2019/7/27 (Sun.)

宮崎空港駅に発着する特急ひゅうが |

宮崎空港にある温水洋一氏の銅像 |
東京出張のため再び関東へ
宮崎に来てからわずか4日。再び東京へ出張のため、宮崎空港から飛行機で羽田に飛ぶ。
朝6時前にアパートを出て串間駅に歩く。歩くと20分くらいかかる。
串間駅には日南線が通っている。この路線は南宮崎から鹿児島の志布志まで、主に宮崎県の南部海沿いを走る路線である。本数は1日8本くらいで、2時間に1本くらい、電車はたまにやってくる。
6:14発佐土原行き、2両編成の日南線に揺られ、北上する。南宮崎で乗り換え、特急ひゅうがに乗って宮崎空港駅に着いたのは7:45。ちなみに、南宮崎〜宮崎空港間は、この特急は特急券は必要ない。
宮崎のブーゲンビリア空港には、出身著名人である温水洋一氏のベンチに座った黒々とした銅像が入口に飾ってある。あまりに黒々しているので、温水さんの面影がよく分からない。
そして、宮崎市の街なかもそうだが、高いヤシの樹々が整然と屹立していて、南国気分を無理に演出している。
空港内は高い天井はガラス張りで、ステンドグラスが設置され、こぎれいで明るい。お土産屋も多い。地方空港としてはなかなかの充実ぶりだ。少なくとも福島空港よりは色々な施設がある。
羽田行きの飛行機は9時頃に離陸。天気がいい。
羽田に近づいたころに眼下を見ると、房総半島である。山々を削って造った無数のゴルフ場が、輝く陽光の下で醜い姿をさらしている。よく房総の山の中を歩いたものだが、地上からではこのようなゴルフ場の存在感を感じることはできない。上空から見ると、いかに房総の山々が無残に破壊されたかが手に取るようにわかる。
そして、私の実家がある千葉市上空も飛ぶ。ポートタワー、フクダ電子アリーナなどが良く見える。そして天台スポーツセンターの競技場群。
羽田へはもっと東京湾寄りからアプローチするのかと思いきや、千葉市を通過し、さらに北上して東側もしくは北側から滑走路に進入したようだ。
羽田着10時40分ごろ。
羽田からは高速バスに乗る。アクアラインを通って1時間で私の実家のある街に到着。
夜は中学時代の友人たちと飲み会。
1次会の居酒屋の後は、私が遠くに赴任するときには必ず行くビートルズバーに行き、2次会。
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2019/7/23 (Tue.)

串間駅。駅には見えない |
赴任地・宮崎へ
中国瀋陽から戻って3日。ついに今日、ゆっくりする間もなく赴任地の宮崎県に向かう。
千葉市の自宅近くからリムジンバスに乗って羽田空港へ。わずか1時間で到着。電車で行くより断然楽だし速い。
羽田から宮崎のブーゲンビリア空港まで飛行時間は1時間半ほど。
千葉から宮崎までなら、3時間半くらいで着く世の中だ。やっぱり関東から九州へは飛行機が速い。
空港でレンタカーを借り、南へ向かう。
国道220号線は、日南海岸沿いに海を見ながら走る、風光明媚な道だ。この道は2年前の日本一周旅行の時、南から北に上がっていった。
その時の行程をグーグルマップで確かめてみると、2017年7月9日に佐多岬(鹿児島県の本州最南端)を観光したあと大隅半島を北上し、これから行く串間市を通り、日南市の猪鼻崎キャンプ場(無料)に泊まり、その翌日にこの国道220号線を北上しながら、日南市の鵜戸神宮、日向市の馬ケ背、クルスの海を観光したあと、一気に大分県の臼杵市まで到達した。
さて、鹿児島県と境を接する宮崎県最南端の市、串間市に着いたのは午後4時頃。
串間駅は、年季の入った道の駅的生鮮野菜市場とローソンに挟まれていて、始め駅があるとは全く気付かず、通り過ぎてしまった。ロータリーもなく、「串間駅」という看板も小さく、駅とはとても思えない。超ローカルな無人駅よりも駅に見えない。
この駅の大きさが、この街の規模を雄弁に物語っていることは、しばらく住んでみてすぐに分かった。
だが、田舎町ののどかさがあり、私が暫定で済むことになったアパートからは、車で5分でもう海である。そして野生馬で有名な都井岬の方に少し走れば、山がある。
いい環境じゃないか。
これからこの、初めての地で生きていくことになる。
いつまでになるかは誰にもわからない。 |
2019/6/24 (Mon.) 〜 7/20 (Sat.)

中国的風景。同じ高層マンションが延々と立ち並ぶ(瀋陽) |

瀋陽の街には数10mおきにこのようなゴミ箱が設置され、
道にはゴミがほとんど落ちてない |

瀋陽の地下鉄。清潔さは日本のそれと変わらない |

瀋陽の地下鉄の禁止事項表示。排便・排尿禁止 |

電動キックボード座席付き |

写真がある食堂はいい。なにしろ中国語が通じないのでどんなものか
分からないのだ |

雷魚の鍋。美味い。高菜味のすっぱ辛いスープ。 |

店の水槽には巨大な雷魚と草魚(?)が泳いでいる |

街には「串屋」が多い |

海鮮の辛焼き。この後来た野菜がとてつもなく辛かった |

2種類の味を楽しめる鍋 |

中国の吉野家。コーラにキムチ。 |

中国の庶民食(1) |

中国の庶民食(2) |

瀋陽駅。欧米風の構造 |

瀋陽駅に並ぶマッサージチェア |

最終改札からホームに降りる(瀋陽駅) |

中国の高速鉄道。瀋陽から大連へ行く |

バスは言葉が分からないと乗りにくい |

シェアサイクル置き場 |
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4週間の中国・瀋陽(しんよう)出張
6月24日月曜日。今日から4週間の中国出張。行先は東北部の瀋陽(しんよう)。
夕方の7時(定刻6:50)発、成田空港からANAの直行便に乗る。飛行時間は3時間半。
飛行機に乗るのは本当に久しぶりだ。いつぶりだろうかと思い返してみたら、2017年3月に、3年滞在したミャンマーから日本に戻るとき以来、2年3か月ぶりだった。ここ5年くらいは、あまり飛行機に乗っていない。
日本国内、地上を這うように車で走って日本の美しい風景を見るのが止められなくなっている。
さて、そんな久しぶりの飛行機、長距離路線での楽しみといえば、何と言ってもエンターテインメントシステムである。何度も言うようだが、昨今のシステムは、最新の映画が見られるので、退屈な機内での時間つぶしには最高だ。ただ今回は3時間半という中途半端な時間なので、2本は見れないだろう。
まず見たのが、クリントイーストウッドの『運び屋』。クリントイーストウッドも歳を取ったが、演技力は健在だ。仕事人間で家族を顧みなかった傲慢な男が、妻や娘との不和の果てに見出したもの、そんな映画だが、これって日本人じゃないか。アメリカ人も同じか。
続いて見たのが、『キャプテン・マーベル』。最近はやりのアベンジャーズの一員らしい。全体像がよく分からないのだが、最近友人のOが、「アベンジャーズこそ映画の中の映画」と絶賛していた(いや、映画のキャッチコピーだったか?)ので、最近秋田のホテルで『ドクター・ストレンジ』を見てみたが、その驚異映像に驚かされた。
『キャプテン・マーベル』は時間切れで途中までしか見れず。4週間後の帰りのフライトで見ることにしよう。
瀋陽には現地時間午後8:50に到着。定刻を若干遅れて出発したのに、到着が30分も早くなった。飛行時間3時間弱。いい風が吹いていたのだろう。
ホテルが手配してくれたアウディの高級車に乗って空港からホテルに向かう。暗い車内にはいくつもの電子的機器が設置されていて、赤青のLEDが光っている。未来の車か。
夜の闇の中、同じ形の高層マンションが何棟も立ち並んでいる。中国らしい風景だ。
私が中国に来るのは5、6度目だと思う。1度を除いてすべて仕事の出張であったので、訪問回数の割には中国を知らない。もとより、巨大な国である。
今回は4週間もあるので、いろいろ中国を観察できよう。
ホテルは豪華だ。「豪華なホテル」にほとんど泊まったことがない私としては、どうも部屋が広すぎて落ち着かない。
浴槽がガラス張りで、風呂に入りながら部屋のテレビが見れる。浴室側にもスピーカーがあり、テレビの音声が聞けるのだ。立派な事務机があり、キングサイズベッド。テレビはソニー。巨大な窓からの景色はよくない。
しかしこれでも1泊1万円しない。25日くらい連泊するから、割引料金なのかもしれないが。
さて、4週間の会社の研修中、平日は毎晩、同僚3人とホテル近くの食堂で色んなもの(といっても中華料理か韓国焼き肉が多かったが)を食べた。また、土日は休みなので、一人で瀋陽の街散策や、少し足を延ばして大連や旅順、長春にも行ってみた。4週間の中国滞在で発見したことを書いてみよう。
1.瀋陽の清潔感
瀋陽というのは、遼寧省の州都であり、巨大都市である。人口は700万人とも800万人とも言われる。それでも中国では人口トップ10には入っていない。さすが13億。
日清・日露戦争の頃には「奉天」と呼ばれた。ドラマ『坂の上の雲』のラストシーンで、秋山好古(演:阿部寛)が亡くなるときにつぶやく、「奉天へ」というセリフが思い出される。確か、小説のラストシーンも同じだったんじゃなかったか。
中国に来るのはおそらく2013年以来だと思うので、6年ぶりだが、訪問都市は違うものの、まず驚かされたのはその清潔性にである。
東南アジアの国々に降り立ってすぐに感じるのは、そのゴミぶりである。街にはゴミがいたるところに散乱している。中国でも、その印象は変わらない。最後に訪問したのは多分上海か深センだったと思うが、街は決してきれいという印象はなかった。
ところが、この瀋陽は、ゴミ一つ落ちていないのである。いや、一つ二つは落ちているが、それくらいは日本でも同じことである。タバコの吸い殻も、数えるほどしか落ちていない。瀋陽の街には、現代の日本と対照的に、20mくらいおきにゴミ箱と灰皿が設置されている。よしんばゴミ箱があっても、人がゴミ箱にゴミを捨てなければ意味はないのだが、なんと中国人は、ゴミをゴミ箱に捨てているのである。つまり、道徳、マナーが中国人には備わっているのである。これは驚きだった。失礼だが、中国人が日本的な公衆道徳を守るような人々だとは思ってなかったのだ。
いまの日本人はゴミ箱をなくしてもゴミを街にペッと捨てるような人は少ないが、中国人だとそうはいかないだろう。ゴミ箱大量設置作戦が功を奏しているのだ。しかも、「リサイクル」と「リサイクル以外」という2つのゴミ箱が併設されており、そういう意味合いまで理解しているのかもしれない。だが、この2つのゴミ箱の中をよく観察したら、どっちにもいろんなものが雑多に投げ込まれており、リサイクルの意味にはあまり頭が行っていないように思えた。だがいずれにせよ、街にゴミが落ちていないというのは、人々の民度の高さの表れであると私は考えるので、そういう意味で今回の瀋陽訪問は、中国に対する先入観を変更する一つとなった。
このことは、2008年中国で初開催した北京五輪が契機になっているのかもしれない。メンツを大事にする国なので、海外からの観光客にバカにされないために、五輪時には相当のゴミゼロ作戦を展開したに違いなく、国民にもかなり徹底的に叩き込んだのではないか。だけど、その後私は出張で上海とか深センとか行ったけど、あまり清潔なイメージはなかったのだが。
それと、やはり、朝方にはまだあまり人のいない街に大勢の清掃員が繰り出し、道に落ちているゴミを拾い集めている姿も見た。その他、日中でもいたるところで清掃員がゴミを集めている。日本ではディズニーランド以外ではなかなか見られない光景であるが、この清掃員たちの活躍も見逃せまい。
2.バイク天国
ベトナムやタイ、ミャンマーといった東南アジア諸国でのような意味とはちょっと違う。東南アジア諸国では、車よりも安価なバイクが人々の手の届く移動手段として広く普及し、そのおかげで街がバイク天国のようにバイクであふれかえっている。一方中国では、車は日本でも見ないような海外の高級車がバンバン走っており、それを見ると中国の発展ぶり、言い換えれば金持ちの金持ちぶりがうかがえるのだが、バイクも相当幅を利かせている。
というのは、彼らには交通ルールというものが存在しないのである。車の場合も反対車線へのはみ出し追い越し、割り込み、赤信号の右折など、日本人から見たら「規則がないんかこの国は?!」という有様であるが、バイクはそれに輪をかけている。
バイクはまず、歩道を走る。人が多く歩いている歩道を、数10kmのスピードですり抜けていくのだ。これで毎日何人の歩行者がケガをしているか、相当数だろうと想像がつく。悪いことに、中国のバイクというのはバッテリーとモーターを積んだいわゆる「電動バイク」がほとんどなので、バイクは音もなく近づいてくる。そりゃ、相当に危ない。発展途上国と呼ばれる国の人間は、クラクションを鳴らすのも好きだから、通行人が多いときはクラクションを鳴らしまくって我が物顔で通る奴もいる。
「おい、おまえ、車道走れよ!!」
バイクは、普通に車道も逆走する。つまり、反対車線を走る。前から車が来ても端に寄るだけでお構いなし。
バイクだけじゃなく、電動キックボード(座席付き)やセグウェイチックな乗り物など、いろいろな電動の乗り物が中国にはあふれている。そういうのは楽しげかつ自由げかつ破天荒で見ている分には面白かったが、結構なスピードが出るので、毎日死傷者は多かろう。
そういえば、中国ではバイクに乗る人のヘルメット装着率が異様に低い。ミャンマー並みと言ってもいい。
それでいて逆走や歩道走行などの危険走行で、毎日どれだけの死者が出ているのか聞いてみたいものである。
交通ルールがないと言えば、瀋陽では青信号の横断歩道を渡るのも命がけである。横断歩道が青ということは車の方は当然赤信号だと思うのだが、平気で通行人のいる横断歩道に車が突っ込んでくる。一体どうなっているんだ、この国は?まあ、歩行者よりも車が優先されるのは、発展途上国と呼ばれる国ではよくある傾向だが、それにしても中国の歩行者軽視はひどすぎる。
3.キャッシュレス決済とスマホの奴隷
瀋陽では、キャッシュレス決済が相当に進んでいる。中国に田舎でどうなのかは分からないが、少なくとも大都市では、現金主義の日本とはかけ離れた決済状況になっている。日本の方が世界の潮流から遅れているのだろう。
コンビニ、雑貨店、タクシー、夜市の露店にいたるまで、キャッシュレス決済が使える。人々は現金を持ち歩く必要はない。決済システムは、アリペイとかウィチャットペイなどが主なもので、各店では、QRコード的四角いコードが書かれた紙が社員証入れのような透明のケースに入れられ、レジや運転席などに置かれ、客はそれに自分のスマホをかざして読み取るだけである。全く簡単なことよ!
比べて、クレジットカードが使えるところは少ない。私が感じた限りでは、日本よりも少ないくらいである。スマホ決済が突出して進んでいるのである。
となると、人々はクレジットカードは持っていないがスマホを持っている、ということになるが、その通り、中国人は猫も杓子もスマホを持っている。そして、日本人と同様、中国人もみんな「スマホの奴隷」と化している。
地下鉄などでは、まるで日本で見るのと同じ光景が広がる。座ってる人立ってる人、一人の場合はまず間違いなくスマホを見ている。ゲームをしたり、動画を見たり、チャットをしたり、大声で電話で話したり。まさにスマホの奴隷。本を読んでいる人など誰もいない。
これだけスマホが普及していれば、みんなスマホで決済したくなるというのもうなずける。
4.地下鉄車中、大声でしゃべるおばさんにマナーと寛容を考える
瀋陽の地下鉄に乗ると、車内には禁止事項の表示がある。これが面白い。日本とはだいぶ違う。
普通なのは、「飲食禁止」、「ペット禁止」、「ゴミ捨て禁止」くらいで、あとは面白い禁止事項が多い。なかでも、「糞尿禁止」「寝そべり禁止」「物乞い禁止」「タン吐き禁止」は面白い。
これは、日本では当然のこととして、というかそんなこと始めからする人はいないので、わざわざ表示したりしないが、中国ではこういうことを車内でする人がいるからわざわざ表示するのだろう。
一方、人々は携帯で大声で車内で話している。特におばさんの大声ぶりはひどい。車内での携帯電話での会話は禁止されていない。日本であれば、他の乗客が眉をひそめ、白い目で見、攻撃的な人なら、「静かにしろ」とでも言われる場面だ。だが、中国ではまったくとがめられない。
これはなぜだろうか?
中国も人口が多い国で、都市部は東京や大阪と同様、人が密集して生きているはずである。だが、人々は、近くにいる他人の行動に無関心なのか、いやそれとも寛容なのか。
以前、『大らかさ、寛容さという美徳』でも指摘した通り、日本という国では、人々の「寛容さ」がどんどん喪失しているように感じる。都会では他人に無関心な割には、些細な行動が見咎められ、非難される傾向がある。人々はとても細かいことを気にし、公共の空間がどんどん息苦しくなっている。
最たる例は、電車の中などで泣き止まない赤ちゃんに対する人の対応である。「うるさい」なんて言う必要ありますか?心の中で思っていても、もう少し大きな心を持てないのだろうか?そんなん、「お〜泣いとるなぁ、元気じゃなぁ」というくらいの寛容さが持てないものだろうか?赤ちゃんが泣くことで、どんな被害を誰が被るというのだ?
そういう心無い輩がいるから、世の中のお母さんは赤ちゃんを連れて外に出られなくなり、住みにくい社会だと感じ、行動がどんどん萎縮していく。それって、いい社会ですか?
そういう場面で「不快に感じる」という人がいる時点で、なにか日本社会というのはおかしくなっている気がしてくる。教育から来ているのか、それとも過密する衆人監視の都市環境から来ているのか、とにかく人々の心に余裕がない。まぁ、毎日毎日すし詰めの満員電車に乗り、四六時中至近距離に人がいる環境で、息抜く暇もないとなったら、精神がおかしくなってきても仕方なかろう。それでも人々は都会暮らしをやめないというのだから、私にとっては不思議な話ではある。
そう問題は簡単ではなかろうが、結局は「カネ」と「人間らしい暮らし」、どっちを取りますか?という究極の話にもなってくる。
まあとにかく、マナーに反する言動は批判されて当然だと思うが、自分に特に何の実害がないにもかかわらず、あまりにも些細なことで目くじらを立てる人間が、昨今どんどん増殖している気がする。
これに対し、中国やエクアドルでは、人は他人の言動に対してより寛容であるように見える。些細なことに目くじらを立てることはない。それでいて人々は他人に無関心であるというわけでもない。見知らぬ人に対して割とフレンドリーに会話していったりする。
「寛容さ」というのは、いまの世知辛い社会において、我々が見直すべき美徳である。もっとスローで大らかでなんの問題もないのだ。
と言いながら私が寛容になれない、いつも腹の立つ中国人の行動といえば、何と言っても「地下鉄やエレベーターなどで、降りる人がいるのにどんどん乗る人が乗ってくること」である。
中国人でも、時々は降りる人が降りるのを待ってから乗り込む人もいるのだが、多くは待たないで、降りる人に肩を当てながら乗り込んでくる。今回の中国滞在でも何度も体験した。
なんで少しだけ待てないのかね?そんな、少し脇で待ってりゃいいだけじゃないか?
だが、これはマナーというよりも、要するに、そういうマナーがあることを知らない、無知が原因だと思うので、責められない。彼らに悪気はないのだ。マナーを知っていてそれに反しているわけではないから、目くじらを立ててもしょうがない。誰かが教えてあげればいいだけだ。
と思ったのだが、よく考えると、中国では、先ほどの「電車内で電話で大声で話すこと」と同様、だれもそういう行動を不快に思っていない、ということだろうか?
マナーというのは、「人に迷惑をかけない行動」ということであろう。(テーブルマナーの「マナー」という言葉はまた違う、一種のルールみたいなものだが)
伝統的なルールというのでなければ、極論すると人が迷惑だと思わなければマナーは成り立たないので、マナーというのはその社会に所属する人々が作る。よって、中国人が「電車内で電話で大声で話すこと」や「電車やエレベーターで降りる人と同時に乗る」ということを不快に思っていない場合は、それを他国人がどうこう言っても意味がない。
話しは元に戻るが、日本では些細な他人の言動で人は不快に感じ、どんどんそういうマナーが増えてくる。
まぁ、あのキャリーバッグを引きずるとか、歩きスマホは、今すぐにでも禁止にすべきだと思う。やっぱり私には寛容さを求めるの難しいか。いや、また話は堂々巡りになるが、要するに、都会には人が多過ぎるからそういう腹が立つ場面が増えるのであって、田舎に住めばそういう不快な思いをすることはないから、田舎に住めば一件落着だ。
5.中国らしさ 〜公安監視と情報統制〜
これぞみんなが思っている中国、というエピソードもあった。
研修は、私が勤める会社の瀋陽工場に勤めるトレーナーの中国人が講師となっているのだが、彼は話好きな人間で、いろいろ話すのでちょっと突っ込んでみた。
私「この前、旅順に行ったよ。日露戦争で激戦があったところだ。日本とロシアの兵士がたくさん死んだ」
彼「中国人が一番死んでるよ」
私「そうかもしれないな。ところで、中国は昔は弱かったけど、いまやずいぶんと好戦的じゃないか」
彼「・・・・・・。」
私「きっと、昔欧米や日本に受けた屈辱を、今になって復讐したいと思ってるんだろ?違うかい?」
彼「今言ったことは、自分の胸にしまっておく方がいい。あまり公言するべきじゃないよ」
つまり、彼は、あまり政府批判めいたことを公言して、近くに隠れている公安に見つかった日にゃ、しょっぴかれるぞ、ということだ。
これぞ中国じゃないか!
日本人やカナダ人やアメリカ人が、いや、中国人も同じだろう、公安にスパイ容疑や全く身に覚えのない嫌疑をかけられて突然拘束される、中国とはそんな国である。
4週間の滞在中、公安らしき人に職務質問などされることはなかったが、さすがに中国で中国批判を声高に叫ぶのは得策ではなさそうだ。
もう一つ、中国らしさといえば、テレビを見ていて実感した。ホテルのテレビでは、NHKプレミアムが見れるので、主にNHKかHBOなどの映画を見ていたのだが、NHKプレミアムでニュースを見ていると、突然画面が真っ暗になって、音声も途絶えた。あれ、おかしいな?と思っていると、しばらくして画面は元通りに復帰する。
始めは電波異常か?と思っていたが、何度か繰り返されるにつれ、やっと分かった。
要するに、NHKが中国に不都合なニュースを報じていると、その部分が放映されないのだ。黒くなる場面は、例えば、香港で起こっているデモのニュースである。そのような、中国当局が中国人に知らせたくないニュースは、徹底的に検閲され、放映不可となるわけである。
これぞ中国じゃないか!
報道の自由などカケラもありゃしない。完全なる情報規制。
ちなみに、中国国内では、ユーチューブ、SNS、グーグルなどにはつながらない。中国外のサーバーにつなげば別だが。
こんな国がこんなにも発展しているとは、にわかには信じがたいが、民主主義とか自由、人権がここまで制限されてもなお存続している国家があるから世の中分からないものである。
中国人も大分豊かになり、自分の生活にさえ満足していれば、巨大権力に挑もうという気概もなくなってしまうのだろうか。要は人間なんて自分が良ければいいのだ。
そうでしょう?
現代のロシアも中国も無法国家、強盗国家だが(昔は欧米列強、日本もそうだった)、そのような政体を転覆させるため、死を賭してまで民衆は立ち上がらない。香港は中国に浸食されないように頑張ってるけど。
確かに、江戸時代の百姓一揆にしても、重年貢や凶作により、食うや食わずで生死の境まで追い込まれなければ、あういう反抗も起きなかったろう。
南米などのクーデターによる政権転覆も、大抵は武力を持つ軍が起こすのが普通で、または強力な後ろ盾(米やロシアなど)がなければ、なかなか成功するものではない。
だから中国も北朝鮮も、政権はまず軍を手なづけようとするわけである。
6.中国で食べたもの
瀋陽のホテルの周りには、まずまず食堂・レストランがあったが、さすがに4週間となると、毎日中華料理というのは苦しかった。中華料理は味が濃く、油が多いからだ。歳を取った身には堪える。
レストランでは英語が通じないので、メニューに写真がないとどんな料理かよく分からない。
若手の同僚が、スマホのグーグル翻訳でなんとか店員さんと会話をして、どんなものかを確認する。こういう苦労も実は旅の楽しさである。
その点、写真付きのメニューはありがたい。
中国東北部の明確な郷土料理というのはよく分からなかったが、南ほど辛くはないようだ。それでも、辛いものはえらく辛い。
雷魚とか見たこともない魚の、川魚料理は大きなレストランなら大体提供している。雷魚の鍋を食べたが、野菜たっぷりで酸っぱ辛いスープ、なかなか美味かった。雷魚はこの辺りの名物か。
餃子も名物らしいが、瀋陽の餃子というのは、焼き餃子ではなく水餃子である。
中華料理や以外に目立つのは、韓国の焼き肉。朝鮮半島が近いからか。
我々も何度か韓国焼き肉やに入ったが、ある店では日本語ペラペラのおじさんとか若い人が出てきて面食らった。おじさんは朝鮮出身だと言っていたが、そんなに年配でもなく、日本語をどこで学んだのだろうか。
焼き肉は安定感がある。まぁ、大抵はマズくない。肉を焼いてたれをつけて食うだけなので、肉質くらいしかハズレる要素はない。
今回の食事で一番の衝撃だったのは、「串屋」で出て来た料理だった。
街には大きく「串」と書かれたレストランが目立つ。メニューを見ると、思った通り、串に刺した肉や野菜が踊っていた。
だが、ある串屋では、串だろうと思って頼んだものが、全く別の、見たこともない料理だった。
これは、かなりの量の香辛料で味付けされた、海鮮と野菜の焼き物だった。大きなスコップ状のものに乗っかって、紙を敷いたテーブルの上に豪快にぶちまけらる。これでまず度肝を抜かれたのだが、その味も衝撃だった。
まずは海鮮。貝やカニ、エビなどが甘辛のたれをまとっている。これをテーブルの上から薄いビニールの手袋をはめ、手づかみで取って食べる。味が濃い。それほど美味いものとは思わない。
この後、野菜が出てきて、食べかけの海鮮の上にさらに積み上げられる。普通、味の濃い海鮮を食べた後、あっさりした野菜で口直し、という風に考えるじゃないですか、これがとんでもない。
メチャクチャ辛いのである。
唐辛子の辛さではない。山椒爆弾とでもいうべき、山椒の塊がレンコンやブロッコリーに挟まっており、これに気づかず食べてみんな口の中が大炎上した。
一度この山椒爆弾が埋蔵された野菜(特にブロッコリー)を食べると、もう食欲がなくなってしまう。
店内を見渡すと、結構客が入っており、みんな同じようなものを食べている。若者グループが多い。若者の食べ物なのだ。
毎日の脂っこい中華料理に飽きたら、火鍋という手がある。火鍋というと真っ赤な唐辛子のスープに肉野菜を入れて食べるというイメージがあるが、スープの味は辛いのからあっさりしたものまで色々あるので、あっさりを選べばよいのだ。夏は鍋は似合わないが、あっさりした鍋はいくらでも食べられる。
真っ赤な唐辛子スープの辛さは半端ではない。鍋の真ん中に仕切りがあり、同時に2種類のスープで食べられる火鍋屋に行ったが、辛い唐辛子スープは、ちょっとヒトの食べ物ではない気がした。ただ、中国人は大好きである。
ホテルの近くには、いくつかの怪しい日本料理屋があったが、私は一度も行かなかった。
行ったのは、地下鉄で3駅ほどのところにある、日本領事館近くの日本料理店密集地である。ここには日本料理屋が5,6軒は固まってあり、中華料理で疲れた胃を休めるのに好都合だ。
その他、マクドナルド、ケンタッキー・フライド・チキン(KFC)は多い。特にKFCは目立つ。
吉野家も大都市には見かける。吉野家もハンバーガーのようなセットメニューがあり、飲み物セットは何も指定しなかったらコーラだった。牛丼にコーラ。それと、紅しょうがはなく、付け合わせはキムチだった。キムチかよ?
研修を受けた私の会社の工場には食堂があり、そこで毎日昼食を食べたのだが、いわゆる安価な中国人の庶民食、という感じだったが、私は悪くないと思った。
そこで時々出て来たのが、「辛いピーマン」である。これは街の食堂でも何度か出て来たが、見た目はピーマンなのだが、とても辛い。ピーマンと唐辛子は似ていると言えば似ているので、これはピーマンでなく唐辛子の一種なのかもしれない。それとも辛いピーマンか?
7.中国の交通機関
中国では、都市間を結ぶ高速鉄道、都市内を走る近郊鉄道、地下鉄、そして路線バスが市民の足となる。
<鉄道>
鉄道では車内アナウンスが中国語だけでなく、英語でもなされ、また日本の電車と同じく、扉上に路線図、今どこを走っているかの表示があるので、外国人にも乗りやすい。なかには、旅順の近郊鉄道のように、日本語のアナウンスがある電車もある。
鉄道で、一点だけ大きく日本と違うのは、地下鉄なら入口改札前に、高速鉄道駅なら入場する前に、X線の持ち物検査があることである。爆弾魔などを摘発するためだろうか?
混雑する駅では、この荷物検査が長蛇の列となり、なかなかホームに行けないこともしばしば。
地下鉄以外の鉄道駅は、空港のようである。荷物検査を通り、切符を持っていない人は中に入れないのだ。よって、旅客以外が駅構内に入ることはない。まあ、日本でも切符を持っていなければホームには行けないので同じと言えば同じだが、中国の駅の場合、欧米と同じで、構造が空港に似ている。
高い屋根の広々とした待合室があり、そこにはイスの他、レストラン、お土産屋などが入っており、床屋まであり、一つのショッピングモールのようである。
日本の場合、昔は鉄道駅にはホームとキオスクと立ち食いソバ屋くらいしかなく、大抵は「駅ビル」というショッピングセンターが駅に隣接する形態が主流だったが、最近では改札内に「エキナカ」という商業施設を持つ駅が、特に交通の要衝となる大きな駅には増えており、「駅自体が総合サービスを提供する」という意味では、この欧米中の駅と同じ方向性だろう。
広大な待合所から、各ホームに降りる前に最終改札があり、そこからホームに降りていく。
もう一つ、駅が空港みたいだと思ったのは、高速鉄道の場合、ホームに降りられるのは電車入線の割と直前であり、それまでは旅行者は待合室で待つことになる。
待合室での一番の驚きは、マッサージチェアが普通のイスと同じような感じで並んでいることである。私が座ってみたら、いきなりマッサージが動き始めたので、「えっ、これ無料!?」と思ったのだが、さすがにそうではなく、QRコードがついていて、そこにスマホをかざすことで動き始めるらしい。私の座ったイスには、前の客が途中で去ってしまったものと推測される。
<バス>
バスは一転、乗りにくい。まずバス前面・背面にある行先表示が読めない。漢字なのでミャンマーのバスよりはまだ何となく分かるが、それでも行先だけではどのバスに乗ればいいのか分からない。よって、同時に表示されているバスの路線番号を見ることになる。
車内に入ってからも一苦労。まずいくらなのかが分からない。一律料金の路線もあるが、1元だと思って運転手に聞いたら、違うという。2元払ったが、多分ぼったくられた。
車内アナウンスは中国語オンリーなので、降りる停留所が分からない。事前に運転手に「ここで降りたい」と、『地球の歩き方』を見せて運転手に教えてもらう方法が一番確実だ。何しろ英語も通じないので、そういうコミュニケーションしかない。
<シェアサイクル>
電車バスの他、やはり中国と言ったら自転車であるが、この様変わりにも驚かされる。
人々は、自前の自転車に乗っている人は少なく、ほとんどがシェアサイクルを利用しているのだ。
利用は簡単。自転車に掲示されているQRコードを自分のスマホで読み取るだけ。これで鍵が外れて使用可となる仕組みらしい。
瀋陽では水色と白のデザインの自転車が多いのだが、街で走っている自転車はほとんどこれで、中国人たちがどれだけこのサービスを愛用しているかがよく分かる。どこでも乗り捨て可なのかは分からないが、街にはポツンと1台、2台の自転車が歩道に置かれていることもある。これだけ人々が利用しているということは、きっと安いうえに使い勝手がいいのだろう。
それにしても、話は戻るが、このサービスはスマホ決済を使っていないと利用できないので、中国人の多くにスマホ決済が浸透していることの裏返しである。
日本でもシェアサイクルを置いてあるところが増えてきているように思うが、自分のスマホさえあればすぐに利用できる、というこの手軽さが、普及の決め手だろう。
大連、旅順へ
休みの日に、大連と旅順へ行った。
瀋陽から大連までは高速鉄道で2時間ほど。朝早く瀋陽駅から大連に向かう。
車窓の風景は、100年前、日露戦争の時に
(続く)
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