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日記
(2010年10月)
2010/10/24 (Sun.)
熊の悲劇

ここ数年、熊が人里に下りてきて人間と遭遇するというニュースが多い。今年に入ってからは特に多い。
そして、熊は、人間によって射殺される。
彼らが人里に下りてくるのは、人間によって住む場所を破壊され、食べ物もなくなり、やむなく人間の近くに降りてくる、という理由が多い。そこで危険を感じた人間によって殺される。

人間は今まで、このように動物を、昆虫を、植物までもさんざん虐殺してきた。そしてそれは、必ずしも人間が生き延びるためではなく、心地よく生きるためであった。
熊に限ったことではないが、これからはそろそろ、地球上の生き物の殺戮をやめましょうかね。自分たちの首を絞めるようなものじゃないですか。
2010/10/2 (Sat.)〜10/4 (Mon.)
札幌競馬場・札幌観光

札幌競馬場。配管むき出しの天井。建物が古い。

馬たちが去ったターフ。今にも泣き出しそうな空は、僕の心を反映しているのか。

札幌時計台

札幌テレビ塔から見下ろす、雨の大通公園

雨のススキノ

濃厚札幌味噌ラーメン

内部は教育的見所満載の赤レンガ庁舎(北海道札幌市)

札幌名物、スープカレー
 
JR札幌駅
 
札幌駅で北斗星とエアポート快速が発車を待つ

10月2日(土)
10月1日金曜日、栃木出張からそのまま上京。蒲田のネットカフェで明日の競馬の検討をし、予約しておいたビジネスホテルにチェックイン。スポーツニュースで、中日優勝を知る。中日の試合はなかったが、2位の阪神が広島に敗れたため、優勝が決まったのだ。
僕は夜中1時20分まで、すべてのチャンネルのスポーツニュースをはしごし、中日優勝の実感を得る。

10月2日土曜日、朝5時に起きる。全く寝不足。眠すぎる。早朝6時前、ホテルを出て京急蒲田駅に歩く。朝6時だというのに、人々はもう動き始めている。シャッターの下りた商店街に、まばらな人通り。京急に乗って羽田空港へ。朝7時発札幌行きの全日空機に乗る。
朝の天気はまずまず。
今回、全日空のマイレージが貯まったので、札幌開催の最終週に合わせ、マイレージで札幌に行くことにした。自宅最寄の福島空港からも札幌へは飛んでいるのだが、便数が少なく時間が競馬に合わないため、羽田から乗ることにした。
8時半に新千歳空港に着き、そこから電車で札幌へ。札幌のスポーツニュースを見ると、1面が『中日優勝』なのは、一紙のみ。本当にムカつく。ま、売るためだから仕方ないが。日刊スポーツは1面が競馬(明日のスプリンターズステークス)、裏1面は日本ハムではなく、ロッテのCS進出だった。札幌市民のファイターズ熱はどれほどのものなのだろうか。新聞の中を見たら、中日優勝の記事は、2,3,4,5面にまで渡っていたので、僕は溜飲を下げた。

札幌競馬場は、札幌から函館本線で一駅先、桑園駅(そうえん)が最寄である。ここからJRの無料バスに乗って札幌競馬場に着いたのが10時前。
札幌競馬場は、札幌中心部からそれほど離れていない場所にある、昔ながらの古い競馬場だ。JRAの他場がほとんど新装開店しているのに比べ、ここは時が止まったような趣だ。コンクリートむき出しの通路に、馬券売り場も自動券売機のほかに昔ながらの窓口が多数ある。スタンド建物を本馬場と逆側から見ると、古い学校か庁舎みたいで、ギャンブルの歴史を感じさせる。本馬場の向こうには札幌のビルが見渡せる。

勝負は、この日も撃沈。最近、ほとんど勝ってない。
ガックリと肩を落として桑園経由で札幌に戻る。ネットで予約してあったコンフォートホテルにチェックイン。フロントで近くにネットカフェがないかを聞く。歩いてしばらくのところにあるとの返答。
札幌の街なかは、道が碁盤の目状に走っており、分かりやすい。夕食は、夜寂しい夜のアーケードの一つでみつけた「う月食堂」という大衆食堂。夜8時の店内に客は誰もいない。肉、魚、刺身のついた定食。なかなかよろしい。
しばらく歩くと街は繁華になっていき、デパートとかラーメン屋、ファーストフードが現れ賑やかになる。ネットカフェはデパートの上部にあり、すぐに見つかった。
コンビニで明日の競馬新聞を買い、ネットカフェで明日の検討を始める。

札幌の人たちの言葉は、なまってない。北海道はこれが3度目だが、あまり方言を聞いた記憶がない。

11時過ぎ、ホテルに戻り眠る。

10月3日(日)
日曜日の朝。ホテルの朝食は、おにぎりに味噌汁。
再び電車と無料バスで札幌競馬場へ。
札幌競馬場には、例の花畑牧場の出店が出ていて、生キャラメルを売っている。
ここのレストランが並んだ一画には、「サッポロビール」ののぼりが数多い。さすがにここではサッポロが幅を利かしているようである。
競馬は、この日も撃沈。スプリンターズステークスも惨敗。いいところなし。
今日は朝からずっと曇り空だったが、競馬の間は雨は降り出さずにもった。その後、午後5時ごろから僕の涙雨のように大雨が降り出す。

札幌市街に戻る。ススキノを冷やかす。夜のとばりの落ちたススキノは、明るく鮮やかなネオンが雨ににじんでいる。雨に濡れた道路がネオンの光を反射する。

札幌テレビ塔に上る。大雨のために展望台のガラスが曇り、札幌の夜景に靄がかかっている。やはりここにも記念メダル販売機がある。

下界に降りて札幌ラーメンの夕食。札幌とくればやはり味噌ラーメンでしょう。美味い。
繁華街のアーケードは割と人が出ている。日曜の夜。
夜の札幌時計台へ。

札幌も路面電車の街である。


10月4日(月)
今日は月曜だが、会社を休んでそのまま札幌観光を続ける。今日も雨模様。
赤レンガ庁舎。瀟洒な外観よりも、その内部に注目すべき建物である。内部も西洋風の造りになっているが、そういう建築の妙ということではなく、教育的展示の数々のことである。北海道の歴史、樺太の歴史、北方領土。ここは、全日本人が訪れるべき場所である。北海道には、「領土」ということにまつわる、様々な歴史がある。

北海道の歴史。もともとこの島にはアイヌの人々が住んでいたが、江戸時代に日本人によって日本領が宣言された。これって、列強の帝国主義そのものじゃないか。「見つけた土地は俺たちのもの」という。
各藩が土地を分け合って入植。まさに欧米列強によるアフリカ分割と何ら変わらない。
そして、日本人は、アイヌの人たちや中国人たちを、農業とか漁業における「使用人」として”使用”したそうだ。これって奴隷制度に似てないか?

樺太の歴史もしかり。樺太も間宮林蔵よりもずっと昔から、日本人が入植して、地元民に抵抗されなかったから既成事実を作って「領有」していた場所である。そして、日露戦争の勝利により、北緯50度以南を南樺太として領有した。

太平洋戦争末期にこの北緯50度線を越えてソ連が侵攻し、日本軍との戦闘を繰り広げ、多くの市民が犠牲となる。8月15日の終戦後も戦闘は続く。住民は北海道への脱出を試みるも、輸送船が潜水艦に撃沈され、樺太に残った人々も自決したりソ連兵に殺されたりと、修羅場が続く。
終戦後は、樺太にいた日本人行政幹部が逮捕され強制労働のためシベリアへ送られる。ようやく日ソ協定により樺太在住日本人の帰還事業が開始され、祖国の土に戻って来た。しかしソ連人と結婚していた日本人女性などは帰国が許されず、日本の地を踏めるまでにはさらに年月を要することになる。

北方領土。太平洋戦争の終戦間際にソ連が日ソ不可侵条約を一方的に無視して南下侵攻し、北方4島を不法占拠して日本人を追放した。それからすでに60年以上が経過している。これほど理不尽なことがあっていいのだろうか?ロシア、ソ連という国は、簡単にいえば論理の通用しない強盗である。奴らは、これ以前にも、無数に条約を一方的に破棄して、あらゆる領土を強奪してきた。他国との条約を結んでいない土地ならばなおさらである。満州がいい例だろう。もちろんこれはロシアに限ったことではなく、イギリス、フランス、ドイツ、アメリカ等、あらゆる帝国主義国に当てはまるのだが、他国との条約を一方的に破棄するという身勝手さは、ロシアが最たるものであろう。このような原始動物の住処のような国が、なぜ現代でも存続し続けているのか、まことに不思議ではあるが、とにかくロシア、ソ連という国は、理性のある人間が住んでいるとは思えない、狂人の国である。
北方領土は、どこからどう見ても日本の領土である。どさくさに紛れて、法を犯して泥棒されたのである。もちろん、ロシア人もそれを理解しているだろう。それなのになぜ、戦後60年以上経った今もロシア人が彼の地にのさばっているのか、僕の血は怒りで熱く煮えたぎってくる。今まで、ずっと政府間交渉を進めてきたが、いまだに解決できない。日本が抱える唯一の領土問題である。
僕はここで北方領土返還要求の署名運動に署名をした。

その他、北海道物産コーナーでは、エゾシカ肉の缶詰、ソーセージや、山漬鮭など、特産品の豊富な北海道ならではの珍品が並んでいる。
北海道の自然コーナーも面白い。

赤レンガ庁舎を出る。庭には小さな池があり、雨が間断なく水面に同心円の波紋を作っている。

再び雨の札幌市内を歩く。札幌の人口は196万人、全国5位の大都市である。冬は雪に閉ざされるであろう街には、様々な、快適に住む工夫が施されている。外に出なくていいように、地下街や屋内通路が発達している。大通駅−すすきの間は、ずっと長くて真っ直ぐな地下通路が走っていて、モール状態となっている。JR札幌駅−さっぽろ駅(地下鉄南北線)間も地下でつながっている。近々、JR札幌駅−大通駅間もつながるらしい。

碁盤の目状の街の、通りや交差点の名前は素っ気ない。北2東3とか。北へ何番目、東へ何番目、といった具合に交差点や通りの名前を付ける。
札幌という地名の独特なこと。「ぱぴぷぺぽ」のつく地名など、なかなかない。さすがにアイヌという違う民族が住んでいた場所だけあって、その地名も独特なものが多い。

遅い昼飯は、札幌名物、スープカレー。「札幌スープカレー横丁」内にある、「ラサタ」という店でスープカレーをいただく。赤と黒に統一された店内は、キャバクラのような雰囲気でなかなか異様であるが、ライトが若干暗めなので、さしたる違和感はない。
さて、スープカレー。なるほど、カレー汁である。だが具だくさんだ。肉、野菜、ゆで卵、ソーセージなどがカレースープに浮いている。そして別にご飯がつく。スープは、香辛料が効いており、美味い。僕は普通のカレーの方が好きだが、このスープカレーも悪くはない。

さらに街を歩き回る。サッポロビールファクトリー、札幌駅。雨でにじんだ街に、夕闇が降りてくる。ライトが点灯され、街のにじみが幻想的に変わる。

今回の札幌は、雨にたたられた。ずっと降り続く雨と一緒に、札幌の街が印象付けられる。

17時まで歩き回り、17:10札幌駅発エアポート快速で新千歳空港へ。所要36分、運賃1040円とバカ高。エアポート快速は、山手線みたいな、銀色に薄緑のストライプの車両。札幌駅向かいのホームには、17:12発上野行きのブルートレイン、北斗星がこれまた出発を待ち構えていた。津軽海峡冬景色かぁ。北斗星、乗ってみたい。札幌−上野間を結ぶ寝台特急である。北斗星の停車駅を見ると、郡山も停まる。なんだ、札幌から電車一本で郡山に帰れるんじゃないか。いいなぁ。

エアポート快速は17:46新千歳着。
18:30発羽田行全日空機は、20:10羽田着。20:22モノレールは羽田空港を発車。途中、大井競馬場がナイター照明で煌々とライトアップしている。モノレール内には、旅行者、ビジネス出張者に、大井から馬券者が加わる。3つの異質な人々が乗り合わせる、空港電車。
結局、東京駅からの東北新幹線は郡山に止まる最終となってしまった。21時前には東京駅に着いたのだが、これから郡山まで行くのは21:32のみ。
北斗星なら最短距離が、一旦羽田、それから新幹線で郡山に戻るという、またしてもの遠回り。恒例か。いや、元からその予定ですわ。

札幌 写真集
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