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Myanmar Culture
ミャンマーの文化・慣習
 
ヤンゴンの街角。みんなロンジーをはいています。
 
 
Tシャツにロンジーを着て、民族舞踊を踊るカレン州の若者たち
 
山登りの格好。ロンジーはいないが、ほとんどがサンダル。
 
右の女性が両頬に塗っているのがタナカ
 
 
(随時加筆します)

1.ロンジーとタナカ(2015年2月)

 ミャンマーに初めて来た日本人がビビることと言えば、まずは何をおいてもロンジーとタナカに他なるまい。
 ロンジーとは、ミャンマー特有の伝統衣装のことである。いわゆる「腰巻」である。筒状になった布である。この「筒」に足を通し、余分な部分を織り込んで腰のあたりでしばる。文章で説明するのはなかなか難しいが、右の写真のようなものである。男性と女性の穿き方は違う。ちなみに、男性用のロンジーをパソー、女性用をタメインという。老若男女、誰でも穿いている。
 公立小学校、中学校、高校の生徒たちは、緑のロンジーである。下校時、学校の校門から白い上衣に緑のロンジーの群れが吐き出されるさまは、苔の成長を早送り映像で見るようである。
 病院の看護婦さんたちのロンジーは、鮮血のような赤。白い上衣に赤いロンジー。

 明治維新後の日本と同じで、ここ数年、急速な海外文化の流入により、ロンジーを穿くミャンマー人の割合はどんどん低下してきているようである。特に若者のあいだでは、ジーンズにスカートといった洋装が、とりわけ都市部で多くなってきている。着物などは旅館の浴衣くらいしか着ない僕ではあるが、このミャンマーの伝統文化が廃れ、結局は地球のグローバル化の波に飲み込まれて西洋風に変わっていく、というのは誠に残念である。が、やっぱり好きなんだろうなぁ。結局のところ、ズボンの方が何かと優れている、ということなのだろうか。
 ロンジーのひとつの欠点は、股を開けないことにあろう。足首くらいまである、いわばロングドレスのようなものなので、両足を自在に開こうなどという願望は持てない。よってサッカーもできない。ランニングも無理だ。というかスポーツ全般に向いていない。ちなみに、スポーツをする時の若者の下半身は、やはり西洋風に短パンやジャージである。ただ、時々、ロンジーを膝上までたくし上げてチンロン(ミャンマー式蹴鞠)をやっている男もいる。
水祭りのとき、私が勤める技術訓練学校の生徒たちと、激しく急な山、ズウェガビン山に登ったのだけれど、さすがに誰もロンジーを穿いてこなかった。ただし、ほとんどが靴ではなくサンダルを履いてきたのには唖然とさせられた。彼らは、半端ではない。いや、ひょっとしたらこの登山に参加したメンバーはミャンマー各地、遠くから来ていたので、靴を持ってきていなかっただけなのかもしれない。
ロードタイプの自転車などには到底乗れない。もっとも、そのような自転車は、ミャンマーでは見かけない。
また、立小便ができない、ということも挙げられる。ミャンマー人(♂)は、立小便ではなく、「座り小便」である。草むらでするとき、彼らは腰を下ろし、ロンジーの裾を捲り上げてする。
 
ロンジーの利点は何だろうか、涼しいことか。確かに、足首まで足を隠してしまうとはいえ、またはスースーである。だが、それほど涼しいようには見えない。生地の厚みで暑期用・乾季用と使い分けているのかもしれない。

 続いて、タナカである。これは、柑橘系の木の幹を、石ですり下ろした粉である。つまり木の粉だ。これを水に溶かしてペースト状にし、顔に塗りたくる。ミャンマーの伝統自然化粧品である。これまた老若男女、多くの人が塗っている。若者だから塗らない、男は塗らない、ということはない。我々の職場の若い女性陣も(いや、割と歳を取っている人もだが)毎日のように塗ってくるし、学校の男子生徒たちも塗りたくっている。
どうやら、タナカには日焼け止めの効用があるらしい。ミャンマーの日差しは年中強烈だ。
それと、暑期、僕が全身に汗もを作った時には、同僚のピピさんがタナカを持ってきてくれて、発疹ができている部分に塗ればよい、というので塗ってみた。効用はよく分からないが、タナカを塗った部分は、皮膚がさらっとしたままだった気がする。
塗り方は、人によって千差万別である。頬に四角く塗る人、顔じゅうに舞妓のおしろいように塗りたくってモンスターみたいになっている若者。いや、ホントにあるとき、髪の毛をパンクロッカーのように逆立てたニーちゃんが、顔じゅうにタナカを塗ってたのだけれど、それを見て怪獣だと勘違いしたくらいだ。ともかく、決まった塗り方はないように見える。

2.サンダル(2015年2月)
 ロンジーにタナカとくれば、サンダルを忘れるわけにはいくまい。ミャンマー人の足元は、サンダルである。これは暑いからかとも思ったが、日本だって維新前は草履とか下駄とか裸足だったわけだから、まぁ、伝統履物、ということになるか。そういえばモロッコではバブーシュというスリッパみたいな履物があったな。
伝統履物とは言っても、ミャンマーのサンダルは、大した特徴もない普通のサンダルである。逆V字型の鼻緒がついた、底の薄いペラペラのものが主流である。材質は皮が多いが、肌触りのいい布を張ったもの、女性ものではアクセサリー的な装飾を付けたおしゃれサンダルも多い。
雨季になると人々は雨季用のサンダルを履く。ただこれは要するにビーチサンダルである。あの、弾力のあるポリエステルだかポリエチレン系材質でできた、表面が滑らないように凹凸をつけてある、あれである。雨季ともなれば、その雨量は途方もなく、そこらじゅうに水たまりができ、道路が冠水する。日常的にビーチサンダルを履くことにより、水たまりでも冠水でも、平然と水の中を歩いて行けるという、生活の知恵だ。靴など履いていてはミャンマーの雨季には対応できないのだ。
子供などは、水たまりを避けられるのに、あえて水たまりに入って楽しんでいる。「水は友達」ってとこか。逆にいえば、雨季は水と友達にならないとやっていけない、ということだろう。

ロンジーがミャンマー人の正装になるのと同様、サンダルも正装である。ミャンマー政府の要人が、ロンジーにサンダルを履いて式典に出席するさまは、僕のような日本人から見ると、もうまさに壮観というほかはない。おまえナメとんのか!?みたいな(笑)。もちろん、それは正装である。誤解なきよう。ひょっとしたら300ドルとかする最高級牛革サンダルなのかもしれない。そう考えると彼らの正装用サンダルの履き心地を確かめてみたい気がしてくる。


3.名刺渡し(2014年10月)
 ミャンマー人から名刺をもらうとき、僕は一度として日本で正しいとされる渡され方でもらったためしがない。
 こちらの人は、普通のものを渡すように、名刺を斜めにして渡したり、横書きなのに縦にして渡したり、よしんば横向きだったとしてもこっちではなく向こうに読める方向で渡したりと、僕のような日本のサラリーマン教育を受けた人間にとってみれば、もう滅茶苦茶である。
実はこれは名刺に限らない。「モノを人に渡す」という動作自体が、この国では全く無頓着に行われる気配がある。刃物、例えばハサミを人に渡す時なども、平気で刃の方を相手に向けて渡す。

ただしその一方、自分より目上の人とか、偉い人にモノを渡したり受け取ったりする場合、彼らは尊敬の念を込める。それはどうするかというと、右手で渡す場合、左手を下から右手の肘あたりに添えて、恭しく渡すのである。そんな、敬意を表明するのであれば、相手のことを思いやった渡し方をしてほしいものである。

4.食事
ミャンマーでは、食事を手で食べる人をよく見かける。インドやネパールのようにである。だが、全く使わない人もいる。おそらく、民族によって違うのだろう。私の周りでは、ラカイン出身の人たちは、気の置けない仲間内で食事する場合は、手で食べる。手で食べない文化の人と同席する場合は、スプーンやフォークを使うようである。ラカインと言えばバングラデシュに接しているが、バングラデシュやインド方式が伝わってそれが習慣となっている、ということだろうか。

5.宗教
ミャンマーの大部分は仏教徒である。
一般仏教徒の、僧に対する尊敬は括目すべきものがある。
平伏
ノビスセレモニー。州知事まで平伏
ミャンマーの仏教は、タイ、ラオスなどと同じく、上座部仏教であり、僧は出家し、俗世から離れて修行を積み、悟りを開く。この僧が悟りを開けば救済されるというわけだが、俗世から離れられない一般仏教徒は、あの世での幸福を得るために、僧に対し施しをすることで功徳を積むのが目標となる。
僧への托鉢はもちろん、パゴダ(仏塔)を建てることが最も高い功徳が積める行なのだという。

僧には選挙権はない。そのあたりは、政教分離が憲法で定められているといってよかろう。だが、時折僧の団体が政治に対してデモを起こすことがある。

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