2006/7/31 (Mon.)
高層マンションとエネルギー保存の法則
家の近くに豪華な高層マンションが建っている。15階建てくらいだろうか。夜会社帰り、トボトボと家への道すがら、疲れた体を引きずりながら、穏やかな淡い灯に包まれて空高く立ちはだかるこの”人の造りしもの”を見上げる。
(何で人はあんな高いところに好きこのんで住むんだろう?)
ヒトは、高いところに住むことで、その死のリスクを高めている。わざわざ高いところに上がることで自分自身の位置エネルギーを高め、人間本来の持つエネルギーとは比較にならないポテンシャルを持った状態で生きている。
そりゃ、都会には人が多すぎて、住む土地が足りないのは分かる。だから人はz軸方向へ住む場所を展開していって高いビルが目白押しになる。要は人が多すぎ。
よくベッドタウンの高級高層マンションは、高層階ほど人気が高いと言うが、あれはどうしてだろう。眺めがいいからか。「下界を見下してやる」という、人間の忌むべき虚栄心の表れか。
飛島・ラピュタに住むのならともかく、地面に縛られて高く上がっても、中途半端なだけだ。人は地球に根ざさな。
マンションからの相次ぐ小学生の転落。マジックマッシュルームでラリった大学生が転落死。そんな高いところに上がっていなければたとえラリっていても死ななかったのに。 |
2006/7/27 (Thu.)
ドッキリ?
今日は久しぶりに面白い光景を見た。

バスの中で眠る少年
(エルサルバドルの長距離バス) |
夜10時前の山手線。酔っ払いオヤジの周りには、男子高校生と見える若者の一団が座っていた。
オヤジはかなり酒に酔っているらしい。幸せな笑顔で口をあけながら眠りこけている。彼を挟むように高校生の5,6人の集団が座っている。
と、徐々に眠っているオヤジの体が傾いてきた。隣の若者の肩に頭を乗せ、相変わらず眠りこけている。若者は仲間に笑われながら苦笑をしながらおどける。
オヤジの体はさらに傾き、完全に横の若者によっかかる形となったので、たまりかねた若者がオヤジから逃れるように席を立った。するとオヤジはそのままさらに傾き続け、シートに横になった。立った若者の横の若者も席を立って、高校生軍団は、シートに横になって眠りこけるオヤジを見ながら笑っている。目の前の向かいに座っていた僕もこれには笑ってしまった。
高校生の一団はもとより、近くにいるすべての乗客たちに見守られ、笑われながら、オヤジはシートに長々と横になっていつまでも安らかで幸せそうな眠りについていた。僕は実はこのオヤジは巧妙な仕掛け人で、車両のどこかで隠しカメラがこっそり乗客たちの反応を撮影してる”ドッキリ”かもしれないと思って、思わず車内を見回したほどだ。
何はともあれ、久しぶりにイイもの、いやほほえましいものを見せてもらった気がした。ジャパニーズ・ビジネスマン・イン・夜の山手線。
そんなことがあった後、最寄の京急駅から家への帰り道、雨が降っていた。夏の始まり、かえるたちが雨のアスファルトに出てきて、跳ねる。初夏の雨の日、田んぼ横の道を車で走ると次々に小かえるが跳ねて、踏み潰さないように走るのにひどく苦労する。 |
2006/7/23 (Sun.)
新生活(2) 本当に必要なものは何か?
僕は2003年12月エクアドルに行く前、大部分の大物家具を友人にあげるか、リサイクルショップに売り払った。冷蔵庫、洗濯機、ソファ、カラーボックス、ちゃぶ台、電子レンジ、キッチンワゴン等々。
再び3年ぶりに東京一人生活を始めるにあたり、さて、これから何が必要だろうか、と考えた。
今日、1ヶ月以上冷蔵庫なしの生活を続けたあげく、リサイクルショップで中古の小型冷蔵庫を買った。うーん、こいつはさすがに便利だ。特に夏はいつでも冷たい飲み物が飲めるのがいい。この1ヶ月、台所に放置したパンにすぐにカビが生えるのを見て、冷蔵庫の素晴らしさをまざまざと感じた。

夕暮れ、中央線の高架を見上げる(神田付近) |
そういえば僕が住んでた南米エクアドルでは、冷蔵庫はほぼどの家庭にもあった。すぐに食べ物が腐る環境の暑い国では、冷蔵庫は必需品だ。まさに文明の利器。一方、洗濯機がない家は結構多かった。手とたらいで洗っているのだ。インディヘナ(中南米先住民)のオバサンなんかは、街を流れる川で白昼堂々と洗い、洗ったあとは色とりどりの洗濯物を土手の芝生上に広々と広げて乾かす。
昭和の高度成長期に3種の神器と呼ばれた、テレビ、冷蔵庫、洗濯機。テレビと洗濯機はなくてもまぁそれほど困らないと思うが、冷蔵庫はないとかなりめんどくさくなる。これは神器にふさわしい活躍をしている、と改めて思った。
昔はニトリとか東京インテリア家具とか安物家具屋、いわゆるユニクロ家具屋版に行くと、欲しいものが沢山あってドキドキしたものだ。この家具は俺の部屋に合うかな、サイズはどうかな、いやこれとあれとのコーディネートは・・・などと考えただけでワクワクしたものだ。買わなくても家具屋で品物を見て回るだけで楽しい。これが買い物の一番の醍醐味なんだろうなぁ、と思う。
だが今ではどれもこれもほとんど必要のないものと感じる。結局人間が生活するうえで必要なモノってのはそれほど多くないな、ってのが今の実感だ。今の世の中にあふれているのは、「あれば結構便利だけど、別になくても困らない」ってモノがほとんどだ。
新居の流し下の収納スペースに入りきらない、サイズ大きめの米びつ。前の家のときその収納に合わせて買ったのだけれど、今度の家の収納には入りきらず、扉が閉まりきらないけどまぁいい。新しくこんなものを買う気になれない。
テレビ台?ダンボールで充分。
キッチンワゴン?必要なし。というか置くスペースがない。食パンとか菓子パンとか、置く場所なくていつも台所の床に置いているけど、別に支障ない。
台所の足下マットは、トイレ用の、便器の形に合わせてくびれた形のものを置いている。ひと目で「何か違う」って分かるけど、トイレに置く必要もなし、だったら水がよくたれる台所の流しの下に置く。何となくシュールでしょ(笑)。
携帯電話もまぁほとんど必要ない。誰もかけてこないし、かける必要もない。鳴らない、電話。今まで固定電話も持っていたが、今となると何とカネを無駄遣いしていたかと感じる。固定電話なんて必要なし。とりあえず、急病や事故で死にそうになった時に自力で救急車を呼べるよう、一つ電話があればいい。 |
2006/7/8 (Sat.)

保養所の豪華夕食3150円 |
3年ぶりの熱海温泉麻雀
エクアドルに行く前、今からちょうど3年前の2003年7月、会社の仲間と熱海にある会社の保養所で金曜の夜から土曜の朝まで麻雀をやって以来、再び麻雀大会を挙行した。
エクアドルの調子で打っていると、どうもあんばいがおかしい。中盤以降、ダマで張ってる相手に、次々と振り込んでしまったのだ。ここで気づいた。
(エクアドルでは随分甘い麻雀をやっていたのだな。)
序盤はそんなわけで沈んでしまったが、後半は調子を取り戻した。が結局トータルではわずかなプラスで徹マン終了。
3年前と同じ、熱海の海を展望しながらの朝風呂は、今ひとつ爽快とはいかなかった。 |
2006/7/5 (Wed.)
ゴキブリ強迫観念
ある日の夜、家でくつろいでいる一人暮らしの男の部屋。突然頭上の電灯の光を横切って黒い物体が羽ばたいた。この生物は、羽をバタバタ動かして飛び、男の向かいのガラス窓に取りつき、すぐにカーテンの裏にその姿を隠した。
その後、男は部屋の中で黒い楕円形の物体が目の端に入っただけでゴキブリだと思って背筋を凍らせるようになった。一体この狭い部屋のどこに奴は潜んでいるのか。どこかにいることは間違いない。だがどこにいるのか分からない。いつ陰から飛び出してくるか、気が気じゃない。どこだ、チクショウ・・・。これがゴキブリ強迫観念。
(そういえば余談だけれど、昔宮城県内の会社の寮に住んでいた頃、僕の部屋にはネズミが住んでいた。時々物音がするので見ると、物陰でじっとこちらを伺っていた。初めて見たときは腰が抜けるほどビビッたけど、そのうち慣れてきて、音がして奴が駆け抜けてもさほど驚かなくなった。その意味ではゴキブリよりもネズミの方がまだ気が落ち着く。ネズミは踏み潰して殺せないしね。殺るんなら毒団子だけど、あれを使うとネズミは物陰で死んでしばらく気づかないと死体が腐ってとてつもない匂いを立てるからタチが悪い。)
ゴキブリの侵入を許した翌日、男は早速ゴキブリホイホイを買ってきて、家中に設置した。30分おきくらいにかかっているか確認するが、いつまでたっても収穫なし。そうしているうちに奴は再び机の下に現れた。必死で新聞紙で叩き殺そうとするが逃亡を許す。この男の部屋は散らかりすぎていて、ゴキブリの隠れ場所の宝庫なのだ。この日も枕を高くして寝れず。
次の日、会社から帰ってみると、いきなり台所の食べかけのパンの上にいる奴が目に飛び込んでくる。一瞬血の気が引いた後、すぐに全身に熱い血がたぎってくる。カッとなって逃げ出した奴を潰そうとするがまたもや物陰に滑り込まれる。
「コノヤロー、おれの大切なパンを・・・、よくも、よくも台無しにしやがったな!!!」
この後、男の前に再びゴキブリは現れた。ついに新聞紙で仕留める。これでやっと安心して眠れる・・・。
例えば、銀座一等地の宝石店。高級そうなスーツ姿の店員女性が、これまたゴージャス系のオバサン客に応対している明るい店内。ホコリひとつないピカピカのまばゆい床に、テカった黒いゴキブリがササササと這っている姿を想像する。 |
2006/7/3 (Mon.)
ワールドカップ ユニフォーム交換とあるおもいで
プロレベルのサッカーの試合では、死力を尽くして戦った両チームの選手が、試合終了のホイッスルとともにユニフォームを交換するのが習慣化している。これは他のスポーツではあまり見たことがないので、サッカー特有の光景であろう。

福島県JR郡山駅ホームの”白ポスト” |
そもそもどういういきさつで始まったのかは知らないが、この習慣で僕が思い出すことがある。
ユニフォームは、決してきれいなものではない、ということだ。
中学時代、僕はサッカー部だった。同級生のAは、下手クソながらも、顧問のスパルタ教師に常に叱責されながらも、がんばって練習していた。
ある日の紅白戦。僕はAと競り合って、彼の上腕部あたり、シャツの袖が僕の頬に当たった。すると、奴の袖から、ヌルッーと糸を引く液体が僕の顔に伸びてくるではないか!一体何なのだ、この気色悪い液体は???
そう、それはAの鼻水。奴は、試合中自分のシャツの袖で鼻をかんでいたのだ!!!奴の袖には、たっぷりとかんだ鼻水がヌルヌル顔で待ち構えていたのである。
これ以来、僕がAとの接触プレーにおいて奴の袖に厳重な注意を払い続けたことは言うまでもない。
プロサッカー選手は、手鼻をかむので(よく試合中、片鼻を押さえて「フッ」ってやってるでしょ、あれです)、シャツに鼻水つけている人はいないと思いますがね。鼻水がついたユニフォームはあまりもらいたくないですからね。ちなみにあの”手鼻”は、昔から外国人選手がやっていて日本人選手はやっている人はほとんどいなかったのですが、最近は日本人選手もどんどん海外に出て行って、やる人が多くなりました。 |