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バリ島旅行記
1995年11月
(1)石坂の苦悩、最終日

野郎4人のバリ島旅行も、アッという間に最終日。11月26日の朝、同室の僕と石坂は、自分の荷物をあわただしくまとめていた。今日は、日本への帰途に着く。

顔を洗い、身支度を整え、荷造りも終え、出発だ。隣室の裕助とコンスケを呼びに行く。
と、どうも石坂の様子がおかしい。何となく元気がない。
「どうしたの?」
と尋ねると、
「何でもないよ。」
という答え。
「あっそ。」
この時は、さして気にも留めずに受け流した。何でもないんなら、何でもないんだろ、きっと。

そして裕助とコンスケも荷物を持って出てきた。ついにこの超豪華ホテル「バリ・インターコンチネンタル」ともお別れだ。ホテルのレストランで最後の朝食。
やはり石坂に元気がない。いつもなら飯時は一番生き生きしているのに。
「どうしたんだよ、石坂。」
僕が再び聞いた。
「何でもないよ。」
裕助とコンスケも怪訝な目で石坂を見つめる。大食漢の石坂の、食が進んでいない。
「食欲ないの?」
「いや、そんなことないんだけど・・・。」

デンパサール空港からガルーダ・インドネシア航空の飛行機に乗り込む。涼しい日が多かったのは残念だけど、色んなことを体験した6日間だった。

飛行機の中で、なお石坂は暗い表情だ。
「いいかげんにしろよ、石坂。何があったんだよ?」
と僕、コンスケ、裕助の3人が口々に詰め寄ると、ついに石坂は意を決したように重い口を開いた。
「実は・・・。今日、ウンコの中に、血が混じってたんだ、それも大量に。」
「ええええぇぇぇっっ、血便かよ!?」
「それまずいよ、コレラじゃねぇのか?」
「隔離だよ隔離!」

みんなの言葉に、石坂はますます落ち込んでいく。
他の3人も、滞在中に軽い下痢になっていた。場末の大衆食堂で、その土地の人と同じものを食べることを身上とする僕達は、お腹を壊しても仕方がない食事の仕方をする。ホテルのレストランで優雅に豪華に、というのはほとんどない。もちろん、最低限のことには注意するけど。水を飲まないとか生野菜を食べないとか。
だが、その状況でも、石坂だけは旅の間中、お腹を壊さなかった。「さすが食べ物のことに関しては何でも強い。」とみんなに感心されていたものだ。

石坂の血便打ち明け話は衝撃的だったけれど、、僕達は本気で「石坂はコレラ」だと思っていたわけではなく、まぁきっとすぐ治る軽い病気だよ、くらいに思っていた。コレラの症状って言うのは、きっと血便だけじゃなく、発熱とか嘔吐とかもっとキツイはずだ。その点、石坂は、表情は暗いが、体の方はピンピンして元気そうだ。だけど、少なくとも「血便」ってのは尋常じゃない。

成田に着く前、機内では「健康調査票」という黄色い紙が配られる。これは、伝染病・感染症の危険がある地域に旅行した旅行者に対し、滞在中に体調の異常がなかったかをアンケートするものだ。
石坂を除く3人は、「腹痛」「下痢」の欄をチェック、石坂は、「その他、血便」。

飛行機は、無事成田に到着した。入国審査前、その黄色い紙を回収する。体調に異常があった人は、保健相談室に行くように促される。僕たち4人は、入国審査に向かう他の旅行者の好奇の目にさらされながら、ゾロゾロと保健室に入った。僕ら以外に保健室に入ってくる人はいない。
ここでは、専門の医師と、旅行中の症状について、面談を行う。
石坂以外の3人の面接は、すぐに終わった。「1週間下痢が続くようだったら、病院に行ってください」とのこと。
さぁ、最後に問題の石坂だ。3人は待合室で待っていたのだが、10分経っても石坂は出てこない。待合室には、マラリア、コレラ、ペスト、黄熱等の伝染病の発生地域を示す世界地図が貼ってある。
「時間かかってんな〜、石坂。」
「やっぱ、まずい病気なんだよ、きっと。」
「ここから病院直行かな。」

15分後、石坂がようやく出てきた。僕らを見た石坂の顔には、笑顔がある。                     
「どうだった?」
「いやぁ、コレラじゃなかったよ。」
「じゃぁ、何だよ?」
恥ずかしげな笑みを浮かべながら、石坂が答えた。
「どうやら・・・・・痔、切れ痔みたい。」
「切れ痔ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ?」

3人は大爆笑した。
話を聞いてみると、石坂は、旅行中の6日間、一度も便が出なかったそうなのだ。よく、旅行等に行って環境が変わると、便秘状態になる人がいる。石坂はその典型だった。最終日、このままじゃイカンと思って、思いっきり踏んばってイキんだんだそうだ。そしたら、きっと溜まりに溜まっていたモノが出口から殺到したんだろう、それで切れたんじゃないか、と医師に言われたそうである。そう言えば、石坂の様子が変わったのは、朝、トイレから出てきた後だったな。

「ホッとしたけど、何かつまんねぇな。」
僕らはまた笑った。

成田から、裕助の車で千葉市に向かう。途中車内には、明るい笑い声が響いていた。海外旅行が終わり、日本に帰ってきた安堵感と充実した旅ができた満足感が、僕らの中に漂っていた。

(終わり)
                                             
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