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日記
(2013年6月)
2013/6/28(Fri.)
就職活動その後

ある公益法人の求人に、書類選考、面接を経て合格したのだが、今日、事情があって辞退した。仕事は国際協力関係で、京都で数ヶ月研修を受けた後、ヨルダン赴任(1〜2年間)、というものだった。シリア難民が溢れかえるヨルダンで、バッテリー再生事業を立ち上げるという、仕事的にはまさに僕のためにあるような仕事だったが、ある一つの理由で苦渋の決断により辞退させてもらった。
まぁ、もうすぐ待ちに待った失業手当が給付開始となることだし、羽を伸ばすだけ伸ばしてもう少し充電しますわ。え、もう伸び切るくらいに伸びただろうって?
いや、働く気は満々なんです、ホントに。
2013/6/22(Sat.)

スーパームーンと蛍

明日はスーパームーンだそう。楕円軌道を周回する月が、地球に最も近づくとともに満月となるのがスーパームーン。平均的な満月の30%も明るいそうだ。次のスーパームーンは来年14年の8月だそうだから、結構貴重な日である。ちなみに、スーパームーンと聞いて僕が真っ先に思い出したのは、同名の現役競走馬である。
夜8時過ぎ、友人の岡の家の前で、岡と裕助と夜空を眺めた。いや、別にスーパームーンを見ようと思ったわけではなくて、飲みに行こうと僕と裕助で岡を誘いに行ったのだ。空を見上げると、羽田に着陸する飛行機が次々と轟音を立てて通過していく。岡の話では、アプローチルートが二つあって(北側と南側)、我々の住宅街の上空を通り過ぎるときの高度は、それぞれのルートで1200mと2000mなのだという。確かに、低いところと高いところを通っているので、交差するように行き過ぎても衝突しないのだ。頭上1200mの飛行機の騒音が酷い。2000mの飛行機の音よりもかなり大きい。
岡はあまりの騒音にクレーマーと化し、今までに何度も国土交通省の苦情電話係に電話し、「飛行機がうるさい」と苦情を言い続けているそうだ。だが国は何もしない。

スーパームーンは、なるほど明るい。正確には明日が満月らしいので、今日のは準スーパームーンだが、かなり明るい。雲がかかってもものともしない。雲の向こうに月影がくっきりと見える。
岡は飲みには行かないというので、その後裕助と二人で飲み屋まで歩き始める。住宅街の西側に広がる雑木林の前を歩きながら、思い出した。
「そういえば蛍の季節だな。見れるかしら」
「ちょっと行ってみよう」
我々の住宅街の西側には、雑木林と田んぼがあり、そこに毎年6月下旬から7月にかけて、蛍が見られる。田んぼのわき道を歩く。背後の林の影となって道は暗いが、少し先の田んぼは、スーパームーンに照らされて夜なのにかなり明るい。さすがスーパームーン。
蛍スポットは道がくの字に折れ曲がっている場所で、相当暗い。始め全然光らないのでまだ蛍はいないかと思ったが、しばらくじっとして暗闇に目を凝らしていると、次々と光の点が現れた。
この日、十数匹の蛍が光跡を残しながら飛んでいた。飛んでいるときの蛍の発光というのは、「ユラユラ」ではなく、「スーッ」である。真っ直ぐで一定の明るさの光跡が、スーッと走って突然消える。この、か細いながらも芯の通った点光は、スーパームーンとは対照的だ。
僕も子供の頃にここでよく蛍を見たものだ。懐かしい。裕助の話では、時期がまだ少し早いのかもしれないが、以前に比べたら大分減ったと言う。この蛍の光がいつまでも消えないことを願ってやまない。
この後裕助と30分ほど歩いて大網街道まで出て、怪しいスナックのような飲み屋に入った。そこには、酒を飲んでバカ話をしカラオケを歌うことで人生を楽しんでいる、年配のおじさんやおばさんが巣食っていた。
僕と裕助はカウンターに並んで座り、ビールを飲み、お通しのたけのこ煮をつまみながら、人生という不定形なものについて取りとめもなく話す。いや実際には、婚活パーティーに参加するのは嫌だな(裕助)とか、やりたい仕事を取るか給料を取るか、そのバランスを考えざるを得ない(僕)とか、まぁ、僕らもいつまでたってもうだつの上がらない話ばかりだ。
後のボックス席に陣取ったおじさんおばさん達に目を付けられ、引きずりこまれそうになったので、1時間ほどで席を立ち、その場を後にした。
2013/6/22(Sat.)

菜の花(千葉県南房総市千倉町)

健康体

6月14日に受けた健康診断の結果が届いた。すべて異常なし。
ここ5年ほどずっと、僕は血中の中性脂肪値が、並みはずれて高かった。一度も正常範囲内に入ったことがない。しかも近年は値がどんどん上昇する始末で、このままではまずい、と思っていたものの対策は何一つ講じていなかった。
それが今回、いきなり中性脂肪値が正常範囲内に下がったのだ。なぜだろう?
中性脂肪値が高い結果が出るたびに、医師や看護師からは食事(カロリー控えめにする。炭水化物や果物を多く摂らない)と運動、と言われ続けて来た。今回のこの値が測定不良でなく正しいと仮定すれば、僕の食生活と運動状況が変わったことになる。確かに、今は実家で自分の母親が作る料理を食べているし、運動に関しては週1ペースで房総の沢に出かけ、沢歩きをしている。会社に勤めていた頃は、食事については結構自炊はしていたが、どうしても使う食材は偏っていただろうし、運動については、全然してなかった。土日は疲れて家で競馬ばかりしていたのだ(笑)。
そういう意味では健康的な生活になったから中性脂肪が低下した、ということか。だがこんな短期間、わずか2ヵ月半で、ここまで劇的に改善するものだろうか?確かに、毎日睡眠は寝過ぎなほど十分だし、アホな上司のクダラない戯言を聞く必要もなし、よってストレスも皆無、となれば、肉体的にも精神的にも、健康にならないほうがおかしいか。会社に勤めていた頃とは真逆のお気楽生活を送っているのだ。

ま、いずれにせよ、この健康生活にケチをつけるつもりはサラサラない。健康であるに越したことはないもんなぁ。ただし、一社会人としては、お金を稼いだ上で健康になりたいものだけど。
2013/6/20(Thu.)

君津の田園風景

霧にやられた山

道に出てきたアマガエルの子供。体長1cmほど。

二つの滝。右がドンドン滝

滝は川廻しのトンネルから流れ出る

かなり上流まで遡上したところで現れた黒壁の滝

山の中。怪しい道がついているのでしばらく進んでみる

蛇との遭遇

蛇(人間)ににらまれたカエル

鹿野川(かんがわ)遡行

すっかり「沢ジャンキー」と化した僕は、再び雨模様の中、小糸川の支流、鹿野川(かんがわ)を遡行することにした。
6月20日木曜日。今週は月、火はまずまずの天気だったが、昨日から再び梅雨空。週末まで雨が続くとの予報。月か火に行けば良かったのに、タイミングを逸し、昨日水曜に行こうとしたのだが、朝から風が強く、いかにも嵐が来そうだったので自重した。今日木曜も朝から曇り。だが風は収まったので、僕は先週同様、性懲りもなく沢遡行を強行することにした。まさに沢ジャンキー。

小糸川は、房総半島の背骨、郡界尾根の三郡山辺りを源流として北に流れ出し、途中大きく蛇行を繰り返しながら、豊英湖(豊英ダム)や三島湖(三島ダム)を経た後、西に向きを変え東京湾に注ぐ、千葉県内で4番目に長い二級河川である。
僕はこの日、小糸川の支流である鹿野川を遡ることにした。しばらく行き続けていた湊川の支流(相川、高宕川、志組川)からは、三郡山〜高宕山〜石射太郎の分水嶺尾根を挟んで反対側の東側に位置する。つまり、この尾根から見て湊川水系は西に流れ出し、小糸川水系は東に流れ出す、という具合である。
鹿野川にはいくつか滝があるということで、それが見所となるはずだ。

車で朝8時に出発するも、すぐに雨が降り始める。今月はずっと雨が続いている。梅雨らしい梅雨だ。フロントガラスを叩き始めた雨に、「おいおい、勘弁してくれよー」とつぶやきながら、千葉県の真ん中を南下する。9時半頃、国道410号に乗り、久留里線と並行して走る。久留里の街のメインストリートを走る。古い建物が残る、なかなか風情のある街だ。久留里城を模した門のような飾りが頭上を通り過ぎる。ちなみに、久留里は、あのロックバンド「くるり」の由来となった地名である。
山間部に突入し、10時過ぎには三島神社に到着。しかし、昼食を買えなかったため、さらに410号を南下して、スーパー「吉田屋」を探す。鴨川市に入り、山を降りて街に入ったが吉田屋はなく、仕方ないので別のスーパー「ODOYA」で弁当を買う。398円。高い。
苗が大分生長した田が雨で鮮緑色に輝く。深緑の峯岡山稜の平らな丘陵に、稲の新緑。鮮やかなコントラストが映える。
再び410号を北上する。鴨川方面からは、郡界尾根の峰々が目の前に屏風のように東西に横たわって見える。山は白い靄に絡みつかれている。雲だか霧だか分からない白いモヤモヤが、山際まで低く垂れ込めている。
山間に突入し、いくつものトンネルを走りぬけ、君津市宿沢まで戻る。三島神社入口から怒田沢集落方面に曲がる。怒田沢集落は、田と山の中に佇む、静かな村だ。道脇に車を止める。雨が降っている。だめだこりゃ。近くには高宕山へ登る登山道のスタート地点がある。雨の中、傘を差して集落の一番奥の民家の脇から沢へ降りてみる。だが雨は降り続く。どうするか?一度車に戻り、もうお昼だったので車の中で弁当を食べる。
予定通り沢を登るか、それとも山登りに切り替えるか。どちらにしろ再び雨の中の強行軍となる。
この期に及んで車の中でしばらくウダウダする。ここまで来ておきながら何もせずに帰るという回答はないから、僕は予定通り沢を登ることを決意する。無謀と言われようがどのみち、想定内なのだ。

サンダルに履き替えて、再び沢に下りる。道路に小さなアマガエルの子供が必死に飛び跳ねている。体長は1cmほど、文字通り豆粒のようだ。黄緑色の背中がアスファルトの上で鮮やかに目を引く。雨の日は、なぜかカエルさんたちは田んぼから道路に出てくる。濡れたアスファルトは暖かいから気持ちいいのだろうか。そして運の悪い者は車に轢かれてそのはかない一生を終えるのだ。
電線に大きな鳥が止まっている。鋭く曲がったくちばしを持つ、鷲か鷹のような風貌だ。カメラをズームインすると、突然飛び立った。ここにはあのような猛禽類が住んでいるのか。
入渓地点まで降りるも、雨が激しくなったのでしばらく木の下で雨宿り。雨が弱まったのを見計らい、午後1時20分、川に入って遡行スタート。
川幅は細い。右岸が崖の壁。ここを下流に向かえば、しばらくして三島湖に流れ込んでいるはずだ。上流に向かって歩き始めてすぐに木々が川をふさいでいる。水の中、壁際を進んで障害物をやり過ごす。増水しているため水深は膝以上まであり、いきなりの難関だ。
しばらく歩くとちょっと広い谷となる。
すぐに川廻しの滝が現れた。右と左に滝が落ち、右側の滝の上に、川廻しのトンネルがある。蛇行した本流が左の滝につながっていて、蛇行部分をショートカットしたのが右の滝である。ドンドン滝という名前らしい。
滝を登り、狭いトンネルをくぐる。トンネルは急し滝のそれとは違い、人が一人通れるだけの狭さである。トンネルを抜けると、本流が左に向かっていて、これが蛇行してさっきの左側の滝につながっている。分かりやすい。だが蛇行部分を農地や何かに利用した様子は全く感じられず、普通の川である。

川岸の壁を流れ落ちて谷に注ぎ込む滝

さらに上流に進む。渓相は比較的穏やかで、房総の他の川と変わらない。ナメの川床あり、時々石砂利の川原あり、緑の木々が谷を覆っている。
しばらく行くと川岸の木が真っ直ぐで整然と立っている一帯が広がる。杉だろう。この辺りは原生林ではなく植林地帯のようだ。
細長い倒木が、右岸の崖に立てかけられているように何本も倒れている。まるで崖を上るために誰かが立てかけたようだ。
「境界見出標」という小さな赤い表示板とコンクリートの水準が川岸の土に立っている。周りの何本かの木には赤いテープが巻いてある。何の境界だろうか。雨の山中、赤い看板が異様に映える。
白や赤の小さなキノコが倒木に吹き出物のように生えだしている。気持ち悪い。この辺りの木々は原生林そのもので(多分)、密度が増してくる。

時々小さなナメ滝が現れる。そして、支沢や支滝がいくつも出てくる。雨で山に水が溜まり、壁から水が滝のように筋を作って川に流れ落ちているのだ。このような滝が次から次へと現れる。
ドンドン滝から1時間ほど歩くと、割と落差と幅のあるナメ滝に出会う。水は勢いがいい。これを越えてさらに進むと、再び同じような滝が現れる。
そして、午後3時30分、遡行開始から約2時間、ほぼ垂直の滝が目の前に立ちはだかった。増水して豊富な滝水が黒い壁を流れ落ちている。高さは3〜4mくらいか。
(こりゃぁ登るの大変だべ)
と思っていたら、右側の壁に、ロープが垂らされている。ロープは滝上の横に伸びた木にくくりつけられている。これで楽勝だ。ステップも何となく切られているが、漠然としたところもあり、雨なので滑る。

この滝を越えても川は細くなりながら続いている。雨が激しくなってきた。沢蟹やカエルはますます元気だ。
4時を過ぎ、だんだんと暗くなってくる。まだまだ川は続くが遡上を諦め、戻ることにする。八郎塚に続く尾根道は、この川から真西に数百m登れば現れるはず。僕は西に向かっている支沢をしばらく遡り、そこから山の斜面に取り付き、尾根に登ってみた。道がありそうだったのでコンパスを見ながら西に向かって歩いてみるが、しばらくして道が怪しくなった。
(こりゃダメだな)

こないだと同じで、雨の中野宿は最悪だ。僕は引き返して沢を降りることを決める。何しろ山の中は道らしい道がなく、鬱蒼とした木がどこも同じに見えるので、歩き回っているうちに元の沢まで見失う気がして怖い。
すると初めて蛇と遭遇。ヤマカガシかマムシか。割りと薄めの茶色縞だったからマムシか。雨降りしきる山の中にいきなり現れた人間に驚いたように、しばらくじっとしていたが、やがて茶色の縞模様をくねらせながら斜面を登っていった。単独行、さらに雨の夕方、こんな状況で毒蛇に咬まれたらマズい。足元を見ながら、蛇を踏まないよう、蛇に注意して歩く。
上がった地点に戻り、急斜面を沢に下りる。その際、ズルっと滑って、サンダルの鼻緒部というのか、甲を固定するバンドに力がかかり、はずれて壊れてしまった。ショック。沢まで降りて歩いてみる。今日のところはなんとかこれでもちそうだ。次の沢行までにサンダルを新調せねばならない。

沢を下る。今まで見た中ではかなり大型のカエルが川原を跳ね飛んでいた。僕がカメラを近づけると、なぜかカエルの動きが止まる。全く動かなくなってしまった。大きくつぶらな瞳は前を見据えたまま、微動だにしない。不思議だ。カエルは警戒心が強く、普通は一目散に人間から離れようと、水に飛び込むか、どんどん遠くにピョンピョンと逃げていくのだが、近づくと全く動かなくなってしまうものが時々いる。これが俗に言う「蛇ににらまれたカエル」ということか。もう観念しちゃってるのだろうか?(笑)

雨は激しくなるばかり。服に水が浸み込んでくる。垂直の滝を降りるのは若干ビビる。滝は登るより降りるほうが難しい。
そしていくつかのナメ滝を降り、川廻しのドンドン滝まで戻る。入渓地点にたどり着いたのは5時50分。遡行時間は計4時間30分。
民家脇では今盛りのアジサイが雨の中淡い紫色を鮮やかに見せている。淡いのに鮮やかだ。

帰りは大雨の中、すでに暗くなった三島神社に寄ってみる。森の中に立つ真っ赤な大鳥居が異様だ。
本殿にはなにやら足場が組まれており、改装中だろうか。
雨で視界が悪い上に車の中がモワっとした水蒸気で曇る中、苦労しながら運転し、千葉に戻った。

鹿野川写真集

沢ジャンキーと化した僕。房総の沢は、概して水量が少なく、しかも山の高さがないので、急流もない。よって全身がずぶ濡れになったり、滑落の危険があるような激しい沢遡上はほとんどなく、手軽に沢を歩ける環境になっているのがいい。それでいてジャングルの中かと見まがうようなありのままの自然が広がっているのが魅力だ。

なぜ僕は沢に行くのか?なぜなら、沢を歩いているだけで楽しいからだ。沢の澄んだ水と空気、吹き渡る風、覆いかぶさる緑。そこにいるだけで、理屈抜きに気持ちいいのだ。アドレナリンが出て若干ハイになってる感じと言えなくもない。いや、雨でもそうなのよ。
人間が野生で暮らしていた頃の本能を呼び覚ますのだろうか。
コンクリートジャングルで住むことに慣れた人間にとって、自然の中で過ごすことは、何万年もかけて進化する前の、原始のDNAをうずかせるのだ、きっと。
2013/6/11(Tue.)〜6/12(Wed.)

高溝集落への道

カバンの上にカバン

入渓地点。右岸が高い崖

黒滝 (1日目)

急し滝 初日 ⇔ 2日目降雨後

滝の落口から下を見下ろす

滝の落口が川廻しのトンネルになっている

大地層帯

カエルさんたち

野営場所

夕食。ふりかけご飯、味噌汁、さばの缶詰、みかんの缶詰。

朝、テントから外を見る。雨が激しく降っている。

急斜面を尾根に上がってみるが収穫なし

倒木から草やキノコが生えまくる。秘境だ。

増水した急し滝。昨日と迫力が全く違う。(上から⇔下から)

2日目の黒滝。別物。真ん中から水が溢れ落ちている

高宕川遡行

すっかり房総の沢に魅せられた僕は、湊川の支流、高宕川を遡上し、さらに高宕山へ登るという単独での沢山行を、テントに泊まって1泊2日で実施するという大それた計画をたてた。

6月11日火曜日。朝8時に起きる。天気は曇りで、雨がぱらつき始めている。台風3号の影響で、今週はずっとぐずついた天気が続きそうである。沢登りは晴れている日に敢行するのが普通。降雨時は増水して危険な場合もあるからだ。外の雨を見てどうするか悩む。だが思い立ったが吉日、ということでとりあえず日帰りにするかキャンプするかを決めないまま、朝10時に車で千葉を出発した。

もう富津までの道は慣れたもの。国道16号から木更津で127号、そして上総湊から465号。沢に入る前にまずは食料の調達。もはや行きつけのスーパーと化した吉田屋へ。ここで昼飯の298円弁当と、キャンプ用に缶詰、インスタント味噌汁、ふりかけなどを買い込む。米は家から持ってきた。カップラーメンかカップ焼きそばも買いたかったが、かさばるのでやめた。

国道465号線、富津市東大和田の集落から細道に折れ、高溝の集落の奥まで車で入り込む。途中から道は、車がジャスト1台分しか通れないほどの狭さになる。大きな4駆車は通行不能な道幅である。この道は、最後の民家があるところで通行止めとなる。そこの空地には「駐車禁止」の表示があったので、少し戻って、狭い道に設けられた草地の避難帯に車を止める。

時刻はちょうど昼の12時。雨はまだ激しくはなく、霧雨のようではあるが確実に降り出している。はっきり言って天気予報は絶望的だ。季節はずれの台風3号が余計なことしてくれるおかげで、今日から週末までずっと断続的に雨予報である。雨の中のキャンプというのは、実際のところまぁ、最悪と言っていい。さてどうするか?
実のところここまで来た以上、どうするもこうするもなかった。腹をくくって独りキャンプ強行だ。この無謀なところが僕の持ち味である。

まずは車の中で吉田屋の弁当を食べる。その後荷物をまとめる。バックパックにテント、ガスコンロ、電気ランタン、飯ごうにやかん、食料を詰めると一杯になってしまった。仕方なく寝袋はデイバッグに詰め、それをバックパックにくくりつける。ひどく不恰好だが仕方ない。重さは12kgくらいだろうか。

この荷物を担ぎ、いざ出発。雨は小降り。高溝の最後の民家の前を通り過ぎると、林道が二手に別れ、どちらも車両進入禁止のようにロープが張ってある。左の道を進む。高い杉林をしばらく行くと、房総名物、素掘りのトンネル。これをくぐると道は沢に降りていく。靴をサンダルに履き替え、沢に入る。湊川の支流、高宕川。高宕川は、5月下旬に遡行した志組川(同じく湊川の支流)の北側に位置し、志組川と同じで高宕山系を源流とする。遡行開始午後1時。

いきなり右岸が高い崖になっている。雨が降っているが水は濁っていない。水中には無数のおたまじゃくしが泳ぐ。そういえば今まで行った沢ではおたまじゃくしは見なかったな。
しばらく歩くとすぐに黒滝に到達。向かって右側に水が流れ落ちている。左右に二つ淵があり、左側の淵は相当に深い。左の淵の左側にステップが切ってあって、ここから登れる。さらにご丁寧に、木にロープまでくくりつけられており、難はない。

くもの巣に雨粒が付着して、玉のように光り、くもの巣の曲線を浮かび上がらせている。これぞ自然の芸術。

さらに登ると、川が二股に別れ、右側の沢は、水量が乏しいが、川幅はそこそこだ。そして左側には、壁から滑り落ちる滝が立ちはだかる。この滝が、高宕川沢登りのハイライトかつ最大の難関と言える、急し滝である。滝は3段になって流れ落ちており、最上段までの高さは、『ちば滝めぐり』によれば27m。下段の幅は10mくらいあるだろうか。下段は割りと緩やかな斜面だが、上段はかなり急だ。こりゃ登るのは大変だな、ということで、滝の右側に、誰が設置したのか、滝登り用のロープが数本垂らされている。これを頼りに登れば、登攀は難しくない。だが最上段は急斜面の上ステップもなく、さらには雨降りなのでかなり滑る。慎重に登り切ると、ドシャーーン!!

なんと、滝の最上部は、川廻しのトンネルとなっているではないか!!ってまぁ、これは事前に知っていたのだけれど、知っていたとしてもなかなか驚きの展開だ。面白い。不思議な光景だ。トンネルから水が流れ出て、滝に落ちる。

トンネルをくぐり、滝上部をさらに上流に向かって進む。しばらくはナメ的な平らな岩床を進む。ここから秘境感が漂ってくる。沢の雰囲気は、キンダン川や志組川や七ツ釜とそれほど変わった感じはしないのだが、どうもよりジャングル的な鬱蒼(うっそう)感がある。沢に覆いかぶさる木々や草の密集度合いとその形が違う気がする。そして曲がった蔦状の木が頭上にうねり、倒木からはキノコや草が生え放題となっている。倒木も相当に高い木が倒れて斜めになっていたり、真横に両岸を渡されるようになっていたりと大胆だ。そして地層むき出しの崖が現れる。他の沢でもこんな壁はいくつも出てきたけど、ここのはその地層がエグい。グニャっと斜めにうねる地層表面がグロテスクな凹凸を持っており、見た目にも気持ち悪い。さらに、特定の層からのみ、緑の草が生えだしていて、異境感を増幅させている。
沢の上には、ターザンが使うような蔓のようにクニャっとした木の枝が垂れ下がっている。

緑にコケ蒸した巨石がゴロゴロと転がっている。
雨で沢が薄暗く光っているのも、鬱蒼としたジャングルを想起させる原因の一つとなっているのだろう。
ここも房総か。こんな剥き出しの自然が身近にあるとは。

雨が激しくなってくる。ほら言わんこっちゃない、と思うが自業自得だ(笑)。服に雨が浸み込み、どんどん体が冷えてくる。いやぁ、これはきつい。
落石と倒木が次々と行く手を遮るようになる。どうしても突破できないところは、巻き道に上がって回避。

石砂利の川原には、沢蟹がいたるところに歩いている。近づくと一目散に石と石との隙間にもぐりこんで身を隠そうとする。ここは沢蟹の宝庫だ。カエルも多い。ツチガエルが多いが、赤いカエル発見。目のところに入った黒い筋が凛々しい。
雨降りだが水は澄んでいる。他の沢と同様、ハヤが多い。かなりの大物がいる。
土の川岸には鹿の足跡。猿っぽい足跡もある。

空が暗くなるにつけ、さらに秘境感が増してくる。
午後5時。まだ川は続いている。雨は激しく降り、容赦なく僕に叩きつける。水に濡れた体が重くなってくる。そろそろ野営地を決めないといけない。暗くなる前にテントを建てねば大変なことになる。大雨なので、どんなことがあってもテントの中で寝なければならない。

だが沢は狭く、両岸は森の斜面か岩の壁かなので、テントを建てられるような開けた平らな場所はほとんどない。川原があったとしても石だらけなのでその上にはさすがに無理だろう。そもそもこんな雨の日に川原でキャンプをするわけにはいかない。

遡行時間4時間40分、午後5時40分まで川を遡上したが、源流には到達できず。だがラッキーにも、倒木が川をふさいで蛇行している場所で、テントを建てるのに適した、割と開けた土の地面を見つけたので、今日はここに野営することにする。後ろは尾根に続く斜面で、落石や土砂崩れの心配もなさそうだ。多分。

濡れた土の上に速攻でテントを建てる。土も固くなく、ペグはよく刺さる。荷物をすべてテントの中に突っ込む。すべてのものが濡れ濡れだ。ザックカバーもなく、バックパックもデイパックも濡れるがままで歩いていたので、中の物まで水で濡れてしまった。持ってきた本が水に濡れ、ふにゃふにゃとなる。昨日アマゾンから届いたばかりの『ちば滝めぐり』の被害が大きい。ショック。買ったばかりなのに。古本とはいえ、結構新品に近かったので痛い。ただ幸いなことに寝袋の被害はそうでもなかったので助かった。

テントの中で一息入れることもせず、すぐに夕食作りにとりかかる。辺りは暗くなった。電池式ランタンの明かりをつける。そしてラジオ。AMでNHKを聴く。今日はプロ野球の試合はない。

下の川で米をとぎ、火にかける。米が炊き上がるとお湯を沸かす。メニューはふりかけご飯、さばの缶詰、インスタント味噌汁、みかんの缶詰。このホームページを読んでくれている人なら分かると思うが、僕の野営食はいつも缶詰だ。アウトドアの店に行くと、ご飯とか麺とかカレーとか、温めるだけですぐできる、しかもコンパクトでかさばらない野営食を売っているが、あういうのって美味いのかしら。一度試してみたい気はするが、値段が高くて買う気がしない。

ティーバッグとコーヒーを荷物に入れたつもりが、どこを探しても見つからない。忘れたか。仕方なく食後は白湯で我慢する。

飯を食い終わってやっとテントに入り落ち着く。午後7時過ぎ。雨は降り続く。湿ったジャンパーを脱ぐ。その下の長袖シャツも、ジーンズもかなり濡れているが着替えもないのでそのまま着続ける。本を持ってきたが、読む気力がない。

しばらく横になってうとうとする。午後9時頃に目が覚め、そこから眠れなくなる。服をすべて着たまま、寝袋を広げて中に入る。幸い、寝袋の湿り気はほとんどない。というかすでに服が濡れているので相対的に乾いていると感じるだけか。6月上旬の雨の夜、身体は濡れているが、寝袋に入ればそれほど寒くはない。

雨は時々激しくなる。フライシートを叩く雨音が強くなったり弱くなったりする。それにしても分かっていたことだが雨のキャンプは最悪だ。明日は晴れてくれとの一縷の望みを託す。

湿度100%のテントの中。すべてのものが結露している。特にデジカメとかビデオカメラとか飯ごうといった金属製品。

夜11時半、ニッポン放送でサッカーワールドカップ、アジア最終予選のイラク戦の中継が始まる。試合は終了間際の得点で日本が辛くも1−0で勝利したが、ラジオを聴いている限りでは、日本の出来は最悪だったようだ。実況アナウンサーと解説者は、代表選手の度重なる失態を、嘆き、憤慨していた。致命的なミスが次から次へと発生しているかのようだ。試合会場のドーハは35℃くらいあってサッカーをするには最悪のコンディションだったようだが、それにしても放送を聴いている限り、日本代表の出来はとんでもなく悪かったらしい。

試合が終わったのが午前1時半。時々外で奇妙な音が聞こえる。動物か、鳥か。この辺り、高宕山一帯は野生のニホンザルの生息地だが、まさかサルが人間のテントまで降りてくることもあるまい。

しばらくしてようやく眠りに落ちる。


翌6月13日水曜日。朝、雨は相変わらず降り続いている。時折激しくなり、全く外に出る気がしない。僕のテントには一つの欠陥があり、というかある野営のときにペグを何本か紛失してしまったため、フライシート用のペグが足りなく、フライシートが正しく張れていないのだ。その結果何が起こるかというと、このような雨降りの際には、テントとフライが近いため、フライに浸み込んだ水がテントに滴り落ちて、テントの中に雨水が浸入してくるのである。つまりフライが雨水をテントからシャットアウトする機能が弱いわけである。特にテントの四隅が濡れ始めている。

午前10時。雨は一向に止む気配がない。テントから一歩も出れない。一晩たって、長袖シャツとジーンズはほぼ乾いた。いい傾向だ。しかしビデオカメラが結露して動かなくなる。しばらく乾かさないと元には戻らないだろう。今日の撮影は不可能だ。
朝食のマドレーヌを食べ、ラジオを聴く。幸いにもNHKの番組がなかなか聴けたので助かる。ダイヤモンドユカイがパーソナリティの音楽・情報番組で、僕はこの人のことをほとんど知らないのだけれど、ミュージシャンにしてはおしゃべりが達者で楽しめる。選曲も洋楽、邦楽となかなかよろしい。さらには彼のギターの弾き語り生歌まで聴けるというおまけつき。この番組で11時半までは時間をつぶす。しかし水は静かに、少しずつテントに侵入してきている。

この時点ですでに僕は高宕山に登るのを諦め、昨日登ってきた沢を降りて車のところまで戻るしかないだろうと思っていた。こんな天気で重い荷物を背負って登山をするのは、きつすぎる。

最悪のシナリオは、このまま雨が降り止まずに、雨の中撤収作業をすることだ。テントを撤収中にせっかく乾いたシャツとジーンズが再びずぶ濡れになった後に何時間もかけて荷物を担いで沢下りをするのは、あまりにも辛い。雨がこのまま降り止まなかったら、まさかさらに1泊?という選択肢も頭をかすめる。だがこれはあり得ないだろう。食料は今日の昼食分までしかない。まぁ、食料は少しづつ分けて食べればもつとして、それよりも何よりも、明日になったら雨が止む保証などどこにもないのである。それならここに留まり続ける選択はない。

すると昼12時。雨が徐々に小降りになり、ついにはほとんど止んだ状態となった。
「いまだ!!!」
僕は一人で叫んでテントから飛び出し、テントの中のものをすべて濡れた地面に引きずり出した上で、速攻でテントを畳んだ。テントの下面は泥でドロドロ、しかも雨に濡れて重くなったテントを、泥だらけになりながら必死に丸める。何とかケースに押し込み、バックパックの中に入れる。その他の荷物もバッグに突っ込み、ゴミをゴミ袋に入れて出発準備完了。まだ雨はほぼ止んだ状態で、ポツリポツリ程度。

沢を下る前に、荷物を置いたまま少しさらに上流に歩いてみる。川は増水し、水が勢いを増している。細いながらもまだまだ上流へ川は続いている。地図上では源流と思われるところで川の流れがストップしているのだが、あとどのくらいなのだろうか?いつも源流を極められずに終わるのが口惜しい。GPSで自分の現在位置、あとどれくらいで源流かを確かめられればいいのだが。GPSとか高度計とか気圧計が欲しくなってくる。地図の正確さに問題があるかもしれないので、GPSがあっても現実とは違うかもしれないが。

諦めて荷物のところへ戻る。荷物を担ぐ。重い。普通、キャンプの帰りは色んなものを消費した後なので荷物は軽くなるものだが、今回は逆に重くなっている気がする。テントが水を吸っているのだ。
僕は未練がましく、一度尾根に上がってみることにする。すぐ上に尾根道がある、なんてラッキーはないだろうか。

重い荷物を背負って急斜面を登攀する。キツイ。濡れた落ち葉と泥にまみれた地面は滑るし。しかも水中用のサンダルだし。尾根的なところまで上がってみたが、道らしい道は見当たらない。
(やっぱダメだな)

僕は沢伝いに高溝まで戻ることを決意する。急斜面を沢まで降りる。途中で一度、思いっきり滑る。荷物を持っての急斜面の直登はキツい。本格的な山登りをするには身体を鍛えなおさないとダメや。

沢下り開始。12時40分。雨はまた降り出してきている。荷物が重い。足取りが重い。辛い。昨日よりも数段辛い。基本、沢下りは下り坂なので登りよりも楽なのだが、今日はなぜかキツい。荷物が重いせいもあろうが、昨日雨の中であれだけ活動して、体力が落ちているのだろうか。バックパックの上のデイバックがブラブラと揺れ、不安定で歩きにくいのも影響している。昨日来た道を歩いているが、一歩一歩がなかなか出ない。まるで修行か罰ゲームか。沢を歩くのがこれほどきついのは今までなかったことだ。もちろん、今回は初めて重い荷物を背負って歩いているわけだけれども。

フラフラしながら歩き続ける。荷物が肩に食い込む。川は降り続く雨に増水し、昨日よりもかなり歩きづらい。ナメの川床でも時々深くなっているポットホールがあるのだが、水の流れが速くて上から見にくい。時々予期せぬ深みにはまってコケそうになる。
そういえば昼飯を食べていない。そうか、飯を食ってないから体が動かないんだ。そうに違いない。というわけで、雨もちょっと小降りになったので、石の川原で昼飯休憩する。午後3時。

昨日のご飯の残りにふりかけをかけ、飯ごうのままかき込む。やきとりの缶詰、パインと桃の缶詰。美味い。朝からマドレーヌだけで、腹が減っていたのだ。下の石は濡れているので、立ったままの食事。あっという間に食べ終わり、再び歩き始める。少しは元気になったか。

地層帯にさしかかる。雨が小降りとなり、靄がかかる。帰りも数々のくもの巣を破壊する。この辺りのくもは、川の両岸一杯に糸を張っている。5m以上ある。そもそもどうやって川をまたいでくもが巣を張れるのか、想像できない。流れる水の上を歩くわけでもあるまい、それこそスパイダーマンのように岸から岸へ飛んでいくのだろうか。風を利用するのか?これまた自然の驚異。

ついに、15時40分、歩き始めて3時間で急し滝にたどり着く。昨日とは打って変わって水量が増し、立派な滝になっている。ロープを頼りに慎重に滝を降りる。途中、斜面を流れ落ちる水は、猛スピードでしぶきを上げている。

滝を無事降りた後、気を抜いたのか、踏み出した足がポットホールに捕まり、川の上で思いっきりコケる。ケツを水につけてしまった。さらには手に持っていたコンパクトデジカメを水の中に浸してしまう。だが心配なかれ、僕のデジカメは3m防水なので水に浸かっても問題ない。もっとも、この後結露でレンズが曇ってしまって困ったけれど。

黒滝まで戻ってきた。こちらも滝の様相が昨日とは別物になっている。豊富な水量が流れ落ち、普通の人がイメージする滝っぽくなっている。見違える景色だ。
そしてついに、入渓地点までたどり着いたのは、午後4時40分。4時間の遡行。辛かった。

サンダルのまま林道に上がる。素掘りのトンネルをくぐって、民家脇を通り過ぎる。人が住む場所へ帰ってきた。

車の横で背中から荷物を降ろす。恐ろしいまでの解放感。両肩がまともに痛い。濡れたジャンパーと長袖を脱ぎ捨て、Tシャツ1枚になる。ポットホールにはまって一度コケたおかげでジーンズも濡れ濡れだ。だが着替えはないのでこのままはき続けるしかない。ケツのポケットに入れていた財布を取り出してびっくり。入れていた札がぐしょ濡れで、しかも水のために財布の茶色い色素が札に移ってしまい、すべて茶色く汚れてしまっている。こりゃぁ、店では受け取ってくれないだろうな、と愕然とする。札を一枚一枚分離し、シートに並べる。なんか昔もこんなことがあったな、そう、イースター島の極濡れだ。ま、あの時の方が濡れ具合は断然酷かったけれど。何しろあの時は、財布から地球の歩き方からパスポートから、雨によってすべてが水に浸かった状態となったっけ。

雨はまだポツリポツリと落ちている。
何度か滑って転んだので、バックパックも泥だらけでぐしょ濡れ。中身を全部出して車のトランクと後部座席に突っ込む。

帰り、高溝の集落の道端には道祖神かお地蔵さんか観音様か、木の祠の中に祀られている。

更和のセブンイレブンでタバコを買う。レジで、風呂上りのように髪の毛が濡れ、ジーンズも泥と水で汚れた僕の姿を見て、店員が驚きの表情を浮かべるのを僕は見逃さない。タバコを一服して落ち着く。コーヒーも買いたかったが、札があの調子では札を使うわけにもいかず、持っていた小銭は、タバコを買うので精一杯だった(笑)。

高宕川写真集

雨の遡行、しかも1泊2日のキャンプは、ほとんど修行僧の苦行のようであった(笑)。高宕川は、今まで行ったキンダン川、志組川、七ツ釜渓谷(相川)に比べ、より一層森や草がうっそうとしていた感がある。それによりジャングル的な秘境感が醸し出され、人々に「秘境」と呼ばれているのだろう。(20年以上前に行った小櫃川の源流も、今回と似たようにジャングルっぽかった記憶はある。あの時は夏の盛りで緑の勢いも違ったのかもしれないけれど。)

そして、先月の志組川に続き、高宕川でも源流を極められなかったのはいただけない。もっと早く家を出発しなくちゃダメだね。源流を極めることもそうだが、沢から尾根に上がって山登り、という二つ目の目的が果たせなかったことも悔やまれる。やっぱり山には晴れの日に行かなあかん。
2013/6/7(Fri.)

都市対抗野球

今日も暇だったので、幕張のQVCマリンフィールド(旧称:千葉マリンスタジアム)に、都市対抗野球の予選を見に行った。都市対抗野球を見るのは初めて。

車で行ったのだが駐車場代が600円、入場料が600円。お金がないのに1200円も払ってしまった。だが、駐車場代はともかく、入場料の600円というのは、こないだ行った高校野球の千葉県春季大会と同じではないか。高校野球と社会人野球が同じ料金というのはなかなか興味深い。僕の個人的感覚から言えば、「高校野球の600円が高すぎる」。少なくともこないだ高校野球が行われた県野球場よりは、このQVCマリンフィールドの方が、使用料は間違いなく高いはずである。何しろここはプロ野球ロッテの本拠地なのだ。

さて、13時過ぎに球場に着くと、すでに第1試合は終わっていて、第2試合、南関東第1代表決定戦が始まっていた。残念ながら千葉県から出場のJFE東日本(千葉市)と新日鉄住金かずさマジック(君津市)はいずれも敗者復活に回っていて、この決定戦はいずれも埼玉県の、日本通運(さいたま市)対ホンダ(狭山市)だった。いずれも都市対抗の常連チームらしい。都市対抗野球というのは社会人チームの野球大会で、全国各地区の代表が集まる本大会は、東京ドームで開催される。大会名の通り「市」が単位になっていて、各チームは市の代表であるということが特徴だろうか。いや、町代表でも村代表でもいいんでしょう、きっと。

全国大会の代表を決めるのが各地区の予選で、南関東地区からは2チームが出場する。今日はこの試合の勝者が南関東の第1代表となり全国大会の出場権を獲得する。そして、この試合の敗者と、第1試合の敗者復活で勝ち上がったチームが、明日最後の椅子第2代表の座をかけてここで争う。

僕は日通側の1塁側内野席に座った。平日の昼間、ワイシャツにスラックス姿の「仕事中です」的な日通社員たちが観戦している。彼らは顔見知りと会うとスタンドの席で日本人的おじきをしながら挨拶を交わしている。客席で仕事の話をしている人もいるようだ。
観客はさほど多くない。内野席だけが入れるようだ。こないだ行った高校野球よりも少し多いくらいだろう。さすがに平日の昼間なので、ホンダにしても日通にしても「仕事を休んで応援に行け」とは指示しづらいに違いない。従業員数としては日通とホンダはどちらが多いのだろうか。いずれも埼玉代表のようだが、本当に埼玉から来たのか、それともどっちの会社も千葉に営業所とか当然あるだろうから、千葉からさくら応援に駆けつけたのか。もっとも、埼玉からなら、ここ幕張は1時間半くらいで来れるだろう。

両チームの会社関係者は、みんな会社がらみで入場券をタダでもらってきている。実際、入場口はホンダ側と日通側に分かれていて、すでに入場券を持っている関係者は、どちらかに並んで、入場券の提示と応援グッズの受領をしていた。ご丁寧に600円も払ってこんな試合を見に来ている奇特な人間は、僕以外に一体何人いるだろうか?

入り口ではホンダ側は応援タオルを配っていた。ホンダ関係者は僕に、「ホンダを応援してくれるんならタオルあげますよ」と笑顔で言った。僕は別にどちらを応援するつもりでもなく(いや、その前にどことどこが対戦するのかも知らなかった)、妙にホンダ関係者と思われたくなかったのでもらわなかったが、こんなことならホンダ社員の顔してタオルをもらっとけば良かった。この辺りが僕の社交性のなさの表れか。いや、物欲のなさの現れ、または曲がったことが嫌いな正義感の現れだろう(笑)。その場限りでもいいから、ホンダ関係者と一体になって応援する・・・なんてことは全く考えない。まぁ、友達と一緒に来ていたらまた違うだろうけど。一人だとどうしても恥ずかしがり屋の面が顔を出す(爆笑)。

腹が減っていたので球場の通路で売店を探すが、どこも閉まっている。さすがにプロ野球の試合でもなく、観客も少ないので、通常の店はすべて閉まっている。唐川弁当とか井口弁当を食べたかったのだけれどそんなものは売ってない。結局、1軒だけ営業していた売店で、牛丼を買う。作り置きしていたものなので美味くないが仕方ない。これで600円ならどこか外で食べてくればよかった。吉牛で食えば600円で味噌汁とサラダまで付けられるじゃないか(悲)。

ビールの売り子の女子が一人だけいる。当然バイトだろうが、こんな都市対抗野球の予選にまで借り出されてご苦労様である。売れ行きは芳しくないようだ。何しろみんな「仕事途中で抜けてきました」的風情で、試合が終わればすぐに仕事に戻りそうないでたちである。僕も車なので、彼女の売り上げに貢献は出来ない。

試合は5−1でホンダの勝利。ホンダ側はVの字をあしらった応援タオルを振りながら歓喜している。こちらの日通応援団は、明日の最終戦、またみんなでここに押し寄せるのだろうか。
2013/6/2(Sun.)

房総の沢登りはいつもスーパー吉田屋から始まる

沢に向かって降りていく

切り立った壁の最深部を川が流れる

川エビ。半透明。陸で動けず。

巨大な落石が川をふさぐ

狭い崖の間を抜けると、そこには・・・

梨沢大滝(不動滝)を直登。向かって左斜面にステップが切ってある

ついに見つけたカジカガエル。ボールのような吸盤が特徴。色使いはまさにカジカ。

難関の大釜。一番浅い右側でも水深は膝上。

巨大釜を乗り越えた3人。

昼食

決死の岩へづり。これが滑るのよ。そして待ち受ける釜は深い。

沢登りの終点、堰堤に到着

尾根道で休憩

大日如来の石碑。打ち捨てられた感じ

素掘りのトンネルへ吸い込まれる

梨沢・七ツ釜渓谷

今日は、先月こどもの日にキンダン川を遡行した4人、僕、コンスケ、ベボ、裕助で、湊川水系の梨沢・七ツ釜渓谷を歩く。

天気はあまりよくない。曇り。朝7時半に千葉を出発、館山道経由で国道127号、さらに上総湊付近で細い道に入る。湊川の下流域、河口に程近い幅広の流れを見ながら橋を渡る。今日はこの湊川の支流である相川を遡る。

湊川は、鮎が遡上する川であり、清流らしい。モノの本によれば、湊川には川底から湧水が噴出しているため水がきれいなのだという。そしてその清水を背景に、上総湊には2軒の酒蔵がある。その一つ、小泉酒造の前を通り過ぎる。

富津市の梨沢地区公民館に9時に到着。だが昼飯を買うのを忘れたので、一旦上総湊方面に戻り、朝っぱらから早くも営業していた吉田屋で例の298円弁当と、87円の500mlお茶のペットボトルを買う。激安。まだ朝9時過ぎだというのに、店の駐車場は既にかなり埋まっているほどの盛況だ。房総にチェーン展開する吉田屋は、まったくもって庶民になくてはならないスーパーである。

再び梨沢区公民館に戻り、車を置いて歩き始める。梨沢橋の下を、今日遡行する相川が流れている。だが歩き始めて2分、梨沢橋を渡ったところの分かれ道でどっちに行けばいいかでいきなり意見が分かれる。裁定は通りがかったおじさんにゆだねることにする。おじさんの話では、「七ツ釜」という表示板の矢印が指し示す通りの道でいい、とのこと。

しばらくは村落の中の舗装道路を進む。道端に淡い紫色のあじさいが咲いている。あじさいの季節だ。やがて林道的な山道に入る。緑の若葉が虫に食われている。蝶や蛾の幼虫の季節だ。僕の実家の近くでもいたるところで毛虫がその毒々しい外観、棘のような毛と極彩模様、をくねらせながら道や家の壁を歩いている。本当にありえない変態だ。
素掘りのトンネルをくぐって、梨沢渓谷の案内地図が現れる。いよいよ沢に下りたのが10時過ぎ。遡行開始。

ここ梨沢・七ツ釜渓谷は、千葉県下で本格的な沢登りが楽しめる渓谷で、千葉ローカルであればたいていの山の本には載っている人気の渓流である。沢を遡上して堰堤まで詰め、そこから尾根に登り、帰りは山道を戻ってくるというルートが確立されている。看板によれば全長11km、所要5時間30分。

釜をどう攻略するか、作戦会議

昼食

林道歩き

歩き始めは細い川相だったが、徐々に広々としてくる。割と深いところがある川だ。ハヤがうじゃうじゃ泳いでいる。結構な大物もいる。前述の通りこの相川は鮎が遡上する川で、車で来る途中、「入漁券販売所」というのぼりがあり、表示によると鮎釣りは今月1日から解禁になったばかりである。だが、鮎の魚影は見えない。こんな上流の渓流ではなく、もっと下流にいるのだろうか。

しばらく行くと両側が数十メートルも切り立った崖になる。崖の上にはうっそうとした高木の森。はるか頭上に木が覆っている。空が小さい。たかだか300m程度の山高しかないこの辺りだが、崖の高さが数十メートルあるのだ。つまり、川が数十メートルの深さの谷底を流れているということである。その谷底を僕たちは歩いている。はるか上を見上げる。谷と崖と木々で造られた広々とした空間。本当にここは房総だろうか?と思わせるスケールの大きな自然。

裕助が膝まで水に浸かり、腰をかがめて何かを取っている。川エビだ。10分くらいの悪戦苦闘の末、奴はついにビニール袋に1匹のエビを捕まえた。家に持って帰りたいというから、食べるのかと思いきや、飼うのだという。だが途中で諦め、裕助はビニール袋に捕獲したエビを、リリースした。川原に放したところ、エビは全然動かない。このエビは地上を歩くようにはできていないようだ。水の中まで誘導する。

しばらく行くと数トンはありそうな巨大な落石が川をふさぐ。だが川の流れは途切れない。これを乗り越える。
ここの岩や壁には、びっしりと緑のコケが張り付いている。この渓谷の特徴だろう。

ナメ滝と壺が現れる。結構深いので直線的には行けない。岩をへつるか、水中壁際の浅いところを進むか。この川の川底に沈む石や壁にもコケがついていて、かなり滑る。深みの水深も結構あり、遡行の困難さにおいてなかなか楽しませてくれる。

そしてそのときはやって来た。急に両壁がゴルジュ状になって川幅が一気に狭まったかと思うと、ドシャーーン!!その先には、巨大な壁に滝がかかっていた。これが梨沢大滝(不動滝)である。黒光りする壁に、何筋にも分かれて水がこぼれ落ちている。滝の落口から壺までの落差は10m程度だろうか。壺はそれほど大きくない。

いやぁいい。実にいい。こんな山奥に忽然とかつひっそりと存在し続ける黒光りの大滝。

一見すると登るのがかなり困難に見える。何しろ黒くテカテカしているので、とっても滑りそうなのだ。だが、登ってみると向かって左側の斜面がややなだらかになっている上に、登りやすいようにステップが切ってある。見た目ほど直登は困難ではない。

滝下の石の上に、待望のカジカガエルを発見する。手先の丸い球状の吸盤が特徴だ。そしてその色は、まさにカジカ的で、すでに岩の色と同化しているように目立たない。保護色。

コンスケ、ベボ、裕助、僕の順で4人が無事滝を登り終える。いやぁ、充実だ。気持ちいい。滝の上から壺を覗き込む。どうも遠近感が取りづらい。だが三方を崖、もう一方を滝の壁に囲まれた空間を上から見下ろすと、こんな場所を作り出す自然の力に自ずと畏怖の念が湧いてくる。

滝上の川をさらに進む。しばらくは穏やかな川相。だが、実はここからがこの渓谷の本番とも言える、「七ツ釜」の始まりである。

その名の通り、滝と釜が連続して現れる。しかも釜は結構深く、どうやって踏破するか、頭を悩ませることが多い。これぞ沢登りの醍醐味。膝上まで覚悟で水中に進路を取るか、はたまた滑るのを覚悟で岩をへつるか。高巻きの迂回路がある場合もあるが、泳ぐしかないような深みならともかく、この程度、つまり1m程度の水深でビビるわけにもいくまい。

何本かの木が渡された大釜では、膝上まで水に浸かりながら越える。渡された木の上を行く手もあったが(この釜を越えるために誰かが木を渡したのだと思われる)、腐り加減が怪しいので、結局4人とも水中を進んだ。僕は膝上までジーンズをまくり上げて歩いていたのだが、そこまで水に浸かり、ジーンズは濡れ濡れとなった。
空はいつの間にか、すっかり晴れた。

大釜を越えたところに「七ツ釜」という薄汚れた表示板があり、ここが七ツ釜渓谷の核心部だと知る。川原にはかなり大きな沢蟹の死骸が裏返しに転がっている。こんな大物がいるのか。

ここで昼食休憩。12時45分。入渓してから2時間40分ほど。人間には誰にも出会わない。

さらに渓谷は続く。釜は次から次へと現れ、僕らの行く手を阻む。楽しい。川幅が狭くなってくる。それにしても変化に富んだ沢歩きだ。飽きない。ナメの川床を穏やかに進む、ということはない。

沢が二俣となる。看板があり、左俣は行き止まりとのことなので、右俣に入る。ここから先はさらに川幅が狭くなり、ナメ的な穏やかな川歩きとなる。

そして午後2時。ついに沢登りの終点である堰堤に到達。遡行開始から4時間。ここまでが七ツ釜渓谷と呼ばれる一帯で、周回ルートはここから山道を梨沢橋まで戻ることになる。
堤右手の急斜面を登り、堰堤の上に出る。堰堤の上流部には川が続いているが、流れは細く、この先は大して面白いことはないのだろう。源流までそれほど遠くないと思われる。堰堤右手の急峻な斜面をさらに登り、尾根に到達する。

尾根で何と携帯の電波が入ってしまった。休憩がてら、僕は携帯で今日の安田記念の馬券を購入した(笑)。まさかこんな山奥で携帯の電波が届いていようとは。ただ、こないだのキンダン川でもそうだったが、山の中でも、尾根では携帯の電波が入ることがある。基地局はどこにでもあるわけだ。

尾根道がきちんとついていて、さらに急な登りを息を切らして登る。すると大日如来の石碑が現れ、ここを左手に進むと、保田見林道に突き当たる。ここからは整備された林道を釜の台経由で北へ進む。梨沢橋までは5.8km。1時間半くらいかかるか。

林道歩きもまたいい。すっかり晴れ上がった空に、森の緑。日差しが真夏のように強いので、木々の緑がつぶれて見える。素掘りのトンネルをいくつか通り過ぎ、苗が植えられた田んぼが山間の狭い平地に現れる。人里の匂いがしてくる。釜の台の集落。人の住まなくなった家がそのまま残って日差しを浴びている。

最後に現れたトンネルは最長で、70〜80mくらいあり、出口は小さく見えるのだが途中は足元真っ暗でなかなかビビる。

そして、高塚の集落を抜けると朝どちらに行くかでもめたT字路に出た。梨沢橋に戻ったのだ。午後4時過ぎ。歩いている間に濡れたジーンズもほぼ乾いた。

安田記念は大ハズレ。あの時携帯さえ入らなければ・・・・(笑)。こんな山奥まで来て馬券買うほうがおかしいか。

梨沢・七ツ釜渓谷写真集
梨沢・七ツ釜渓谷映像

梨沢・七ツ釜渓谷は、最高に楽しい川歩きだった。変化に富んだ渓相。季節もいい。水ぬるむ新緑の季節から夏場がベストシーズンだろう。紅葉時もいいかもしれないが、11月くらいだともう水が冷たいと思うので、水の中に入って遡行するのであれば断然春〜夏がいい。

山ビルは全くいなかった。先週行った志組川にもいなかったから、湊川水系、内房よりの山には山ビルはほとんど生息していないのかもしれない。(注:この後、コンスケがネットで「山ビルマップ」なる研究成果を発見した。これは、房総のどの地域に山ビルが生息しているか、分布を調査したもので、やはり清澄山中心に、外房寄りに分布している。主に鹿に吸血するので、鹿の生息域と重なっているというが、そういう意味では内房側にいてもおかしくなさそうなものだが、幸いなことに湊川水系では全く見ない。)

沢では、人にも誰にも出会わなかった。千葉では知る人ぞ知る沢歩きコースだが、袋小路状の房総半島の山奥では、来る人も限られているのか。東京湾アクアラインが出来てからは、神奈川方面から房総半島へのアクセスは格段に良くなったはずだが、通行料金が高いのだろうか(筆者はアクアライン通過経験なし)。ま、ここの自然を保つために、多くの人間が来ないのは大変喜ばしいことだ。

夕食は千葉まで戻り、川戸の焼肉まつもと。ビールに焼肉定食、ご飯大盛り。何年かぶりに「ビールが美味い」と感じる。自分で焼くハラミがまたよし。充実のエンディング。
2013/6/1(Sat.)

千葉市上空の飛行機

千葉市にある実家に戻ってすぐに気づいたことは、なんか知らないが以前と違って上空を飛行機がやたらと飛んでいるということだ。しかもかなり低空で飛ぶので、騒音はするし、昼間だと飛行機が通ると雲が通り過ぎるときのように一瞬日差しが遮られる。始めは影が通り過ぎるとき雲か鳥かと思っていたが、飛行機だった。

なんだーこれ?成田便が増えたのかや?とか思っていたが、だんだん事情が飲み込めてきた。

これらの飛行機は、成田発着の飛行機ではなく、羽田発着の飛行機で、羽田にD滑走路が出来てから、千葉市上空が離着陸時のルートとなり、千葉市上空を飛ぶ飛行機が急増した、というのが真相だ。羽田は東京湾を挟んで対岸、飛行機のスケールで言えば目と鼻の先なので、千葉市上空を通る飛行機は、離陸の場合はまだ上昇中、着陸の場合はもう大分高度が下がっている、ということで、機影はかなり大きく、よって騒音が大きいわけである。

私の母親の話では、この飛行機の騒音に対して住民からの苦情が多く、自治会で問題として取りまとめて、県に陳情したそうである。そして、半年前だかに国土交通省の副大臣が事情説明にやって来たらしい。だが、通過時の高度を上げるか何かで一瞬改善したらしいが、ここへきてまたひどくなっているという。業を煮やした住民らによる署名活動も始まっているようだ。

私の母親は、ほぼ毎晩散歩をするのだが、毎日夜8時〜9時の1時間に上空を飛ぶ飛行機の数を数えている。ある日は血相変えて帰ってきて、64機だったとのこと。1分に1機である。だが不思議なことに、同じ8時〜9時の時間でも、日によって大分便数は違うようで、1時間にたった4機とかいう日もあるそうだ。だが平均すれば数10機とのことで、そうなると数分間に1機飛ぶことになるから、主観的ではあるが、うるさいのが気に障る頻度であるとは言えよう。確かに、土曜日などは夜次から次へと上空に飛行機が飛んでくる。テレビを小音で見ていたらかき消されるので気になる。

また、中学時代の友人のコンスケ(千葉市中央区在住)の話だと、始め飛行ルートは浦安上空だったらしいが、浦安市民から一斉に苦情が出て、国に働きかけた結果、ルートが変わったそうである。そのとばっちりが千葉市に来た、というわけだ。

それにしても、割と上空を通り過ぎる旅客機の騒音でこんな大騒ぎになり、署名活動まで起こるのだから、島の中に基地のある沖縄の人々がどれだけ苦しんでいるかが分かろうというもの。基地と民間飛行場では話の次元が違うけれど、危険だというのは当然のことながら、騒音一つとっても、すぐ横で飛行機が離発着するということがとんでもないことだというのが、こうしてやっと、少し分かる。

結局、何事も当事者にならないと本当のことは実感できない。沖縄に基地負担を押し付けるのは、沖縄に住んでいないからであり、福島に放射性廃棄物を押し付けるのも、福島に住んでいないからである。イラク戦争に反対したマイケル・ムーア的に言えば、
「(W.ブッシュ大統領に対して)イラク戦争に踏み切るというのなら、あんたの息子をイラクの最前線に送って戦わせろ!」
ということだ。

当たり前なんだけど、この共有できない断絶感をどう乗り越えるか。

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