HOME > Myanmar > Myanmar_Diary 2015 > December 2015_(2)
ミャンマー日記(2015年12月)
2015/12/20 (Sun.)
自転車散歩 晴れ@パアン
 
 
 
 

週末は自転車で出かけるようになった。とはいえ、まだ街を適当に流す程度である。
パアンの街は基本的に平坦なので、自転車を1時間くらい漕いでも全然運動になっているように感じない。

パアンは、大通りが東西方向に伸びていて、街の端から端まで、この大通りは自転車で15分くらいで走破できる。街の規模が想像いただけるだろう。

自転車を手に入れたことで、行動範囲は飛躍的に広がった。今は街の美味しいレストランを探している。が、パアンには美味しいレストランというものがあまりない。ミャンマー料理以外の店としては、タイ・中華が圧倒的に多いが、例えば中華料理でそれほど美味いものに出会ったことはない。しかもそういう店は観光客向けのことが多く、値段が高い。

昔は1軒ダウンタウンにハンバーガー屋があったが、つぶれてしまった。僕が来る前にはイタリアンレストランもあったそうだが、それもつぶれたらしい。

あとは、韓国料理屋はいくつかあるはずで、以前2回ほど行ったことがある。で今回自転車で走り回って探しているのだが、これがなぜか見つからない。

12月19日の土曜日、街を自転車で走っていると、青色を基調に様々な色で鮮やかに塗られていたヒンズー寺院が、白一色になってしまっていた。竹の足場を組んであるところから、どうやら塗装のし直しをしているらしい。

12月20日日曜日、夕方に自転車で出かけ、色々散策していたら、日が暮れてしまった。帰り際、床屋を見つけたので、髪を切ることにする。なぜか大通りに床屋を探していたのだが、これまで見つからなかったのだ。
お任せで切ってもらったが、案の定前髪を真っ直ぐに横に切られ、再びお坊ちゃまのようになってしまった。もう慣れたが、なんとかならんかなぁ。誰もミャンマー人で前髪横に直線になってる奴おらんやろ!どうして私だとそう切るのか。韓国人に見えるからか。
散髪代は1000チャット。以前行っていたところと同じである。

以前ご紹介したこぎれいなケーキ屋、デリフランスで、パンを買った。支払いに汚い札を出すと、「これは使えません」と言われかけたので、「いや、それ以外ないんで」と英語で言って逃げて来た。
ここら辺、いまだに分からん。時々破れていたり、テープで破れをつなげているようなひどい札を掴まされることがある。だが、他の店では平気でそれを私に渡すわけである。きっと、「こういう札は使えない」というのは、法律というかルールとしてあり、みんなある程度それを分かっているのだろう。が私としては掴まされた以上、これは使えるものとして扱わねばならない。

以前、2009年にミャンマーに旅行に来た時に、確かヘーホー空港からインレー湖へ向かうタクシーでフランス人カップルと相乗りになったのだが、あるところでドル札を払わなくちゃならない場面があって、このフランス人の男の方が払ったドル札が一部破れているか汚れているかしていて、相手のミャンマー人から「この札は受け取れない」と拒絶され、「お前ら(つまりミャンマー人のこと)が僕にこの札を渡したんじゃないか!」と激昂したことがあった。彼は、「両替をしたときに、この札を掴まされたのだ、だからお前らも受け取るべきである」という論理である。このフランス人の気持ちはよく分かるが、ちょっと彼は怒り過ぎだったな、あの時は。

この国では忍耐が必要です。
2015/12/17 (Thu.)
クリスマスセレブレーション! 晴れ@パアン
 
クリスマスの歌を歌うクリスチャンのスタッフたち

まだクリスマスは次の週なのだが、今日、突然、スタッフたちが私の住む宿泊所に乱入してきて、クリスマスの祝いの歌を歌っていった。

カレン州では歴史的経緯からキリスト教徒の数が多く、私が勤める団体のパアン事務所にも、キリスト教徒のスタッフが多い。彼らが押し寄せてきたのである。
彼らは、クリスマスソングや讃美歌のようなものをギターに合わせて合唱した。そして宿泊所に住むスタッフ全員に、クリスマスプレゼントを渡してくれた。

思うに、キリスト教徒は、この国に根付いている。敬虔なキリスト教徒は毎日曜日に教会に行くのだろうが、この国のイスラム教徒やヒンズー教徒に比べると、自分の宗教における自己主張が少ないように見える。「俺はキリスト教徒だぜ!!」という主張が少なく、別に徒党を組むこともなく、静かに信仰しているように見える。これが宗教のあるべき姿じゃないか。自分の信ずるところを信じればよい。自分の宗教を他人に押し付ける必要はないし、アピールする必要もない。

今日初めて、このようにキリスト教徒が徒党を組んでいるのを見たが、歌を歌って他の宗教の人も一緒にクリスマスを祝おう、という趣旨だ。ま、僕にとってはクリスマスなど何の意味もないが、歌を歌ってくれるだけで別に害もないので構わない。プレゼントももらってしまったし。
2015/12/13 (Sun.)
大河ドラマ再び 晴れ@パアン
 

タンルイン川 
 

また普通のブログのようになってしまいますが、最近、またユーチューブでNHK大河ドラマを完視しました。1990年の『翔ぶが如く』と1980年の『獅子の時代』です。いずれも幕末~明治もので、前者は西郷隆盛と大久保利通の話、後者は架空の会津藩士と薩摩藩士を主人公にしたオリジナルの話です。前者の原作は同名の司馬遼太郎の小説、後者は山田太一のオリジナル脚本です。

前者は特に面白くはなかったですが、『獅子の時代』、これは私が見た中で、私としては最も面白かった大河作品だと思います(実際には他の作品をよく覚えてないし、それらを視聴した時点での、描かれる時代についての私の歴史に対する造詣も作品の印象に関係してくるので何とも比較が難しいのですが)。

最近の『八重の桜』が会津側からの視点で描かれた珍しい作品だと思っていたのですが、全くの誤認識で、この『獅子の時代』は、明治維新の勝者である薩摩と、敗者である会津を、鮮明に描いています。いや、良い。
まぁ、実際に見てもらったらいいのですが、登場人物のそれぞれのキャラが異様に立っていて、ほとんどサイコの女性とか、人間のクズとか、異常な頑迷さを持つ武士の権化とか、いろんな人間が出てくる。
主人公の会津藩士が菅原文太、薩摩藩士が加藤剛で、これらの関係性もよくできています。パリの万博で出会い、明治維新を経てお互い敵対しながらも、何かにつけて巡り合わせで再会する。そしてお互いがこれからの世の中をよくするために働いていく、という、まぁあなた、いいですよ。
また、幕末~明治で、今までこのようなドラマであまりスポットの当たらなかった北海道開拓や庶民の新政府に対する反乱(秩父事件など)が描かれており、この作品のテーマ、訴えたいことがよく分かる。

苦言としては、ラストシーンが菅原文太の個人宣伝みたいな感じで不可解でした。ありゃ余計ってもんでしょう。そもそもこの作品自体が、ある種「菅原文太のダイ・ハード」的なところがあり、極寒の監獄に入ったり拷問を受けて何度も瀕死の目に遭いながら、それでも生き延びる、不死身の男です。『ダイ・ハード』は『獅子の時代』の後ですから、こっちが元祖ですな。
上記含め、大河ドラマなので、色々「あれっ?」と思うこともありますが、そんなのはご愛嬌。
やっぱり架空の人物の設定とオリジナル脚本はいいです。実際にあった歴史にそれほど縛られずに書ける。歴史上の有名人物を主人公にした通常の大河だと、どうしても時代考証に縛られて、歴史をなぞるだけの、あまり面白いものにならない。

言葉が過ぎました。今日は普通のブログのように、ある芸術作品を批評してしまいましたが、ま、それもたまには。みなさんもぜひ見てみてください。

<追伸>
2016年の大河ドラマは、三谷幸喜が脚本だと聞きました。『新撰組!』は私は好きですので、面白い作品になりますか、期待です。
2015/12/12 (Sat.)
朝晩めっきり涼しくなりました 晴れ@パアン
 
放課後、バレーボールをする生徒たち

雨季が終わり、しばらくは雨がなくて暑い日々が続いていたが、12月も2週目に入り、朝晩めっきりと冷え込むようになった。冷え込むといっても、今週、室温の最低気温で23℃~25℃くらいである。湿度も50~60%くらいに下がり、朝晩はだいぶ過ごしやすくなったといえよう。ただまだ日中は30℃くらいまで上がって暑い。これは一年中どうしようもない。朝晩だけでも涼しくなれば、相当助かる。

以前にも書いたと思うが、こちらの人は温度に対する体感が日本人とは違うのだろう、涼しくなるといっても20℃以上あるのだが、途端にニット帽やジャンパー、セーターなどを着用し始める。私から見ると、「いや、そりゃやり過ぎだろ」ってとこだが、彼らは暑さに慣れているので、少し涼しくなると、寒いくらいに感じるのかもしれない。かくいう私も、気温が25℃を切ると、すごく寒くなったように感じている。ここに来てからもう1年9か月になるので、身体が高温に慣れたのだろう。

HOME > Myanmar > Myanmar_Diary 2015 > December 2015_(2)