2017/3/22 (Wed.) ~3/31 (Fri.)
帰国日記

バンコク スワンナプーム空港。巨大な空港で、動く歩道が延々と続く |

成田空港から千葉へ向かう |

人間椅子 千葉公演の会場、千葉ルック |

日本の風景(千葉市) |

気温12.7℃。ミャンマーのパアンにはない気温 |

日本の風景(千葉市) |

溜池山王駅から虎ノ門方面へ(東京都) |

なんか、東京 |
2017年3月21日火曜日の午後3時にヤンゴンを飛び立ったタイ航空機は、1時間ほどであっという間にタイの首都バンコクに到着。ヤンゴンとバンコクというのはこんなに近いのかと絶句する(笑)。
巨大なスワンナプーム国際空港では、乗り継ぎ場所に行くまでに20分くらいはたっぷり歩く。
成田行きのゲートの近くの椅子に座り、待つことおよそ5時間。
夜10:30にバンコクを飛び立った飛行機は、定刻よりも早く、22日朝6時過ぎに成田空港に着陸。
いつものように機内ではほとんど、いや、全く眠れず。もちろん、眠ろうとしての結果だ。
機内では、眠れないので、映画『お父さんと伊藤さん』を見た。劇中、54歳の中年男(リリー・フランキー)と34歳の女性(上野樹里)が付き合っているのだが、私のような中年独身者への賛歌的映画なのだろうか(笑)?
一般人の評価として、リリー・フランキーには「カッコいい」という形容詞が当てはまるのだろうか。まぁ、「蓼食う虫もそれぞれ」だと言ってしまえばそれまでだが。
飛行機に乗っている間に日付けは変わり、3月22日水曜日。
朝6時過ぎ、成田に到着し、疲労感とともに飛行機を降りる。ついに日本に帰って来た。今回は一時帰国ではない。
バゲッジクレームで大荷物を受け取る。スーツケースに段ボール2個。荷物キャリアを使わないと運べない。こんなものを使ったのは何10年ぶりだろうか。
税関を経て、ちょうど7時頃、到着ロビーに出る。
友人の岡が迎えに来ていた。出口から出てくる人の中から私を探したらしいが、私が怪しいカウボーイハットをかぶっていたからしばらく気づかなかったらしい。私が気づいて声をかけた。
岡の車に大荷物を積み込み、千葉へ。いつもは東関東道で千葉に帰るのだが、今日は珍しく横芝、芝山経由で東金道に乗って帰る。岡の話だと、こっちの方が高速料金が20円ほど安いからだという。
家に帰りつく。風呂に入る。湯船のお湯が信じられない。こんなに気持ちいいものだとは。
そして、眠る。
あまり眠れなかったが、午後4時頃に起き、出かける。今晩は人間椅子のライブ鑑賞だ。1年前の去年3月、一時帰国したとき以来、2度目の人間椅子体験。
まずローソンでチケットを入手しないといけない。ミャンマーにいた頃に、友人の石坂に頼んでチケットは購入してもらっている。ローソンチケットとかいうもので、ローソンの端末を操作してレジで発券してもらう、というシステムらしい。
ところが、千葉駅周辺にまったくローソンがない。セブンイレブンかファミリーマートかヤマザキデイリーストアしかないのだ。交番で聞いてみると、一番近いローソンは、歩いて5分以上かかるところだった。6時半開場、7時開演で、7時までには会場に入らないといけないが、あまり時間がない。
半ば走ってローソンに駆け込み、無事チケットを入手。折り返してライブハウスへ向かう。6時50分、開園10分前になんとか入場。
前回の赤坂ブリッツは定員1100人くらいらしいが、今回の千葉公演の会場「千葉ルック」は、多分200人も入れないのではないだろうか?という小さなライブハウスである。よって演奏者との距離が異常に近く、まさに究極のライブ感。ステージらしき台もないので、高さは演奏者と聴衆で同じ。一体化。
ライブハウス内は超満員。私はギリギリに入場したので一番後ろの方で見たのだが、それでも人間椅子のメンバーとの距離は、10mもなかったと思う。
アンコールは2回。充実した2時間だった。
3月23日木曜日。
本屋で『地球の歩き方 ミャンマー編』最新版をパラパラとめくる。目が点になる。なんと、パアンが載っているのだ。そうか、ついにパアンが観光地として日本人に紹介されることになったか。
私が持っている『歩き方』は、2008年-2009年のものなので、いまから9年前の版である。いつからパアンが掲載されたのか知らないが、近年のミャンマーは、世界でいま一番変わっている国のうちの一つだろう。
今まで軍政下で外国人の移動は厳しく制限されていたが、2011年の民主化転換以降、外国人に多くの場所が開放された。
パアンやネピドー、その他の街の観光案内が『歩き方』に載る時代となったのである。
パアンに日本人観光客が少なくて白人観光客が多いのは、ひとえに『歩き方』にパアンが載ってなくて、『ロンリープラネット』には載っているからだと私は思っている。
これで今後、パアンにも日本人観光客が訪れるに違いない。洞窟寺院や山など、見所は随所にあるので、そういうのが好きな人なら旅行者として楽しめるだろう。
3月24日金曜日。晴れ。
朝から健康診断。これまた1年ぶり。
10時半には全検査が終了。オプションで胸部CTと、脳梗塞リスクマーカー検査(血液)、前立腺がん検査(血液)を受ける。
それにしても3月の日本は寒い。最低気温5℃~6℃、最高気温が15℃前後。これはまったくミャンマーの気温とかぶっていない。帰国直前のミャンマーの気温は、最低が25℃前後、最高は35℃前後。今の日本の気温は、最低、最高とも20℃くらい低い。25℃~35℃の世界から、5℃~15℃の世界にやってきたわけである。
そりゃぁ、寒いわ。さすがにミャンマーに3年いたので、彼の地の高温に身体は順応した。慣れ親しんだ日本に戻ったとはいえ、この低温に慣れるまでにしばらくかかりそうだ。もう若くもないし(笑)。
そして、バガン以来の下痢がまだ続いている。いや、当時のひどい下痢ではないが、下痢気味なのである。気候の急激な変化も関係していると思われる。それと、変な虫か何かが胃腸にお住まいになっているのかも知れない。
いずれにせよバガン以来もう2週間たつので、この下痢続きはあまりいい傾向とは言えない。
3月26日日曜日。
日本に帰って来て思う、ミャンマーでの生活との違い。今更ですが。
■毎日温かい湯を張った湯船に浸かっている。極楽極まりない。ミャンマーではバスタブというものはなく、毎日がシャワーである。これはエクアドルでもそうだったが。ちなみに、エクアドルでは、毎日春のような気候なので、髪を洗うのが2日に1回だった。ミャンマーではさすがに毎日洗っていた。
ちなみに、ミャンマー人の普通の家には、シャワーはない。水を張ったタンクというか、浴槽のようなものがあり、そこから洗面器で水を浴びるのがミャンマー式入浴である。
■虫がいない。ミャンマーでは年がら年中外でも家の中でも、蚊を筆頭として虫だらけだが、日本にはこの時期、家の中はもちろんのこと、屋外でも中にも虫はほとんど見当たらない。
■靴下を履く。ミャンマーではほとんど靴下を履かなかった。日本では外出時、毎回靴下を履く。ミャンマーでは、足裏というのは、常に汚れているものだったが、日本では違う。
■日本ではTシャツは3日間は連続で着れる。汗をかかないのだ。ミャンマーなら数時間で汗だく。
■埃が少ない。さすがコンクリートで塗り固めた世界だけのことはある。ミャンマーでは、普通に土の地面なので、そこから舞い上がる埃や砂と常に共存しなければならない。家の中でも、モノはすぐに砂埃をかぶって汚れる。日本では全くそんなことがない。清潔性、衛生事情の違いをまざまざと感じる。
それと、日本に帰って来てから、足が痒い。特に太もも。風呂に入って湯に浸かるとてきめんに痒くなる。日本は乾燥しているからだろうか?ミャンマーでは肌には常に汗がにじんでいる王な状態だったから、乾燥して敏感肌になっているのかもしれない。やれやれ。
3月28日火曜日。晴れ。
東京事務所へ出勤。明日の報告会の事前準備と退職手続き。そして残務。
通勤途上で、履いていた靴の底がパカッと取れてしまった。
仕事は7時に終わり、私ともう一人退職者の送別会。近くの中華料理屋。
同僚のOさんは、バイクと『男はつらいよ』をこよなく愛す50男だが、寅さんゆかりの地、つまり『男はつらいよ』のロケで使われた場所とか寅さんが行った場所とかをバイクで巡っているそうである。当然、それは日本全国に分布している。寅さんキチガイというか、『男はつらいよ』の熱狂的なファンというのは私の周りに今までいなかったので、妙に新鮮だった。
3月29日水曜日。晴れ。
今日は東京で3年間の事業報告会。去年も同じ会場だったが、今年から本事業のドナーとなった日本財団の本部ビルの会議室。虎ノ門にある。
報告会は午後6時45分からスタート。今回は聴講者が少ない。わずか6名。
45分間のプレゼン。聴講者が少ないせいか、プレゼン後の一人一人の質問数が多い。延々と質問に答える。時間オーバーし8時頃終了。
これで私の仕事も一段落。
3月31日金曜日。晴れのち雨。
当初今日は出勤予定はなかったのだが、残務が終わらないので午後から出勤する。
午後7時まで仕事して、この職場ともサヨナラ。
明日から2度目の無職生活が始まる。
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