2020/11/29 (Sun.)
御在所岳登山とルアー釣り 晴れ@志布志市
今日は久しぶりに山に登ることにする。志布志市北東部に位置する御在所岳(ございしょだけ)。
13時前に出発。田之浦小学校の脇の道を上がっていき、工事中の林道際にある御在所岳登山口には13時半に到着。
登り始める。
始めは急斜面につけられた狭い登山道を横に進んでいく(トラバース)。その後ロープのある急登となり、さらに進んで亀石を過ぎ(亀石という石は、結構いろんなところにある。亀の形の石など、珍しくはないが、やはり縁起物として珍重されるのだろう)、再びロープ急登をすると、展望のある見晴らし場所に着く。
南側の展望が開け、遠く志布志湾が望める。
そこから進むと今にも倒れそうな鳥居が現れる。鳥居の1本の足が真っ直ぐではなく斜めだから倒れそうに見えるのかもしれない。
鳥居の先には元宮跡がある。ここは、708年〜802年に山宮大明神として、天智天皇を祀るために造られたという。
ここは山の名前の通り、天皇に関係する伝説のある山である。
天智天皇と言えば中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)として知られる第38代天皇である(在位668年〜672年)。彼は、中臣鎌足とともに「大化の改新」を行ったことで有名だ。
現代の天皇の清廉・高潔なイメージとは違い、当時の天皇はよく独裁王がやるように、全国から美女を集め、采女(うねめ)と呼ばれる宮中使用人としてはべらせたらしが、天智天皇も日本全国から美女を集めた。そのなかに、薩摩は頴娃(えい)・開門(かいもん)出身の玉依姫(たまよりひめ)がおり、天智天皇は彼女を見初め、こよなく愛したという。だが、宮中での雪合戦の際に、玉依姫は倒れて、鹿のような太ももが露わになってしまった。それを恥じた姫は、天皇に話をし、都を去り頴娃開聞に戻ったそうである。(なんという奥ゆかしいというか、恥じらいの精神だろうか!)
その後天皇は玉依姫を忘れられず、毎日嘆き悲しんだという。そして天皇はお忍びで九州を訪ねたのだが、姫に会うのははばかられるとして、頴娃開聞方面が見える山はないか?といってこの山(当時は山熊山といった)に登り、姫を懐かしく思い出してしばらくこの山に住んだ、という伝説が伝わっている。
ちなみに、天皇が船で着いたのは、現在の志布志高校付近で、到着後仮の宮を建ててしばらく住んだ。そこで土地の女性が天皇に織物を献上し、それに感激した天皇は、「身分の上下にかかわらず、同じ志の布をありがとう」といって、この地を志布志(しぶし)と名付けたのだとか。
地名には歴史が潜んでいるのだ。
元宮跡には、小さな祠がいくつかあり、その脇に石を積み上げた構造物が樹々の中にたたずんでいる。
元宮跡を過ぎると、ほどなく山頂。標高530m。残念ながら、木々に囲まれた山頂のため、展望はない。山頂までの所要は1時間20分ほど。
帰りは上ってきた道をスイスイと降りる。16時前には登山口まで到達。
今日の活動時間は、2時間20分ほど。少し物足りない気もするが、日頃の運動不足を鑑みれば、ちょうどよい運動になったと言えよう。
その後、日没後に菱田川でルアーを投げに行きたかったので、陽が沈むまで、志布志市立図書館で本を読む。『千と千尋の神隠し』の映画イラストを漫画のようにした本を読む。
16:30〜17:30まで図書館に滞在し、陽が暮れたので菱田川に向かう。
しかし、18時過ぎ〜19:30までルアーを投げるも、アタリなし。満潮は17:22なので、下げで日没後の最高の時間帯のはずだが、残念。 |
2020/11/28 (Sat.)

ブリの照り焼き |
極寒のルアー釣り 晴れ@志布志市
朝洗濯、昼間昼寝。午後5時頃からようやく活動開始。
菱田川河口へシーバスを狙いに行く。満潮が17時ごろなので、満潮後の下げが日没後となる一番いい潮周り。これを狙い撃ちしたのだ。
しかし、18時前〜20時頃までルアーを投げるも、釣れず。
18:30頃、一度ヒットしたが、無念のハリ外れ。シーバスらしく水面でのエラ洗いをされ、暴れまくられてルアーが外れてしまった。合わせが甘かったか。
それっきりアタリなし。ルアーも変えなかったので仕方ない。
やはり満潮後の下げ、日没後がいいことははっきりしている。
釣り始めの頃、おじさんが一人私の釣り場に降りて来た。
「釣れた−?」
「いや、まだです」
「満潮は過ぎたよね」
彼も満潮後を狙ってやって来たのだろうか。私が先に入っていたからか、彼はしばらく川を眺めた後、去っていった。
それにしても寒かった。急に寒気が入って来て、極寒の夜。手がかじかむ。両手に軍手をはめて釣る。 |
2020/11/27 (Fri.)

かぼちゃとしめじの煮もの |

カレーは安定的に美味い |
食事 晴れ@串間市
私の平日の昼飯は、基本スーパーの弁当なのだが、最近、さすがにずっと同じ幕の内弁当を食べているので飽きてきた。
私は学生時代から、毎日違うものを食べてい性格である。
友人のYは、学生時代、毎日第2学食の「チキンガーリック定食」を食べていて平気だった。確かに、2食(第2学食の通称)のチキンガーリック定食と言えば、一番人気のメニューだったが、私は「毎日同じものを食べてよく飽きないなぁ」とYのことを見ていたものである。
私は毎日違うメニューを食べたい派である。ある日は第1学食の日替わりA定食や日替わりB定食、次の日は第2学食のチキンガーリック定食、カレーなど、毎日違うものを食べていた。
やはり栄養的にも偏るのは良くない。
しかし最近は、毎日同じ幕の内弁当でも割と飽きなかったのだが、さすがにここに来て飽きてきた。
そこで、最近は別のスーパーで別の弁当を買ったり、串間市内にある数少ない食堂に日替わりで行って定食を食べたりしている。
ところで、私は夕食を基本自炊している。1週間で肉系3回、魚3回、といったところ。スーパーで値引きとなった刺身を買うこともよくある。
最近は作れるものを増やすよう、新メニューに挑戦している。色んな食材を食べるようにせねば、という栄養的な気遣いもある。
かぼちゃの煮物、なすの焼き浸し、ぶり大根、おでんなどを作っている。
だが、肉はほぼ豚肉ばかりで、鶏肉の料理はほとんど作らないので、鶏肉料理をもっと覚える必要がある。
毎月1回はカレーを作る。カレーは一度作れば最低4食はもつので、具材の値段からしても一番安上がりな自炊メニューであることは、みなさんも異論はないだろう。
カレーを作った後はどうしてもジャガイモが余る。人参や玉ねぎは余っても色々な料理に使えるのだが、ジャガイモは私の作れるレシピにカレー以外にはない。そこで、余ったジャガイモは、肉じゃがにするようにしている。肉じゃがはカレーとほとんど具材が変わらないので、カレーで余った野菜を消化するのにもってこいである。
最近はやはり月1度くらいのペースですき焼きも作る。これも2、3日はもつ(白菜や春菊は毎日足す)のでいいのだが、やはり牛肉が高いのでそれほど安上がりな感じがしない。私が牛肉を買うのはすき焼きを作るときだけである。牛肉は、串間市内のニシムタ(スーパーの名前)よりも志布志のニシムタの方が安いので、すき焼きを作るときは志布志まで買い出しに行くようにしている。
カレーもすき焼きもご飯が進むので、カロリーが高いことがマイナスポイントである。すき焼きはあの甘辛の割り下からして、野菜はふんだんに使うものの、あまり体にいい感じがしないのが痛いところである。 |
2020/11/22 (Sun.) - 11/23 (Mon.)
3連休が瞬く間に終わる
せっかくの3連休なのに、結局初日にルアーを1時間半くらい投げただけで、釣りに行かなかった。
最近は疲れて休みに何事にも意欲がない。よくない。
南九州も冬になった。最近、歳のせいか、季節の変わり目の気温変化が割と身体に堪える。
冬の入口は、特に寒く感じる。
話しは変わるが、11月18日、ついに私の住む串間市で初のコロナウィルス感染者が出た。もう安穏とはしていられなくなるのか。 |
2020/11/21 (Sat.)
 |

銀山温泉(山形県尾花沢市) |

銀山温泉(山形県尾花沢市) |
新しい床屋、鬼滅、ルアー 晴れ@串間市
午前中洗濯を済ませ、昼飯後に床屋に行く。3か月ぶり。
今日はいつもと違う床屋に行くことにする。今まで4回くらい行った床屋は、主人のおじさんとの相性が悪く、どうやって切るかを客である私が事細かに説明しなければならなかったので、他のところに行ってみる。
ネットで探して見つけた、住宅街にある、普通の住宅のような床屋。
土曜の昼過ぎで客がいそうだが、誰もいない。
奥から主人が出て来た。30代くらいだろうか、若い。
切る前に少し説明したらすんなりイメージを分かってくれて、サクサク切ってくれた。もっとも、イメージと言っても、全体的に短く切って、頭頂部が少し長め、っていうただそれだけのことなのだけれど。
今まで行っていた床屋は、髪を切るときも顔を剃るときも相当に丁寧にやってくれるところで、それは非常に評価が高かったのだが、時間がかかった。切り方で揉めると1時間半くらいかかることもあった。
この新しい床屋は、普通くらいの時間で、つまり私が普通と思っているくらいの時間で、チャキチャキ切ってくれた。シャンプー、ヒゲ・顔剃り含めて1時間かからなかった。
しかも、初回割引で通常3000円のところを、2500円にしてくれた。
これは次回もお願いするしかあるまい。
ところで、本屋もレンタルビデオ屋もない串間市街であるが、床屋はやたらと多い。なぜだろうか?
おととしの秋に3か月住んだ広島県の大崎上島にも、街に赤青のクルクルが割と目についたのだが、床屋の主人の高齢化や病気により、多くの床屋が閉店していた。
思うに、今60代、70代くらいの世代に理容師が多いのではなかろうか。
串間で私が初めに行っていた店の主人も、おそらく60代であろうように見えた。あの年代が就職する時代、理容師人気が高かったのかもしれない。
串間ではクルクルは元気に回っているので、みんな元気に仕事をしているようだが、人口比にすれば床屋があまりにも多い気がする。ま、それでも成り立っているのなら余計なお世話だが。
床屋の後、図書館に行き、『鬼滅の刃』を読む。ついに22巻まで読み終わった。鬼舞辻と鬼殺隊面々との戦いもクライマックスだ。
そして、完結巻23巻は、来月発売である。図書館に導入されるのはいつだろうか。
17:45〜19:20まで、先週シーバスが釣れた菱田川河口でルアーを投げる。
しかし、この日は全くアタリなし。しかも浅すぎて毎投ルアーが水底の葉っぱを釣ってくる。16:59干潮なので、上げ始めたところ。
ここも福島川河口と同様、浅くてはダメらしい。満潮を狙って来ねばならない。しかも先週のゴールデンタイムは、満潮後の下げだった。
|
2020/11/18 (Wed.)

日没(鹿児島県志布志市安楽川河口) |

日没後 |

みかん(鹿児島県肝付町) |

銀山温泉(山形県尾花沢市) |
風力発電所 竣工式 晴れ@串間市
今日、私が勤める串間風力発電所の竣工式が執り行われた。
風車サイトに特設されたテント会場に、風力発電所建設に携わった関係者が集まる。また、来賓は串間市長、衆議院議員秘書、宮崎県議会議員などが参列。彼らは、行政として風力発電を推進する面々であろう。コロナ禍のため、参列者の数を絞ったそうであるが、40人くらいはいる。
間隔を置いてパイプいすが並べられ、出席者は座る。
地元の放送局も地域のニュースとして取材に来ている。
始めは神事。入口に設置された手水場で手を浄める。
串間の神社の神主さんが来て、竣工を山の神に感謝する。
神事には定型があるらしく、式次第に沿って粛々と進んでいく。
神棚に対する神主さんのお辞儀が深くて度肝を抜かれる。
私も関連会社代表として玉串奉奠(たまぐしほうてん)を行った。恥ずかしながら、50年余の人生で初めての経験である。
神主から玉串をもらい、神棚に奉納し、2礼2拍1礼の作法。玉串のもらい方、神棚への置き方にも決まりがあるので、事前にネットで徹底研究した。
私の前に玉串奉奠をした人々を一人一人観察して少し迷ったのは、マスクをしたままするか否か、ということだ。マスクをしたままの人もいれば外してする人もいる。
私は、神に対して少し失礼かと思い、マスクを外して玉串奉奠を行った。
だが、よく考えれば、マスクも服の一部と考えれば失礼なことなどない。むしろ、マスクを外した状態で神前に立ち、神にコロナウィルスを感染させる方が不埒だという考え方もある。神は感染しないって?そうか。
戯言はこのくらいにして。
結婚式は別として、神事は特に建設関連の儀式として脈々と受け継がれている。八百万(やおよろず)の神々を信じ、山、川、岩、木などどこにでも神が宿るという多神教の神道ならではであろう。ジブリ映画『千と千尋の神隠し』では、八百万の神々が湯屋に疲れを癒しに来ていたことを思い出す人もいよう。
建設というのは、山を削ったり、森林を伐採したり、川をせき止めたり、海に構造物を入れたり、という自然に手を加えることである。自然界の津々浦々におわす神々に対し、地鎮祭で工事の無事を祈願し、竣工式で無事竣工を感謝する、ということである。日本人の根っこにある「神」というものに対する精神性がこれらの神事に反映されている。
その他、着工前に上棟式というのもある。
まあ、今までに何度か言っていると思うが、風力発電は二酸化炭素を排出しないと言っても、建設には山や土地を削り、整地して作るわけだから、必ず環境を破壊している。
神事の最後にかわらけでお神酒を飲む。いや、正確に言うとみんなその後も仕事だし車で来ている人が多いし、コロナ禍ということもあり、ほとんどの人が口をつけずにかわらけを戻す。本来の作法は、飲みほした後、地面でたたき割るのではなかったろうか。なんかの時代劇で見た気がする。
神主さんが退場し、神事が終わるとその後はいわゆるセレモニー。施主や来賓が次々に挨拶をしていく。マイクの周りにはアクリル板が置かれ、一人の挨拶が終わる度にその板を係の人がアルコールで拭いている。
串間市長や行政関係の人のスピーチでは、先日菅首相が「2050年にはカーボンニュートラル(=二酸化炭素排出量ゼロ)を目指す」と宣言したことを引き合いに出し、これから風力発電がますます脚光を浴び、本風力発電所の成功が、社会的に重要な意義があるのだ、ということを強調する発言が相次ぐ。
一連のスピーチが終わると、感謝状贈呈。私の会社も無事の竣工に貢献したということで、他の2社とともに施主から感謝状をもらう。
また、23基の風車には、地元の小学生がつけた名前がついており、名前をつけた小学生の代表も式に参列していた。彼女に感謝状が贈られる。
こうして竣工式は終了。
風力発電所の建設と運営は、かなり多くの人が携わって成り立っていることを改めて認識する。
安定に発電することで、社会貢献になればいいのだが。
もっとも、太陽光も風力も、天気、風任せであるから、それこそ神に祈るしかない。
風が吹かなければ風車は巨大な無用物である。
|
2020/11/15 (Sun.)

火出崎の磯場の北側にあるゴロタ(鹿児島県肝付町) |
 |
 |
 |

菱田川河口の橋。アタリなし(鹿児島県志布志市) |

シーバス46cmキャッチ(鹿児島県大崎町) |
磯場探索とシーバス 晴れ@鹿児島県肝付町
今日は磯釣りに行きたかったが朝起きれず、意欲にも乏しく、断念。
その代わりに、内之浦にルアー竿だけ持って磯場探索に行くことにする。
内之浦にはたくさんの釣り場があるのだが、何しろ車道から磯までが遠かったり、凄まじい急斜面の森を降りなければならなかったりで、とにかく陸からアクセスできる場所が少ない。行けそうな場所を探索する。
昼過ぎ、13時に串間を出発。
まずは火出崎。国道448号から棚田の脇の狭い道を下る。海のすぐ近くまで降りられるが、そこからフカセ釣りの釣り場までは、海沿いのゴロタを歩いていくか、一旦山に入って山道を行くか。いずれもキツイ。
今日も波が荒く、釣り人は二人しかいない。フカセ釣りするのはちょっと難しい。遠投カゴ釣りなら何とかなるか。
その後、内之浦の北側にある、太平洋に突き出た細い岬の先端まで行く。ここには火埼灯台という灯台があり、その先磯に降りると釣り場があるそうだが、この灯台がどこにあるのかよく分からず。細い林道を行くと行き止まりになっていた。
その後内之浦町に入り、川口、黒崎あたりの釣り場に降りようとしてみたが、道は見当たらず、ミカン畑に迷い込んでその先降りる道はなし。
陽が暮れたので今日の探索はこれで終了。今後行けそうな釣り場は見つからなかった。
内之浦からの帰り道、志布志市と大崎町の境にある菱田川の河口でルアーを投げてみることにする。
ここは初めて竿を出すのだが、ガイド本によれば、シーバスが釣れると書いてある。
志布志の満潮は17:46なので、時間はいい。
18:30頃、始め国道の橋下で投げるも、水底の葉っぱがルアーに引っかかって来てしまう。相当に浅いらしい。
すぐに諦め、もっと河口側に移動する。
ちょうどコンクリートの足場があって釣りに絶好のポイントがあり、そこから投げると、事態は動いた。
いきなり魚がかかり、水面を暴れまくる。こりゃ、まさにシーバスの引きじゃないか。結構引く。
手前まで寄せてきて、銀色の魚体が見える。最後、抜き上げようかとしたところで痛恨のハリ外れ。痛い。40cmくらいはあったろう。
だが、気を取り直して投げ続けると、かなりの頻度でアタリがコンコンとある。こりゃとんでもない良場じゃないか。
そして19:20頃、ついに乗った!フッキング後、またまた水面を暴れまくる。今度はきっちりとハリ掛かりしているようだ。
慎重に寄せてくる。さっきの目の前でのバラシが頭をよぎり、タモを入れるか迷ったが、タックルはショアジギング用で強力なので、抜き上げる。堤防は階段状になっていて、水面から高さはない。
やった!!
シーバス46cm。シーバスとしてはそれほど大きくないフッコサイズだが、良く引いた。やっぱり1匹目のバラシもシーバスだ。あの、水面上をエラ洗いのように暴れまくる引きはシーバスに間違いない。
メジナやイスズミ、サンノジなどの磯魚は、ハリに掛かると潜ったり磯に突っ込んできたりして水面に浮いてくることはないが、シーバスは水面近くを暴れる。
2か月前に台風の時にヒラスズキを釣ったが、スズキを釣るのは久しぶりだ。
40cm以上の魚を釣るのも久しぶりだ。
ルアーはいつものローリングベイト77mm。
万能ルアーだ。ヒラメもメッキもシーバスも釣れる。
千葉ではシーバス釣りにジグパラブレード(メタルバイブ)を多用していたが、ここ鹿児島ではローリングベイトがいいらしい。
ハリを外そうとして、シーバスが暴れてルアーのハリを手に刺してしまった。フィッシュグリップ(魚の下あごにかけて吊り下げる道具)が欲しくなった。
いままで、釣り道具は最低限でいいと思ってきたが、釣り物や釣り方が増えてくると、必要な道具が増えるのは必定。
フィッシュグリップなどまず必要ないと思っていたが、やはり大型の魚を釣った時に備え、ケガをしないために買っておいた方がいい気がする。
魚の力を侮ってはいけない。46cmのシーバスでも、手に負えないくらい暴れるのである。これが80cmとかだったら、尾びれでビンタされてミミズ腫れになるかもしれない。
(数日後にフィッシュグリップ購入しました)
活きもいいが、形もいい。シーバスの産卵期は冬らしく、いまはコノシロや落アユを食べに河口や湾奧に入っている時期だという。産卵前の荒食いでコンディションはいいのかもしれない。こうやってルアーで釣れるくらいだから、荒食いしている気がする。
リリース。
その後も少し投げたが、アタリがなくなる。ずっとローリングベイトを投げたので見切られたか、それともどこかに移動してしまったのか。
19:50終了。
昼場の釣り場探索ではいい釣り場は見つからなかったが、夜に非常にいい場所を見つけた。これから通うことにしよう。
千葉で花見川や村田川の河口に通って、シーバスを狙っていたころを思い出す。
シーバスというのは、日中はほとんど釣れない(と思う)。釣れる、もしくはアタリがあるのは、日没時〜日没後である。これを私はゴールデンタイムと呼んでいた。
ここ鹿児島のシーバスでもその法則は適用できそうだ。日没後のヒット。
帰りに更なる事件発生。
家に着き、車からロッドを下ろそうとして、誤ってルアーのハリをまたまた指に刺してしまったのだ。しかも、今度はフックの返しまで深く、左手の中指の先に突き刺さってしまった。5mmくらいだろうか。
痛い。引き抜くのに苦労する。なにしろ、返しは魚の口にかかったハリが抜けないようにするための逆立ち状の形状であり、これを引き抜こうとしてもなかなか抜けないし、相当に痛い。
だがそうも言ってられないので、力を入れて引き抜く。
血がどんどんと出てくる。そりゃそうだ。
唾をつけるが、血はなかなか止まらない。しばらくしてようやく止まった。
シーバスを釣ったのはいいものの、ハリに掛かった魚の気持ちが少しわかった夜であった。
魚には痛覚がないと言われているが、本当だろうか?
釣った魚からハリを外そうとすると、大抵の場合魚は暴れる。痛いから暴れるんじゃないかと思うのだが、どうなのだろうか。
手のない魚は、口の周りでエサを識別するだろうから、口周りの感覚器が発達していると思うが、痛覚の感覚器はないのか。
<後日談>
その後3日くらいはこのルアーハリを刺した中指は痛かった。
|
2020/11/14 (Sat.)
ルアー釣れない 晴れ@串間市
朝洗濯し、午後3時半から5時まで、図書館で『鬼滅の刃』を読む。子供たちが勉強している近くで大の大人が漫画を読むというのは、正直教育的にはふさわしくないと思いつつ、なるたけ気配を消し、ひっそりと読む。
満潮に合わせ、17:35〜18:35まで福島川河口でルアーを投げるが、アタリがない。どうしてしまったのだろうか。 |
2020/11/8 (Sun.)
カゴ釣り釣れない 晴れ@串間市
昼間はダラダラ過ごす。一日中寝ていたいくらい。意欲なし。
夕方、ようやく意を決して安楽川河口堤防に釣りに行く。もう日没近い。
17時半からカゴ釣りを30分ほどやってみたが、全くアタリなし。その後暗くなってからはジグを投げるもアタリなし。19時過ぎ納竿。 |
2020/11/7 (Sat.)
ルアー釣れない 晴れ@串間市
11:20〜12:20まで福島川河口でルアー釣り。満潮に合わせ、久々に昼間釣ったがアタリなし。
その後、14時過ぎから3時間ほど図書館で『鬼滅の刃』を読む。 |
2020/11/4 (Wed.)

恐山(青森県むつ市) |
竹島問題 晴れ@串間市
竹島に関する本を読んだ。
北方領土や尖閣諸島は、日本の領土だと主張できる明確な根拠があるが、残念ながら、客観的に見て、竹島は日本の固有領土とは言えないことが分かった。
もちろん、この1冊の本に書いてあることがすべて正しいとは思わないが、ただ、史実や史料を「客観的な」目で見ることが一番大事であり、それを徹底した本だと感じた。
外務省は「竹島は日本の固有領土」と言っているが、その根拠はほとんど詭弁とも言えるものだろう。
以前、松江市の島根県庁の分庁舎にある「竹島資料館」に行ったことがあるが、そこでは予備知識を全く持っていなかったため、そこに並んだ「竹島は日本の領土」という数々の展示がほとんど頭に入って来なかった。
「竹島は日本の固有領土ではない」なんて言うと非国民とか国賊とか言われそうだが。ま、このページを見ている人は多くないだろうから、炎上することもあるまい。
みなさんも竹島について調べてみて、自分なりの論を構築すればいい。
日本人で、竹島の歴史と経緯を知っている人が、一体どれだけいるだろうか?というのが大きな疑問である。 |
2020/11/3 (Tue.)

送電鉄塔(青森県六ケ所村) |
鬼滅の異常人気 晴れ@串間市
文化の日。10:20〜13:40、図書館で鬼滅の刃を読む。
それにしても映画『鬼滅の刃』の盛り上がりは異常だ。みんなコロナ禍で本当にやることがないと見える。
まあ、日本人というのは、ある流行に本当に乗りやすい人間なのだと考えると、空恐ろしくなる。
日露戦争も、太平洋戦争も、軍部とコントロールされたメディアの言うことを鵜のみにして、国レベルの狂騒状態に陥ってしまった。
さすがに現代では、新聞やテレビラジオだけがメディアではなく、ネット上で人々はさまざまなニュース源に触れることができるが、今度はそれらのあふれる情報の中から、真実に近いことをどれだけ抽出することができるか。それができたうえで、どういう立場を取るか。
それこそが一番大事である。
図書館から帰って3時間くらい寝てしまい、18:15〜19:10まで1時間くらい福島川河口でルアーを投げる。
1投目、引いてきた手前でアタリがあったが乗らず。それっきり。
風があり寒い。ルアーを高切れで失う。
ここのところこの場所で釣れていない。去年は11月12月にヒラメやメッキが釣れていたので、これから狙いどころなのだが、10月はメッキらしきアタリが何度もあったが、一度もフッキングしなかった。
何が違うのだろうか。 |
2020/11/1 (Sun.)

いつもは水のない溝に波が流れこみ、釣り座まで行けない |

日の出 |
 |

シマアジ(多分)が釣れた。25cmだが美味そうなので持ち帰る |

オヤビッチャ。背中の辺りが黄色い |

釣ったシマアジの口から出て来たウオノエ(腹を潰してしまった) |

シマアジの刺身。絶品。 |

シマアジと大根のあら味噌汁 |

高野山(和歌山県高野町) |
内之浦地磯釣り 曇り時々雨時々晴れ@肝付町
一昨日に続き、今日も内之浦に釣りに行く。
4時に起き、6時過ぎにいつもの地磯に着くが、すでに車が1台。だが、運転手はまだ車の中で待機している。
私が準備を始めると、この車のおじさんが車から降りてきて私に話しかける。
「釣りかい?」
「はい」
「何釣り?」
「フカセです」
「ダメだよ、ほら、音が聞こえるだろ?」
「は?」
「今日は波が荒いよ。」
「そうですか」
確かに、波が砕ける音が森の下の海から湧き上がってくる。
だが、ここまで来て帰るという選択はないので、降りることにする。先端のポイントに入れなければ、湾側で釣ればいい。
おじさん、あんたが行かないんなら、俺が行くぜ。
とばかりに準備を進める。
おじさんもせっかく一番乗りしたのに私に先を越されるのがシャクなのか、私より先に磯に降り始めた。準備は整っていたらしい。
磯に降りると、確かに今までにないほど海が荒れている。満潮はもう少し後なのだが、いつもは流れ込んでいない溝に波が上がって来ている。
おじさんは釣り場まで降りずに、少し高い所に座って様子見をしている。
私は一番いい先端ポイントに入ろうとしたが、そこまでの溝に波が上がって来ているので、どうしようかと迷う。30分くらい待つが、荒さは変わらないので、意を決して溝を渡る。ウェーディングシューズなので、水に濡れても問題はないが、波が引いたタイミングに合わせて溝を渡る。
先端、いつも陣取る斜めの岩には、波が打ちつけて、下の方には下がれない。いつもよりも上に釣り座を構える。
6時過ぎには着いたのだが、実釣開始は7時半ごろ。
今日はフカセ釣りに加え、遠投カゴ釣りにもトライする。
磯際は荒れに荒れているので、まずカゴ釣りからやることにする。
竿は3mのショアジギングロッド、ウキは10号、サビキ用の下かごをつけ、その上に胴突き用の3本針仕掛け。
仕掛けが結構長いので、3mの竿では投げにくいが、長い投げ釣り竿は持っていないので仕方ない。
投げる。30mくらいだろうか。
ウキが沈む。あの大きなウキがスパッと沈む瞬間は、カゴ釣りの醍醐味だ。ウキ釣り全般に言えることだが、大きなウキであればあるほど、ウキが海中に消える瞬間は興奮する。
メジナ。だが大きくない。手のひら。
さらに1時間後、またまた沈む。合わせる。引いてくる間中、魚は頭を振ってガンガンと竿を叩く。それほど大物ではないが、活きがいい。イスズミだった。
さらに1時間後、小さなメジナ。
普通にフカセ釣りで釣れるメジナやイスズミが、あんなに大きな10号ウキも引き込ませる。こう考えると、フカセ釣りは何なのかという根本的な問題に行きあたる。
フカセ釣りでは、より軽い仕掛けで、できるだけ魚に違和感を感じさせずに食い込ませることを主眼としている。
それと対極にあるのがカゴ釣りだと思う。重いオモリをつけ、それを背負うことのできる大きなウキをつけ、遠投し、フカセ釣りで届かないポイントに攻め込む。大きなウキをつけることで遠くでもウキの動きが見える。さらには、オモリが重いので、タックルは太い。私も今日のハリスは市販の胴突き仕掛けなのだが、3号である。普通のフカセ釣りよりも太い。
これで同じメジナやイスズミが釣れるって、どういうことだろうか。メジナのフカセ釣りでは、より軽く、より細い仕掛けの方が喰いやすいと言われる。しかしその対極にある遠投カゴ釣りでも釣れるじゃないか。
その後もメジナが釣れるが、あまり釣れない。1時間に1匹くらいのペース。昼になっても海は相変わらず荒れている。全然収まる様子がない。
3本ハリのうち、一番下、カゴに近いハリについたエサが一番よく取られる。
海中を想像するに、カゴから出てくるコマセに魚は群がり、その近くにある付け餌に食いつく。しかし、小魚が多いのか、ウキを沈めてハリ掛かりまでに至らない。
フカセ仕掛けも準備してやってみるが、全然釣れない。5Bのウキでも暴れて仕掛けが安定しない。
波で海面が上下するので、ウキを0号にしてガン玉をつけて沈めてみる。こうすればウキを浮かせた場合に海面が上下する影響を受けない。だが、G5を2つつけても海中が荒れているためか、なかなか沈まない。釣れない。
結局、この日はほとんどフカセ釣りをせずに、カゴ釣りメインとなった。
午後、しばらく釣れなかったが、久しぶりにウキが沈む。
結構引きが強い。大きくはないが青物だった。始めメッキだと思ったが、よく見るとメッキとは違う。金色の線が入っている。シマアジだろう、多分。
25cmとそれほど大きくなかったが、あまりにも美味そうだったので持ち帰ることにする。
夕方に来たおじさんが、私の横の岩でカゴ釣りを始めた。
しばらくは釣れてなかったようだが、結構でかい魚を釣り上げた。こっちに魚を掲げて自慢してくるので、「何ですか?」と聞いたらシマアジとのこと。遠目では、40cm近くある、丸々太った魚だ。早よ釣れ、とおじさんは私に合図を送っている。
私はその時フカセ釣りをしていたのだが、しばらくしてまたカゴ釣りに切り替える。シマアジのデカいの、一度でいいから釣ってみたい。
しかし、釣れなかった。海は相変わらず荒れている。おじさんが投入しているところの横に入れるが、アタリなし。
残念。
おじさんもそれっきり釣れなかったようだ。
結局5時半、日没まで粘ったがダメ。私が納竿すると、おじさんも納竿する。「お疲れさま」と言って帰っていった。礼儀正しい人だ。
結局今日はフカセ釣りでは1匹も釣れず、カゴ釣りでメジナ3、イスズミ2、オヤビッチャ1、シマアジ1。イマイチ。
一昨日に続いてまた暗くなってしまった。ヘッドライトをつけ、また満潮になり波が勢いよく這い上がってくる溝を慎重に渡り、山道を上がる。
その晩、持ち帰ったシマアジをさばく。
その時に衝撃の出来事が。
釣った後には気づかなかったが、シマアジの口から、カブトムシの幼虫のような、グロテスクな虫がひょいと顔を出していたのだ!
これは寄生虫じゃないか!!!
それを取り出すと、さらに驚いたことに、口のさらに奥に、同じ形の、しかも始めの虫よりも格段に大きい虫が入っていたのだ!大きさは3cmくらいある。
しかも、まだかすかに足が動いている。
ギャーーー!
シマアジの口からこいつらを引きずりだし、プライヤーで潰す。気持ち悪すぎる。
こんな寄生虫にまみれたシマアジは、食っちゃいけないんじゃないか・・・。
だが、口に入っていただけなので、身は大丈夫だと信じ、一応頭を落として、内臓を出す。どのみち今日は食べない。このまま数日寝かせた方が美味いからだ。
その状態で冷蔵庫に入れる。
そしてすかさずネットでさっきの寄生虫のことを調べる。
すると、またまた衝撃が。
ウオノエという甲殻類の寄生虫。人間には害ないという。しかも、そのまま気にせず調理して食べてもいい、というではないか。
さらに調べると、小さな方が雄で、大きな方が雌、雄雌揃ってタイやアジなどの口の中に住んでいるとのこと。
江戸時代からこの寄生虫は知られていて、タイを描いた昔の絵にも登場する。
このような寄生虫は結構いるようで、口に寄生するものとエラに寄生するものがある。エラには、片方のエラに雄、もう片方に雌が寄生する。
おそらく魚の血液などを養分にしていると考えられているそうであるが、その生態はまだよく分かっていないようである。
ただ、寄生しているということは、宿主が死んだら当然ウオノエも死ぬわけだ。
面白すぎる話ではないか。
ウオノエを紹介するホームページでは、「かわいい、愛すべき生き物」というトーンで紹介されている。確かに、無害だと知らされれば、人間見方が変わるものだ。雌雄で一緒に魚に共生する、なんという生態だろうか。
3年近く釣りをしてきて、初めて知った。こんなの、多分ベテラン海釣師なら常識なのだろう。
みなさんも「ウオノエ」で検索してぜひウオノエのことを知ってほしい。例えば以下のページ。
https://buna.info/runningstory/2861/
これだから自然は面白い。釣りをするのは、毎回何かしらの発見があるからである。その発見は、自然という、人知の及ばない未知のものを相手にしているからである。海というのはまだまだ未知である。自然の中にいれば、必ず何かしらの発見がある。それが楽しいのだ。
コンクリートジャングルにいるときには得られない、そのような新しい発見に、海や山、森や川などにいるだけで出くわすのだ。
まずもって、生きた魚を手のうちにできるという体験は、漁師でもなければ、釣り以外にはできない。魚たちの多様さ、奇妙さ、造形の美しさには目を見張るばかりである。
そして、海は様々な不思議に満ちている。無数の生き物が、他者との関係性、そして気候や海流や潮の満ち引きや水温や水深や地形などの環境の中で、我々の知らない営みを脈々と続けているのだ。
面白くないはずがない。
だから僕は釣りに行く。
いや、本当は大きい魚を釣りたいだけなんだけど。
<後日談>
釣ってから六日後、シマアジを刺身で食べる。絶品。天然シマアジといえば超高級魚である。
さらに五日後、骨の部分をあら汁にして食べる。美味い。
|