2011/11/30 (Wed.)
放射線量計
会社で貸し出ししている放射線線量計を初めて借りた。一番ノーマルかつ高精度なタイプで、今一番ポピュラーなものだろう。価格は10万円以上するという。
仕事から帰宅すると早速部屋の線量を測定してみる。だいたい0.15〜0.25マイクロシーベルト/時程度だった。窓際は若干高く、0.3前後。玄関とかベッド上とか色々測定したが、目が飛び出るような値は示さなかったので一安心。
ベランダに出て外気を測定すると、軽く0.4〜0.5。郡山市が発表している測定値によれば、僕の家の近くでは、まだ0.8〜1.0マイクロシーベルト/時の線量がある。もう下げ止まってしまった感がある。結局このままこれ以上下がらないのだろうか。要は今でも原発から漏れているのだろう。 |
2011/11/25 (Fri.)〜11/28 (Mon.)
| |
 |

ひがし茶屋街 |
 |
 |

卯辰三社へ上がる三之坂 |

主計町茶屋街と紅葉 |

近江町市場 |

カレーのチャンピオンでLカツカレー。ソーツカツ丼とカレーの融合。 |

兼六園のライトアップ |
 |

馬券師集結、金沢競馬場 |
 |
 |

おやっさん層が圧倒的に多い |

ゴールドカレーのカツカレー。やっぱり銀皿。 |

長町。土塀。 |
金沢
JALのマイレージがたまったので、羽田から小松に飛ぶことにした。金沢観光と金沢競馬が目的である。
11月25日金曜日。
千葉の実家から西小山に行き、いつもの床屋で散髪後、羽田へ。羽田発16:20小松空港行。小松には17時過ぎに1時間弱で到着。
金沢に行く空港バスは高速(北陸道)に乗り、金沢駅西ICで降りる。その後一般道で少々渋滞するも、18時過ぎに金沢駅到着。雨模様。
金沢駅の威容はものすごい。駅ビルも巨大、さらに駅前が高さ数10mの骨組み式ドーム状の構造による高い吹き抜けになっていて、さらにその外に「鼓門」という、表面が木造の巨大な門がそそり立っている。門の前の噴水がライトアップされていて、「ようこそ金沢へ」「いいね金沢」「WELCOME」などの文字が浮かぶ。
駅の威容からして、金沢は思ったよりも大きな街のようだ。しかし調べてみるとそれもそのはず、江戸時代は加賀百万石という大藩の藩都だった場所である。1583年の前田利家の金沢城入城以降、城下町として大繁栄した街なのだ。江戸時代には、江戸、大阪、京都、名古屋に次いで全国5番目の街だったというからま、でかいはずだ。
ネットで昨日予約したキャッスルイン金沢というビジネスホテルにチェックイン。1泊2900円と安い。19時。
しばらくテレビで世界バレーを見た後、飯を食いに外に出る。しかし金沢的大衆食堂が近くにない。結局ラーメン屋でラーメン定食。トホホ。
近くのスーパーが夜遅くまでやっていて、明日の朝食用に菓子パンとオレンジとコーヒー(カップ4杯分)とオレンジゼリーを買う。
ホテルに戻り、風呂。各部屋にユニットバスがあるが、このホテルには大浴場もある。これはたいへん良い。ユニットバスの小さな湯船に縮こまって浸かるのとでは大違い。大浴場があって2900円は安い。
半露天の大浴場で湯船に浸かっていると、年配のおじさんが声をかけてきた。北陸大学出身で、同窓会のため大阪から来たそうだ。大阪→金沢というのは、湖西線経由で「サンダーバード」という特急がつないでおり、時間もかからず割と手軽に来れるようである。そういえば、時々僕は関西方面に出張する際、よく米原で新幹線を下りるのだが、米原はサンダーバードの途中駅で、金沢行のサンダーバードがよく停まっていた。
僕が郡山から来たと告げると、放射線の話になる。15分くらい風呂に浸かりながら彼と話した。
11月26日土曜日。
金沢、晴れ。
今日は一日金沢を観光する。昨日は雨だったが今日は晴れた。観光日和だ。
9時に起きて10時に外に出る。金沢駅で、周遊バスと北陸鉄道バスの一日乗車券を500円で求める。
まずは周遊バスに乗りひがし茶屋街へ。バスの運転手が若い女性で、しかもかわいくてびっくり。
ひがし茶屋街は、江戸時代、城下町を流れる浅野川の東側に開かれた茶屋街である(一方、犀川西側に開かれた茶屋街を「にし茶屋街」という)。昔ながらの茶屋形式の町家が並ぶ。飛騨高山などもこういった景観を売りにしているが、こういうところは大抵、造られた感が鼻について景観に溶け込めずに違和感を覚えることが多いのだが、ここは茶屋街創設時から明治初期までの建築がよく保存されているとのことで、割と落ち着いてるというか、造り過ぎの感じが少なく、ほどよく古く、歩いていて平穏でいられる。
その後坂の上にある宇多須神社に行くと、婚礼を挙げている一団がいた。
宝泉寺から金沢の街を一望する。金沢の屋根瓦は、雪がよく溶けるように、黒い釉薬を塗ったものが多いと聞いたが、そんな風に見えないこともない。
落葉を踏みしめて歩く。
道路脇の紅葉が美しい。紅葉の写真を撮りに来ている人たちがいる。
卯辰山花菖蒲園という誰も人のいない、菖蒲ももちろん枯れ果てた公園から、さらに登って卯辰山三社(卯辰神社、愛宕神社、豊国神社)を巡る。登り口の鳥居で、一人のおじさんが箒で落ち葉を掃き集めている。山の道は静かだ。
千杵坂、三之坂、一之坂などのいくつかの石段を登る。途中、竹林の中に墓碑が並んでいる。
3つの神社に人影はない。しばらくすると何人かが上がって来たが、とにかく静かだ。冬晴れの陽光が冬枯れの風景を明るくしている。
12時過ぎまで歩き回る。山を下りる。植物園がある。坂のある風景。
街まで降り、主計町茶屋街へ。こちらは浅野川沿いの小じんまりした茶屋街。だけど川と紅葉と昔風の建物が相まって味がある。
浅野川は水をたたえ、流れはない。
13時過ぎ、バスに乗って武蔵ヶ辻へ。近江町市場のカレーのチャンピオンでLカツカレー(金沢カレー)。美味い。ソースカツとキャベツが載っている。なるほどつまり、「ソースかつ丼とカレーの華麗なる融合」というわけやな。830円。
14時を過ぎた。再びバスに乗り兼六園へ。着いたのは15時前。2時間たっぷり、日が暮れるまで兼六園を歩き回る。17時にはもう暗い。今日明日はライトアップイベントがあるそうだ。17時過ぎて人が続々とやって来る。
確かに紅葉は見事である。真っ赤な紅葉の葉を拾い上げると、この世のものとは思えない鮮やかすぎる発色である。
間もなく来るべき冬に備え、庭園の木々を雪から守るための雪吊の準備が始まっている。
が、しかしどうにもこうにも、こういう「庭園」というものに自分がほとんど興味がないことに気づく。広大な庭園には、小川や橋や塔や茶屋や丘や林や古めかしい屋敷などがあるわけだが、どうも「造られたもの」という人工感が入って来てしまうのである。ここから日本の伝統文化や思想などを汲み取るのは難しい。僕に教養がないからだけかもしれないが。
僕はあまり人間の手が入っていない自然の中で安らぎというか高揚というかを感じるのだが、この感覚と無関係ではあるまい。「造られた自然」というのはもはや自然ではない。このような庭園はもはや「自然」ではないのだろうが、それではここから人間の何らかの価値観を読み取るのは、勉強不足の僕には困難だ。
去年のゴールデンウィーク、岡山の後楽園に行ったときも、同じようにつまらなかった。
夜のとばりが落ちた後、ライトアップを見に再び園内を周ってみる。
17:30頃、隣の金沢城公園へ移動する。こちらもライトアップされている。
バスで香林坊へ。金沢一の繁華街がここから片町方面に続いている。
金沢は予想外に大きな街だった。
堅町商店街は大通りに比べかなりさびれている。新堅町商店街はさらに暗い。人もいない。一転、片町の百万石通りは人々でごった返し、カラオケやチェーン飲み屋が明るくネオンを照らしている。
19:30頃、ネットカフェを見つけて入る。1時間、明日のジャパンカップの馬券を買う。もちろん、ブエナビスタ軸。
サンクスで明日の金沢競馬の競馬新聞を買う。これは新聞というかパンフみたいな冊子状のもので、550円もする。JRAの一馬とか勝ち馬よりも高い。確かに冊子状なので金はかかっているのであろうが。
20:30、ネットカフェを出てバスで金沢駅に戻る。さて夕食。駅に併設されている「金沢百番街」というレストラン通りを物色。結局、黒百合という店に入り、おでん定食を食す。金沢はおでんでも有名らしい。おでん定食には金沢独特のネタが入っているのかと思いきや、ちくわ、厚揚げ、つくねの3ネタのみ。これって別に名物じゃなさそうだけど・・・。ま、680円ならこのしょぼさでも文句は言えない。きっと一杯やって帰る間際にお父さんたちがこれを食べるに相違ない。
レストラン街の中、「金沢うどん」というのぼりが立っている。どんなうどんだろうか。
夜、金沢の街は電飾でライトアップされている。11月も終盤。来月は師走である。
21:30過ぎ、ホテル帰着。今日も12時間フル稼働。
大浴場で疲れを癒す。最高。
11月27日日曜日。
今日は金沢競馬場で勝負する。
競馬場へは、金沢駅から「金沢競馬ファンバス」という無料バスが運行している。正しい在り方だ。ちなみに、駐車場も無料だそうである。正しい。
朝9時のバスで金沢競馬場へ。金沢競馬場は金沢駅から北方、日本海にほど近い場所にある。
バスにはたくさんの馬券師たちが乗っている。ほとんどが年配のおやっさんだ。
9:45にバスは金沢競馬場に到着。開門はまだらしい。バスを降り立った馬券師のオッちゃんたちが、門の前でたむろする。
程なく開門し、中に入る。ここも、昔ながらの競馬場だ。どこかの役所のような、学校の校舎のような、スタンド建物。ダートコースは1周1200m、直線は236m。右回り。まぁ、こじんまりとした競馬場だ。本場馬の奥には、山々の連なりが見える。
のっぺりとした紙のような雲が空一面を覆っているが、直線状の切れ目の先は青空。妙な雲ができたものだ。
パドックも地方競馬ならではの小さなものだ。馬の引き手も、いまそこの厩舎から出てきました、とばかりに白い長靴を履いていたりする。
日曜日、人はどんどん増えて来た。地方競馬にしては盛況だ。金沢競馬はなぜか日曜と火曜の変則開催である。ここ金沢ではまだまだ馬券師は多い。地方競馬の財政的困窮が激しいなか、これが続いてほしいものである。
しかし馬券師層を見てみると、昔からやってるといった風のおやっさんたちが圧倒的に多い。若者がいない。やはり若年層の開拓が急務か。
勝負の結果はというと、今日は割と大きく勝った。久々だ。金沢、相性いいかも。
負けていたら、冬の競馬の辛さが身に沁みたろう。冬は、負けの傷を癒す時間がない。夏競馬ならば、最終12レースが終わってもまだ日は高い。が冬の競馬は、レースが終わるとすぐに日が暮れる。
「今日一日が無駄に終わってしまった。ただ金を失っただけで」
という言いようのない寂寥感と自己嫌悪が襲ってき、日暮れがそれらの感情を否が応にも膨張させるのだ。
あー良かった良かった。
夕暮れ、珍しく満ち足りた気分で競馬場を後にする。
金沢競馬場 写真集
金沢駅に戻る。すっかり夜になった街は、電飾できらめいている。あぁ、競馬で勝って良かったなぁ、このきらびやかさは、まるで僕を祝福するかのようではないか(笑)。
夕食は、ゴールドカレー。昨日も上述の通り「カレーのチャンピオン」で食べたのだが、金沢は「金沢カレー」というカレーで有名である。調べてみると、「金沢カレー」とはまさに昨日食べたカツカレーのことで、ドロッとした濃厚なルーのカレーに、ソーツカツとキャベツが乗ったものである。なるほど、これが金沢のご当地グルメなわけだ。
もともとは、「カレーのチャンピオン」の前身、「洋食タナカ」の創業者が、人気のカレーとトンカツを同時に安く味わってもらいたいという思いから始めたのが金沢カレーの起こりだという。つまり、「カレーのチャンピオン」が元祖。
そんなわけで、今日もゴールドカレーでカツカレー。カレーのチャンピオンとほとんど同じような内容だが、カレーの色がこっちの方が濃い。茶色よりも焦げ茶色である。ここのルーは、加賀野菜の代表格、「五郎島金時」というサツマイモをふんだんに使っているのが特徴らしい。深みとコク。そして豚肉は希少種の河北潟ポーク(河北潟は、金沢競馬場近くの潟)。地元の食材とカレーのコラボレーション。良い。
ここのカレーもステンレス製の銀皿に盛られてきた。この銀皿も金沢カレーの特徴なのだろうか。
11月28日月曜日。
金沢最終日。今日は再び金沢の街を歩く。空には雲が垂れ込めている。
朝から尾山神社、長町武家屋敷跡、足軽資料館などを巡る。
長町は、金沢城公園の西側、かつて加賀藩士が住んでいた場所で、石畳の狭い路地に昔ながらの武家屋敷と土塀が続く。用水路がアクセントをつけている、なかなか趣のある街で、散歩には面白い。
DAIWAという巨大なデパートがそびえている。そういえば富山か高岡でも見た気がする。北陸の雄デパートなのだろう。
その後再び金沢城公園へ。イモリ坂を登る。冬晴れの城には、月曜ながらも観光客が歩いている。
ところどころに当時の石垣が残っている。
午後3時過ぎ、金沢駅からバスに乗り、小松空港へ向かう。金沢遠征もこれにて終了。
これからこの街は雪に覆われるのだろうが、雪がどれだけ降るのかは分からない。が、この街の規模、見所の多さは特筆すべきだろう。東京のような近代一辺倒ではなく、加賀百万石の古き良き姿を留めているのが良い。
小松空港では、カレーのチャンピオンのカレーが売っていた。そして加能カニなどの特産品。カニ絡みのお土産が多い。カニラーメン、カニ茶漬け、カニふりかけ、などなど。その他海産物も豊富だ。のどぐろふりかけやのどぐろ茶漬けもある。
金沢 写真集
(ひがし茶屋街、主計町茶屋街、金沢城公園、兼六園、金沢駅、長町、卯辰山界隈、市街、小松空港、その他)
|
2011/11/24 (Thu.)
虹
最近、妙な天気が多い。晴れているのに雨が降っているのだ。いわゆる天気雨。そしてこんな時、虹が出る。最近よく虹を見る。こないだは朝通勤中に、前方に巨大な虹がかかっていた。
虹は大きさ、角度が様々だけれど、何に左右されるのだろう?水の動きなんだろうな。
不思議な自然。不思議な景色。
<2015年後記>
勉強不足でしたが、虹の原理理解しました。 |
2011/11/21 (Mon.)
今季初、フロントガラスの凍結
いよいよ今年も本格的な冬がやってきた。夜、会社の駐車場で、車のフロントガラスが凍結していた。今シーズン初めてである。
昨冬はとにかく寒かった。この歳になると生まれて初めての出来事に遭遇することが年々少なくなってくるが、昨年の真冬、同じ会社の駐車場で、いまだかつてない厚さの氷がフロントガラスにへばりついていて、驚いた。見たことも聞いたこともない新しい出来事に遭遇するのも格別だが、今までに知っている範囲のレベルを超えた事象に出会うのもまた、自分の凝り固まった小さな限界を押し広げてくれる。
その氷は、ヘラで物理撤去するのに15分ほどかかっただろうか。郡山は、以前住んでいた仙台よりも寒いようだ。
凍結対策として、仙台時代には知らなかったいろいろなグッズがあることを知った。まずはエンジンスターター。これはリモコンでエンジンをスタートするもので、車に乗り込んで暖房が効くまで寒い思いをするのを見越して、あらかじめ車を暖めておける。また、スプレー缶に入った凍結融解剤。僕は使ったことはないが、ヘラでガリガリ除去するのに比べ、このスプレーを使えば、簡単あっという間に凍結を溶かすことが出来る。ま、南の温暖な地域に住んでいる人には縁のない商品である。
寒いところ暑いところに限らず、人々が僕らの想像できない生活の仕方をしている場所に住むという僕の憧れは、このような体験、つまり自分が知らない世界を知ること、を毎日のように味わえる、ということに他ならない。
日常に埋没していく毎日。非日常は、楽しい。3月に起こった大災害で日常が一変して非日常となったのは悲しい出来事であり、平凡な「日常」のありがたみを今さらながらに再認識した出来事だったが、生きていくうえでポジティブな原動力となるような非日常は、僕の一番求めるところかもしれない。 |
2011/11/19 (Sat.) -11/20 (Sun.)

入口 ⇔ 霧に煙る日本の風景 |

切羽 ⇔ 広大な駐車場と霧がかる切羽 |
 |

洞の奥、探検コースの分岐点で僕を待ち構えるおじさん |
 |

滝根御殿 |
 |
 |
 |
 |
あぶくま洞
大雨の中、あぶくま洞に行った。何十年ぶりだろうか。中学時代に千葉県からはるばる修学旅行で来て以来である。
あぶくま洞は福島県田村市滝根町にある、日本有数の鍾乳洞である。
「歓迎 あぶくま洞」の水色の門をくぐる。反対側には、「柏屋 薄皮饅頭」の巨大看板。
雨に煙った山と家並。霧が這い上がっている。
山の中腹まで登り、あぶくま洞の駐車場に着く。広大な駐車場にはほとんど車がない。冷雨、しかも福島県の観光地である。震災以来、観光客は激減だろう。そのせいか、入洞料金も通常1200円のところ、800円となっていた。値下げしてでも何とか観光客に来てもらおうということで、ここで働く従業員らの窮状を思うと胸が痛い。
田村市は、あぶくま洞のほかに、星の街としても売り出していて、あぶくま洞の向かいには、天文台がある。ここにはプラネタリウムも併設されている。雨の中、天文台の外に、拡声器で流れるFMラジオの陽気なJポップが、あまりに場にそぐわない。寂しさを増幅させる。
駐車場の脇は、ギザギザの岩肌がむき出しになった山で、その荒々しさは晩秋冷雨の寂寥にふさわしい景観だ。「切羽」という独特の岩状らしい。その高さは140mとのこと。
そしてここの標高が600m。
洞に隣接した場所に、「レストラン釜山」という食堂がある。なぜ釜山なのかは分からない。田村市と姉妹都市か。殺伐とした岩山と霧をバックに、建物の中には暖かい電灯が灯っているが、寂しさが隠し切れない。
午後3時半頃、鍾乳洞の中に入る。中にはほとんど観光客はいない。僕がすれ違ったのは5、6人。
あぶくま洞の公開部分は、一般コースが600m、探検コースが120mである。さらにその先に、非公開の洞窟が2500mも続いているという。
おぼろげにライトアップされた手すりのついた通路や階段を行く。
久々のあぶくま洞で、中の様子をすっかり忘れてしまっていたが、なかなかの見ものだった。鍾乳洞の一番の見どころは、石灰岩の織り成す不思議な造形である。このあぶくま洞は、8000万年の歳月が創ったという。
冥界。
男根。
クラゲ。
キノコ。
ウェディングケーキ。
骨。
ツララ。
クジラのヒゲ。
そんなものが目白押しだ。
探検コース入口では、切符売り場があり、一人のおじさんが待ち構えていた。電灯の下に座り、じっと僕を見つめている。探検コース小学生以上200円。
暗い洞穴で、一日中ここで探検コースの番をしている仕事というのも、なかなか計り知れないものがある。そういえば、鉱山労働者とか、炭鉱労働者とか、そういう坑の中での仕事について、アメリカのカールスバッド鍾乳洞やボリビアのポトシ銀山に入った時に思った。日本で地下鉄とかトンネル掘ってる人も、何日も地下で過ごすようなことがあるのだろうか。別世界に身を投じる。
探検コースの狭い通路を終えると、広々とした空間に出る。このあぶくま洞がある滝根町にちなみ、「滝根御殿」と名付けられた、地下のホールである。地下に忽然と現れる、劇場のような巨大空間。
地上からは鍾乳石がニョキニョキと屹立し、天井からはツララのような鍾乳石が垂れ下がっている。大抵の観光鍾乳洞には、このような地下にぽっかりと空いた巨大空間というものが存在する。狭いトンネルを進むうち、いきなり広々とした空間に出る、という、冒険映画の地下探検でありがちな展開であるが、実際そうなのである。空想ではなく、このような自然の驚異が地下には本当に存在する。地球とは、計り知れない。
あぶくま洞写真集
閉洞時間は午後5時だったが、僕はこの時間を過ぎてもまだ洞の中にいた。他の客はみんな外に出てしまった。洞内には誰もおらず、僕に「早く出ろ」と催促する係員もいなかった。僕はじっくりと自然の芸術を堪能し、外に出たのは5時20分過ぎだった。外はすっかり暗くなり、冷たい雨が降り続いている。お土産屋やレストランはすでに閉店し、雨のせいもあって、人っ子一人いない。だが、係員のおじさんとおばさんが二人、暗い外で僕を待っていてくれた。
「もうすぐ閉めますので」
「分かりました」
彼らは、僕を洞内から追い立てるのではなく、待っていてくれたのである。
「懐中電灯いりますか?」
「あ、大丈夫です」
なるほど、駐車場までの道は、途中から真っ暗だった。だが親切に甘えないのが日本人なのであって(笑)、僕は雨の暗闇を自分の車までたどり着いた。広々とした駐車場は、僕の車だけである。もっとも、来たときも、10台程度しか停まっていなかったが。
真っ暗の道を下る。あぶくま洞は小高い山の中腹に口を開けていて、クネクネ道の急坂を登ったところにある。。
小野から磐越道に乗って郡山に戻る。高速無料を使って、今後福島県の観光地をどんどん訪れよう。
帰宅後、ハンカチをどこかで落としたことに気づいた。翌日11月20日、あぶくま洞に電話してみると、それらしいハンカチが届いているという。そこですかさず、僕はハンカチを回収すべく、再び車を駆ってあぶくま洞に向かった。今日も雲が多いが、薄日が差してまずまずの天気。
あぶくま洞までの上り坂、廃墟となったドライブインを通り過ぎる。「キジめし」「キジそば」「郷土みやげ」の文字がむなしい。
道端の木がカーブに沿って鮮やかに紅葉している。山の紅葉はくすんだ茶色で、あまり華やかさがない。
この日はまだ昼過ぎということもあり、あぶくま洞の駐車場には昨日よりは大分多くの車が停まっている。天気もいいので、昨日よりは来訪者は断然多いようである。昨日薄暗い雨の夕方に感じたうら寂しさは一変している。空がちょっと青いだけでこんなにも人の感情が変わるものか。
事務所に行ってハンカチを受け取る。拾って届けてくれた人の思いやりに感謝。別に大したハンカチではないのだけれど、物を失くすというのは悲しいことである。
駐車場の反対側、隣接している天文台に入ってみた。星の写真の展示や、小さなお土産屋がある。
半年後の2012年5月21日、皆既日食があるらしい。 |