HOME > Myanmar > Myanmar_Diary 2015 > July 2015_(2)
ミャンマー日記(2015年7月)
2015/7/18 (Sat.)
大河ドラマ 雨と曇り@パアン
 
果物の女王、マンゴスチン
 
土方歳三記念撮影(函館・五稜郭)

五稜郭タワーに鎮座する土方歳三と函館の街並み 
 
函館名物と言えば土方といかであるが、クジラも有名?

ミャンマーにいるというのに平日は仕事のみ、休日はずっと外にも出ずにダラダラ過ごす、という有様で、ミャンマーの話題が乏しくて恐縮なところ、NHK大河ドラマの話である。

『花燃ゆ』を見ているが、ますますつまらなくなってきた。歴史ドラマで「大奥もの」ほどつまらないものもなかろう。先輩の陰湿ないじめ、醜悪な女同士の権力争い、そのなかでひたむきな言動でやがて同僚の信頼を勝ち取る主人公・・・。繰り返し使い古されたボロ切れのようなそんな話を見て、誰が喜ぶのだろうか?

最近、インターネットで過去の大河ドラマを見られることを知り、『新撰組!』を全話視破しようと毎日見ているのだが、これが面白い。
今から11年前、2004年の大河ドラマで、僕はこの時期エクアドルにいたので、こんなドラマが放送されたことすら今の今まで知らなかった。
三谷幸喜脚本だけあって、放映時は「コメディー大河」とも揶揄されていたようだが、僕は嫌いじゃない。まあ、時代考証がどうの、ギャグがどうの、という些末なことは置いておいて、何と言っても最終話のラストシーン、近藤勇が斬首されるシーンである。このシーンで、近藤の最後のセリフは、悲しげな表情の後、思い直したような小さな微笑を浮かべながら、
「トシ・・・。」
だった。分からない人のために解説すると、つまり、生涯の盟友であった土方歳三の、「トシ」である。
僕はこれを見て震えた。いや、ほとんど涙が出た、と言っていい。絶対にそうでないとならん、と思った。近藤勇が本当に何と言って死んだかなどおそらく誰にも分からない(辞世の句は詠んだらしいが)。だけど、僕的には彼の最後のセリフは土方歳三にかかわる言葉でなければならないと思っていた。近藤の妻でも親でも妾でも、沖田でもない、そしてその思想や信条に関することでもない、感嘆語でもない、他ならぬ土方についての言葉でないとダメだと思っていた。それが、このドラマのラストシーン、デジャブのようにそうだったのだ。芸術の好き嫌いなどは、結局個人個人の感受性の問題であって、理論では説明できない。生涯最後の言葉として近藤勇に「トシ」と言わしめたこのドラマを、どうして嫌いになれようか?

ちなみに、その後続編として放映されたという、『土方歳三 最期の一日』は打って変わってとてもつまらなかった。


昔の話を、現代の価値観に合わせてセリフや展開を創ったのが大河ドラマであって、要するに明確な歴史の史実は踏襲しつつ、それを今風にドラマ化したのが大河ドラマであろう。すなわち、会話とかやり取りが現代風、つまり現代人が言いそうなやりそうな言動の形を取る、にもかかわらず、話は切腹とか人斬りとか、今の価値観で理解が難しい場面が出てきて、そのギャップが大河ドラマの醍醐味かもしれない。歴史にストーリーを借りた現代ドラマ、もしくは現代風のアレンジをした歴史ドラマ、ということだ。もっとも、精密な時代考証で、「この場面ではこの人はこう言ったに違いない」と、現代の価値観ではよく分からない、完全に当時を再現した研究成果風の大河ドラマもあるのかもしれないが。しかしテレビ局には、「視聴率」というバカげた縛りがあるので、どうしてもエンターテインメントを標榜せざるを得ないという制約はあるだろう。ドラマの質よりも視聴率が優先される世界である。

さて、京都での新撰組の人斬りなんて、現代で言えば警官が街に繰り出して不埒者をピストルで次々に皆殺しにするようなもので、現代の感覚では理解するのが難しい。そういった現代と違う価値観を知るのが大河ドラマの面白さである。当時の人々の生き様、その特筆すべき価値観を描き、さらに言えば現代に通用する普遍的な価値観を炙り出す、それが大河ドラマというものであろう。

歴史ドラマに対しては、よく「時代考証がなっていない」という批判があるそうだが、今から150年前の明治維新頃のことだって不明なことが多い。資料にも残っていないし、誰かが語ったり記録した資料があったとしても、それが事実なのか創作なのかは、関係者がみんな地下に潜ってしまった今となっては誰にも分からないのである。
「南京大虐殺」「従軍慰安婦」はあった、なかったと、みんながそれぞれにいろんな資料や証言を持ってきて、「そんな資料は信ぴょう性がない!」「その証言はデタラメだ!」などと論争している、アレである。もっとも、太平洋戦争は生存者がいるのでちと話は違うが、その資料・証言の信ぴょう性、というのは歴史認識を議論する場合の最も難しい課題だろう。挙句の果てには言葉の問題になって、「大虐殺とは何人殺したらそうなのだ?」「5人殺害でも立派な虐殺だ」とか「軍の強制があったのかなかったのか」などとなる。色んな思想・思惑を持った人がいて、一筋縄ではいかない。

話が逸れたが、よってもって、歴史を小説やドラマから学ぼうとすると、落とし穴に陥る。そこで描かれていることが事実かどうかは分からないからだ。
僕は、以前司馬遼太郎『坂の上の雲』のドラマを見、小説を読んで、旅順攻略において、失敗に失敗を重ねた乃木希典を、最後に助けて形勢をひっくり返したのは児玉源太郎だと信じていたが、どうもそういう資料はないそうである。

同じく司馬遼太郎『燃えよ剣』での近藤勇は、『新撰組!』とはだいぶ違う描かれ方をしているが、これもどちらが正しいとか断定するのは難しいし、フィクションとなればそういうこと自体を議論するのが無意味だし、ましてスマップが主演のドラマでは、表現に何かと制約も出てこよう。
分からないことは脚色して書く。テーマは両方とも「男の生き様」だろう。『燃えよ剣』では土方歳三の、『新撰組!』では近藤勇の、それぞれの生き様を描いたわけである。そのテーマを描くうえで、枝葉の仔細的時代考証はほとんど意味をなさない。小説もドラマもフィクションなのだ。
それにしても、土方ほど筋の通った生き方があるだろうか。時代と彼の立場がそうさせたといえばそれまでだが、たとえば維新後に明治政府のあまりにも理想とかけ離れた姿を見て、「本当に倒幕維新は正しかったのか?」と苦悩したカリスマ・西郷隆盛とは明快さが違う。単純ながらも一本の太い直線を貫いて死んだのが土方である。維新を生き延びた革命者たちは、革命後その事の重大さにうろたえ、苦悩したという意味では、革命のために命を投げ出し、そこで死んだ人々は、ある意味幸せだったのかもしれない。


それにしてもどうでもいいことだが、『新撰組!』で僕が滑稽に思うのは、座敷で二人の会話中、会話が重要なポイントに差しかかると、一方が思案顔で立ち上がり、障子の開け閉めをすることが多い。で開け放った障子口に立ち、中庭を見ながら会話を続ける。あれは習慣的にそうだったのだろうか、それともただの演出か。

まそれはともかく、汁粉屋とか沖屋とか、羽織袴、裃とか、草履とか大小とか、昔の人々の風俗習慣などを見るのも歴史ドラマの妙味である。

ちょっと一般ブログ風になりましたが今日はこの辺で。

HOME > Myanmar > Myanmar_Diary 2015 > July 2015_(2)