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西ヨーロッパ旅行記
1999年4月〜5月
イギリス・ロンドン(1999.4.27〜4.28)
(1)
成田からロンドン・ヒースロー空港まで、フライト時間はおよそ12時間。機内で隣の席に座った、佐藤さんという女の子も一人でロンドンに向かっていた。彼女は、イギリス・ブライトンに留学していて、一時帰国していたのだが、再びイギリスに戻るところだそうだ。彼女と色々話が出来たおかげで、長時間のフライトを退屈せずに過ごせた。ロンドン到着後、彼女はバスでブライトンへ向かい、私はウェブで予約したピカデリーサーカス近くのホテルへ向かった。
ロンドン観光1日目。すっきりと晴れ渡った、ロンドン中心部・ピカデリーサーカスは、人でごった返している。ビジネスマン、学生等ロンドン人と観光客とが渾然一体となっている。
イギリス男は、ガタイがいい。顔立ちから見て高校生くらいでも、優に180センチはある奴が多い。そして、みんな厳しい顔をしている。というか、私から見るとそう見える。普通にしてても「怒ってるんじゃないか」ってくらいの形相である。アングロサクソンの特徴だろう。
トラファルガー広場、バッキンガム宮殿、ウェストミンスター寺院、ビッグベン、ロンドン塔、マダムタッソー蝋人形館、ロックンロールサーカス等の見所を回る。(ロンドン市内)
バッキンガム宮殿では、「写真おじさん」に遭遇した。私が写真を撮っているところへ、彼はニコニコしながら近づいてきた。手にはカメラを持っている。悪そうな人には見えない。
写真オヤジ「ハロー。このカメラで写真を撮ってあげよう。」
私「えっ?今自分のカメラで撮ってるからいいよ。」
オヤジ「いやいや、記念に撮りたいんだ。住所を教えてくれれば、送るから。」
私「じゃぁ、撮ってもらうかな。」
パシャッ。
オヤジ「僕はこんなにたくさんの日本人に写真を送ってるんだ(と言って持っていた手帳を出し、そこに書いてある日本人の名前・住所の数々を見せてきた)。じゃあここに住所を書いてくれ、写真を送るから。で、送料をくれないか?」
私「(やっぱりそう来るか、とうんざりしつつ)いや、金取るんなら、送ってくれなくていいよ、じゃぁね。」
オヤジ「ちょっ、ちょっと待ってくれ・・・・。」
私はすたすたとその場を離れた。
そして、アビーロードへ。アビーロードは、知る人ぞ知る、ビートルズがレコーディングに使っていたスタジオがある場所で、実質的なラストアルバム「アビーロード」のジャケットは、アビーロードスタジオ前の横断歩道を、ビートルズの4人が渡っている写真である。その横断歩道を渡るために、私もわざわ
ざ日本からはるばるロンドンまで来たのである(笑)。
ジャケット写真では、結構閑静な住宅街の中にあるように見える。実際に住宅街の中にあったのだが、結構この通りの交通量は多く、うかつに横断しようものなら、車にはねられそうな勢いである。近くに私と同じように写真を撮りに来ていた、欧米人の青年にカメラを渡して撮ってもらうように頼み、横断歩道を渡っている姿を撮ってもらった。
以下、「私が見たロンドン」を挙げてみる。
●ロンドンに、SEGAのゲーセンがあった。ゲーム機は、ナムコ等、日本のゲーセンとほとんど同じ(馬、車、スノーボードゲームなど)。ゲームはやはり日本が強い。このゲーセンは、ビル丸ごとゲーセンで、店内はド派手な演出が施されていた。
●ロンドンの物価はメチャメチャ高い。日本よりも高いくらい。未だかつて私は日本より物価の高い国に行ったことがなかったので、驚きだった。普通の食事でも8〜10ポンド(約1500〜1800円)はいってしまう。コンビニのサンドイッチとオレンジジュースでも合わせて3ポンド(約540円)。
●ロンドンの地下鉄の一部に、列車のドアが押しボタン式なのがあった。日本でも北国では、冷気が車内に入ることを防ぐため、電車のドアは自動では開かず、ボタンを押すことにより始めて開く。仙台に住む私にとっては、見慣れたものであるが、ロンドンにもあるとは。
●ニュースを見ていたら、SOHOで爆弾事件があり、30人がケガをしたそうだ。結構危なかった。ロンドンは、IRA等のテロが多いところ。
●イギリスは飯がマズイとよく言われる。私も、確かにフィッシュアンドチップスを始め、美味しいと思った料理はほとんどなかった。食べるものがないので、チャイナタウンの中華料理屋に行ってしまったほどである。
という感じで、ロンドンの2日間が過ぎ去った。
(続く)
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