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エクアドル日記(2004年5月)
5月16日(日) 曇り時々雨後晴れ
”ミスユニバース パレードenクエンカ ルポ”
朝7時に起き、セントロへ。セントロ中心部へ向かう道は、すべて車両通行禁止になっている。8時半頃のセ
ントロは、もうすごい人出だった。9時に、ミスユニバース候補者達のパレードはスタートする。
俺はカテドラル前のカルデロン広場近くに陣取った。すでにパレードのコースには人垣がびっしり出来ていて、俺は3列目といったところ。だが、幸いなことにこっちの人たちは背が低いので、通りを見通す視界は確保できた。
エクアドル中から集まったと言う無数の警察官が、群集制御に配置されている。そりゃそうだ、こんな世界的なイベントを開くのはエクアドル史上初のことだろう。このイベントで失態を演じれば、世界中に恥をさらすことになるのだ。警備体制は尋常じゃない。こういう世界イベントを狙ったテロがないとも限らない
しね。
そして、たくさんの報道関係者、カメラマン。テレビ局も来ている。このパレードの模様は、エクアドル全土に中継されるそうである。今日のクエンカの新聞には、全ミスの顔写真が2面に渡ってでかでかと載っている。
9時を過ぎて人はどんどん多くなっていく。道の人垣は、すでに7重くらいになっている。背の低いオバちゃんたちが、少しでも前に行っていい位置を確保しようと割り込んでくるのをブロックして防ぎつつ、パレードの開始を待つ。しかし、10時になっても始まらない。11時。まだ始まらない。
すでに2時間半も同じ場所で立ち尽くしている。疲れてくる。しかも後ろからは次々とプレッシャーがかかってくる。
(おいおい、9時スタートじゃネェのかよ?)
だが、集まった恐ろしい数の人々は、見知らぬもの同士他愛もない会話をしながらイライラする様子もなく淡々と待っている。
(さすが南米。「時間通り」なんて言葉がそもそも存在しないんやな。)
と俺も平静を装うことにした。警官の話では、ミス各国たちの到着が遅れている、とのこと。
そして待つこと3時間弱、11時過ぎについにパレードは始まった。俺の前を音楽隊やダンシングチームが軽やかに行進していく。クエンカの民族衣装を着た踊り子、クエンカの民謡を奏でる音楽隊、子供達、ミス・クエンカ。前座たちが次々と通り過ぎていく。
そしてついに来ました、各国代表のミスたちが。もうこのときには群集の興奮は最高潮に達し、後ろからものすごい勢いで押され、もみくちゃ状態。東京かインドの満員電車の趣だ。もみくちゃ状態でビデオカメラを懸命に回す俺。
ミスたちは、自分の国の名前が書かれたたすきを肩からかけて、熱狂する群集に手を振りながら愛想を振りまく。全員歩きだ。
さすがにミスエクアドルが通った時には、観客のボルテージは一気に上がった。エクアドルコールが巻き起こる。
「エクアドル!エクアドル!」
各国のミスは、4回、各10人くらいに分かれて次々と通っていく。彼女らが通る前に、各国の国旗を持った子供達が通る。
日本の国旗が通ると、ずっと隣にいた若者4人組(2組のカップル)が俺を見て、
「ハポン(日本)が来たよ!」
と目配せしてくる。奴らは、俺が最新式のデジカメとデジタルビデオカメラを持っているのを見ていたから、俺のことを中国人ではなく日本人だと確信していたのだ。そいつらの一人も、ソニーのサイバーショットを持っていたので、俺の持っている
デジカメ(サーバーショットT1)がとてつもなくスゴイ物に見えたんだろう。
ミス日本は、やっぱり普通っぽい外見の人だったが、群集からは
「ハポン、ハポン(日本)!」
と声がかかり、それがうれしかったのか、彼女は満面の笑みで彼らに応えていた(左写真)。コイツら、日本のことなんて何も知らないくせに。
トリを飾ったのは、2003年のミスユニバース(ドミニカ共和国)。彼女はオープンカーに乗って手を振りながら、ひときわ高くなった群集の歓声に応える。彼女は1年間ミスユニバースの仕事をしてきてるので、さすがにこういう場に慣れているようで、人々への愛想の振りまき方が堂に入っている。彼女はエクアドルと同じスペイン語圏のドミニカ共和国出身なので、テレビにもよく出ていて、エクアドル人達に人気は高いようだ。
そうしてパレードは50分ほどで12時頃終了した。
エクアドルで開催される世界規模のイベント。最近のミスユニバースはいわゆる途上国と呼ばれる国で開催されているが、俺がエクアドルにいる今年にエクアドルで開かれるとは、何たる偶然。しかも俺の任地クエンカに来るとは。(エクアドルでは、首都キト、人口最大の都市クアヤキル、そしてここエクアドル第3の都市クエンカで、ミスユニバースのイベントが開かれる。)俺にとって、ミスユニバース候補を生で見るのは、これが最初で最後だろう、きっと。
後で思うと悔やまれるのが、せめてミス日本の彼女の名前を知っておくべきだったな、ということ。例えば彼女が伊藤さんだとして、あの至近距離(2mくらいの距離だった)で「伊藤さん!」って名前を呼べば、気づいてくれた可能性大だからだ。日本語話す奴なんてここエクアドルにはいないから、届いたはずなんだよな〜。彼女としても、地球の反対側エクアドルなんかに来て、エクアドル人の群衆の中から日本語で呼びかけられたらうれしかったろうに。いや、残念残念。
(余談:大学1年の時、野郎4人で越後湯沢にスキーしに行ったら、ちょうど俺達が滞在中に、「のりピー」こと酒井法子のミニコンサートが夜のゲレンデで行われた。大勢の観客の中、ステージからはかなり遠いところにいた俺達は、曲と曲の合間に、声を限りに「のりピー!!」と手を振りながら叫んだところ(笑)、彼女はこっちを見て微笑みながら手を振り返してくれた。その時の俺達の興奮と言ったらなかったよ(笑)。「今、確かに俺達だけに手を振ったくれたよ!」って。若かりし日の思ひ出。)
この「ミスユニバース」というものに何の価値があるのか全く分からない俺だけど、この大観衆の中で彼女達の写真・ビデオを撮っているうち、レースクイーンとかアイドルを追いかけてサーキットやイベント会場に通いつめる「カメラ小僧」どもの気持ちがほんのちょっとだけ分かった気がした。
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