2015/1/8 (Thu.)
久々の雨、友達から届いた荷物 曇りのち雨@パアン

友人から届いた荷物 |

参考映像:ペヤングソース焼きそば、通常(右)と激辛(左) |
この頃の天気は、毎日からりと晴れ上がり、昼は暑く朝晩涼しい砂漠性の気候だったが、今日は朝から雲が満天に広がり、昼を過ぎて少し陽が出た時間もあったが夕方には再び曇り、夜についに降り出した。雨季が終わって以来、まことに久しぶりの雨である。
この雨は翌9日も降り続いた。ベンガル湾か南シナ海か、どこかに台風か何かの大型低気圧が接近しているせいかもしれない。
日本の友達が、年末に送ってくれた段ボール1箱が届いた。5日ほどで日本からヤンゴンに到着。EMSは早い。開けてみるとその昔慣れ親しんだ物品の数々。
小説が10冊、インスタントラーメン、カップ焼きそば、レトルトカレー、即席みそ汁、サトウの切り餅、大判海苔、きな粉、等々。
中に、「大盛りイカ焼きそば」が入っていた。僕が子供のころから慣れ親しんでいるカップ焼きそばといえば、超ロングセラー商品、カップ焼きそばの元祖といえる「ペヤングソース焼きそば」で、僕はこれが一番好きだ。
次によく食べたのが、この「大盛りイカ焼きそば」であろう。大学4年の時、卒論を書くのに、研究室に毎晩夜中まで残って仕事をしていたのだが、その時に研究室の誰かが、どこかの安スーパーでカップ麺やカップ焼きそばを大量に買い込んできて、段ボールに入れて研究室に置き、研究室の面々が夜食として食べられるように提供してくれた。1個100円だったと思う。ここで僕はたくさんの「大盛りイカ焼きそば」を食べた。あの濃すぎると言っても過言でないソースが、当時の若く、疲れ切った僕の脳味噌に響いたものである。
同じ研究室の同期Iは、研究室に充満する大盛りイカ焼きそばの匂いを評し、こう言っていた。
「これ、匂いからして身体に絶対に良くないよなぁ」
その後、20年以上たった現在でも「大盛りイカ焼きそば」は健在である。
一方の「ペヤングソース焼きそば」は、大盛りが出たり、激辛が出たりして、商品ラインアップの幅を拡げ、これまた健在である。ロングセラーは品質の証。
ちなみに僕が学生当時一番食べていたカップラーメンは、「ホームラン軒」である。
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2015/1/6 (Tue.)

ヤンゴンの鉄道 |
検査異常なし 晴れ@ヤンゴン
1月4日にヤンゴンに行き、5日、6日とヤンゴンの病院で、血液の再検査、内臓超音波検査、脳のCTスキャンを受けた。すべての検査で異常は見られなかった。体重は少し戻って58.5kg。
結局僕はいま健康体なのか?
依然として頭の飽和状態、休日は何もやる気なし、が続いているが、これは何なんだろう?毎日暑いから毎日慢性的な熱中症なのか、それともストレスなどから来る精神的な病か。
ともかく、検査結果として出てくる物理的数値に異常はない。
これでは仕事を休むわけにはいかない。
様子を見るしかあるまい。 |
2015/1/3 (Sat.)
ラッキーパック 晴れ@パアン

現金(500チャット札)が入っていた当たりパック |
僕と同じスタッフハウスに住む同僚のウーサリモウが、してやったりの表情をしてやってきた。
「袋入りの豚肉団子麺を買ったら、おまけで現金が当たった」
というのである。よくよく見てみると、透明なビニール袋に、500チャット札(約50円)が二つ折りにされて入っている。どうやら、袋の食品が当たり付きになっていて、中を開けてみると当たりの500チャットが入っていた、ということらしい。彼は運よく当たりの袋をつかんだのだ。
でさらによくよく見てみると、この豚肉団子麺の値段は、わずか200チャット(約20円)である。つまり、商品の値段の2.5倍もの現金が当たった、というわけだ。
100円のかっぱえびせんを買って、中に250円が入っていたのと同じである。
ミャンマーでは、街をよく宝くじ売りが流している。彼らは、サイドカー付きのバイクに必ず音響機器を積んでいて、うるさいくらいに軽快な音楽を鳴らしながら、道行く人々の関心を引こうとしている。
ミャンマー人とは、結構こういう、くじ的なものが好きなのかもしれない。長い間抑圧されてきて、一攫千金の夢を見ているのだろうか。
夜、短期で専門家としてパアンの我々の学校に来ていただいているAさんの送別会を行った。タイ風中華風レストランで、ウイスキーのボトルを空ける。 |
2015/1/1 (Thu.)
元日 晴れ@パアン
パアン市内の自動車整備工場 |
元日。全く気分はない。今日はミャンマーでも休日なので、仕事は休みであるが、先週から自動車整備短期専門家としてパアンに来られているAさんと、ミャンマー人講師と打ち合わせする。Aさんは、我々の学校で教えているミャンマー人講師に色々な助言をしてくれている。講師たちも向上心が強く、Aさんから少しでも多く学ぼうと、元日から仕事である。結構なことである。
午後にはパアン市内にある自動車整備工場を2軒見学した。どちらも作業環境が劣悪で、客から預かった車から降ろしたエンジンを、土と埃っぽい地面に無造作に置いている。
いま、ミャンマーには割と新しい、2000年以後製の日本中古車が大量に入ってきている。しかし、一方で、そのような新しい車を修理できるメカニックは、この国にはほとんどいないと言われる(ヤンゴンで様々な日本の自動車メーカーの関係者と会ったが、みんながみんな口を揃えて言うことである)。無理もない、今まで誰も教えてくれなかったのだ。長い軍政で欧米や日本からの援助も途絶え、ほとんど鎖国のような状態であった国である。
それにしても元日に仕事したっていうのは、ひょっとして人生初かもしれない。 |