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日記
(2010年7月)
2010/7/31 (Sat.)
梅雨らしい梅雨

雨の日カード

今年の梅雨は毎日雨で、梅雨らしい。6月から7月いっぱい、ほとんど毎日のように雨が降っている。
おかげで、行きつけのスーパー、ヨークベニマルがやっている「雨の日カード」のスタンプが貯まりに貯まる。

これは、雨の日に買い物すると、スタンプカードにスタンプを一つ押してくれ、これが3個貯まるとボックスティッシュ2箱、6個貯まるとボックスティッシュ5箱、9個貯まるとボックスティッシュ10箱もらえるのだ。

僕は6月中旬から7月いっぱいの期間中、スタンプが合計16個貯まり、ボックスティッシュを15箱ももらった。大体1ヶ月で16個と言うことは、少なくとも2日に一度は雨だった計算であり、感覚的には毎日雨だった感じである。

おそらくスーパー側はこんなに雨が降ると想定していなかったと見え、ボックスティッシュを交換に行ったら、在庫切れと言われ数日待たされた。ガソリンスタンドなどでもボックスティッシュは粗品として引っ張りだこなことからも分かるように、原価はきっと激安なんだろうけれど、これほど雨が降ってボックスティッシュが在庫切れとなるような事態は想定していなかったんだろう。それほど今年は連日雨だった。
ともかく、今年の長梅雨のおかげで、この先1年以上ボックスティッシュを買わなくてすみそうだ。
2010/7/17 (Sat.)〜7/19 (Mon.)
函館競馬場・函館

午前4時、青函フェリー(青森港)
 
青函フェリーは青森港を出港

市電 函館どっく前駅

函館競馬場

函館競馬場

函館グルメその1:塩ラーメン

函館山から、100万ドルの夜景

函館朝市名物、イカ釣堀

函館グルメその2:ラッキーピエロのチャイニーズチキンバーガー
 
元町公園から見た函館の港と山
 
旧函館区公会堂

ベイエリアの赤レンガ倉庫

函館グルメその3:ハセガワストアのやきとり弁当

函館はイカの街。マンホールのふたがイカ

最終決戦の地、五稜郭

夜の路面電車
 
スーパー白鳥22号 ⇔ 車内。いよいよ青函トンネルに突入

3連休を利用して函館へ。函館競馬場は、去年1年間は全面改修工事のため開催がなく、今年6/12にリニューアルオープンしたばかりで、今月が第2回開催である。
7月16日金曜日。またまたと言うべきか、栃木への出張から郡山に戻り、車で今度は北へ向かう。郡山を夜10時20分に出発。東北自動車道をひたすら北上。この道を通るのは一体何年ぶりだろう。福島を過ぎ仙台を過ぎ、もうすでに時計の針は0時を過ぎて7月17日に入り、盛岡を過ぎ青森へひた走る。遠い。岩手山SAで1度休憩。いつもながら金曜の夜はキツい。
ETCの休日割引導入以来、3連休の高速道路というものではあり得ない混雑が当たり前となったが、さすがにここまで北の東北自動車道は、真夜中ということもありそれほど混んでいない。それでも、以前と比べればかなり車が多い。

僕は朝4時半青森発の青函フェリーを予約していた。30分前までには手続きを済ませてください、と言われていたので、4時までには青森港のフェリー乗り場に着かなければならない。死に物狂いで走り、眠気も何とか凌ぎきり、午前3時にフェリーターミナルに着いた。
ここに車を置いて、身体だけ北海道に渡る。車ごとフェリーに乗ると、ベラボーに運賃が高くなるからだ。人だけなら片道1500円、車と一緒だと片道1万円以上する。

真夜中のフェリーターミナルは、この時間でも人がうごめいている。ここには、青函フェリーのほかに、津軽海峡フェリーという船も運航している。手続きを済ませ、車を駐車場に置き、いよいよ午前4時、フェリーに乗り込む。「はやぶさ」という名の巨大なカーフェリーだ。船首部分が口のように大きく開き、ここからトラックや乗用車が続々と乗り込んでいく。フェリーの中心部は巨大倉庫のように空洞になっていて、ここに車を詰めて詰めて積荷としていくのだ。

僕もこの”口”からフェリーに乗り込み、船室に上がる。2等船室のいわゆるタコ部屋ばかりかと思ったが、何と2段ベッドが合計10台ほどある。カーテンもあるので、ここならぐっすりと眠れそうである。僕は雑魚部屋ではなく、この2段ベッドの一つを取ることができた。これで料金が変わらないなら、絶対にこっちの方がいい。午前4時半。船は、耳が悪くなりそうに巨大な汽笛を鳴らして出港。函館までは4時間。船内には自販機、シャワー、トイレが揃っている。売店はなさそうだ。こんな時間にもかかわらず、客は結構多い。予約の電話では、その前後の便は満席だった。3連休の民族大移動だろう。

僕はすぐにベッドに横になり、カーテンを引いて眠る態勢に入った。だが、久々の泊付きフェリーということで、ワクワクする。興奮してなかなか寝付けない。船で寝るのはいつ以来だろうか。新島と式根島に行ったとき以来か。
今日は函館に着いたら一日競馬なので、パドックと本馬場を歩き回る体力を維持するためには、少しでも睡眠をとらねばならない。

7月17日(土)
函館競馬場・函館山

朝8時半。外は明るくなっていた。ほぼ定刻に船は函館のフェリーターミナルに到着。所要4時間。
北海道上陸は2度目である。函館は初めて。
青森側と比べ、こちら函館側のフェリーターミナルは、何もない。青森では広大な駐車場に車が待機しているのだが、早朝の函館側にはほとんど車が見当たらない。

寝足りない朝である。あまり眠れなかったので、気分は良くない。
青函フェリーの事務所で、函館競馬場への行き方を聞いてみる。とりあえず大通りに出て、そこからバスに乗れば行けそうだ。
待つこと15分でバスは来、運転手さんに降りるべきバス停を聞く。バスから土曜早朝の街を見ると、結構車も多いし、人も出ている。函館は活気のある町なのだろうか。
競馬場から200mくらいのところにある深堀町というバス停で降りる。午前9時40分。第1レースは10時40分発走(パドックが10時10分ごろ)なので、ちょうどいい時間だ。通りには、案の定人波がある。市電の通り沿いに競馬人たちと一緒に歩くと、函館競馬場が現れた。改装直後だけあって、ピカピカの建物である。中に入っても新しく開店したデパートのような、というかどっかの保養施設のような清潔さと明るさである。赤レンガとガラス張りを基調とした壁が、建物の印象を方向付けている。
馬券師たちはもうすでに集結していた。僕は腹ごしらえをしにフードコートへ向かった。朝飯を食っていないので腹ペコだ。ラーメン、カレー、ハンバーガー、フランクフルト、何でもある。

朝は曇っていたが、日が高くなるにつれ、徐々に晴れ間の時間が長くなってくる。日が出ると、結構暑い。函館はもっと涼しいと思っていた。
パドックで馬を見ていると、じわじわと暑さを感じてくる。パドックは赤レンガの壁が映える、明るい空間である。ただ、本馬場に行くのに1度階段を上らなくてはならないのがイマイチだ。そして本場場に下りるのにもう一度階段を降りなければならない。結構な運動量になる。
本馬場はローカルではあるが結構広々としている。

JRAも7月に入り、夏競馬シーズン突入で、ここから9月までローカル開催に移行。しばらくは新潟、福島、小倉、北海道(函館または札幌)での開催となる。
1レースから障害レース以外のすべてのレースを買うが、あえなく撃沈。明日は何としても勝たねば。
午後5時ごろ競馬場を後にする。明日日曜日は負けられない。
競馬場前に市電の競馬場前駅がある。ギャンブル後の人々がこの電車にすし詰めとなって市の中心部へと向かう。
僕は函館山に登り、100万ドルの夜景を見ることにする。その前に名物の函館塩ラーメンで腹ごしらえ。

ロープウェイで山頂に上る。往復1160円もする。ボッタクリだ。バスでは安く上がれることを後で知り、後悔する。ロープウェイは長蛇の列。20分くらい待ってやっと上がる。
夕刻の函館山山頂は、すでに手すりに二重三重に人垣ができており、とても写真を撮れる状態じゃない。彼らは夜景を写真に収めようと、早くから登っていい場所を取り、夕暮れを今か今かと待っているのである。
僕は仕方なく片隅の一隅で座り込んで日が暮れるのを待つ。寝不足の上今日一日競馬場で歩き回ってクタクタである。

そして陽は暮れかかり、徐々に街の灯が鮮やかさを増してくる。日の入り直後、薄暮の頃の夜景も美しい。街の街灯に照らされた街の建物がまだ見えるからだろう。そして夜の闇が深まるにつれ、建物はすべて漆黒の中に消え、光だけがまばゆく輝きだす。函館の夜景の素晴らしさは、その地形にある。街が海のせり出しでくびれていて、その中に凝縮しているのだ。光が凝縮し、周りの海は暗黒である。それを、ここ函館山から一望することが出来る。さすが1億円。ナポリ、香港と並ぶ、世界三大夜景の一つ。ちなみに100万ドルの夜景の由来は、ウソかホントか、電気代だとか。100万ドルも電気使えば、そら綺麗だわな。美しい夜景は表面だけ、灯のない漆黒の荒野は、深い。
それにしても凄まじい人出だ。8時を過ぎてもどんどん下からロープウェイを上がってくる。連休だけあってカップルや家族連れはもちろんのこと、中国人や韓国人の外人観光客も多い。北海道は中国人に人気だと聞いたことがある。ここの夜景は確かに一目見ておいて損はないだろう。近くの地元おじさんの話では、今日ほどクリアに見えるのはこの時期では珍しいとのこと。結構ガスが出て、街が見えにくくなることが多いらしい。
降りるのも一苦労。30分ほど列に並んでようやくロープウェイに乗れる。市電に乗って函館どっくへ。予約している民宿は函館どっくの近くにある安宿。もう9時40分だ。ちょうどスーパーがまだ開いていたので、明日の朝食を買い込む。パンとかジュースとか、かなりの安売りの品物が多い。いいスーパーに当たった。

地図を頼りに民宿を探す。見つけたのは、これ以上ないというくらいにぼろくて古い建物だった。玄関を開け、挨拶をする。オバちゃんが奥から出てきて迎えてくれる。内部も尋常でなく古い。もう何年も手入れがされていなさそうである。2階の和室に通された。2階に5部屋ほどあるようだが、誰も泊まっている気配はない。素泊まり1泊2800円。函館は全体的に安宿が多いが、その中でも最安であろう。だがこのオンボロさを見ればその安さが納得できる。だけど住めば都、部屋に落ち着いてしまえば別にボロいことは気にならない。オバちゃんが扇風機を他の部屋から持ってきてくれる。テレビもある。部屋は古いが問題ない。だが今日は風呂を焚いていないので、シャワーだけだという。ま、仕方ないか。シャワーを浴びて疲れた身体を立て直す。夜12時前、深い眠りに落ちた。

7月18日(日)
函館競馬場・函館観光

函館2日目。朝7時過ぎに起き、昨晩買っておいた菓子パンと缶コーヒーで朝食。8時過ぎに宿を出てしばらく周辺を歩く。昨日は夜で分からなかったが、宿の周りは函館どっくと呼ばれているだけあって海沿いに赤レンガ倉庫が立ち並んでいる。
8時半、市電で函館駅へ向かう。今日は市電を何度も乗ることになるので、お得な市電一日乗車券を購入した。

まずは函館駅で、明日の電車の予約をする。当初の計画では、帰りもフェリーに乗って青森に戻るつもりだったが、せっかく函館に来たのだから、青函トンネルを通って電車で帰ろうと思い立ったのだ。そして青函トンネルを見学できるJRのツアーがあるので、それに申し込むつもりで窓口に並ぶ。青函トンネルには、2つの海底駅があり、ツアーではここで特別に下車してトンネル内を2時間ほどで見学するのだ。聞けば聞くほどワクワクするではないか。しかし、残念ながら、明日の青函トンネル見学ツアーは、すでに予約でいっぱいとのこと。仕方なく青函トンネルを通って青森駅までの切符と特急券のみを購入する。スーパー白鳥という特急だ。青函トンネルを通る電車は、特急のみである。

切符購入後、有名な函館朝市を冷やかしに行く。豊富な魚介類が目白押しだ。生もの以外にも、さきいか等の加工品も目立つ。そして朝市名物が、イカ釣堀である。函館で一番有名な魚介類、イカを水槽に泳がせ、釣竿の先に餌をつけて釣り上げる。釣り上げたイカをその場でさばいて食べられるのだ。一尾1500円。高い。だが釣堀は人気で、親に見守られた子供が釣り糸をたらしている。結構難しそうだが、釣堀の主人にコツを教わるとたちどころに釣れる。だが気をつけなくてはならないのは、釣り上げられたイカは、最後の抵抗だろうか、水をピュ−っと吐き出すのだ。この攻撃をうまく避ければ、あとは釣りたてのイカを食べるだけである。
釣り上げられたイカの運命を頭から追い出し、朝市を後にする。再び市電に乗って競馬場へ。今日は何としても勝たねば。

・・・が健闘むなしく、この日も玉砕。2日間で大きな負債を抱えこむだけの結果に終わった。はるばる函館まで来て、この体たらくである。自分が情けない。
午後5時半、気を取り直して五稜郭公園へ。6時前、もう日が沈みかけている。人気のない公園を歩き回る。ジョギングをしている人が数人。

ここ五稜郭は、日本初の洋式城郭で、明治維新後の旧幕府軍対新政府軍の最後の戦闘地となったところである。ここで新撰組の土方歳三は戦死し、新政府軍の箱館総攻撃(当時は”箱館”と書いた)によって五稜郭は攻め落とされ、榎本武揚らが降伏、ついに明治維新後の内戦状態が終わりを告げた。1869年、この箱館戦争の終結をもって、明治時代が動き出したわけである。

現在の五稜郭公園には、中心部に箱館奉行所庁舎を復元建設中で、歴史展示館として近々オープンするようだ。近くに箱館戦争で使われた大砲が2門、展示されている。
夕暮れの堀沿いの道を歩く。公園中に木々が植えられている。今から140年前、ここで起きた激戦の血なまぐささは、全く感じられない。
堀には野外ステージが設置され、ここで夏の間、市民創作の函館野外劇という劇が行われている。どうやら歴史劇のようだ。7月は毎週金曜土曜の上演。開演7:45PM。夜の野外劇か。面白そうだ。立派な客席や照明設備も設けられ、今は誰もいないが、昨晩の土曜は相当盛り上がったのだろう。

公園横にそびえ建つ五稜郭タワーの前を通るとすぐに、函館B級グルメの決定版、函館ローカルハンバーガー屋のラッキーピエロ五稜郭公園前店がある。黄色基調でピエロの絵を描いた派手な外壁、そして地元の若者たちで賑わう店内は、独特のインテリアである。天使の人形とか、宗教画の壁紙とか、キリスト教的な内装。意味不明だが、オーナーが敬虔なクリスチャンなのかもしれない。ここは、ハンバーガーのみならず、カレーライスやスパゲッティもラインアップしている洋食屋だ。
ここで名物のチャイニーズチキンバーガーを食す。これは、鶏の甘辛揚げとレタス、マヨネーズを挟んだハンバーガーである。味的には、ちょうどケンタッキーフライドチキンの和風チキンカツサンドに似ている。全国ご当地バーガーナンバーワンに輝いたこのハンバーガーは、うん、美味い。だが、もともと平らでないどころかゴツゴツした球形の鶏のから揚げをパンに挟むというのが難点だ。そもそもハンバーガーに挟んではならないような形のものをパンに挟むので、食べにくいことが最大の欠点なのだ。が、それを除けば文句ない。

ラッキーピエロを出て、市電で函館どっくの宿に帰る。午後8時半。市電の窓外から、一瞬光る閃光が差し込んでくる。始め稲妻かと思ったが、よく見ると花火だった。今日はベイエリアで花火大会が開催されているらしい。市電の窓から、建物の切れ間に時々花火の穂の広がりが見え隠れする。音が後から届く。
函館どっく駅を降り、花火が見えるところに歩いていく。函館湾を見渡せる岸壁には、車で大勢の見物客が集まっていた。地元の人々も酒を片手に表に出てきている。ほどなく9時になり、花火は終了した。観客たちはぞろぞろ車に乗り込み、たちまち道は渋滞となる。
僕は宿に歩いて戻り、今日はオバちゃんにお願いして風呂を焚いてもらい、入る。函館最後の夜が過ぎる。

7月19日(月) 海の日
函館観光〜郡山帰着

函館最終日。3連休も最終日。8時に起き、民宿をチェックアウト。函館どっくのヨットハーバーや赤レンガ倉庫、どこかの学校の練習船や漁船が停泊している岸壁を歩き回る。朝の港では、漁船のメンバーが、船から陸に上がって輪になってラジオ体操をしている。

歩いて元町へ。ここ函館は、黒船来航以後他国との貿易港として神戸、長崎や横浜と並んで栄えた港町である。その名残りで、洋館やキリスト教会が残っている地区がある。そこが元町である。また、和洋折衷式の建物も多い。元町をそぞろ歩く。旧イギリス領事館、元町公園、旧函館区公会堂、ハリストス正教会。家々も洋風のものがあり、なかなか趣がある。

その後、ベイエリアへ。ここは港沿いにショッピングモールやレストランが立ち並ぶ。世界には星の数ほどこのような場所がある。ベイエリア。海や川沿いにショッピング・ダイニングゾーンを建設する。海の開放感と橋や船が織り成す非日常的な風景。それらの組み合わせにより人を集め、金を落とさせる。
ここ函館のベイエリアの特徴は、赤レンガ倉庫だ。倉庫内は改造され、ショッピングモールとなっている。
元町とかベイエリアとか赤レンガ倉庫とか、ここは横浜か!?と突っ込みを入れたくなる。横浜と函館、どっちが先だろう?
この後、市電に乗って五稜郭タワーへ。近くのハセガワストアで函館B級グルメ、やきとり弁当を食す。ハセガワストアというコンビニでは、店内でやきとりを焼いて、やきとり弁当をその場で作って売っている。このやきとりは、鶏ではなく、豚だというのがその特徴である。味は塩こしょう、たれ、から選べる。僕は塩コショウのやきとり弁当(中)を頼み、コンビニの外で食べる。ご飯の上に海苔が載って、さらにその上に豚肉とねぎの串刺しが3本載っている。食べてみるとしょっぱい。塩が効き過ぎである。作ってくれた店員の若者は、オーナーらしきおばさんに作りかたを指導されていたので、きっと新人なのだろう。味付けを間違えやがったか。

五稜郭タワーに登り、五稜郭公園と函館の街を見下ろす。

こうして僕は函館観光を終えた。後は函館駅からスーパー特急白鳥に乗って青函トンネル経由で青森に戻る。
思えば、函館という街は、観光地としてとても見所の多い街であり、観光しやすい街でもあった。街の規模がコンパクトなうえ、市電に乗れば主要な観光地どこにでも行ける。この市電が手軽な市民の足として使い勝手がいい。そしてB級グルメも多いし、観光すべきところも多い。いい。

函館駅12:53発スーパー白鳥22号。ホームを滑り出した電車は、すぐに山あいに入り込む。いくつかのトンネルを過ぎる。そのたびにこれが青函トンネルか?と不安になるが、客車前方の電光掲示板には、トンネルに入るたびにそのトンネル名が表示される。そしていよいよ青函トンネルへの突入。

青函トンネル。途方もない人間の労苦によって出来た、最大深度地下240m、全長53kmの大トンネルである。長さ53kmということは、時速100kmでも通過に30分はかかるのだ。海底部分には、吉岡海底駅と竜飛海底駅という、見学者が下車するためだけの臨時駅が2つある。本来なら、この竜飛海底駅で下車してトンネル見学をしたかったのだが、次回にすることにしよう。スーパー白鳥は、竜飛海底駅に停車。窓の外を見ると普通のトンネルのようだが、窓ガラスが曇ってよく見えない。ここは常に湿度100%の世界。海の底のさらに下。とても普通じゃないのだ。あぁ、ここまで来てこんな特別な場所に降りられないとは。
そして電車は出発し、またいつ終わるとも分からないトンネルを走り始める。永遠にこのトンネルは続くのではないかと思われた頃、電車は外の世界に出る。青森県だ。青森側でも何度かトンネルに出入りし、ついに電車は蟹田という地上駅に到着。ここからは青森まで、田園風景と陸奥湾の海が続く。
青森に着いたのは14:45。函館からおよそ2時間で到着。フェリーより速い。
青森駅から歩いてフェリーターミナルへ向かう。歩いて1時間くらいかかったろうか。昼間の青森港は、2日前の深夜の様相とは違っていた。何となく寂しい雰囲気だ。天気が曇りだからだろうか。夜中の明々としたライトの感じが消滅しているからだろうか。
2日間放置した車は無事だ。もっとも、僕の車を盗もうとする物好きはいないだろう。
午後4時過ぎ。ここから東北道を南下、郡山に戻る。青森観光もしたかったが、もう時間がない。次の機会にしよう。
郡山に着いたのは10時前。

競馬では大撃沈したが、函館はなかなかいい街だった。

函館 写真集
2010/7/14 (Wed.)
ワールドカップ回顧

2010年FIFAワールドカップは、スペインの初優勝で幕を閉じた。ベスト16には南米勢5チームすべてが進出し(中米のメキシコを合わせると中南米で6チーム)、ベスト8にも4チームが残ったが、準々決勝でウルグアイ以外の3チームが相次いで敗退。とりわけ、アルゼンチンとブラジルのあっけない敗退は、正直拍子抜けだった。
結局決勝はオランダ対スペインで、スペインが延長で勝利。すべて敗れ去った中南米勢に代わり、スペインがラテン系の牙城を守って頂点に立ったことになる。

さて、今回のワールドカップ観戦記は南部アフリカ旅行記で読んでもらうとして、とにかく今回はブブゼラに始まりブブゼラに終わった特異な「音」のワールドカップだった。実際に現地で聞いたあの騒音は、南アフリカ中、スタジアムはもちろん、町でも店でも鳴り響き、まだ耳の奥に残響として残っている。

それと、一つだけ言っておかねばならないことがある。それは、決勝トーナメント1回戦、イングランド対ドイツ戦。この好カードをテレビで見ていたら、解説が小倉隆史氏だった。僕は、サッカー試合の解説として、このイングランド対ドイツ戦の小倉隆史氏の解説ほどひどいものを聞いたことがない。というか、彼は解説なんか一切していない。確かに番組では「解説者」として紹介されたはずだが、戦術や選手心理、試合の流れなどについて、何一つまともなことを発言しないのだ。彼が何と言ってるのかというと、何も言ってなくて、ただただ、「うぉー」とか「すげー」とか「上手い!」とか、そういう感嘆語しか発していないのだ。放送席でただ単に試合を見ているだけなのだ。普通の一ファンとして試合に歓声を上げているだけなのだ。こんな最低な解説者はおそらく史上初だろう。稚拙というレベルを通り越して、何も解説できないのだ。こんな人が一体どうして解説者として出てきたのか、全く理解に苦しむ。
またまた批判的な物言いとなってしまいましたが、この好カードに対しては、戦術や戦況解説、選手心理を深く読み解いてくれるまともな解説者にお願いして欲しかった。この小倉氏のような低レベルの解説者では、好試合の楽しみも半減である。彼を起用したテレビ局は、このような過ちを二度と犯さないよう、厳に再考してもらいたい。
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