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カウンターの頑固親父とファミレスラーメン屋の若者たちに日本文化の今昔を見た
2006年5月


先日3ヶ月ぶりに床屋に行った際、髪を切りながら、国分太一にクリソツのイケメン美容師嶋田さんが、鏡の中の僕を覗き込んでポツリと言った。
「あれっ、太りました?」
ガァーーーン!!そう、僕は近頃太ってしまった。顔が丸みを帯びている。腹部への忌まわしい贅肉付着。体重はきっとベストから3キロくらい増だろう。質素な食生活だったエクアドルからのリバウンド?
要は慢性的都会風運動不足なのだ。僕は飯の量を減らす涙ぐましい一努力として、最近、昼飯にラーメンを食べるようになった。今までは、御飯もの以外では胃にズシリと来る”食べたぜ満腹感”がなかなか得られないため、ラーメンやパスタなどの麺類を食べることはあまりなかった。それに元々麺類はそんなに好きではない。だがこの緊急事態に及んではやむを得ない。低カロリー大作戦である。

僕が最近足しげく通うラーメン屋に、”ラーメン一代”がある。カウンター席が7〜8席プラス4人がけのテーブルが2つきりの、掘っ立てプレハブ小屋風築20年といった外観の、典型的な零細ラーメン屋である。だがどうしてどうしてその味は一級品だ。郊外の辺鄙な場所にあるにもかかわらず、休日ともなれば待ち客が出る盛況振りである。

一代のとんこつ醤油ラーメン600円

ここのラーメンはベースがとんこつ醤油味。このややこってり系濃厚スープが我々の舌上ならびに口腔内をハゲシク刺激する。だがいま流行の背脂ギトギトの「おい、お前そりゃいくらなんでもやり過ぎやろ!」というドギツさはなく、むしろ世に言うアッサリとコッテリの中間ややコッテリ寄りくらいの誠に絶妙なあんばいのスープなのである。艶のある太麺の上に山盛りのネギ、モヤシ、シナチク、ワカメに、煮卵丸々1個とチャーシュー1枚がドンブリの中で無造作に折り重なっていて、ボリューム満点。初めて食べに来たオヤジが感心して、唸るようにつぶやいた。
「ウゥム。これで600円は安いな。」

さて、この形態のラーメン屋にありがちなのが、カウンター内でややうつむき加減、一心不乱にラーメンを作る頑固オヤジの存在である。この道30年のベテラン、店の大黒柱。その背中にはそこはかとない哀愁が漂い、大体においてコノテのオヤジは無口で愛想が悪い。そして少し手が空くと、競馬新聞を持って厨房の勝手口から裏に出て、いすに腰を下ろしてタバコをふかしながらじっと競馬新聞を見詰めていたりするのだ。

こういう大衆食堂には、また時として壮年老年夫婦で切り盛りしている店があって、僕らがガキ〜学生だった頃半年から1年に1度くらいのペースで行ってた光陽楼(こうようろう)というしなびた中華料理屋がある。いつ行ってもほとんど客はいない。粗末な木製テーブルに乗っかったテーブルクロスは、もう15年は換えてないだろうという色あせ方をしている。壁にチャバネゴキブリが這っているのに驚くこともなくなった。ここは調理をおやっさん、給仕をオバさんが担当しているんだけど、この二人が仲悪いことといったら、若貴も真っ青である。行く度にいつも、120%の確率で口げんかしているのである。僕らが「中華丼2にチャーハン1ね」ってな具合に注文した後、決まってけんかを始めるから、僕らとしても気が気じゃない。あんな口動かして、手のほうはちゃんと正しく動いてるのかな、おじちゃん?と中華丼の出来に急に不安を抱いたりするのである。もうここ5年くらいはご無沙汰だったのだが、先日久しぶりに友人と二人で食べに行ったら、店はつぶれていた。またひとつ、自分の青春時代の思い出が消されてしまったような哀愁的淋しさが・・・・。おっちゃん、おばちゃんのどちらかが死んだのだろうか・・・?

話を元に戻そう。
こうした昔ながらの大衆食堂風カウンター+テーブル席少し、という形態の昔ながらの路地裏風伝統的小規模ラーメン屋に対し、現在雨後のタケノコのように街中に異常発生してきているのが、「ファミレス風ラーメン屋」である。その特徴を以下に列挙してみる。
(1)店舗面積が広い。テーブル席多数、カウンター席もある。
(2)店内は非常に清潔感がある。
(3)ほとんどの場合、国道やそれに準ずる大きな道路沿いにあり、巨大で色彩豊かなハデ看板を掲げ、駐車場完備。

以上のことからすぐにご想像いただけるだろう、そう、その名の通り、ファミレスのラーメン屋版である。
思えばファミレスも様々に多様化してきた。デニーズ、すかいらーく、ココス等老舗では、和洋中すべての料理が一応そろっているが、最近ではハンバーグのびっくりドンキー、和食の華屋与兵衛、中華のバーミヤン、すしの大京、長崎ちゃんぽんリンガーハット、パスタのナントカジョリーなどなど、ファミレスの細分化特化が進み、今やファミレス系レストランだけであらゆる料理を楽しめるご時世である。そういえば、焼肉店もファミレス的形態の店が増えている。
そこで出て来たのが、ラーメンのファミレスである。お母さんが「今日の夕食はラーメンにしましょう」とかなんとか言って家族みんなで車に乗り込んでこういうファミレスラーメン屋に行くのが今流行っているのだろうか。
それなら俺もとばかりに、先日最近オープンしたこの形態のファミレスラーメン屋に一人で潜入調査に行ってきた。まず店に入って呆然とする。店員たちのうるさいくらいの、いや実際にかなりうるさい声でのやり取りにである。

ファミレスラーメン屋の数々

「いらぁーっしゃいませーーー!!!」
「いらぁーっしゃいませーーー!!!」
「こちらカウンターどうぞーーー!!!」
「現在オーダー待ちですーーーー!!!」
「カウンターさまオーダー待ちーーー!!!」
(じーっとメニューを見た後、席にあるボタンを押して店員を呼ぶ)
「ハイただいまーーー!!」
「オーダー入りましたーーー!!!」
「ありがとうございまーーーーす!!!」
「とんこついっちょーーーーぅ!!!!!」
「カウンター掃除オーケーで−−−す!!」

厨房内でも厨房用語で店員たちは、無駄にうるさい軍隊誰何型大声マニュアルトークを繰り広げている。
「とんこつあがりましたーーーーー!!!」
「餃子いちまーーーい!!!」
何か店内全体がエールの交換してるみたいである。またその掛け声の感じは真夏の炎天下の草野球の試合にも似ている。
「ヘイヘイヘイ、バッチこーーーい!!」
「おいバッチこーーーい!!」
「ナイスセン!!」
「おし、よーく見ていこーーーー!!」
「バッチかかしだよーーー!!」
「まわれまわれーーー!!!」

一つ不思議なのは、いま台頭してきたこうしたファミレス的ラーメン屋の店員たちは、厨房、ホールともほとんどが若い。こちとらラーメン一筋25年でぇ、文句あっか!的職人の姿がどこにも見えない。厨房では、既成の食材を使い、すべての工程をただマニュアル通りに進めているのだろう。チェーン系の店ならなおさらである。もちろん飲食店は”味”がすべてであるから、こうした店でも味を第一にしていることは間違いないのだろうが。
僕はこのファミレスラーメン屋で、とんこつラーメンのAセット餃子小ライスつき900円、を食べたのだが、まぁ、ナカナカの味だった。悪くない。だがラーメンを比べるなら、”一代”のとんこつ醤油ラーメンに軍配が上がった。味、コストパフォーマンスともにである。
確かにこの清潔で明るい広々としたファミレス感は、グループや家族で来るにはいいところだと言わねばなるまい。少なくとも、テーブルの頭上に張り出した板の上に置かれた映りの悪い14インチテレビでナイターやってる、薄暗くて狭くて汚い場末のラーメン屋で家族一家四人そろって夕食にラーメンを啜っているよりは、絵的にはかなり寂寞感から逃れることが出来よう。

以上述べてきた目下のところ急速に顕在化しつつある「頑固オヤジの零細ラーメン屋VS巨大ファミレスラーメン屋」の抗争図式は、「手作り一球入魂型VS機械化大量生産コストダウン型」、「裏路地VS大国道」、「独身VSファミリー」、「一人VSカップル(またはグループ)」、「気分屋型VSマニュアル不変型」、「最小公倍数VS最大公約数」、「ゴジラVSメカゴジラ」等々の対決構造を内包しつつ、これからますます加熱していくものと思われる。
電機業界で言えば、「町の小さな電気屋さんVS巨大量販店」という図式に重なることになろう。昔はPanasonicとかSONYとかTOSHIBAとかHITACHIと書かれた看板を掲げた、コミュニティ密着型小電気屋がどんなに小さな町にも村にも一つはあったが、今や後者のヨドバシカメラだのさくらやだのビックカメラだのに押されて、大ピンチである。大型量販店は、大量入荷大量販売で、利は薄くとも数で勝負できる。つまり、ギリギリまで安値をつけられるということである。こうなると町の小電気屋は分が悪い。哀しいかな物量で勝負できない零細電気屋は現在その多くが虫の息である。昔ながらの町民同士の付き合いで、迅速簡単な出張修理とかアンテナ設置とかクーラー設置とかで何とか保っているのが現状だろう。
しかし、電機業界とラーメン業界とで決定的致命的に違うのは、その”売り物”である。電機業界の場合売ってるものは零細だろうが大規模店だろうが全く同じである。両者とも同じソニーのテレビ、同じ東芝のDVDプレーヤーを売っているのだ。つまり”売り物”で差別化できないのである。この点ラーメン業界においては、同じラーメン屋といってもその味は千差万別百花繚乱優劣自在である。つまり、純粋に”味”で勝負できるから、零細が必ずしも不利とはならないわけである。独自の味を作り出しそれが受ければ、店の規模に関係なく客は来る。それが飲食店業界の厳然たる掟なのである。

ということで話が色々脱線したが、僕はそんなわけで最近積極的ラーメン摂取人生を送っている。そして「ラーメンは日本の文化」を再発見したのである。残念ながら痩せられてはいない。コッテリラーメンに餃子などをつけて果たして低カロリーなのか?という耳に入れたくない疑惑がフツフツと沸騰しつつある。



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