HOME
> Every Day Life > Diary > 2011.10.

日記
(2011年10月)
2011/10/18 (Tue.)
ホットスポット?首都圏での大騒ぎ

うちの近くの田んぼ。住宅街の中にある(福島県郡山市)

何でも、1週間ほど前、杉並区だったか世田谷区だったか、放射線量が高い歩道が見つかって、しばらくそこはパイロンを立ててテープで枠取りして、侵入禁止となっていた。で放射線源を調べてみたら、ラジウムの入った瓶が発見されたという。その「高い放射線量」とは、2〜3マイクロシーベルト/時。また今日も、足立区で、その程度の線量を示すホットスポットが発見されたという。首都圏で、各自治体や個人の測定によって、このようなホットスポットが次々に見つかり、大騒ぎとなっている。だが、いずれもたかだか2とか3マイクロシーベルト/時を発見しての騒乱である。

おいおい、ちょっと待ってくれよ。そんなん、全然高くないって。前にこのページで報告したとおり、郡山市内には、それこそそこらじゅうに、10マイクロシーベルト/時を超える場所が死ぬほどあるのだ。僕の会社の敷地内でも、側溝の上やダクトの出口下の地面を測れば、軽く10マイクロシーベルト/時を超える。下手をすると、数10マイクロシーベルトあるかもしれない。こんな場所は、そこらじゅうにある。生活しているすぐそばにあるけど、そこは決して立ち入り禁止になどなっていない。(だから、無能な政府に、とにかく一刻も早く除染をしろと、何度も言っているのだ。僕たちの健康は、どうなってもいいのか、と。)

まぁ、首都圏ではほとんどがきっと0.1以下の場所ばかりで、それが2、3マイクロでも高いと感じさせる心情は分かるが、そんなん、大騒ぎすることじゃないって。あれだけの事故を起こしているんだよ、首都圏まで放射性物質が広がっていても全然不思議じゃないし、現実にそうなってる。お願いだから、2とか3でこの世の終わりのような過剰反応をしないでくれ。(子供の健康を守るために、放射線量の高い場所を見つけ、そこを除染していくことは重要で、それに異論の余地はない)

メディアもメディアだ。なぜ首都圏でそんなホットスポットとも呼べないくらいのちょっと放射線量が高いところが見つかったというニュースを大々的に、次から次へと放送するのだろうか。それだったら、郡山とか福島とか、もっとずっと危険な場所のホットスポットをもっと取材してくれよ。10マイクロシーベルトは普通だよ。お願いだから、のほほんと暮らしている首都圏じゃなくて、いかに福島県民が苦しんでいるかを取材してくれよ。首都圏のホットスポットなんて、全くもって問題ないだろう。もしそれが問題だったら、僕たちの日常はどうなるんだ?早く、無能な政府に、除染を一刻も早くさせるような、プレッシャーをかけるような取材をしてくれよ。(首都圏の人をないがしろにしろと言ってるのではなくて、優先してやることは何かを国民に知らしめて欲しい、というだけだ)
とにかく、無知な扇動のような報道は、すぐにやめて欲しい。
2011/10/9 (Sat.)〜10/12(Wed.)
秋田旅行

桧木内川沿いの桜並木 (秋田県仙北角館町)

武家屋敷通り (秋田県仙北角館町)

旬の栗、栗ご飯 (秋田県角館市)

武家屋敷 (秋田県角館市)

10月9日日曜日。4連休で秋田県を回る。朝10時過ぎに車で出発。郡山ICから東北自動車道に乗り北上する。二本松付近で大渋滞。13km。福島西ICまで各出口は長蛇の列。出口のランプウェイに並んだ車が延々と連なり、本線上にまで車の列を作っている。最近はETC利用の人が増えて、普段は出口で渋滞するなんてことはあり得ないのだが、震災以降、被災者高速無料制度のため、被災者はすべてETC出口でなく有人レーンに並ぶため、出口で渋滞するのだ。
3連休の中日、東北道の被災者高速無料で、交通量が大幅増のようだ。東北道が盆や正月以外に渋滞することなど、今まではほとんどなかった。
仙台手前でも渋滞していたが、仙台を過ぎるとさすがに交通量が減少する。
北上JCTから秋田道に入り、西行する。錦秋湖SAで休憩。人が多い。あまりに混んでいるので、腹ペコだったが飯は食わず。
併設された散歩道には、栗の木が多い。無数に落ちた栗の実を拾っている人がいる。栗は秋田の名産のようだ。さらにこれも秋田名物、「熊に注意」の立て看板。
しばらく散歩する。展望台からの錦秋湖が、秋の弱くて柔らかい日差しに水面を輝かせる。鮮やかさとは真逆の、淡い光の中に山と湖が輪郭をぼやかし、穏やかな気持ちになる。くっきりさを失った風景。
サービスエリアを出て、さらに西へ。大曲ICの出口は混雑なし。午後3時20分に高速を降りる。郡山から320kmほどなのに、4時間もかかったことになる。ここから、高速のような大曲西道路をどこまでも真っ直ぐ走り、国道105号に乗って角館へ。あと30km。途中ファミリーマートでサンドイッチとおにぎりとコーヒーで遅い昼食。やっと腹を満たす。角館に着いたのは4時過ぎ。予約しておいた高橋旅館はすぐに見つかった。館内はひっそりとして、他の客が泊まっている気配がない。宿のおばさんは感じのいい人だった。だいたい、民宿とか小さい宿のおばさんって、感じのよくない人はあまりいない。いけずなオバちゃんの宿は、つぶれてるさ。いいオバちゃんの宿だけが残る。
荷物を置いて外に出る。空は晴れているが、もう日がかなり傾いている。
角館の街は、屋敷風の家が目につく。社名が消えかかっている古い鳥居。飲食店の軒先には、『きりたんぽ』とか『稲庭うどん』とか秋田の味を示す文字が躍る。そして、街のほとりを桧木内川(ひのきないがわ)が流れている。広々とした川原で、巨大な太鼓をたたきながら酒盛りをしているグループが、両岸に二組。街の太鼓部の演奏会打ち上げだろうか。この川沿いには延々と続く桜並木があり、春の豪奢さが目に浮かぶ。
角館は、武家屋敷で有名だ。1620年に芦名義勝によって作られた街は、以降390年余り、その姿をそのままに留めている。
もう夕暮れだ。武家屋敷通りにはまばらな人影。武家屋敷には、各家に庭があり、大きな木が植えられている。それらの木が、薄暮の空にそびえ、黒い複雑なシルエットを作り出している。『モチモチの木』を思い出す。真っ直ぐに走る武家屋敷通りを、高い木々が両側から覆い、枝が道上にせり出してきている。そして、黒い板塀に囲われた古い屋敷が連なる。真っ直ぐな道を仕切っている板塀の直線的な感じが、萩の城下町を思い出させる。色は黒と白で対照的だけれど。板塀の前に、赤いポストが鮮やかな色を発している。この古い通りに場違いな、と初め思ったが、よくよくすると夜で色がくすんでいるからか、妙に景色に溶け込んでいるように思えてくる。
日は完全に暮れてしまった。暗い武家屋敷通りを街の中心に戻る。一度宿に戻り休憩してから、夕食に出る。今回の宿泊は朝食のみのプラン。ここに来たからには秋田の味覚を賞味せねばなるまい。いくつか食堂がある。比内地鶏、きりたんぽ、何でも高い。やはりここの食堂群はみんな観光客向けなのだろう。仕方なく、昼間に栗を見たので、旬の栗ご飯を食べることにした。栗ご飯セットが1700円。高いが仕方ない。秋田の栗は大きく、ほくほくしていた。
10月ともなると秋田の夜は寒い。宿に戻る。6畳の部屋にはコタツがある。布団と毛布が暖かい。北国の生活感を感じる。午後11時過ぎには就寝。

10月10日月曜日。体育の日で祝日。
朝7時過ぎに起き、7時半に朝食。カウンターのような食事スペースで食べる。後ろには石油ストーブが明々と燃えている。のり、紅鮭、ハムエッグ、漬物、というオーソドックスな朝食。おひつのご飯は僕一人だというのにまず一人では食べきれないほどなみなみと入っている。
外に出る。武家屋敷通りは昨日と打って変わって人が多い。こんなに観光客がいたのか、どこに泊まっているのだろう?と思うほどだ。角館は観光地なのである。
天気は雲が多いがまずまず。武家屋敷通りは、後年に作られた感じがせず、良い。岐阜の高山などは、人工的に作られた古い町並みという匂いが僕にはするのだが、ここは古いものがそのまま残っている感じがする。それだけ質素できらびやかさがない。この辺りの武士の身分を現しているのだろうが、武士の本分は質実剛健ではないか。
無料で公開しているいくつかの武家屋敷(岩橋家、松本家、河原田家)を見学。畳の部屋にふすま。昔ながらの日本家屋。
その後、武家屋敷通りを離れ、角館の街を歩き回る。

角館歴史民俗資料館。小じんまりとした展示だが、面白いものが多い。

HOME > Every Day Life > Diary > 2011.10.