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日記
(2007年9月)
2007/9/23 (Sun.)

生まれた日の新聞

今日は東京タワーへ行った。最近では珍しいヒットを見つけた。それは、「自分の誕生日の新聞1面とテレビ欄をプリントアウトできる」という機械だ。
2007/9/22 (Sat.)

事実誤認

コント系の深夜番組を見ていたら、こんなやり取りのコントがあった。ある30代のカップルが口げんかしているのを初対面の藤井隆が仲裁する。でカップルの男のほうがバンドをやっている、という設定。
藤井隆:「どんなジャンルのバンドをやられているんですか?」
男:「ブルーハーツのコピー。」
女:「34(歳)のブルーハーツなんて誰も聞きとうないわ!あれは10代の叫びや!!」
(観客大笑いの声)
藤井隆:「そうですね、○×(女)さんのおっしゃるとおりだと思います」
(再び大笑い)
全く事実誤認も甚だしい。ブルーハーツが”10代の叫び”だとは、取り返しのつかない認識の甘さである。一度もブルーハーツを聴いたことのない人間がブルーハーツをしたり顔で語っているような欺瞞を感じる。”尾崎豊は10代の叫びだ”というのならまだ分かる。何とも腹立たしい。こういう不当千万な評価が、これからブルーハーツを聴こうとしている若者達の情熱を事前にねじ曲げてしまうのだ。「テレビの言ってることは正しい」と何の疑問も持たぬまま信じる人間のいかに多いことか。これだからテレビは怖い。間違ったことを平気で垂れ流している。
もっとちゃんと聴いてから発言しろ、と言いたい。熟聴した上での発言であれば、これはもう、人間の価値観の多様さにただ驚くしかない。
まぁ、はっきり言えば30代の僕はブルーハーツのコピーもやっているから、自分に重ね合わせて過剰反応しただけなんですけどね。(笑)
2007/9/20 (Thu.)

脱・クルマ!

悲しみは繰り返す。この世に車が走っている限り。
毎日のように悲惨で痛ましい交通事故がニュースの一角を占める。酒酔い運転の車に小学生がひき殺される、老人が撥ね殺される。引き続いてやってくる遺族の沈痛で底なしの悲嘆、そして容疑者に対して湧き上がる憤怒と憎悪。「子供を返してくれ・・・。」「容疑者を殺してやりたい」という残された親の悲痛な叫びが、テレビから絞り上げるように残響する。交通事故死の周囲にはこういった負の感情が満ち、そのたびに大量の涙が流され、虚無感が拡散していく。悲劇としか言いようがない。
確かに、酒酔い運転は悪質極まりない。しかし、世の中に車があり、酒飲みがいる以上、これは永遠になくならない。結局どんどん罪を重くしていって抑止力とするしかない。悪質運転はそれで多少は減るかもしれない。
だが運転手が普通の状態だったとしても、車という高エネルギー(大質量×高速度)のものが街中を縦横に走り回っている以上、常に車にぶつかって死ぬというリスクがあるのだ。このことをもっとしっかり考えたほうがいい。つまり、現代では交通事故は必然なのだ。確か今の日本では毎年1万人近くもの人々が交通事故で亡くなっている。とにかく、この世に車がある限り、交通事故がなくならないのは道理である。いつ身近な誰かが交通事故死してもおかしくない。人がやることに100%はない。酒に酔っていなくても、運転ミスは起こりうる。あんな人間の力では手に負えない大エネルギーの物体を操っていることの背後には、常に悲劇が口を開けて待ち受けていることをもっと自覚したほうがいい。誤解を恐れずに言えば、事故を起こした容疑者を闇雲に糾弾し、憎悪するだけでは何も始まらない。
交通事故罪の重罪化も確かに交通事故撲滅の一つの方法論だろうが、この際もっと車を減らすような考え方をしたほうがいいのではないか。車が減れば車にぶつかる確率は低くなる。(ただ、車が減ることで渋滞がなくなり、車の平均スピードが上がるから車が多かったときより交通事故がより重大化するのでは?という疑問も残るが)
車が人々の生活に革命的な変革をもたらしたことは疑いようがないが、その利便性にばかり目が向いてきた風潮を、今後考え直す時期に来ていると感じる。クルマも交通事故もなかった大昔に戻ろうとは言わないが、環境問題も声高に叫ばれるようになった今、脱クルマの生き方がもっと真剣に考えられ、提案されてもいいのではないか。例えば、基本的に一世帯に一台しかクルマは持てない、二台目以上はべらボーに高い税金取られる、とか、買った車は最低10年間は乗らなければならない、とか、ガソリン代は今高騰してるから、これを機にとばかりに、電車なんかの公共交通機関を張り巡らす公共工事で経済を活性化、雇用を創出し、公共交通機関の運賃はすべてタダにするとか(笑)。今絶頂期の日本の車メーカーや、自動車関連産業に携わる人々には全く受け入れられないでしょうが。
地球環境の保護、資源の節約を考え合わせ、これからは脱・クルマを目指そうではないか!(笑)

今テレビを見てたら、前方障害物自動認識機能等ハイテクで交通事故を未然に防ぐ車のCMをやっていた。これも技術立国日本ならではの交通事故撲滅の一つの方法論だ。より現実的な。
一度便利や楽を味わってしまうと二度と元の不便に戻れない人が多い。だがこれからは不便を楽しむくらいでないとだめだと思うよ、長い目で見れば。要はいろいろやってみて、いろいろ知ることだ。なーんてね。
2007/9/2 (Sun.)  晴れ

湯楽三昧

今日は一日中麻雀をした。戦いの場は、JR東京駅から歩いて3分にある、サウナ&カプセルホテル『湯楽三昧』である。ここは24時間営業の風呂屋兼仮眠室で、東京に出張してきたビジネスマンの憩いのオアシスになっていると思われる。館内では関西弁が飛び交っている。東京駅近く、オフィス街の中の雑居ビルの2階から5階までのフロアに、風呂、マッサージ室、仮眠室、レストラン、麻雀部屋等の施設が揃っている。
さて、受付を済ますとまず着替えをしなければならない。僕らは風呂に入るために来たのではなく、麻雀をするために来たのだが、全員がサナトリウムの老人や人間ドック受診のときに着る療養服のような妙な服(右写真)を着ることを強制される。料金は2300円、ホームページにある割引券を印刷して持っていけば300円引きの2000円。これで朝10時から夜中の1時までずっといられるのだ。一人2000円で一日中麻雀ができるのは、雀荘に比べると格段に安い。しかも風呂にも入れる。もともと僕の家でやる予定だったのだが、狭いしむさ苦しいし、何といっても手積みがかったるいので、どっかリゾートでやろうということになったのだが、リゾート麻雀は、例えばホテルなんかでやる場合には宿泊が条件だったりして割に合わない。最近はみんな歳のせいか、徹マンよりも朝から始めてその日のうちに終わるという日程のほうが良い、という意見で一致している。
さて、小さな麻雀部屋には4卓の全自動卓が並んでいる。本当は昨日土曜日にやりたかったのだが、予約がいっぱいで今日日曜開催となった。僕たち以外に客はいない。朝10時から戦闘開始。普段麻雀というゲームは夜にやるもので、まだ明るいうちからやるのは珍しいので、何となく違和感がある。麻雀部屋の窓の外には、東京駅周辺のビル街がのぞく。途中併設されたレストランからカレーを頼んで、打ちながら食う。そして夕方5時からはビール中ジョッキ\580⇒\280という大幅値引きキャンペーン中だったので、打ちながら飲む。
そうして夜9時過ぎ。11時間の戦いは終わった。僕はわずかのプラス。
この東京駅に程近いスポットは、リゾートとはやや違うが、多種類の風呂もあるし、今後使える銭湯場ならぬ戦闘場になりそうである。

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