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エクアドル日記
(2004年4月)
4月10日(土) 雨(クエンカ)、晴れ(グアヤキル)

チャウラリン(チャウラファン+タジャリン)

マレコン2000、グアヤス川沿いの遊歩道

グアヤキルセントロ

ラス・ペーニャス地区の展望台へ向かう階段

展望台から見たグアヤキルの街とグアヤス川

グアヤキルのカテドラル

セミナリオ公園のイグアナ

グアヤス川沿いに建つラ・ロトンダ
(ボリーバルとマルティンが握手する像)

センテナリオ公園

エクアドルの旅は、いつもテルミナル(バスターミナル)から始まる。朝7時50分発、San Luis社の結構豪華なバスで、エクアドル最大の都市、グアヤキルへ。バス代は8ドル。所要3時間半で8ドルは高い。
途中、El Cajaを通った。すごい所だ。山々と湖が静けさとともに存在している。色は違うけどエクアドル版恐山といったところ。標高は4000m、バスの中でもやたらと寒い。そして途中からものすごい霧。視界最悪の中、それでもバスは結構なスピードで走る。
やがて高度はぐんぐん下がり、車窓からは熱帯性植物が飛び込んでくる。そして民家とともにおなじみのバナナ畑が現れる。
バスは街に近づいていく。グアヤキルは巨大都市だ。キトよりも人口が多い(200万人)。いくつかの大きな河を渡ると、グアヤキルのテルミナルに到着。クエンカからの所要時間ちょうど3時間半。

テルミナルから路線バスでセントロへ。セントロが分からず、バスを乗り過ごして終点まで行ってしまった。バスは、セントロの中心を通らなかったのだ。そこは、貧困地区で、とたんにヤバイ雰囲気。僕は運転手に乗り過ごしたことを告げると、「15分後にまた出発するから待ってろ」という。バスが止まったところは道は未舗装で、近くにははだしで歩き回る危ない系の若者やおじさんや子供がウロウロしている。
(あちゃー、さすがにエクアドル国内でも1,2を争う治安の悪い街やな。)
と内心びくつきながらもバスの周りをキョロキョロしながら歩き回る。ある男は物珍しそうに僕を見る。
(ヤベ、ヤベ)

さて、同じバスで再びセントロ方面へ戻り、今度はちゃんとセントロ近くのキト通りで降りる。8月10日通りを歩いてセミナリオ公園を通り過ぎ、グアヤス川へ。グアヤキル随一の観光スポット、マレコン通りのマレコン2000は、噂にたがわぬ綺麗な遊歩道とレストラン・ショップ街を有していた。横浜とかシカゴのNavy Pierなんかを彷彿とさせる、川沿いのおしゃれ道だ。
昼飯はマレコン2000のはずれにあるファーストフードが集まる屋外フードコートで。中華のファーストフードで、焼きそばとチャーハンを半分ずつ皿に盛ったその名も「チャウラリン(Chaularin)」を頼んだ(「チャーハン=Chaulafan」と「焼きそば=Tallarin」との造語)。2.8ドル。この手のファーストフードにしては高い。いや、エクアドルではファーストフードだから高いのだ。マックなんて日本並みの値段(マックは、キトとグアヤキルにある)。普通の大衆食堂の定食ならたったの1ドル〜1.5ドルで食えるのに。
その後冷房の効いたマレコンのショッピングモール内のカフェでケーキ(1.2ドル)とアメリカンコーヒー(0.6ドル)を頼む。メコン川やトンレサップ湖を思い出させるグアヤス川の茶褐色の濁った流れを見ながら、近代的なモールでしばし涼しむ。ここだけ切り取ると自分がエクアドルにいることをたちまち忘れてしまいそうだ。日本のお台場みたいなおしゃれ空間。

その後マレコンを南下してラス・ペーニャス地区へ。ここは以前は治安が著しく悪く、絶対に行っちゃいけない場所だったそうだが、今はグアヤス川とセントロを見下ろせる展望台へ歩く小奇麗な遊歩道が整備され、観光客の姿も多い。だが少し外れると、そこに住む人々は僕に口々に警告してくる。

ラス・ペーニャス地区、ちょっとやばめ

「ここから先はダメだ。危ないぞ。」
彼らの(失礼だが)みすぼらしい身なりとその言葉から僕も(あぁ、本当にヤバいんだな。)と気づかされる。確かに、急に町並みが変わっている。汚くて狭い路地に、ボロボロの家が並んでいる光景がいきなり展開している。観光遊歩道から100mと離れていない地点でこのようなポケット的空間が口をあけているのだ。

強烈な日差しの中、ラス・ペーニャス地区の展望台で街と河を見下ろして爽快な気分になった後、階段を下りる。セントロのはずれにある巨大なインディヘナメルカド(市場)を冷やかしたあと、セントロ中心部へ。
セミナリオ公園でイグアナ見て隣接するカテドラル見て、いつものようにセントロを歩き回る。イグアナって言えば、小さな公園に山ほどいて、人々は手でパンとかのえさをやる。それを直接イグアナが食べる。イグアナっちゅう動物はこんなにも無防備な動物だったか、とちょっとびっくりや。
8月10日通りと並ぶもう一つのメインストリート10月9日通りをグアヤス川まで戻る。ラテンアメリカ独立闘争の英雄、シモン・ボリーバルとサン・マルティンの銅像”La Rotonda”(ラ・ロトンダ)が目を引く。1822年、ボリーバルとマルティンがここグアヤキルで独立戦争の今後の方向性について会談した。南米独立史の一つのターニングポイントとなった、独立の指導者二人による密談が行われたのがここグアヤキルである。ボリーバルはベネズエラ出身で、スペイン植民地政府との戦いで北からベネズエラ、コロンビアを解放しながら南下して来、一方のマルティンはアルゼンチン出身で南からチリ、ボリビア、ペルーを解放しながら北上し、二人はエクアドルのグアヤキルで落ち合ったわけである。そして1830年、エクアドルも独立することになる。この二人は、南米解放の父として、”El Libertador”(リベルタドール:解放者)と呼ばれる。余談になるが、南米のサッカークラブチームNo1を決めるリベルタドーレス杯というのは、この「解放者」から来ている。「解放者杯」だ。
そこから引き返して再びセンテナリオ公園へ。デカイ公園だ。しばし休む。

ホテル探し。「歩き方」で調べておいた第1候補の宿、ニウカンチェは共同トイレ・シャワーの部屋(4ドル)しかなく、トイレ・シャワー付の7ドルの部屋が満室だった。迷った挙句、第2候補のホテル・エクアドルへ。エアコンなし、天井扇風機付、トイレ・水シャワー付きのシングルが空いていたのでチェックイン。1泊8.7ドル。このスペックのホテルとしてはちょっと高めか。部屋に入ると、さすがに汚いが、あまりにもひどいってほどじゃない。タオルがあったのには驚いた。

ラーメン2.9ドル

夕飯は近くのDinastiaという中華へ。ラーメン2.9ドル。高い。野菜はたっぷり乗ってたけど、麺はまるで日本のインスタント麺。トホホ・・。ただ、ここの中国茶(ジャスミン茶)はタダだった。
ホテルに戻って水シャワーを浴びる。もちろん水しか出ないのだが、やっぱりコスタ(太平洋岸地方)では水シャワーで十分だ。十分気持ちいい。なぜだか分からないけれど、思わずミスチルの『イノセント・ワールド』が口をついて出る。しばらくすると大声でノリノリで歌っていた。狭いバスルームは反響がよく、水シャワーの望外の爽快さとあいまって、高揚したハイテンションでしばらく気持ちよく歌い続ける。
昼間の暑さは相当なものだったけど、夜はマチャラの時ほど寝苦しくない。過度に暑くもないし、蚊もいない。天井の扇風機を回さなくても眠れた。


4月11日(日) 晴れ(グアヤキル)

朝8時に起きる。今日はグアヤス川を船で渡り、最近できたというグアヤキル歴史パークへ行く。

マック 4ドル

マレコン2000の桟橋で船を待つ間、時間があったのでマックに入った。エクアドルに来て4ヶ月、初マックだ。トマトやレタスをはさんだハンバーガー、いわゆるBLTサンドのセットを頼む。値段は何と4ドル!べらボーだ。高過ぎる。味は、ちょっと塩辛かったけど、さすが世界中どこにでもあるマック、ほとんど日本で食べるのと変わらなかった。味は基本的によく統一化されている(中にはその土地土地の特色を生かしたスペシャルバーガーがある国もあるが)。サイズは、まずコーラがデカイ。普通サイズが、日本で言えばLサイズ。ポテトも日本で言うM〜Lサイズ。ハンバーガーも日本のより一回り大きく、ボリューム的には満足できた。最近の日本のマックは、激安になってる分だけどんどん小さくなっていってるからね。

グアヤス川を渡る

グアヤキル歴史パーク

グアヤキル歴史パークの流し楽団

グアヤキル歴史パーク。2000年にオープンしたという、エクアドルの自然、文化、歴史、風俗、習俗を体験できるテーマパークである。現在でも工事が続けられていて、つまりはまだ部分的にしか公開されていないようである。
船はグアヤス川をしばらくさかのぼり、30分ほどで歴史パークに到着。チケットを買うと、「ガイドはいりませんか?」と若者が近づいてくる。「いらないよ」と言って今船を一緒に乗ってきた家族連れが向かう方向へ僕も向かう。
まずはエクアドルに棲息する動物達を見れる森の中の遊歩道を歩く。ところどころの茂みを切り開いて、動物園のように各動物のスペースが作られ、鳥や鹿やカバや亀やワニやサルやバクなどがもそもそとうごめいている。だが僕が一番楽しみにしていた絶滅寸前のワシ、アギラ・アルピアは、現在卵を温め中だとのことで、刺激するといけないという理由で一般公開が中断されていた。近くにいたガイドに、「見れないの?」と聞くと、彼女は「ひょっとしたらこっそりと見れるかもしれないわ。ついてらっしゃい」というので僕はついていった。

ワシがいる高い木をすっぽりと囲むように配置された巨大なケージの前に来て、ガイドの女の子はそこにいた別のガイド男に「いま見れないかな?」と聞いてくれたが、答えは「ノー」だった。残念。彼女に礼を言ってその場を離れる。
動物園のほかに、ここにはエクアドルの昔の家を再現した家屋や、植民地時代・独立の歴史劇などもあり、まぁまぁ楽しめた。ただ建物だけあって中ががらんどうだったりする部分が多く、これから多分食堂とか色々なアトラクションを作るであろう事を考えると、全部完成したら1日かけて楽しめるような場所になるんだろうと想像できた。

歴史パークを出て人に道を聞きながらしばらく歩くと巨大な国道に出る。そこからバスを拾ってテルミナルへ。あまりに色々な路線のバスが走っているのでどのバスに乗ればいいか分からない。バスの全部に”TERMINAL”(テルミナル)と書いてあるバスに乗ろうとするが、どのバスも満員状態で乗り込める余地がない。しかたなくタクシーを拾ってテルミナルへ。


帰りのバスは夜7時15分発。満員。出発して30分くらいでバスが止まる。警察官が乗り込んできて、「男性は全員降りろ」との指示。再び荷物チェックとボディチェックをされる。グアヤキルを出発する時にもしたのに。グアヤキルは治安の悪い街なので、街に出入りするバスの乗客チェックが厳しい。


帰りのバス内はすぐに照明が落とされ、就寝モード。コスタから山を登り始める。グングンと気温は低下、あれほどまでに忌み嫌っていた暑さが、今度は窓を閉め切らないと寒くなるまでに変わる。あわててトレーナーを着る。これぞエクアドルの醍醐味。
帰りは4時間以上かかって11時半にクエンカ到着。

帰りはタクシーしかない。足元を見られて2.5ドルと吹っかけられる。まぁ運ちゃんは気さくな奴だったんで、そんなにはムカつかなかった。
土日で敢行した1泊2日のグアヤキル小旅行、終了。また仕事や。


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