HOME > Every Day Life > Column
サッカーは世界の言葉
2002年5月
2002年5月、日本。いよいよやってきた、日韓共催のサッカー・ワールドカップが。
世界最大のスポーツイベント、サッカー・ワールドカップの開催は4年に一度、オリンピック(夏季)とは2年おきになる。今回で16回目だが、過去15回の開催地は、1994年のアメリカ大会を除けば、サッカー先進地である中南米とヨーロッパが選ばれてきた。今回のワールドカップは、史上初のアジア開催、しかも2カ国での共催も初めてである。
私は小学校・中学校・高校とサッカー部に所属していたので、ワールドカップは過去よく見てきた。時差の関係でTV中継はだいたい夜中なのであるが、興奮してTVにかじりついて見ていた。中高生の頃は、ワールドカップレベルの試合はレベルが違い過ぎてそれほどピンときてはいなかったはずであるが、ある種の憧れをもってスーパープレイを期待していたのだろう。中学の部活では、顧問の教師が非常に熱心で、雨の日にグラウンドで練習できない時は、教室でワールドカップ名試合集のビデオを見せられたものである。
今後、このコラムを読んでいる皆さんが生きている間に、日本で再び開催される可能性は低い。あったとしてもきっと皆さんが年寄りになった頃だろう。サッカーというスポーツは、この地球上で最も愛されているスポーツである。近いうちにアフリカでも開催されるだろうが、世界各国が自国での開催を狙っているのだ。
人気のあるスポーツもないスポーツもすべて行い、長年アマチュアリズムを掲げていたオリンピックに対し、最も人気のあるスポーツのプロ同士が、国と国との威信をかけて頂点を争うサッカー・ワールドカップにおける人々の熱狂度は、オリンピックのそれとは比べものにならない。TV視聴者数がオリンピックを凌ぐのは全く当然というほかはない。
前述したように、サッカーというスポーツは、世界中で最も人気のあるスポーツである。どこの国に旅行に行っても、それを実感させられる。ここ数年は、イタリアでの中田の活躍のおかげで、どこの旅先でも、私が日本から来たことを告げると、地元の人は、「おお、ナカータ!」と笑顔になる。タイでは、空港から市街へ向かうタクシーの運転手が、延々とサッカーの話をしていたし、エジプトではエジプトのプロリーグの試合を、人々はみんな仕事そっちのけで見ていた。ベトナムでも、子供たちが、中田はもちろんのこと、イタリア・セリエAの有名選手の名前を数多く知っていたのには驚いた。ベトナムで読んだ英字新聞の裏1面は、スペインリーグプレイ中のジダンの写真を大きく掲載した、レアル・マドリードの試合結果記事であった。
アメリカ留学時に研究室で一緒だった中国人留学生も、「中国でもっとも人気のあるスポーツは、文句無しにサッカーだ。」と言っていた。中国でも、「卓球」より「サッカー」なのだ。(ちなみに、サッカーに詳しい別の中国人留学生は、卓球がメチャメチャ上手かった。)中国人は、やはりライバルとして最近の日本サッカーの躍進ぶりをよく知っているので、詳しい人になると中田、カズはもちろんのこと、稲本や名波まで知っている。
南米では、W杯で国の代表チームの試合の日は、学校、会社、役所すべて休みになるというほど、サッカーが生活の中で重要な位置を占めている。また、1994年アメリカ大会では、オウンゴールをしてしまったコロンビア代表チームの選手が、帰国後射殺されるという悲劇も起こっている。さらに、あまりに度を越した熱狂が、フーリガンのような者たちを出現させる。
一方、世界で唯一といってもいいほどサッカーに熱狂しない国がある。21世紀唯一の超大国・アメリカである。
今から4年前の1998年、前回フランス大会時は、私はアメリカに留学していた。大会が始まると、誰が手配したのか、キャンパス内の大きな教室に巨大スクリーンが設置され、プロジェクターで試合の中継映像を流す臨時の観戦所が出来、そこには多くの学生が集まって観戦した。続々と集まってくる顔触れを見ると、やはりアジア系とか南米系とかヨーロッパ系の顔をした学生や留学生が多い。アメリカ人はサッカーにほとんど興味がないのだ。アメリカでは、野球、バスケットボール、アメリカンフットボール、アイスホッケーが、最も人々が熱狂する4大プロスポーツであり、サッカーはマイナースポーツの一つに過ぎない(アメリカ人にとって最も重要なスポーツイベントは、毎年1月下旬〜2月上旬に開催されるアメリカンフットボールの優勝決定戦・スーパーボウルである)。1994年に自国でワールドカップを開催した時も、多くのアメリカ人はそのことすら知らなかった、という話があるほどサッカーの人気は低い。(ただし、アメリカ代表チームは4大会連続で今大会も出場しており、決して弱くない。過去ワールドカップでベスト4に入ったこともあるのである。)しかし、そのアメリカにいてさえ、外国人の多い大学のようなところでは、このような特設会場が出来るほど、ワールドカップは世界が一つになる、特別のイベントなのである。
これから1ヶ月間、世界中のサッカーファンが日本と韓国に集結する。巨大なうねりのようなこの異様な騒乱状態を、自分の国で肌で実体験できるのは、おそらく私がこの世に生きている間には今回が最初で最後のチャンスである。
「なぜ、世界の人々はこんなにもサッカーに熱狂するのか?」
この素朴な問いの答えを見つけるため、興味のある人もない人も、このお祭りを楽しんでいただきたい。
「コラム」へ戻る
HOME > Every Day Life > Column