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ミャンマー日記(2015年5月)
2015/5/30 (Sat.)
久々の観光、チャイッカミとサッセ 晴れ時々雨@パアン
 
ゴム園。整然とゴムの木が並ぶ。
 
樹皮を剥がし、そこから白い樹液を椀にためる
 
チャイッカミの水上寺院、イーレーパゴダ
 
記念撮影
 
サッセの海水浴場
 
 
 

私が勤める技術訓練学校では、昨日で前期が終わり、修了証書授与式を執り行った。今日は慰労とレクリエーションを兼ねて、モン州の観光地に車とトラックを連ねていくことにした。参加者は10人くらいのスタッフと、10人くらいの卒業生。

パアンを出た車は、途中田舎茶屋で休憩。ここは隣接してゴム園が広がっており、まさに今ゴムの樹液の採取シーズンなのだろう、整然と並んだゴムの木には、汁椀のような器がセットされ、樹皮に傷をつけ、そこから白い樹液がその椀の中に溜まるように剥いた樹皮で誘導路が付けられている。椀の中を見てみると、どの木も白い樹液が少し溜まっている。
モン州やタニンダーリ管区は、ゴムの生産で有名なところで、車で走ると延々とゴムの木が植わっており、家の軒先には、シート状に延ばしたゴムを物干しざおに何枚もかけて天日に干している光景をよく見かける。

再出発した車は、モン州を南する。州都モーラミャインを通り過ぎ、太平洋戦争時連合国の捕虜収容所があったムドンを過ぎ(ムドン収容所は、『ビルマの竪琴』にも登場する)、チャイッカミという、アンダマン海に面した海沿いの街に着いた。ちなみに、モーラミャインは太平洋戦争時、日本人には「モールメン」と呼ばれており、大戦末期に連合国軍の逆襲に対して敗走した日本軍ビルマ方面軍司令部が、ラングーン(現在のヤンゴン)を放棄して撤退した先がこのモーラミャインであった。

さて、チャイッカミである。ここは海に突き出した、イーレーパゴダという水上寺院で有名である。海の上に作られた回廊を歩くと、突き当りに寺院本殿があり、建物が波で洗われている。
「ミャンマーのモンサンミシェル」と言ってよかろう。

海の色は川の河口に近いからかそれとも雨季が始まって雨が降り始めたからか、茶色く濁っている。これが常時の色なのだろうか?

寺院の通路にはところどころ波がそのまま乗り上げてきて、裸足で歩く参拝の人々は、海水の中を歩く。
海とイーレーパゴダを見下ろす高台に金色のパゴダが建っている。ここから見るアンダマン海は、やはり茶色に濁っている。空はいつの間にか晴れ、雲はあるが日差しが落ちている。

チャイッカミ・イーレーパゴダ写真集

チャイッカミを後にし、車はさらに南へ向かう。再び太平洋戦争時の負の記憶をよみがえらせるタンビュッザヤが近い。タンビュッザヤは、タイとビルマを結ぶ泰緬鐵道のビルマ側の終点だった街であり、泰緬鐵道の建設といえば、日本軍による連合国軍捕虜の過酷な強制労働が問題になった。映画『戦場にかける橋』を思い出す方も多かろう。
タンビュッザヤの近くにある、サッセという海水浴場へ。

サッセはミャンマー人に人気の大衆海水浴場。広々とした砂浜と遠浅の海。浜に建ち並ぶ食堂やお土産屋。トイレやシャワー設備。この大衆さと浜の雰囲気は、どう見ても九十九里浜である。私のホームビーチ、九十九里浜を思い出す。

まずは海の家のような食堂で腹ごしらえ。ミャンマーカレーと、トマトと海草のサラダ。これは初めて食べた。時々唐辛子の切れ端が辛いが、良い。ミャンマー人は、特に山岳地帯に住んでいる人に、ヨウ素不足に原因があるとされる甲状腺関連の病気が多いが、これなら海草でヨウ素も摂れるし、いい料理じゃないか。

食後、浜へ出る。海水は茶色に濁っているが、ミャンマー人たちはお構いなしに水に飛び込んでいく。ミャンマー人の海水浴で面白いことは、男性も女性もみんな、ほとんどが服を着たままで泳ぐ、ということである。ミャンマー人スタッフに聞いたら、「これがミャンマーの海水浴スタイルだ」とのこと。水着を着る文化がないのか、肌を露出するのを良しとしないのか。大部分は仏教徒ですが。

この浜が九十九里浜と違うところと言えば、浜でのエンターテインメントがいくつかあるということである。メインは、乗馬と4輪バギー乗り。広々とした砂浜を、馬に乗っててくてく歩く、もしくはバギーに乗って縦横に駆け巡る、という趣向である。
料金は、乗馬の方は1000チャット(約100円)ほど。引き手に引かれて、てくてくと歩き、Uターンして戻ってくるだけの単純なものだが、なかなか気分は良さそうだ。
浜にはたくさんの馬飼いがいて、浜に出ている人たちに馬を連れて近づき、「どう、乗りませんか?」と営業を仕掛ける。馬を連れているのは子供が多い。
バギーも似たようなものだ。料金もきっと同じくらいだろう。
バイクに乗った若者も営業にやって来る。バイクに乗って浜を疾走しないか?というわけである。

さて、生徒たちが浜でサッカーを始めたので、私も加わることにする。エクアドルの職業訓練校に勤めているときは生徒たちとよく休み時間にサッカーをやったが、ミャンマーではこれが初めてである。
エクアドルの若者に比べ、ミャンマーの若者のサッカーの技術はだいぶ低い。ミャンマーにも上手い奴もいるが、平均すればやはりエクアドルの方が断然上である。南米ではサッカーとはもう文化であるので、子供たちは幼少のころからボールを蹴っている。ミャンマーでもサッカーは人気スポーツだが、南米ほどの浸透度ではない。
久しぶりに体を動かしたので、体が思うように動かない(爆笑)。歳を取るのは嫌なものだ。
30分くらいやってみんな何となしに再び海の中に戻っていってサッカーは解散となったのだが、気づくと足が痛い。右足の人差指が突き指し、さらに切り傷で血が出ている。相当痛い。帰り際には関節が青黒く変色し、腫れ始めた。

そうこうして2時間くらい遊びまくって、最後はヤシの実ジュースで一服。
ココヤシは、中の汁を飲み終わると、ナタで果実を真っ二つに割ってくれ、汁が入っていた中の空洞の外側にある柔らかくて甘い果肉をスプーンですくい取って食べる。これが良い。

サッセ写真集

今日は散々遊びまくった一日で、スタッフも卒業生も楽しそうだった。6か月に1回くらい、各期に来てもいいくらいの充実した遠足。

 
 

2015/5/25 (Mon.)
イナゴ 晴れ時々雨@パアン
 
イナゴ

オフィスで仕事をしていると、女性スタッフから差し入れがあった。
それは、イナゴのようなのの焼いたもの。ほとんど姿焼きである。どうやらたくさん焼いてきたらしい。スタッフみんなに配っている。今が旬なのだろうか。
口に入れ噛んでみると、まぁ、味はあまりないが、全体的にカリッとしていて悪くはない。
2015/5/22 (Fri.)
羽虫大発生! 晴れ時々雨@パアン
 
羽虫の死骸。無数。
 

雨季に入って雨が降った直後だからだろうか、羽虫の大発生と集団大死滅が甚だしい。
何匹くらい、ととても数えられないほどの数である。
大発生して、すぐに死んでゆく。彼らの生は彼らのために何か役に立ったのだろうか。それとも他の生物の役に立っているのだろうか。

自然は無駄も多いのかもしれない。
それとも、これもやはり人間が生態系をかき乱した結果なのだろうか。

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