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日記
(2019年5月)
2019/5/20 (Mon.)

回転寿司の進化に仰天

会社の同僚と昼飯を食べに、かっぱ寿司に行くことにした。回転寿司に行くのは一体何年ぶりだろうか。まったく記憶がない。最低10年間は行っていない。
最新の回転寿司屋に仰天した。
そこは、ベルトコンベアが楕円状に周る従来の回転寿司とは似ても似つかぬものだったからだ。
ファミレス風のテーブル席がしつらえられ、ベルトコンベアはその席の列に沿って直線的に伸びている。ベルトコンベアは直線的にしか動かない。
各テーブルにはカラオケのリモコンのような装置があり、そこで注文を入力する。
寿司を握る職人の姿がない。厨房は奥にあり、注文を受けると、そこで寿司が握られ、皿に置かれて新幹線の形をしたトレーに乗ってやってくる。もはや、寿司は”回転”していない。
メニューの多さも一昔前とは別物だ。ネタの豊富さもさることながら、ラーメンやサラダ、デザートなどファミレスのような品揃えで迫ってくる。
まったく、私が知らない間に、回転寿司がここまでの変貌を遂げていようとは、思いもよらなかった。
2019/5/13 (Mon.) 〜 6/7 (Fri.)

秋田の街ではなまはげをよく見る

秋田駅のバス停

秋田美人のポスター。自信満々。

秋田出張

新しい会社に入って、4日間は東京の本社に通った。
5月13日から4週間、秋田市で研修を受ける。
ここでは、この4週間での秋田生活を簡単に紹介してみる。

秋田へは秋田新幹線で移動。秋田新幹線に乗るのは初めてだが、シートはシックな感じでコンセントなども設置されていて、なかなかいい新幹線だ。
秋田市では、秋田駅近くのホテルに滞在し、そこから出勤。
同じホテルに4週間もの間泊まるのは生まれて初めてである。そもそも、4週間の出張というのもいままで経験がない。
このおかげで、1か月で数kg太ってしまった。6月末、秋田出張を終えた頃には、体重が過去最高の68kgまで急増していた。増加分は、主に腹周りに付いた醜い脂肪であり、鏡で自分の姿を見て愕然とした。
なぜ太るのか?理由は簡単で、朝飯を毎日たくさん食べるようになったからである。
幸か不幸か、最近のビジネスホテルでは、バイキングの朝食を提供するところが多い。私も出張費は会社から出るので、朝食付きプランにしたのだが、バイキングの品数はそう多くはないものの、食べ放題ともなると朝飯はどうしても食べ過ぎてしまう。
普段の私は、朝食といえば菓子パンにコーヒー、という実に質素なものである。それがバイキングに代わっては、太るのも無理はない。

<秋田の名物料理>
さて、太ることは好ましくはないが、秋田は名物料理が多いのは間違いないことであろう。
まず、その米の美味さは特筆に値する。中古車買取店の店長が言っていた通りである。
「あきたこまち」のブランドで有名だが、ホテルの朝食も、大衆食堂でのご飯さえも、ほとんど美味しかった。米が違うのだ。

その他の定番としては、きりたんぽ、だまこ汁(きりたんぽと同じものを丸い団子状にして汁に入れたもの)、じゅんさい(野菜)、ハタハタ(魚)、いぶりがっこ(漬物)など、名物料理の多さは全国有数ではないか。
その他、横手焼きそばはB級グルメでおなじみ。5月24日〜26日まで秋田市内で開催された「食と伝統の祭り」では、横手焼きそばの屋台も参戦していた。

<秋田市の観光地>
私は歴史が好きなので、やはりまずは秋田の歴史に触れねばならない。
秋田駅から徒歩10分ほどのところに、千秋公園がある。ここは、関ケ原以降、常磐から秋田に移封した佐竹氏が居城とした久保田城の跡と、佐竹氏の歴史や遺物を展示する佐竹資料館がある。
私が千秋公園を訪れた日は、多くの若者も訪れていた。彼らも歴史好きなのだろうか?とよく観察すると、みんなスマホを見ながら歩いている。歴史じゃない、ポケモンだ!
みんなモンスターを探していたのだ。日本の若者よ、もっと他にすることはないのか?

赤レンガ郷土館は、旧秋田銀行の建物を流用した博物館で、秋田の伝統工芸品や秋田出身の芸術家の作品などが展示されている。建物自体も見所。

竿燈の実演。腰や額などで長竹を支える

<秋田市の伝統行事>
秋田の祭りといえば、東北三大祭りに数えられる「竿燈まつり」がまず挙げられよう。長い竿に横木を渡し、そこに多数の提灯をつけた「竿燈」を持った衆が街を練り歩く。この竿燈には様々な技があり、額や背中に竿を置いてバランスを取ったり、超長竿でバランスを取ったりする技を競うコンテストも祭りの中で行われる。
市内には、「ねぶりながし館」という、竿燈まつりや秋田市周辺の祭りを紹介する展示館がある。そこでは、竿燈の実演も見られる。

※秋田の伝統行事といえば「なまはげ」もすぐ思い浮かぶが、これは6月になまはげの地、男鹿を訪れたので、そこで述べる。

<秋田の方言>
年配者の方言はなかなか楽しい。年寄りの訛りがきつくて他の土地から訪れた人は言葉が分からない、と人はよく笑い話にするが、とんでもない。その土地の文化の最たるものこそ、方言である。我々はそれを敬意を持って接せねばならない。
ただでさえ若者が都会に出、どんどん土地の伝統が失われていく中で、方言を守っていくことは日本文化を守るという意味で大変重要であるように思える。もちろん、言葉は使われなければ意味はないし、それを使う人が絶えてしまえばそれがその文化の死であるのだが、それを後世に受け継いでいくことは、日本を受け継ぐことである。
会社で取らなければならない資格があり、外部研修で秋田トラック協会に行って受講したのだが、その講師はバリバリの「秋田の強面オヤジ」といった感じの人で、講習始めは無理をしていたのか、割と標準語に近い言葉を話していたが、2日目あたりから地が出始め、その後は方言そのままでしゃべる感じとなり、分かりにくいことも多々あったが、方言に触れられ、実に楽しかった。
秋田の人の言葉の特徴をいくつか紹介しよう。
まず、講習などで大勢を前に話すとき、「それでは」という、話題を変えたり次の段階に入るときに述べる接続詞があるが、これは秋田では「それでは」とは言わない。
「そうすれば」と言う。
この「そうすれば」は、「もしそうしたら」という意味ではなく、「それでは」「そうしましたら」という意味である。
訛り的には、う行に変化する傾向が強いようである。
例えば、「一時(いちじ)」は「いつず」となる。

<秋田美人>
秋田の街を歩いていると、美人な女性が多い気がする。あくまでも感覚的なものだが、1か月以上滞在してそう思うのだから、私の中では「秋田美人」という言葉は事実である、と認定した。
ちなみに秋田市もしくは秋田県もそれについては自信があるのだろう、若い女性が6人くらい大写しに写ったその名も「あきたびじん」という観光ポスターをいたるところに張り出している。
何とも大胆な打ち出しである。

<秋田の繁華街>
秋田には、川反(かわばた)という繁華街がある。秋田駅からは徒歩10分くらいかかるが、居酒屋、食堂、スナック、キャバクラなどが集中した一画である。
「秋田美人」が多いと実感している私としては、キャバクラに行ってみたかったが、会社の人たちと一緒に行ったのは、フィリピンショーパブだった。
2019/5/12 (Sun.)

N−VAN慣らし運転   晴れ@千葉市 

馬券を買ったあと、昼過ぎ、N−VANを駆って出かける。慣らし運転をせねばならない。
東金から銚子へ、そして成田方面まで走る。運転するだけの運転はつまらない。若いころは目的地もなくただ車を運転しているだけで楽しかった時期があったが、もはや目的地のないドライブというものはつまらない。老い先が短くなると、時間に対する執着が変化してくるのだろうか。心の余裕のなさが、大らかな時間の使い方をさせないようになってくる。
それともただ単に体力的な問題か。

マニュアル車からオートマ車に乗り変えたので、ブレーキが慣れない。マニュアルならアクセルを戻すとエンジンブレーキがかかり、しかも停車時はシフトダウンするので、ブレーキを強く踏む必要はない。対してオートマは、アクセルを戻してもほとんどエンジンブレーキが利かないので、前の信号が赤の場合、マニュアル車よりも大分早くブレーキを踏まねば停車が間に合わない。しかもアクセルは軽く、少し踏むと60kmくらいはすぐに出るので、ブレーキもそれなりに踏まないと制動距離がえらく長くなってしまう。私は、ブレーキをあまり踏まないドライバーなので、ブレーキを強く踏むことに抵抗を感じる。

車高が高いので、運転席の視点が高いのはいい。他の車はほとんどを見下ろすことができる。視点が高いと運転しやすいし、速度が出ているときにスピード感があまりないので精神的な疲れも少ないようだ。

昨日納車されて、昨日今日で200km以上走った。まだ全然慣れない。
2019/5/11 (Sat.)

さよなら、インテグラ

N−VAN、ついに納車

インテグラ売却とN−VAN納車!   晴れ@千葉市 

今週1週間、といっても4日だが、入社した会社に出勤した。来週からは1か月間、秋田で研修。
ついに今日、25年間乗ったインテグラを売却し、新しく買ったN−VANが納車される。
昼頃、千城台の洗車場に行き、インテグラを最後の洗車。これまで相棒として多くの時間を過ごしてきたのだ。最後くらいはきれいにして送り出すのが正しい礼儀というものだろう。
洗車後、一旦家に戻り、車の中にある荷物をすべて下ろす。昨日までにほとんど車の中は空っぽだったので、下ろすものはほとんどない。

都町の中古車買い取り業者へ。
住民票の写しや車検証など、必要書類を渡し、契約書に最終サインして、売却は完了。
涙は出なかったが、25年間連れ添った伴侶とのお別れだ。特別な思いがめぐる。
最終走行距離は、23万キロ強。よくぶっ壊れずに走ってくれた。
買取業者の店長に千葉駅まで送ってもらい、柏のホンダカーズに向かう。
この店長は、前述の通り秋田出身で、私が来週から秋田出張だと知っているので、秋田の美味い料理を聞いてみたら、「美味い物って言ってもそんなにないですけど」と謙遜したあと、「それでも米だけは美味いです」とのこと。
「それと、好き嫌いありますけど、ラーメンは駅前の『末廣ラーメン』が有名なのでm、よかったら食べてみてください」
勧められたからには、秋田に行ったら食べてみるしかあるまい。

京成千葉駅から京成電車に乗り、新鎌ヶ谷駅で北総線に乗り換える。北総線は最近まで一番運賃の高い路線だったらしく、一駅で300円もする。
西白井駅で降りる。ホンダカーズの店長が駅に迎えに来てくれ、そこからホンダカーズへ。

N−VANの基本操作を教えてもらい、ついに納車。購入から納車まで2か月近く。ようやく新車入手である。
車に乗って千葉に戻る。
千葉市に着き、よく行く公園まで乗り付け、まじまじと車を観察する。よく見ると不格好な車である。
前から見ると、犬のような顔をしている。

その後友人の家に立ち寄り、友人を乗せてドライブする。オートマの運転は久しぶりなので、なかなか慣れない。

夜8時。別の友人の家に行き、ひとしきり車を見せた後、解散。
明後日から会社の研修で1か月ほど秋田暮らしなので、明日1日で慣らし運転する。
2019/5/6 (Mon.)

西小山の商店街、こどもの日(東京都目黒区)

無職生活最終日   晴れ@千葉市 

世の中では10連休最終日。
前述の通り、私は今月一日、つまり5月1日に新しい会社に入社したのであるが、今年は新天皇即位などのため、5月1日〜今日5月6日まで休みだったので、初出社日は明日の7日となる。
よって、実質的に、今日が長きにわたった無職生活の最終日ということになる。
前職のNGOを辞めたのが2017年3月末。それから2年と1か月が瞬く間に経過した。その間、瀬戸内海の島で3か月間だけ仲居として働いたが、それ以外は就労していない。
前記したが、日本を巡る旅と釣りをしていたら2年間があっという間に過ぎ去ってしまった。
社会の一員ではあるが、不就労状態というのは、自由なように見えて、その実精神的には後ろめたさと隣り合わせであるので、ストレスを感じているともいえる。
いよいよ明日から、再び就労生活が始まる。社会のためになる仕事がしたい。

今日は朝から近くの公園に父とつつじを見に行く。残念ながらまだ満開まではいかず、ところどころに咲いている程度。少し早かったようだ。
父を家に送った後、千城台のラーメン屋で昼食。その後インテグラを最後の洗車しにコイン洗車場へ。
7分200円のバキュームクリーナで、社内のゴミを丹念に吸い込む。車内を掃除するのは、本当に久しぶりだ。
洗車しようとしたら、100円玉がなくなってしまった。設置されている2台の自販機で飲み物を買って1000円札をくずそうとしたが、いずれも100円おつり切れで1000札が使えず。仕方ないので併設したコインランドリーにいき、両替機でくずそうとするが、これまた100円玉切れで両替できず。
一体この洗車場はどうなってるんだ?100円玉しか使えないのに、1000円札をくずす手段が皆無である。
仕方ないので洗車を諦める。

13時過ぎ、16号を北上して、柏にあるホンダカーズへ。
今日はインテグラに装着してあるETCを、来週納車予定のN−VANに付け替える作業をしてもらう。
14時過ぎにホンダカーズに到着、作業は30分ほどで終了。ゴールデンウィークの最終日、ホンダのディーラーは営業しているものの、客の姿は少ない。従業員も多くは休んでいるようだ。

千葉に戻る。洋服の青山でスーツを1着購入。
2019/5/5 (Sun.)

沈んだ玉網。細い黒い線が柄。一発回収に成功

カサゴ(またはソイ)25cm。デカい

気の置けない友人たちとの語らいは、いつでも楽しい

玉網救出、床屋、飲み会   晴れ@南房総市、千葉市 

朝4時に起きて、昨日とんでもない突風にあおられて失った玉網を救うべく、南房総市に向かう。
6時前に到着し、釣り場から見ると、海は干潮で極端に浅くなっていて、しかも今日は晴れで潮は澄んでおり、玉網が底に沈んでいるのがありありと見えた。
これなら救出は簡単だ。
3mの磯竿の先に3本フックのメタルジグをつけ、網の部分に落とすと、ハリが網に引っ掛かり、一発回収に成功。
これでこの玉網は海から2度目の生還を果たしたことになる。

さて、これからどうするか?時間は、まだ6:12。

今日は午後から「東京は西小山で床屋」という予定がある。だが幸いにもまだ朝早いので、釣りをすることにする。3時間くらいは釣る時間があるだろう。
だが、干潮時、いつもの磯際のポイントでは、すぐにフグが3匹立て続けに釣れる。良くない状況だ。底が見えてしまっているので、これでは大物は期待できそうにない。
フグにはかなわないので、ポイントを変える。岩の前方では、同じように浅いのだが、根がいくつかあり、その間の細い溝状の深みに仕掛けを入れてみる。
すると、割と大きな魚がかかった。だが、深みにどんどんと引き込むような引きではなく、重いが動きがあまりない。
カサゴ(またはソイ)だった。しかも大きい。25cm。これまた私のカサゴ(またはソイ)の自己記録更新の大物である。干潮時でも根魚は貪欲に食ってくる。

30mくらい先、隣の岩場で釣っているイシダイ釣りのおじさんに大きな魚がかかっている。玉網で取り込み成功。かなりの大物だ。ヒラメのようにも見えたが、何かはよく分からなかった。

私の方は、その後小さなカサゴ(またはソイ)が2匹釣れる。さらにフグが1匹。
午前9時。時間とともにさらに潮が引き、岩の周りはすべてが浅場と化し、大物は全く期待薄となる。
9時半、時間切れで納竿。

再び高速に乗り、千葉にとんぼ返り。
11:40、千葉駅周辺の駐車場に車を置き、電車に乗って西小山へ。
床屋の後、夕方千葉に戻り、ヨドバシカメラでラジカセを購入。なぜ今更ラジカセなどを買うのか?
このラジカセの使い道については、以降語ることにして、ここでは省略。
カセットテープをトランクルームに取りに行くが、膨大なカセットテープコレクションはトランクルームの奥深くに埋もれており、何とか数本のテープを持ち出せたのみだった。

その後、自宅に戻り、近くのスーパーへ。
午後6時、ここで友人6人と待ち合わせている。
今日は一人の友人の実家で家飲みなのだ。中学時代の友人が総勢7人。

スーパーでたこ焼きの材料、肉、野菜、酒を購入して友人宅へ。
円卓にみんなで座り、酒を飲みながらタコ焼きや肉野菜炒めを食らう。話に花が咲く。
円卓は偉大だ。みんながみんなの顔を見て、みんなで一つの話題を料理できる。もちろん、いくつかのグループに分かれてそれぞれで話しても良い。
ラジカセからは、レベッカが流れる。私たちの青春じゃないか。

午前1時半まで飲んで、お開き。
2019/5/4 (Sat.)

鋸山の石切り場、地獄のぞきが高速道路から一望できる

メジナ38cm。玉網の直径(45cm)に迫る勢い

いきなりの土砂降りに突風、雷になすすべなし

玉網が風で海に落ち、呆然自失

令和釣り2度目   晴れ後大雨・雷・突風@南房総市 

馬券を購入後、昼頃キャスティングに行き、釣り餌(オキアミとアミエビ)を買って吉野家で昼食後、一昨日いい釣りができた法華崎へ。配合エサの「爆寄せグレ」が余ったので使いたかったこともある。
14時半ごろ到着、15時から開始。天気はまずまず。
土曜だが、釣り場には誰もいない。完全な穴場だ。
磯際のポイントにコマセを集中する。カサゴが釣れる。大きくはない。
そして、ほどなく期待の大物がかかる。相当暴れ、グングンと潜られる。メジナとかサンノジの引きだ。かなり大きい。しばらく後、魚は疲れて浮いてくる。メジナ。いい型だ。
玉網を入れる。よっしゃああああああ!
かなり大きいので全長を測ろうと思ったが、メジャーは一昨日海に落としてしまった。が、予備のコマセ柄杓の柄にメジャーがついているのを思い出し、それで全長を測る。
なんと、38cm。メジナの自己最大記録を更新だ。しかもこんな大物などいそうにない釣り場でである。この釣り場のポテンシャル、恐るべし。

 38cmのメジナ、やったよ!

これは自撮りで写真を撮らねばなるまい。カメラを平らなクーラーボックスの上に置いて苦心してタイマー撮影していると、夕日を撮りに来ていたカメラおじさんが後ろを通りかかり、声をかけて来た。
「撮ってあげようか?」
「お願いします」
写真を撮りに来ているだけあって、カメラの扱いには慣れているおじさんだった。
写真を4枚ほど撮ってもらい礼を言う。
「これなんて魚?」
「メジナですよ」

今日はさらに大物を釣り上げたい、と思ってさらにコマセを集中し、磯際を攻める。
だが、それ以降、大きなウツボがコマセに寄って来て、仕掛けの周りをクネクネと泳ぎ回るようになった。ウツボもコマセ活性が高いのか。
ウツボはその鋭い歯で簡単に仕掛けを噛み切るという。一度も釣ったことがないので、あわよくば釣ろうと思ったが、まったくハリについた刺しエサにかかる気配はない。
肉食魚のウツボがいるおかげで、他の魚は寄って来れないようだ。
オハグロベラが1匹釣れただけで、その後は釣れない時間が過ぎていく。

そして、とんでもない事態に陥ることになる。
夕方になり、いきなり天気が急変したのだ。それまで、ほとんどなかった風が吹き始め、瞬く間に体感で10m以上の強風となった。そしてにわかに空が掻き曇り、強烈な雨が降りだす。雷も鳴り出した。まるで山にいるかのような天気の急変である。
釣り場は海に向かって傾斜した岩で、クーラーボックスやバケツなどを置いていた。さすがに風で飛ばされることはないだろうとタカをくくっていたら甘かった。
それからほとんど間をおかずに、おそらく20mくらいの突風が吹き、クーラーボックス、配合エサの入ったビニール袋、玉網が吹き飛ばされ、海に落ちてしまった。
雨と強風の中、釣りを中止してかばんや他のものを急いで岩の上の遊歩道に避難させる。
玉網はあっという間に沈んでしまった。
クーラーボックスとビニール袋は浮いていて、沖に流されずに岸の方向に寄せられてきたので、遊歩道の下のコンクリートの平らな護岸上から回収できた。
風雨が激しい。ほとんど土砂降りとなる。雷も始めは遠かったのだが、近くで鳴り始め、長竿で釣りをしている場合ではなくなる。

和歌山の串本で、一度玉網救出劇を演じているので、奇跡よ再び、とばかりに、3mの磯竿にハリと重りのミャク釣り仕掛けをつけて、玉網を釣りにかかる。
海の深さは串本と比べて圧倒的に浅い。まだ底が見えるくらいである。しかし、空が雷雲に覆われて暗くなったため、沈んだ玉網はよく見えない。ハリを入れては引き上げることを繰り返すが、玉網は釣れない。
そうこうしているうちに、午後6時になり、辺りは暗くなってしまった。しかもまだ大雨は降り続いている。
玉網救出を断念し、帰宅を決断。

帰り道、大雨が続き、ゴールデンウィークも終わりかけの大Uターン渋滞で、内房沿いの国道127号はほとんど動かない。最悪だ。
フロントガラスが曇ってよく見えないし、全く車列が動かない。
金谷のフェリー港辺りまでほとんど歩くくらいの速さでしか進まない。
普通は下道でも2時間くらいの道のりを、千葉まで帰るのに4時間かかった。
夜10時帰着。

玉網はこのまま放っておくわけにはいかない。
明日の朝、干潮を狙って玉網サルベージのため、再び法華崎に行くことを決意し、眠る。
2019/5/2 (Thu.)

洲崎灯台下では滑る磯を歩き疲れる(館山市)

法華崎でメジナ33cm(南房総市)

ハリの刺さりどころが悪かったメジナ25cm。このあと悲劇が・・・

令和釣り初め   晴れ@南房総市、館山市 

今日は友人二人と令和釣り初め。これからしばらくは、やることなすことに「令和初」という修飾語がつく。
朝5時に千葉を出発、まずは最近私がいい釣果を上げている南房総市白浜のドンドン岩へ。
しかし波が高い。何度も言うようだが、外房や南房の磯は低いうえに波が荒いので、波が高いときは磯が波に洗われ、ポイントはガチャガチャで釣りにならない。

仕方なくセカンドオプションの館山は洲崎灯台下の磯へ。
ここは磯の直上にオートキャンプ場があり、ゴールデンウィークだけあって多くのキャンパーで賑わっている。家族のキャンパーは磯に降りてカニなどを獲って遊んでいる。広大な磯なので釣り師も多く、ずらりと磯に並んでいる。ごつい仕掛けの石物師が多いようだ。
ここも波が高い。ずっと歩き廻って釣り場を探す。実は最近、この磯のどこかのポイントで、荒れ日に良型メジナを爆釣している動画をユーチューブで見たので、そこで釣ってみたかったのだ。
だが、磯を北側から南側まで、さんざん歩き廻った挙句にその場所は特定できず、疲れ果ててしまった。
さらに悪いことに、磯は海草などのヌメリでツルツルに滑るところが多く、2度もしたたかにコケて、肘などを強打した。歩き廻って転倒しているうちに、どんどんやる気がなくなってくる。

結局、キャンプ場の下の入り江状となっている磯で釣ることにした。
私が竿を出したのはもう10時を過ぎていた。ここに来てから2時間くらい経っている。
だが、私も友人もフグ祭りへの招待が待っていた。コンスケだけは小メジナやベラが釣れたようだが、私と裕助はフグのみ。コマセを撒いて釣る私と裕助には、フグしか釣れない。

ここも早々に諦めることにする。
館山から内房を北上する。法華崎という磯場があったので、そこで試しに釣ってみることにする。浅くてあまり期待が持てなかったが、ここがなんととんでもない穴場だった!これだから釣りは止められない。

遊歩道を歩くと、海に突き出たいくつかの岩場があり、裕助とコンスケは、大きめの岩場に陣取ったので、私はその奥にある小さな岩場で竿を出すことにした。
午後3時。満潮だが浅い。3mないくらい。始め少し沖目に仕掛けを入れて釣ってみるが、アタリはない。時々エサが取られるので、エサ取りはいるようだ。
沖が釣れないので、磯際に仕掛けを入れたら、途端に大きな魚がかかる。
アイゴだった。しばらくやり取りして浮いてきたのだが、ハリが外れてバレてしまった。30cmくらいだったか。
いるじゃないか、魚。
気を取り直して同じ磯際にコマセを投入し、仕掛けを入れる。
すると再び大きなアタリ。引かれまくる。大きそうだ。メジナ。
さっきいつも使っているダイソーの100円メジャーを誤って海に落としてしまったので、メジャーがない。30mくらい横の岩場で釣っている裕助にメジャーを借りる。
33cm。すごい。こんな浅場にこんな大物がいるのか。

コンスケと裕助の方は、洲崎灯台下と同じでフグしか釣れないらしく、私がいいメジナを釣ったのでこちらに移動してきた。
その後25cm前後のメジナが2枚。ドンドン岩のサイズには及ばないながらも、誰も竿を出そうと思わない場所でこの釣果。こんなところに魚なんかいないだろうなぁ、などという先入観を持っちゃいけないと思い知らされる。

3匹目のメジナは、ハリを飲み込んでいた。ハリはすぐに取れたが、刺さりどころが悪かったらしく、出血がひどい。マズいと思いながらもリリースすると、メジナはもう生きる力を失っていて、ただ水面に横になって漂うのみ。こんなことなら持ち帰って食べればよかった。25cmくらいあったから、動物保護団体も文句は言わないだろう。
玉網を伸ばしてこの瀕死のメジナを回収しようとしたが、すでに玉網の届かないところまで流れてしまった。
そこへ。
上空から突然トンビが襲い掛かったのである。
一度、二度と水面に急降下し、この瀕死のメジナを足でさらおうとするも失敗。私は上空を周るトンビに向かって玉網を振り回し、メジナを保護しようとしたが、無駄な努力だった。
三度目のアタックでトンビはメジナをさらい、飛び去って行った。
弱肉強食が自然の摂理とはいえ、私が殺したも同然の出来事を目の当たりにし、呆然としてしまった。
やはり魚の天敵は、鳥である。

こうして日暮れ頃、美しい夕日を見ながら納竿。
令和釣り初め、法華崎の穴場を発見したのは大収穫だった。

帰り道、初めての丸亀製麺体験。なかなか腰があって美味い。私は普段あまりうどんを食べないのだが、いつも混雑しているわけが分かった。
2019/5/1 (Wed.)

令和の文字が躍るコンビニ。令和記念セール

令和スタート    晴れ@千葉市 

今日、2019年5月1日から、元号が「令和」となった。
昨日まではあらゆる行動に「平成最後の」という枕詞がついたが、今日からはあらゆる活動に「令和最初の」とつくわけである。
天皇崩御を伴わない改元なので、人々は浮かれていいのだとばかりに浮足立っている。
街には「令和」の文字があふれ、商人はここぞとばかりに「令和セール」を仕掛けて、改元記念特需を享受しようとしている。

私にとってもこの令和へ移行した今日が、人生の変化点となる。
2年1か月の長い沈黙を破り、今日から再びサラリーマン生活を始めるのだ。もっとも、5月6日までは休日なので、新しい会社の初出社は5月7日となるのだが。
電気メーカ→NPO→ホテルの仲居ときて、再びサラリーマン。
おいおい説明していくが、風力発電所で働く予定である。風力発電所は辺鄙なところにしかないので、辺鄙なところで働く、ということである。

さて、今日から昨日まで皇太子だった浩宮さまが天皇に即位された。
皇太子時代の浩宮さまとは2度会ったことがある。
一度目は遠い昔、おそらく35年くらい前、蔵王(宮城県)で行われたボーイスカウトの全国大会で、彼は来賓として祝辞を述べていた。この時は遠くから見ただけだったので、「会った」というのは言い過ぎである。私も中学生で若かったが、彼も相当若かった。20代半ばだったろう。
2度目は、16年前。海外青年協力隊員は、赴任前に皇居に挨拶に伺う、というのが恒例となっており、この時に我々を迎えてくれたのが皇太子の浩宮さまである。このとき各隊員は、目の前で彼に対峙し、自分の赴任国ややることなどを説明した。全員話したわけではないが。
上皇になられた前天皇陛下もそうだったが、この時の皇太子さまも、気さくに我々に話しかけてくれたことを覚えている。

彼は我々の世代の10歳ほど上の世代なので、歳的には前陛下に比べればまずまずの親近感があるものの、やはり「天皇」ともなれば、皇太子とは全く異なり、空の高い所に上がってしまったという先入観は否めない。
天皇家に生まれたというのは重い十字架のような運命だろうが、それを受け入れて、国民に愛される天皇になってほしいものである。

PS.
映画『海難1890』を見た。なかなか良い。先月の串本を訪れた際にも記載したが、トルコと日本の友好関係のきっかけとなった、1890年(明治)『エルトゥールル号海難事故』を再現し、そこから時代が飛び、イラン・イラク戦争でのテヘランからの日本人脱出が、トルコ国の援助で成し遂げられたことが描かれる。
時を超えたトルコの恩返しである。
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