HOME > Myanmar > Myanmar_Diary 2014 > September 2014_(1)
ミャンマー日記(2014年9月)
2014/9/7 (Sun.)
お誘い 雨後晴れ 夜大雨@パアン
 

若干油が多いチャーハンの例(パアン) 

我々の事務所の家主さんから、メモリアルデーへの招待が来た。このメモリアルデーとは、家主さんの母親の命日に、故人をしのんで食事をしながら語らうという催しらしい。始めはこの故人との面識はないし、重苦しく堅苦しいものじゃないか?と行くのを躊躇したが、どうもそのような肩肘張るものではなく、そうなると世話になっている人だし取りたてて断る理由もないので、お招きに預かることにした。日曜日の朝、ウーチョウミャータンと一緒に10時半ごろに迎えの車に乗って出かける。雨が降り始め、かなり強くなってくる。

この家主さんはパアンでも有数の資産家らしく、いくつかの不動産転がしの他、パアンで唯一の映画館や、スーパーも経営している。もっとも、パアンのスーパーとは、雑貨屋を少し大きくした程度のものであり、日本人が想像するような、マルエツとかヨークベニマルとかいう類のものではない。
ちなみに、この家主さんは中国系の人である。さすがというべきか。

会場は映画館の軒先。つまり外。テーブルをいくつか並べ、招待客は思い思いに供された食事をいただく。先に来ていた私の職場の同僚、ピピさんやチェリーを見つけて安心する。彼女らは、白い、ちょっとこぎれいな服を着ている。やっぱり一応ドレスコードはあるのだろうか?と周りを見回すと、周りの人々はもろに普段着である。再び安心する。
テーブルに着くと、すぐにチャーハンが運ばれてくる。ミャンマーでは、チャーハンが大人気である。日本と同じように、大衆食堂のメニューには必ずあるほどの浸透ぶりである。ミャンマー式と中国式とあって、前者は、あまり炒めた感じではないご飯に豆が混ざっているくらいのシンプルなもの。目玉焼きが乗っていたりする。朝食によく食べる。後者はいわゆる我々が知っているチャーハンだが、どの食堂で食べても微妙に違う。パサパサのパラっと炒めた、日本で食べるチャーハンに近いものもあれば、油をなぜか大量に使い、べちゃっとした感じのも時々出てくる。具は結構どこも似たり寄ったりで、卵と野菜をベースにして、一緒に炒める肉は鶏肉か豚肉を指定できる。

さて、さっき軽くスポンジケーキの朝食を食べたばかりであったが、まぁ、食べられないことはないということで、チャーハンにスープに野菜にお菓子などをいただく。その後、家主さんの息子と英語で話をする。彼は現在アメリカ合衆国のフィラデルフィアに住んでいて、今ミャンマーに里帰りしているのだそうだ。80年代後半からの軍政による弾圧により、多くのミャンマー知識人や学生が外国に逃れたのだが、彼もその一人なのだろうか。年恰好は僕と同じくらいに見えるので、80年代後半には大学生くらいだったろう。もっとも、父親は資産家だから、アメリカに住まわせるぐらい訳ないのかもしれない。

シャンプーが買いたかったので、映画館の目の前にある家主さん経営のスーパーで購入。しかしこれが大失敗。4000チャットもしたのだ。日本円でいえば400円である。確かに大型ボトルなのだが、これじゃぁ日本より高いじゃないか?前に似たようなものを他の店で買ったときは、3300チャットだった。愕然。なんでやねん。

そうこうしているうちに話も尽きたので、家主さんにお礼を言った後、辞することにする。帰り際、マグカップのお土産をもらった。タダ飯食って記念品までもらえるなんて、来てよかった(笑)。
映画を見ていけば?と誘われたが、次の上映は午後からになるらしく、まぁ、今日のところは退散することにする。
こうして、招待された客は、てんでんバラバラに飯をいただき、てんでんバラバラに帰って行った。うーむ、ミャンマー。こういう緩さは嫌いじゃない。

夜、大雨が降り出す。雨の降っている時間は少なくなったが、まだしばらくは続くらしい。
2014/9/5 (Fri.)
マラリア・デング熱 晴れ時々雨@パアン
 
夕焼け雲(パアン)

昨日、私が勤める技術訓練学校の生徒の一人が、マラリアと診断され、入院した。症状はそれほど深刻でなく、高熱は出ていない。この生徒曰く、頭がボーっとして食欲はあまりなく、夜は眠れないとのことである。3日〜5日入院し、毎日血液検査をして経過を観察する。

雨季はそこらじゅうに水たまりができ、蚊の繁殖には絶好の環境である。よって、雨季はマラリアやデング熱といった、蚊が媒介するウィルス性の病気が流行る季節である。我々の団体でも、ここ数か月、複数の駐在員がデング熱に感染している。

先週だったか先々週だったか、ヤフーを見ていて、東京のど真ん中でデング熱患者が発生したというニュースには目を疑った。その後感染者は東京だけでなく大阪など数十名に上っているという。デング熱ウィルスを持った蚊がどのように日本に入ったのか、興味深い。海外で感染して日本に戻ってきた人を蚊が刺したのでしょうか。
また、デング熱ウィルスを持っている蚊を捕獲したというニュースも見たが、これもすごい。そんなに簡単に捕獲できるということは、相当数の蚊がウィルスを持っているのではないかと考えられるがどうなのだろうか。
国内での感染者は70年ぶりだとヤフーには書いてあったが、70年前にはどうやってウィルスが日本に入ったのだろうか。それとも、衛生環境が悪かったから、もともと日本にいたとか?

不謹慎ながら、興味深い。

HOME > Myanmar > Myanmar_Diary 2014 > September 2014_(1)