2017/8/28 (Mon.)
詐欺サイト、アマゾン
アマゾンからメールが来た。「プライム会員」の特典をお楽しみください、という内容だ。
「なんじゃこのメールは?」と不審に思いながら調べると、何といつの間にか私はアマゾンのプライム会員になっていた。慌てて履歴を調べると、すでに5月末にプライム会員の年会費3900円を払ってしまっているではないか。何ということだ。まったく気づかなかった。
おそらく、「無料お試し会員」かなにかのボタンを押してしまい、そのままお試し期間が終わって自動的に有料会員になったものと思われる。
これって、詐欺でしょ?
自分の知らないうちに自分の口座から勝手に金が引き落とされる。恐るべきことだ。
おそらく、私が無料お試し会員になったサイトには、「利用規約」が書かれていて、そこには「無料期間終了後、解約のお届けがない場合は、有料会員として自動更新されます」とでも書いてあったのであろう。
「有料会員になる」という意思の確認なしに、勝手に金を取られるというのは、戦慄というほかはない。
このような詐欺的手口に私は初めて引っかかった。ネット通販というのは、詐欺の温床というか、詐欺者の草刈り場になっているのだ。大手サイトであるアマゾンでもこのような詐欺がまかり通っている。これには唖然とした。
すかさずアマゾンのカスタマーサービスにメールをし、「すぐに金を返せ」とクレーマー並みの強い語気でクレームした。
アマゾンからは以下の回答(回答ママ)。
<以下メール引用>
Amazon.co.jpへお問い合わせいただき、ありがとうございます。
このたびは、Amazonプライムの登録について、ご心配をおかけしておりますことをお詫びいたします。
当サイトにてAmazonプライムの会員登録のキャンセル処理をいたしました。
会員登録のキャンセル処理が完了しだい、会費のお支払いにご利用されたクレジットカードに年会費3,900円をご返金いたします。
(中略)
このたびはこのサイト表示に分かりにくい点があったということと存じますので、吉田様にご迷惑をおかけする結果となりましたことを、重ねましてお詫び申し上げます。(後略)
<以上メール引用>
こんな簡単に返金を認めるということはつまり、先方も詐欺まがいの手法であることを認識している、ということだ。認識しているのになぜ改善をしないのか?
私のようにクレームせずに、「あぁ、仕方ない。こちらがきちんと条件を読んでいなかったから泣き寝入りするしかない」と思っている善人がたくさんいるからだろう。このような人がいる限り、金を詐取することをやめない。金を稼ぐためなら法に触れない限り何をしても良い、という利益至上主義がまかり通る嘆かわしい世の中である。
これを機に、私はアマゾンで買うことをやめることにした。以前にも書いた通り、私はアマゾンを高く評価していた。なにしろ、エクアドルという地球の反対側にまで配達してくれる素晴らしい通販なのである。しかし、このような詐欺を目の当りにしたらもう買うわけにはいかない。
悩ましいのは、他の通販サイトと比べ、同じ商品でもアマゾンの方が安いことが度々あることである(もちろんその逆も多い)。そのようなときには泣く泣くアマゾンで買うしかないが、他のサイトで同等価格で買えるときには、もうアマゾンでは買わないことを誓った出来事であった。
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2017/8/26 (Sat.)〜8/27 (Sun.)
奥多摩 海沢(うなさわ)川でのキャンプ&沢登り 晴れ@奥多摩

天然のウォータースライダー |

夜の海沢園地、東屋を占拠して夕食のカレー |

簡易トイレの横の小さな平坦地にテントを建てる。 夜⇔朝 |

深い淵を泳ぐ |
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無人駅の白丸駅 |
コンスケ、裕助と奥多摩に泊まりで沢登りに行く。8月26日土曜の午前中に千葉から奥多摩方面へ。途中青梅線の河辺駅で降り、西友内のレストランで昼飯。その後野営食料の買い出し。やっぱりレトルトカレー(笑)。
その後レンタカーの値段を聞くべく近くのトヨタレンタカーへ。夏のレジャーシーズンだけあって、小型車はもうなく、残っているワゴン系の車が1万円くらいする。断念。
今回野営する予定の海沢(うなさわ)園地は、白丸駅から歩いて1時間40分くらいかかるとのことである。駅からバスはない。タクシーもない。白丸駅の隣、奥多摩駅には以前タクシー会社があったそうだが、もう撤退してしまった。キャンプ用品を担いでいるので荷物は日帰りの時よりもかなり多い。買い出し食料の中でも、2Lの水が重い。その荷物を持って1時間40分も歩きたくない。
一縷の望みを抱いて、無人駅の白丸駅ではなく、終着の奥多摩駅まで行く。駅前に出ると、なんと目の前にタクシーがやって来たではないか。
なんだなんだ?と動揺しつつも、タクシーを追いかけると、駅前広場左手になんとタクシー乗り場がある。そこに黒塗のプリウスタクシーが止まったのだ。
我々は荷物を持って走る。この貴重なタクシーを逃す手はない。これを逃したら次いつ来るか分からない。幸い、タクシー乗り場で待っている客はいない。
運ちゃんに聞く。
「海沢園地行けますか?」
「ああ、分かるよ。」
こうして我々は大荷物を担いで歩くことなく、電車を降りたとたんに来たタクシーに乗ることができた。なんたる僥倖。
車内で運ちゃんといろいろ話す。運ちゃん曰く、
「今朝、お客さん乗せて海沢園地まで一回行ったんだよ」
我々と同じく沢登り客だろうか。
「奥多摩にはタクシー会社はなくなったけど、あきる野営業所から土日は2台奥多摩に出てるんだよ。平日は毎日1台。」
なるほど。だけど山シーズンには、奥多摩駅からのタクシー需要はあるだろう。
タクシーは狭い林道に入り、ずんずんと登っていく。途中、ワゴン車とすれ違う。キャニオニングの連中だという。
「彼らはすれ違いが難しい時でも絶対に下がらない(=バックしない)んだよ」
と運ちゃんは苦言する。
この林道は海沢川(うなさわがわ)にほぼ沿っている。海沢川は、多摩川の支流。
15分ほど車は林道を登り、あっという間に海沢園地に到着。ここを歩いて登ってくることを考えると身の毛がよだつ。本当にタクシーに乗れてよかった。
タクシーの運ちゃんに礼を言って降りる。
園地の脇は狭い林道の幅が広がっており、10台くらいは車が駐車できる。たくさんの車が停まっている。キャニオニングのバンもある。ここからは海沢川の沢登り、キャニオニング、遊歩道のトレッキングと、様々なアクティビティが楽しめるようである。
海沢園地は、公園というよりも小さな休憩所という風情で、東屋と簡易トイレ2基があるのみ。平坦地がないのでどこにテントを張るかで苦慮する。結局、トイレ脇のわずかな平地に建てることにする。この簡易トイレはため込み式で、事を為すのにあまりの匂いに鼻が曲がるほど臭い。ここだと匂うが仕方ない。
3時半。今日はゆとりプランということで適当に野営して、明日の沢登りに備える、というくらいに考えていたが、せっかく来たのから、明日登る下流部ではなく、上流部に行ってみようということになった。
沢装備に着替え、園地から上流へ向かう。すぐに三つ釜の滝がある。ここには4段の滝がかかっており、それぞれの滝下に釜(滝壺)がある。
そこでは、目を疑う光景が広がっている。キャニオニングの連中が、滝を滑り降りたり、滑車とロープを使って滝を降りたり、滝壺に飛び込んだりしているのである。外人のインストラクターが何人かいる。
私は7月に愛媛の滑床渓谷で初めてキャニオニングの活動を見たが、その時も私は沢登りをしており、言いようのない憤りを感じた。なぜか?
奴らは、川を我が物顔のように占拠しているのである。何10人もで、釜に飛び込んだり、ナメ滝を滑り降りたりしている。
ここ海沢川でも、我々沢屋に気づく様子もなく、遠慮する気配もなく、まるで視野に入らないかのように活動を続けている。腹立たしいこと半端ない。
これでは三つ釜の滝を登ることができない。奴らはロープと滑車で次々に滝の上空を降りてきており、そこに他人が入れる雰囲気はない。
我々は仕方なく、脇の遊歩道の階段を上って滝の上部に出た。そこでも別のグループが滝に滑り降りている。我々はそのあたりでしばらく待っていた。
やがて日も暮れかかり、ついにキャニオニングの連中は滝から去った。
我々はやっと滝を登ったり、ウォータースライダーで滝を滑り降りたり(キャニオニングの連中がやっていたことだ)して遊んだ。滑り台の滝がある釜は、まったく足が付かないほどに深い。
しばらく楽しんだ後、暗くなってきた。そこから上流へは登らずに、園地に戻る。
園地にはもう人影はない。車もほとんどなくなっている。東屋を占拠する(笑)。水に濡れた服を、東屋の柱に渡したロープに干す。
車で滝を見に来た二人組の若者に、三つ釜の滝への道を案内する。暗くなりかけているので、懐中電灯まで貸してあげる。
程なく戻って来た彼らは、我々に礼を言って帰っていった。
暗くなった。テントを建て、食事の準備をする。今日もレトルトカレー。前回の大房岬では米の量に比べてカレーが少なかったので、今日はカレーを5袋買った。3人で5袋。
満足。
夜、いつものようにテントの中でいろいろ話す。狭いテントに3人して寝る。夜中、裕助は眠れなかったらしく、東屋にハンモックを吊るしてそこに移動した。せっかく持ってきたからどうしても使いたかったのだろう。
外は涼しい。盛夏とは言え、さすがに奥多摩の山の中である。
翌朝。7時に起き、朝食。パンにスープにコーヒー。
天気はまずまず。陽が出ている。今日は日曜日なので、昨日と同じくたくさんの人がやって来るだろう。
朝一番乗りでこの海沢園地に車を乗りつけたのは、母と娘の二人組だった。彼女らは沢登りである。しかも我々と同じく、ここから下流部を今日は登る、とのこと。立川から来たとのこと。立川に住んでたら奥多摩は来放題だ。うらやましい。
8時頃、沢装備に着替え、彼女らと一緒に林道をしばらく降りて入渓点に向かう。お母さんの方は50代と見えるが、50代の女性が沢登りをするとは誠にもってたいしたものである。娘は20代中盤〜30代前半か。沢登りに相当な情熱があるらしく、ネットや本で沢登りコースを研究し、毎週のように行っているらしい。これまた大したものだ。
林道のガードレールが切れているところから斜面に踏み跡が付いており、沢に降りられるようになっている。この沢は基本、林道に沿っている。
腐りそうな木橋を渡り、沢に降りる。
入渓点で彼女らと別れ、3人で水中を歩き始める。8:45。
水は冷たい。そしてグリーンに澄み切っている。今日は釜で泳ぐ場所が多くあるとのことで、この冷たさにビビる。
渓相は奥多摩らしく、緑色に苔むす岩が川にゴロゴロしている。川幅は広くなく、清冽な水が岩々の間から流れ落ちている。
歩き始めて10分もしないうちに深い淵が現れた。早くも泳ぎである。冷たい水に入る。どんどん深くなり、足が付かなくなる。泳いで先の小滝に取り付く。
その後、次々と淵が出てくる。その度に泳いで突破する。寒いが楽しい。
滝は多くないし、高い滝もない。岩の間を上がり、淵を泳ぎ、小滝を登る。
途中堰堤が2か所あり、これは巻いて超える。
3時間弱で野営した海沢園地脇まで到達。ここから林道へはすぐに上がれる。ここで終了。11時半。
海沢川 沢登り 動画(ユーチューブ)
海沢川 沢登り 写真集
着替え、テントを撤収し、荷物をまとめる。昼飯は朝の残りのパン。冷たい水で泳いだ後のホットコーヒーが美味い。
まだ沢母娘は帰ってきていない。昼を回り、我々は荷物を担いで園地を後にし、歩いて林道を下りる、帰りは荷物も減ったし、下りなので歩くもOKだろう。
途中、林道から沢を見下ろして母娘がいないかを確認する。すると、いた。彼女らは、2個目の堰堤を巻いているところだった。左岸の山の斜面を、ロープを使って登っていた。お母さんの方が先に上に着いてロープを出し、娘が登って来ていた。ここは我々は右岸から登ったのだが、彼女らはロープの練習でもしているのだろうか。
声をかけると向こうも気づいた。そしてその後堰堤を超えて沢に降りた彼女らに我々は林道から声をかけてしばらく話した。
聞けば、我々と同じく、すべての釜を泳いで突破したという。お母さんは泳げないそうなのだが、ライフジャケットを着て、始めに泳いで渡った娘にロープを出してもらって泳いでクリアしたという。素晴らしい。
もうすぐ彼女らも終了点に着くだろう。時間をかけてはいるが、早く登ることが目的ではなく、楽しんで登ることが目的であるので問題ない。なにより、彼女らは全身ずぶ濡れになりながら、子供のような笑顔をしていた。
彼女らと別れ、林道を下りる、林道の下の方に、「アメリカキャンプ村」というアウトドア施設があり、多くの人でにぎわっている。BBQや川遊び、キャンプなどを楽しめるようで、夏休みの家族連れが歓声を上げている。
林道が終わり、大きな幹線道路に出る。道路沿いに「東京都奥多摩さかな養殖センター」があり、プールのような水槽がいくつもあり、魚がうじゃうじゃ泳いでいる。ニジマスだろうか。
白丸駅に向かう。多摩川がダム状になった白丸湖では、スタンドアップカヌーの研修だろうか、たくさんの若者たちが湖面を漕いでいる。グリーンの湖面が美しい。
白丸駅に着く。無人駅だが、周りには小さな町がある。しばらく待つと青梅線下り列車がやって来た。
車内では私以外の二人は、座席に座った途端に眠りに落ちる。私もしばらくして睡魔に負ける。早起きして沢登り、昨日はキャンプだったからそりゃ睡眠不足だ。心地よい疲れと相まって、眠りに落ちるのは必定。昔子供の頃のプール帰りのバスを思い出す。
立川のエキナカでラーメン。エキナカだがなかなかいける。
千葉に着いたのは8時半ごろ。
いい週末だった。
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2017/8/22 (Tue.)
梨沢・七ツ釜渓谷 晴れ@千葉
先日ネットで新しい水陸両用靴を2980円で買った(ネット通販)ので、早速グリップを確かめに、富津市の梨沢・七ツ釜渓谷へ沢登りに出かけた。
梨沢公民館に車を停め、そこで着替える。そこから30分くらい歩いて沢に入渓。11時30分。
梨沢・七ツ釜渓谷は2013年の6月に一度行ったので4年ぶりである。梨沢大滝の威容がなんといっても印象的な沢である。
途中、大きな落石の様子が変わっていて、谷も山も生きていることを実感する。しかし沢登っている最中に地震などで大きな落石があったらと思うと戦慄である。
梨沢大滝は、ゴルジュの先に変わらずそびえていた。水量もそれほど変わらない。左岸の壁が一部くり抜かれ、石の仏像が安置されている。この滝は別名「不動滝」である。
左側から大滝を登る。その先は「七ツ釜」と呼ばれ、釜と小滝が続く。一番奥の方の大釜は、大きく変容していた。倒木や土砂が多く谷に流れ込み、昔は大きかった釜がふさがりかけている。
カエル、ハヤ、ハンミョウ、沢ガニなど、相変わらず房総の沢は生命に満ちている。鹿の足跡も多い。
さて、肝心の沢靴のグリップはというと、それほど良くない。割と岩で滑る。もちろん、ぬめりのある石や岩では、どんな靴でも滑るのだが、今回新調した靴は以前使っていた靴よりもグリップがいいとは思えない。
沢でのグリップ力つまり、水に濡れた岩やコケ等が付いたぬめりのある岩に対してどれだけ滑らないかは、ソールのゴム質と靴底の形状がポイントだと考えるが、この靴はそれほどのグリップではなさそうだ。購入した通販サイトには、「水場やアウトドアで抜群のグリップ力」という宣伝だったが、あっさりとそれが誤っていたことが分かる。まぁ、沢という環境は特殊ではあるのだが。
3時間近く沢を歩いて終了点の堰堤から山に上がる。すぐに林道に出れる。素掘りのトンネルを3つくぐって、途中廃屋などを横目に見つつ集落の中を歩く。房総の山の緑と田の緑の間に、民家が点在する。癒しの風景と思いつつ、ここでの生活について思いめぐらせる。少なくとも買い物にはとても不便だろう。
沢でもたくさんいたが、林道にもハンミョウがやたらと多い。彼らは、舗装道路の上にいて、私が歩いてくと一斉に飛び立ってしばらく飛んでまた道に降り立つ、ハンミョウを蹴散らしながら歩いていく。
1時間ほどで車を停めた梨沢公民館に戻る。
梨沢・七ツ釜渓谷 写真集
その晩は、南房総市で野営する予定だったが、林道が通行止めのため、断念して家に帰る。自炊だけはしたいので、千葉市内に戻り、昭和の森に行ってみるがもう閉園して駐車場も閉鎖している。近くの小中池の駐車場は入れたのでここにする。コンロを使って飯を作る。実は、8月1日に終了した旅で余った食料があったので、自炊したかったのである。ご飯と麻婆豆腐。これでほぼ食料は消費した。
夜、広々した駐車場に時々車がやって来る。こないだまでの旅を思い出す。夜の駐車場でコンロで飯を作って食っている私は、やはり客観的な目で見れば普通ではない。これが山とか川だったら違和感がないのだが。 |
2017/8/20 (Sun.)
千葉 親子三大夏祭り 曇り@千葉
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北辰一刀流 演武 |
今日は船橋港に入港しているという南極観測船・しらせを見に行こうと思って南船橋まで行ったのだが、ここから出ているはずの港行きの無料バスが見当たらない。係員とおぼしき人に聞いてみると、「午後2時でバスは終了しました」とのこと。ガーン。時間を確かめずにわざわざここまで足労してしまった。
私は8月1日に横須賀軍港巡りにて、横須賀港に入港している「しらせ」を見たのだが、それがいま船橋港に入港し、内部が一般公開されているのだ。ここにはすでに引退した先代のしらせも係留してあり、今回は先代と現役のしらせを両方見ることのできる機会だとのことである。
ここからの無料バスだけを当てにしており、どうやって船橋港に行ったらいいか分からないので、仕方なく千葉に戻る。
千葉市では、毎年恒例の「親子三大夏祭り」が挙行されている。昨日今日の土日2日間開催である。千葉中央公園にステージが設置され、隙間なく出店が出て、近くの通りを神輿が楽隊とともに次々と通り過ぎる。賑わいは半端じゃない。
公園脇では出し物をやっていて、和太鼓演奏や千葉道場の北辰一刀流の演武などを見た。千葉周作が創始した北辰一刀流は、坂本龍馬、清河八郎、山岡鉄舟、山南敬助ら、幕末の名だたる志士たちが学んだ剣術と言われている。
なんで千葉市の親子三大夏祭りに出演するのだろうか?まさか、「千葉」つながり?
演武は着物を着たメンバーが刀を持って型や居合などを披露した。中には外人さんも一人混じっていて、外国人における「剣」や「刀」の人気の高さを感じさせる。
ちょっと話は変わるが、刀や侍のほか、外人は忍者が大好きである。7月、全国行脚中に伊賀の忍者博物館に行ったのだが、外人観光客がたくさんいた。きっと、日本映画やアニメで見るのだろう。 |
2017/8/12 (Sat.)〜8/13 (Sun.)
大房岬(だいぶさみさき)での野外活動、竹岡式ラーメン

レトルトカレーの夕食 |

ペルセウス座流星群の観察 |
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海カヌー。大房岬を周る |
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お盆の週末、房総半島内房の大房岬でキャンプする。いつものメンバー3人。
今回の活動は以下。
@ペルセウス座流星群の観察
A海カヌー
土曜日の午後から動き出し、千葉みなと駅のスーパーでキャンプ食料を買い出しし、南房総市富浦町の大房岬の大房岬自然公園に着いたのは夜8時頃。
駐車場は車で一杯になっている。映画無料鑑賞会を近くでやっているらしいが、それにしても車が多い。この公園にはキャンプ場もあるので、キャンプ客の車も混じっているのかもしれない。
駐車場から階段を上がったところ、林の片隅に木のベンチがあるコンクリートの一画がある。3m×3mくらいのスペースだが、コンロを出して炊事するのにはちょうどいい空間だ。
キャンプ用のバーナー2台でご飯を炊き、レトルトカレー用のお湯を沸かす。
レトルトカレー、美味い。
雨がパラパラ降っている。これじゃあ星は見えないか。
飯を食い終わった後、海沿いの芝生広場に移動する。めいめいヘッドライトを頭に着けて真っ暗な公園を歩く。芝生広場は海沿いで、夜ながらも気持ちいい場所である。夏の夜、涼しい風が吹き渡る。
屋根のある東屋で3人で酒を飲みながら空を見上げる。雲に覆われていて星は見えないが、風があり雲は流れている。
東屋にはなぜかゴキブリがやたらと多い。木造の造作の隙間からぞろぞろ出てくる。
そして蚊も多い。蚊取り線香を3つ焚いてしのぐ。
夜半、月が出たり隠れたりしている。そのうち、雲は晴れてきた。
12時を過ぎた頃、芝生の上にマットを敷き、3人して横になって空を見上げる。雲はだいぶ晴れたが、常に流れ続けている。
流れ星が見え始めたが、2時過ぎまでで3人合わせて10個くらいの流星が見えたのみだった。
天気には勝てない。
芝生の上で寝袋に入り、そのまま眠りに落ちる。
4時過ぎ。空は濃い紺色からどんどん薄くなってくる。雲はだいぶ去った。がすでに空から星は消えている。
5時にはもう明るくなっている。すぐ下の海岸は釣り場となっているらしく、朝5時から数人の釣り人が芝生広場の脇を通り過ぎる。夜明けの芝生の上で横になっている我々を見てギョッとしたに違いない。死人だと思われなくてよかった。
ほとんど寝てないので横になったままだが、明るくなると眠れなくなる。仕方なく5時過ぎには芝生から起き上がる。
朝食のパンを食べ、コーヒーを沸かす。東屋には夜中あれほど蠢いていたゴキブリの姿は見えなくなっている。
芝生広場は思った通り海を見渡せるいいところだった。眼下の岩場の先に東京湾の海。釣り人が何人かいる。左手には大房岬の岸壁が地層をむき出しにしている。
海の先には対岸の神奈川県や東京都が見える。こうしてみると東京湾は狭い。
公園を歩いて駐車場に戻る。駐車場にあるトイレで朝のお通じ。
車で富浦港に移動。まだ6時を過ぎたばかりであるが、朝も早よから車がびっしりと港の防波堤沿いに止まっている。多くは釣り客のようである。その他、小さい砂浜でキャンプしている家族連れもいる。
道の上で2艘のカヌーを組み立て、砂浜から海に漕ぎ出す。波は穏やかだ。何回かここに来ている裕助によれば、今日の波は大変穏やかなのだという。
富浦港は大房岬の北側の付け根にあり、そこから大房岬を周りこむようにカヌーを進ませる。
岬は基本むき出しの岩山であり、そこから続く岩礁が海に見え隠れする。
海の透明度は高い。コバルトブルーの小さな熱帯魚がうじゃうじゃいる。館山の沖の島でも様々な種類の原色の熱帯魚がたくさん泳いでいたが、ここもそうである。
脇に浮かんでいる岩礁島には何人かの釣り人が上陸している。タイとかメバルとかが釣れるのだろうか。磯場的な海なので、釣れるのだろう。
岬の南側まで周るには時間がかかりそうだったので、途中で引き返す。ちなみに、昨晩星を見た芝生広場は、岬の南側にある。
大房岬は、黒船到来以降大東亜戦争まで、東京湾監視のための要塞があった。そして防空壕や回天発射台があったとのことである。回天とは、大東亜戦争時の特攻兵器である。大型魚雷のような形をしており、人が操縦して敵艦に突っ込む。まさに人間魚雷である。
公園内では先ごろ不発弾が見つかったとのことで、戦争の記憶を留めている。
カヌーをたたみ、千葉に向かって帰途につく。
昼飯は千葉三大ラーメンの一つ、竹岡式ラーメン。千葉の三大ラーメンとは、勝浦タンタンメン、竹岡式ラーメン、アリランラーメンだそうである。私は千葉県民だがラーメンに興味がないのでこんなこと知らない。勝浦タンタンメンはB級グルメとして出てきて、まだ20年くらいしかたっていないのではないだろうか。
さて、竹岡式ラーメン。富津市の竹岡にある「梅乃家」が発祥らしい。その梅乃家に11時半に着いたが、すでに10人くらいが並んでいる。我々が並んでいる間にもどんどん車が入ってくる。横浜や東京方面のナンバーも多い。わざわざアクアラインを渡ってくるのだろうか。12時が近づくにつれ、どんどん列が長くなる。
オバちゃんが注文を聞きにくる。メニューは2種類。ラーメン800円と、大盛りラーメン850円。大盛りで50円しか違わないのならと、3人とも大盛りラーメンを頼む。実際にはチャーシューメンと大盛りチャーシューメンもあるらしいが、チャーシューがなくなり次第閉店なので、土日はラーメンだけに絞り、より多くの人に食べてもらうようにという配慮だろう。
我々は20分くらいで店に入れた。だがここからまた待たされる。
店は小さく、テーブル席が5つくらいしかない。よって満席で25人くらいだろうか。
厨房では3人くらいのおばちゃんがラーメンを作っている。地元のオバちゃんたちが始めたというのも特色らしい。
竹岡式ラーメンの梅乃家。行列のできる店 |

竹岡式ラーメン。マズい。 |
さらに15分くらい待って、ついに大盛りラーメンがやって来た。見た目からして?マーク。
先に結論を言えば、これほどマズいラーメンを店で食べたことはない。
スープ:ダシは取らず、チャーシューの煮汁に醤油。味が薄い。コクもうまみもない。
麺:乾麺。つまりインスタントラーメンと同じ。
これ以外に、メンマ、玉ねぎを刻んだもの、チャーシューが入っている。
見た目からもう、美味そうには見えない。食べてみると、スープも麺もマズい。頼みの綱のチャーシューはと言えば、肉厚で柔らかく、「これならいける!」と初めは思っていたが、しばらくするとすぐに異様にしょっぱいことに気づく。味付け悪い。
もう途中から食べるのが苦痛になって来た。大盛りがたったの50円増しだというのも分かる。この乾麺分なのだ。そりゃ原価はかかっていない。
このマズいラーメンが800円(大盛り850円)。乾麺なので原価のほとんどはチャーシューといえるが、それもダメとなれば、もう救いようがない。
なぜこのラーメンが800円もして、あまつさえ行列ができるほど人気なのだろうか?
みんな味覚がおかしいのだろうか?さすがにこれだけ並ぶということになれば、新規客だけではあるまい。リピート客がいるはずである。なぜ彼らは再びこんなラーメンを食べようと思うのだろうか?病みつきになる成分がどこかに入っているのかもしれない。
とにかく最近では有数の衝撃を受けたラーメンだった。マズさと理解不能な行列。100歩譲って地元の人ならまだしも、このラーメンを食べに、なぜ東京や神奈川からわざわざ来るのか?
大房岬 写真集
<後記>
千葉市のドラッグストアには、この竹岡式ラーメンのインスタントラーメン(袋およびカップ)が売っている。2度と店には行くまいと思うのだが、試しにインスタントはどうかと買ってみた(もっとも、店で食べてもインスタントラーメンにチャーシューを乗せただけのようなものであるが)。
インスタントラーメンだと思えば、美味くはないがまぁ我慢はできるような味だった。要は、あれを800円で店で出されることが衝撃なのである。インスタントラーメンを98円で買って食べるのとはわけが違う。
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2017/8/11 (Fri.)
大井競馬
大井競馬に参戦。特別企画として、相馬野馬追の甲冑競馬披露があった。ほら貝を吹き鳴らし、出陣の合図の後、甲冑に身を包み旗指物を指した騎馬武者による競馬が、大井競馬場のダートコースで披露される。
相馬野馬追は毎年7月下旬に行われる。私は震災翌年に見に行った。その模様はこちら。
馬券は、やはり負け。 |
2017/8/9 (Wed.)
靖国神社参拝 晴れ、暑い@東京
戦後72年目の8月。初めて靖国神社を参拝した。
暑い。今日は72回目の長崎原爆記念日である。あの大虐殺を犯したアメリカ人はいまだに罪に問われていないが、それは別として、日本人はこの日を永遠に忘れるわけにはいかない。
大鳥居をくぐる。この鳥居もデカい。日本一デカい鳥居は、7月に行った熊野本宮本社の大斎原(おおゆのはら)の鳥居だと聞いたが、靖国神社の大鳥居もかなりデカい。(大斎原は、旧熊野本宮大社があった場所である。洪水により大社は今の場所に移動した)
大村益次郎の銅像が高い土台の上にそびえている。彼は長州藩の町医者出身ながら、後に兵学を修め、藩の軍司令官として実績を上げ、維新後も戊辰戦争を指揮して勝利をおさめ、日本陸軍を創立した。だからこの武門の神社である靖国神社に銅像があるのだろう。
終戦記念日も近い8月の靖国神社には、右翼団体の車が数台停まっている。そして、参拝しようとすると、おそらくどこかの右翼団体であろう、特攻服を着た人々が団体参拝をしており、一般参拝者は彼らが参拝を終えるのを待つことになった。
参拝。靖国神社は明治2年(1869年)、東京招魂社として建立。その後明治12年(1879年)に靖国神社に改称。
ここには、明治維新から戊辰戦争、西南戦争、日清戦争、日露戦争、満州事変、支那事変から大東亜戦争に至る日本の近代史の中で、国のために戦死した人々が祀られている。軍人だけでなく、坂本龍馬、吉田松陰、高杉晋作といった幕末の志士や、戦場で救護を担当した従軍看護婦や女学生、軍属、文官なども多く含まれている。
英霊の数は246万6千余。
参拝後、併設された遊就館を見学する。ここでは、明治維新から大東亜戦争まで、日本の近代史をパネルで紹介し、また武具や甲冑、大東亜戦争で亡くなった将兵の遺書・遺影などが展示されている。遺書・遺影の展示は、知覧(鹿児島県の特攻基地だった街)の特攻平和記念館や津市香良洲(海軍航空隊予科練があった場所)にある歴史資料館を思い出させる。
目を引くのは、大展示室にある大型兵器である。零戦、桜花、回天、震洋といった特攻兵器や、戦車、砲塔、泰緬鉄道で活躍した蒸気機関車などが展示してある。
4時間半くらい見学したのだが、最後の方は見終わらず、16:30の閉館時間になってしまった。最後は駆け足で見て泣く泣く退館する。博物館とか資料館で、私は時間をかけすぎるきらいがある(笑)。いろいろ読みたいたちなのだ。
遊就館の外には、パール判事を称えた顕彰碑が建っている。インドの判事であるパール氏は、かの茶番劇、極東国際軍事裁判(通称東京裁判)において、唯一理性的・論理的な判断を下し、「戦犯は全員無罪」を主張した人物である。当然であろう。「人道に対する罪」などを持ち出して来たところで、全戦争参加国は罪を免れない。
何回も本ページで言ってると思うので恐縮だが、あえて繰り返せば、なぜ日本の軍人・文官だけが裁かれ、もっと大きな罪、例えば広島・長崎へ原爆投下し、十数万の一般市民の命を一瞬のうちに奪ったアメリカの政策責任者の罪が問われないのか?全く笑止である。東京裁判は、戦勝国の戦勝国理論による勝手な裁判に過ぎない。いや裁判とは呼べない。裁判とは正当な法に基づき有罪・無罪や罪状を、公正に判断するものである。この東京裁判は、日本への憎悪から発する単なる報復懲罰でしかない。
結局、敗戦国にはモノを言う口は持たされないのである。
アメリカの占領政策により日本は骨抜きにされ、72年経ったいまでも我々はなぜか彼らが起草した憲法を使っている。自衛隊の矛盾は解消せねばならない。自衛隊はれっきとした軍隊であろう。日本の安全保障に直結する問題である。日本国の安全を日本人が守らないでどうする。
戦没者の慰霊・忠魂碑というのは、日本津々浦々にある。今回の全国行脚の旅行でそれを再認識した。日本全国から兵士が出征し海外で戦死し、加えアメリカ軍の空襲で日本各都市の一般市民までが大量に殺害された。
戦没者慰霊の総本山が靖国神社である。すべての英霊の御霊を弔う。
異国で戦死した将兵たちは、「靖国で会おう」という言葉を交わして散っていった。天寿を全うできずに、祖国に帰ることもできず、国のため、死を受け入れるしかなかったのである。
今の平和な日本は、彼らの礎の上にある、ということを絶対に忘れてはならない。
<別記>
日本人は戦後教育で「あの大東亜戦争は日本が悪かった」と刷り込まれている。自虐史観というやつだ。それに対して大東亜戦争肯定論というまた極端な論が出てきて、それが左翼対右翼のイデオロギー論争にまでつながっている。
大東亜戦争前後の背景や経緯について知る良書として、『アメリカの鏡・日本』という本をお勧めする。これはアメリカ人のヘレン・ミアーズという女性が、戦後3年の1948年に著したもので、アメリカ人ながら非常に公平・公正な目で状況を俯瞰・洞察している。彼女は日本在住経験もあり、戦時には日本社会についてアメリカの大学で講義し、戦後はGHQの「労働政策11人委員会」のメンバーとして、戦後日本の労働基準法の策定に携わった人物である。
私はミャンマー時代に同書を知人より勧められ、最近読んだのだが、秀逸な書物である。
表題は、明治維新以降、日本の西洋化政策の下にアメリカ(および西洋諸国)が日本を教育し、その結果として満州事変、大東亜戦争が起こり、その意味で、日本という国は、アメリカを映す鏡だ、という思いを込めている。 |
2017/8/5 (Sat.)
飲み会 @千葉
戦後72回目の広島原爆記念日。
私の全国行脚の旅の帰還を祝い、千葉の友人と飲み会。いつものペニーレイン。 |