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エクアドル日記
(2003年12月)
12月27日(土) 

昨晩は酔っ払って夜中12時頃帰った後、インターネットに接続してメールをチェックしたり書いたりしていたので、寝るのが大分遅くなった。朝爆睡してる時、母ちゃんが「シンヤ、電話よ〜」と言って俺の部屋に入ってきた。
「Alo?(もしもし?)」
電話の主は池田君、今の時間は7時50分。眠い目をこすりながら、思い出す。
(そうだ、今日はユンギージャ(Yunguilla)に行く予定だったんだ。)
池田君は、「8時半に池田君ち集合」ということを俺に告げて電話を切った。
(面倒くせーなー、眠いし、行くのやめようかな。)
しかしやっぱり行くことにした。なんか楽しいことが起こるかもしれないし。

午前9時、俺、池田君、マチコ、悟美ちゃん、直子ちゃん、マジョの6人は、池田君ちのおじさん・エルナンとその友達2人とともに2台のポンコツ車に分乗し、ユンギージャへ出発した。
出発直後、100mくらい前方に、10頭ほどの牛を連れたインディヘナのおばさんが、道路を牛でふさいでいた。前の車が次々に止まる。俺達(俺、直子ちゃん、マジョ)の乗った30年前のポンコツランクル(右写真参照)も止まった。
「おうっ、牛が道路を歩いてるぜ!」
とその時!
ガシャンとという音とともに、車に強烈な衝撃が走った。後ろを振り向くと、中型トラックが俺達のポンコツ車に追突していた。俺たち3人は動揺しながらも怪我はなかった。それにしても、ここからが不思議だったね。
普通日本なら追突されたほうが警察呼んで、まぁ小さな追突くらいなら示談になる場合が多いんだろうけど、損害賠償関係で保険会社とのやり取りが始まるよね。
だけど、トラックの運転手も、こっちの運転手エルナンも、降りて話すこともなしに、そのまま平気な顔して走り始めたんだよ!これって信じられるかい?
しばらくして入ったガソリンスタンドで見たら、こっちのポンコツランクルは後部がへこんでたよ。だけどさ、こっちにも非はあるんだよね、何しろオンボロポンコツ車さ、後ろの赤いブレーキランプなんてないんだ。こっちがブレーキかけたのをトラックの運ちゃんは気づかなかったんだな。
エルナンなんか、怒るどころか、ヘラヘラ笑ってたよ、「いやぁ、やられちゃったねぇ」って。いいのか、そんなことで?!全く大らかと言うか何と言うか。これが南米か・・・。

家の裏の炊事場でクイを調理

クイやモテ、腸詰等のご馳走が並ぶ

エクアボリー

金婚式を迎えた二人

雨の中のタイヤ交換


ガソリンを入れ、気を取り直して走り出す。もう1台の方は、後ろが荷台になったピックアップトラックで、池田君、悟美ちゃん、マチコが荷台に乗っている。途中、独立時ペルーとの戦争があった山の上の公園を見て、1時間半くらいでユンギージャへ到着。

俺達が訪れたのはエルナンの友達の家。見たところ金持ちではなさそうだ。いわゆるエクアドル人の普通の家っぽい。
家族みんなと挨拶をし、すぐにエルナンの友達が俺達にビールをついできてくれた。まだ午前11時前だぜ。今日は朝からビールか。何て幸せな生活。


裏では外にかまどがあって、お手伝いさんたちがエクアドル名物「クイ(Cuy)」を焼いていた。クイというのは、ねずみを大きくしたような動物で、こっちでは祭りとかフィエスタ(パーティ)の時に食べるスペシャルな肉だ。
しばらくすると飯の時間に。家の中はお世辞にもキレイじゃない。まぁあえて表現するなら、「2階建ての掘っ立て小屋」みたいな感じか。
昼飯は、豚肉、野菜と肉の腸詰、Papa(ジャガイモ)、Mote(トウモロコシの大きいやつ)、ビール。
食事後、「エクアボリー」をやりに向かいのコートへ。「エクアボリー」とは、エクアドル独特のバレーボールで、ネットが異様に高く、3対3で行う。やってみたけどやっぱりスパイクは打てない。で奴らボールを持ってる時間が長いんだ、これが。普通のバレーなら100%ホールディング。だけど、こっちはその長さを利用して、人のいないところへボールを落としていく。大分勝手が違ったよ。

運動して程よい汗かいて、3時頃また飯。始めに出てきたスープには、ハエの死体が浮いてた。まぁ俺はそんなことではビビらないさ、そんなの初めてじゃないからね。そして、ついに出ました、クイ!俺はまだ食べたことがなかったので、待ってましたとばかりにかぶりついた。だけど、現実はそんなに美味い肉じゃなかったな。調理の仕方にもよるんだろうけど、結構皮と骨だけみたいな肉で、ジューシーな部分が少なかった。食感的には鶏肉に近いね。
でまた腹いっぱい。「Trago(トラゴ)」という、サトウキビから作った強い蒸留酒をコーラで割って飲む。これもこっちではスペシャルな酒だ。

でしばらくダラダラと時を過ごす。ビール飲んで、マンゴー食って、またビール飲んで、ビワ食って。至福の時。そうこうしてるうち、4時ごろになると、親戚が車でどんどんと集まってきた。今日は、ここの父ちゃん母ちゃんの金婚式だそうだ。結婚50年だってさ!8人子供がいて、一番上は43歳だよ。
5時前に、みんな(総勢50人くらい)で近くの教会へ。そこで俺達も列席してカトリック式の金婚式が執り行われた。それにしても途中で入る歌(おばさんが3人でマイク使って歌う)のヘタだったこと!これには参ったね。厳かな雰囲気ぶち壊しだよ。って思ってたのは俺だけかも。
そして、金婚式後、みんなで家に戻って始まりました、フィエスタ(宴会)が。何とレンタルでスピーカーとPA一式を借りて家の2階に運び込み、そこに50人くらいが入って金婚式のフィエスタ。父ちゃんのスピーチ、ワインで乾杯、そしてすかさず始まるバイレ(=ダンス)。こっちの人は、飲むより先にダンスだ。サルサやメキシコ音楽とかがスピーカーからガンガン飛び出す中、みんなが踊り始める。

しかし、残念ながら俺達はクエンカに帰る時間になってしまった。午後7時。これからがフィエスタ本番なのに。だけど、まぁエクアドル人の暮らしを満喫できたってのは実に楽しかったな。エクアボリーも出来たし、クイも食えたし。
ところが、この楽しげなワンデイトリップは、このまますんなりとは終わらなかった。

この気のいいオヤジ、エルナンは、俺たちの常識を超えた、とんでもない奴だったのだ!
クエンカへ戻る帰り道、急な上り坂の山道へと車は入っていく。しかも山の天気は変わりやすく、いきなり濃霧がかかり、冷雨が降り出した。視界がほとんど利かない中、道にはところどころに落石があり、危険極まりない。
そんな悪条件の真っ只中、エルナンの運転が突然大きくうねりだしたのだ!車は中央線をはみ出して反対車線に入ったかと思うと再び走行車線に戻る。とにかく中央寄りを走りすぎ、そして運転しながらエルナンが言った言葉に、僕達の背筋が凍りついた。
「なんか、目がよく見えない・・・。」
じゃぁ、即刻運転やめろよ!もう一人この車には若いエクアドル人のニーちゃんが乗っていたのだが、運転変わりゃいいのにエルナンは「大丈夫大丈夫」と言って運転をやめなかった。僕らは、雨が降りしきり、隙間風だらけのポンコツランクルの中で寒さと恐怖に震えながら、目の見えないエルナンに向かって、「右、右!!」とか「左、左左!!!!」と叫ぶ。その度に車は恐るべき蛇行を繰り返す。とにかく対向車線に飛び出さないように、そして道路の外にタイヤを踏み外さないように、僕達は必死で、ハンドルを握ることなしに車をコントロールしようと、一種狂ったような声出しを続けた。
そして、揺れる車の中神に祈ったのだった。
(どうか、無事にクエンカに着かせてください・・・)
もう1台は、とっくの先に行ってしまって、姿も見えない。強まる風雨と立ち込める濃霧。俺と池田君と直子ちゃんは、呆然としながら何もできない。直子ちゃんはもうほとんど泣きそうである。
(こんなところで死ぬのか・・・)
なんて思い出した時、車がガタガタと大きく揺れ始めた。ついにエルナンが車を路肩に止める。パンクだ。落石だらけの道路を走ったためタイヤがやられたのだろう。降りしきる冷雨の中、同乗していた若いエクアドル人のニーちゃんがドロドロになってタイヤ交換を始める。僕らは恐怖から一旦解放されて一息ついて、車を降りた。薄暗い道路に、車の交通は結構ある。ライトの灯をを雨に引かせながら、僕達の脇を通り過ぎてゆく。

タイヤ交換を終え、再び走り始めると、霧と雨は大分弱くなってきていた。そして落石区間も通り過ぎ、クエンカの灯が遠くに見えるところまで来た。
「やった、助かった・・・・」
回復した天気のように、このときの僕らの安堵感は、何事にも代えがたいものだった。
怒涛のワンデイトリップはこうしてなんとか無事に幕を閉じた。


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