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ミャンマー日記(2016年11月)
2016/11/14 (Mon.)
卒業生との会食、満月の日 晴れ時々曇り@パアン
自動車整備科同窓会![]()
集まる人々
カレン州庁舎の前の道には、だいぶ明るいライトが設置されていた。![]()
今日は満月の日で祝日。土日と合わせて3連休である。
今日は昼前に自動車科のスタッフと卒業生の一人が私の住むスタッフ宿泊所にやって来て、「これから一緒に昼飯を食おう」と言う。
レストランに行ってみると、自動車整備科第2期の卒業生が7,8人と第1期卒業生が1人集結していた。奴らの何人かは、昨日のウチョウミョウウの結婚式に出ていた。そのままパアンに移動してきて、近くに住んでいる同級生と連絡を取り合って、この同窓会が開催の運びとなったのだろう。
みんな元気そうだった。ヤンゴン、マンダレーの日系自動車会社で働く者から地元でブラブラしている者まで、まぁ、こんな場ではみんなさしたる人生の悩みはないかのように楽しげだ。
そこには、見慣れない日本人が一人混じっていた。聞くと、ヤンゴンでメカニックをやっているという。さらに聞けば、我々の卒業生の何人かが働いているミャンマーローカルの自動車整備工場で働いているという。
彼とはミャンマーの整備士事情や技術について話した。私は来週ヤンゴンに行く予定があったので、彼の整備工場に訪問することを約束。
シュエチャパというタイ・中華レストラン。タミンバウンと言う中華丼を食す。朝飯を食ったばかりであまり腹は減ってなかったが、なかなかいける。
昼間からビール。久しぶり。
食事の後、スタッフ宿泊所に戻って、私と自動車整備専門家のK氏、自動車整備科講師に対して、再び感謝の意を表するささやかな儀式をやって、解散。
夜。今日は満月の日。街はろうそくで彩られる。夕暮れ時、自転車で街を走ってみる。
私のスタッフ宿泊所のすぐ近くでは、即席のイスとテーブルが並べられ、集まった近所の人々が何やら飲み食いしながら歓談している。僧の説教でもあるのかもしれない。
先週金曜日まで開催されていたカレン州祭りの会場は、ゴミもあらかた片づけられ、広場の一画ででゴミを燃やしているのだろう、火がたかれていた。犬たちが残飯を探してうろついている。
祭りのあとはいつも寂しいものだ。それが夕暮れ時ならなおさらだ。
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会場前は大通りなのだが、ここにはいつのまにか立派な街灯が連なっていた。確か私が近くに住んでいた1年前まではこんな立派な2連街灯(先端で二手に分かれて二つの電球が付いているタイプ)なかったはずだ。開発急、というところだろうか。この通りは決して交通量が多くはないが、カレン州庁舎前の道であるから、それなりの威容が必要だと考えたのかもしれない。
自転車でカンタヤー湖の脇の遊歩道を走る。湖上の通路が色電飾でライトアップしている。もう辺りはすっかり暗くなってしまった。自転車にライトが付いていてよかった。
暗がりの遊歩道では、カップルが寄り添って愛を語らっている(笑)。そう、カンタヤー湖周辺の遊歩道は、恋人たちの聖地、いや、溜まり場なのだ。
やはりミャンマー人も隅に置けない。だが、さすがに性行為(もしくはそれに近い行為)に及んでいるような雰囲気は全く見られない。あくまでプラトニックな状態である。野外でセックスなんて、ミャンマー人にしてみたら考えられないことだろう。
湖を離れ、通り掛かったパゴダがライトアップしている。通りもろうそくと燈籠で幻想的な雰囲気。
パゴダに寄る。靴を脱いで敷地に入ると、ライトアップされたパゴダの周りに、たくさんのろうそくが皿に置かれて瞬いている。座って祈りを捧げる人々。
パゴダの前では、若者たちのグループが道端にロウソクの列を立てて、一つ一つに火を灯している。
自転車で家に戻る。
提灯というか燈籠が道端に張られた紐に吊るされて、夜の道をほのかに彩っている。これらは日本のような電球ではなく、中にロウソクが入っている。まさに迎え火。
ロウソクに灯を灯す子どもたち。金持ちそうな家ではその家の豪勢さに比例してたくさんのロウソクが門や塀、外の地面に並べて灯されている。
やはりこの11月の満月の日は、仏教徒にとって1年の中でも特別な日なのだと実感する。
満月の日(2016年11月14日) 写真集
2016/11/13 (Sun.)
結婚式とチャイティーヨー 晴れ時々曇り@チャイトー
結婚式というか結婚祝いに集まった感じ
新郎新婦
新郎新婦と卒業生たち
我先にとトラックに乗り込む人々。インドの列車のよう
満席のトラック荷台
恐るべき急斜面の急カーブをトラックは青空に向かって登る
寺院入口
広場でダベる人々
ゴールデンロック(チャイティーヨー・パヤー)
ゴールデンロックに金箔を貼り、祈る人々
ゴールデンロックに向かって祈る人々
今日は我々の団体に勤めるミャンマー人職員の結婚式がある。新郎は、自動車整備科のチーフインストラクターで、名前はウチョウミョウウ、男性29歳。新婦は以前我々の団体に勤めていた女性で、名前はチェリー、27歳。
当時から二人は付き合っていて、交際歴は2年近いだろう。
私はウチョウミョウウには常日頃、「お前、いつ結婚するんだ?」と聞いてきた。1年くらい前には「2016年に結婚する」と言っていたのだが、半年ほど前には、「2017年」と1年後ろ倒しになっていたのでやきもきしていた(笑)のだが、この度急転直下なのか、何があったのか知らないが、ついにゴールの運びとなったのである。
式に呼ばれたので、スタッフと一緒に、式場のモン州チャイトーへ行くことにした。
朝6時過ぎ、パアンを出発。チャイトーの街は、パアンからヤンゴンに向かう途上、モン州にある。パアンからは車で3時間くらい。
チャイトーはチェリーの実家があり、今日の式はそこで行われる。ちなみにウチョウミョウウは北西部のラカイン州出身である。
チェリーの家は、チャイトーの街に入る前、幹線道路を未舗装の道路に入ってしばらく行った森の中ともいうべき場所にあった。
8時半ごろに到着。思ったより早く着いた。
デカいスピーカーからロック音楽が大音量で流れ、家の庭のような部分に多くのテーブルと椅子が並べられている。来賓者はそこで食事をしている。朝食か。このロック音楽は、新郎新婦の選曲なのだろう。
ミャンマー式は、神前とか教会での堅苦しい式はなくて、二人の結婚を祝う人々が集まり、開催側から振る舞われる食事をいただき、歓談する、というごく緩いもの。誰も礼服など着ていない。普段着そのまま。いや、ひょっとしたら式自体はもうどこかでやったのかもしれない。
新郎はスーツ姿、新婦は白いウェディングドレスを着ている。ウェディングドレスは日本の式でよく見かけるような仰々しいものではない。
我々は彼らに歓迎され、すぐに食事を勧められる。朝食は食べてきたが、まぁ朝早かったので食べられないわけではない。だけどまだ9時前、朝だ。
新郎新婦の両親が挨拶に来てくれる。新郎側の親族は家が遠いせいもあり、両親だけのようだ。チェリーの父親は、私に会ったことがあるという。どうやら、パアンに来て私が勤める団体の事務所に来た時らしい。チェリーも以前1年くらい一緒に働いていたのだ。
技術訓練学校の卒業生も何人か来ていた。新郎は、我々の学校のれっきとした先生である。教え子が来てくれるというのは嬉しいだろう。
食事を終え、チェリーの家に上がって、親父さんらと歓談する。家で採れたという果物を振る舞ってくれる。グレープフルーツにバナナなど。
楽しい歓談は終わり、10時前には辞去することになった。
「えっ、早過ぎない?」と思ったが、これから我々は、近くの大観光地、チャイティーヨーに行くことにしていて、スタッフ連中は今日中にパアンに帰れるようにとスケジュールを組んでいるらしい。
新郎新婦に挨拶し、一行は車でチャイティーヨーに出発。ヤンゴンに向かう幹線道路を途中で右折し、山に向かって走る。30分ほど走ると、チャイティーヨー直前は空前の大渋滞に見舞われていた。
どうやら今日は観光には最悪の日のようだ。雨季が終わり晴天が続く乾季となり、3連休の中日、しかも明日は仏教では重要な祝日、満月の日に重なり、ミャンマー各地でイベントや祭りや仏教行事が行われている模様。人々はヤンゴンから、ミャンマー各地から、この仏教徒の聖地、チャイテーヨーに押し寄せている。ヤンゴンからも車で3時間ほどなので、大型バスの姿も多い。
全くの無秩序。渋滞の後ろについた車は、しびれを切らして次から次へと並んでいる車の横、対向車線にはみ出して前へ前へと殺到するような無思慮。そして対向車がやって来て、こっちも向こうも全く身動きが取れなくなる。何しろ、チャイティーヨーの麓から出てくる車が去ってくれないと、麓に入れないのである。つまり、対向車が出ていってくれないと、こっちからチャイティーヨーに近づけないのだ。あさましい連中の無思慮な行動で、ここにいるすべての人間が迷惑をこうむることになる。
大型バスも身動きが取れず、乗客が次々に降りて徒歩でチャイティーヨーの麓に向かっている。車は全く動かなくなったので、賢明だ。車が隙間なく停まっているので、バイクもなかなか通り抜けができない。警官が出て何とか対向車を逃がそうとしているがスペースがなくてうまくいかない。何しろ後ろから我も我もとばかりに車が対向車線にも並んでしまったため、対向車と面を突き合わせる形となり、お互い全く動けないのだ。
結局全く車が動かないので、我々もドライバーを残して車を降り、麓のトラック乗り場まで歩くことにした。私はスタッフが急かすので、近くにいたバイクタクシーを拾ってすぐそこの(まったくすぐそこだった!)トラック乗り場まで行った。わずか1分くらいしか乗っていないのに、バイクタクシーの運ちゃんが法外な値段を要求したので、スタッフが激昂。結局1500チャットくらいを払う。それでもバカ高。
山の上にあるチャイティーヨーまでは、営業を許可された指定のトラックの荷台に乗っていくことになる。チャイティーヨーまでの山道は、普通の車は乗り入れ禁止のようである。
トラック乗り場も多くの人でごった返している。次から次に空のトラックが来て、それに我先にと怒涛のように人々が乗り込んでいく。その様はまるでインドの列車に乗り込む秩序のない人々とそっくりである。
我々も何すでにほぼ満席になっていたトラックに、何とか隙間を見つけて乗り込む。トラックを走らせる側も、とにかく乗客を詰め込んで、1チャットでも多く稼ごうとする。トラックの荷台には、1列に6人くらい座れるシートが7列くらいあって、そこに乗客がギュー詰めに押し込まれる。満員になったら発車進行。
トラックは山の側面に削られた、つづら折れの急斜面を登っていく。ヘアピンカーブ、低速ギアでエンジンがうなりを上げる。日光のいろは坂状態。だがトラックはふそうや日産ディーゼルや三菱など、見たところ日本車がほとんどのようなので、この過酷な坂道でも問題なく上がっていく。
この延々と続く坂道を、トラックは隊列を組んでガンガン登っていく。
途中で料金所のようなところでトラックは停まり、集金員がトラックの荷台に上がって来て、集金する。一人2000チャット(約200円)。ミャンマーの物価からすればバカ高だ。しかも帰りにもこの2000チャットが取られるのである。往復4000チャット。まさにこれしか交通機関がないことをいいことに、典型的なボッタくり。
途中から山の上の方を走るようになり、見渡す限りの山の風景が広がるようになる。より低い山が、延々と連なっている。山の斜面をバスが走る。エクアドルでキトからサントドミンゴに行ったときの山の風景を思い出した。
そうして30分くらい坂道を登り続けると、山の上の操車場に着く。ここがチャイティーヨーだ。ここにも帰りのトラックを待つ人々がたくさんひしめいている。
チャイティーヨー。ミャンマーにおける仏教徒の聖地である。山の上には寺院などの仏教施設があり、門前町のような商店街もある。食べ物を売る露店もずっと連なっている。何軒かのホテルまである。交番もある。山頂の街である。
ここから見渡す限りの緑の山々の連なりは、日本の山々も思い出す。
両側に商店やホテル、露店が並んだ参道を歩いていく。チャイティーヨー寺院へ向かう。参道は参拝客で埋め尽くされている。
4人の男たちが担ぐ担架のような乗り物に乗ってチャイティーヨー寺院に向かう年配の人が割といる。彼らは人並みを追い越して前に進んでいく。
また、宿泊客の荷物だろうか、山のような荷物をカゴに入れて背負って急ぐポーター的な人たちも多い。
寺院入口が見えてくる。ここには門の両側に巨大な獅子像(?)が設置され、口を開けて参拝者を威嚇しているようである。
ここで参拝者は靴を脱ぎ、裸足になって門までの階段を上がり、門をくぐる。ここからは聖域なわけである。
ここで何と言っても有名なのは、金色に塗られ、崖の上に微妙なバランスを保って置かれた岩、ゴールデンロック(チャイティーヨー・パヤー)である。このゴールデンロックの上には仏塔が設置されている。
このゴールデンロックに金箔を貼ってお祈りするとご利益があるらしい。だがこの岩には女性は触れず、男だけの金箔貼りとなる。
『地球の歩き方』によれば、この岩の上にある高さ7mの仏塔に納められた仏陀の頭髪が、この岩の微妙なバランスを取っているのだという。
ゴールデンロックの周りには寺院や仏門が並び、広々として広場のような場所には、無数の人々が場所をゴザを敷き、弁当を広げてくつろいでいる。ほとんどもうスペースがないほど人で埋め尽くされている。布をテントのようにして張って、そこで眠るようにしている人たちもいる。どうやらこの人たちはここで夜を明かすらしい。ご来光を拝むのだろうか。
始めてみるゴールデンロックは、話に聞いていたほど不安定な感じではなかったが、それが立つ山頂からの景色は、爽快そのものだった。緑の山々が連なる。なんか、久しぶりに日本のような風景を見た。
だが、3連休の中日、満月の前日、あまりにも人が多過ぎる。来る日を間違えたようである。ここで夜を明かす人々は、満月という神聖な日にここで祈る、ということなのかもしれない。
ゴールデンロックには、男たちが小さな金箔シールを貼って、祈りを捧げる。ちょっとした階段を下って岩の置かれた狭い平面に降りるのだが、ここは男性しか入れず、しかも写真撮影禁止、入口で係員がボディチェックをする。この岩の「聖」ぶりが分かる。
私も階段を下りて間近で金色の岩を眺めてみる。表面はなめらかと言うよりは凹凸がある。だがその凹凸も、何重にも重ねられた金箔がすべて覆い隠し、妙に新しい感じの明るい金色をしている。もっと細かい目で見ると、岩の表面は砂岩のようにザラザラしている。細かい粒状の手触りだ。
男たちは我先にと金箔を貼っている。
ゴールデンロックからは、山の尾根に造られた街が見下ろせる。今まで歩いてきた参道もいわば町のようなものだったが、反対側には、普通の家々が並ぶ文字通りの街が開けている。山頂によく造ったものである。この家々は、僧の住まいだろうか。
また尾根伝いに、別の山頂にあるパゴダが見える。ミャンマーでは、山の上にほとんどと言っていいほどパゴダがある。
40分くらいゴールデンロック周りを散策した後、降りることにする。参道を戻り、下りのトラック乗り場で再び空のトラックを探す。だが、完全なる無秩序。日本だったら、このような状況では、どこから先発して後発はどこ、という具合に出発する順番を明確に表示したプラットフォームを造り、それに合わせて乗客も並んで待つ、という具合に整然としているが、ここでは全くそのような発想がないようである。どこからトラックが発車するのか分からない。空のトラックが操車場の奥まで来ることもあるし、入口付近までしか来ずにそこで乗客を乗せる場合もある。要するに乗客としてはどこで待っていればいいのか分からないのである。、とにかくどこに来そうか、鼻を利かせるしかない。これぞ無秩序。
我々も場所を移動しながら、次の空トラックが来そうな場所で待ち、何とか乗り込んだ。
帰りは急斜面を下る。途中、再び2000チャットを払う。
山を下りて、麓がまたまた大渋滞で、操車場までたどり着けない。車が多過ぎて、トラックはずっと停止している。20分くらいして、乗客は下りて歩き始めた。我々も歩くことにする。
麓の操車場に戻る。とんでもない日に来てしまったものだ。ミャンマーでも狂気のように混雑することがあるのだと妙に感心する。それだけチャイティーヨーに満月の日に行きたいという信心深い仏教徒が多いということか。
チャイティーヨー 写真集
チャイティーヨー 映像①
チャイティーヨー 映像②
帰り道。午後4時過ぎにチャイティーヨーを出発。パアンまでは3時間ほど。
日が暮れてくる。
明日はスーパームーンとのことで、月がデカい。
車窓には、丸い月を背景に、金色に光る仏塔や水上寺院が流れていく。
揚げ物売り(チャイティーヨー)
スーパームーンと仏塔
モン州のタトンで再び大渋滞している。街の中心部で祭りが行われている。ヤンゴンやネピドーに行くときに必ず通る町だが、まさかの夜の大渋滞。警官が出ているが、さばききれない。アホなことに、渋滞にしびれを切らした奴らが、対向車線を逆走して渋滞の列を抜こうとするのだ。そして対向車がやって来てチン。お互い身動きが取れなくなる。全く、ちっとは脳味噌使えよな、馬鹿どもが。チャイティーヨーと全く同じ状況。
パアンへの曲がり角のT字路までたどり着き、ここを車は左折。しかしふたたび渋滞。道路はライトアップされ、両側に店が出ている。祭りを楽しむ人の波が道路の両側を流れていく。こんなん、通行止めにして歩行者天国にしろよな。
我々の後ろから消防車が2台、サイレンを鳴らしてやって来る。渋滞しているので、当然消防車は反対車線を逆走して先を急ぐ。だが、対向車が来て、またまた身動きが取れなくなる。渋滞に突っ込んでくる消防車も消防車だ。他に道がないのだろうか。
一日中渋滞にはまる悪夢。
ようやく渋滞を抜け、パアンにたどり着いたのは午後8時過ぎ。チャイティーヨーから4時間かかった。
長い一日。
11月の満月の日の3連休、各地は祭りや観光客、参拝者であふれかえっていた。
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