2015/10/6 (Tue.)
ミャンマー総選挙まで1か月 晴れ@パアン
ミャンマーでは、来月11月8日が5年ぶりの総選挙の日である。運命の日に向けてあとおよそ1か月。ミャンマー国内はかまびすしくなってきた。
選挙立候補者のポスター看板が街のあちこちに立てられ、徐々にムードが高まってきている。
それもそのはず、今回は2010年以来5年ぶりの選挙で、2011年に政権が民政移管された後、初となる総選挙なのだ。今回、ミャンマー史上初めてかもしれない、民主的で公正な選挙が行われると予想されている。
この国では長い間軍政が敷かれていた。前回2010年の選挙では、アウンサンスーチー氏率いるNLD(国民民主連盟:National League
of Democracy)がボイコットし、軍事政権政党である連邦団結発展党USDP(Union Solidarity and Development
Party)が8割近い議席を得て圧勝した。
ちなみにその前の総選挙は前回から20年前の1990年に行われ、その時はNLDが圧勝したが、軍事政権は政権移譲はできないとして選挙結果を拒絶した。ばかりか、スーチー氏を自宅軟禁し、NLD党員や民主運動家を多数投獄した。
要するにこの国は、ついこないだまで非民主主義だったのである。まぁ別に今でも、ロシアとか中国とか、非民主主義の国はいくらでもあるので、驚くべきことではないのでしょうが。
2010年の選挙をNLDがボイコットしたのも、軍事政権下では公正な選挙が行われないことに対する反発であった。
軍政が続いたおかげで、軍人が国の富を独占した。自分たちの私腹を肥やすだけの軍人によって、富の分配がなされず、人々の生活は困窮した、さらにその非民主主義の独裁に対して欧米日本など各国が経済制裁を発動したため、ミャンマーは、東南アジアの最貧国になり下がってしまったのである。軍事政権のために、インフラ、教育、技術、あらゆる分野においてこの国は最後進国となってしまった。
イギリス統治時代、独立後と、ビルマ(この国の前称)は東南アジアの大国であり、最も豊かな地域であったと言われる。天然資源に恵まれ、勤勉な人間性で識字率も高く、そのまままともに進んでいれば、今頃はこんなザマではなかっただろう。当時のヤンゴン大学は、東南アジア最高峰の大学と言われていたそうである。
しかし、1962年のネ・ウィンによる軍事クーデターがすべてを変えてしまった。
もちろん、多くの少数民族と中央政府との長年にわたる内戦も、この国の発展を妨げた大きな要因だが、軍事政権さえなければ、こんなはずではなかったはずである。
つまり前2回の選挙は、軍事政権下で行われたため、今回は、民政移管後初の総選挙となり、しかもNLDが参戦しているので、全世界の注目を集めている、というわけである。
ただ、言うても現在の政権は民政移管されたとはいえ、2010年の選挙結果通り、重要ポストにはすべて軍人上りか軍人が就いているので、政権の顔ぶれとしては軍政の時と変わらない。しかも「議席の25%を軍人が占める」という憲法は改正されていないので、軍人優位であることはこの国では何ら変わっていない。
しかしながら、民主化への動きを現政権は確実に取っており、2011年以降、スーチー氏との対話を継続してきているし、投獄された政治犯もほとんどの釈放が決定したという。
今朝7時半過ぎの通勤時、NLDの選挙街宣車の長大な車列に出くわした。NLDは今回の選挙で過半数を取る可能性がある。私の周りにいるミャンマー人を見ていても、NLDの人気がいまだ相当に高いことが分かる。スーチー氏人気だろうか。政権運営能力はあるのだろうか。政権を取ったとしても、日本の民主党のようなことにならなければいいが。
今頃、1票でも得票しようとしてえげつない裏工作がいたるところで行われているのだろう。ま、日本でもあることだ。
いずれにせよ、長年抑圧されてきたミャンマー人が今回の総選挙でどのような民意を見せるのか、また、世界で最も有名なミャンマー人、アウンサンスーチー氏の積年の悲願達成なるか、注目である。
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