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エクアドル日記
(2004年5月)
5月31日(月) 晴れ後雨 
 

今日は学校でミサがあった。カトリックでは今月(5月)は聖母マリアの月とのことで、SECAPでは5月の最終日に必ずこのミサが行われる。ミサの内容は、女性のことを賞賛するもの。女性が社会や家庭で担う役割の重要さを、牧師がとうとうと説明していた。
疑問なのは、在学の生徒が全員参加だったこと。全員が全員カトリックとも思えないのだが、このミサには強制参加だった。まぁ、宗教的な色合いは薄く、一つの講演として聴いてればいいんだろう、内容が内容だけに。
同僚のシルビアに聞いたところ、生徒はほとんどがカトリックだとのこと。同僚の臨時講師フェリックスにも聞いたのだが、彼はカトリックで、彼の幼い息子ももちろんカトリック。
「お前の息子に宗教の選択権はないのか?」
「なぜカトリックで悪いことがある?」
「いや、物心もつかないうちから洗礼を受けるってことは、彼の宗教が今後の人生でカトリックで決まっちゃうってことでさ、それって俺が思うにカワイそうだな、と。親がカトリックだとその子供も生まれた時から自動的にカトリックって、何かおかしくないか?(もっとも、日本でも家が「○×教」なら基本的にそれを代々受け継ぐんだけど、それは今や形骸化していて、形だけみたいなものだからね。これが有効になるのはせいぜい葬式くらいなもので。今や結婚式なんて教会でやるのが大人気。)」

ここからフェリックスと宗教談義になったのだが、奴が敬虔なカトリック教徒であることが会話していて分かった。
「シンヤ、じゃあ聞くが、仕事のやる気がない時、どうやったらやる気が出てくる?」
「そりゃぁ、自分の気の持ち方しかないだろ。自分で何とかするしかないさ。」
「違う。『神』が、仕事にやる気が出るように自分の内面から盛り上げてくれるんだ。」
「へ・・・?」
「じゃぁ、君が病気になったとき、誰が病気を癒してくれるんだ?」
「そりゃ医者と薬だよ。」
「違う。『神』が治してくれるんだ。だから信仰心が強くないと病気は治らない。」
「・・・。何言ってんだよ、神なんていないんだって!(「病は気から」ってのは分かるんだけどさ・・・。)」
とまぁ敬虔な宗教の信徒と宗教についてしゃべるといつもこうなる。以前マチャラでチリ人の牧師と話した時もそうだったっけ。

さだまさしの曲で、以下のような意味の歌詞がある。
「大自然に翻弄されるアフリカのような場所では、大自然を前にして人間がいかにちっぽけな存在であるかを痛感する。そんな場所では、『神』の存在を感じざるを得ない。大自然を鎮めてくれるよう『神』に祈る、という宗教心が芽生える。それは日本が忘れてしまったことだ。」
俺も、そんな神の存在を信じざるを得ないような場所に住んでみたいものだ。考え方が変わるんだろうか。


夜TVを見ていると、高倉健、松田優作、アンディ・ガルシアの「ブラック・レイン」をやっていた。
(スペイン語題「Lluvia Negra(黒い雨)」=そのまま)
高倉健とか安岡力也とかがスペイン語話してるのは不自然と言うか、面白かった(スペイン語吹き替え)。

その後、シャワーを浴びていると、不意に尾崎豊が頭の中に響いてきた。
I Love You、存在、傷つけた人々へ。
そして「街の風景」の哀愁を帯びたイントロ。

永遠の初期衝動・尾崎豊を無性に聴きたくなった。


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