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心に残った言葉
2005年10月〜(加筆します)
(1)(2005年10月)
学生時代、東京は自由が丘のスタジオでバイトしてた頃のこと。ここには食えないミュージシャン崩れのバイトが多かった。みんな個性的で、ここでの出来事は記憶に残っていることが多い。
スタジオのオーナーはいくつもの不動産を持っている成金系のオヤッさんで、いつもスーツの肩を怒らせて店に入ってきて、うるさいことは言うが面倒見もいい、そんな激烈タイプだ。
店長はプロテイン好き、筋肉命の黒木さん。ほとんど音楽家とは無縁のように見える。
副店長は華奢で長身、端正な顔立ちと眼鏡が知的だけど内は裏腹にエグイ、金持ちの息子だけど家業を継ぐのが嫌でブラブラしてる、ピアニストの松坂さん。
俺と同年代、さえない3枚目の風貌を匂わせたギタリスト、だけど将来は音楽プロデューサーを目指す、阿久津君。
そしてこれまたさえないギタリスト、いつも何かブツブツと独り言とも愚痴とも取れない憎まれ口を流しだしている飯塚さん。
紅一点は、いつも化粧と香水がドギツいオバちゃん、音楽とは無縁の、オーナーの愛人と噂される森さん。
ある日、休憩時間にサンクスの弁当を食いながらみんなで栄養談義をしているうち、飯塚さんが一言。
「野菜が足りないと、ウンコは柔らかくなるよな〜。」
別の日の勤務中、ジーンズの似合う松坂さんの一言。
「ジーンズを洗濯するのは、1年に1回くらいかな。味が出るんだ。」
1年に1回だったか、半年に1回だったか、松坂さんが言ったのは確かどちらかだったと思うが、実ははっきりとは覚えていない。とにかく、「ジーンズは洗ってはならない」ということを僕に強烈に観念づけた一言だ。それ以来、僕がジーンズを洗濯する頻度は、極端に減った。
(2)(2006年5月)
小学生の頃、僕は父方の祖母と一緒に住んでいた。バァちゃんが僕と弟によく言ってた言葉は幾つかあるが、悲しいかなこの年頃の子供特有の無邪気、無知、人生の先輩に対する敬意の欠如や理由のない反抗心、といったものから、いつもバァちゃんの言うことをうるさい小言のように聞き、親身に取り合っていなかった。だが、その中で今の僕にいまだに影響を与えているものがある。
「ラーメンは汁を全部飲んじゃダメだよ。塩分取りすぎになるから。」
なるほどそんなものかな、と当時は思っていた。バァちゃんは、こと食事や栄養のことに関してはよく僕らに何らかの教訓を与えていた。僕は元来薄味派なのだが、ひょっとして子供時代にいつも聞いていたこのバァちゃんの教えから「塩分取りすぎちゃいけない」という無意識が働いて薄味好みになったのかもしれない。バァちゃんが作る味噌汁は薄味だった。
僕は今でもラーメンの汁を全部飲むことはまずない。「出された食べ物は残さない。作ってくれた人に失礼だから。」という理由で、またただ単に腹が減っているから、という理由でラーメンの汁まで全部飲む人も多いが、こんなわけで僕は違う。
バァちゃんの言ってることは本当に正しいのかどうかは分からない。が、これを実践するのは、バァちゃん孝行できないままに別れることになった僕のせめてもの罪滅ぼしと言うか、いや、バァちゃんが僕の中にいまでも生きている証と言うか、全く個人的な話だけれど、そういうものを僕は抱えて生きていくべきだと思っている。
(3)(2006年5月)
高校時代、社会の公民の時間。中年の男性教師の容貌は、メガネをかけ、丸顔でちょっと頭の薄い、小太り風丸みを帯びた体型で、髪の毛を減らした萩原健太か、またはちょっと地味な大橋巨泉のようであった。彼の語り口は勢いのある小気味いいもので、ユーモアを随所に交え、話を聞いているだけで飽きない話術を持っていた。その時間、どんな文脈でそういう話になったのかよく覚えていないのだが、おそらくは当時の社会風俗とか若者文化とかそういう話題だったと思う。いや、当時の若者の乱れた性交渉を憂えた話だったかもしれない。教師は突然言い放った。
「男なんてものは、街を歩く女性を、すべてセックスの対象として見ているんだ」
この言葉が教師の口から放たれたとたん、室内の空気は、一瞬何か電撃でも走ったかのように震えた。声にならないどよめきが教室にいる全員から湧き上がる。突然の直接的猥褻表現、とりわけ「セックス」という高校生の僕らにとってはかなり特別な響きを持つ言葉を、僕らは「先生ってば、そんな恥ずかしい言葉を、何の臆面もなくストレートに・・・」的思いで聞き、驚愕した。僕が通ってた高校は共学だったから、教室には当然女子もいる。
そりゃぁ正論だ。自明の理だ。三島由紀夫も小説の中で同じ意味のことを書いている。
街ですれ違う女性の服を、自分の頭の中で脱がせて裸にする、なんて普通の男なら誰でもやってることだ。
高校時代の教室で聞いた言葉で記憶に残ったものがほとんどない中で、この言葉だけはその内容が強烈だっただけ心に残っている。前後の話の文脈が全く思い出せないのに(笑)。
(4)(2017年1月)
私が協力隊でエクアドルに滞在していたころ(2004年〜2005年)、JICAの専門家のB氏も滞在しており、彼は電気系の専門家でキトにあるSECAP(私と同じ職業訓練校。私はSECAPクエンカ校で働いていた)で仕事をしていた。よって、私が首都キトに上がった時には、よく会いに行って相談したものである。B氏は専門家グループのリーダーで、当時の年齢で、確か50代〜60歳前後だったと思う。
B氏は、私がタバコを吸っているのを見て言った。
「私も昔はヘビースモーカーでね。一日2箱は吸ってたよ。」
「へぇ、そうなんですか。今は止めたんですね。」
「当時は、朝目が覚めると、布団の中でタバコを2本吸ってからでないと起きられなかったよ」
「そうなんですか・・・。」
正直、朝タバコを吸わないと起きられない、と言う状態は、私には想像もつかない。タバコを吸ったら、逆に再び眠くなってしまうのではないか?と思うくらいだ。
このようなことを仰った方は初めてだったので、いたく記憶に残っている。
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