐えられまい。
砂糖調査は継続する。
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2021/3/6 (Sat.) 〜3/7 (Sun.)

エスカレーター (駿河湾沼津サービスエリア) |

東名高速道路から見る富士山 |

ゆるキャンばりの富士山 |
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八幡浜の街並み。港に造船所らしきクレーンが見える
(愛媛県八幡浜市) |

佐田岬に連なる風車群(愛媛県伊方町) |
いまどきのレンタルビデオ料金は結構安い 晴れ@串間市
3月6日土曜日。
漫画『東京喰種』30冊の2周目を完読。読み終わった。
2周目も一気に読めた。私の知る限り、こんなに奥行きのあるというか、話が交錯するストーリーも珍しい。ようやくほぼ謎が解けたが、解せない点はまだある。
3月7日日曜日。
週末は結局またまたダラダラしてたが、19時前に日南のゲオに出かける。
『東京喰種』の実写版を借りる。
最近はレンタルビデオ料金は昔に比べて大分安くなったと感じる。ゲオの場合、旧作であれば2週間(14泊15日)で110円。
映像メディアのレンタルも大分安くなったようだ。
ちなみに、音楽CDは、著作権者が強いからか(あのアコギなJASRACのせい?)、1週間で350円くらいするので何となく昔のままの値段な気がする。
つまり、映像作品は、いまや配信でアマゾンプライムとかNetflixとかU−NEXTなどで金を払えば割と自由に見れるので、わざわざレンタルビデオ屋に行って借りる必要がなくなって来ている。(そのため、レンタルビデオ屋の方も、「宅配レンタル」という、家でビデオなどを受け取り、返却できるサービスを開始している。)
よって、そのようなネット上の配信システムの台頭により、レンタルビデオは高い値段では誰も借りなくなってきているわけである。
あらためて、隔世の感。
磁気記録が一掃され、いまや半導体メモリーの時代である。
私は、テープ人間である。1990年代前半、大学院で高記録密度磁気テープの研究をし、会社に入った後も8年間ほどテープの研究開発と商品化に携わった。
フィルム上に小さな磁石を並べていく記録メディアがテープである。しかし、いまテープというものはこの世から姿を消してしまった。
その他にも、磁気記録メディアとして一世を風靡したMDも、あっという間になくなった。
とはいえ、私は音声を記録したカセットテープ、映像を記録したビデオテープを今でも多数所有し、再生して楽しんでいる。巻数にして1500巻くらいはあるだろう。
30年以上前のテープが、いまでも立派に再生できることに、日本の技術力の高さを実感する。記録媒体であるテープ技術と、それを再生するヘッド、デッキの技術。
1980年代に中学〜高校時代を過ごした私は、当時レンタルレコード屋でレコードを借りてきてはせっせとカセットテープにダビングしていた。
1980年代前半というのは、個人でPCを所有している人は少なかった。NECがPC−9801を出し、私の中学時代の友達のうち一人だけがNECのパソコンを持っていた。
ここから、時代はアナログ→デジタルの時代へと、急速に進行する。
栄華を誇っていたアナログレコードの運命は、1980年代半ばのCDの登場により一変することになる。レコードやテープは基本的にアナログ電気信号を記録しているのだが、CDはデジタル信号である。(テープでも、DATやMiniDVなどは、デジタル信号を記録している)
変換・復号の過程でデジタル信号は劣化しないということで、CDのクリアな音質は、初めこそアナログレコードに慣れた人々の耳に違和感を持たれたようだが、やがて一気に普及していく。
街なかのレンタルレコード屋は、レンタルCD屋にあっという間に看板替えしてしまった。そして私は、今度はレンタルCD屋に通い、せっせとCDを借りてはカセットテープにダビングしていた。
そう言う意味では、CDが登場してもテープはまだ記録媒体としての価値があったわけである。デジタル→デジタルのダビングは、著作権上できないからである。
CDはデジタルなので劣化しない、テープは「劣化するもの」とされていた。確かに原理的に言えば、磁気的に記録した信号は時間とともに磁力が少しづつ弱くなるということだろう。だが、どうだ。記録から30年以上経過しているカセットテープが、今でもいい音で再生できる。テープを舐めちゃいけない。私のテープたちが「テープは劣化しやすい」ということに雄弁に反論しているではないか。
まぁ、ともあれ、世の中のデジタル化はものすごい勢いで進み、テープは、一時はMDに移行するかという時期もあったが、結局は記録できる光ディスクに置き換わっていった。カセットテープはCD-R/RWに、ビデオテープはDVD-R/RWやブルーレイディスクに。
そんなテープもディスクも、再生デッキが機械部分を持っていることで、故障率が高かった。テープを進めるモーター、ビデオの場合はヘッドをテープ上にスキャンするためのモーター、そしてガイドローラーやギアが不可欠である。ディスクであればディスクを回転させたり、ディスク上にヘッドを動かすアクチュエータはやっぱりモーターで動かす機械である。
残念ながら、動く機械は、壊れる。どうしてもこのように機械部分を持っている機器はそこが壊れやすかった。
そしていま世界を席巻しているのは、半導体メモリという記録媒体である。メモリースティックに始まり、SDカード、USBメモリなどがいまの記録媒体の主流である。以前はそれらのメディアは記録容量が小さかったため、まだテープやディスクや銀塩フィルムに分があったが、あれよあれよと記録密度を増やし、いまや小さなSDカードで何100GBという容量を持つに至り、ディスクすらも半導体メモリに置き換わりつつある。
いずれはレンタルCDやレンタルDVDもなくなり、レンタルSDカードになるのだろうか。
そんななか、磁気記録メディアで唯一頑張ってきたのは、高記録密度を誇るハードディスクであるが、これも半導体メモリであるSSD(Solid State
Drive)に取って代わられつつある。 銀塩カメラがデジタルカメラに置き換わったのも同じような流れと言えよう。
半導体メモリの最大の利点は、再生・記録に機械部品を使わなくて済むことである。半導体を用いて回路的に信号を保存する半導体メモリは、すべて電気的なやり取りのみでデータを保存・読み出しする。つまり回路的にすべてが完結するので、モーターなど動く機械部品がなくなったため、機器の故障率が飛躍的に低下したわけである。
また、機構部品がそっくりなくなるので、機器の小型化が可能となる。
さらに、電子的な信号のやり取りのみなので、速い。ディスクの場合、記録してある場所にヘッドが探しに行く時間がかかる。
そして、高速通信技術の進歩は、音楽や映像といった電子データの「配信」という、新しいコンテンツ流通をもたらした。いまやインターネット上でどんな大容量データでもやり取り出来てしまうのである。
こうなると、CDもDVDもブルーレイもなくなり、レンタルCD・DVD屋もネット配信に飲み込まれてしまうのかもしれない。
まったく、とんでもない世の中になった。
私が子供の頃、「音楽を野外に持ちだす」というコンセプトのソニーのウォークマンが登場し、結構な若者たちがカセットのウォークマンを競うように持っていた。あのウォークマンが出たことで「外で音楽を聞く」という文化が一気に普及した。
その後、メディアの変化によりCDウォークマンとなり、MDウォークマンとなり、いまや半導体メモリを利用した超小型ウォークマンである。
これを隔世の感と言わずして何と言おうか。
同様に、私が子供の頃は携帯電話など影も形もなかったが、いまや誰もがスマホを持っている。
技術の進歩は誰にも止められない。
それでも僕は、テープを聞く。
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