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エクアドル日記(2004年6月)
6月20日(日) 曇り時々晴れ 
 

サッカーの欧州選手権が開幕して1週間。ここエクアドルでは毎日その話題で持ちきりだ。今日はグループリーグ最大の見物、ポルトガル-スペインのイベリアダービーがあった。ともに優勝候補。だがこのグループでは今大会ギリシャが絶好調。この強豪2チームのうち1チームが予選敗退の危機。

それにしても、こっちのメディアの論調は、テレビも新聞も俺が見る限り、「スペイン応援」調だ。この感覚は俺たち日本人にはなかなか理解しにくい。以前この国はスペインにより300年間も支配されていたのである。

で俺はこないだ知り合いのエクアドル人に聞いてみた。
「君らは、スペインの事をどう思ってる?」
「別に特別な感情はないよ。敵対心はないし、どちらかと言えば同じスペイン語を話す『仲間』としての意識が強いかな。」

それを聞いて、もっともだと思った。実際、スペインによる植民地化から500年近く経っていて、スペイン人と先住民との混血・メスチソが民族的に多数を占める中南米諸国が多いのである。エクアドルでも、メスチソの人口比は約60%。このことは、世界中の植民地となった国・地域のうち、ここ中南米でもっとも特徴的な事である。すなわち、征服民であるスペイン人と被征服民である先住民(インディヘナ)との混血が進んだ、ということである。よって、エクアドルでも大多数を占める混血(メスチソ)の人々の祖先は、スペイン人とインディヘナなわけで、メスチソはスペイン人のことを「親」とでも思っているのかもしれない。これが、スペイン式が完全にこの国に根を下ろした決定的な根拠ともいえるわけである。
今エクアドル国内にある街というのは、ほとんどが16世紀にスペインが建設した状態で保存されており、長い植民地時代に、混血が進むとともに、スペイン語やカトリックの普及によりスペイン様式(社会・文化)が完全にエクアドルにおける標準として定着し、もはや人々はこのスペイン的な生活が普通と考えるようになったのではないか。いわば、スペインとの同化である。スペイン時代のものを進んでそのまま残しているということは、スペインを被支配国として認識しているのではなく、これを財産として受け継いでいこうというわけである。もちろん、この国には街を全部壊して新しく作り直す金はないだろうし、もうかなりの割合の国民にはスペイン人の血が流れているんだから、スペイン人の征服者達が作ってくれた街をそのままそっくり残すというのは必然的でもある。
結局、ここ中南米における征服者スペインは各地で原住民と融合し、それにより社会構造が「支配者」と「被支配者」という単純な図式ではなくなったことが、この地域の歴史に複雑な色合いを施しているのである。

キト旧市街・サントドミンゴ教会の裏


以上は、日本が占領した中国や韓国における対日感情とは大きな違いである。もちろん、これは上述したように経過した時間と経緯(歴史)が全く違うから当然と言えば当然だ。

それにしても、16世紀、中南米諸国のスペインによる征服のされ方というのは、あっけないというイメージが非常に強い。もちろん、軍事力、戦略に圧倒的な差があったにしても、少数のスペイン人の征服者にインカ帝国、アステカ帝国始め広大な範囲にあるほとんどすべての中南米諸国がアッという間にやられてしまったのは実に不思議だ。原爆を落とされるまで国中を焦土とされながらも徹底抗戦した戦中の日本人とは大違いである(別に当時の軍部の方針を肯定しているとかそういう意図はないので、誤解のないようにしていただきたい。あくまで過去の歴史を鑑みた上での日本人の特性の一般論として。もっとも、今の日本人はこんな気骨は持ってないのかもしれないが)。
俺は、中南米諸国がスペインによる征服を短期間で許した背景には、この地域の人間(正確に言うと先住民)の根性というか気力・反骨心の欠如が影響していると考えている。エクアドルが今でも政治・経済・社会・産業全般的にダメなのは、スペインが持ち込んだ腐敗制度(ごく一部の富裕階級、特にスペイン人に近い白人、による富の搾取)も一因ではあろうが、この民族性、つまり精神力の薄弱がかなりの要因になっていると考えるが、どうだろう?


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